大屋地爵士のJAZZYな生活

かって浪花は海運の街だった ~大阪・南港界隈の今・・~

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(写真;手前がATC、奥にそびえるのがWTC)

今日のおやじの遠足は、今大阪では話題のスポット、住之江区の埋立地、咲洲(さきしま)、南港です。何が話題かって? 就任以来過激な発言で注目を浴びている橋本知事が、老朽化した現在の大阪府庁舎を、建替えるのでなく、ここにある大阪ワールドトレードセンタービルディング(WTC、愛称コスモタワー)に移転させる方が安上がりだけでなく、大阪を活性化させるためにも有効だとして、賛否両論、色々な波紋を巻き起こしているところです。

ATC(アジア太平洋トレードセンター)は、大阪で有数の規模を持つ複合施設。敷地面積;68,000㎡、建築面積;48,000㎡。1994年開業。本来は貿易のためのトレードセンターとして大阪市により総事業費1,465億円で建設された。施設全体が保税地域に指定されていることから、貿易拠点となることが期待されていた。しかし、高い賃料や市内からのアクセスの不便さなどから入居企業が相次いで撤退した。現在は、保税地域としての機能はほとんど使われず、アウトレットモールの運営などで活性化のてこ入れを図っているが、とても効果があったとは思えない。まさに、ウィークディではあったが閑古鳥が鳴いている有様。

WTC、コスモタワーは、高さ256.0m、地上55階・地下3階建ての西日本第2位である超高層インテリジェントビル。総事業費は1,193億円。延べ床面積 150,000 m²。 1995年に完成したが、ATCと同様理由で、オフィス入居の予測が大外れ。そこで、大阪市は市役所にあった行政部門のうち港湾局・水道局・建設局などを多数移転し入居させた結果、テナントの7~8割は役所とその外郭団体となってしまった。「大阪市役所南港庁舎」或いは「大阪市立バブルの塔」と揶揄され、TVのワイドショーなどで税金の無駄使いの箱モノの定番として登場する始末。

もともと、国際都市大阪の地位を確固たるもの?にしようと、ベイエリアの咲州、舞洲、夢洲3つの人工島を開発して、咲州には、コスモタワーをランドマークとする臨海副都心計画が2兆2千億円もの巨費を投じて進められ、舞洲(まいしま)には、あの夢と消えた2008年の五輪会場として開発、夢洲(ゆめしま)にはその選手村などを造成し、そのあとは住宅地などを建設する予定だった。ここまでは、東京の「お台場」、横浜の「港みらい」などと、同じ様な土建屋・ハコもの的構想であったが、どうして結果が大きく違ったものになってしまったのだろうか。WTCは2003年6月に債務超過になり、同じ大阪市の第三セクターであるATCなどと合同で計580億円の債務超過を抱えているという。大阪地盤沈下、まさに、その象徴であるエリアなのだ。

私がまず単純に感じるのは、箱物によって国際都市の地位を確固たるものにさせようなんて発想が基本的に間違っているのだ。吉本や阪神タイガース、カラオケなどの大阪発のヒット商品を見ればわかるように、人や文化やものづくりなどは、大阪独特の「ひと」あっての話である。そこが「ハコ」に有機的に絡んでこないと・・・。さらに、アクセスが極めて悪いことが致命的な欠陥である。大阪中心部から極めて近い距離にありながら、中心部や周辺都市から乗り換えなしの直通電車でいけない。河をまたいだすぐ近くには、ユニバーサル・スタジオや超大型水族館「海遊館」、「サントリー・ミュージアム」、「京セラ大阪ドーム球場」など集客力の高いスポットがあるが、それらを有機的に結ぶ交通アクセスがまったくないのだ。これでどうやって集客できると言うのだ。お客さんの視点で物事を考えていなかった証拠である。総合的な都市開発企画における行政の発想の貧しさを感じさせるのである。そしてそれらの背景には、犬猿の仲とまで言われた「大阪府」と「大阪市」の確執があろうし、オリンピック招致のときの国の冷淡さなどもあっただろう。それに加え私鉄各社間の思惑も絡んだであろう。私鉄相互間の乗り入れや新線開発が殆ど出来ていないので、首都圏に比べ、不便この上ない。役人の縄張り意識が働くかぎり、総合的な都市開発などできると思われず、「お台場」や「みなとみらい」との彼我の差にため息が出そう・・・。

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しかしATC、WTCは、私にとっては想い出のある建物である。かって、私がビル設備システムの企画開発を担当したとき、最初に手がけたシステムを納入した建物だからである。そんな私のサラリーマン生活におけるメルクマーク的な建物。そんな係わりもあって、かってATCの建築設計者と対談したときの忘れられない言葉ががある。「大阪は海に向かって開けた街、海とのかかわりで発展してきた町だから、ATCは海から見て一目でその存在と意義が分かるような建物にしたかった。」
写真にあるように、南ヨーロッパを思わせるような、日本的でないそのデザインと色使い、エクステリアは今でも色褪せない。西日本各地へ出航していく大型フェリー、時折係留されている実習用大型帆船「あこがれ」。私はここへくると何時も、バルセロナの港や丘の上の「ミロ美術館」をおもいだす。

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かって海運によって発展した大阪の歴史は、ATC近くの大阪市立の海洋博物館、「なにわの海の時空館」によって観ることができる。総工費176億円、2000年開館。建築は世界的に著名な建築家ポール・アンドリューの作品で、ユニークな4208枚のガラスのを用いたドーム型の建物。エントランス棟とドーム型の展示棟があり、両棟は海底トンネルで繋がっている。

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目玉展示は、復元されて実際に大阪湾を帆走した菱垣廻船「浪華丸」の実物模型(全長30m)。それに館内は、 古代・難波に都があった時代からの大陸、朝鮮半島、アジアとの海上文化交流史や天下の台所と称された江戸時代の大坂の繁栄と北前船、菱垣廻船など海運の歴史、明治時代に大阪にもあった外国人居留区など興味深くわかりやすい展示が一杯。ここの展示に大阪の活力再生のヒントがいくつも隠されているような気がする。ただ悲しいな、お客さんが少ないんですよ・・・。



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そして、和みの時間を求めて「海の時空館」の隣の野鳥園へと。ここ大阪南港一帯は、古くは住吉浦と呼ばれ、豊かな自然に恵まれ、日本でも指折りの渡り鳥の楽園としても良く知られていた所です。南港一帯はシギやチドリをはじめ、ガンカモ類が渡来し休息し餌を採る、日本における渡り鳥の重要な生息地であったという。総面積19.3ha、大阪南港野鳥園は港湾関係整備事業の一環として、おもに大阪湾岸一帯に生息する野鳥の保護を目的として設置されたものです。
人間界の問題ごととは無縁に、野鳥園の干潟では、渡来した渡り鳥や水鳥が、ただ無心にえさを漁ったり、羽を休めてのんびりと浮かんでいた。


ATCが想起させるバルセロナの丘に吹く風を、いま一度肌に感じてみたい・・・。日本有数のフュージョン・ギタリスト「増尾好秋/バルセロナの風」。降り注ぐ太陽の光と地中海からの陽気な風を感じることの出来るアルバム。

バルセロナの風(紙ジャケット仕様)

増尾好秋 / ソニー・ミュージックジャパンインターナショナル


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by knakano0311 | 2009-03-17 23:04 | おやじの遠足・街歩き | Trackback | Comments(0)
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