大屋地爵士のJAZZYな生活

櫻狂い(3) ~かくれ里の櫻・常照皇寺~

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(写真;門前、満開の「紅枝垂れ桜」)

昨日は「花散らし」の無情の雨の一日。多分散ってしまっただろうと覚悟して、今年の櫻狂い、締めの旅は、白州正子の名エッセイ「かくれ里」の中の一節「櫻の寺」に魅かれての旅。我が家からは少し離れているが京北「常照皇寺(じょうしょうこうじ)」までの櫻ドライブである。

少し遠回りをして、京都から旅を始めようと思い、洛西・五条天神川から、双が丘の仁和寺、高雄の神護寺、栂尾の高山寺を経て、見事な北山杉が林立する山並みと清滝川に沿って、周山街道(国道162号)を北上する。途中、川端康成の小説「古都」の碑がある北山杉の資料館で見事な枝垂れ櫻を見ながら休憩し、栗尾峠を越えると景色は一変、のどかな田園風景の周山・京北町となる。どの農家も庭や家屋の手入れが行き届いていて、素晴らしい日本の農村風景が展開する。そして京北町で周山街道から離れ、鞍馬・大原方向へ向かう国道477号を走ると、ほどなくお目当ての「常照皇寺」へ到着する。

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小振りであるが、素晴らしい古刹である。緩やかな坂の途中の総門、苔むす木立を抜け、庫裏をくぐると茅葺屋根の方丈と開山堂、その前のこじんまりとした櫻の庭園が広がる。

「常照皇寺」は京北の桜の名所の一つ。この寺の名物櫻は三つ。国の天然記念物に指定され、元弘3年(1333)光厳(こうごん)天皇がこの山里に入り、手植えしたのが最初と伝えられる「九重桜」。京都御所から株分けされたという「左近の櫻」。そして、一つの枝に八重と一重の桜が混じって咲き、その見事さに訪れた後水尾天皇が思わず車を返したといわれる名木「御車返しの櫻」。この庭園を彩る三本の櫻はいずれも樹齢数百年を数えるという。最も有名なのが「九重桜」であるが、この桜を見るためだけに常照皇寺へ訪れる人も多い。残念なことに「九重桜」は、夜来の雨で、すでに散り、地面には、一面に花びらのじゅうたんが残っていた。来年の楽しみに取っておこう。そして番外は寺の麓の「紅枝垂れ桜」。

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         写真左;庫裏前から庭園を望む        写真右;茅葺の方丈と御車返しの桜

しかし、方丈前の 「御車返しの桜」と開山堂前の「左近の桜」は満開。境内庭園を散策したが、散り桜と石楠花(しゃくなげ)の花、苔の緑とが美しく調和しており、残る二つの櫻が咲き誇る庭園をめでるもよし、また方丈から眺めるもよし、贅沢な時間を過ごすことができた。

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(写真;御所の櫻を移植したと伝えられる左近の桜。幹や根元の容貌に数百年の樹齢を感じる)

また、方丈には大胆な筆致の障壁画、鴨居の上というこれまた大胆な位置に安置された釈迦如来、北側には裏山の崖を取り込んだ、これまた見事な懸崖の庭園を観ることが出来る。禅の修業場ともなっている開山堂には等身大の開祖「光厳(こうごん)法皇像」などが安置され、歴史的な価値を十分に窺わせる古刹である。

常照皇寺は、臨済宗天龍寺派。南北朝時代の北・貞治1年/南・正平17年(1362)に北朝初代、光厳(こうごん)法皇が、南北朝の戦乱、建武の中興、権力争いの中に人生をもてあそばれ、半ば都を追放される形で、この地に草案を結ばれたが、その2年後悲運の内に没した。その後、菩提を弔うために、開山を光厳天皇とし禅刹に改め「常照万寿皇禅寺」とされたのが当寺。上皇の御陵は、寺の後ろに隣接して紅の椿に囲まれてある。戦国期(安土桃山時代)の天正7年(1579)、明智光秀が周山城(現在は石垣が残るのみ)を築くための木材を集めで周辺の社寺を取り壊したことで、当寺は衰退したという。その後も、太閤検地で寺領の没収や戦火で諸堂伽藍を焼失し荒廃。江戸時代に入り、後水尾法皇の尽力、徳川秀忠の外護があり、末寺300寺に回復。だが、昭和の敗戦後に多くの寺田や寺資産を失くしたまま、今日に至っているという。(寺案内による。)

歴史の表舞台には登場しないが、様々な歴史の綾に彩られた「かくれ里」のような寺がまだこの山間にひっそりと残っていた・・。帰りは亀岡~川西へつながる国道477号線を帰路へ。途中に見えるあの黒川・櫻の森のエドヒガンはもうすっかり葉桜になっていた。これから山は新芽の明るい緑と山躑躅の蒼色に染まるのだ。
この春は桜の魅力にとりつかれた「櫻狂い」の四月の二週間。常照皇寺が今年の締めの櫻。

「櫻狂い」の締めにはふさわしい美メロ・ピアニスト「ヤロン・ヘルマン/Yaron Herman」のピアノ・ソロ・アルバム「Variations Piano Solo」をあげよう。「1981年、イスラエル、テル・アビブ生まれ、弱冠28歳。彼のピアノ歴のスタートは極めて遅く、16歳の時。2年後には地元での名声を確実なものとしていた。ボストンの音楽大学に入学するも2ヶ月で中退。母国へ帰る途中に立ち寄り、セッション活動をしていたパリを拠点にすることになる。」という程度の経歴データしかない。 しかし半端でない実力と音楽センスに裏打ちされたこのピアノ・ソロの美しさと透明感には舌を巻く。ガーシュインの「サマータイム」、Stingの「フラジャイル」の新しい驚き。そして、「フラジャイル」は反戦・反暴力の歌。ガザ地区を無差別爆撃する祖国イスラエルのニュースをパリで聴くヘルマンは何を思っているのだろうか・・。
収録時間60分近くの、れっきとした極上ピアノ・ソロ・アルバムながら、なんと1000円というのもうれしい。かくれ里からひょっこり現れた注目のピアニスト・・・。

ヤロン・ヘルマン・デビュー

ヤロン・ヘルマン / ビデオアーツ・ミュージック



「Yaron Herman - Fragile (アルバム「 Variations」から)」

          
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by knakano0311 | 2009-04-16 10:52 | おやじの遠足・街歩き | Trackback | Comments(0)
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