大屋地爵士のJAZZYな生活

青春のシネマ・グラフィティ(5) ~突然炎のごとく/ジャンヌ・モロー~

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高校の名画鑑賞会で観たルイ・マル監督「死刑台のエレベータ」(1957年制作仏映画)がジャンヌ・モローを見た最初であった。唇をへの字に曲げ、にこりともしない悪女役。最初はそんなに好きでなかったが、当てもなくパリをさまようシーンに流れたマイルス・ディビスのJAZZとともに、強烈な印象を残した。そして、フランスを代表する映画監督、フランソワ・トリュフォー監督の奔放な愛し方しか知らない女をめぐる二人の男を描く「突然炎のごとく(原題;Jules et Jim )(1961)を観た 。
まだ無名だった原作者アンリ=ピエール・ロシェの「ジュールとジム」に、フランソワ・トリュフォー監督が惚れ込み、原作を忠実に描いた作品。「大人は判ってくれない -Les Quatre cents coups(1959年)」、「 ピアニストを撃て -Tirez sur le pianiste(1960年)」に続く、 トリュフォー監督の長編第三作であった。

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1912年頃のパリ。外国人の青年ジュール(オスカー・ヴェルナー)はモンパルナスでフランス青年のジム(アンリ・セール)と知り合った。文学という共通の趣味を持つ2人はすぐに打ち解け、無二の親友となる。2人はある時、幻燈を見て、アドリア海の島にある美術公園の女の顔に魅了された。それからしばらくして、2人はカトリーヌ(ジャンヌ・モロー)という彫刻そっくりの女と知り合い、同時に恋に落ちてしまう。ジュールは彼女に求婚し、2人はパリの同じアパートに住み、一方ジムは出版社と契約ができて作家生活の第1歩をふみ出しだ。やがて第一次世界大戦が始まり、ジュールとジムはそれぞれの祖国の軍人として戦線へ行ったが、ともに生きて祖国へ帰った。ライン河上流の田舎に住む山小屋にジムは招待され、三人は再会する。その頃、ジュールとカトリーヌの間には6つになる娘もいたが、2人の間は冷えきっていた。ジムへの想いを胸に秘めたままジュールと結婚した彼女だが、ジムとの再会で再び二人に愛の炎が燃え上がる。それを知ったジュールはジムに彼女と結婚してくれと頼むのだったが、自分も側に置いてもらうという条件だった。3人の奇妙な共同生活が始まった・・・。

「突然、炎のように」燃え上がるカトリーヌの愛とその奔放さ。それに魅入られた2人の男の悲劇と三角関係の心理を見事に描いた作品。ジャンヌ・モローの輝くばかりの美しさが圧倒的な魅力となった作品。「今が好き、楽しければそれでいい」、そんな「魔性の女」とも呼べる女性を見事な演技で演じた「ジャンヌ・モロー」。これ以後、「エヴァの匂い」、「黒衣の花嫁」、「マドモアゼル」などで「魔性の女」の代名詞が定着していくのだった・・・。

「ジャンヌ・モロー」演じるカトリーヌの奔放なキャラクターは、当時多くの女性から共感を得たらしいが、高校1年生の私には、実際のところ、三角関係や恋愛についての深い意味すらよく分からず、 「ゴダールと並ぶヌーヴェルヴァーグの旗手、トリュフォーの映画だから・・・」という映画ファンを気取った頭でっかちな、いわば多分浅薄な見栄でこの映画を観たのであろうが、案の定よく分からなかった。カトリーヌの駆ける姿、三人で乗る自転車など映像の美しさと「魔性の女」というジャンヌ・モローの放つ妖しい魅力だけが心に残った映画であった。

それから何年か経ってTVかビデオで観た「突然炎のごとく」。大人になった分、ジュールとジムの傷みもカトリーヌの生き方も少し分かったような気がした・・・。

突然炎のごとく〔フランソワ・トリュフォー監督傑作選9〕 [DVD]

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映画の中で、カトリーヌが歌うシャンソン『つむじ風』は、撮影中に「ボリス・バシアク」が遊びでつくったもの。それを聞いたトリュフォーが即興で映画に取り入れたという。 その「つむじ風」をアルバム・タイトルにして、シャンソン、ボサ・ノバ、ジャズ、ポップスをジャンヌ・モローが軽やかに歌う。技巧的には、けっして上手いとはいえないが、映画同様その存在感が際立つアルバム。
  

つむじ風

ジャンヌ・モロー / マーキュリー・ミュージックエンタテインメント



「Jeanne Moreau - Le Tourbillon De La Vie (in Jules et Jim) 」

          

後年、リュック・ベッソン監督「ニキータ(Nikita)」(1990年仏映画)で見せた脇役ではあるが、貫禄の演技がやはり「大女優健在」という存在感を見事に見せつけた。

二キータ [DVD]

パラマウント・ホーム・エンタテインメント・ジャパン



フランスの女優のバイオグラフィをたどってみると、多くの女優が歌っている。歌手としての側面を持っているのだ。マリー・ラフォレ、カトリーヌ・ドヌーヴ、ジャンヌ・モロー、ブリジット・バルドー、ミレイユ・ダルク、ジェーン・バーキン・・・・。歌は人生を演ずる3分間の舞台。特にシャンソンは物語性が強く、ドラマチックであり、その歌手の生き方、歌い方、振りまで含めての歌唱力が評価されるのは、「エディット・ピアフ」などを見れば明らかである。そんな意味では、フランス映画女優にとってシャンソンも映画とあまり次元の違わないもう一つの表現手段なのかも知れない。

そんなフランス映画女優たちの歌を集めたオムニバスCDがある。「美しい人」。女優の余技と思ってはいけません。ここに集められた歌は、映画の演技同様、実にクオリティが高いのだ。フランス語が分からないので、なかなかこの詩の深い世界にまでは入っていけないのだが、その音楽的な質の高さはよく分かる。対訳による詩の世界や女優の出演した映画などを思い浮かべるだけでけでも、肩が凝らず十分にその世界に浸れるアルバム。

美しい人

オムニバス / マーキュリー・ミュージックエンタテインメント


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by knakano0311 | 2009-06-01 10:13 | シネマな生活 | Trackback | Comments(0)
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