大屋地爵士のJAZZYな生活

笛とギター 須磨浦公園からハーバーランドへ

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(写真;須磨浦公園山上展望台よりの神戸の眺望)

人間誰しも暑くなるとすこし標高の高いところへいって、涼風を貪り、絶景を見てスカットしたいもの。ということで、今回の「おやじの遠足」は、神戸・須磨浦公園~山上遊園展望台へと。須磨浦公園・須磨山上遊園は、歴史的には、源平一ノ谷合戦の戦場として知られる須磨一の谷から鉄拐山、鉢伏山周辺を公園として整備した公園である。そして、平清盛が一時都をおいた神戸・福原の地はすぐ近くにある。山上からは、大阪湾から瀬戸内海、明石海峡大橋、淡路島を見渡せ、六甲山と並ぶ神戸有数の景勝地で、万葉の時代から多くの歌人に親しまれ、公園には蕪村、芭蕉、子規、虚子等の句碑が建立されている。そして、一ノ谷合戦で散った平家の若武者「敦盛塚」などの史跡がある。そしてこのあたりには、源氏物語に由来する須磨、明石のほか、摩耶、垂水(たるみ)、塩屋、舞子、朝霧といった美しくて古い地名が点在しているところでもある。

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海際の駅から、ロープウェイで一気に急峻な斜面を駆けあがると、山上からの視界が360度、ぱあ~っと開ける。その見晴らしの、雄大なこと、心地よさといったら、この上ない。どうやら群生地になっているらしく、鷹とおぼしき猛禽類が、「自由とはこのことだ」と言わんばかりに、悠々と、そして文字通り、鷹揚に、海からの上昇気流にのって、飛翔を楽しんでいた。人間にはできっこない、なんと言う贅沢。それにしてもこの心地よさは久し振りの快感だ。

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そして、山を下り、麓の史跡、芭蕉らの句碑や敦盛塚を訪れてみた。蕪村「春の海 終日(ひねもす)のたり のたりかな」や芭蕉「蝸牛(かたつむり) 角ふりわけよ 須磨明石」の句碑が松林の中にひっそりと建っていた。
そして、17歳で平家一門の武将として一ノ谷の戦いで散り、「平家物語」にその「もののあはれ」を謡われた「平敦盛」。鳥羽院より賜った笛「青葉」の名手として名高い「敦盛」。織田信長の好んだ「人間五十年、下天のうちをくらぶれば、夢幻の如くなり 一度生を享け滅せぬもののあるべきか」は幸若舞「敦盛」の一節である。

源氏側の奇襲を受け、平氏側が劣勢になると、騎馬で海上の船に逃げようとした敦盛を、敵将を探していた熊谷次郎直実が「敵に後ろを見せるのは卑怯でありましょう、お戻りなされ」と呼び止める。敦盛が取って返すと、直実は敦盛を馬から組み落とし、首を斬ろうと甲を上げると、我が子直家と同じ年頃の美しい若者の顔を見て躊躇する。直実は敦盛を助けようと名を尋ねるが、敦盛は「お前のためには良い敵だ、名乗らずとも首を取って人に尋ねよ。すみやかに首を取れ」と答え、直実は涙ながらに敦盛の首を切った。
この「平家物語」の名場面は、のちに能「敦盛」、幸若舞「敦盛」、謡曲「敦盛」、歌舞伎「一谷嫩軍記」などの題材となった。敦盛の首は、須磨寺(首塚)へ、胴はここ須磨浦公園(胴塚)へ丁重に葬られたという。塚の前には直実が供養のため建てたという五輪の塔、そこに花を手向ける人が今も絶えないようだ。そしてそのかたわらには、青葉の笛の歌碑が咲き始めた萩の花に埋もれて建っていた。
  
   「須磨のうら 波の音あはれ ふきたえし 青葉の笛の 昔おもへば」 (藤次)


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さて、須磨を後にして、神戸・ハーバーランドの赤レンガ倉庫跡で遅い昼食をとり、例のごとく栄町、元町、トアロードあたりをぶらついたが、例のインフルエンザ騒ぎもすっかり収まり、元通りの観光客のにぎわいも戻ってきたようである。そして、最近ハーバーランドに東京・渋谷?から移設され、小泉元首相も来て除幕式をした、「エルヴィス・プレスリー」の銅像を訪れた。ビートルズに次ぐ歴代2位のナンバー1ランクのヒット曲18曲をもち、32本の映画出演しているプレスリー。多分、我々の世代では、20世紀のスーパースターといえるのは、「マイケル・ジャクソン」より、彼、プレスリーである。1977年8月16日、テネシー州メンフィスの自宅で、心臓発作により42歳の若さでなくなったが、この銅像は、ついに日本にくることなく逝ってしまったプレスリーを惜しんで、死後10周年に日本のファンたちによって建立されたものである。そして、縁あって命日の8月に神戸に移設された銅像の前には、今でもファンからの献花が沢山おかれていた。

「笛とギター」、その匠(たくみ)だった二人は時空を超えて、今も慕われ、弔われているのだ・・・。

山のようにヒット曲のあるプレスリーだが、私は、「それは今よ、明日になれば二度とチャンスはないわ・・」と歌う、イタリア歌曲「オ・ソレ・ミオ」のカバーのラブ・バラード、「イッツ・ナウ・オア・ネバー(It's Now or Never)」が好きである。この曲は、1960年5週間連続1位を記録した。

ELV1S~30ナンバー・ワン・ヒッツ

エルヴィス・プレスリー / BMG JAPAN



そして、その YOU TUBE映像はこちら。

          
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by knakano0311 | 2009-08-23 17:57 | おやじの遠足・街歩き | Trackback(1) | Comments(0)
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