大屋地爵士のJAZZYな生活

ボサノバはお好き?(4) ~ フレンチ・ボッサ、そしてワールド・ミュージックへ ~

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さて今回は、世界各国に飛び火し、その地で根付いた、いわばワールド・ミュージックとしてのボサノバという側面について、三つ目の流れとして触れてみたいと思います。

アメリカは別として、それ以外でボサノバが盛んな国、ボサノバ大国はどこでしょうか?それは、フランスではないかと思います。「フレンチ・ボッサ("bossa francaise")」といわれるくらいですから・・・。そして、それはブラジルの政治体制と大きなかかわりがあったのです。1964年、クーデターによって軍事独裁体制を確立したカステロ・ブランコ将軍は、親米反共政策と、外国資本の導入を柱にした工業化政策を推進したが、驚異的な経済成長を遂げる一方で、人権侵害も大きな問題となった。そんな厳しい時代が1985年に民政移管が実現するまで続くのである。自由で新しい音楽ボサノバを生み出した若者たちや芸術家たちは当然のごとく反政府的活動を展開していく。そんな時期、堂々と自由を求め、ブラジル政府批判を繰り返した女性シンガーがいた。ボサノバ創生期、学生たちの間でミューズ、女神と呼ばれた、「ナラ・レオン/Nara Leão (1942年1月19日 - 1989年6月7日)」である。ナラは軍部に徹底的に目をつけられ、結局、1968年ナラは「カエターノ・ヴェローゾ」、「ジルベルト・ジル」等と同様パリに亡命し、ボサノバと決別した。

しかし、自身の出自と向き合いボサノバとの和解を決意し、1971年、堰を切ったように全編ボサノバのアルバム「Dezanos Depois(美しきボサノバのミューズ)」を録音する。シンプルなギターの伴奏で、ボサノバの定番をうたう。陰影に富んだ、深みのある歌唱。その歌声はいま聴いても瑞々しさを失わず、心に染みる。多分女性BOSSAファンにオススメするのにこのアルバム以上のものが見当たらないくらいの名盤。モノクロのジャケット、雨のパリだろうか? 47歳の若さで夭折したボサノバのミューズ、「ナラ・レオン」。

美しきボサノヴァのミューズ
ナラ・レオン / ユニバーサルインターナショナル
ISBN : B0000677LE


彼女を始めとして、パリには亡命するブラジル人音楽家たちを受け入れる素地があったと思われる。フランスへサンバを紹介した男、1957年に「Dans mon ile」を発表し、「アントニオ・カルロス・ジョビン」に影響を与え、ボサノヴァの誕生に貢献したといわれる「アンリ・サルヴァドール/Henri Salvador」がいたし、放浪の果てにボサノバに出会い、フランスに戻って、ボサノバを広めた「ピエール・バルー/Pierre Barouh」などがいたのだ。1964年のクロード・ルルーシュ監督の映画「男と女」の音楽は、「フランシス・レイ」と並んで、「バーデン・パウエル」が担当し、「ピエール・バルー」は「アヌーク・エーメ」の夫役で出演し、ボサノバ讃歌を歌った。こうして、フランスで広まっていったボサノバは、ロック界の「セルジュ・ゲンズブール」などにも大きな影響を与え、「フレンチ・ボッサ」と呼ばれるジャンルを築いていくまでになる。

2001年、84歳で発表した「アンリ・サルバドール」の遺作アルバム「サルバドールからの手紙」から「こもれびの庭に/Jardim d'hiver」。彼は2008年、90歳で亡くなってしまった ・・・。

サルヴァドールからの手紙

アンリ・サルヴァドール / EMIミュージック・ジャパン



サルバドールの歌う「こもれびの庭」のYOUTUBE こんな爺様のような老い方に、私は憧れてしまいます。




代表的なフレンチ・ボッサ歌手といえば、「クレモンティーヌ/Clémentine」であろうか。「カフェ・アプレミディ~クレモンティーヌが歌うボサノヴァ」をあげておこう。「クレモンティーヌ」のボサ・ノヴァ・テイストの人気曲ばかりを贅沢にセレクトした本盤は、まさにフレンチ・ボッサの傑作集。


カフェ・アプレミディ~クレモンティーヌが歌うボサノヴァ

クレモンティーヌ / ソニーレコード



一方、「ナラ・レオン」とは、犬猿の仲であったらしいが、ブラジルに残り、軍事独裁政権を批判したもう一人のボサノバ・ミューズがいた。「エリス・レジーナ/Elis Regina (1945年3月17日 – 1982年1月19日)」である。1960年代から1970年代にかけて、ブラジルで最も人気のある国民的女性シンガーであった。彼女のヴォーカルは、心躍らせる歌声と、優れた抑揚を持ち合わせており、特にアップテンポなナンバーに卓越していた。1974年には、「アントニオ・カルロス・ジョビン」とのコラボレーション作品であるアルバム「エリス・アンド・トム/Elis & Tom」を発表。このアルバムを、最も優れたボサノヴァ・アルバムの一つといわれている。そしてこのアルバムに収録されたジョビン作の「三月の水("Águas de Março")」を最も優れたボサノヴァ・トラックの一つであると考える人も多い。

エリスは、彼女と同世代のブラジルのミュージシャンたちを、迫害し追放していた当時の独裁政権を時々批判することがあった。1969年のインタビューでは、「ブラジルはゴリラに支配されている」という見解を述べたこともあった。しかし彼女は人気があったがゆえに牢獄に入れられることはなかったが、それでも圧力を受け、やむをえずスタジアムのショーでブラジル国歌を歌わされることになり、左翼的思想の人々から反感を買うことになる。そして、そんな失意や苦悩のなか、エリスは、コカイン中毒によって1982年に36歳の若さで亡くなってしまった。

残されたジョビンとの最高の名盤「エリス・アンド・トム/Elis & Tom」。

エリス&トム

エリス・レジーナ&アントニオ・カルロス・ジョビン / ユニバーサル インターナショナル



「三月の水」をうたうエリスのYOUTUBE。




そして、「エリス・レジーナ」にトリビュートを捧げるポスト・レジーナともいえるその後の歌姫は「ジョイス/Joyce Moreno」。ジョビンの「三月の水」をはじめ、「バーデン・パウエル」、「エドゥ・ロボ」、「ミルトン・ナシメント」、「ジルベルト・ジル」等々が書いた名曲ばかりのエリス・ソング・ブック「宇宙飛行士〜ソングス・オブ・エリス」。

宇宙飛行士〜ソングス・オブ・エリス

ジョイス / オーマガトキ




さて、日本です。なんと言っても「長谷川きよし(1949年 - )」であろうか。全盲のシンガー・ソングライター&ギタリストである。もともとシャンソンを志していた彼がボサノバを始めた理由は分からないが、当時のフランスの音楽情況と何か関係があるかもしれない。シャンソン、JAZZ、カンツーネ、オリジナルと彼の音楽の幅は広く、本人は「ボサノバ唄い」ではないと否定するかもしれないが、なんと言ってもデビュー時のあの「別れのサンバ」(1969年)のインパクトが大きかった。
これが収録された最初のアルバムは「一人ぼっちの詩」ですが、入手しがたいので、ベスト盤の一つをあげておきます。

長谷川きよし/ベスト・セレクション

長谷川きよし / テイチク



別れのサンバ」のYOUTUBE ・・・ 。 パーカッションは「仙道さおり」。




その後、ボサノバをレパートリーとして歌う日本人歌手は多くいたが、「ボサノバ唄い」といえるのは、「小野リサ」の登場まで待たなければならなかったとおもう。

「小野リサ/Lisa Ono (1962年7月29日 - ) 」。ご存知、ブラジル生まれの日本人ボサノヴァ歌手である。ブラジル音楽が好きな父がライブ・ハウスを経営しようと渡伯。サンパウロで店を営んでいた両親の下、ブラジルで生まれ、その後10歳の時に日本に帰って来た。日本に帰って来てから、15歳からギターを弾きながら歌い始め、1987年ごろには曲を作り始めたという。初期の頃は、ブラジル色の強いアルバムであるが、その爽やかさが大変人気を呼んだ。やがて、ボサノバを彼女自身の音楽表現手段と考えるようになったのか、JAZZスタンダード、ラテン、ソウル、POPS、ハワイヤンなど多くの音楽をボサノバ・アレンジしたアルバムを発表し、最新作では「テレサ・テン」などのアジアの歌も。かの中国では最も人気のある日本人歌手の一人で、中国でも多くのCDが発売されている。私も北京のCDショップで何枚か求めたことがある。日本におけるボサノバの第一人者であり、日本から世界に羽ばたいていっている「ボサノバ唄い」なのだ。数多くのCDがリリースされているので選ぶのに困るが、ここではジョビンへのトリビュート・アルバムと最近のJAZZスタンダード・アルバムをあげておこう。

アントニオ・カルロス・ジョビン生誕80周年を記念してジョビンの代表曲を録音したボサノヴァ・スタンダード作品集「The music of Antonio Carlos Jobim」。

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The music of Antonio Carlos Jobim

小野リサ / エイベックスイオ





デビュー20周年を迎えた「小野リサ」、1999年最大のヒットアルバムとなった「DREAM」以来となる10年ぶりJAZZスタンダードアルバムは、RIOセッションとL.A.セッションの2枚同時リリース。RIOセッション盤はブラスサウンドを強く打ち出した本格的なボサノバ・アレンジによるブラジル色が色濃く出ている。

Cheek To Cheek-Jazz Standards from RIO-

小野リサ / エイベックスイオ



ジョビン生誕80周年を記念してジョビン・ファミリーをバックに「小野リサ」が歌う、ジョビン・トリビュート「Corcovado」のライブ。




ユーミンこと「荒井由実」のカバー、「あの日にかえりたい」を歌う。 実は彼女、ユーミンのベスト集で初回ボーナストラックとして、このユーミン・ボッサのギター歌伴をしたことがあります。




そして、これぞ、「ボサノバ唄い」という歌手がいます。「吉田慶子」。ふとしたことからボサノバと出会い、その魅力にとりつかれ、2000年には単身ブラジルへ渡り、1stアルバム「愛しいひと bem querer」を制作したという。2作目は、「コモ・ア・プランタ~ひそやかなボサノヴァ」。このアルバムには、「ジョビン」、「モライス」、「カルロス・リラ」、「エデゥ・ロボ」などボサノバ黎明期の巨匠の曲、クラシック・ボサノバが収録されているが、「サウダージ」をこれほど心象風景として、表現できている日本人「ボサノバ唄い」も他にいない。そして、「長谷川きよし」がギターで参加し、ポルトガル語で歌う「別れのサンバ」のカバーも収録されている。帯にいわく「ささやき声で始まって、ただ終わる美しいひととき」。

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コモ・ア・プランタ~ひそやかなボサノヴァ

吉田慶子 / オーマガトキ






1970年代には日本の歌謡曲シーンにボサノバが定着していた証拠ともいえる、極め付きのアルバムがある。「東京ボサノヴァ・ラウンジ」。「浅丘ルリ子/シャム猫を抱いて」(なんと・・・)、「寺尾聰/風もない午後のサンバ」、「森山良子/雨上がりのサンバ」、「トワ・エ・モワ/白い波」(たしかオリジナルは「ヒデとロザンナ」)など、どちらかといえば、マニアックな曲が並ぶ日本人よる和製ボサ・ノヴァのコンピレーション・アルバム。

東京ボサノヴァ・ラウンジ

オムニバス / テイチク




それでは最後に、北欧スエーデンへ。スエーデンは北欧では最もJAZZが盛んな国であり、数多くのJAZZアーティストを輩出している。スウェーディッシュ・ジャズは、静謐な空気に満ちた北欧の風土の中で育まれた、アメリカのJAZZとはちょっと違うオトナのJAZZ。ABBAなどを生んだPOPS王国らしく、スタイリッシュで聴きやすいJAZZが多い。

そんなスカンジナビアン・ボッサを歌う、スエーディッシュ・ビューティの一人が「ミラ/Mirra」の「ミラ・ボッサ」。タイトル通りボサノバを基調とした作品集で、女性に人気のアルバムらしい。アコースティック・アレンジを施された名曲の数々を歌うミラの透明感あふれる声は、ナチュラルな風となって心を癒してくれる。昨今の若い女性の間のボッサ・ブーム、そんな一端を彼女が担っているといっていいかもしれない。

ミラ・ボッサ

ミラ / スパイス・オブ・ライフ








 
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by knakano0311 | 2010-03-03 09:16 | サウダージ | Trackback | Comments(0)
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