大屋地爵士のJAZZYな生活

Climb halfway to the stars ~ケーブルカーに乗って~

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(満開の櫻の中を行き来する妙見ケーブル;朝日新聞より)


「能勢の妙見さん」といえば、大阪、北摂に住んでいる少し古い人なら 誰でも知っている山である。大阪、兵庫の県境にあり、標高660m、遠足、ハイキング、元旦参り、花見、BBQなどこの地域の人にはなじみのご近所の山である。山頂には日蓮宗の寺院、能勢妙見宮があり、古い昔からその寺への参道として能勢街道が、大阪市から池田市を経て通じていた。私の住んでいる住宅団地の近くを通る能勢電鉄も、元々はこの寺への参詣用に敷設されたものだったという。そして能勢電の終点、妙見口からはケーブルとリフトで山頂まで行くことができる。この妙見ケーブルは、1925年(大正14)年に開通したが、戦時中にレールなどを供出するため、1944年にいったん営業を廃止した。その後、機材などを譲り受けた能勢電鉄が1960年4月下部(営業区間632メートル)をケーブルで、同年8月には上部(同573メートル)をリフトでの運転営業を始め、今年で開業85年、再開50周年を迎える。このケーブルは地元にずっと愛されてきたケーブルなのである。

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山頂までケーブルで5分、リフトを乗り継いさらに10分。四季折々の景色や花を楽しみながら、高低差300メートル以上ある山頂近くまで行ける。今は櫻の真っ盛り。お弁当を持って花見にいってみました。そして、この辺は日本でも有数の活きた里山のある地域として知られ、このブログでも度々紹介している黒川地区に隣接している。ケーブルからも、それぞれの異なった年に伐採を実施しているためモザイク状になったクヌギ林などが観察できる。満開の桜の下を上り、ケーブルが着くとそこには、エドヒガンの群生地「エドヒガンの森」や「台場クヌギの森」が拡がっている。これらも里山保存のボランティアの手によって維持されているのだ。

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リフトを乗り継いで到着した山頂付近には、ブナの原生林。そのなかに「星嶺」(せいれい)という、能勢妙見宮の紋章、この宗派のイコンである矢筈(ふたつの矢が交差する図柄)をかたどった形の信徒会館が建てられている。妙見宮、祀ってある妙見菩薩は、北辰=北斗七星・北極星を神格化した仏さまで、この宗派は北斗星に対する宗教行事が多いのが眼を惹く。2階の礼拝堂は、床が全てガラス張りという仏教の礼拝堂とは思えないユニークな構造と意匠となっている。設計は建築家「高松伸」氏。星を臨む修行や宗教儀式が行われているようであるが、仰ぎ見る満天の星空はさぞかしきれいであろう。
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妙見本宮への参道の傍らの茶店や売店には、昔懐かしい駄菓子や漬物が並んでいた。そして、能勢妙見山には東京別院が本所があり、勝海舟の父である勝小吉が、麟太郎のちの海舟の開運勝利を水垢離をとって祈願した場所として有名である。

山頂から下るリフトに揺られながら、「・・・ Climb halfway to the stars ・・・」という「霧のサンフランシスコ/I Left My Heart In San Francisco」の一節が頭に浮かんだ。久し振りにのったケーブルカー、リフト。なんとなく子供に返ったようなワクワクした気持ちのなかで ・・・。

「The loveliness of Paris seems somehow sadly gay ・・・」というヴァースで歌いだされる「想いでのサンフランシスコ」又は「霧のサンフランシスコ」という曲は1954年に「ジョージ・・コリー/George Cory」が作曲し、「ダグラス・クロス/Douglass Cross」が作詞した歌。最初に歌ったのは、女性オペラ歌手の「クララメイ・ターナー/Claramae Turner」だったのですが、レコーディングはしなかったという。後の1962年、ジャズ&ポップス歌手の「トニー・ベネット/Tony Bennett」が歌ったところ、1年もヒットチャートでトップを続けて異例の大ヒットとなった。

 「I left my heart in San Francisco
   High on a hill it calls to me
     To be where little cable cars
       Climb halfway to the stars
         The morning fog may chill the air
           I don't care
             ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 」


           
聴いてみますか? 「トニー・ベネット/Tony Bennett」の歌う 「I left my heart in San Francisco」。

注)YOUTUBEのタイトルは「フランク・シナトラ」となっていますが、これは紛れもなく「トニー・ベネット」ですね。




80歳を越えた現在でも現役シンガーとして歌っている「トニー・ベネット」が、あまり知られていませんが、かって「ビル・エバンス」とデュオをしたアルバムを紹介しておきましょう。1975年6月10日から13日のバークレーでの録音。ベネット48才、エヴァンス45才という円熟味を感じさせる頃に収録されたアルバムで、この数年後にエヴァンスが鬼籍に入ることを考えるとまさに奇跡のようなアルバム。ヴォーカルとピアノという実にシンプルな組み合わせであるが、じっくり聴けば聴くほど歌の味わい深さが伝わってくる。

The Tony Bennett/Bill Evans Album

Bill Evans / Fantasy



ベネットとエヴァンスの共演作品には、前掲の"Tony Bennett & Bill Evans Album"、と翌年9月録音"Together Again"の2作品がある。その2作品に加え未収録曲や、別take含む全てを網羅しているCD(全41曲)が2枚組「コンプリート・レコーディングス」。

トニー・ベネット&ビル・エヴァンス~コンプリート・レコーディングス

トニー・ベネット&ビル・エヴァンス / ユニバーサル ミュージック クラシック


 
 
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by knakano0311 | 2010-04-11 16:04 | おやじの遠足・街歩き | Trackback | Comments(0)
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