大屋地爵士のJAZZYな生活

実りの色へと

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我が家の狭き庭でも「実り」に向けての色へと変化が ・・・。先日、初摘みをしたミニトマト。続く第2弾が、緑から赤へとひとつの房で鮮やかなグラディエーションを見せてくれる。赤い宝石のよう。ブルーベリーもやっと色づき始めた。深い青紫色の宝石に変わるのには、もうしばらく時間が必要だ。

時にベタ(?)な歌が聴きたくなることがある。その歌というのは、一時期、「AOR(Adult-Oriented Rock)」が流行った時代の歌。AORの代表、男の囁き系、「マイケル・フランクス/Michael Franks」のヒット曲、かの「アントニオ・カルロス・ジョビン/Antônio Carlos Jobim」に捧げた「アントニオの歌(唄)/Antonio's Song」である。

この歌は、ボサノヴァを歌う多くの歌手にカバーされているが、またこの歌は、私を北欧の歌姫たちへ誘った歌でもあった。「リヴ・マリア・ローガン/Live Maria Roggen」、「ラドカ・トネフ/Radka Toneff」 ・・・。(参照拙ブログ「60歳過ぎたら聴きたい歌(72) ~ Antonio's Song ~」「男も囁く ・・・」「追補版;北欧美女シンガー図鑑(その8) ~ノルウェイ、悲劇の癒し姫とは~」など)

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その「アントニオの唄」を聴いてみたいのは、今回は「ヘレン・メリル/Helen Merrill」。数多い女性ジャズ歌手の中で、とりわけ我が国のファンに愛されている一人。その所以は、あの一世を風靡したヒット曲、「You'd Be So Nice To Come Home To」に加え、「ニューヨークのため息」といわれる、あのけだるいハスキー・ヴォイス。まさに一時代のジャズのムード、女性JAZZボーカルの象徴そのものと言ってもいい。

1929年にクロアチア(旧ユーゴスラビア)からの移民の子として生まれたヘレン。御歳86歳。ヘレンは1960年に初来日して日本ではおなじみとなり、1966年には一時期日本に居をかまえたこともあるほどの親日家で、ちょっと日本語も話せるらしい。2009年、当時80歳の高齢をおして「日本さよならラスト公演」を行った「ヘレン・メリル」。ステージはすこし痛々しかったが、囲むファンたちに投げキッスをして去っていった姿が目に焼きついている。(参照拙ブログ「最後のため息 ~ ヘレン・メリル ラスト・コンサート ~」

そんな彼女のアルバムに、「波」、「ハウ・インセンシティヴ」、「アントニオの唄」などボッサ・テイストあふれる名曲のカヴァー集「Casa Forte(日本盤タイトル;クール&ボッサ)」(1980)がある。「ジョージ・ムラーツ/George Mraz(bass)」、「バッキー・ピザレリ/Bucky Pizzarelli(g)」らがサポート。

Casa Forte

Helen Merrill /


クール&ボッサ(紙ジャケット仕様)

ヘレン・メリル ジョー・ベック バッキー・ピザレリ ジョン・ムラーツ グラディー・テイト ドン・ウン・ロマンアブソードミュージックジャパン



2011年にタイトルを「アントニオの唄」と変えて、HQCDでリイシューされた。

アントニオの唄 (HQCD)

ヘレン・メリル / SOLID



「Helen Merrill ~ Antonio's Song」

          
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by knakano0311 | 2015-07-14 20:56 | 音楽的生活 | Trackback | Comments(0)
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