大屋地爵士のJAZZYな生活

そのいぶし銀のような演技を思い出しながら ~ 志村喬記念館を訪ねて ~

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天空の城、「竹田城」を後に「生野銀山」へと向かう。その鉱山の町、朝来市(あさご)生野町の街中に「志村喬記念館」はある。

「志村 喬(しむら たかし)」。1905年(明治38年)、朝来市(あさご)生野町生まれ。本名は「島崎 捷爾(しまざき しょうじ)」。父は三菱生野鉱業所の冶金技師であり、幼少期を生野鉱山の社宅(甲社宅)で過ごした。その鉱山幹部社員の社宅が、現在「朝来市旧生野鉱山職員宿舎」として保存されており、その一棟が記念館となっている。

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舞台俳優を経て映画俳優となり、昭和9年に銀幕デビュー。戦前は脇役として時代劇などで活躍。戦後も東宝を中心に数多くの作品に出演。生涯で出演した映画の本数は443本に上るという。黒澤明監督との出会いは、昭和18年。のちに黒澤作品には欠かせない俳優となり、「生きる」、「七人の侍」を始め、彼の監督作の殆どに出演している。最後の黒澤映画は、「影武者」である。そのいぶし銀と称された演技は、海外でも高い評価を受け、1961年(昭和36年)には黒澤の代理として「ベルリン映画祭」に出席、多くの欧米の映画人から祝辞を述べられたという。昭和57年(1982年)、永眠。享年76歳。

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「志村喬×黒澤明」。その作品のほとんどを私は観ている。癌にかかっていると悟り、余命いくばくもない官吏「渡辺勘治」を演じた「生きる」。ラスト近く自ら完成させた雪の公園でブランコに乗り、「ゴンドラの唄」を歌うシーン。野党に立ち向かう侍のリーダー、「島田勘兵衞」を演じた「七人の侍」の迫力あるアクションシーン。いずれもがはっきり脳裏に刻み込まれている。館内に陳列されているポスター、台本、遺品などで彼のシーンを思い出しながら、「生野銀山」へと車を向けた。

さて、今宵、名優「志村 喬」を偲んで、「七人の侍」」(1954)のテーマ」としましょうか。作曲は、「早坂文雄」。

「七人の侍のテーマ」

          


 


 

 
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by knakano0311 | 2016-04-25 13:09 | おやじの遠足・街歩き | Trackback | Comments(0)
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