大屋地爵士のJAZZYな生活

音のパイオニア 冨田勲氏逝く

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作曲家・編曲家で、シンセサイザー・アーティストの「冨田勲」さんが、5月5日に慢性心不全で亡くなったと報じられた。84歳でした。

冨田さんは、1950年代、慶應義塾大学文学部在学中に作曲家として活動を始め、NHK大河ドラマの第1作「花の生涯」や手塚治虫アニメ「ジャングル大帝」「リボンの騎士」の音楽などを手がけ、1970年代からはシンセサイザーをいち早く導入。日本人で初めてアルバム、「月の光」が、米グラミー賞にノミネートされるなど、世界的な評価を受けていた。

初期のころ、作曲家として活動する一方、従来のオーケストラという演奏形態に飽きたらず、新たに出現してきた電子機器と古典的な楽器を融合させるなど、様々な音楽の可能性を追求していた。その後、1969年にモーグ・シンセサイザーと出会ったことが大きな転機となり、これ以降は古典的名曲をシンセサイザーによって現代的な解釈を加えて発表するという活動が中心となった。当時、楽器として輸入しようとしたところ、日本ではシンセサイザーがほとんど認知されていなかったので、税関から軍事機器(むしろアナログコンピュータそのものであろう)と疑われ、楽器であることの証明に長い時間がかかったという。モーグには説明書が付属していなかったので、使い方が全くわからずに苦戦し、「高いだけの鉄くずを買ってしまった」と後悔したことも。 その後、自宅にマルチトラックレコーダーも備える電子音楽スタジオを設置し、電子音による管弦楽曲の再現を試行錯誤しながら、数々の作品を作曲・編曲した。

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1974年には日本人として初めてグラミー賞にノミネートされた。そのレコード「月の光 - ドビッシーによるメルヘンの世界」が国内に逆輸入され、日本でも火が付いたという。次作の「展覧会の絵」は、ビルボード・キャッシュボックスの全米クラシックチャートの第1位を獲得、さらなる次作の「火の鳥」は、ビルボード全米クラシックチャート第5位を、さらにその次作の「惑星」もビルボード全米クラシック部門で第1位にランキングされた、「イサオ・トミタ」の名は、広く世界に知れ渡るところとなった。(Wikipediaによる)

わたしは当時就職したばかりのころ、アルバム「月の光」が異例のベストセラーになったということ、シンセサイザーという言葉に興味を覚え、どんな音だろうと聴きたくなってLPを買ったことを鮮明に覚えている。

すべてに衝撃的で革新的だった音のパイオニア、「冨田勲」氏。私の青春の音楽史の一ページに登場した音楽家でもあった。

合掌 ・・・ 。

月の光 - シンセサイザーによるメルヘンの世界(期間生産限定盤)

冨田 勲 / SMJ


 

「冨田勲 -月の光」  Isao Tomita / "Clair de Lune"」


          
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by knakano0311 | 2016-05-08 17:24 | 訃報を聞いて | Trackback | Comments(0)
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