大屋地爵士のJAZZYな生活

街を楽しむ(2)  ~ 光と影 ~

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定年になってから、夜のネオン街に繰り出すことは、めったになくなったが、この季節になると街のあちこちでイルミネーションが出現し、心を和ませてくれる。とくに最近になってLEDの技術と商品が進化したため、作品と呼んでもいいだろう、そのイルミネーションの美しさや表現力が格段に進歩したようだ。

つい先日も、会社の帰り道、梅田・茶屋町に寄ったら、「1000000人のキャンドル・ナイト OSAKA」と称して、デザイナーやアート系学生たちによる「ひかりのイベント」を街の歩道やビルのスペースを使ってやっていた。企業などに協力してもらって、その周辺の街の明かりをおとし、歩道に並べた様々なキャンドルや行灯によって街を彩るイベントである。普段の街の照明が消え、その一角だけがほのかな温かみのある「灯り」で満たされていた。最近のLEDによる電飾も見事であるが、このようなキャンドル、「灯し火」によるほの暗い照明もいいものだ。


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そして、帰宅して日課のウォーキングをすると、わが団地にも沢山存在する「クリスマス・イルミネータ」たちが、この時期から一斉にその電飾を競いだすのに出くわす。省エネなどの声はあるが、灯りは人の心を和ませるもの、昨今の世相にあって、そのくらいは許容する心のゆとりも持ちたいもの。


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左;光の回廊「ガレリア」  右;光の壁掛け「スパッリエーラ」と光のドーム「カッサ・アルモニカ」

そして12月6日~17日はいよいよ「神戸ルミナリエ」。早速点灯開始時間に間に合うように大変な人ごみを覚悟して、行ってきました。2007年のテーマは「光の紀元」である。「神戸ルミナリエ」はイタリアのアートディレクター、ヴァレリオ・フェスティ氏と神戸市在住の作品プロデューサー、今岡寛和氏による「光の彫刻作品」である。
そもそも、「神戸ルミナリエ」は、クリスマスのためのイベントではない。阪神・淡路大震災犠牲者の鎮魂の意を込めると共に、都市の復興・再生への夢と希望を託して、大震災の起こった1995年12月に初めて開催され、震災で打ちひしがれた神戸の街と市民に大きな感動と勇気、希望を与えたイベントである。最初の「ルミナリエ」の閉幕直後から、市民や各界から継続開催を求める強い声が寄せられ、都市と市民の希望を象徴する神戸の「冬の風物詩」として定着し、今年で13回目を数えることとなった。
いつもながら、そのまばゆいばかりの美しさは感動もの。点灯の瞬間に沸きあがる歓声。光がこれほど人を感動させるということをみると、まさに「光の彫刻」、「芸術作品」である。


ヨーロッパを旅して感心することのひとつに、「街のライトアップ」がある。どんな小さな町を訪れても、その町を代表する建物である、教会、城、橋、塔、歴史的建造物などが必ずライトアップされている。また、教会や宮殿内部のステンドグラス、鏡、シャンデリア、金銀細工の装飾をみると、「光と闇=善と悪」というキリスト教のテーゼをどうしても感じてしまう。
各地のライトアップや、クリスマスや新年のデコレーションも冬の旅行の見もののひとつ。シャンゼリゼ、ピカデリー・サーカス、五番街のクリスマス・デコレーション、ラジオシティのクリスマス・ツリー、スエーデンの町中の窓におかれたろうそく形ランプのあかり、大連は星広場の春節(旧正月)の光のオブジェ、ハルピンはロシア教会、ロシア風建築の連なるロシア街のライトアップ、国の威信の象徴であるかのような北京・天安門・長安街のライトアップ、中国の過去と今の繁栄を映し出す外灘沿いの旧租界と河向うの浦東の超高層ビル群との対比、スイスアルプスの氷の宮殿の深い青など「光」の持っている魔力といってもいい、不思議な演出力にすっかり魅せられてしまう。

日本の場合は「光」でなく「灯り」であろう。谷崎潤一郎「陰翳礼讃」をひも解くまでもなく、古来から日本人が持つ自然への感謝、宗教・死生観が、灯りひとつにも色濃く反映していると思う。「陰、影、翳」をも、明かりの一部としてしまうその美意識。
化野・念仏寺の千塔供養、精霊流し、ねぶた祭り、竿灯祭り、鞍馬の火祭り、奈良・東大寺のお水取り、五山の送り火、花火大会 ・・・・。権威や権力の演出のためでなく生活の一部に灯りが密着している。

「60歳過ぎて・・・・」ではないが、「光」によせて、聴きたい歌は、「アタウアルパ・ユパンキ/私は光になりたい」。1992年5月に惜しくも亡くなった「アタウアルパ・ユパンキ」は、アルゼンチンのフォルクローレの第1人者。スペインに侵略され、殺され、スペインの文化、音楽に同化していったインディオの自然、生活、人生によせる想いを込めた歌の数々が、哀愁のギターの調べに乗せて語られる。

アタウアルパ・ユパンキ
アタワルパ・ユパンキ / 東芝EMI
ISBN : B000064TVX
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「 ♪ 午後の半ばを過ぎると   私には死がやってくる
      私は影になりたくない   私は光になりたい
        そして、そのままとどまりたい  ・・・・・・・・ ♪」

           (ダニエル・レゲーラ作詞作曲 訳者不詳)
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by knakano0311 | 2007-12-06 23:06 | おやじの遠足・街歩き | Trackback(1) | Comments(0)
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