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大屋地爵士のJAZZYな生活

もしもピアノが弾けたなら(18)   ~ パリ・もう一つのJAZZ史の街 ~

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このブログで、かって訪れた思い出の地を、無理やり?JAZZと結びつけて綴る「JAZZY紀行」を連載しているが、自らの音楽活動の中で欧州紀行を続けているJAZZピアニストがいる。デンマーク、コペンハーゲン出身で、パリで活躍する「ニルス・ラン・ドーキー・トリオ」、改名して「ニルス・ラン・ドーキー/トリオ・モンマルトル」である。

「トリオ・モンマルトル」は2001年の『カフェ・モンマルトルの眺め』を第1弾に、『ローマの想い出』、『スペイン』とヨーロッパ音楽旅行シリーズを続けてきた。そして最近はロシアへとその旅を続け、『展覧会の絵~ロシア紀行』を、また自らの出自である北欧に思いを込めた、『北欧へのオマージュ』をリリースしている。音楽の傾向としてはEJT(ヨーロピアン・ジャズ・トリオ)と非常に近い感じであるが、EJTがより典雅であるのに比べ、メロウであまく、カジュアルと言ってかもしれない。クラシックへの傾倒も示すのもEJTと似ていて、例えばアルバム「スペイン」では、名曲「アランフェス」や「アルハンブラの想い出」などを取り上げ、「ロシア紀行」ではロシア作曲家、たとえば、チャイコフスキー、ムソルグスキーなどを取り上げて、見事なJAZZに仕立て上げている。これを観ると、EJTをかなり意識しているのかなあとも感じる。(意識しているのは、レコード会社のほうかもしれないが・・・・・)

そんな「ニルス・ラン・ドーキー/トリオ・モンマルトル」のおすすめを挙げるとすれば、イタリアを旅するというテーマで、同国にちなんだ、「ゴッド・ファーザー愛のテーマ」や「アヴェ・マリア」など有名曲を中心に取り上げている紀行第2作『ローマの想い出』。彼自身、幼い頃にギターを習っていたこともあり、想いの深いギターの名曲「アランフェス」や「アルハンブラの想い出」を中心に構成した紀行第3作『スペイン』。陰影に富んだ、ロマンあふれる旋律の粋をピアノで鮮やかに表現している。

ローマの想い出
トリオ・モンマルトル / / ビデオアーツ・ミュージック
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スペイン
ニルス・ラン・ドーキー/トリオ・モンマルトル / / ビデオアーツ・ミュージック
ISBN : B00007B90J
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「Love Theme from "The Godfather" - Trio Montmartre」

          

「Trio Montmartre - Theme From 2nd Movement Of "Concerto De Aranjuez"」

          

そしてヨーロッパ紀行3部作に続いて、バカラック・ナンバーをタイトルにした、「ザ・ルック・オブ・ラヴ」。いわゆる「スタンダード」と呼ばれる曲を、洗練されたスタイルで聴かせてくれるが、女性をテーマにした曲が多い。ダイアナ・クラールがリヴァイバル・ヒットさせたタイトル曲、ノラ・ジョーンズ「ドント・ノウ・ホワイ」。メロディの美しい楽曲をロマンティックに演奏し、日常生活を演出する心地よいピアノに徹しているので、女性のJAZZピアノ・ファンに、或いはJAZZピアノに魅かれはじめた方には最適のアルバム。

ザ・ルック・オブ・ラヴ
ニルス・ラン・ドーキー・トリオ・モンマルトル / / ビデオアーツミュージック
ISBN : B0000UN55M
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ニルス・ラン・ドーキーは、バンド名でもわかるように、パリにこだわり、パリに移住して活動を続けているが、ご存知の通り、パリは音楽の世界ばかりでなくあらゆる芸術の世界でも「カオス(混沌)」、ごった煮、何でもありの街である。その創造の活力のゆえに、いまもなお「芸術の都・パリ」と称される。
かって、20世紀前半、世界の各地からパリにピカソ(スペイン)、モジリアーニ(イタリア)、シャガール(ロシア)、藤田 嗣治(日本)、ユトリロなど後に巨匠と言われる画家達が集まり、総称して「エコール・ド・パリ」、「パリ派」と呼ばれたことはご存知でしょう。

そして、フランスの植民地であったヌーヴェル・オルレアン、すなわち新大陸アメリカのニューオーリンズで生まれたジャズがヨーロッパに流入しはじめたのは、1910年代末のことといわれる。やがて1930年代のパリに誕生した独自のスタイルを持つJAZZが、ベルギー出身のジプシー・ギタリストの「ジャンゴ・ラインハルト」が始めたジプシーの伝統音楽とスウィング・ジャズを融合させた音楽、「ジプシー・スウィング」であった。(フランス名でJazz manoucheまたはmanouche jazz、マヌーシュ・ジャズとも呼ばれる) その後、ヨーロッパのみならず、本場アメリカからもミュージシャン達がパリを訪れ、数多くの作品を吹き込んだり、活動の中心を移したりもした。その中で育まれたパリ発の大御所JAZZメンといえば、「バルネ・ウィラン」、「トゥーツ・シールマンス」、「ステファン・グラッペリ」、「ミシェル・ルグラン」などであろうが、アメリカとは違うヨーロッパJAZZの香りが横溢する。サンジェルマン、カルチェ・ラタン界隈のJAZZクラブに立ち寄ると、アメリカとはまったく違う、やや退廃的でカオス的な雰囲気に満ちた一時が過ごせる。

もしもピアノが弾けたなら(18)   ~ パリ・もう一つのJAZZ史の街 ~_b0102572_16575434.jpg 写真は、サンジェルマン大通り(仏:Boulevard Saint-Germain)のカフェ、「ドゥ・マゴ」

そしてJAZZの名曲「枯葉」は、作曲ジョゼフ・コズマ、作詞は詩人・ジャック・プレヴェールによるシャンソンの定番でもあるのは有名。その「枯葉」を出世作として、シャンソンのスターになったのが、「ジュリエット・グレコ」。「カフェ・フロール」や「ドゥ・マゴ」などといったサン・ジェルマン・デ・プレの「カフェ」に集まる文化人たちのアイドルだった美貌のシャンソン歌手だが、1949年、パリに滞在していたジャズの帝王「マイルス・デイヴィス」と恋に落ちた。帝王と女神の恋はたった2週間の短い間だったという。ふたりは、手を取り合って、セーヌ河畔やサンジェル・マン・デ・プレを散歩し、カフェで、サルトルやボーヴォワールらとも語り合ったという。そしてグレコの紹介で「ルイ・マル」監督に会ったマイルスは、後にあの「死刑台のエレベーター」の音楽を担当することになる。

パリには、アメリカとは違う「もう一つのJAZZ史」があるのだ・・。


ちなみに、私が初めてJAZZに触れたのは映画「死刑台のエレベーター」であった。

死刑台のエレベーター[完全版]
マイルス・デイヴィス / ユニバーサル ミュージック クラシック





そして、きっとマイルスはグレコのことを脳裏に描きながら演奏したに違いない「枯葉」。この曲をJAZZの世界で一挙に有名にし、その後のスタンダードしたアルバムが「キャノンボール・アダレイ/Somethin’ Else」。当時マイルスが他のレコード会社と契約中だったので「キャノンボール・アダレイ」名義でリリースしたという。

サムシン・エルス+1
キャノンボール・アダレイ / EMIミュージック・ジャパン

 

「Cannonball Adderley feat. Miles Davis " Autumn Leaves" (1958)」

          


「死刑台のエレベーター」と同じ57年に作られたロジェ・ヴァディムの映画「大運河」のサウンドトラックはMJQ(モダン・ジャズ・カルテット)が手がけている。アルバムは「たそがれのベニス」というタイトル名で発売されている。

たそがれのヴェニス
モダン・ジャズ・カルテット / Warner Music Japan

by knakano0311 | 2008-12-13 00:14 | もしもピアノが弾けたなら | Comments(0)
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