大屋地爵士のJAZZYな生活

2017年 11月 15日 ( 1 )

夕暮れの都市美に見入る

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 久しぶりの梅田。一年ぶりのヨット部のOB会である。梅田の居酒屋に、10人ほどの仲間が集まった。寄り道をしようと少し早めに家を出て、阪急梅田駅からグランフロント大阪、そしてJR大阪駅を通り抜ける。この界隈、景観が最近大きく様変わりしたが、まだ私の土地勘は残っているとみえて、迷うこともなく飲み会の場所へとたどり着く。ちょうど夕暮れどき、グランフロント大阪のビル群が夕日に映える。こんな都会の美しい夕暮れを久しぶりに見た。そして駅へと足を急ぐビジネスマンたち。もうそのスピードや流れにもう、ついていけなくなっている。10年ほど前までは、あの群れのひとりだったのだ。1年ぶりに仲間と歓談、痛飲。

 今宵のピアノ。まだ馴染んではいないのだが、「ビル・エヴァンス/Bill Evans」のリリシズムを継ぎ、「ブラッド・メルドー/Brad Mehldau」などからもリスペクトされ、現代最高峰のピアノの詩人とも囁かれる「フレッド・ハーシュ/Fred Hersch」を聴いてみる。

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 その名を聞いてはいたが、なぜか聴く機会のなかった「フレッド・ハーシュ」。『至高のソロ再び・・・現代最高峰のピアノの詩人フレッド・ハーシュ唯一無二の世界。ここでしか感じられない感動。ラストのビリー・ジョエルの楽曲は心を揺さぶってやまない名演!』そんなコピーに誘われて聴いてみました。

 1955年、オハイオ州シンシナティ生まれ。4歳の時にピアノを始め、両親から熱心な教育を受け、9歳ころからは作曲も始めたという。音楽的にはかなり早熟で、9歳から13歳まで理論、作曲、アナライズのレッスンを受ける。音楽学校に入学した15歳の時には、四声や対位法、様々なスタイルで作曲できるようになっていたという。1980年代にデビューし、ジャズの伝統とクラシックの語法を消化したピアノスタイル、ジャズ・スタンダードの再解釈などで人気を集め、若手のピアニストに大きな影響を与えたという。

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 2008年、HIVウィルスが脳に転移し、発作と2ヶ月間の昏睡状態に陥るが、死の淵を乗り越え、2010年のアルバム「Whirl」で完全復活を果たしたという。そのことによる彼の死生観が、その陰影あるタッチに深みを与え、感性を一層研ぎ澄ましたのではなかろうか。そんな心境が、アルバムに添えられている彼の言葉から読み取れる。

 『私は、もう40年以上、ジャズを演奏してきました。そして今、ピアノの前に座ったときの最良の心理状態は、「さあ、何が起こるのか、見てみよう!」という気分だと思うようになりました。・・・ 経験を積んできた今の私にとって、フレーズからフレーズへ身を任せ、ひたすら演奏するという自由が、非常に心地良く思えるようになったのです。』(フレッド・ハーシュ、寺井珠重訳)

 そんな彼の心根が感じ取れるでしょうか。聴いてみましょうか、「フレッド・ハーシュ」。夕暮れの都市美のように聴き入ってしまうかもしれません。

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Open Book/オープン・ブック [日本語帯・解説付]
Fred Hersch
Palmetto Records / King International




「Plainsong ー Fred Hersch」

          

「Eronel - Fred Hersch」

          
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by knakano0311 | 2017-11-15 10:17 | 音楽的生活 | Trackback | Comments(0)