大屋地爵士のJAZZYな生活

カテゴリ:もしもピアノが弾けたなら( 30 )

次の一里塚までふたたび ・・・

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「ロベルト・オルサー・トリオ/Roberto Olzer Trio」の余韻がまだ残っている。『「ジャック・ルーシェ」に触発され、「ヨーロピアン・ジャズ・トリオ」を聴いてから、魅入られたヨーロッパ・ジャズ・ピアノの世界。・・・・ そして、たどり着いた一里塚、マイルストーンは、「ジョバンニ・ミラバッシ/Giovanni Mirabassi」であった。』と書いたのは、おおよそ8年ほど前であった。(参照拙ブログ「もしもピアノが弾けたなら(19)~ たどり着いた一里塚から ~ 」

そこから、ふたたびゆっくりと歩き出し、「トルド・グスタフセン/Tord Gustavsen」、「アレッサンドロ・ガラティ/Alessandro Galati」、「ティエリー・ラング/Thierry Lang」、「マーティン・ティングヴァル/Martin Tingvall」、「ティグラン・ハマシアン/Tigran Hamasyan」など多くのピアニストたちとの新しい出会いを重ね、「あれから随分と遠くまで来たもんだ」という思いもしている。そして新しい一里塚にたどり着いたと感じたのが、「ロベルト・オルサー」であった。次はどのような一里塚が待っているのであろうか。次の一里塚までふたたび・・・。

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そのコンサート会場で目にとまった一枚のCD。「ジョバンニ・ミラバッシ・トリオ」の「LIVE」(録音:2003年 発売:2010年)。聞けば限定発売で、コンサート会場でしか販売していないという。2009年にミラバッシが「澤野工房」から移籍してからのリリースであるから、澤野工房最後のミラバッシのアルバムであろう。「ロベルト・オルサー」という一里塚にたどり着く起点ともなった「ジョバンニ・ミラバッシ」。そんなCDがあることは知っていたが、聴いたことはなかった。「これは ・・・」と思い、すかさず手に入れて聴いてみると、あの澤野の「ミラバッシ」が蘇ってきた。  

2003年録音、2004年発売のDVD「LIVE at SUNSIDE!」のセッションより、DVD収録曲を2曲+未収録4曲を加えた、全6曲ライブCDである。パーソネルは、「Giovanni Mirabassi (piano)」、「ジルダ・ボクレ/Gildas Bocle (bass)」、「ルイ・ムータン/Louis Moutin (drums)」。

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LIVE MORE FROM SUNSIDE OCT 2003
ジョバンニ・ミラバッシ・トリオ/澤野工房




CDアルバムにも収録されているが、DVDからのアップと思われる演奏がありましたのでお聴きください。

Giovanni Mirabassi Trio - LIVE IN JAPAN [DVD]




「Giovanni Mirabassi - Yesterdays」


          
 
「Giovanni Mirabassi - If I Should Lose You」
 
          

別のバージョンとして、ほかのアルバムよりYOUTUBEにアップされている曲もどうぞ ・・・。

CANTOPIANO

ジョバンニ・ミラバッシ / 澤野工房




「Giovanni Mirabassi - Cantopiano La canzone di marinella」


          

DAL VIVO!

ジョバンニ・ミラバッシ・トリオ / 澤野工房



「Giovanni Mirabassi - Des Jours Meilleurs(Some Better Days)」

          


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ミラバッシの新アルバム「Live In Germany」のリリースの予告も出ています。ミラバッシが、「エラ・フィッツジェラルド/Ella Fitzgerald」、「メルセデス・ソーサ/Mercedes Sosa」、「エディット・ピアフ/Édith Piaf」に捧げたソロ・ピアノ・アルバムのようで、演奏は、2014年9月ドイツ南西の都市、「ルートヴィヒスブルグ」にある「バウアー・スタジオ」のコンサートホールでのレコーディングだそうだ。

澤野から移籍後のミラバッシのアルバム、プロデューサーの違いだろうか、正直言って首をかしげたくなるような内容だった。新アルバム、本来の彼の良さ、持ち味が十分に発揮されていることを期待したい。
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by knakano0311 | 2016-12-20 10:19 | もしもピアノが弾けたなら | Trackback | Comments(0)

わが心に歌えば  ~トヌー・ナイソー・トリオのライブを聴く~

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毎年恒例になっている西宮の兵庫県立芸術文化センターで行われる「ひょうご クリスマス・ジャズ・フェスティバル 2012」。今年のフェスは、「トヌー・ナイソー・トリオ」、「山下洋輔スペシャル・ビッグバンド」、「北村英治カルテット+スコット・ハミルトン」、「奥平真吾ザ・フォース・スペシャル」、「園田憲一とデキシーキングス」、「アロージャズオーケストラ VS 東京キューバンボーイズ」の6公演。

私が選んだのは、そのうちの「アトリエ澤野スペシャル わが心に歌えば/トヌー・ナイソー・トリオ」である。「トヌー・ナイソー/Tonu Naissoo」。2005年、澤野工房から最初のアルバムがリリースされたとき、その出身地がバルト3国のエストニアと聞いて、そこまで手を伸ばすのかという驚きと執念に感嘆する印象もあったのだが、エストニア出身の力士、「把瑠都(バルト)」が大関を務める時代、日本でデビューするジャズ・アーティストがあってもおかしくはないのである。日本に紹介されたときは、もう50歳代半ば。よくぞ発掘してくれたというのが、ファンの偽らざる思いであろう。

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1951年3月、エストニアの首都、世界遺産の街、タリンに生まれる。作曲家で音楽教師を父に持つ。6歳よりクラシックピアノをはじめ、国内の音楽学校を卒業後、1989年にはバークリー音楽院の奨学生となり、70年代から旧ソ連、東欧を始め、欧米諸国の主要なジャズフェスティバル、国際的なプロジェクトに数多く参加したという。

知ったかぶりを発揮して書いてきたが、実は私は、「トヌー・ナイソー」を聴いたのは最近である。澤野工房からデビューした時から、毎年約1枚のペースでリリースされる彼のCDを手にとっては、どうしようかと迷っていたが、いつも女性歌手か他のピアニストのアルバムを買うことになってしまい、意図したわけではないにせよ縁がなかったとしか言いようがない。それが去年リリースされた「MY BACK PAGES」を手にしてから縁ができたのである。美しい旋律で歌う事はよくわかっていたので、実際に聴いてみたくなったのである。

長いロシア帝国からソ連にいたる支配を経ての1991年8月のバルト三国独立、それが引き金となった、その年12月の旧ソ連崩壊。ちょうど彼は40歳の働き盛り。あの美しい旋律を奏でる彼のバック・ページには、どんなストーリー、あるいはどんな歌が書かれていたのだろうかと気にもなった。
 
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MY BACK PAGES
トヌー・ナイソー・トリオ/澤野工房
Tonu Naissoo : piano
Taavo Remmel : bass
Ahto Abner : drums

 


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午後7時から、8角形、内部は全て木貼りというユニークな構造を持つ小ホールでの開演。シニア中心はいつものことであるが、結構若い女性も多い。私の席はというと、正面真ん中、前から第2列というこれ以上はないという好位置。音だけではなく、プレイヤーの指づかい、息づかい、アイ・コンタクトなどもはっきりと見える場所であった。メンバーはアルバム」と同じメンバー。トヌーはフルシチョフに似た風貌で少し猫背気味の背中をさらに丸めて、鍵盤を自在に指が走る。そして、ベース、「ターヴォ・レンメル/Taavo Remmel」はもちろん、ドラムの「アハトゥ・アブネル/Ahto Abner」もやはり歌こと、歌うこと ・・・。3人ともがこんなにリズミックに歌いまくるトリオはめずらしいのではないかと思うくらい。しかし、それにしてもいつもながらであるが、このホールの「スタインウェイ/Steinway & Sons」はよく響く。

ざっと演目をご紹介しておきましょう。「My Back Pages」や、会場で先行発売されていた新アルバム、「Fire」などから、誰でもよく知っている、スタンダード、POPS、映画音楽などの楽曲を中心にオリジナルを混ぜての14曲(アンコール含む)であった。

【第一部】
1.You Stepped Out Of A Dream 2.My Favorite Things/私のお気に入り 3.You've Got A Friend/君の友達 4.My Heart Belongs To Daddy/私の心はパパのもの 5.Come Back To Me 6.Spark It Up 7.My Back Pages
【第二部】
1.Improvisation ~ You Never Give Me Your Money (ソロ) 2.Coffee Cold 3.With A Song In My Heart/わが心に歌えば 4.Love Theme From Sunflower/ひまわり 5.I Say A Little Prayer/小さな願い
【アンコール】
1.戦場のメリークリスマス/Merry Christmas, Mr. Lawrence 2.Sonny Moon For Two
 

「トヌー・ナイソー」の演奏は、殆どYOUTUBEにはアップされていないが、貴重にもアップされていたのが、「ボブ・ディラン/Bob Dylan」がオリジナルで、ジャズでは「キース・ジャレット/Keith Jarrett」によって有名になった曲をアルバム・タイトルに持つ「My Back Pages」からのスタンダード、「Moon And Sand」。しかし、すぐ削除されていたので、代わりに出典などは全くわからないが、エストニア・ラジオ・オーケストラとの共演の美しい曲をお聴きください。

「Tõnu Naissoo Trio / Moon And Sand」   ⇒ 残念!削除


「mu kodu - Tõnu Naissoo ja Eesti Raadio Orketer」 

          
 
 
帰路は寒波を緩める激しい雨。昨夜は見えたという「ふたご座流星群」とやらは、今宵は絶望的 ・・・。


 
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by knakano0311 | 2012-12-15 22:03 | もしもピアノが弾けたなら | Trackback | Comments(0)

「ミシェル・ペトルチアーニ」の奇跡

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全盲というハンディ・キャップを背負いながらも人気を博したジャズ・ピアニスト「ジョージ・シアリング」逝去の記事を見ながら、同じようにハンディ・キャップを背負いながらも、大変な人気のあった、もう一人のジャズ・ピアニストに思いを馳せた。

かってこのブログでも一度取り上げたことがある「ミシェル・ペトルチアーニ/Michel Petrucciani (1962年12月28日 - 1999年1月6日)」である。すこしショッキングではあるが、写真を見ていただければ、そのハンディキャップはお分かりいただけると思う。フランス出身のジャズ・ピアニスト。生まれつきの骨形成不全症という障害を克服し、フランス最高のジャズ・ピアニストと評価されるほどの成功を収めた。

「ペトルチアーニ」は、障害のため、身長は成長期になっても1メートルほどにしか伸びず、しかも様々な病気にも悩まされ、同年代の普通の少年ができるようなことは一切できなかったため、彼の関心はもっぱら音楽、それもJAZZに向けられるようになった。なんと15歳でプロ・デビュー、そして18歳でトリオを組み、CDデビューを果たしたという。ピアノまで他人に運んでもらわねばならず、またペダルに足が届かないため、ペダル踏み機を使わねばならなかったが、腕は標準的なサイズであったため、鍵盤を弾くことができたのである。デビューするや否や、その天才的な演奏ぶりは広くファンの注目と話題を集めたのである。「寿命は20歳程度まで」と言われていたが、実際には、それよりはるかに寿命を長らえ、ツアー先のニューヨークで急性肺炎を起こし、他界したときは36歳であった。

「ペトルチアーニ」は大変な人気があったし、いまでもそうである。もし写真を見ずに、演奏だけ聴いているならば、とても大変なハンディキャップを背負ったピアニストだとは思わないでしょう。その人気はハンディキャップとは関係なく、天才的とも評された彼の音楽性にあったのである。豪快、ロマンチック、繊細、メランコリック、ダイナミック、鮮烈、清清しさ ・・・。すべて「ペトルチアーニ」の演奏の印象に当てはまるほど、多彩な表現ができたのである。千変万化、鮮烈なタッチで縦横無尽に鍵盤上を駆けめぐる、その独自性の強い演奏スタイルはファンを虜にしたのである。

「ミシェル・ペトルチアーニ」の生き生きとした生命力に満ちた演奏、その一方で繊細でロマンチックな演奏は、1997年11月に行われた「ブルーノート東京」でのライヴ演奏にも遺憾なく発揮されている。「Trio in Tokyo」として組んだ「スティーヴ・ガッド/Steve Gadd」のドラム、「アンソニー・ジャクソン/Anthony Jackson」のベースに一歩も引けを取っていないのだ。

ライヴ・アット・ブルーノート東京

ミシェル・ペトルチアーニ / ビデオアーツ・ミュージック



オリジナルの中でただ一曲、ひときわ異彩を放つ、マイルスの「So What」。
Michel Petrucciani - So What (Trio in Tokyo)

          
 
 
 
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by knakano0311 | 2011-02-18 09:07 | もしもピアノが弾けたなら | Trackback | Comments(0)

もしもピアノが弾けたなら(23) ~ 遠きララバイ ~

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私にとって、「ヨーロピアン・ジャズ・トリオ/Europian Jazz Trio(EJT)」を知るまでは、ヨーロッパの薫りのするジャズといえば、「ジャック・ルーシェ/Jacques Loussier」などバロック・ジャズのアーティストを除くと、「モダン・ジャズ・カルテット/Modern Jazz Quartet(MJQ)」と「ケニー・ドリュー/Kenny Drew」だったように思う。いずれも、アメリカのJAZZメンでありながら、ヨーロッパ文化や音楽に深く傾倒していったアーティストである。軟弱なJAZZファンである私は、とりわけ「ケニー・ドリュー」が好きであった。

ケニー・ドリュー (Kenny Drew、1928年8月28日 - 1993年8月4日)は、ハード・バップ・ピアニストの一人で、ニューヨーク出身であるが、アメリカを出て、ヨーロッパに活動の場所を移したジャズ・ミュージシャンのひとり。「バド・パウエル」、「デクスター・ゴードン」、「デューク・ジョーダン」、「マル・ウォルドロン」などもそうである。1961年にフランスに移住、64年からはデンマーク、コペンハーゲンで「ニールス・ペデルセン/Niels Pedersen」らとトリオを結成し、活動の本拠地にした。黒人ジャズメンにとって、人種差別のあるアメリカより、自由な空気が流れ、活気あふれるヨーロッパのジャズ・シーンの方が、はるかに居心地がよかったのであろう。この60年代、ヨーロッパ・ジャズの黄金期の状況については、星野秋男著「 ヨーロッパ・ジャズの黄金時代」(青土社)に詳しい。

「ケニー・ドリュー」のメロディを重視し、優しいタッチの演奏は、ヨーロッパ及び日本で人気を集めた。今風に言えば、ヨーロピアン・スムース・ジャズ・ピアノというところか・・・・。しかし、単なる心地よさだけではない、ヨーロッパを感じさせる透明感のある演奏が人気を呼んだのであろう。

「パリ北駅着、印象/IMPRESSIONS」(1988)、「欧州紀行/RECOLLECTION」(1989)など、欧州各地やパリにちなんだ曲をちりばめたアルバムが、代表作。パリへの憧れ、ヨーロッパへの愛着がにじみ出てくるような叙情性があふれる傑作アルバムである。

パリ北駅着、印象
ケニー・ドリュー・トリオ / エムアンドアイカンパニー
ISBN : B0000A8UY8


欧州紀行
ケニー・ドリュー・トリオ / エムアンドアイカンパニー
ISBN : B0000A8UY9


そして初孫が生まれたとき、そのうち孫に聴かせたいなとおもったピアノ・アルバムは「ザ・ララバイ」。ドリューの、叙情性あふれる魅力を引きたたせた82年のピアノ・トリオ・アルバム。有名な子守唄ばかりを集めた選曲で、聴き手を癒しとまどろみの世界へと導く。コペンハーゲンの対岸はスウェーデン、マルモ。そこに子会社があった関係で、よく降り立った街。ヨーロッパを何度も旅した昔に思いを馳せながら、今はまだ孫の代わりに私が遠き国からの「ララバイ」を聴いている。

ザ・ララバイ

ケニー・ドリュー・トリオ / BMGインターナショナル



さあ、すこしまどろんでみますか。同アルバムからSummertimeを。アメリカ・オペラ「ポギーとベス/Porgy and Bess」で歌われる子守歌で、「ガーシュイン兄弟/George & Ira Gershwin」の作品。Niels-Henning Ørsted-Pedersen (b)、 Kenny Drew (p)、Ed Thigpen (ds)

          
 
 
 
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by knakano0311 | 2011-01-19 10:05 | もしもピアノが弾けたなら | Trackback | Comments(0)

「JAZZとはAbout A Life」  ~ジャズ・ピアニスト穐吉敏子の道~

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NHK-Hi、「プレミアム8」でJAZZピアニスト、「穐吉敏子(あきよしとしこ、秋吉敏子)」へのロング・インタビューが放映されていた。90分、すっかり魅入ってしまった。1929年12月12日生まれ、この12月で81歳を迎えるご長寿ピアニストといってもいいだろう。そして、2006年には、日本人で初めて「ジャズマスターズ賞」を受賞し、JAZZの殿堂入りを果たした、アメリカで活躍する日本人JAZZアーティストのパイオニアである。昨年10月、隣町のホールでソロのコンサートを聴いて感銘を受けたばかりである。(ブログ10月はJAZZの国・・・参照)

中国、満州に生まれ、小学1年生のときに「トルコ行進曲」に魅せられ、ピアノを習い始める。敗戦後に両親の故郷大分県に引き揚げ、別府の駐留軍キャンプ「つるみダンスホール」でジャズ・ピアニストとして演奏を開始。このジャズ・ピアニストになったきっかけは、「テディ・ウィルソン/Teddy Wilson」の「スイート・ロレイン/Sweet Lorraine」を聴いたことであると語っている。1948年夏に上京して、1952年「コージー・カルテット」を結成。西銀座のライブハウスで演奏しているところを、1953年に来日した「オスカー・ピーターソン/Oscar Peterson」に認められ、彼の後押しでレコード「トシコ」を録音。その後、アメリカでJAZZを学ぶことを決心し、1956年、26歳で単身渡米して、日本人としては初めて「バークリー音楽院/Berklee College of Music、現バークリー音楽大学」で奨学生として学んだ。渡米翌年の録音したアルバムが「メニー・サイズ・オブ・トシコ」。「バド・パウエル/Bud Powell」に認められた彼女が自由奔放に繰り広げる好演。

メニー・サイズ・オブ・トシコ

秋吉敏子 / ユニバーサル ミュージック クラシック



1962年、「チャールズ・ミンガス/Charles Mingus」のバンドに参加。1963年、最初の夫アルト・サックスの「チャーリー・マリアーノ/Charlie Mariano」と結婚、娘の「マンディ満ちる」をもうける。1965年離婚。この頃が一番大変だったようである。子育てとJAZZの両立に悩み、子どもを日本の姉のところに預け、JAZZ活動を続けていく。しかし、女性、日本人、JAZZ演奏家 ・・・。様々な偏見や差別などに苦しみ、タウンホールで自費でコンサートを開くこともあったそうである。

1967年に現在の夫でありフルート、テナー・サックス奏者の「ルー・タバキン/Lew Tabackin」と出会い、1969年結婚。1973年にロサンゼルスで「秋吉敏子=ルー・タバキン・ビッグ・バンド」を結成したが、米国でのJAZZへの自分の立ち位置が定まらず大変悩んだそうである。当時、我が高校の大先輩でもある「唐木順三」の「無用者の系譜」などを読み、JAZZをやめようと思った事すらあったという。アフリカ音楽とヨーロッパ音楽が融合しアメリカという地で新しい音楽として産まれた「JAZZ」。そんなJAZZやアメリカのなかでもがき、アイデンティティを失いかけていたのだ。

しかし、あるきっかけで、アイデンティティを取り戻し、1974年、ジャズと日本古来の和楽を融合した「孤軍」を発表する。「鼓」を使ったこのアイデアは、彼女の父が「鼓」が好きだったので、いつか自分のJAZZで使ってみたいと思っていたそうである。

孤軍

秋吉敏子 / BMGメディアジャパン



この曲は、当時ルバング島で発見され、大ニュースとなった「小野田 寛郎(おのだ ひろお)少尉」をモチーフとしたもので、敗戦を知らず、その後もたった一人でフィリッピンの山中で戦ってきた小野田さんに、アメリカという異国でジャズを創作して演奏するという彼女の苦闘をそこに重ねている。このアルバムは話題を呼び、ここに「JAZZにおける日本人であること」という彼女自身のアイデンティティを発見したと言えるのではなかろうか。

このアルバムはヒットしたが、内心、彼女は「日本人からもアメリカ人からも受け入れられないのではないだろうか」と心配していたそうである。この日本人のアイデンティティをこめた系譜のアルバムとしては、「すみ絵」、「塩銀杏」、「花魁譚」などの作品がある。

塩銀杏

秋吉敏子&ルー・タバキン・ビッグ・バンド / BMG JAPAN



1982年にはニューヨークへ戻り、1983年に「秋吉敏子・ジャズ・オーケストラ・フィーチャリング・ルー・タバキン」を結成、自らの作編曲で通算30年にわたって活動を続け、世界的に名声を馳せた。その評価と人気を示すものとして、アメリカのジャズ専門誌「ダウンビート」では秋吉とルーのビッグバンドは批評家投票で1979年から5年連続、読者投票では1978年から5年連続で共に1位を獲得している。しかし、2003年、ニューヨークのジャズクラブ「バードランド/Birdland」での演奏を最後にオーケストラを解散した。そして2006年、日本人初の「ジャズマスターズ賞」を受賞。彼女のJAZZへの取り組み、苦悩、高い音楽性 ・・・ 。彼女こそ受賞にふさわしい。(経歴はWikipedia参照)

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インタビューの中で、「JAZZとはAbout A Life」という彼女の言葉が印象に残る。とても80歳とは思えない若さ、JAZZへの情熱 ・・・。まだまだ活躍を期待できそうである。波瀾に満ちた彼女の長い道のりを初めてつづった自伝は「ジャズと生きる 」。しばらく美メロの欧州JAZZに流れていたが、彼女を見て、久しぶりにガッツのあるJAZZを聴きたくなった。

ジャズと生きる (岩波新書)

穐吉 敏子 / 岩波書店



このインタビューの冒頭にも演奏され、彼女がいつもコンサートの最初の曲として演奏するというLong Yellow Road」。Toshiko Akiyoshi (pf)、Gene Cherico (b)、 Eddie Marshall (ds)、Recorded at Tokyo, Feb 1961

生まれた満州の、広々とした平野の中を、延々とまっすぐに伸びている黄色っぽい道という子どもの頃の記憶に残る情­景と、いま一つは、黄色人種という日本人でかつ女性ありながら、人種的偏見がまだ強かったアメリカでJAZZアーティストとして歩んできた道の二つの道。「わたしの一生というのは、黄色い一本の長い道なのです」と語る彼女。そんなふたつの意味がこの曲名にはこめられている。

          
 
 
 
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by knakano0311 | 2010-12-06 09:51 | もしもピアノが弾けたなら | Trackback | Comments(0)

忘れていたご長寿ピアニスト

先日このブログで、「ハンク・ジョーンズ/Henry "Hank" Jones」亡き後の21世紀における「ビ・バップ」のタイム・カプセル的な存在は、「バリー・ハリス/Barry Harris」一人になってしまったと書いたが、もう一人いるのを忘れていた。「ジュニア・マンス/Junior Mance」である。昔から好きなピアニストであったが、ブルージーで若々しいタッチのブルース弾きということ、「ジュニア」という名前から、もっと若いと勝手に思っていたが、1928年10月生まれ、なんと82歳だということを、最近知った。

「バリー・ハリス/Barry Harris」が、1929年生まれの81歳、「ジーン・ディノヴィ/Gene DiNovi」が1928年5月生まれの82歳であるから、彼らと並ぶ、現役最長老ピアニストの一人である。そんな長いキャリアをもつ彼が、初めてのソロ・ピアノ・アルバムをリリースしたので、はじめて彼の年に気がついたのである。アルバム「ジュニア・マンスの世界」。得意とするブルースはもちろん、叙情的なバラードまでとても82歳の爺さんの弾くピアノとは思われない。

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ジュニア・マンスの世界

ジュニア・マンス / キングレコード




ハーレムのブルース、黒人音楽の感触を色濃く残しながら、今のNYに生きるソウルフルなJAZZを感じさせる「ジュニア・マンス・トリオ」が好きである。「ジュニア」と呼ばれたのは父親もピアニストだったためで、たしか、「綾戸智恵」がニューヨークで暮らしていたとき、彼と親交があり、一緒に音楽活動もしたこともあったらしく、帰国してから彼が有名なJAZZピアニストであることを初めて知ったと語っていたことを思い出した。そんな綾戸が最近リリースしたアルバムが、「綾戸智恵 meets JUNIOR MANCE 」。彼女が、本格デビュー前の1996年に「ジュニア・マンス」とニューヨークで録音された幻の自主制作盤を今年の「東京ジャズフェス」などでの「ジュニア・マンス」との再会・共演記念盤としてデジタル・リマスタリング盤である。

ONLY YOU

綾戸智恵 meets JUNIOR MANCE / ewe records



しかし、私のなんといってもお気に入りは、この2枚。「グルーヴィン・ブルース/Groovin' Blues」と「ソウル・アイズ/Soul Eyes」。

「エリック・アレキサンダー/Eric Alexander」の泣かせのサックスにマンスのピアノが絡み、ブルースのパッションは最高潮に。「グルーヴィン・ブルース」、ブルース好きにお薦めの一枚である。

グルーヴィン・ブルース

ジュニア・マンス・トリオ&エリック・アレキサンダー / エム アンド アイ カンパニー



「ソウル・アイズ」。マル・ウォルドロンのタイトル曲をはじめ、ブルースの名曲「ストーミー・マンデイ」などスタンダードをブルージーに、それでいて都会的感覚に満ちたいぶし銀のような演奏で聴かせる佳品。

ソウル・アイズ

ジュニア・マンス・トリオ/エム アンド アイ カンパニー


ピアノ・ソロ・アルバム、「ジュニア・マンスの世界」から、「Georgia on my mind」。
 
          

 
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by knakano0311 | 2010-10-23 00:09 | もしもピアノが弾けたなら | Trackback | Comments(0)

もしもピアノが弾けたなら(22) ~ ショパンのミステリー ~

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88Keys スタインウェイピアノができるまで

マイルズ チェイピン / (株)小峰書店


 
世界最高水準のピアノ、スタインウェイ。そのピアノが、どのようにして作られていくのか、素材である木の選択、熟成から、完成した楽器のボイシング(整音)まで、ニューヨークの工場での工程を追いながら、美しいイラストで詳細に綴った絵本。ピアノづくりの歴史をいきいきと語るなかで、著者はグランドピアノがなぜこのような形につくられるようになったのか、いかにピアノを偉大な芸術作品にまで高めたかを解き明かしていく。 最近読んだ楽しくて美しい絵本。

少し前、NHKハイビジョンで「仲道郁代 ショパンのミステリー 特別編」という番組を観た。日本を代表する女流ピアニスト、「仲道郁代」さんが今年生誕200年を迎える作曲家ショパンの創作の秘密に迫るという番組。何がミステリーかというと、かねがね仲道さんは、ショパンの時代のオリジナルの楽譜の指示記号に疑問をもっていて、その疑問を解く鍵を求めてポーランドやウイーンを旅する番組であった。

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番組の中で、彼女はショパンが愛用していたというピアノ、「プレイエル(PLEYEL)社製のピアノ」に出会い、実際に「プレイエル」を弾いて、今のピアノとの音色の違い、タッチの違いを実感し、ショパンのペダルを離す記号の位置が異様に早いことや、不思議な運指の指示の謎を解くのである。そして、1839年に製造された「プレイエル社製ピアノ」を日本で探し出し、そのピアノによるショパン・コンサートを実現させ、「練習曲10-3 ホ長調 別れの曲」の演奏でコンサートが終わるという印象深い番組であった。

伝統の職人技によって「ピアノ」というそれ自体が芸術品に近い楽器が作り出され、作曲家がそのピアノによって作り出される音世界を音符という記号によってイマジネーションし、ピアニストが全身全霊を込めてそれを奏でる。人と道具のコラボによって作り出される音楽美の極致がピアノ曲である。

今年、生誕200年になる「ショパン」を記念してクラシック以外の分野、JAZZのアーティストからも様々なアルバムがリリースされている。その中で、日本を代表するJAZZピアニスト「小曽根真」の最新アルバムは「ロード・トゥ・ショパン」。このアルバムは2009年11月にワルシャワで、YAMAHAのピアノを使用して録音された。冒頭と最後にポーランドに敬意を込めてポーランドの女性シンガーとともにポーランド民謡が演奏されているが、深い哀愁を感じさせる佳作。

「 ・・・・ 果てしなく大きな愛をショパンの書いた音符たちは教えてくれる。僕はまだその美しい場所からほど遠いだろう。このショパンへの道を歩きながら、このアルバムの中で僕は彼と一緒に素晴らしい旅をした。 ・・・  小曽根真」

はたしてこのアルバムはクラシックなのか?JAZZなのか?そんな疑問などどうでもよくなるかもしれない。

ロード・トゥ・ショパン

小曽根真 / ユニバーサル ミュージック クラシック


 
 
観てみますか? プロモーション・ビデオ「小曽根真 -Road to Chopin- 今、ショパンを語る」。 



 
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by knakano0311 | 2010-05-06 07:52 | もしもピアノが弾けたなら | Trackback | Comments(0)

もしもピアノが弾けたなら(22) ~ 一里塚から再び・・・ ~

「・・・ そして、たどり着いた一里塚・マイルストーンは、ジョバンニ・ミラバッシであった。・・・」と書いていったんシリーズを休んだのは1年ほど前のことであった。(参照もしもピアノが弾けたなら(19) ~たどり着いた一里塚から ~) 前よりはゆっくりとした足どりではあるが、再び歩き出してみたいと思う。

どういうわけか、今年、「澤野工房」から「ビデオアーツ・ミュージック」にレコード会社を変えて「ジョバンニ・ミラバッシ」がリリースしたアルバムに「新世紀~Out of tracks~」がある。澤野のような小さくても、良質のJAZZを提供するレコード会社から変ったことで、クオリティが下がらなければいいが・・・。その中の2曲目の「ピエラヌンツィ」という曲は、ヨーロッパJAZZピアノの偉大な先駆者でエバンス派の筆頭にも挙げられる「エンリコ・ピエラヌンツィ」に捧げられた曲である。レーベルを変えての再出発に際し、最も強い影響を受けた「エンリコ・ピエラヌンツィ」への想いからオマージュとしてアルバムに入れたのであろう。やはりヨーロッパにおけるエバンス派の大先達は「エンリコ・ピエラヌンツィ」のようである。

新世紀~Out of tracks~

ジョバンニ・ミラバッシ・トリオ / VIDEOARTS MUSIC( C)(M)



さて、私にとって、ピアノトリオの今年一番の収穫は「トルド・グスタフセン・トリオ/Tord Gustavsen Trio」であった。ノルウェーの若手ピアノ・トリオ。ちょうど一年ほど前、たまたま寄ったCDショップで手に取ったアルバムが「ビーイング・ゼア」であった。そのはかないくらいのロマンティシズムにすっかり圧倒されてしまったのだ。(参照 「もしもピアノが弾けたなら(15)~ヨーロッパ・ジャズ・ピアノ・トリオ番外編(1)~」 )

そこから遡って聴き出したのだが、デビュー作「チェンジング・プレイセズ」は、ECMの過去10年間の新人作品のなかで最大のヒットを記録したという。そのデビュー作を聴いて、完全にはまってしまったのだ。全編オリジナル。なにゆえこれほどまでに美しいのか。儚いのか。それにしても「トルド・グスタフソン」の音の美への耽溺ぶりは尋常ではない。それくらい凄い。だからといって決して華美、華麗な演奏ではなく、むしろ音使いはシンプルで少な目といってもいい。だからこそ曲の持つ間、静けさが一層際立つ。「もののあわれ」というよな「無常の美」に通ずるのかもしれない。夜の闇の中で静かに散りゆく櫻のイメージが頭に浮かんだ。JAZZ、クラシックを問わず、ピアノ好きは聴くべき、おすすめの一枚。

チェンジング・プレイセズ

トルド・グスタフセン・トリオ / ユニバーサル ミュージック クラシック



セカンド・アルバム、「ザ・グラウンド」。このアルバムも全曲トルドのオリジナル。デビュー作同様、最少の音だけでメロディ・ラインをきらりと浮かび上がらせる、まるで純度の高い結晶のようなトルドのピアノである。

ザ・グラウンド

トルド・グスタフセン・トリオ / ユニバーサル ミュージック クラシック



初めて、私がトルドに魅せられてしまった3作目のアルバム、「ビーイング・ゼア」。冒頭の「At Home」に惹きこまれてしまったのだ。3作目にしても、その音楽のクオリティは少しも変わらない。むしろもっと余分なものがそぎ落とされて純化していっているような気がする。

ビーイング・ゼア

トルド・グスタフセン・トリオ / ユニバーサル ミュージック クラシック




ヨーロッパのJAZZピアニストたちに受け継がれ、進化し続けている「エバンスの魂」・・・。

「At Home - Tord Gustavsen Trio」

          
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by knakano0311 | 2009-12-21 09:48 | もしもピアノが弾けたなら | Trackback | Comments(0)

もしもピアノが弾けたなら(21) ~ ピアノ・フォルテの音を聴く ~

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(写真;大阪音楽大学・音楽博物館HPより)

かってこのブログで、「2008年はイタリアでピアノが発明されて300周年、鍵盤と連動したハンマーで弦を叩くという画期的なメカニズムにより、タッチによる音の強弱、指の動きの速さへの追従性が驚異的に改善され、この楽器は「ピアノ・フォルテ」などと呼ばれ、それ以降の音楽に革命的とも言える変化をもたらした・・」と紹介したことがある。(もしもピアノが弾けたなら(17)~偉大なるアナログ楽器、ピアノ~

そんな「ピアノ・フォルテ」以前の鍵盤楽器「クラヴィコード」、「チェンバロ(ハープシコード)」、初期の「ピアノ・フォルテ」、古典ピアノの実物を見たり、その音色を聴いてみたくて、ご近所、豊中市にある「大阪音楽大学・音楽博物館」を訪れてみた。
「大阪音楽大学」は、創立者永井幸次により、1915年(大正4年)に創立された関西唯一の音楽単科大学であり、「音楽博物館」は、付属の「楽器博物館」と「音楽研究所」を2002年(平成14年)に改組して発足、無料一般公開されている。楽器約2,300点、書籍約10,000点など多くの資料を収蔵しており、中でもインドネシア・バリ島のガムラン音楽に使用される楽器群のコレクションは演奏会が開かれるほど。そのほか18~19世紀の古典ピアノのコレクションは、メンテナンスされ現在でも演奏可能であり、同様に世界に3丁しかないといわれる「ストラディヴァーリ」のピッコロ・ヴァイオリン、発明者サックス氏の製作になるサキソホンも収蔵されている。

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いや壮観ですねえ~!クラヴィコードから現代ピアノに至るまでニ十数台のピアノがずらりと並んでいました。「クリストフォリ」によってイタリアでピアノ・フォルテが発明されたのが1708年、ピアノが本格的に製作され始めたのが1770年頃といわれている。楽聖バッハが没したのが1750年であるからバッハは多分ピアノを知らず、モーツアルトが生まれたのが1756年、ベートーベンは1770年であるから、彼ら二人あたりからピアノのための作曲がなされ始めたのであろう。ショパン、シューマンが1810年に生まれ、その翌年1811年にはリストが、1813年にはヴェルディ、ヴァーグナーが生まれ、1820年ごろ、それまでの木製から鉄製のフレームに変わり、さらにピアノは7オクターブを超え大型化し、鍵盤数も音色も現代のピアノに近づいていく。まさにピアノの発展期とショパン、シューマンの時代は同期していたのだ。ちなみに、博物館が所蔵するストラード社のピアノは1784年製であり、ブロードウッド社の1816年製作のピアノはベートーベンに誕生日のプレゼントとして寄贈された1817年製ピアノと同じ型のものだそうだ。
そしてあの有名なピアノ・ブランド「スタンウェイ&サンズ」の創始者「シュタインヴェーグ」がドイツからアメリカに移住し、ニューヨークに店を設立したのは1853年のことであった。

その日はちょうど視覚障害者のための館内ツアーがあり、古典ピアノや「ストラディヴァーリ」のピッコロ・ヴァイオリンを使用したミニ・コンサートをやっていたため、期せずして、クラヴィコードやモーツアルト、ベートーベンが生きていた時代の古典ピアノの音色を聞くことが出来た。18世紀~19世紀、音楽の都ウィーンに花開いたピアノ工房「シュバイクホーファー社」、「ベーゼンドルファー社」のピアノは、音量、透明度、切れは、現代のピアノには及ばないものの、決して色褪せてはいない、暖かい、そしてどこか懐かしい感じがする音色であった。

「プレイ・バッハ」で1960年代のJAZZ界に一躍躍り出て、現代ピアノでバロック・ジャズ、クラシック・ジャズというジャンルを切り拓いた「ジャック・ルーシェ」。ピアノ・フォルテが開花した時代のピアノの詩人「ショパン」のノクターン(夜想曲)21曲すべてをソロ演奏したアルバムから。

インプレッションズ・オン・ショパンズ・ノクターンズ
ジャック・ルーシェ / / ユニバーサルクラシック
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ショパン亡き後10年ほどして生まれたドビュッシー。音楽の分野における「印象派」の代表的作曲家。その代表曲を「ジャック・ルーシェ」がトリオで美しくしなやかに演奏する。

月の光
ジャック・ルーシェ / / ユニバーサルクラシック
スコア選択:

「Chopin/Nocturnes op.9 など- Jacques Loussier」

          
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by knakano0311 | 2009-07-17 09:15 | もしもピアノが弾けたなら | Trackback | Comments(0)

もしもピアノが弾けたなら(20)  ~彼岸のBGMは・・・~   

春のお彼岸。ここまでくると、もう桜の開花も間近、待ち焦がれた「春来る」という感じですね。今日は、朝からゆっくりと音楽に身を委ねてみました。

Wikipediaなどで調べてみると、「彼岸(ひがん)」とは、煩悩を脱した悟りの境地のことをさし、煩悩や迷いに満ちたこの世をこちら側の岸「此岸」(しがん)と言うのに対して、向う側の岸「彼岸」というのだそうだ。
春秋2回の彼岸があるが、春分と秋分は、太陽が真東から昇り、真西に沈むので、西方に沈む太陽を礼拝し、遙か彼方の極楽浄土に思いをはせたのが彼岸の始まりであるという。もとはシルクロードを経て伝わった、生を終えた後の世界を願う考え方に基づいている。心に、西方の遙か彼方にあると考えられている極楽浄土(阿弥陀如来が治める浄土の一種)を思い描き、浄土に生まれ変われることを願ったもの(念仏)と理解されているようだ。

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明るく穏やかな陽光注ぐ海の見える高台の自宅で、エンリコ・ピエラヌンツイの「Enrico Pieranunzi/Racconti Mediterranei 」を聴きながら、涅槃を迎え、彼岸の彼方へ渡れたら、もうそれは最高のBGM、最高の夢・・・。
ピアノとダブルベース(Marc Johnson)とクラリネット(Gabriele Mirabassi)という編成の、エンリコのオリジナル曲のアルバム。アルバムタイトルの「Racconti Mediterranei (地中海物語)」どおり、穏やかな春の地中海をほうふつとさせる美しいメロディと演奏が淡々と続いてゆく。通常のピアノトリオとは少し違って、クラリネットが明るい日差しを感じさせる。中でも、3曲目「Canto Nacosto (秘められた歌)」、9曲目「Un'alba Dipinta Sui Muri (壁に描かれた夜明け)」 の美しさは特筆。

Racconti Mediterranei

Enrico Pieranunzi / Egea



「Enrico Pieranunzi, Gabriele Mirabassi, Mark Johnson - Un' Alba Dipinta Sui Muri」 ← リクエストによる埋め込み無効のためクリックください。

「Enrico Pieranunzi - Canto Nascoto」

          

ビル・エヴァンスの流れを汲んだ、欧州のピアニストのなかでもっとも大きな存在感と影響力を放つのが、このイタリアの名手ピエラヌンツィ。
「Ballads」。結晶格子が放つ光のようにも見えるジャケット・・・。静謐の暗闇から徐々にかすかに見えてくる彼岸の明かり。60分の夢と喜び、至福の時間を味わえる。いつものトリオのメンバーは、ベース、「マーク・ジョンソン」、ドラムは「ジョーイ・バロン」。

   春の闇 静寂(しじま)を揺らす ピアノフォルテ 結晶格子の 光にも似て  (爵士)

Ballads

Enrico Pieranunzi / Carrion


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by knakano0311 | 2009-03-21 10:47 | もしもピアノが弾けたなら | Trackback | Comments(0)