大屋地爵士のJAZZYな生活

カテゴリ:おやじの遠足・街歩き( 121 )

地域の歴史を楽しむ  ~多田神社あれこれ~

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私が暮す街に、清和源氏発祥の地であり、源満仲らを祀る「多田神社」がある。いつものウォーキングのコースをちょっと変えて「多田神社」へ参詣してみた。というのも、土、日曜日に、この「多田神社」宝物殿で国の重要文化財になっている多田神社文書492通から、足利尊氏の花押がある書状や徳川4代将軍、家綱の描いた絵など神社に代々伝わる約50点の公開が始まったからである。

この神社は、清和源氏の祖源満仲が天禄元年(970)に建立した多田院に由来し、10世紀後半、満仲は京都に近い猪名川流域一帯のこの地を開発するとともに、強力な武士団を形成した。満仲没後、多田院に御廟が営まれたことから、清和源氏に連なる鎌倉・室町・江戸の歴代幕府から「源家祖廟の寺」として崇敬を受けた。明治の廃仏毀釈の波を受け今のような神社となったそうだ。そんなことから歴代の徳川家などから多くの寄進を受け、また平成8年4月には、当時の両横綱「曙」、「貴乃花」が土俵入りを奉納したこともある。

満仲の長男頼光は、太田道灌、土岐源氏・明智光秀などにつながる「摂津源氏・多田源氏」、次男頼親は「大和源氏」、三男、頼信は後に鎌倉幕府を開いた頼朝、義経、為朝、室町幕府の足利尊氏、徳川家康などへつながる「河内源氏」として発展した。

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(写真は源家宝刀 鬼切丸 多田神社HPより)

そして、大江山の鬼を退治した「源頼光」、「渡辺綱」、あるいは金太郎こと「坂田金時」。能や幸若舞などに取り上げられた「美女丸・幸寿丸」伝説など幾多の伝説が語り継がれていて、ゆかりの旧蹟が近隣に点在しているので、格好のウォーキングやハイキングのコースになっています。

宝物殿で説明をしてくれた方は、近隣の歴史愛好家グループのメンバーで、私よりやや年上の
シニアの方。メンバーたちが交代で解説のボランティアをしているとの事。知的好奇心を満足させる活動の傍らで、ボランティアとして、活き活きと楽しみながら歴史の薀蓄(うんちく)を語るその姿にも大いに共感、拍手。

身近なわが町の歴史を小探訪したウォーキングであった・・・・。

また歴史探訪としては、隣町の猪名川町に豊臣秀吉の埋蔵金伝説で知られる「多田銀銅山」があるが、この話はそのうち機会があれば・・・・・・。



  
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by knakano0311 | 2009-02-02 20:31 | おやじの遠足・街歩き | Trackback(2) | Comments(0)

プリンシプル ~動乱の時代を駆け抜けた二人~

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写真左;撮影/濱谷 浩  (神戸大丸ミュージアム HPより)

左の写真は白州次郎の有名な写真。戦後まもないあの時代に、これほどTシャツとジーンズが似合う日本人がいたとはと有名になった一枚。


今年初めての「神戸街歩き」。お目当ては「白州次郎と白州正子展 -動乱の時代を美しく生きる-」と、南京町の「春節祭」。

戦後の混乱の中、凛とした姿勢でGHQとの折衝に臨み、GHQから「従順ならざる唯一の日本人」と恐れられ、戦後の日本復興に尽力した白洲次郎(1902-1985)。そして、彼の妻であり、能、骨董、かくれ里をめぐる旅のエッセイと、その抜きん出た美意識で世に知られる随筆家・白洲正子(1910-1998)の生き様や生活観を紹介しています。最近この夫婦への評価や共感がたかく、この展覧会もシニアの夫婦連れや妙齢のご婦人たちが多く訪れていました。

兵庫・三田(さんだ)の名家の出身である次郎は、身長180cmを超す日本人離れした風貌で、ケンブリッジ大学留学を通して、英語力と英国風マナーに精通。毅然とした内面を反映するように、スタイルにもこだわり、日本で初めてジーンズをはいた人物としても知られ、愛用のブランドは、ダンヒル、ロレックス、ヘンリー・プール、ターンブル&アッサー、ルイ・ヴィトン、イッセイ・ミヤケ、エルメスにまで及ぶ。これら 次郎が選び抜いて使った品々や愛用の洋服などが展示され、その生き方とあわせ、彼の「ダンディズム」にすっかり感心させられました。また無類の車好きで、イギリス留学中には、ベントレーやブガッティを乗り回し、「オイリー・ボーイ」(オイルにまみれるほどの車好き)と呼ばれていた。

終戦後は、吉田茂の側近としてGHQとの折衝に奔走。日本国憲法制定の交渉や、サンフランシスコ講和条約の発効まで、敗戦国・日本の冬の時代を、アメリカを相手に毅然とした態度を貫いた。吉田茂の退陣後は実業界に転じ、東北電力会長や、創設間もない日本テレビ等の役員や顧問を務めながら、戦後の日本の奇跡的な経済復興の立役者としても活躍したのである。

同時に、しゃれで「武相荘(ぶあいそう)」と名づけた東京郊外鶴川村に構えた自宅で、自身を「カントリージェントルマン」と称し、農作業や田舎暮らしを楽しむ優雅さも持ち合わせていた。そのふたりが過ごした旧白州邸武相荘の内部も展覧会では一部再現され、2人の強烈な美意識と個性が交差する中で極められた、魅力的な生活スタイルが覗える。

次郎が一貫して持ち続けた価値観は、「プリンシプル」。今の日本人に一番欠けているものかもしれません。人間や社会のすべての行動の原点、土台となる信条、原理原則。日本語に訳せば「筋を通す」というべきものだという。かって私が勤務していた会社に、創業者の制定した「7精神」というものがあり、スコットランド人の友人に「7 Spirits」と訳して説明したら、それは「7principles」というべきだと言われたことがあるのを思いだした。

そんな「プリンシプル」に貫かれた彼の語録から・・・・・・。
「プリンシプルをもって生きていれば、人生に迷うことはない。プリンシプルに沿って突き進んでいけばいいからだ。そこには後悔もないだろう。」
「我々は戦争に負けたのであって、奴隷になったのではない。」
「政治というのは、ここを右折禁止と決めることで、それを守り守らせるのが行政の仕事なんだ。ちっともわかっとらん。」
「ゴルフの上手なやつにろくな奴はいない。」(軽井沢ゴルフ倶楽部の理事長時代、会員でないという理由で、時の総理田中角栄のプレイを断ったのは有名な話)

その極みは遺言。遺書には「一つ、葬式無用 一つ、戒名不要」。なんというダンディズム。

随筆家で、優れた審美眼を持つ正子は、明治維新の立役者である樺山伯爵の次女として東京に生まれ、女性で初めて女人禁制の能舞台に立ち、能を舞った人物としても知られている。
14歳でアメリカに留学。帰国後、18歳のときに、次郎(26歳)と出会い、お互いに一目惚れ、翌年結婚した。戦後は河上徹太郎、小林秀雄、青山二郎ら、昭和を代表する文化人との交流を通じて文学、古典、古美術の世界に傾倒し、彼らとの付き合いの中から吸収したものを発表し続けた。 また、稀代の目利きである正子の目は、ジャンルを問わず美しいものに注がれ、染め、織り、陶磁器、木工など様々な分野の職人とその技を愛した。銀座で経営していた染織工芸店「こうげい」では、そこで見いだされ、技を磨き、のちに人間国宝となった職人や、世界の頂点に立つようになるファッションデザイナーなど多くの匠を育て、世に送り出した。

そして、ふたりが過ごした「旧白州邸武相荘」の内部も一部再現し、食事のメニューや日常生活で使われた食器や調度品など、2人の強烈な美意識と個性が交差する中で極められた、魅力的な生活スタイルが展示されている。
確固たる価値観を持ちつづけ、厳しく、そしてしなやかに激動の時代を生きたふたりの生涯が、今でもなお、いや、今でこそ共感を得ているのだろう。(略歴はパンフレット参考)


白洲次郎 占領を背負った男 上 (講談社文庫)

北 康利 / 講談社



高度成長時代の観光ブームに背を向けるように、近江路を歩き回って、忘れ去られていた文化遺産をまとめて、エッセイ「かくれ里」として「芸術新潮」に連載をスタートしたのは1969年であった。
よし、春がきたら、正子の愛した近江のかくれ里へ車を走らせてみよう。

かくれ里 (講談社文芸文庫―現代日本のエッセイ)

白洲 正子 / 講談社



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旧暦で節句を祝う中国では、旧暦のお正月を「春節」として盛大に祝う。この時期の中国は大量の爆竹が鳴り響き、怪我人が出るほどの大変な騒ぎ。北京では環状5号線の内側で「爆竹禁止」の条例が出るほどです。そして、祝い事には欠かせない龍や獅子が舞い踊り、大いに賑う。

今年の春節は「1月26日」。神戸・南京町でも旧暦の正月に合わせ、1987年(昭和62年)から「春節」を「春節祭」として開催が始ったそうだ。その後、昭和天皇崩御の年と阪神淡路大震災の年の2回は中止となったが、2009年は23年目21回目の開催となります。南京町全体が春節を祝う飾りつけ一色になり、獅子舞、龍踊り、京劇など色々な中国芸能やパレードが繰りひろげられます。写真は中国風獅子舞(南京町HPより)。元来、獅子は想像上の動物であり、一説には神々の宮殿にいる天龍が怒って町や村を破壊しないように宮殿の前で守る役目を持つそうだが、日本の獅子とはまるで違ったカラフルでユーモラスな形をしています。

英国風のダンディズムと侍の気骨を持った日本人の生き様に触れ、中国の祭りを楽しんだ一日。これだから神戸は楽しい。

そして帰宅後、夜観たTVはNHK「美の壺」であった。テーマは「かな文字」。

NHK「美の壺」ブルーノート・コレクション

オムニバス / EMIミュージック・ジャパン



「美の壺」のオープニングは「モーニン/ Moanin' 」。

「Art Blakey & the Jazz Messengers - Moanin' 」

          
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by knakano0311 | 2009-02-01 17:04 | おやじの遠足・街歩き | Trackback(8) | Comments(0)

駅 トワイライト・タイム ・・・・・

10月19日に京阪電鉄の中之島線が開通した。首都圏での新線の開通はさほど珍しいことではないが、地盤沈下にあえぐ大阪にとって、この新線の開通は本当に久し振りで、活性化への起爆剤として期待されている。大阪に土地勘のない人には、分かりにくいでしょうが、この新線は、京阪本線の天満橋駅から分岐し、なにわ橋駅、大江橋駅、渡辺橋駅、終点中之島駅までの中之島の地下をはしる路線です。

中之島(なかのしま)は、大阪のど真ん中、大阪市北区、堂島川と土佐堀川に挟まれた、東西約3km、面積約50haの細長い中洲で、内山田洋とクール・ファイブの「中の島ブルース」などで歌われているところ。

その昔、大坂が天下の台所と言われた江戸時代は、旧淀川の堂島川や土佐堀川の水運を利用する為に、各藩の蔵屋敷が立ち並び、ここに全国各地の物資が集まる様になった。明治時代になると、これらの蔵屋敷は払い下げられ、大坂の商業やビジネスの中心としての役割だけでなく、図書館や公会堂等の文化施設や大阪帝国大学(現・大阪大学)を始めとする学校や病院も建設され、近代大阪においては情報と文化の発信地でもあった。そこにある中之島公園は、都心部の貴重な公園となっており、バラ園が有名。またイベントも数多く行われており、中之島祭りや光のルネサンスは毎年開催されている。

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[左の写真はブログ「ゆるっと。しゃきっと。」より]

また、天満橋から中之島線に入ってからの最初の駅となる「なにわ橋駅」の出入り口のデザインは大阪の活性化に奔走する有名な建築家・安藤忠雄氏の設計である。これを観たかったので早速帰宅途中、ちょっと回り道をしていってきました。このなにわ橋駅近辺には、中央公会堂、中之島図書館、日本銀行大阪支店などの歴史的建造物や東洋陶磁器美術館などが立ち並ぶところ。中央公会堂は、北浜の風雲児と呼ばれた相場師・岩本栄之助が私財を寄付し、建てた建物で国の重要文化財にもなっている。建築設計コンペにより採用された岡田信一郎原案に基づいて、かの辰野金吾・片岡安が実施設計を行い、1918年(大正7年)に完成した赤レンガの美しい建物。

安藤氏設計の出入り口は円弧状に湾曲した天井・壁の内側に青く発光するLEDを埋め込んだクリスタル硝子のブロックを張り詰めたもので、コバルト・ブルーの空間をゆっくりとエスカレータが上がって行くと、両サイドを流れている堂島川や土佐堀川の水中から地上へ浮揚していくような感覚に捉われます。そして半アーチ状の出入り口の先には、ライトアップされた中央公会堂の美しい姿が徐々に見えてきます。そうです、この出入り口は、薄暮時或いは夜の帳が訪れた頃が、最も美しくなるように設計されているのです。

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薄暮時、ライトアップされた公会堂の屋外テラスでは、川面を吹き渡る秋風に身を委ね、食事を楽しむ多くのカップルの姿や、柵にもたれてじっと川面に映る夜景を見入る人の姿も・・・・。なにわ橋付近の街歩きを楽しむには、春か、この秋の時期の夕暮れが一番いいようですね。また街を楽しむための素材がひとつ増えました。



昔から、駅というものはそこに様々な人生模様が展開されるため、映画、歌、小説の背景として数多く登場してきた。「出会いと別れ」を描いた名画は数多くあるが、なかでも、青春時代に見た「男と女」、「ひまわり」、「恋に落ちて」はその音楽とともに「駅」を舞台にしたラストシーンが忘れられない。

戦争によって別れ別れになったが、やっと再会した夫をロシアへと見送る哀切極まりないミラノの駅。ビットリオ・デ・シーカ監督、ソフィア・ローレン、マルチェロ・マストロヤンニ主演の「ひまわり」のラストシーン。

ひまわり《デジタルリマスター版》
/ ビデオメーカー
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共に連れ合いに先立たれた男女が、互いの悲しい過去を引きずりながら恋に落ちていく様を描いた大人のラブ・ストーリー。どうしても過去を振り切ることができず、パリへ一人戻る女性を乗せた列車を、車を飛ばして追いかけ、男は駅で待ちうける。ピエール・バルーが歌う同名のボサノバが新鮮だったクロード・ルルーシュ監督、アヌーク・エーメ、ジャン=ルイ・トランティニャン主演 「男と女」のラストシーン。

男と女 特別版
/ ワーナー・ホーム・ビデオ
ISBN : B001F4C5H6
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落ちてはいけない中年の男女の恋を描いたロバート・デ・ニーロとメリル・ストリープ主演の「恋におちて」は、ニューヨーク、グランド・セントラル・ステーションとロングアイランドを結ぶ通勤列車が舞台。「デイヴ・グルーシン」のテーマ曲「マウンテン・ダンス」が出色の出来ばえ。

恋におちて
/ パラマウント・ホーム・エンタテインメント・ジャパン
ISBN : B000GM4CCO
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そして音楽では、「竹内まりや」のバラードを豊かな表現力、歌唱力で歌える大人のシンガー「徳永英明」がカバーした「駅」。大ヒットしたシリーズの第一作「VOCALIST」に収録されている。

「♪見覚えのある レインコート/黄昏の駅で 胸が震えた/はやい足どり まぎれもなく/昔愛していた あの人なのね/懐かしさの一歩手前で/こみ上げる 苦い思い出に ・・・・・♪」(竹内まりや作詞)

VOCALIST (通常盤)
徳永英明 / / ユニバーサル・シグマ
ISBN : B000A89TAY
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「駅 - 徳永英明」

          


ブラジル人「アドニラン・バルボーザ」が作った哀愁溢れる「11時の夜汽車/Trem das Onze(トレン・ダス・オンゼ)」は「グレース・マーヤ」が歌う。今回のアルバムはボサノバ中心で、彼女の歌手の部分に力点を置いて作られているような気がする。選曲、編曲、SACDとCDのハイブリッド仕様などがそれを物語っている。

「♪僕の家はジャサナン(地名)/いま出るあの汽車を/11時の汽車を逃したら/あとは明日の朝しかない・・・・・・♪」(Masami Takaba訳)

最終列車の恋人達の別れ。JR東海のCFを思い起こさせるような「泣き節・サンバ」の名曲。

イパネマの娘
グレース・マーヤ / / Village Records(SME)(M)
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by knakano0311 | 2008-10-23 21:52 | おやじの遠足・街歩き | Trackback(3) | Comments(4)

パリ、空中プロムナード   ~バスティーユ、リヨン駅界隈を楽しむ・番外編~

先日、佐伯祐三の描くパリの街角をみていたら、パリの「街歩き」のことを思い出した。バスティーユ近くから始まり、リヨン駅北側を通って伸びる高架鉄道跡の「空中プロムナード」をおすすめの街歩きルート、「街を楽しむ・想い出の番外編」として記してみたい。
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かって何回かパリは訪れたことがあるが、2007年4月に妻と訪れたときに、今回は「パリの街歩き」を楽しもうと決めていたのだが、ホテルか日本食レストランで入手した日本語の情報誌にパリ、リヨン駅近くの「空中プロムナード」の情報が載っていた。運良くリヨン駅近くのホテルに宿泊していたため翌日の朝さっそく出かけてみた。


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この「空中プロムナード(Promenade plantée、プロムナード・プランテ=緑の散歩道)」は、もう使わなくなった鉄道高架跡を改修して遊歩道にしたものです。1859年バスティーユから延びるヴァンセンヌ線と呼ばれた高架鉄道として建設され、以後110年間に渡って利用されていたが、すでに路線は廃止されそのまま放置されていたものを、1986年にパリ市が買取り、プロムナードとして再利用することになったものです。かっての軌道部には樹木や花を植え空中緑化、公園とし、総延長約1.4kmにも及ぶ歩行者用遊歩道として利用し、高架下のアーチ部はアトリエや工房、店舗空間として1995年に復活させたものです。(注;別の「資料」には総延長4.5kmとあり、実際歩いた私としてはそちらが正しいのではないかと思います。かなりの距離でした。)
(上の写真記事はサイト「建築マップ」より引用、参照)

b0102572_2394664.jpg高架プロムナードはただ緑を植えるだけではなく、4月に訪れたときは、花壇やバラ園になっていたり、またところどころベンチのある広場になっていたり、変化をもたせています。プロムナード沿いのアパルトマンの窓辺の花や景観、教会、眼下の道路と歩く人々、カフェ、そんなパリのごくごく一般的な風景が借景となり、交差点も信号機もなく、遊歩道をのどかな雰囲気で歩くので、楽しく疲れずに散歩できます。


b0102572_22584692.jpgそして、高架下はアートと工芸の集積地となっており、家具、ドア、ランプ、アクセサリー、トルーペイント、刺繍、陶磁器などのさまざまなショップやギャラリー、工房が並んでいます。

左の写真はこういうものがあると初めて知った、きれいな刺繍が施されたミニチュアのハイヒール専門のブティック。北斎のモチーフの上にさりげなく・・・。


b0102572_2331832.jpg木のクラフト・ショップのウインドウに置かれたかわいいハリネズミのクラフト。

バスティーユ、リヨン駅どちらからも歩いて5分ほどのところにありますが、行きは空中プロムナードを散歩し、開放感とパリの雰囲気を満喫し、帰りは高架下の工房を覗きながら、お土産や買い物を楽しむというルートがおすすめです。


それにしても、140年以上前に建てられた高架鉄道跡をこんな素敵で、意外な形で再利用し、しかもそれがまったく古さを感じさせず、むしろパリの街の中にオアシスとしてしっくりと溶け込んでいる、こんな懐の深いヨーロッパ、パリの歴史建造物や建築に対するセンス、感覚は建築関係者ならずとも、ぜひ見習いたいもの・・・・。

さあ、パリをタイトルにしたJazzアルバムはいくつかあるが、ピアノトリオ「ケニー・ドリュー」の「パリ北駅着、印象」をあげておこう。
ケニー・ドリュー (Kenny Drew、1928年8月 - 1993年8月)はハード・バップ・ピアニストの一人でニューヨーク出身でありながら、ヨーロッパにすっかり魅せられてしまったアメリカ人のJazzピアニスト。メロディを重視し、優しいタッチの演奏で、ヨーロッパ及び日本で人気を集めた。今風に言えば、ヨーロピアン・スムース・ジャズ・ピアノというところか・・・・。
彼は、1961年にパリに渡り、その後1964年からデンマークのコペンハーゲンに活動の拠点を移し、以来コペンハーゲンを生涯の演奏の場にしたと言う。心地よさだけではない「サムシング」を感じさせる演奏が人気を呼んだのであろう。
「パリ北駅着、印象」は、1988年にケニー・ドリュー・トリオがコペンハーゲンで録音したアルバムです。パリへの憧れ、ヨーロッパへの愛着がにじみ出てくるような傑作アルバム。

パリ北駅着、印象
ケニー・ドリュー・トリオ / エムアンドアイカンパニー
ISBN : B0000A8UY8
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埋め込みができませんのでクリックでどうぞ。アルバムから表題曲を含む3曲を ・・・。 「Kenny Drew trio ― Impressions/Evening in the Park/Autumn Leaves」


そして、パリの大衆音楽「ミュゼット」の薫りを色濃く感じさせるアルバムは、なぜかタイトルはアカプルコの「桑山哲也/アカプルコの月」。ボサノバ、ミュゼット、ジプシー・スイング、タンゴなどがいっぱい詰まった宝石箱のようなアルバムで、ノスタルジックなアコーディオンの音色は、とても心地よく、パリの街角を歩いているような異国情緒に浸れます。これほどまでに異国情緒を表現できる彼のバックグラウンドとは一体なんだろう。藤田某という女優と結婚したらしいが・・・・・。

アカプルコの月
桑山哲也 広瀬健二 高橋辰巳 黒木千波留 山田智之 村上“ポンタ”秀一 北村晋也 / BMG JAPAN
ISBN : B00005ONVC
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「アカプルコの月 - 桑山哲也」

          


二人のエトランゼが描くパリの心象風景・・・・。
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by knakano0311 | 2008-10-15 23:47 | おやじの遠足・街歩き | Trackback | Comments(0)

神戸元町ミュージックウィーク点景

阪神淡路大震災の2年後から始まり、今年で第11回を数える「神戸元町ミュージック・ウィーク」。神戸元町界隈の街角7箇所で、クラシック、民謡からJAZZ、POPSまで、2週にわたって繰りひろげられた「神戸元町ミュージックウィーク・ストリート・コンサート」の点景。殆どがアマチュアで仕事などをやりくりして練習しているらしいが、いずれのバンドもアマチュアをはるかに超える力量。素人写真で見難い点、熱い雰囲気が伝わってこない点はごかんべんを・・・・。

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メンバーの大半が女性のビッグバンド、「SAKURA WIND ORCHESTRA」。写真では分かりにくいが、娘さんを抱っこしてのサキソホン・ママの演奏がほほえましい。


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去年も聴いたピアニカによる女性デュオ、「Selfish」。きっと誰でも一度は手を触れた事のある身近な楽器、ピアニカによるJAZZ演奏はめずらしいが、きわめて親しみやすい。


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爺さんビッグバンド「あさかぜジャズバンド」。どうですか、メンバーのこの活き活きとした顔。(この写真では分からんか・・・) 「チュニジアの夜」でソロを取ったトランペッターの爺さんはなんと75歳だそうです。なんという素敵な生き方。枯れるどころか、熱い迫力満点の演奏を展開。


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都会の一角に吹き抜けたブラジルの風。ボサノバ・バンド「Klee Blatt」。


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なんと女性ばかり6人のサックス陣をズラリと前に並べ、ラテン・フレーバー一杯の演奏が楽しい、「@tempo」。








久し振りに「昔とったなんとやら・・」がうずきました。
また来年も、会えることを楽しみにしています。
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by knakano0311 | 2008-10-12 22:16 | おやじの遠足・街歩き | Trackback(1) | Comments(0)

酒蔵通りで見つけたスエーデン  ~西宮・今津港界隈を楽しむ~

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妻の誕生日。ということで、現役時代は、仕事の忙しさにかまけて、ほったらかしにしていた過去の罪滅ぼしも兼ねての「お出かけ」。街歩きと美味しいものを食べ、美しいものを観たいという欲張りな彼女の要望に応えることになりました。まず最初の二つ。かってヨットの練習に明け暮れていた西宮・ヨットハーバー近く。そんななつかしいこの近辺には、案外知られざるいろいろな史跡が残っていて街歩きにも適しています。まず、「西宮砲台」。時はNHK大河ドラマ「篤姫」の時代。国防不安を感じた江戸幕府は、勝海舟の提言をいれて大阪湾沿岸4カ所に砲台を築いた。和田岬、湊川、今津…そしてここ、西宮。実用に向かなかったらしいが、当時の面影をよくとどめているという。詳細はリンクのサイトでクリックしてご覧を。

そして、西宮は、阪神間では「灘」と並んで多くの酒造会社が立ち並んでいる酒どころ。白鹿、松竹梅、白鷹、日本盛、大関、多聞、白雪、金鹿、扇正宗・・・・・・など大手酒造メーカーが目白押し。六甲山系からの伏流水で日本名水100選にも選ばれ、海に近く塩分も適度に含まれていることが酒造りには欠かせない酵母の発酵を促進させるということから、酒造りがこの地で盛んとなったそうだ。その由縁となる「宮水発祥の地」や明治時代の小学校の校舎である「今津六角堂」などを廻って「今津灯台」へ。
今津は江戸時代に酒造りと酒の積出しで栄えた港町。当時、江戸への「下り酒」を運ぶ樽廻船を迎えたこの港の灯台は、江戸後期の文化7年(1810)今津の大関酒造、五代目当主長兵衛によって創設され、昭和59年には創建当時そのままの姿に復元されました。高さ6m余、木造の灯篭型の灯台で、今津港のシンボルとして親しまれ、海図にも記載され、今でも現役でその役目を立派に果たしています。

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そしてお酒ではなく、お目当てのランチは、最近多くの酒蔵や酒造メーカーが経営しているアンテナ・レストラン。そのうちの一つ「日本盛」がオーナーで「無農薬栽培野菜」にこだわったレストラン「over garden/ウーバレ・ゴーデン」。スエーデン語で「庭をこえたところに」という意味らしいが、「シンプル」、「モダン」、「ナチュラル」という店のコンセプトを突き詰めていくと、「スエーデンの暮らし方」が最も似ているということでこの名前になったそうです。前庭を抜けていくアプローチ、心地よいインテリア、明るくて店一杯に溢れる日差し、作り手の顔や作業がみえるオープン・キッチン・・・。そしてパスタ・ランチの美味しかったこと。街角で見つけたスエーデン。妻、大満足の街歩きと食事でした。また一つ「いもたこなんきん」が増えたかな・・・・。

そして、残った最後のお望みは、「美しいものを観たい」という要望。さればと、友人やブログ読者の薦めもあって会期の終了も間近になっていた「佐伯祐三展」。西宮から一気に車を飛ばして大阪・天王寺公園、大阪市立美術館へと。

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佐伯祐三;カフェ・タバ 1927年 個人蔵  特別展HPより

「佐伯祐三(1898-1928)」。大阪出身で、30歳の若さでパリで夭折した天才洋画家の没後80年を記念した展覧会。北野中学校を卒業し、東京美術学校へ入学、1924年にパリに渡り、自作をフォーヴィズムの巨匠「ヴラマンク」から「アカデミック!!」と一喝された佐伯は、そこから自己を確立する芸術の模索の旅が始まる。この展覧会はその旅と鋭い造形感覚と荒々しいまでの個性溢れる画風でいまだに人気の佐伯祐三の世界を、代表作約110点で余すとこなく展望してみせる。

私が心魅かれたのは、再度渡欧した第2次パリ時代の佐伯祐三の描くパリの街並み。その街角に描かれた人物の点景。小粋なファッションをまとい、颯爽と軽やかにすそを翻して歩くパリジェンヌ。簡単な一筆の小さな描写の人物達が、そんなイメージを与えられ、活き活きと鮮やかに動き出し、眼前を横切っていく。

何回か訪れたパリ、その「街歩き」の思い出にぴったりなアルバムは、伝説のアコーディオン奏者、72歳(2001年リリース時点で)のデビュー・アルバム、「ジャン・コルティ/Jean Corti - クーカkouca」。このアルバムは、パリの大衆音楽「ミュゼット」という音楽。哀愁があって、小粋で、レトロで、艶があって、洒脱。まさしくパリジェンヌがコーヒーを楽しむ、パリの街角のカフェが眼に浮かぶよう。収録7曲目は宮崎駿監督「紅の豚」の挿入歌、加藤登紀子の歌った「さくらんぼの実る頃」。

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クーカ

ジャン・コルティインディペンデントレーベル



「さくらんぼの実る頃」はアップされていませんでしたので、「Jean Corti - Amazone」を ・・・。

          
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by knakano0311 | 2008-10-10 16:47 | おやじの遠足・街歩き | Trackback | Comments(3)

トア・ロード界隈を楽しむ ・・・

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「街歩き」にいい季節になってきました。

最近ウォーキングやウィンドウ・ショッピングを兼ねて神戸の街を散策するのが多くなっています。というのも神戸という街のサイズとランド・スケープが、とっても散策に適しているのと、開放的な雰囲気や生活を楽しくさせる地元に根付いたいろいろなお店が程よく集まっている街だからです。

先日も散策がてら、夕食のビールの「あて(関西弁でつまみのこと)」を仕入れにトア・ロードへ。お目当ての「トア・ロード・デリカッセン」は2階にあるサンドイッチ・ルームで、まずは腹ごしらえ。出来たての材料そのものの味を楽しむためのシンプルなミックス・サンドウィッチをあじわう。ヨーロッパで味わったあのサンドウィッチに近い味わいがかっての旅の思い出を誘う。階下でハム、ソーセージ、ベーコン、スモーク・サーモンなどの食材を仕入れる。昭和24年、戦後間もない時期の創業のこの店はいつもビールの「あて」として最高の材料を提供してくれる。

今回は、行かなかったが、トア・ロードを北へ上り、中山手通り、毎週金曜日の夕方、ローカル・ニュースの時間に、JAZZの生演奏を放映しているNHK神戸の斜め向かいに、イタリアン・レストラン「ピノッキオ」がある。ピザ一枚一枚に創業以来の焼き上がり通し番号を記したカードを添えてくれるこの店は、1962年の創業であるが、私が新入社員の1970年ころ、神戸へ遊びに来るたびに訪れた店である。当時の面影をがまだそのまま残っていて、懐かしい気持ちにさせてくれる。
そういえば、若い男性ふたり、一人は白人だった記憶があるが、ギター・デュオがビートルズ・ナンバーをライブでよく歌っていたっけ。

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そして散策へ。トア・ロードと鯉川筋の間の地域は、震災の後すっかり変わってしまいました。若者向けのファッション、インテリア、カフェ・ダイニングなどのオシャレな店が集中し、若者たちで大変賑わっています。震災を克服し見事に復興再生したのではないだろうか。古き良き神戸と共にありながら、新しい雰囲気、表情を持つ街として、これから長い時間をかけて育っていって欲しいもの。そんな街かどのお店の一つで、アイビーを植えるために、数字が印刷されただけのシンプルなデザインの小さな琺瑯びきのマグカップを求め、ドイツの木工細工のおもちゃの店では、ドイツの旅を思い出し、モビールを買い求めました。
そんな3時間ほどの街歩きですが、ゆっくりとぶらぶらとそぞろ歩く時間も楽しいと思える様な年齢になったなあと実感しています。  

そして、10月上旬には、またことしも「神戸元町ミュージックウィーク」、「神戸JAZZ2008」が神戸で開催され、さらに、これまた我が家の恒例になっている絶品「黒豆の枝豆」を求める「丹波篠山味まつり」が開催される。そして地域の文化祭も・・・。

これからの季節、街を楽しむための種は尽きないので、忙しくなりそうです・・・・。


なつかしい青春のメロディとともに、一瞬で40年前のトア・ロードへタイムスリップさせてくれるのは、「ウェス・モンゴメリー/ロード・ソング」。クリード・テイラーがプロデュースし、ドン・セベスキーの編曲で大ヒットのCTIシリーズ第3作目でオーケストラと共演したアルバム。「ロード・ソング」は、1968年、私が大学の4年のときにリリースされた。ビートルズの「イエスタデイ」とか、「フライ・ミー・トゥー・ザ・ムーン」、ブラザーズ・フォーの「花はどこへ行った」、サイモン&ガーファンクルの「スカボロー・フェア」などが収録されており、リアル・JAZZファンからはイージー・リスニング的すぎると当時顰蹙(ひんしゅく)を買ったらしいが、私にとっては、JAZZ喫茶なるガチガチなところから抜け出し、JAZZというものを生活の中で、楽しめる音楽として捉えられるようになった、そのきっかけとなったアルバムの一つである。彼はこのアルバムの録音をした後、一ヵ月後の1968年6月15日に亡くなってしまった。


ロード・ソング
ウェス・モンゴメリー / / ユニバーサル ミュージック クラシック
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ダイナミック・デュオ

ジミー・スミス&ウェス・モンゴメリー / ユニバーサル ミュージック クラシック



「Jimmy Smith & Wes Montgomery - Road Song」

         
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by knakano0311 | 2008-09-24 20:50 | おやじの遠足・街歩き | Trackback(1) | Comments(0)

街を楽しむ(3)  ~ 光の島 OSAKA光のルネサンス~

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写真は上からワールド・リンキング・ツリー、中之島イルミネーション・ストリート(公式HPより)、ウォール・タペストリー(朝日新聞より)




神戸ルミナリエがおわると、今度は「OSAKA光のルネサンス2007」の始まり。中ノ島一帯が光のイベントに包まれます。もともとは6年前に、ノルウェー・フロン市から『愛と平和と友好のシンボル』として、大阪市贈られたツリーが始まりらしい。ロンドン・トラファルガー広場をはじめベルリン、ワシントンDC...と、世界の3都市に、第二次世界大戦後から現在まで60年以上もの長い間に贈られてきたツリーが、6年前から大阪市役所の前も飾るようになった。高さ、約13mの『ワールドリンキング・ツリー』と名づけられたこのツリーは、周囲のミニツリーとイルミネーションで結ばれている。そして2003年からは、いろいろな光のイベントをくわえて、「光のルネサンス」として定着している。会社帰りに淀屋橋で途中下車し、見てきました。
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市庁舎横の『みおつくしプロムナード』には、今年も光のルネサンスを象徴する光のアーケード「中之島イルミネーション・ストリート」が登場します。音楽に合わせて約20万球のイルミネーションが、点滅する様はきれいの一言。
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そして、メインイベントは、「ウォール・タペストリー」。中之島図書館の、そのバロック様式の建物のファサード、正面の壁面(約20メートル四方)をスクリーンに見立て、コンピュータ制御された数台のプロジェクターとムーヴィング・スポットライトにより、色鮮やかな映像が、音楽とともに映し出された。
今年は、「夢への旅立ち」がテーマ。雪の結晶やシャボン玉の模様が、音楽に合わせて壁面に浮かんでは消え、一帯は幻想的な雰囲気に包まれ、建物の華麗な列柱や窓、壁面の彫刻などを活かしてデザインされた映像と音楽が、実に見事にコラボレーションして、感動を生み出していた。そして、約10分の公演が終わると、約1千人の観客から大きな拍手が起きた。

今年は「偽」という漢字一文字に代表されるように、日本が、日本人が壊れていっているという実感を強く持った年であったが、「来年こそいい年に!」とこの光に願いを込めざるを得ない。


「光」になぞらえた曲は、「ドアーズ」のヒット作、「Light My Fire/ハートに火をつけて」のカバーで、64年に衝撃的なデビューをした盲目の天才ギタリスト&シンガー、「ホセ・フェリシアーノ/Jose Feliciano」のアルバムから同名の曲。


Light My Fire
José Feliciano / / Town Sound
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「Light My Fire / Jose Feliciano」

          
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by knakano0311 | 2007-12-18 11:37 | おやじの遠足・街歩き | Trackback | Comments(0)

街を楽しむ(2)  ~ 光と影 ~

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定年になってから、夜のネオン街に繰り出すことは、めったになくなったが、この季節になると街のあちこちでイルミネーションが出現し、心を和ませてくれる。とくに最近になってLEDの技術と商品が進化したため、作品と呼んでもいいだろう、そのイルミネーションの美しさや表現力が格段に進歩したようだ。

つい先日も、会社の帰り道、梅田・茶屋町に寄ったら、「1000000人のキャンドル・ナイト OSAKA」と称して、デザイナーやアート系学生たちによる「ひかりのイベント」を街の歩道やビルのスペースを使ってやっていた。企業などに協力してもらって、その周辺の街の明かりをおとし、歩道に並べた様々なキャンドルや行灯によって街を彩るイベントである。普段の街の照明が消え、その一角だけがほのかな温かみのある「灯り」で満たされていた。最近のLEDによる電飾も見事であるが、このようなキャンドル、「灯し火」によるほの暗い照明もいいものだ。


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そして、帰宅して日課のウォーキングをすると、わが団地にも沢山存在する「クリスマス・イルミネータ」たちが、この時期から一斉にその電飾を競いだすのに出くわす。省エネなどの声はあるが、灯りは人の心を和ませるもの、昨今の世相にあって、そのくらいは許容する心のゆとりも持ちたいもの。


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左;光の回廊「ガレリア」  右;光の壁掛け「スパッリエーラ」と光のドーム「カッサ・アルモニカ」

そして12月6日~17日はいよいよ「神戸ルミナリエ」。早速点灯開始時間に間に合うように大変な人ごみを覚悟して、行ってきました。2007年のテーマは「光の紀元」である。「神戸ルミナリエ」はイタリアのアートディレクター、ヴァレリオ・フェスティ氏と神戸市在住の作品プロデューサー、今岡寛和氏による「光の彫刻作品」である。
そもそも、「神戸ルミナリエ」は、クリスマスのためのイベントではない。阪神・淡路大震災犠牲者の鎮魂の意を込めると共に、都市の復興・再生への夢と希望を託して、大震災の起こった1995年12月に初めて開催され、震災で打ちひしがれた神戸の街と市民に大きな感動と勇気、希望を与えたイベントである。最初の「ルミナリエ」の閉幕直後から、市民や各界から継続開催を求める強い声が寄せられ、都市と市民の希望を象徴する神戸の「冬の風物詩」として定着し、今年で13回目を数えることとなった。
いつもながら、そのまばゆいばかりの美しさは感動もの。点灯の瞬間に沸きあがる歓声。光がこれほど人を感動させるということをみると、まさに「光の彫刻」、「芸術作品」である。


ヨーロッパを旅して感心することのひとつに、「街のライトアップ」がある。どんな小さな町を訪れても、その町を代表する建物である、教会、城、橋、塔、歴史的建造物などが必ずライトアップされている。また、教会や宮殿内部のステンドグラス、鏡、シャンデリア、金銀細工の装飾をみると、「光と闇=善と悪」というキリスト教のテーゼをどうしても感じてしまう。
各地のライトアップや、クリスマスや新年のデコレーションも冬の旅行の見もののひとつ。シャンゼリゼ、ピカデリー・サーカス、五番街のクリスマス・デコレーション、ラジオシティのクリスマス・ツリー、スエーデンの町中の窓におかれたろうそく形ランプのあかり、大連は星広場の春節(旧正月)の光のオブジェ、ハルピンはロシア教会、ロシア風建築の連なるロシア街のライトアップ、国の威信の象徴であるかのような北京・天安門・長安街のライトアップ、中国の過去と今の繁栄を映し出す外灘沿いの旧租界と河向うの浦東の超高層ビル群との対比、スイスアルプスの氷の宮殿の深い青など「光」の持っている魔力といってもいい、不思議な演出力にすっかり魅せられてしまう。

日本の場合は「光」でなく「灯り」であろう。谷崎潤一郎「陰翳礼讃」をひも解くまでもなく、古来から日本人が持つ自然への感謝、宗教・死生観が、灯りひとつにも色濃く反映していると思う。「陰、影、翳」をも、明かりの一部としてしまうその美意識。
化野・念仏寺の千塔供養、精霊流し、ねぶた祭り、竿灯祭り、鞍馬の火祭り、奈良・東大寺のお水取り、五山の送り火、花火大会 ・・・・。権威や権力の演出のためでなく生活の一部に灯りが密着している。

「60歳過ぎて・・・・」ではないが、「光」によせて、聴きたい歌は、「アタウアルパ・ユパンキ/私は光になりたい」。1992年5月に惜しくも亡くなった「アタウアルパ・ユパンキ」は、アルゼンチンのフォルクローレの第1人者。スペインに侵略され、殺され、スペインの文化、音楽に同化していったインディオの自然、生活、人生によせる想いを込めた歌の数々が、哀愁のギターの調べに乗せて語られる。

アタウアルパ・ユパンキ
アタワルパ・ユパンキ / 東芝EMI
ISBN : B000064TVX
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「 ♪ 午後の半ばを過ぎると   私には死がやってくる
      私は影になりたくない   私は光になりたい
        そして、そのままとどまりたい  ・・・・・・・・ ♪」

           (ダニエル・レゲーラ作詞作曲 訳者不詳)
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by knakano0311 | 2007-12-06 23:06 | おやじの遠足・街歩き | Trackback(1) | Comments(0)

街を楽しむ

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上)キーボードとフルートのデュオ、Jam M+
下)ピアニカのJAZZデュオ、Selfish


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街規模でのJAZZフェスティバルとしては、仙台JAZZフェスティバル、神戸JAZZストリート、御堂筋JAZZフェスティバルなどがつとに有名であるが、この時期気候がよくなると日本のあちこちの町でJAZZフェスが開かれるようである。神戸もここ2週間にわたって「神戸元町ミュージック・ウイーク」が開かれているので、ふらっと出かけてみました。元町界隈に点在する10箇所のホールではクラシックを中心に、また9箇所の街角では、JAZZ、POPS、BOSSA NOVAなどを中心にストリート・コンサートが開かれていました。JAZビッグバンドからデュオまで、のべ100近くのバンドが街角コンサートに参加しています。神戸を含めて、何故こんなに日本のあちこちの街角でJAZZフェスが行われるのか不思議である。アメリカを含めても、世界中見渡してもこんなにJAZZフェスが開催される国は日本以外ではないのではと思う。また、特に意図して巡ったわけではないが、若い女性のJAZZアーティストが、非常に多いことに気がついた。何故だろう? JAZZはオヤジの音楽というのが定説なのに・・・・。


何箇所かの街角コンサートを巡って、ウインドウ・ショッピングと買い物も楽しみ、最後はオープン・カフェで「お茶」をして、すべて徒歩で3時間あまりという街の楽しみ方。ちょうどいい楽しみ方のサイズである。これには「神戸」という街のもつロケーション、風土、そして何より「街のサイズ」が大きく関係している。ヨーロッパの街もほぼ同じような時間と感覚で楽しめるのだが、その意味で、神戸はヨーロッパの街と通ずる「テイスト」を感じる。

いつも寄る中古のレコード店で買い求めたCDは「ラリー・カールトン/サファイヤ・ブルー」。
歌心あふれるブルースが基調のアルバム。ナチュラルで、のびのびしたギター・プレイ。本当に楽しんでプレイしているラリーが眼に浮かぶ。

サファイア・ブルー
/ ビクターエンタテインメント
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by knakano0311 | 2007-10-14 17:50 | おやじの遠足・街歩き | Trackback | Comments(0)