大屋地爵士のJAZZYな生活

カテゴリ:おやじの遠足・街歩き( 120 )

再び春の五月山界隈へ

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考えてみても我々ではどうもできない北朝鮮の愚かな動向はほっといて、ちょっと家から遠いスーパーへの買い物に出かける。その帰り道、「さてお茶はどこでしようか」と考える。「そうだ」とばかりに、櫻の見ごろの時には、残念ながら休館であった「雅俗山荘」を思い出した。「雅俗山荘」は、阪急グループ、宝塚歌劇、東宝などの創始者で、「逸翁」と号したかの「小林一三」、その記念館に併設されている邸宅レストランである。(参照拙ブログ「春の五月山界隈を歩く」

重厚な長屋門をくぐると、洋館仕立ての和洋折衷建築がなんとも美しい。この建物が「逸翁」邸宅。ここも記念館の一部になっているので、さらに奥へ進むとレストランの入り口がある。かっての応接室、あるいはリビング・ルーム、それとサンルームであったろうと思しき部屋がレストランとなっている。ちょうどティー・タイムだったので、食事はせずに、お茶とケーキのセットを注文する。濃いめのコーヒーと、苺のタルトとロアール地方のチーズを泡立てた「クレーム・ダンジュ」とかいう、はっきりとは名前は覚えていませんが、ふんわりとしたケーキ。いや、最高においしかった。

どうしたことか、お客は我々夫婦二人だけ。明るく上品なインテリア。「逸翁」が丹精込めたであろう和風の庭が一望できる。南に面した大きな窓から、日差しが一杯さしこんで、それだけで暖かい。住宅街のど真ん中なのに聞こえるのは、散りかかった櫻に群れる鳥の声。久しぶりに、ゆったりと延び延びとした気分でティータイムを過ごした。すっかりセレブもどきの午後の一刻 ・・・。

さて、今宵の「お久しぶりピアノ・トリオ」、「ジェイ・レオンハート・トリオ/Jay Leonhart Trio」。「ジェイ・レオンハート」はピアニストではなく、有名なベーシスト。「ニューヨーク・トリオ/New York Trio」のメンバーとして、その実質的なリーダとしても知られているし、「エディ・ヒギンズ/Eddie Higgins」などをはじめとして、様々なアーティストのアルバムにもよく名前が出てくるので、心当たりのある方も多いのでは ・・・。

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「ジェイ・レオンハート/Jay Leonhart」、1940年生まれ。ベーシストのほか、作詞作曲家という、多彩な才能の持ち主。そして、ニューヨークを中心に活動している売り出し中の美人ジャズ・シンガー、「キャロリン(キャロライン)・レオンハート/Carolyn Leonhart」 は彼の娘であり、ジャズ・トランペッターの「マイケル・レオンハート/Michael Leonhart」は、彼の息子というジャズ・ファミリーである。

彼は、「ジュディー・ガーランド/Judy Garland」、「カーリー・サイモン/Carly Simon」、「バッキー・ピザレリ/Bucky Pizzarelli」、「フランク・シナトラ/Frank Sinatra」など、古くから様々なアーティストと共演してきたというキャリアを持つ。彼のトリオの特長は、彼のベースに、ピアノの「ベニー・グリーン/Bennie Green」と、ギターの「ジョー・コーン/Joe Cohn」が加わったドラムレス・トリオ。この編成は、ボーカルが聴きどころの「ナット・キング・コール・トリオ/Nat King Cole Trio」、ギタリストの「ジョン・ピザレリ/John Pizzarelli」のトリオ、女性ボーカルで弾き語りのご贔屓「ジャネット・サイデル・トリオ/Janet Seidel Trio」などと同じであるが、リーダーとしてベースの強い響きを全面に押し出していることが際立つ。そんな彼が、教えを受けたことがあるというベースの巨人、「レイ・ブラウン/Ray Brown」を追悼したアルバムは、「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン/Fly Me To The Moon」。シュールな感じのジャケットもいい。

フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン

ジェイ・レオンハート・トリオ / ヴィーナス・レコード



そのアルバム、「Fly Me To The Moon」から、タイトル曲を ・・・・。 
 
「Fly Me To The Moon - Jay Leonhart Trio」   Jay Leonhart (b), Benny Green (pf),Joe Cohn (g)

          
 
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by knakano0311 | 2013-04-12 10:00 | おやじの遠足・街歩き | Trackback | Comments(0)

異人館の櫻

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明日は30何回目かの結婚記念日。私が現役時代は忙しさのためか、お互いに忘れがちだったのに、定年退職してからは、きっちりと覚えている様だ。とはいえ、明日は土曜日で、花散らしの嵐がまた来るという天気予報。しかし神戸・北野の異人館あたりは、櫻が満開だという。それならば、雲一つない平日の今日にと、神戸へと車を走らせる。頻繁に神戸には出かけるが、この辺りは観光客で一杯なので、めったに行かない。本当に久しぶりの北野町である。

「トアロード」を登ったところにあるパーキングに車を預け、結構狭くて急な坂道を、「北野町広場」の方にあてずっぽうに歩き出す。一般の民家やアパートでもこの界隈は、素敵でおしゃれな家が立ち並んでいる、。 「こんなところに住んだら毎日の買い物が大変」と悔し紛れを二人して言いながら、ぱっと視界が広がったと思ったら、そこは「風見鶏の館」の前、「北野町広場」であった。春爛漫、桜満開の観光シーズン。やはり多くの観光客がいる。その中でも中国語が目立って聴こえてくる。異人館と櫻。いや、いい景色である。

近辺には、いくつかの有名な異人館が立ち並んでいるが、結構入場料がバカにならないので、それらは横目で見て、一つだけ入ってみようと、前にも訪れたことがあるが、外観が美しく、眺望が抜群の「うろこの家」と向かう。
 
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「うろこの家」。旧ハリア邸。もともと外国人向け高級借家として建てられたが、明治後期にこの地区に移築されたという。壁面を覆う天然石スレートが「うろこ」のように美しく、この名で呼ばれるようになったが、「ガレ」や「ティファニー」のインテリアも素敵で、もちろん眺望も抜群。さすが一番人気の洋館だけのことはある。もちろん、先日篠山で買った藍染のシャツを着て、軽快に出かけたことは言うまでもありません。

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櫻の余韻の残るこの1週間。今宵はユニット、「アイレ・アンド・エンジェルズ/Aire & Angels」でも聴いてみましょうか。北欧ノルウェイのボーカルの「シーリ・ヤーレ/Siri Gjaere」とピアノの「トルド・グスタフセン/Tord Gustavsen」のデュオである。「トルド・グスタフセン」への私のファンぶりは何回もこのブログに書いたとおりである。ロックシンガー、「シーリ・ヤーレ」とデュオを組んでいることは読者から教えていただいた。デュオとして2枚目のアルバムは、「アイレ・アンド・エンジェルズII」(2002年)。
   
このアルバムを貫いている基調は「静謐」。ロックシンガーとはちょっと信じがたい摩訶不思議な静けさと儚さと切なさを感じるかすれたシーリのボーカルと、ずっと私がはまってきたグスタフセン独特の「間の静けさ」が、ぴったりとマッチする。

アイレ・アンド・エンジェルズII

トルド・グスタフセン シーリー・ヤーレ / Nature Bliss



その中から2曲ほど聴いてみましょうか ・・・。

「Siri Gjaere and Tord Gustavsen - Almost Like Missing You」

          
 
「Siri Gjaere and Tord Gustavsen - The Treasure」

          




 
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by knakano0311 | 2013-04-06 12:01 | おやじの遠足・街歩き | Trackback | Comments(2)

花冷え、櫻、十割蕎麦 ・・・

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花冷え。少し早いかなと思ったが、丹波篠山まで花見と蕎麦喰いに出かけようと思い立つ。いつものように往きは国道173号線を北上。猪名川水系でもある173号線沿いの山には、「エドヒガン」と思われる櫻が満開、まるでパッチワーク。山肌に淡いピンクのドット模様が浮き出ている。

峠を超えると、そこは丹波篠山。まずは「細工所(さいくしょ)」という変わった地名にある堤沿いに、1㎞以上はあろうと思われるが、延々と続く櫻並木を訪れる。しかし、まだ咲き始め。住んでいる川西あたりとは、気温が大分違うのであろう、まだ見ごろとは程遠く、1週間ぐらい早いようだった。

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さて、その後は篠山市街に向かい、まずは昼食。お目当てはやはり蕎麦である。篠山近辺にはいくつかの美味い蕎麦屋があるが、この日は初めて訪れる蕎麦屋、「丹波そば切り 花格子」。妻入り造りの商家群、それに丹波古陶館や能楽資料館が立ち並ぶ河原町にある比較的しい蕎麦屋である。私は初めての店では、蕎麦の味がよくわかる「盛り」か「ざる」を注文することに決めている。手打ちで、つなぎなしの十割そばの「もり」を頼む。ついでに、この地域の名物「鯖鮨(さばずし)」も。蕎麦は十割ながらも、しっかり打たれていて、ボソボソせずに歯ごたえもよく、美味い。6~7テーブルくらいのこじんまりとした店。「エディ・ヒギンズ/Eddie Higgins」が流れていた。蕎麦湯を飲んで、「花冷え」で冷えた体がすっかり暖まり、満足して店を後にした。 

そして本命は、篠山城の櫻。五分咲き程度。それでも十分に櫻を楽しめる。城の周りをぐるっと回ってみる。やはり、瓦の大屋根、石垣、堀には櫻がよく似合う。櫻を見て、心華やいだのか、篠山名産「丹波栗」や黒豆菓子のほか、藍染の紬のシャツを買った。セータを脱いでジーンズにあわせ、軽やかに街歩きに出かけようと思うのです。

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さて、お久しぶりピアニストは、「テッド・ローゼンタール/Ted Rosenthal」。1959年11月、ニューヨーク・ロングアイランド生まれ。1988年にNYCで開催された「国際セロニアス・モンク・ピアノ・コンテスト」で優勝し、その後続けざまにリーダー・アルバムをリリースしたことで、国際的に高い評価を得る。その後、あの「ヘレン・メリル/Helen Merrill」の専属ピアニストとして、彼女と共にたびたび来日し、音の美しさと立ち昇るロマンティシズムで日本のファンを魅了した。わたしも、 2008年9月、「ニューヨークのため息~ヘレン・メリルのラスト・コンサート」で、そのピアノを聴き、魅了された一人である。  

「ヘレン・メリル」、この時御年79歳。テッドがステージでヘレンにものすごく優しく気を使っていたのが客席まで伝わってくるほど印象的であった。(参照拙ブログ「最後のため息 ~ ヘレン・メリル ラスト・コンサート~」) その「テッド・ローゼンタール」が、ヘレンの十八番をピアノ・トリオで演奏した想い溢れるトリビュート・アルバムは、そのタイトルもズバリ「マイ・ファニー・バレンタイン~トリビュート・トゥ・ヘレン・メリル~」。ヘレンへの想いがピアノの音色にあふれている。ベースは、現在活躍するジャズベーシストの中では最高峰の一人、チェコ出身の「ジョージ・ムラーツ/George Mraz」。ドラムスは、かってマイルスを支えたことで知られている、「アル・フォスター/Al Foster」。いずれも職人芸を持つベテランがサポートしている。

マイ・ファニー・バレンタイン~トリビュート・トゥ・ヘレン・メリル

テッド・ローゼンタール・トリオ / ヴィーナス・レコード



「テッド・ローゼンタール」、現在は宝塚市出身のベーシスト、「植田典子」とドラムス、「クインシー・デイビス/Quincy Davis」による自身のリーダー・トリオでキャリアの全盛期を迎えつつある。そんな「テッド・ローゼンタール」の特質が良く現れたアルバムが「ソー・イン・ラヴ」(2010)である。テッドのクラシカルでロマンあふれるピアノも素晴らしいが、女性ベーシスト、植田のベースは一聴に価する。(注;下記2アルバムは同一のものである)

ソー・イン・ラヴ

テッド・ローゼンタール / バウンディ



Out of This World

Ted Rosenthal / Pid



その中から、「Out Of This World」を ・・・。

「Ted Rosenthal Trio - Out Of This World」
 
          
 
 
 
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by knakano0311 | 2013-04-05 10:57 | おやじの遠足・街歩き | Trackback | Comments(0)

続・春の五月山界隈を歩く

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(前回からの続き)

「小林一三」翁所縁の施設を後にし、緩い坂を阪急池田駅方向へと下ると、交わるのが旧「能勢街道」。現在の大阪市北区中津から池田市を経て妙見山の能勢妙見堂に至る旧街道である。

池田や能勢で産する酒や布、木材が、この街道によって大坂へ運ばれ、また能勢から更に奥へと続く丹波国の米、栗、炭、銀、銅などの搬出路でもあった。また街道終着地で、いまでも信仰を集める「能勢の妙見さん」をはじめ、沿道には「服部天神宮」、「東光院(萩の寺)」、源氏発祥の「多田神社」などの社寺が並び、街道筋から少し離れているが、安産祈願の宝塚「中山寺」、勝運の寺として信仰を集める箕面「勝尾寺」などを含めての参拝路としても賑わいを見せたという。

そんな旧「能勢街道」、「めんも坂」と呼ばれる場所にあるのが、天保十二年(1841年)創業という老舗の和菓子屋の「福助堂」。その外観もいかにも老舗といった懐かしい佇まいの和菓子屋である。名物の「でっち羊羹」や「さくら餅」など色鮮やかな春の和菓子などを買い求めた。

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いったん池田駅まで下り、昼食をとってから「ほんまち通り」へとむかう。池田市が町興しのために活性化を図っている通りで、設計に「辰野金吾」がかかわった1918年建築の赤レンガ造りの旧「加島銀行」や復興された大衆演劇の「池田呉服座(いけだごふくざ)」、「落語みゅーじあむ」など、風情のある街並みが続く。

「呉服座」は、もとは猪名川に架かる「呉服橋(くれはばし)」の堤に明治初年ごろに建てられた芝居小屋だったという。昭和44年(1969年)の興行を最後に幕を閉じ、その建物は愛知県犬山市の明治村に移築され、江戸時代の劇場建築をのこす重要文化財となっている。現在の「池田呉服座」はかっての映画館跡を改装し、2010年(平成22年)に再現、オープンし、大衆演劇の芝居小屋として繁盛している。

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「落語みゅーじあむ」は、「池田の猪買い」、「池田の牛ほめ」などで、上方古典落語の舞台となっている「落語のまち池田」に、市立の上方落語資料館が平成19年(2007年)に開館した。1階のイベントホールでは、ほぼ毎月、落語会が開催されている。そのほか、老舗の「吉田酒造」の屋敷、鐘楼が目を惹く「西光寺」、創業元治元年(1864年)という、うどんの「吾妻」、かっての「池田実業銀行本店」で、1925年に建設された洋館建築の「いけだピアまるセンター」など、この界隈を歩いていると、まるで昭和の初期にでもタイムスリップしたように感じる。 

約3時間、ゆっくりと春の五月山界隈の街歩きを楽しんだ一日。

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櫻の季節なるといつも聴きたくなるアルバムがある。華やかさ、切なさ、儚さ、優しさ、美しさ、潔さ、妖しさ、音の間に潜む翳り、静けさなど日本的情感をこの上なく刺激するからだろうか? ノルウェーのピアニスト、「トルド・グスタフセン/Tord Gustavsen」。アルバムは「Changing Places」。たしか2008年の冬に初めてこのトリオを知ったと思う。あくる年の春、「吉野の櫻」、「勝持寺の西行櫻」、「常照皇寺の九重の櫻」など近畿の櫻を追いかけた日の夜によく聴いていたアルバムである。その時のブログを見ると、『このCDに集約された、はかなさ、ロマンへの傾倒ぶりは、西行の櫻への耽溺ぶりとも共通するものを感じる。或いは、いまだ春来ぬノルウェーの大地の春への希求の呻きにも・・。』と記してあった。(参照拙ブログ「櫻狂い(2) ~一目千本・吉野の櫻~」) 

Changing Places

Tord Gustavsen / Ecm Records



「Tord Gustavsen Trio - Graceful Touch」を再掲 ・・・。

          
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by knakano0311 | 2013-04-03 10:10 | おやじの遠足・街歩き | Trackback | Comments(0)

春の五月山界隈を歩く

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車検前の点検のため、いつもの修理工場へ車を預けて、北摂・池田市の五月山界隈を散策した。まず修理工場の裏手、五月山公園へと向かう。この五月山公園は眼下に猪名川を一望のもとに収めることができ、また関西有数の桜の名所としても知られた公園でもある。1週間ほど前のこの時は、一部の早咲きの櫻を除いて、櫻はまだ咲き始めといったところであった。公園内にある入園料無料のミニ動物園には、ちょうど春休みが始まったということもあって、「ウォンバット」、「アルパカ」、「ワラビー」、「エミュー」などをお目当ての子供連れが多く訪れていた。1週間後は例年どうりに大変な花見客であろうと思いつつ、呉の国から渡来し、日本に機織技術を伝えたとされる、織姫・穴織媛(あやはとりのひめ)と、応神天皇、仁徳天皇を祀っている伊居太神社(いけだじんじゃ)の境内(拙ブログ「二人の媛へ ・・・」参照)を通り抜け、池田城跡公園へと向かう。

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池田城は室町時代から戦国時代にかけて、この地域を支配していた池田氏の居城であったが、「織田信長」の摂津入国により降伏、信長の家臣に組み込まれた。その後、「荒木村重」が池田城を支配することとなったが、村重が伊丹の有岡城を居城としたため廃城になったという。いまは、発掘調査に基づく遺構の復元と城をイメージさせる展望台、小ぶりの庭園が造られ、市民の憩いの場となっている。庭園には、早咲きの「十月桜」、「淡墨桜(ウスズミザクラ)」、「白木蓮(ハクモクレン)」などが満開であった。

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しばしの休憩と展望台からの爽快なことこの上ない眺望を楽しむ。猪名川が大阪平野に流れ込む、ちょうどそこに位置したこの城は、丹波や能勢へと続く街道の拠点でもあり、またそれらの地方からの特産物の集積地でもあった。景色を見ていると、猪名川から大阪湾を通じての水運の拠点であったことがよくわかる。それゆえ、かって池田の街は繁栄を極めたのであろう。

そんな池田と大阪・梅田をつないでいるのが、阪急電鉄のルーツというべき路線、阪急宝塚本線である。1910年(明治43年) に、梅田駅 - 宝塚駅間を開業させた「箕面有馬電気軌道」が始まりである。その阪急電鉄や宝塚歌劇団をはじめとする阪急東宝グループ(現・阪急阪神東宝グループ)の創業者が、「小林一三」である。

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「逸翁」と号した「小林一三」翁に所縁のいくつかの施設が、このあたりに集中しているので、この日は月曜日、多分休館であろうと思いつつも、巡ってみることにした。

まず翁の旧邸、「雅俗山荘」は、翁の逝去後、永らく翁のコレクションを収蔵展示する「逸翁美術館」として使用されてきたが、同館が新しい建物に移転したのを機に、「小林一三」の業績を紹介する施設「小林一三記念館」と趣のある洋館建築を活かした邸宅レストラン「雅俗山荘」として、2年ほど前にオープンされた。残念ながら休館であったが、咲き始めた長屋門前の桜が印象的であった。

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そして、坂を下り、「雅俗山荘」時代には訪れたことがあるが、移転後は訪れていない新しい「逸翁美術館」。それと隣接して建つのが、円形の特長的な外観を持つ「池田文庫」。ここには、演劇資料、宝塚歌劇に関する資料、阪急電鉄資料、民俗芸能資料など約22万冊の蔵書が収蔵されているという。予想はしていたが、残念なことにいずれも休館であった。のどかな春の日、狭い坂道の続く閑静な住宅街を歩き、ゆっくりとこれらの美術館巡りや、散歩を楽しむには絶好のコースである。近いうちに日をあらためて来てみよう ・・・。

(続く)

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今宵のピアノである。「カレル・ボエリー/Karel Boehlee」。「ヨーロピアン・ジャズ・トリオ/Europian Jazz Trio」の初代ピアニストである。オランダ出身。その特徴であるクラシックを基調とした気品とロマンにあふれる演奏は「EJT」を離れてからも変わらない。ブルージィで哀愁あふれるバラードを中心にしたアルバムは「ブルー・プレリュード/Blue Prelude」。櫻咲く宵に聴くにはふさわしい一枚。

ブルー・プレリュード

カレル・ボエリー・トリオ エムアンドアイカンパニー



「ブルーがつく曲にハズレなし」などと誰かが言ったような気もするが、いわれてみれば確かにそんな気もする。アルバム・タイトル曲「ブルー・プレリュード」。

「Blue Prelude- Karel Boehlee Trio」
 
          
  
 
 
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by knakano0311 | 2013-04-01 11:10 | おやじの遠足・街歩き | Trackback | Comments(0)

春節祭の名残り

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ぱらつく小雪。六甲山山頂には雪雲が覆いかぶさり、中腹までうっすらと雪化粧している。そんな景色を見ながら、阪神高速、名神高速を乗り継いで神戸へと ・・・。

1ケ月ぶりの神戸。南京町。「春節祭」は先週で終わってしまったが、この町には、紅い提灯や新年を祝うディスプレイなどに、まだその名残が残っていた。老舗の豚まん屋「老祥記」のまえには、相変わらずの長い列が ・・・。そして、修学旅行と思しき学生の団体が多く行き交っている。

いつものように、ご贔屓のアジアン・ダイニングでの昼食。そして、栄町・乙仲通り。西洋雑貨屋でのちょっとした買い物。そして、いつもの中古CDショップと一巡りして、締めはカフェでの「ぜんざい」。今年も始まったいつもの神戸街歩き。

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さて、「お久しぶりピアノトリオ」。今宵はヨーロッパを離れて、アメリカへ。「デヴィッド・ヘイゼルタイン・トリオ/David Hazeltine Trio」。アメリカ生まれのアメリカ育ち。しかし、バリバリのアメリカン・ピアノという訳ではなく、圧倒的なスウィング感をベースに、不思議にもどことなくヨーロッパ的というか、そんな雰囲気も漂っていると感じてしまう。

1958年生まれというから、54歳。13歳の時からプロのピアニストとして活動を始めたというから、かなりの早熟。カレッジに入るまでは音楽に対してそう深く考えたことはなかったと言うが、共演した「チェットベイカー/Chet Baker」に背中を押され、ニューヨークで本格的にジャズの道を志す。もっとも影響を受けたのは、「チャリー・パーカー/Charlie Parker」だという。演奏活動の傍ら、現在は「バークリー音楽院」でジャズを教えているという。

ヴィーナス・レコードから何枚かリリースされているが、「ワルツ・フォー・デビー」(1999年)、「不思議の国のアリス」(2004年)、「クレオパトラの夢」(2006年)の3部作がご贔屓。エヴァンスへのオマージュ、スタンダード集、パウエルへのオマージュ集である。ジャズ・ピアニストに対し、あまり意味があるとは思えないが、私も含めて、よくエヴァンス派、パウエル派などとカテゴライズしがちであるが、3部作を通して聴けば、その両方に共通した面も、それらを超える独自の境地も窺える。そこに3部作の意味もあろう。と言っても決して尖ったところや小難しいところがあるわけではなく、素直に「いいね」とうなずけるリリカルな演奏である。この辺がヴィーナス・レコードの巧みさ、単なるエロ・ジャケのレーベルではないことを、見事に証明している。

ワルツ・フォー・デビー

デビッド・ヘイゼルタイン・トリオ / ヴィーナス・レコード



不思議の国のアリス

デヴィッド・ヘイゼルタイン・トリオ / ヴィーナス・レコード



クレオパトラの夢

デヴィッド・ヘイゼルタイン・トリオ / ヴィーナス・レコード



「不思議の国のアリス」から、「ビクター・ヤング/Victor Young」のスタンダード、「Beautiful Love(美しき人)」。

「David Hazeltine Trio - Beautiful Love」

          
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by knakano0311 | 2013-02-20 10:16 | おやじの遠足・街歩き | Trackback | Comments(0)

新春、神戸街歩き

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正月三が日 ・・・。喪中なので年賀状も来ず、TVも全くつまらないし、例年の多田神社への参拝は元旦に済ませたし、おせちももう飽きたし、これと言って特にすることもなし。外を見ると、天気もよさそうなので、人ごみを覚悟しつつ、神戸まで車を走らせる。

ハーバーランドから見る神戸港の光景。上天気とこの解放感が何とも言えないほど気持ちがいい。阪急百貨店・神戸店などの大きなテナントが相次いで閉店し、最近少しさびれた感があったが、新春とあって「モザイク」あたりは結構な人出であった。「キャナル・ガーデン」も今春、リニューアル・オープンらしいから、賑わいをとりもどしてほしい。この絶好のロケーション、雰囲気なんだから ・・・。

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そんな、ハーバーランド界隈をウォーキングを兼ね散策し、栄町通りを抜け、旧・居留地へと向かう。昭和初期に建てられた銀行を改装したカフェ、「E.H BANK」でのランチが、お目当て。神戸博物館の南、旧・居留地にあるこの建物は、その石造りの外観からして、存在感が圧倒的である。大きな回転扉を押して入ると、そこは別世界。高い格子天井、シャンデリア、ゆっくりと回る天井扇。大理石の壁、柱、そしてインテリアとして残したる大金庫の扉。一体誰が銀行がカフェにこんなに似合うと、想像したのであろう。そしてここは、いつもJAZZかボサノバが流れている。私が、お気に入りの空間のひとつでもある。

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そして、お土産はといえば、以前「北欧美女シンガー図鑑(その7 最終回) ~デンマークを彩る個性的な歌姫たち~」で紹介した、デンマーク出身の女性ジャズ・ヴォーカル、「セシリア・ノービー/Caecilie Norby」のアルバム。彼女のデビュー・アルバム、「セシリア・ノービー/Cæcilie Norby (1995)」が中古レコード・ショップで、何とワン・コインでした。こいつは春から ・・・・。

Caecilie Norby

Caecilie Norby / EMI Import



そのアルバムに収められているナンバーから、ソウル・シンガー、「カーティス・メイフィールド/Curtis Mayfield」のカバーで「Man's Got Soul」をライブ・バージョンで ・・・。いやあ、なかなかの迫力。

「Cæcilie Norby - Man's Got Soul (Live)」

          
 
 
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by knakano0311 | 2013-01-04 00:19 | おやじの遠足・街歩き | Trackback | Comments(0)

原風景の里、ふたたび

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朝起きて外へ出たら、水鉢にうっすらと氷が張っていた。初氷である。しかし、雲一つない青空。上天気に誘われて、雪が降る前にと、京都の北部、丹南市美山町の「かやぶきの里」まで足を伸ばす。我が家から、京都縦貫道路を経て、1時間半くらいの距離。春に、秋にと、もう二、三回か訪れてはいるが、故郷の信州と冷たいが、乾いた空気の感じが同じでまた足を運んでしまう。「多分 ・・・」と、覚悟はしていたものの、残念ながら、もう紅葉は終り、ほとんどの広葉樹は葉を落としてしまっている。

まずは、腹ごしらえである。駐車場にある蕎麦屋「きたむら」で「鯖蕎麦」を食べる。美山町は、京都と日本海の若狭・小浜との中間に位置し、古来から京都へと日本海側の産物を運んだ「鯖街道」と呼ばれた「周山街道」が町を貫いている。そんな、歴史的背景が盛られた「蕎麦」なのである。細めで喉越しの良い蕎麦に山菜とおろし、そして甘しょっぱく炊かれた鯖がのっている。そこに冷たいつゆをぶっかけて食べるのであるが、これが美味い。わたしは、蕎麦はざる、盛り、せいろなどオーソドックスな食べ方を常としているが、ここの鯖蕎麦だけは別格である。

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さて、「かやぶきの里」。この里、北村地区は、冬は豪雪地帯で、谷間のゆるい傾斜地に寄り合うように住居が密集した、かっての日本のどこにでもあったような山村である。現在50戸ほどある集落のうち、38戸がかやぶき屋根の住宅で、岐阜県白川郷や福島県大内宿に次ぐという。最古のものは、寛政8年(1796年)建築、多くが19世紀中ごろまでの江戸時代に建てられている。明治村のような建築パークではなく、菩提寺、先祖代々の墓、鎮守の森、八幡様、かやの茂る茅場 ・・・などが生活の中で今も機能し、50戸全部に人が住み、現実の生活が営まれているのである。散策していても、電話の音、洗濯物、置かれた農機具、季節の花が咲く庭、熟れた柿 ・・・、生活の息遣いが感じられる。静かな集落の佇まい。村おこしのためといえども、それを我々観光客が、乱しているのをすまなく思いながら、日本の原風景ともいえるこの里を後にする。

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帰る途中、「手作りハム工房」に立ち寄り、コーヒーで一服、看板のハムを仕入れる。たしかにここのハムは美味い。

そして、いままで来たときには気が付かなかった「蓮如の滝」と立札があるので、車を止めてみる。車道からでも遠目に見えるが、駐車場に車を止め、あぜ道をあるいて滝近くまで寄ってみる。落差70mほどの曲がりくねった滑り台状の滝で、由良川に流れ込んでいる。これが「蓮如の滝」である。浄土真宗の中興の祖、「蓮如上人」が、1475年(文明7年)61歳のとき、北陸・吉崎から若狭・小浜を経て丹波にでた、世に言う「蓮如上人の丹波越え」の途中に立ち寄った所で、しばしの休憩の時、この滝を絶賛したことが、その由縁となっている。今は水量はあまり多くなく、瀑布とは程遠かったが、急斜面を曲がりくねって飛沫をあげて流れ落ちる様はまことに優美、紅葉真っ盛りならばさぞかし映えるであろうと思われる光景であった。「かやぶきの里」のような原風景を見た後はいつも、心の中にサウダージが沸き起こる。

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故郷・松本の出身で、自身が作曲した曲に、山女魚(やまめ)、岩魚(いわな)、鮎(あゆ)、虹鱒(にじます)などの釣りが大好きだったらしく和種の淡水魚の名前や、木曽、浅間、白馬、飛騨など出身地の信州の地名をタイトルをつけた曲を演奏したジャズマンがいる。かって日本を代表するジャズ・テナー・サックス奏者であった、「宮沢 昭(みやざわ あきら、1927年12月 - 2000年7月)」である。

松本で育ったのち、1944年陸軍戸山学校軍楽隊入隊、戦後米軍クラブなどで活動。その後、「守安祥太郎」、「秋吉敏子」らと共演。1954年の「モカンボ・ジャム・セッション」でも演奏。1962年、日本ジャズ史上の傑作と言われる初リーダー・アルバム、「山女魚」を発表し、日本のモダンジャズに一時代を築いたアーティスト。2000年死去。(Wikipedia参照)

日本色の濃いタイトルでうめられたアルバムは、永年幻のアルバムであったが、最近の和ジャズ・ブームでいくつかが復刻され、ようやく入手できた。硬派のジャズであるが、わが故郷出身の偉大なジャズ先駆者、「宮沢昭」に敬意を表して ・・・。

BULL TROUT(いわな)

宮沢昭 / インディーズ・メーカー



木曽

宮沢昭 / ディウレコード



いまでもなかなか入手しがたいのが、今は亡き「浅川マキ」がプロデュースしたアルバム、「野百合」(1991年)。ピアノの「渋谷毅」 とのデュオ・アルバムである。YOUTUBEで見つけた、その中のバラード、「Beyond The Flames」が美しい。

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野百合

宮沢昭 / EMIミュージック・ジャパン




「Beyond The Flames - Akira Miyazawa」

          
 
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by knakano0311 | 2012-12-05 11:51 | おやじの遠足・街歩き | Trackback | Comments(2)

「真珠の耳飾りの少女」を観た夜は

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「神戸市立博物館」で開かれている、「マウリッツハイス美術館展」へ行ってきた。今年前半の「東京都美術館」での開催に次いでの神戸開催である。

お目当ては、もちろん「ヨハネス・フェルメール/Johannes Vermeer」(1632年 - 1675年)の「真珠の耳飾りの少女」。オープン当初は大変な混雑だったので、行く時期を今まで送らせ、また混雑が予想される「神戸ルミナリエ」(12/6~17開催)の時期の前にと、週日の日に行ってきた。その甲斐あってか、待ち時間なしで入館でき、お目当ての絵の前でもほとんど待つことなく鑑賞出来た。(注;現在大宰府の「九州国立博物館」で開催されている「ベルリン国立美術館展」に出展されているのは、フェルメールの「真珠の飾りの少女」)

やはり魅力的な絵である。45cm×40cmほどのさほど大きくない絵であるが、その存在感たるや抜群で、特別室に入って遠目に見た瞬間から、あの眼にす~っと惹きこまれてしまう。

「フェルメール」は、生涯たった30数点の作品を残して、43歳の若さで夭折したオランダの画家。この少女が誰かについては諸説あるようであるが、すぐれた色彩感覚をもつ使用人の少女であるという見方から、フェルメールとこの少女との愛の世界を描いた映画がある。「ピーター・ウェーバー/Peter Webber」監督、「真珠の耳飾りの少女」(2003)。「フェルメール」への愛に心震わせる使用人の少女、「グリート」を演じるのは、「スカーレット・ヨハンソン/Scarlett Johansson」。

真珠の耳飾りの少女 通常版 [DVD]

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すっかり満足して博物館を後に神戸の街ブラへと ・・・。12月6日からはじまる師走の神戸の風物となった「神戸ルミナリエ」。もうそのしつらえはすっかり終わり、イタリア人のデザイナーと思しき人たちを中心とした関係者たちが、最終チェックや点検に余念がなかった。

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博物館近くの居留地の洋館の庭の木々や、歩道の街路樹の紅葉も今がピークである。ペーヴメントには枯葉が積もっている。こんな風景も神戸らしく、私は好きである。「旧・居留地」から「トアロード」あたりを北へと足を伸ばし、秋深まった神戸の街ブラを楽しむ。

さて、「真珠の耳飾りの少女」を観た夜は、前夜に続いての、「ジョバンニ・ミラバッシ/Giovanni Mirabassi」。今日はトリオとまいりましょうか。アルバムは、「テラ・フリオーザ/Terra Furiosa」を選ぶ。

ライナーノーツにいわく、『・・・・ メロディに満ちた「切なさ」を最大限引き出す事に焦点をおき、かつて無いほどの一体感 ・・・ 「聴く」というより「心に注ぎ込まれる」という表現が似合う、繊細さの極致を閉じ込めた結晶』

Terra Furiosa

Giovanni Mirabassi / Discograph



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1曲目「アルフォンシーナと海/Alfonsina y El Mar」から、もうひきこまれてしまう。
 
「アルフォンシーナ」とは、「アルフォンシーナ・ストルニ/Alfonsina Storni」(1892〜1938)というアルゼンチンの女流詩人。苦悩の人生を辿り、最終的には自身が癌に侵されたことを苦に1938年46歳の折、入水自殺をしてしまった。

1938年10月22日、アルフォンシーナはブエノスアイレスの駅から、有名な海岸の避暑地マル・デル・プラタに向かう列車に乗り込んだ。二日後の夜中、一人息子のアレハンドロに手紙をしたためると、深夜の1時ごろ海へ向かったという。そして数時間後、近くを通りがかった若者が波打ち際で息絶えていたアルフォンシーナを見つける。「ばあや、もう眠るから・・・。灯りをもう少し落として。一人にして。 ・・・ 」という残された最後の詩とともに夕刊で偉大な詩人の死は伝えられた。(NET参照)

その後、彼女の最後の詩をもとに、1969年に「アリエル・ラミレス/Ariel Ramírez」と「フェリックス・ルナ/Félix Luna」によって書かれた曲が、「アルフォンシーナと海」というサンバである。「メルセデス・ソーサ/Mercedes Sosa」によって最初に歌われてから、世界中の歌手に歌われるようになった。

「♪ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
   ばあや、灯りをもう少し落として
    私はゆっくり眠るから
    もし彼が電話してきたらここにはいないと伝えて
    アルフォンシーナはもう戻ってこないと伝えて
     ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ♪」

切なさと優しさと愛しさをこめて、ミラバッシが弾く ・・・。

「Giovanni Mirabassi ‐ Alfonsina y El Mar」

          
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by knakano0311 | 2012-12-02 11:06 | おやじの遠足・街歩き | Trackback | Comments(0)

丹波篠山街歩き

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いまが見ごろというので、紅葉狩りと正月用の黒豆の買い出しを兼ねて、丹波路を篠山へと車で向かう。たしかに、国道173号線、丹波への峠のあたりは色鮮やかな紅葉が真っ盛り。小一時間のドライブで篠山の市街地に。

まずは蕎麦である。丹波も蕎麦の産地で関西では蕎麦処として知られている。篠山付近にも贔屓の蕎麦屋が何軒かあるのだが、今日は、趣のある茅葺き屋根の古民家で、素朴だが骨太の蕎麦を喰わせてくれる、「波之丹州蕎麦処・一会庵(なみのたんしゅうそばどころ・いちえあん)」。ここのメニューは「そば切り」、「そばがき」、「そばぜんざい」の3種のみ。蕎麦本来の味を邪魔したくないという理由から、薬味やわさびはついてこないし、温かい蕎麦は扱っていない。しっかりとした歯ごたえのあるやや太目の十割蕎麦を、甘すぎない鰹風味のつゆで頂くのが流儀。

店主は、農作業のかたわら蕎麦屋を営んでいるらしく、明け方から玄蕎麦を石臼で挽き、挽きあがったそば粉を手打ちし、注文があってから茹でる。一日約50食程度仕込むのが限度らしく、営業は昼の3時間ほど、「売り切れ御免」のこだわり蕎麦屋。囲炉裏にはまだ火が入っておらず、少々寒かったが、「そばきり」を喰う。いつものことながら、やはり美味い。

 
 
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そして、一番の目的の黒豆を買い求めに。正月はこの丹波の黒豆、「丹波黒」の煮豆がかかせない。訪れたのは、享保19年(1734年)創業、江戸時代に建てられた店舗や隣接する屋敷などが、国登録の有形文化財となっている老舗、「小田垣商店」。今年の夏はいつまでも暖かかったためか、今年収穫の黒豆はまだだったが、我が家の分と少し早いがお歳暮がわりにと親戚にも発送する。なにか子供の頃の故郷のお店を思い起こさせる雰囲気である。

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いよいよ街歩き、まずは王地山の「まけきらい稲荷」へとむかう。冒頭の写真がその稲荷神社境内の燃えるような紅葉である。この稲荷、正式には「平左衛門稲荷神社」という。妙な名前であるが、その由来については、次のような話が語り継がれている。

『篠山藩主「青山忠裕」公が老中であった約180年前の文政年間の頃、毎年春と夏に江戸両国の回向院広場で、将軍上覧の大相撲が催されていた。ところが、いつも篠山藩のお抱え力士たちは負けてばかりであった。ある年の春場所のこと、篠山から来たという「王地山平左衛門」ら8名の力士と行司1名、頭取1名の 一行10名が現れ、土俵に上がるとたちまち連戦連勝してしまった。負けきらいのお殿様は大変喜んで、その者達に 褒美をやろうとされたが、どこにもいない。後で調べてみると、なんと全員が領内のお稲荷さんの名前だった。そこで、それぞれの神社に、幟や絵馬などを奉納して感謝したという。』

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幾重にも連なる鳥居を抜け、王地山を下り、河原町妻入(つまいり)商家群へと向かう。篠山城は、慶長14年(1609年)徳川家康が天下普請で築いた城で、河原町は、その築城の際、最初につくられた商店街であるという。間口が狭く奥行きの深い妻入りの商家が、往時の面影をとどめて軒を連ね、まるでタイムスリップしたかのようである。過度に観光地されておらず、ここで今の時代に暮らしている皆さんの日々の生活がそのままこの風景に溶け込んでいて好ましく感じられる。

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そして、二階町の方へとまわり、名産品などをいつものように仕入れ、コーヒーを飲んで一息入れてから、帰路につく。見上げると、大きないのししがユーモラスな顔で見下ろしていた。これからは「ぼたん鍋」の季節。その頃にまた来てみようか ・・・。


ちょうど手ごろな街歩きで適度につかれた秋の一日の夜更けに聴くピアノには、甘いが決して甘さに流されないイタリア系のイケメン・ピアニスト、「ステファノ・ボラーニ/Stefano Bollani」などはいかがでしょうか。

まず、「ステファノ・ボラーニ」が愛のメロディを綴る「アントニオ・カルロス・ジョビン/Antonio Carlos Jobim」作品集。しかしこのアルバムは、ボサノヴァ・アルバムではない。もちろんスムース・ジャズ・アルバムでもない。時には自らボーカルもこなす才人の、リリカルで歌心にあふれた「野心的な・・」ともいっていい、ユーロジャズ・テイストの「アントニオ・カルロス・ジョビン」の作品集である。

愛の語らい

ステファノ・ボラーニ・トリオ / ヴィーナスレコード



アルバム・タイトル曲の「愛の語らい」から。このリリカルな演奏はどうでしょう ・・・。 「Stefano Bollani Trio - Falando de amor」

          

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「ステファノ・ボラーニ」。1972年、ミラノ生まれというからまだ40歳。もともと歌手になることを夢見てピアノを始めたというが、プロデビューはなんと若干15歳。イタリア独特の雰囲気というか、隠せないラテンの気質というか、「恋唄」やバラードのプレイにはそれが随所に表れるような気がする。そして、彼の音楽の幅の広さ。クラッシックからポップ、ロック、ジャズにわたる多様なジャンルのミュージシャンとのアルバムやコンサートにおけるコラボレーションには目を見張るものがある。

2002年10月に発売されるやいなや話題となったのが、日本デビュー盤「ヴォラーレ」。続く第2弾のアルバムが「黒と褐色の幻想」。第1弾「ヴォラーレ」がイタリアン・ソングを集めたのに対し、「黒と褐色の幻想」は、彼に影響を与えたアメリカン・スタンダード中心のアルバムであるが、そこにたぎるラテンの情熱は隠しようがない。

黒と褐色の幻想(紙ジャケット仕様)
ステファノ・ボラーニ・トリオ / / ヴィーナスレコード
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「最後の夜」。エレガントな雰囲気の中にもラテンの情熱と哀愁が漂う。 「Stefano Bollani Trio - La Ultima Noche」

          

ヴィーナス・レコード第5弾のアルバムが、「恋の気分で」。スタンダード曲を中心に構成されているが、1999年に「ジャンゴ・ラインハルト賞」を受賞したというだけあって、十分な実力も備え、ヨーロッパでは相当な人気を集めているという。演奏は、2曲目「Cheek To Cheek」に代表されるように、スインギーなリズムの流れの中で奔放ともいえる自由自在なアドリブを展開する。一転3曲目の表題曲「I'm In The Mood For Love」では、かわいらしく弾むような、甘くて小粋なピアノを聴かせる。

恋の気分で

ステファノ・ボラーニ・トリオ / ヴィーナス・レコード



もともと歌手になることを夢見てピアノを始めたという「ステファノ・ボラーニ」、自身が歌っているアルバムがあります。アルバム、「けれど恋は」。勿論、「ナット・キング・コール/Nat King Cole」みたいな例外はありますが、私はピアノの弾き語りは女性が相場と思っていた。まっ、一度聴いてみてください。カンツォーネやポピュラー・ソングを中心にした選曲で、低音でささやくように、告白するかのように弾き語る。まさに、これは「口説き歌」である。これでは、かの「チェット・ベイカー/Chet Baker」も顔負けではないか ・・・。

けれど恋は

ステファノ・ボラーニ・トリオ / ヴィーナスレコード



「Stefano Bollani Trio - Here's To Life」

          
 
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by knakano0311 | 2012-11-23 16:47 | おやじの遠足・街歩き | Trackback(1) | Comments(0)