大屋地爵士のJAZZYな生活

カテゴリ:おやじの遠足・街歩き( 126 )

春の五月山界隈を歩く

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車検前の点検のため、いつもの修理工場へ車を預けて、北摂・池田市の五月山界隈を散策した。まず修理工場の裏手、五月山公園へと向かう。この五月山公園は眼下に猪名川を一望のもとに収めることができ、また関西有数の桜の名所としても知られた公園でもある。1週間ほど前のこの時は、一部の早咲きの櫻を除いて、櫻はまだ咲き始めといったところであった。公園内にある入園料無料のミニ動物園には、ちょうど春休みが始まったということもあって、「ウォンバット」、「アルパカ」、「ワラビー」、「エミュー」などをお目当ての子供連れが多く訪れていた。1週間後は例年どうりに大変な花見客であろうと思いつつ、呉の国から渡来し、日本に機織技術を伝えたとされる、織姫・穴織媛(あやはとりのひめ)と、応神天皇、仁徳天皇を祀っている伊居太神社(いけだじんじゃ)の境内(拙ブログ「二人の媛へ ・・・」参照)を通り抜け、池田城跡公園へと向かう。

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池田城は室町時代から戦国時代にかけて、この地域を支配していた池田氏の居城であったが、「織田信長」の摂津入国により降伏、信長の家臣に組み込まれた。その後、「荒木村重」が池田城を支配することとなったが、村重が伊丹の有岡城を居城としたため廃城になったという。いまは、発掘調査に基づく遺構の復元と城をイメージさせる展望台、小ぶりの庭園が造られ、市民の憩いの場となっている。庭園には、早咲きの「十月桜」、「淡墨桜(ウスズミザクラ)」、「白木蓮(ハクモクレン)」などが満開であった。

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しばしの休憩と展望台からの爽快なことこの上ない眺望を楽しむ。猪名川が大阪平野に流れ込む、ちょうどそこに位置したこの城は、丹波や能勢へと続く街道の拠点でもあり、またそれらの地方からの特産物の集積地でもあった。景色を見ていると、猪名川から大阪湾を通じての水運の拠点であったことがよくわかる。それゆえ、かって池田の街は繁栄を極めたのであろう。

そんな池田と大阪・梅田をつないでいるのが、阪急電鉄のルーツというべき路線、阪急宝塚本線である。1910年(明治43年) に、梅田駅 - 宝塚駅間を開業させた「箕面有馬電気軌道」が始まりである。その阪急電鉄や宝塚歌劇団をはじめとする阪急東宝グループ(現・阪急阪神東宝グループ)の創業者が、「小林一三」である。

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「逸翁」と号した「小林一三」翁に所縁のいくつかの施設が、このあたりに集中しているので、この日は月曜日、多分休館であろうと思いつつも、巡ってみることにした。

まず翁の旧邸、「雅俗山荘」は、翁の逝去後、永らく翁のコレクションを収蔵展示する「逸翁美術館」として使用されてきたが、同館が新しい建物に移転したのを機に、「小林一三」の業績を紹介する施設「小林一三記念館」と趣のある洋館建築を活かした邸宅レストラン「雅俗山荘」として、2年ほど前にオープンされた。残念ながら休館であったが、咲き始めた長屋門前の桜が印象的であった。

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そして、坂を下り、「雅俗山荘」時代には訪れたことがあるが、移転後は訪れていない新しい「逸翁美術館」。それと隣接して建つのが、円形の特長的な外観を持つ「池田文庫」。ここには、演劇資料、宝塚歌劇に関する資料、阪急電鉄資料、民俗芸能資料など約22万冊の蔵書が収蔵されているという。予想はしていたが、残念なことにいずれも休館であった。のどかな春の日、狭い坂道の続く閑静な住宅街を歩き、ゆっくりとこれらの美術館巡りや、散歩を楽しむには絶好のコースである。近いうちに日をあらためて来てみよう ・・・。

(続く)

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今宵のピアノである。「カレル・ボエリー/Karel Boehlee」。「ヨーロピアン・ジャズ・トリオ/Europian Jazz Trio」の初代ピアニストである。オランダ出身。その特徴であるクラシックを基調とした気品とロマンにあふれる演奏は「EJT」を離れてからも変わらない。ブルージィで哀愁あふれるバラードを中心にしたアルバムは「ブルー・プレリュード/Blue Prelude」。櫻咲く宵に聴くにはふさわしい一枚。

ブルー・プレリュード

カレル・ボエリー・トリオ エムアンドアイカンパニー



「ブルーがつく曲にハズレなし」などと誰かが言ったような気もするが、いわれてみれば確かにそんな気もする。アルバム・タイトル曲「ブルー・プレリュード」。

「Blue Prelude- Karel Boehlee Trio」
 
          
  
 
 
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by knakano0311 | 2013-04-01 11:10 | おやじの遠足・街歩き | Trackback | Comments(0)

春節祭の名残り

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ぱらつく小雪。六甲山山頂には雪雲が覆いかぶさり、中腹までうっすらと雪化粧している。そんな景色を見ながら、阪神高速、名神高速を乗り継いで神戸へと ・・・。

1ケ月ぶりの神戸。南京町。「春節祭」は先週で終わってしまったが、この町には、紅い提灯や新年を祝うディスプレイなどに、まだその名残が残っていた。老舗の豚まん屋「老祥記」のまえには、相変わらずの長い列が ・・・。そして、修学旅行と思しき学生の団体が多く行き交っている。

いつものように、ご贔屓のアジアン・ダイニングでの昼食。そして、栄町・乙仲通り。西洋雑貨屋でのちょっとした買い物。そして、いつもの中古CDショップと一巡りして、締めはカフェでの「ぜんざい」。今年も始まったいつもの神戸街歩き。

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さて、「お久しぶりピアノトリオ」。今宵はヨーロッパを離れて、アメリカへ。「デヴィッド・ヘイゼルタイン・トリオ/David Hazeltine Trio」。アメリカ生まれのアメリカ育ち。しかし、バリバリのアメリカン・ピアノという訳ではなく、圧倒的なスウィング感をベースに、不思議にもどことなくヨーロッパ的というか、そんな雰囲気も漂っていると感じてしまう。

1958年生まれというから、54歳。13歳の時からプロのピアニストとして活動を始めたというから、かなりの早熟。カレッジに入るまでは音楽に対してそう深く考えたことはなかったと言うが、共演した「チェットベイカー/Chet Baker」に背中を押され、ニューヨークで本格的にジャズの道を志す。もっとも影響を受けたのは、「チャリー・パーカー/Charlie Parker」だという。演奏活動の傍ら、現在は「バークリー音楽院」でジャズを教えているという。

ヴィーナス・レコードから何枚かリリースされているが、「ワルツ・フォー・デビー」(1999年)、「不思議の国のアリス」(2004年)、「クレオパトラの夢」(2006年)の3部作がご贔屓。エヴァンスへのオマージュ、スタンダード集、パウエルへのオマージュ集である。ジャズ・ピアニストに対し、あまり意味があるとは思えないが、私も含めて、よくエヴァンス派、パウエル派などとカテゴライズしがちであるが、3部作を通して聴けば、その両方に共通した面も、それらを超える独自の境地も窺える。そこに3部作の意味もあろう。と言っても決して尖ったところや小難しいところがあるわけではなく、素直に「いいね」とうなずけるリリカルな演奏である。この辺がヴィーナス・レコードの巧みさ、単なるエロ・ジャケのレーベルではないことを、見事に証明している。

ワルツ・フォー・デビー

デビッド・ヘイゼルタイン・トリオ / ヴィーナス・レコード



不思議の国のアリス

デヴィッド・ヘイゼルタイン・トリオ / ヴィーナス・レコード



クレオパトラの夢

デヴィッド・ヘイゼルタイン・トリオ / ヴィーナス・レコード



「不思議の国のアリス」から、「ビクター・ヤング/Victor Young」のスタンダード、「Beautiful Love(美しき人)」。

「David Hazeltine Trio - Beautiful Love」

          
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by knakano0311 | 2013-02-20 10:16 | おやじの遠足・街歩き | Trackback | Comments(0)

新春、神戸街歩き

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正月三が日 ・・・。喪中なので年賀状も来ず、TVも全くつまらないし、例年の多田神社への参拝は元旦に済ませたし、おせちももう飽きたし、これと言って特にすることもなし。外を見ると、天気もよさそうなので、人ごみを覚悟しつつ、神戸まで車を走らせる。

ハーバーランドから見る神戸港の光景。上天気とこの解放感が何とも言えないほど気持ちがいい。阪急百貨店・神戸店などの大きなテナントが相次いで閉店し、最近少しさびれた感があったが、新春とあって「モザイク」あたりは結構な人出であった。「キャナル・ガーデン」も今春、リニューアル・オープンらしいから、賑わいをとりもどしてほしい。この絶好のロケーション、雰囲気なんだから ・・・。

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そんな、ハーバーランド界隈をウォーキングを兼ね散策し、栄町通りを抜け、旧・居留地へと向かう。昭和初期に建てられた銀行を改装したカフェ、「E.H BANK」でのランチが、お目当て。神戸博物館の南、旧・居留地にあるこの建物は、その石造りの外観からして、存在感が圧倒的である。大きな回転扉を押して入ると、そこは別世界。高い格子天井、シャンデリア、ゆっくりと回る天井扇。大理石の壁、柱、そしてインテリアとして残したる大金庫の扉。一体誰が銀行がカフェにこんなに似合うと、想像したのであろう。そしてここは、いつもJAZZかボサノバが流れている。私が、お気に入りの空間のひとつでもある。

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そして、お土産はといえば、以前「北欧美女シンガー図鑑(その7 最終回) ~デンマークを彩る個性的な歌姫たち~」で紹介した、デンマーク出身の女性ジャズ・ヴォーカル、「セシリア・ノービー/Caecilie Norby」のアルバム。彼女のデビュー・アルバム、「セシリア・ノービー/Cæcilie Norby (1995)」が中古レコード・ショップで、何とワン・コインでした。こいつは春から ・・・・。

Caecilie Norby

Caecilie Norby / EMI Import



そのアルバムに収められているナンバーから、ソウル・シンガー、「カーティス・メイフィールド/Curtis Mayfield」のカバーで「Man's Got Soul」をライブ・バージョンで ・・・。いやあ、なかなかの迫力。

「Cæcilie Norby - Man's Got Soul (Live)」

          
 
 
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by knakano0311 | 2013-01-04 00:19 | おやじの遠足・街歩き | Trackback | Comments(0)

原風景の里、ふたたび

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朝起きて外へ出たら、水鉢にうっすらと氷が張っていた。初氷である。しかし、雲一つない青空。上天気に誘われて、雪が降る前にと、京都の北部、丹南市美山町の「かやぶきの里」まで足を伸ばす。我が家から、京都縦貫道路を経て、1時間半くらいの距離。春に、秋にと、もう二、三回か訪れてはいるが、故郷の信州と冷たいが、乾いた空気の感じが同じでまた足を運んでしまう。「多分 ・・・」と、覚悟はしていたものの、残念ながら、もう紅葉は終り、ほとんどの広葉樹は葉を落としてしまっている。

まずは、腹ごしらえである。駐車場にある蕎麦屋「きたむら」で「鯖蕎麦」を食べる。美山町は、京都と日本海の若狭・小浜との中間に位置し、古来から京都へと日本海側の産物を運んだ「鯖街道」と呼ばれた「周山街道」が町を貫いている。そんな、歴史的背景が盛られた「蕎麦」なのである。細めで喉越しの良い蕎麦に山菜とおろし、そして甘しょっぱく炊かれた鯖がのっている。そこに冷たいつゆをぶっかけて食べるのであるが、これが美味い。わたしは、蕎麦はざる、盛り、せいろなどオーソドックスな食べ方を常としているが、ここの鯖蕎麦だけは別格である。

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さて、「かやぶきの里」。この里、北村地区は、冬は豪雪地帯で、谷間のゆるい傾斜地に寄り合うように住居が密集した、かっての日本のどこにでもあったような山村である。現在50戸ほどある集落のうち、38戸がかやぶき屋根の住宅で、岐阜県白川郷や福島県大内宿に次ぐという。最古のものは、寛政8年(1796年)建築、多くが19世紀中ごろまでの江戸時代に建てられている。明治村のような建築パークではなく、菩提寺、先祖代々の墓、鎮守の森、八幡様、かやの茂る茅場 ・・・などが生活の中で今も機能し、50戸全部に人が住み、現実の生活が営まれているのである。散策していても、電話の音、洗濯物、置かれた農機具、季節の花が咲く庭、熟れた柿 ・・・、生活の息遣いが感じられる。静かな集落の佇まい。村おこしのためといえども、それを我々観光客が、乱しているのをすまなく思いながら、日本の原風景ともいえるこの里を後にする。

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帰る途中、「手作りハム工房」に立ち寄り、コーヒーで一服、看板のハムを仕入れる。たしかにここのハムは美味い。

そして、いままで来たときには気が付かなかった「蓮如の滝」と立札があるので、車を止めてみる。車道からでも遠目に見えるが、駐車場に車を止め、あぜ道をあるいて滝近くまで寄ってみる。落差70mほどの曲がりくねった滑り台状の滝で、由良川に流れ込んでいる。これが「蓮如の滝」である。浄土真宗の中興の祖、「蓮如上人」が、1475年(文明7年)61歳のとき、北陸・吉崎から若狭・小浜を経て丹波にでた、世に言う「蓮如上人の丹波越え」の途中に立ち寄った所で、しばしの休憩の時、この滝を絶賛したことが、その由縁となっている。今は水量はあまり多くなく、瀑布とは程遠かったが、急斜面を曲がりくねって飛沫をあげて流れ落ちる様はまことに優美、紅葉真っ盛りならばさぞかし映えるであろうと思われる光景であった。「かやぶきの里」のような原風景を見た後はいつも、心の中にサウダージが沸き起こる。

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故郷・松本の出身で、自身が作曲した曲に、山女魚(やまめ)、岩魚(いわな)、鮎(あゆ)、虹鱒(にじます)などの釣りが大好きだったらしく和種の淡水魚の名前や、木曽、浅間、白馬、飛騨など出身地の信州の地名をタイトルをつけた曲を演奏したジャズマンがいる。かって日本を代表するジャズ・テナー・サックス奏者であった、「宮沢 昭(みやざわ あきら、1927年12月 - 2000年7月)」である。

松本で育ったのち、1944年陸軍戸山学校軍楽隊入隊、戦後米軍クラブなどで活動。その後、「守安祥太郎」、「秋吉敏子」らと共演。1954年の「モカンボ・ジャム・セッション」でも演奏。1962年、日本ジャズ史上の傑作と言われる初リーダー・アルバム、「山女魚」を発表し、日本のモダンジャズに一時代を築いたアーティスト。2000年死去。(Wikipedia参照)

日本色の濃いタイトルでうめられたアルバムは、永年幻のアルバムであったが、最近の和ジャズ・ブームでいくつかが復刻され、ようやく入手できた。硬派のジャズであるが、わが故郷出身の偉大なジャズ先駆者、「宮沢昭」に敬意を表して ・・・。

BULL TROUT(いわな)

宮沢昭 / インディーズ・メーカー



木曽

宮沢昭 / ディウレコード



いまでもなかなか入手しがたいのが、今は亡き「浅川マキ」がプロデュースしたアルバム、「野百合」(1991年)。ピアノの「渋谷毅」 とのデュオ・アルバムである。YOUTUBEで見つけた、その中のバラード、「Beyond The Flames」が美しい。

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野百合

宮沢昭 / EMIミュージック・ジャパン




「Beyond The Flames - Akira Miyazawa」

          
 
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by knakano0311 | 2012-12-05 11:51 | おやじの遠足・街歩き | Trackback | Comments(2)

「真珠の耳飾りの少女」を観た夜は

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「神戸市立博物館」で開かれている、「マウリッツハイス美術館展」へ行ってきた。今年前半の「東京都美術館」での開催に次いでの神戸開催である。

お目当ては、もちろん「ヨハネス・フェルメール/Johannes Vermeer」(1632年 - 1675年)の「真珠の耳飾りの少女」。オープン当初は大変な混雑だったので、行く時期を今まで送らせ、また混雑が予想される「神戸ルミナリエ」(12/6~17開催)の時期の前にと、週日の日に行ってきた。その甲斐あってか、待ち時間なしで入館でき、お目当ての絵の前でもほとんど待つことなく鑑賞出来た。(注;現在大宰府の「九州国立博物館」で開催されている「ベルリン国立美術館展」に出展されているのは、フェルメールの「真珠の飾りの少女」)

やはり魅力的な絵である。45cm×40cmほどのさほど大きくない絵であるが、その存在感たるや抜群で、特別室に入って遠目に見た瞬間から、あの眼にす~っと惹きこまれてしまう。

「フェルメール」は、生涯たった30数点の作品を残して、43歳の若さで夭折したオランダの画家。この少女が誰かについては諸説あるようであるが、すぐれた色彩感覚をもつ使用人の少女であるという見方から、フェルメールとこの少女との愛の世界を描いた映画がある。「ピーター・ウェーバー/Peter Webber」監督、「真珠の耳飾りの少女」(2003)。「フェルメール」への愛に心震わせる使用人の少女、「グリート」を演じるのは、「スカーレット・ヨハンソン/Scarlett Johansson」。

真珠の耳飾りの少女 通常版 [DVD]

メディアファクトリー



すっかり満足して博物館を後に神戸の街ブラへと ・・・。12月6日からはじまる師走の神戸の風物となった「神戸ルミナリエ」。もうそのしつらえはすっかり終わり、イタリア人のデザイナーと思しき人たちを中心とした関係者たちが、最終チェックや点検に余念がなかった。

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博物館近くの居留地の洋館の庭の木々や、歩道の街路樹の紅葉も今がピークである。ペーヴメントには枯葉が積もっている。こんな風景も神戸らしく、私は好きである。「旧・居留地」から「トアロード」あたりを北へと足を伸ばし、秋深まった神戸の街ブラを楽しむ。

さて、「真珠の耳飾りの少女」を観た夜は、前夜に続いての、「ジョバンニ・ミラバッシ/Giovanni Mirabassi」。今日はトリオとまいりましょうか。アルバムは、「テラ・フリオーザ/Terra Furiosa」を選ぶ。

ライナーノーツにいわく、『・・・・ メロディに満ちた「切なさ」を最大限引き出す事に焦点をおき、かつて無いほどの一体感 ・・・ 「聴く」というより「心に注ぎ込まれる」という表現が似合う、繊細さの極致を閉じ込めた結晶』

Terra Furiosa

Giovanni Mirabassi / Discograph



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1曲目「アルフォンシーナと海/Alfonsina y El Mar」から、もうひきこまれてしまう。
 
「アルフォンシーナ」とは、「アルフォンシーナ・ストルニ/Alfonsina Storni」(1892〜1938)というアルゼンチンの女流詩人。苦悩の人生を辿り、最終的には自身が癌に侵されたことを苦に1938年46歳の折、入水自殺をしてしまった。

1938年10月22日、アルフォンシーナはブエノスアイレスの駅から、有名な海岸の避暑地マル・デル・プラタに向かう列車に乗り込んだ。二日後の夜中、一人息子のアレハンドロに手紙をしたためると、深夜の1時ごろ海へ向かったという。そして数時間後、近くを通りがかった若者が波打ち際で息絶えていたアルフォンシーナを見つける。「ばあや、もう眠るから・・・。灯りをもう少し落として。一人にして。 ・・・ 」という残された最後の詩とともに夕刊で偉大な詩人の死は伝えられた。(NET参照)

その後、彼女の最後の詩をもとに、1969年に「アリエル・ラミレス/Ariel Ramírez」と「フェリックス・ルナ/Félix Luna」によって書かれた曲が、「アルフォンシーナと海」というサンバである。「メルセデス・ソーサ/Mercedes Sosa」によって最初に歌われてから、世界中の歌手に歌われるようになった。

「♪ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
   ばあや、灯りをもう少し落として
    私はゆっくり眠るから
    もし彼が電話してきたらここにはいないと伝えて
    アルフォンシーナはもう戻ってこないと伝えて
     ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ♪」

切なさと優しさと愛しさをこめて、ミラバッシが弾く ・・・。

「Giovanni Mirabassi ‐ Alfonsina y El Mar」

          
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by knakano0311 | 2012-12-02 11:06 | おやじの遠足・街歩き | Trackback | Comments(0)

丹波篠山街歩き

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いまが見ごろというので、紅葉狩りと正月用の黒豆の買い出しを兼ねて、丹波路を篠山へと車で向かう。たしかに、国道173号線、丹波への峠のあたりは色鮮やかな紅葉が真っ盛り。小一時間のドライブで篠山の市街地に。

まずは蕎麦である。丹波も蕎麦の産地で関西では蕎麦処として知られている。篠山付近にも贔屓の蕎麦屋が何軒かあるのだが、今日は、趣のある茅葺き屋根の古民家で、素朴だが骨太の蕎麦を喰わせてくれる、「波之丹州蕎麦処・一会庵(なみのたんしゅうそばどころ・いちえあん)」。ここのメニューは「そば切り」、「そばがき」、「そばぜんざい」の3種のみ。蕎麦本来の味を邪魔したくないという理由から、薬味やわさびはついてこないし、温かい蕎麦は扱っていない。しっかりとした歯ごたえのあるやや太目の十割蕎麦を、甘すぎない鰹風味のつゆで頂くのが流儀。

店主は、農作業のかたわら蕎麦屋を営んでいるらしく、明け方から玄蕎麦を石臼で挽き、挽きあがったそば粉を手打ちし、注文があってから茹でる。一日約50食程度仕込むのが限度らしく、営業は昼の3時間ほど、「売り切れ御免」のこだわり蕎麦屋。囲炉裏にはまだ火が入っておらず、少々寒かったが、「そばきり」を喰う。いつものことながら、やはり美味い。

 
 
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そして、一番の目的の黒豆を買い求めに。正月はこの丹波の黒豆、「丹波黒」の煮豆がかかせない。訪れたのは、享保19年(1734年)創業、江戸時代に建てられた店舗や隣接する屋敷などが、国登録の有形文化財となっている老舗、「小田垣商店」。今年の夏はいつまでも暖かかったためか、今年収穫の黒豆はまだだったが、我が家の分と少し早いがお歳暮がわりにと親戚にも発送する。なにか子供の頃の故郷のお店を思い起こさせる雰囲気である。

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いよいよ街歩き、まずは王地山の「まけきらい稲荷」へとむかう。冒頭の写真がその稲荷神社境内の燃えるような紅葉である。この稲荷、正式には「平左衛門稲荷神社」という。妙な名前であるが、その由来については、次のような話が語り継がれている。

『篠山藩主「青山忠裕」公が老中であった約180年前の文政年間の頃、毎年春と夏に江戸両国の回向院広場で、将軍上覧の大相撲が催されていた。ところが、いつも篠山藩のお抱え力士たちは負けてばかりであった。ある年の春場所のこと、篠山から来たという「王地山平左衛門」ら8名の力士と行司1名、頭取1名の 一行10名が現れ、土俵に上がるとたちまち連戦連勝してしまった。負けきらいのお殿様は大変喜んで、その者達に 褒美をやろうとされたが、どこにもいない。後で調べてみると、なんと全員が領内のお稲荷さんの名前だった。そこで、それぞれの神社に、幟や絵馬などを奉納して感謝したという。』

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幾重にも連なる鳥居を抜け、王地山を下り、河原町妻入(つまいり)商家群へと向かう。篠山城は、慶長14年(1609年)徳川家康が天下普請で築いた城で、河原町は、その築城の際、最初につくられた商店街であるという。間口が狭く奥行きの深い妻入りの商家が、往時の面影をとどめて軒を連ね、まるでタイムスリップしたかのようである。過度に観光地されておらず、ここで今の時代に暮らしている皆さんの日々の生活がそのままこの風景に溶け込んでいて好ましく感じられる。

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そして、二階町の方へとまわり、名産品などをいつものように仕入れ、コーヒーを飲んで一息入れてから、帰路につく。見上げると、大きないのししがユーモラスな顔で見下ろしていた。これからは「ぼたん鍋」の季節。その頃にまた来てみようか ・・・。


ちょうど手ごろな街歩きで適度につかれた秋の一日の夜更けに聴くピアノには、甘いが決して甘さに流されないイタリア系のイケメン・ピアニスト、「ステファノ・ボラーニ/Stefano Bollani」などはいかがでしょうか。

まず、「ステファノ・ボラーニ」が愛のメロディを綴る「アントニオ・カルロス・ジョビン/Antonio Carlos Jobim」作品集。しかしこのアルバムは、ボサノヴァ・アルバムではない。もちろんスムース・ジャズ・アルバムでもない。時には自らボーカルもこなす才人の、リリカルで歌心にあふれた「野心的な・・」ともいっていい、ユーロジャズ・テイストの「アントニオ・カルロス・ジョビン」の作品集である。

愛の語らい

ステファノ・ボラーニ・トリオ / ヴィーナスレコード



アルバム・タイトル曲の「愛の語らい」から。このリリカルな演奏はどうでしょう ・・・。 「Stefano Bollani Trio - Falando de amor」

          

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「ステファノ・ボラーニ」。1972年、ミラノ生まれというからまだ40歳。もともと歌手になることを夢見てピアノを始めたというが、プロデビューはなんと若干15歳。イタリア独特の雰囲気というか、隠せないラテンの気質というか、「恋唄」やバラードのプレイにはそれが随所に表れるような気がする。そして、彼の音楽の幅の広さ。クラッシックからポップ、ロック、ジャズにわたる多様なジャンルのミュージシャンとのアルバムやコンサートにおけるコラボレーションには目を見張るものがある。

2002年10月に発売されるやいなや話題となったのが、日本デビュー盤「ヴォラーレ」。続く第2弾のアルバムが「黒と褐色の幻想」。第1弾「ヴォラーレ」がイタリアン・ソングを集めたのに対し、「黒と褐色の幻想」は、彼に影響を与えたアメリカン・スタンダード中心のアルバムであるが、そこにたぎるラテンの情熱は隠しようがない。

黒と褐色の幻想(紙ジャケット仕様)
ステファノ・ボラーニ・トリオ / / ヴィーナスレコード
スコア選択:
 

「最後の夜」。エレガントな雰囲気の中にもラテンの情熱と哀愁が漂う。 「Stefano Bollani Trio - La Ultima Noche」

          

ヴィーナス・レコード第5弾のアルバムが、「恋の気分で」。スタンダード曲を中心に構成されているが、1999年に「ジャンゴ・ラインハルト賞」を受賞したというだけあって、十分な実力も備え、ヨーロッパでは相当な人気を集めているという。演奏は、2曲目「Cheek To Cheek」に代表されるように、スインギーなリズムの流れの中で奔放ともいえる自由自在なアドリブを展開する。一転3曲目の表題曲「I'm In The Mood For Love」では、かわいらしく弾むような、甘くて小粋なピアノを聴かせる。

恋の気分で

ステファノ・ボラーニ・トリオ / ヴィーナス・レコード



もともと歌手になることを夢見てピアノを始めたという「ステファノ・ボラーニ」、自身が歌っているアルバムがあります。アルバム、「けれど恋は」。勿論、「ナット・キング・コール/Nat King Cole」みたいな例外はありますが、私はピアノの弾き語りは女性が相場と思っていた。まっ、一度聴いてみてください。カンツォーネやポピュラー・ソングを中心にした選曲で、低音でささやくように、告白するかのように弾き語る。まさに、これは「口説き歌」である。これでは、かの「チェット・ベイカー/Chet Baker」も顔負けではないか ・・・。

けれど恋は

ステファノ・ボラーニ・トリオ / ヴィーナスレコード



「Stefano Bollani Trio - Here's To Life」

          
 
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by knakano0311 | 2012-11-23 16:47 | おやじの遠足・街歩き | Trackback(1) | Comments(0)

猪名川界隈を散策する

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車の6ケ月点検と部品交換。この車も乗りはじめてから5年9ケ月、走行距離は9万㎞に届こうとしている。定年後の我々夫婦の足となり、色々なところへ連れて行ってくれた。ちゃんとメンテをしているため、至極快調、いまだに飽きが来ない。そして天気は上々。いつものように車を預けている間に、猪名川周辺の散歩をする。この河畔は安全柵などと無粋なことはしていないので、川べりまで下りてゆっくり散策できる。  

この川を横断する阪神高速に架かる「ビッグ・ハープ」と名づけられた 吊り橋のワイヤが、なにかオブジェのようで美しい。川面のきらめきや水音を楽しみながら、すこし川沿いに歩いてから、猪名川から引いた疏水沿いを小戸神社(おおべじんじゃ)へと向かう。

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昔からの屋敷が立ち並ぶ住宅街の狭い道を行くと小さな森に囲まれた小戸神社の前に出る。小戸神社、兵庫県川西市小戸、旧摂津国河辺郡に鎮座する式内社。祭神は、「大山津見尊(おおやまつみのみこと)」、「素盞嗚命(すさのおのみこと)」、「天児屋根命(あめのこやねのみこと)」の三神。社の創建年代・由緒など詳細不明であるが、延喜式内社であるからには、その創建が10世紀以前であるのは確かだという。

境内には、根回り約12メートル、樹高約30メートル、推定樹齢500年の兵庫県指定天然記念物の「大楠(おおくすのき)」が、でんと聳えている。このご神木、その存在感たるや、大変なもので、枝ぶりの見事さにしばし見惚れる。

一休みしてから、駅前再開発や、鉄道の高架化、道路の拡張から取り残され、ビルやマンションの谷間にまだ取り壊されずに残っている古い建物が軒を連ねる路地を駅方面に向かう。昔ながらの八百屋や何屋さんかわからない店などもぽつぽつと残っており、のぞいたり、ひやかしながら歩く。これが街歩きの楽しさでもある。

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さて、こんな気持ちのいい散歩を楽しんだ秋の夜長に聴きたいピアノ。今宵はイタリアの美メロ巨匠、「エンリコ・ピエラヌンツイ/Enrico Pieranunzi」の「Racconti Mediterranei/地中海物語」を選んでみました。いままでに何回も取り上げているので、飽きたといわれるかも知りませんが、やはり私の感性に合うのか、春だけでなく、月が美しい秋の宵になると、どうしてもこのCDに手が伸びてしまいます。

ピアノとダブルベース、「マーク・ジョンソン/Marc Johnson」と、クラリネット、「ガブリエル・ミラバッシ/Gabriele Mirabassi」という少し変わった編成による、エンリコのオリジナル曲のアルバム。「ミラバッシ」は、クラシックもジャズも音楽学校で学んだというクラリネットの名手。アルバムタイトルの「Racconti Mediterranei (地中海物語)」どおり、穏やかな春の地中海をほうふつとさせる美しいメロディと演奏が淡々と続いてゆく。通常のピアノトリオとは少し違って、クラリネットが明るい日差しと穏やかな海を感じさせる。

「マーク・ジョンソン」は、かってエヴァンス・トリオの最後のベーシストであり、先日新譜を紹介したばかりの「イリアーヌ」の旦那でもある。

Racconti Mediterranei

Enrico Pieranunzi / Egea



「Un' Alba Dipinta Sui Muri」(壁に描かれた夜明け?)は、切ないほど美しい。私の臨終時に流れていてほしいと思う「我がラストソング」の有力候補である。 (参照拙ブログ 「もしもピアノが弾けたなら(20)~彼岸のBGMは・・・~」) 春と言わず、秋の夜長に聴くもいい。さっ、再録しておきましょう。

リクエストにより、埋め込みができませんので、クリックしてください。

「Enrico Pieranunzi, Gabriele Mirabassi, Mark Johnson - Un' Alba Dipinta Sui Muri」
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by knakano0311 | 2012-10-25 16:14 | おやじの遠足・街歩き | Trackback | Comments(0)

壁の画を眺めつつ

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定年になってからは、都会へ出かける機会がめっきり少なくなったためであろうか、人ごみがすっかり嫌いになってしまった。もちろん歳をとったためでもあろうが、疲れるのである。昔はそうでもなかった。結構、人の集まるところや、都会の雑踏が好きなほうであったから、変われば変わるものだ。だから、家から1時間もかからないくらい近いのだが、大阪、梅田へは滅多にいかなくなってしまった。そうかといってあまり閑散として賑わいや洒落のないのも嫌だから贅沢なものである。そんなわけで、都会?で行くのは、もっぱら西宮か神戸である。とくに西宮にある大型ショッピングモール「阪急西宮ガーデンズ」は、週日は我々夫婦には適度な人ごみなので、妻のリクエストもあってよく出かける。今日も妻は誕生日が近いことにかこつけてのリクエスト。ショッピングにお付き合いの半日。

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手芸の材料やら、秋の洋服、孫のものなどを買い込んでまわる。3連休を控えた週日のためか、いつもより人は少なめである。そして、最後はいつも、北欧調のパステルカラー、白木、木質素材のインテリア、デザインでまとめられた「ヘルシンキ・ベーカリー」でお茶と休憩。窓際の席が空いていれば、吹き抜けをはさんで向かいにある、きらきらとした明るくて淡い色調の壁画を眺めながら、行き交う人を眺め、ゆっくりとコーヒーを飲むのが好きである。行き交うさまざまな人々に思いを馳せていると、瞬く間に時間が経つ。まるで何かの映画のワンカットの様に ・・・。

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私へのお土産。ご贔屓おしどりJAZZカップル、「マリエル・コーマン&ヨス・ヴァン・ビースト/Marielle Koeman & Jos van Beest」の「澤野工房」からの新作は、「LOVE BOSSA!」。このカップル、その暖かい演奏で前々から好きであったが、昨年の暮れのコンサートに行ってからますます好きになったアーティスト。(参照拙ブログ「おしどりJAZZコンサート」) 特にマリエルの歌うボサノバは絶品で、生で聴くとそのボーカルとピアノの相性の良さが、いっそう際立っていた。そのカップルの新アルバムが「LOVE BOSSA!」。これはたまらないではないか ・・・。期待通り、「ジャズ、シャンソン、ボレロの名曲を心弾むボッサのリズムで綴った、16編の物語。大人のためのボサノヴァ・スタンダード。」という惹句に違わないアルバムであった。

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LOVE BOSSA!
マリエル・コーマン&ヨス・ヴァン・ビースト・トリオ/澤野工房
Marielle Koeman : vocal
Jos van Beest : piano
Evert J. Woud : bass
Frits Landesbergen : drums



YOUTNBEにはほとんどアップされていないこのアーティスト。多分これ一曲だと思うが、過去のアルバム、「Between You And Me」から ・・・。
「Gentle rain -Marielle Koeman and Jos Van Beest」

          
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by knakano0311 | 2012-10-06 16:49 | おやじの遠足・街歩き | Trackback | Comments(0)

和紙の美しさ、蕎麦の美味さ

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               こんな話をご存知だろうか? 毎年、ある小学校6年生が卒業式が近い冬になると、自分の卒業証書ための和紙を自分で漉くということを ・・・。そんなことを実践しているのが、京都府福知山市、酒呑童子で知られている大江町である。この地は古くから紙漉きの村として大変栄え、一時は200戸余りが和紙造りを生業としていたが、今ではたった一軒が「手漉き丹後和紙」の伝統を守り続けている。その一軒が手漉き和紙の技術や伝統を教える「和紙伝承館」に隣接する「田中製紙工業所」である。今日も子供たちがバスで体験学習に来ていた。何年か前にこの辺りをドライブしていて、偶然に知ったこの店の和紙の美しさに魅せられて、ランチョン・マットやらインテリアなどに妻が使うため求めたが、さすが丈夫な和紙も破損してきたので再び求めるために訪れたのである。さりげなくとても広いとは言えない店の棚に積み上げられているが、大江山周辺で栽培された良質な楮(こうぞ)を原料とし、地区を流れる宮川の水で晒し、一枚一枚丹念に漉き上げられ、山野の草木等によって色づけされた染紙は本当に美しい。五代目となる若い夫婦が伝統を受け継いでいる。遊びの山に「みつまた(三椏、三又)」が生えているので、私も「和紙を一から漉いてみたい」という思いがあるが、あの工程を考えると、二の足を踏むような大変な作業である。我が家から車で2時間ほど。「八重の青垣」といわれるほど美しい山並みを縫ってのドライブであった。

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       さて昼食はといえば、「蕎麦」。この辺りには蕎麦屋が多くあるが、前回来たときも訪れた「鬼ヶそば」でと決める。失礼ながら、古民家というよりは、廃屋に近いような古びた家で、老夫婦が蕎麦を打っているが、これが滅法美味いのだ。「ざる」を注文する。色は黒く、太目で、しっかりした腰がある。故郷信州松本の蕎麦に似ているなと感じた。そして屋号がいい。「鬼ヶそば」。老夫婦の蕎麦に対する心意気をあらわしているような屋号である。昔はこのあたりでも多くの家が蕎麦を栽培していたが、高齢化に伴い、栽培をやめる農家が相次ぎ、今では新潟の方から眼鏡にかなう蕎麦を取り寄せているそうだ。昼をちょっと過ぎた時間だったが、客は我々夫婦二人だけ。蕎麦の話やら和紙の話を聞かせてもらう。帰りには、家の畑で採れたという大好物の「万願寺ししとう」をお土産にまで頂いてしまった。「美しい」、「美味い」、「楽しい」という、「じじばば遠足」の大前提、大原則にかなった「おやじの遠足」であった。

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さあ、秋の夜長のnightシリーズ、とんがったところや引っかかるところはどこにもなく、だからといってイージーに流れるのでないギターなんぞどうでしょうか。「アール・クルー/Earl Klugh」。フュージョン界?、スムースジャズ界?の大御所ギタリスト。ナイロン弦を張ったクラシック・ギター(ガット・ギター)と同じアコースティック・ギターを情感豊かに華麗に奏でる。もちろんピックなどは決して使わないのです。だからと言って、弾けるようなリズム感や躍動感がないわけでは決してありません。私もギターの入り口がクラシック・ギターであったため、「アールクルー風」に弾けたらと思ったことが何回もあります。真夜中に聴いても苦情も出ず、違和感なく聴けるお手本のような演奏で私は好きである。

代表的なアルバムで、ジャズのスタンダードを弾くきっかけになったといわれるアルバムは、「真夜中のギター/Late Night Guitar」(1980)。「煙が目にしみる/Smoke Gets In Your Eyes」、「Like A Lover」、「さらばジャマイカ/Jamaica Farewell」、「Tenderly」、「モナリサ/Mona Lisa」など親しみやすい曲を、MJQのリーダーで知られる「デヴィッド・マシューズ/David Matthews」編曲指揮のストリングス編成のオーケストラをバックに切なく聴かせる。手漉きの和紙のような肌触り ・・・。

Late Night Guitar

Earl Klugh / Blue Note Records



続編ともいえるのは「ナイトソングス/Night Songs」(1985)。

Nightsongs

Earl Klugh / Mosaic Contemporary



アルバム「真夜中のギター」からお馴染みの2曲ほど ・・・・。

「Smoke Gets In Your Eyes - Earl Klugh」

          

「Earl Klugh - Jamaica Farewell」

          
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by knakano0311 | 2012-09-28 21:15 | おやじの遠足・街歩き | Trackback | Comments(0)

久しぶりの標高2,000mの風

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息子夫婦が、「高原の爽やかな風を思い切り吸ってみたい」という。それならばと、実家から車で30分ほどにある標高2000mの火山台地、美ヶ原(うつくしがはら)高原へと向かう。ここは小学校3年生のときに遠足で登って以来、何回となく訪れている高原である。まっ、庭みたいなもの。天気を心配したが、案の定、2000m付近は雲の発生する高さ、あたり一面の霧。晴れていれば、北アルプス、浅間山、八ヶ岳、富士山と360度の雄大なパノラマが見渡せるところであるが、残念ながらこればかりはどうしようもない。霧、風、雨 ・・、しかも気温は16度。熱いコーヒーを飲んで早々に霧ヶ峰へと向かったが、霧ヶ峰もほぼおなじ状態。ヴィーナス・ラインは視界が全く利かず、前後のフォッグランプを点灯して走る始末。この時期、いつもなら広々とした高原に「レンゲツツジ」や「ニッコウキスゲ」などの花が咲き乱れ、ハングライダーやグライダーの飛び交う姿がみられる絶好のハイキング・コースなのに ・・・。楽しみは昼食の「蕎麦」だけとなる。

もうすこし下界に下れば、雲から抜け出せるだろうと思い、白樺湖へと向かう。標高1600m、白樺湖の手前でやっと雲から抜け出すことができた。眼下に広がる美しい景色は、遠目にはまるで日本とは思えないスイスのリゾートのような景色。

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湖畔の周りをゆっくりと散歩して、さわやかな空気を胸いっぱい味わう。やっと息子夫婦のリクエストにこたえることができたようだ。孫娘も正直なもので、霧の中では、ぐずっていたらしいが、爽やかな空気に破顔一笑、元気いっぱい。

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さあ、ロンドン・オリンピックももう間近。「霧が晴れたら、そこにあなたがいた ・・・♪」。霧のロンドンを織り込んだ恋の歌は、「A Foggy Day (In London Town)/霧深き日」。「ジョージ&アエラ・ガーシュイン/George & Ira Gershwin」コンビのスタンダードである。多くのカバーがある中から選んだのは、「ビヴァリー・ケニー/Beverly Kenney」。

「ビヴァリー・ケニー」は1932年1月にニュージャージー州で生まれた。シンガーを志したのは、1950年頃。「アニタ・オデイ/Anita O'Day」、「クリス・コナー/Chris Connor」や「ジューン・クリスティ/June Christy」、「ジュリー・ロンドン/Julie London」らより少し遅れて登場した歌手と言ったら時代の位置付けがわかっていただけるだろうか。しかし、私が彼女を知ったのは、そのずっと後、今から10年ぐらい前の話で、日本で彼女の復刻盤が出始めたころである。その端正な美貌と、ちょっと舌足らずの甘い声に魅かれてファンとなったのだが、まさか、たった6枚のLPを残して、28歳の若さで自ら命を絶ってしまっていたという悲劇の歌手とは ・・・。死因も死亡年月日も永らく分からなかったらしいが、最近の研究によると、1960年4月13日の夜、離婚した両親それぞれと、彼女のマネージャーに遺書を残し、許容量以上の睡眠薬と酒を服用して死の床についたという。

二人でお茶を +1 (紙ジャケット仕様)

ビヴァリー・ケニー / SSJ

  

「beverly kenney - a foggy day (in london town)」

          
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by knakano0311 | 2012-07-19 16:14 | おやじの遠足・街歩き | Trackback | Comments(0)