大屋地爵士のJAZZYな生活

カテゴリ:訃報を聞いて( 58 )

ロックンロールの父 チャック・ベリー死す

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 「ロックンロールの父」と呼ばれる米ミュージシャンの「チャック・ベリー/Chuck Berry」が18日、90歳で米ミズーリ州の自宅で死去したと各紙が伝えた。「ジョニー・B・グッド/Johnny B. Goode」、「スイート・リトル・シックスティーン/Sweet Little Sixteen」、「ロール・オーバー・ベートーベン/Roll Over Beethoven」、「ロックン・ロール・ミュージック/Rock and Roll Music」など数多くのヒット曲で知られる。

 1926年、ミズーリ州セントルイス出身。人種で分離された地区で、ゴスペルやブルース、リズム&ブルース、カントリーなどを聞いて育った。黒人差別の激しかった時代、荒れた青春を送っていたが、1955年に「メイベリーン/Maybellene」で全米デビューし、人気歌手に。特徴的なギター・リフを使った音楽スタイルは、「ビートルズ/The Beatles」や「ローリング・ストーンズ/The Rolling Stones」など、多くのミュージシャンに影響を与えた。また、社会的メッセージが込められた数々の歌は、1950~60年代の若者に共感された。80歳を超えて以降もステージ活動を続けたという。(3月20日朝日新聞などから)

 我々と同時代の多くの学生バンドh彼の演奏や歌をコピーしたものである。かくいう我がバンドも、たしか「ロックン・ロール・ミュージック」が、レパートリーの一つであったように記憶している。

「Chuck Berry - Johnny B-Goode」

          

 もう一つ、「チャック・ベリー」と「ジョニー・B・グッド」の思い出といえば、「ロバート・ゼメキス/Robert Zemeckis」監督のSF映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー/Back To The Future」(1985年)の一シーン。親友の科学者ドク(クリストファー・ロイド/Christopher Lloyd)の発明したタイムマシンで、1985年から1955年にタイムスリップしてしまった高校生のマーティ(マイケル・J・フォックス/Michael J. Fox)。マーティの父・ジョージと母・ロレインが結婚のきっかけを得たプロムで「ジョニー・B・グッド」を飛び入り演奏するシーンである。この演奏を聴いてびっくりしたチャックのいとこのバンドマン、マーヴィンがチャックに電話するというシーンには思わず大笑いし、感心してしまった。

「ジョニー・B・グッドを歌うマイケル・J・フォックス(バック・トゥ・ザ・フューチャーより)」

          

 その歌で、また映画のパロディで若き日の私を楽しませてくれた「チャック・ベリー」。

 合掌 ・・・。
  


  
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by knakano0311 | 2017-03-20 21:52 | 訃報を聞いて | Trackback | Comments(0)

ボサノバの布教者、ピエール・バルー逝く

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年末に突然飛び込んできた訃報。

『フランスのミュージシャンで俳優のピエール・バルーさんが28日、心臓発作のためパリの病院で死去した。82歳だった。クロード・ルルーシュ監督の映画「男と女」(66年)に出演。「ダバダバダ~」のスキャットで知られるフランシス・レイ作曲の主題歌で作詞と歌を担い、世界中でヒットした。ブラジル音楽のボサノバを仏に広めたことでも知られる』(朝日新聞より)

「ピエール・バルー(Pierre Barouh)」。数少ないわたし御贔屓の男性歌手であった。わたしも同じ「ダルトニアン(色覚異常者)」ということで、親近感もあった。

「ピエール・バルー」。私がBossa Novaに魅せられたのは、「クロード・ルルーシュ/Claude Lelouch」監督の映画「男と女/原題;Un homme et une femme 」(1966)からである。劇中、ヒロイン「アヌーク・エーメ/Anouk Aimée」のかっての夫で、命を落とすスタントマン役が「ピエール・バルー」であった。バルー自ら劇中で歌う、ダバダバダ・・・で始まる有名な「男と女」のテーマ曲、ボサノバとその創始者たちへの「讃」でちりばめられた「サンバ・サラヴァ(男と女のサンバ)/Samba Saravah 」。映画の素晴らしさは勿論、当時初めて聴くボサノバ、その新鮮な衝撃は今でも憶えている。(参照拙ブログ「ピエール・バルー   ~ダルトニアンに生まれて~ 」
「男唄に男が惚れて(5) ~バルー、サルバドール、セグンド 人生の達人たち~ 」 など)

遠くを見つめているその眼差し。
あなたがいたから、今、私たちはボサノヴァを楽しめる。
感謝。  
そして合掌 ・・・。

男と女 オリジナル・サウンドトラック 2016リマスター・エディション

フランシス・レイ/ピエール・バルー他 / 日本コロムビア



「Francis Lai, Nicole Croisille, Pierre Barouh - Un homme et une femme」

          
 

「Pierre Barouh - Samba Saravah」


          
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by knakano0311 | 2016-12-30 13:32 | 訃報を聞いて | Trackback | Comments(0)

伝説的シンガー・ソングライター、「レナード・コーエン」逝く 

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カナダ出身のシンガー・ソングライターで、詩人や小説家としても活躍したレナード・コーエン氏が死去したことが10日、同氏のフェイスブックで発表された。82歳だった。

声明は「深い悲しみとともに、伝説的な詩人、シンガー・ソングライター、アーティストであったレナード・コーエンが死去したことをお知らせする。われわれは、音楽界で最も崇拝され、多くの作品を残した才能豊かなアーティストの一人を失った」としている。

「ハレルヤ」や「さよならマリアンヌ」などの代表曲があり、渋いしゃがれ声で世界中のファンを魅了した。詩人・小説家としても知られる。自己の内面などを歌い上げ、「ノーベル文学賞にふさわしい歌詞を書くミュージシャン」と評価する声もあった。(NETより)

「レナード・コーエン/Leonard Norman Cohen」。1934年カナダ・モントリオール生まれ。20代の頃は詩人、小説家として活躍するが、30代半ばの68年、自らシンガー・ソングライターとしてレコード・デビュー。デカダンな雰囲気で特にヨーロッパで絶大な人気を獲得。日本でも熱心なファンも多い。過去30年間に記した詩集、小説、そして12枚に及ぶアルバムを通じて、人間の奥深くに潜む内面世界の謎を認識し、それに対する自分のメッセージ、ヴィジョンを発し続けてきた。70歳を超えてもアルバムをリリースするなど精力的に活動中。漂白の詩人、異端のシンガーソングライターと呼ばれ、後の世代に多大な影響を与えている。奇しくも今年のノーベル文学賞は、「ボブ・ディラン/Bob Dylan」が受賞した。

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私もこのブログで何回かとりあげたことがあり、ダミ声が大好き人間の私にとって、彼は、「ジョー・コッカー/Joe' Cocker」、「トム・ウェイツ/Tom Waits」などとならんで、好きなアーティストの一人であった。そして、彼の代表曲の一つ、「Dance Me To The End Of Love(邦題;哀しみのダンス)」は、私の音楽的持病「特定曲症候群」を発症させる曲でもあった。(参照拙ブログ 「60歳過ぎたら聴きたい歌(15) ~ Dance Me To The End Of Love~」

原詞も訳詞も難解で、宗教的な背景があることはわかるが、詩が何を意味するのか、実際のところほとんど何も分からない。そして、陰々滅々たる歌い方は、まるでファドかシャンソンを聴いているよう。意味がわからないまま、コーエンのこの歌唱は、病み付きになるほど心に染み入る名唱であった。

モア・ベスト・オブ・レナード・コーエン

レナード・コーエン / ソニーレコード



【 Dance Me To The End Of Love/哀しみのダンス 】
 
              Leonard Cohen 作詞作曲 滝上よう子 訳詩(ライナー・ノーツから)

「♪ 情熱のヴァイオリンにあわせ踊らせてください
    どんなに辛くとも神に召されるまで踊りましょう
    どうか私の鳩になって安らぎを与えてください
    愛が果てるまでおどりましょう

    たとえみんな去ってしまっても踊り続けましょう
    バビロンの人達のようにあなたのお姿を感じたいのです
    あなたの愛は永遠だと教えてください
    愛が果てるまでおどりましょう

       ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・    ♪」

「Leonard Cohen's song "Dance Me To The End of Love」

           

そして、今年の「伊勢志摩サミット」の時にも、このブログで取り上げた記事。その中で触れた危機感、「ドナルド・トランプ/Donald Trump」米国大統領、フランス人至上主義を掲げる右翼政党・国民戦線の党首、「マリーヌ・ルペン/Marine Le Pen」フランス大統領、英国のEU離脱のうち2つが、実現してしまった。(参照拙ブログ「明るいミライが思い浮かばない」) いやな、予感があたってしまったのだ。

やりきれないほどの暗い未来を歌っているコーエンの歌がある。「ザ・フューチャー/The Future」。同名のアルバム、「The Future」(1992)にも、「モア・ベスト・オブ・レナード・コーエン」にも収録されている。こんな歌を残して逝ってしまったコーエン。

合掌 ・・・。

【 The Future 】  By Leonard Cohen

「♪ Give me back my broken night    壊れちまった俺の夜を返せ
   My mirrored room, my secret life   俺の鏡張りの部屋も、俺の秘密の生活も
   It's lonely here                 ここでは俺、たった一人だ
   There's no one left to torture      拷問する輩もいない
   Give me absolute control         絶対的な支配権を俺に与えろ
   Over every living soul           他のすべての生きた魂や
   And lie beside me, baby          私の周りにある嘘を支配する力を
   That's an order!                ベイビー、それは、命令だ!

   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・             ・・・・・・・・・・・・・

  Give me back the Berlin wall        ベルリンの壁を返せ
  Give me Stalin and St. Paul         スターリンも聖パウロも
  I've seen the future, brother:        自分は未来を見てきた
  It is murder                   それは殺人だ
   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・       ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・   ♪」

Future

Leonard Cohen / Sony



「Leonard Cohen - The Future」

          
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by knakano0311 | 2016-11-12 15:38 | 訃報を聞いて | Trackback | Comments(0)

ジャズ・ハーモニカのレジェンド逝く ~ トゥーツ・シールマンス ~

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ベルギーのジャズ・ハーモニカ奏者、「トゥーツ・シールマンス/ "Toots" Thielemans」氏が、22日、ベルギーの病院で死去、94歳。転倒で入院していたが、死因は老衰とされる。

1922年、ブリュッセル生まれ。3歳でアコーディオンを学んだ後、ハーモニカを始めた。1950年にクラリネット奏者の「ベニー・グッドマン/」の欧州ツアーに参加し、国際的にも知られる存在となった。1952年に渡米。「チャーリー・パーカー/Charles Parker」や「マイルス・デイビス/Miles Davis」、「エラ・フィッツジェラルド/Ella Fitzgerald」、「ビル・エヴァンス/Bill Evans」らジャズ界のスターだけでなく、「ポール・サイモン/Paul Simon」、「ビリー・ジョエル/Billy Joel」 など、POS界のビッグ・ネイムとも共演し、ジャズ界の「伝説的なハーモニカ奏者」として不動の評価を得た。米国の子供向け番組「セサミストリート」のテーマ曲を演奏したことでも知られる。5年ほど前、最後の来日公演も行った。「ビートルズ/The Beatles」の「ジョン・レノン/John Lennon」はトゥーツの演奏を見て影響を受け、そのスタイルに憧れたひとりであるという。

ハーモニカという、地味で異色の楽器による演奏をジャズ界に広めた功績は讃えられよう。

合掌 ・・・・。

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さて、今宵は彼を偲んで、もうひとりのヨーロッパJAZZ界、大御所、JAZZヴァイオリンの先駆者として、また「ジャンゴ・ラインハルト/Django Reinhardt」の相方としても知られる「ステファン・グラッペリ/Stéphane Grappelli」とのコラボ・アルバム、「Bringing it together」を引っ張り出してきた。彼もまた、1997年に亡くなるまで、長年にわたって、ジプシー・スウィングとして特徴的な楽器で、ジャズ・ヴァイオリニストの第一人者で有り続けた。

ヴァイオリンとハーモニカ、ともに唯一無二の存在で、ヨーロッパ・ジャズのパイオニアにして大御所であるグラッペリとシールマンスのなんと初共演だというアルバム。1984年5月サンフランシスコ録音で、「ジプシー・スウィング」の薫りを色濃く宿しながら、アメリカン・ジャズとは一味も二味も違う雰囲気で、スタンダード・ナンバーを小粋にスウィングさせる。

Bringing It Together

Stephane Grappelli & Thielema / Lisem Records


   
「Stephane Grappelli & Toots Thielemans - As Time Goes By」

          

そしてなんといっても忘れられない演奏が、「高倉健」主演の映画、「夜叉」の全編を流れる哀切極まりない演奏。

夜叉

サントラ / ダブリューイーエー・ジャパン



「Toots Thielemans & Masahiko Sato - YaKsa Soundtrack (1984)」
 
         
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by knakano0311 | 2016-08-23 14:06 | 訃報を聞いて | Trackback | Comments(0)

私をヨーロッパ・ジャズへと導いてくれた

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ジャズ・プロデューサーの「木全 信(きまた・まこと)」氏が、27日、心筋梗塞のため死去、78歳。アート・ブレイキー、ケニー・ドリュー、ベニー・ゴルソンの作品など、300枚以上のジャズアルバムを制作し、米グラミー賞にも2度ノミネートされた。

こんな訃報が新聞に載った。思い起こせば、私のヨーロッパ・ジャズ、特にピアノへの関心の扉を開いてくれたのは彼だったような気がする。

ニューヨーク出身ではあるが、欧州で音楽活動を続けている「ケニー・ドリュー/Kenny Drew」を初めて聴いたとき、水彩画風のジャケットを含め、アメリカン・ジャズには感じられなかったメロディアスなタッチに新鮮さを感じて、夢中になって行ったような気がする。

そして、「オイゲン・キケロ/Eugen Cicero」、「ヨーロピアン・ジャズ・トリオ/The European Jazz Trio」、その初代ピアニストだった「カレル・ボエリー/Karel Boehlee」。静謐、詩情、典雅、陰翳、哀切、古典 ・・・。間違いなくヨーロッパ・ジャズへの入口であった。

確かに木全氏プロデュースのものは聴きやすく、曲もメロディアスでいい。私のように、彼のアルバムに出会い、それからヨーロッパ・ジャズへ導かれた人も多いのではないでしょうか。

感謝、そして合掌 ・・・。


バイ・リクエスト

ケニー・ドリュー / SMJ



「Kenny Drew - By Request フルアルバム」

          


風のささやきヨーロピアン・ジャズ・トリオ・フィーチャリング・アート・ファーマー / / エム アンド アイ カンパニー



「Art Farmer & European Jazz Trio - The Windmills of Your Mind」

          


ブルー・プレリュード

カレル・ボエリー・トリオエムアンドアイカンパニー



「KAREL BOEHLEE TRIO - Blue Prelude」

          

  


 
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by knakano0311 | 2016-08-02 10:20 | 訃報を聞いて | Trackback | Comments(0)

音のパイオニア 冨田勲氏逝く

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作曲家・編曲家で、シンセサイザー・アーティストの「冨田勲」さんが、5月5日に慢性心不全で亡くなったと報じられた。84歳でした。

冨田さんは、1950年代、慶應義塾大学文学部在学中に作曲家として活動を始め、NHK大河ドラマの第1作「花の生涯」や手塚治虫アニメ「ジャングル大帝」「リボンの騎士」の音楽などを手がけ、1970年代からはシンセサイザーをいち早く導入。日本人で初めてアルバム、「月の光」が、米グラミー賞にノミネートされるなど、世界的な評価を受けていた。

初期のころ、作曲家として活動する一方、従来のオーケストラという演奏形態に飽きたらず、新たに出現してきた電子機器と古典的な楽器を融合させるなど、様々な音楽の可能性を追求していた。その後、1969年にモーグ・シンセサイザーと出会ったことが大きな転機となり、これ以降は古典的名曲をシンセサイザーによって現代的な解釈を加えて発表するという活動が中心となった。当時、楽器として輸入しようとしたところ、日本ではシンセサイザーがほとんど認知されていなかったので、税関から軍事機器(むしろアナログコンピュータそのものであろう)と疑われ、楽器であることの証明に長い時間がかかったという。モーグには説明書が付属していなかったので、使い方が全くわからずに苦戦し、「高いだけの鉄くずを買ってしまった」と後悔したことも。 その後、自宅にマルチトラックレコーダーも備える電子音楽スタジオを設置し、電子音による管弦楽曲の再現を試行錯誤しながら、数々の作品を作曲・編曲した。

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1974年には日本人として初めてグラミー賞にノミネートされた。そのレコード「月の光 - ドビッシーによるメルヘンの世界」が国内に逆輸入され、日本でも火が付いたという。次作の「展覧会の絵」は、ビルボード・キャッシュボックスの全米クラシックチャートの第1位を獲得、さらなる次作の「火の鳥」は、ビルボード全米クラシックチャート第5位を、さらにその次作の「惑星」もビルボード全米クラシック部門で第1位にランキングされた、「イサオ・トミタ」の名は、広く世界に知れ渡るところとなった。(Wikipediaによる)

わたしは当時就職したばかりのころ、アルバム「月の光」が異例のベストセラーになったということ、シンセサイザーという言葉に興味を覚え、どんな音だろうと聴きたくなってLPを買ったことを鮮明に覚えている。

すべてに衝撃的で革新的だった音のパイオニア、「冨田勲」氏。私の青春の音楽史の一ページに登場した音楽家でもあった。

合掌 ・・・ 。

月の光 - シンセサイザーによるメルヘンの世界(期間生産限定盤)

冨田 勲 / SMJ


 

「冨田勲 -月の光」  Isao Tomita / "Clair de Lune"」


          
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by knakano0311 | 2016-05-08 17:24 | 訃報を聞いて | Trackback | Comments(0)

ピアノの詩人、ジョン・テイラー逝く

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「ピアノの詩人」と称されるイギリスのジャズピアノ奏者、「ジョン・テイラー/John Taylor」氏が7月に亡くなったという。私はつい最近までそのことを知らなかった。

『ジョン・テイラー氏(英ジャズピアニスト)、フランス西部スグレで17日に開かれた音楽祭で演奏中に心臓発作を起こし、18日死去、72歳。音楽祭の主催者が明らかにした。家族は主催者を通じ「音楽祭で演奏されている音楽が彼にとって最高の弔辞だ」とコメントした。・・・・』

「ジョン・テイラー」。1942年生まれ、イギリス・マンチェスター出身のジャズピアノ奏者、作曲家。音楽一家で育ち、幼少からピアノをマスターしたという。1964年ロンドンに出て、多くのアーティストと共演。1971年トリオを結成し、初リーダー作「Decipher(日本タイトル;覚醒)」を発表。モード手法を基盤としたスピード感溢れる高度なインタープレイを披露した。「ピアノの詩人」と称されるように、欧州ピアニストの例に漏れず、クラシックをベースにした気品あふれる演奏でファンを魅了。現在までにECMレコードに多くの録音を残していることもうなづける。彼の元妻が英ジャズ歌手、ヴォーカリスト、「ノーマ・ウィンストン/Norma Winstone」である。(参照拙ブログ「鹿や猪はこんな事をしない」

奇しくも1年前の7月には、私が最高のジャズ・ベーシストと思っている、「チャーリー・ヘイデン/Charlie Haden」が他界している。ヘイデンとテイラーには、「ナイトフォール/Nightfall」(2003)という素晴らしいデュオ・アルバムがある。ベテランの二人が奏でるのは「美しさと静謐にみちた黄昏」といった表現がぴったりのアーティスティックなアルバム。二人を偲んで献杯。

そして、合掌 ・・・・。

ナイトフォール(NIGHTFALL)

チャーリー・ヘイデン&ジョン・テイラー / ライス・レコード



「Bittersweet - Charlie Haden & John Taylor」
 
          
 
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by knakano0311 | 2015-08-25 00:15 | 訃報を聞いて | Trackback | Comments(0)

まさにキングだった ~ B・B・キング逝く ~

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「キング・オブ・ブルース」こと、ブルース界の巨匠「B・B・キング/B. B. King」氏が14日死去した。89歳。先月、このブログでとりあげたばかりである。(参照拙ブログ「気がつけばもう13万kmに ・・・」

1925年、ミシシッピ州生まれ。1950年代から現在まで第一線で活躍してきた米国を代表するブルース・ギタリストで歌手。米メディアなどによると、20年以上患っていた糖尿病による脱水症のため、4月上旬に緊急入院。その後、回復することなくなくなったという。昨年10月、ツアー中に体調を崩し、脱水症と診断され、残る公演を中止していたという。なんと88歳までツアーをしていたとは ・・・。

1087年、ロックの殿堂入り。「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100人のギタリスト」で、2003年は3位、2011年(改訂版)では6位と高い評価を得ている。「エリック・クラプトン/Eric Clapton」や「ジェフ・ベック/Jeff Beck」など多くのギタリストに影響を与えた。

だいぶ昔のことだが、NYへの出張。ハーレムのアポロ・シアターに「B・B・キング」がかかっているという。もちろん仕事優先、どうしてもスケジュールの都合がつかず、諦めたことがある。まさに「キング」だった。

献杯、そして合掌 ・・・。

「B. B. King - The Thrill Is Gone (Live at Montreux 1993)」

          



 
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by knakano0311 | 2015-05-15 17:11 | 訃報を聞いて | Trackback | Comments(0)

この一曲にて光輝く ~ ベン・E・キング逝く ~

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訃報のニュース。

「スタンド・バイ・ミー/Stand By Me」のヒットで知られる米R&B歌手の「ベン・E・キング/Ben E. King」氏が4月30日、米ニュージャージー州の病院で、老衰(自然死)のため死去した。76歳だった。

「ベン・E・キング/Benjamin Earl King」。米ノースカロライナ州出身。1958年に黒人コーラス・グループ、「ドリフターズ/The Drifters」の一員となり、「ラストダンスは私に/Save the Last Dance for Me」などのヒットを歌った。ソロに転じた後の1961年には、「スタンド・バイ・ミー」を発表し、世界で大ヒット。後に「ジョン・レノン/John Lennon」ら多くのアーティストによってカバーされたほか、1986年には、「スティーブン・キング/Stephen King」の短編小説を原作にした映画「スタンド・バイ・ミー」(「ロブ・ライナー/Rob Reiner」監督)の主題歌としてリバイバル・ヒットした。今年3月には米議会図書館が「20世紀に最も放送された曲の一つ」と評価し、保存対象のリストに加えたという。

Stand By Me

Ben E King / Not Now UK



スタンド・バイ・ミー―恐怖の四季 秋冬編 (新潮文庫)

スティーヴン・キング / 新潮社



スタンド・バイ・ミー コレクターズ・エディション [DVD]

ソニー・ピクチャーズエンタテインメント



もちろん映画も観たし、本も読んだし、カラオケでもよく歌った。
この一曲にて永遠に光り輝く。合掌 ・・・。

【 Stand By Me 】    作詞・作曲  B.King/J.Leiber and M.Stoller

「♪ When the night has come            夜が訪れ
   And the land is dark                あたりが闇に包まれて
   And the moon is the only light we'll see  月明かりしか見えなくたって
   No, I won't be afraid                恐れることなんてないさ
   Oh, I won't be afraid                怖がることなんてないさ
   Just as long as you stand,            君がずっとそばにいてくれたら
   stand by me                      ずっとそばに ・・・

   So darling, darling                 だから、そばにいてくれないか
  Stand by me, oh stand by me         ずっとずっと
   Oh stand, stand by me              いつまでも
   Stand by me                      そばにいてほしいんだ
   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・                  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ♪」

「Stand By Me by Ben E. King」

          
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by knakano0311 | 2015-05-04 14:15 | 訃報を聞いて | Trackback | Comments(0)

再びJAZZを聴き始めるきっかけだった ~ MJQ、ルー・ソロフ逝く ~

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「ルー・ソロフ/Lew Soloff」。言わずと知れた「マンハッタン・ジャズ・クインテット/Manhattan Jazz Quintet (MJQ)」のトランペッター。この3月8日に亡くなったのですが、法事でバタバタしていたため、その訃報を知らなかった。ひと月遅れの「訃報を聞いて」です。

「ルー・ソロフ」は1944年ニューヨーク生まれ。14歳でトランペットを始め、ジュリアード音楽院を卒業後、1968~73年にブラス・ロックで一世を風靡した「ブラッド・スウェット&ティアーズ/Blood, Sweat & Tears」に参加。そして「ギル・エヴァンス/Gil Evans」のオーケストラにはギルが亡くなるの1988年まで参加して、そのサウンドを支えた。1984年結成の「マンハッタン・ジャズ・クインテット」でもハード・バップ・トランペッターとして人気を博した。

前日の7日夜に、ニューヨークで娘の家族とともに夕食を食べた後、帰宅途中に突如心臓発作で倒れ、緊急治療を行うものの、翌8日午前1時頃に亡くなったようです。71歳。

わたしが「ルー・ソロフ」を知ったのは、MJQの第2作「枯葉」。もちろん「ブラッド・スウェット&ティアーズ」も好きでよく聞いていたが、トランペッターにまで関心が行かなかった。青春時代にJAZZに夢中になったが、就職、結婚、家庭としばらくJAZZから離れていた時期に聴いたのが、このアルバム「枯葉」。凄まじくキレのあるソロフのトランペット。このアルバムを聴いて衝撃を受け、再びJAZZを聴き始めるきっかけともなったのである。くわえて、MJQ、MJOのライブの思い出も懐かしい。

献杯、合掌 ・・・・。

ウィズ・ア・ソング・イン・マイ・ハート

ルー・ソロフ / メディアリング



「Lew Soloff - With a song in my heart」

          

一世を風靡したブラス・ロックの雄、「ブラッド・スウェット&ティアーズ」。

Blood Sweat & Tears

Blood Sweat & Tears / Sony



「Blood, Sweat & Tears - Spinning Wheel」

          

1950年~60年代にかけて、JAZZ界の主流であったハード・バップ、ファンキーを新しい感覚で80年代に再現し、圧倒的な支持を受けたのが「マンハッタン・ジャズ・クインテット/Manhattan Jazz Quintet (MJQ)」であった。デビュー時のパーソネルは、「デビッド・マシューズ/David Matthews(P)」、「ルー・ソロフ/Lew Soloff(Tp)」、「ジョージ・ヤング/George Young(Ts)」、「チャーネット・モフィット/Charnett Moffett(B)」、「スティーヴ・ガッド/Steve Gadd(Ds)」。

斬新なアレンジと、強力なメンバーによるソロをフィーチャーして、人気を集めたクインテットの第2作目「枯葉」、5作目「ザ・サイドワインダー」から。

枯葉

マンハッタン・ジャズ・クインテット/キングレコード



「Recado Bossa Nova - Manhattan Jazz Quintet」

          

ザ・サイドワインダー

マンハッタン・ジャズ・クインテット / キングレコード



「Manhattan Jazz Quintet - The Sidewinder」

          
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by knakano0311 | 2015-04-12 09:51 | 訃報を聞いて | Trackback | Comments(0)