大屋地爵士のJAZZYな生活

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【Reflection;反射、反映】  ~ 和魂洋才・ダンディズム ~ 

前々回、今年の音楽界の総括として、次のような一文を引用した。

中高年は「青春の音楽」に回帰した。3万5千人を集めた、吉田拓郎とかぐや姫による31年ぶりの「つま恋」コンサートは、社会現象に近いものだった。この年代のファンは、次々と復刻される旧作をまとめ買いするなど、CD購買意欲が旺盛で、若者と違った音楽市場を形作った。

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この記事を象徴するようなアルバムが発売された。「寺尾聰/リ・クール・リフレクションズ」。
1981年 バブルの初期、日本レコード大賞受賞を受賞したあの大ヒット曲「ルビーの指環」を含む、これまた確か165万枚LPが売れたという、大ヒットアルバム、「レフレクションズ」を同じ曲目、順番で新しく録音しなおしてのリリース。久しぶりにオリジナルの「リフレクションズ」と聞き比べてみた。全く別のアルバムといっていい。それほどアレンジの完成度が高い。

「寺尾聰」。1947年生まれ、59歳、まさに「団塊の世代」である。当時、「ほんとうにいい曲ばかり」とびっくりし、何回も、何回もそれこそ擦り切れるまでLPを聴いた。この新作、25年ぶりに、カリビアン、ボサノヴァ、ジャズなど心地よいアレンジで綴られているが、相変わらずの「寺尾わーるど」は健在。ひとつひとつの歌の歌詞も今聴いても粋で、せつなく、JAZZYおじさんには堪えられません。「渚のカンパリ・ソーダ」、「Shadow City」、「ダイヤルM」、「北ウィング」、「出航 SASURAI」・・・。25年前のあの気分が甦る。このCD、「企画力に勝負あった、脱帽!!」。
歌謡曲というには、お洒落で渋過ぎるし、ロックとよぶには派手なギンギンさはなく、J-POPSという軽いジャンルにも当てはめたくない。勿論、JAZZYではあるが、JAZZではない。「寺尾わーるど-ダンディズム」とよぶしかなさそう。

Reflection;【名詞】;反射、影、反映、反射光、反響、鏡映、映像、反転、対称移動、裏返し、よく似た人[物]

Reflections
寺尾聰 / / 東芝EMI
ISBN : B00005HQL3
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Re-Cool Reflections
寺尾聰 / / A&A
ISBN : B000K4X3B4
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「寺尾聰 - Re-Cool ルビーの指環」

          

ここ数年来のことであるが、政界、財界、金融界、産業界、教育界、問わずに「恥をしれ!!」という情けないTOPの不祥事、企業の不祥事の記事がおどる。最近は特に目に付く。今日は、士魂の人、同郷松代出身の「栗林忠道中将」を主人公に描いた、クリント・イーストウッド監督の「硫黄島からの手紙」を観たからその感がつよいのだろう。
クラシック、JAZZの世界では言うまでもないが、寺尾聰をはじめとして、谷村新司、サザン・オールスターズ、ユーミン、中島みゆき、などPOPSの世界でも、「和魂洋才」を持ち、世界に通用するレベルの一流のアーチストがたくさん育ってきたのに、政治も経済もその世界の人たちは二流という感が強くする。「何故か?」。その答えを、「文芸春秋 1月号」の、「藤原正彦」氏の「国家の堕落」という一文に見出すことが出来る。
まさに藤原氏のいうとおり、バブル以後、「自己責任」、「規制緩和」に名を借りた、米国流競争原理、成果主義、株主最優先の会計制度、経済効率一辺倒の政治の行き着く先、悪しき「自己中心主義社会」が見えてきた感じ。バブルの化けの皮がはげた後は、「国家」そのものが二流化していくという恐ろしい予感。これも、我々の選択の結果の「レフレクション」である。

このアルバム、「リフレクションズ」、「リ・クール・リフレクションズ」に盛り込まれた世界は、25年経っても色あせないのに・・・・・・。

映画「硫黄島からの手紙」。名画である。彼の日本人の描き方に違和感は全く感じなかった。渡辺謙らのアドバイスがあったにせよ、米国人の監督に、ここまで日本人が描けるなんて。クリント・イーストウッドはやはり名監督。「和魂」を彼に教えてもらいますか?
彼の描く「栗林忠道」も、「和魂洋才、ダンディズム」を備えた人。

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もう日本では「死語」になってしまったかも知れない二つの言葉、「和魂洋才」、「ダンディズム」・・・・・・。

【追記】

1月2日NHK総合TV「SONGS」で、「リ・クール・リフレクションズ」の特集&ミニ・コンサートをやっていた。NHK・バージョンで「ハバナ・エクスプレス」、「二季物語」、「北ウィング」、「出航 SASURAI」、「ルビーの指輪」が演奏された。インタビューワー、小泉今日子の「前回と今回のリフレクションで気持ちの持ち方の違いは?」という質問に答えて、「前回は自分の歌が広く受け入れられる、言い換えれば、沢山のレコードが売れればいい、ということを考えていた。今回は、狭くてもいいから、リスナーの心に深く届けばいい、と願って録音した。」
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by knakano0311 | 2006-12-29 00:34 | おやじのジャズ | Trackback(1) | Comments(2)

我が家の歳時記に   ~ 聖夜(ノエル)の晩餐 ~ 

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我が家の歳時記に1つ加わりました。「聖夜の晩餐」。1日早いイブでしたが、私が時折行く、8人も入れば一杯になる、隠れ家的なプチ・フレンチ・レストランで妻と食事。子供が幼い頃は、家でのX’mas、長じてからは、会社での付き合いが忙しく、この時期はほとんど忘年会の連続。
定年になって初めて、X’masを妻と外で食事という経験をしました。このプチ・レストラン「Giro」は、「普通のフランス人が食するフレンチを、リーゾナブルな料金で味わってもらう」という、オーナー・シェフのこだわり、心意気が見事で数年前から寄せてもらっている。パンからデザートまですべて手作り、ワインを1本あけても、ひとりCD2枚程度のお値段である。「おいしかった。旨いものを食べたなあ。」という笑顔で、いつも店を出ることができる。

この日のメニューは、「Menu de Noel」。「フォアグラのテリーヌ」に始まり、「カリフラワーとりんごのヴルーテ」ときて、ジャポネ風のだしのおいしさが、口いっぱいにひろがる「あんこうのパヴェのロティ ブイヤベース風」。メインはジビエ、「仏産鳩の椎茸包み焼き タイム風味グレーピーソース」、最後は「苺のミルフィーユ バニラアイスクリーム 苺のクーリー」。食べること、食べられることの幸せを堪能したノエルの晩餐であった。歳時記入り決定である。

私は昭和21年生まれ。あの戦後の食い物の乏しい、貧しい時代に、少年時代を送っているので、元来食べることが出来ればそれで幸せ、グルメなんか無縁という方に組する人間であった。
それが、海外出張を繰り返すうちに、欧州或いは中国の人々の「ゆっくりと食事と人生を楽しむ」という、「食」に対する考え方に接し、考え方が変わってきた。今では、海外出張の最大の楽しみは、「今日は、どんな料理を食わしてくれるのか」、わくわくするくらいの楽しみである。

中国。4千年の「食」の歴史。「食は広州に在り」という広州の市場に行ったことがある。ややグロテスクなものもあるが、「足のあるものは机以外、羽のあるものは飛行機以外なんでも食べる」という広州の食材のその豊富なこと、かれらの喰うことに費やす執念ともいえる情熱を感じること実感できます。さてその広州での経験。「さそりの串焼き」、ゴキブリそっくりな「田がめのから揚げ」くらいは序の口。レストランの入り口においてあるバスケットに入っている生きた蛇を持ってきて「どれを食いますか」には本当に参った。まあ姿焼きは勘弁してもらって身をほぐしてある料理を食べましたが、鳥のささ身に近い食感であった。アリゾナ州でもガラガラ蛇を食した時も同じ食感でした。さらに「熊の手」と続き、「猿の脳みそ」をすすめられたときは、さすがに「ごかんべんを!」と懇願しましたが・・・。こう書くと何か映画を思い出しませんか?そう、あの「インディ・ジョーンズ第2作 魔宮の伝説」でマハラジャの宮殿の晩餐会で出たメニューですよ。あれは実在のメニューだったのではないでしょうか。

カーティス・フラーが、トミー・フラナガンやズート・シムスをまじえて陽気に演奏を繰り広げる「サウス・アメリカン・クッキン」。「枯葉」、「ベサメ・ムーチョ」、「ワンノート・サンバ」などおなじみの曲。

サウス・アメリカン・クッキン

カーティス・フラー / ソニーミュージックエンタテインメント




ジャズオルガンの名手、「ジミー・スミス」が繰り広げる、クリスマスにちなんだ曲をJAZZの味付けで料理した世界。たまにはこんなアルバムをキャンドルライトの下で・・・・。

クリスマス・クッキン
ジミー・スミス / / ユニバーサルクラシック
ISBN : B00005HPW0
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by knakano0311 | 2006-12-24 23:58 | 我が家の歳時記 | Trackback(19) | Comments(0)

続々・いもたこなんきん

我がワイフのJAZZ生活の「覗き見」報告、「いもたこなんきん」の続々編。

やはり、ボサノバを主体とする、Smooth Jazz がお気に入りのようである。私のミューズでもある「ダイアナ・クラール」の一連のアルバム、一度「おとなの隠れ家」の稿で紹介したフランスの歌姫「パトリシア・カース/ピアノ・バー」、日本人ユニットであるがあまり知られていない「井上マキ」のボーカルをフィーチャーした「Love Notes/The Gift Of Love Notes」。「The Gift ・・・・・・」では、「Day By Day」、「ムーンライト・セレナーデ」など「愛」をテーマのスタンダードがボサノバのノリで楽しめるが、あの「リカード・ボサノバ」の軽快な弾けかたが心地よいみたい。


ピアノ・バー
パトリシア・カース / ソニーミュージックエンタテインメント
ISBN : B00006IIFF
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The Gift of Love Notes
Love Notes / / インディペンデントレーベル
ISBN : B0000690V9
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さらに、日本人JAZZ歌手の中で私が最も期待している若手「MAYA」も「いもたこなんきん」のお仲間入り。 その「MAYA」を含むユニット「azz-one」がJ-POPSをジャズ、ボサノバのアレンジで聞かせるアルバム「azz-one/ Everything」もお気に入り。特にポルトガル語で歌うユーミンの「卒業写真」、松田聖子「Sweet Memories」の英語バージョンが雰囲気たっぷりの快唱。インディ・レーベルのためか、Amazonにデータなし。

JNJA0001/P&C2003(レーベル名?)/J-Net Communications Inc.(Audiovision Inc.)/Dentsu Music and Entertainment Inc.

すっかりラテン・タッチが濃くなった「MAYA」の新作アルバム「Kiss Of Fire」。セクシーさにさらに磨きがかかったエキゾチック・ロリータ・ボイスで、しかもなんと6ヶ国語でラテンナンバー中心に歌う。わたしのお気に入り「Boulevard Of Broken Dreams」も入ってますよ。

キッス・オブ・ファイヤー
MAYA / / コロムビアミュージックエンタテインメント
ISBN : B000J10AZK
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・・・と報告をしたところで今年もあとわずか。今年の音楽状況の回顧しようと思っていたところ、朝日の夕刊に格好な記事を見つけた。

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日本レコード協会によると、有料音楽配信の売り上げは、今年1~9月で約380億円。昨年の同時期から61%増え、通年で500億円に届く勢いだ。配信を除く音楽ソフト市場は近年ほぼ4000億円台の規模だから、出現して日の浅い音楽配信が早くもマーケットの1割程度を握った。 (12月21日 朝日新聞夕刊)
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私がかって「R60  マーケッターとしてのシニア考」で危惧したことが、いよいよ現実味を帯びてきた感じ。さらにこの夕刊記事では今年の特記すべき現象として以下をあげている。
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一方、中高年は「青春の音楽」に回帰した。3万5千人を集めた、吉田拓郎とかぐや姫による31年ぶりの「つま恋」コンサートは、社会現象に近いものだった。この年代のファンは、次々と復刻される旧作をまとめ買いするなど、CD購買意欲が旺盛で、若者と違った音楽市場を形作った。
(同 夕刊)
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すなわち、音楽市場から振り返れば、今年は、市場の1割を占めるようになり、今後も益々増えていく「音楽配信」若年世代と、CD購買が中心の中高年世代の2極分化が顕著になった年と総括できる。

実際、我が家ではCD購買、レンタル中心のおやじと音楽配信中心の息子たちという世相そのままの構図になっている。今から10年経てばどうなる?と想像することは容易でしょう。それでは遅いのですよ!業界の皆さん。

「R60  マーケッターとしてのシニア」まさしく「プレミアム・エイジ」、或いはその他のシニア世代など、この様々な背景と特性を持ち、一つでは括れないシニア世代に対しての、マーケティングが益々重要な意味を持ってくる時代になってきた感じがします。

「プレミアム・エイジ」;My Link 「プレミアム・エイジ」 サイトを参照してください。
● 60歳超え団塊世代をプレミアムエイジとして分離分析 <昭和20~26年生まれに限定>
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by knakano0311 | 2006-12-22 14:06 | いもたこなんきん | Trackback(13) | Comments(1)

欧州JAZZY紀行(2)  ~ スエーデン 北緯60度にて ~ 

まだ、USA JAZZY紀行が、ろくにすすんでないのに、もう欧州紀行の第2弾です。

私にとって、ヨーロッパのイメージは春、夏より、むしろ秋、冬のイメージが強いのです。仕事の関係で、ドイツ、スエーデンという、北ヨーロッパへの出張が多く、それらの国々の「春夏」は、6月~8月と駆け足で去ってしまい、出張には、いつもセーターかコートが必要だったこと多かったからでしょうか?

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スエーデン。仕事で10回程度は訪れただろうか。いくつかの心に残る想い出がある。そのひとつ。
ストックホルムからさらに飛行機で北へ1時間。北緯60度近くに位置する「Umea ウメア」という町がある。訪れたのは4月下旬であるが、まだ1.5mの積雪、川は全面結氷、車で渡れるほど。人口数万の小さな町であったが、ここでもいくつかの貴重な体験をさせてもらった。

ある会社との提携条件をめぐって、最後の1点で双方の条件が一致せず、その日は物別れに終わった。すると夜ホテルにその会社の社長が訪ねてきた。手には「スエーデン・ウオッカ」のミニボトル(ノーマルの1/4~1/3ぐらいのサイズか)の8本セット。社長いわく「さしで飲んで、飲み勝ったほうの条件に従おう」と言い出した。1本づつ交互に飲んで結局私が勝って、こちらの条件が通ったわけであるが、ヨーロッパ人でもこんなことをするんだとびっくりしたことがある。まあ、あとで考えてみると、スムースに合意成立させるための演出だったような気もするが・・・。

次の日は仕事を早めに終わっての接待。どこへ行くのが告げられないままに、ついたところは、車で1時間ほどの雪の山の中。防寒のジャンプスーツに着替えさせられ、スノーモービル運転の簡単なトレーニングを受け、そのままコンボイを組んで、山中にトナカイを見に行くというツアー。
夕暮れまでトナカイを追って、山中を駆け巡り、あとはテントでトナカイのバーベキューという、まことにアウトドアな初めての体験。一面の銀世界とスエーデン人の質素ながら心のこもるホスピタリティ。忘れられない体験となった。



おりしも、ヘール・ボップ彗星が地球に最接近の時期。3月のフロリダへの旅でも、日本でも全く見えなかったヘール・ボップ彗星が、この旅の途中ずっと肉眼で見えていた。ストックホルムはガムラ・スタンのゴシック建築の教会の尖塔の横に、尾を引く彗星がはっきりと見えるなんて、これも初めての感動の経験であった。ただ期待はしていたが、オーロラは残念ながらいまだに見る機会を得ていません。


【ヘールホップ彗星  出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)】
ヘール・ボップ彗星(ヘール・ボップすいせい、Comet Hale-Bopp、公式符号 C/1995 O1)は、1997年に非常に明るくなり、おそらく20世紀で最も広く観測されたであろう彗星である。18ヶ月もの期間にわたって肉眼で見ることができ、これはそれまで記録を保持していた1811年の大彗星の2倍にもなった。
ヘール・ボップ彗星は1997年4月1日の近日点通過の頃には、予想通りかそれを越える明るさになった。1997年の大彗星 (The Great Comet of 1997)とも呼ばれている。HB彗星と略称されることもある。
核が50kmと極めて大きかった。今までに観測された彗星の中でも最大級であると推定されている。公転周期は約4220年と考えられている。
1997年の春には、地球にあまり接近しなかったにも関わらず、-1等級前後の明るさになり、約3ヶ月もの間肉眼で楽に見える状態が続いた。写真を撮ると、尾が明るく長く写り、白いダスト・テイル(塵の尾)と、青いイオン・テイル(イオンの尾)をはっきりと区別することができた。

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                       ヘール・ボップ彗星

「Milcho Leviev + Dave Holland/Up And Down」
ピアノとベースのデュオ。C.ヘイデンとK.バロンの名作「Night & The City」を知るまでは、これが「デュオ・アルバム」では1番だと思っていたアルバム。とくに6曲目の「ディア・ハンター」の中で使われたあの美しく、鮮烈な曲「Cavatina」を聞くたびに、あのスエーデンの雪の山の中をトナカイを追って走った事を鮮やかに思い出す。
ミルチョ・レヴィエフはブルガリア出身のクラシックにベースを持つ、Jazzピアニスト。彼はJazzのため、音楽のため家族も祖国も捨てて、1971年アメリカに渡った。ライナーノートを見るとその後C.ヘイデンのグループに加わって活動することも多いとある。ヘイデン・ファンの私としては、何かの因縁を感じてしまう。
デイヴ・ホランド、英国生まれのベーシスト。彼もクラシック出身であるが、米国へ渡り、マイルスのグループで活躍していた。アメリカにわたった二人の欧州人のデュオ。彼らのJAZZへの情熱と生き様がつたわってくるような素晴らしいアルバム。録音は1987年9月、東京サントリー・ホールでのライブ。


Up and Down
Milcho Leviev / M.a. Recordings
ISBN : B00000JKGS
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「ディア・ハンター」は、ヴェトナム戦争がアメリカ人に狂気をもたらし、青春や友情、そして愛までも変えていくさまをリアルに描いたマイケル・チミノ監督の1979年公開のアカデミー賞5部門受賞の問題作。ロバート・デ・ニーロ、 クリストファー・ウォーケン、 メリル・ストリープ 、ジョン・サベージ、故・ジョン・カザールなどそうそうたる役者ぞろいの映画。

ディア・ハンター
/ ジェネオン エンタテインメント
ISBN : B00005FXHO
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by knakano0311 | 2006-12-17 22:53 | JAZZY紀行 | Trackback | Comments(0)

欧州JAZZY紀行(1)  ~ハイデルベルグ わがプロジェクトX~  

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最初の海外出張に旅立ったのは、1978年5月13日。羽田空港からドイツ国ハンブルグに向けてであった。その2年ほどまえ、ドイツのハイデルベルグにある会社と技術提携をしたが、工業規格や、その技術を搭載する製品の仕様がドイツと日本では全く違うため、成果が出ないまま2年間経っていた。当時32歳、入社9年目の私にドイツへの3週間の出張が命ぜられ、当時の課長からは、2つの難しい指示を受けていた。1つ目は、「成功するまで日本に帰ってくるな」。2つ目は、「万が一、成田空港がテロで開港できない場合は、南回りで伊丹空港に帰って来い」。
その年の5月20日、出張の間に成田空港がオープンする予定であり、帰国は成田ということになっていました。
東西冷戦のさなかであり、欧州航路はアンカレッジ経由の北極回り。ビジネスツールで言えば、今では当たり前の、携帯電話、パソコン、Eメール、インターネット、CAD、FAX、ゼロックス、CNN(衛星放送) などは一切なく、勿論クレジットカードなどもなく、交換台を通じての国際電話、テレックス、青焼きコピ-、手書きの図面、トラベルチケットと外貨持ち出し制限。為替は1ドル200円前後であったか?今から考えれば、よくあれで国際間の仕事が出来たなあと思うようなビジネス環境であった。

何とか悪戦苦闘しながら、3週間で成果をだし、ハイデルベルグに駐留していたNATO軍のFENラジオ放送を聞いて、成田空港がオープンしたことを確認して帰国しました。この間いろいろなエピソードは山ほどありますが、別の機会に譲ります。毎日あけてもくれても彼らの実験室での実験と、ホテルでの次の日の実験計画作成に没頭した3週間でした。ドイツ人技術者たちとの会話(当然片言の英語)は、いまでもその時のニュアンスも含めて、日本語で会話していたかのように克明に記憶しています。結果的には、あるテクニカルな「キーワード」の意味が日独で違っていたことが、うまくいかなかった大きな理由だったのですが、成功の兆しが見えたときは、まるで赤鬼、青鬼みたいな大柄なドイツ人と「Congratulation!!」といって、喜んだことを覚えています。今から考えると、彼らとコミュニケーションが100%取れてたことが成功の1番の原因だったと思います。このことは、その後、外国とのビジネスをする際に、教訓として、いつも肝に銘じていたことでした。

長い会社生活の中で、特に技術者の私を支えていたのは、このときの貴重な体験であった。まさしく我が「プロジェクト「X」」とよべる仕事であった。

その3週間過ごした街、ハイデルベルグ。
1386年、ドイツ最古の大学、ハイデルベルク大学が建てられた街。ゲーテやシラーがこの大学で学んでいる。また、ドイツの小国の王子と酒場の娘の悲恋を描いたマイヤー・フェルスター(Wilhelm Meyer-Försters )の戯曲「アルト・ハイデルベルク」(Alt-Heidelberg)で、ハイデルベルクの名が日本人に馴染みとなっており、小説に登場する「赤い雄牛」亭 (Zum roten Ochsen)は今も存在し、観光スポットのひとつになっている。当然何回か行きましたが・・・・。

その当時、土産としてもとめたオルゴール二つ。ひとつはクリスマスのオーナメントとして使われるもの。ろうそくの炎の上昇気流によってプロペラが回転しそれによってキャラクターが廻り、音楽が鳴るという大型のものが欲しかったのですが当時送る術もなく、小型のぜんまい仕掛けの物を求め、妻への土産に。その後、壊してしまい、25年経った2004年に再訪したとき、妻のお気に入りであった初代とほぼ同じデザインの2代目をハイデルベルグの同じ土産物屋で手に入れることが出来たことに感激。曲は「聖しこの夜」。
もうひとつは、手回しの小さなスケルトンのオルゴール。曲は「ドクトル・ジバゴ 愛のテーマ」。机の横に置いて時々回しながら、当時を懐かしんでいました。これは今でも健在です。

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最初の海外出張地であり、私の会社人生の中でも、大きな意義を持っていた、おとぎ話の絵のように美しい街「ハイデルベルグ」へ何とか妻を連れて行きたいと思っていましたが、ようやく今年の春、定年旅行でやっと実現しました。
城も、橋も、「赤い雄牛」亭も、「哲学の道」も、すべては27年前と変わらず、時間の流れが止まったかのような古都ハイデルベルグを二人で満喫しました。

ヨーロッパにすっかり魅せられてしまったアメリカ人のJazzピアニスト、「ケニー・ドリュー」の“旅3部作”のアルバムの中から。フランスやデンマーク、スウェーデンなど地名を冠した名曲を中心に取り上げ、ロマンティックで哀愁に満ちたアルバム「欧州紀行」。

欧州紀行
ケニー・ドリュー・トリオ / エムアンドアイカンパニー
ISBN : B0000A8UY9
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出張中、「仕事ばかりでなく、街も楽しみなさい」と彼らが用意してくれたバロック音楽のコンサートチケット。街中の教会でのコンサートで聞いたバッハにひととき仕事のことを忘れたことも懐かしい思い出。
ルーマニア出身のピアニスト、オイゲン・キケロの当時の大ヒット・アルバム。バッハやスカルラッティなどをジャズ化した優雅な作品集。「ジャック・ルーシェ」の「Play Bach」も最初聴いたときは、衝撃的であったが、この「オイゲン・キケロ」の「ロココ・ジャズ」も、それにも増して、JAZZとクラシックの融合したテクニックの凄さと華麗さにすっかり参ってしまった。

ロココ・ジャズ
オイゲン・キケロ ピーター・ウィッテ チャーリー・アントリーニ / ユニバーサルクラシック
ISBN : B00008KKUT
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6月からブログをはじめ、この稿で丁度100稿目を迎えました。つたないブログにお付き合いしていただいている読者の皆さんに感謝いたします。
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by knakano0311 | 2006-12-16 18:35 | JAZZY紀行 | Trackback(1) | Comments(0)

USA・JAZZY紀行 (6)  ~ 聖地ニューオリンズ ~

TVニュースの画面に釘付けになった。2005年8月30日のことである。ニューオリンズを襲った、ハリケーン「カトリーナ」が、壊滅的な被害をもたらしたのだ。水没した「フレンチ・クオーター」、「コンベンションセンター」の前で救助を求める人たち。私はこの2年前、2003年9月にニューオリンズを訪れたことがあり、そのときの思い出の場所が、悲劇的な情景として映し出されていた。このときも大型のハリケーンが接近し、上陸の前に予定を早めて、移動したことがあった。

JAZZの聖地、「ニューオリンズ」。1948年に州都は「バトン・ルージュ」に移ったが、依然として、ルイジアナ州の経済的、文化的中心。「ラ・ヌーブル・オルレアン」というフランス語の名称でも分かるとおり、18世紀当初は仏領であったため、街のあちこちにフランスの影響が残る。
ニューオリンズはメキシコ湾から、約100マイルほどさかのぼったミシシッピ川の堆積上に位置し、重要な港湾都市として発展してきたが、都市の総面積の約50%が水地域あり、かつ都市地域は海抜下にあるという特異な街で、「スープ皿」という異名があるそうだ。ハリケーン後の街の回復もなかなか捗らないようであるが、一日も早い復興を祈るばかり。

フランス風の建物が建並ぶ「フレンチ・クオーター」。そこが繁華街であり、そこのメインストリート「バーボン・ストリート」には、何十というJAZZのライブハウスが軒を連ねる。


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これらのJAZZライブハウスが観光の目玉であり、いくつかのライブハウスをはしごしてみたが、酔客相手のハウスであり、JAZZとしてのクオリティは言わずともと知れたものであった。
JAZZとしてのクオリティを求めるなら、ミシシッピ川近くのカジノ「オハラ??」のバーがオススメである。難を言えば、スロットルマシンのチンジャラ音がやや耳障り。1ボトル2ドルあまりのビールで質の高いJAZZが楽しめます。週日はご当地出身の「ウィントン・マルサリス」ばりの音を聞かせる若手のトランペッター、週末は野外ステージでギンギンのハードバップやブルースをノリノリで演奏していました。もちろん、ご当地出身の「サッチモ」こと「ルイ・アームストロング」を記念する「ルイ・アームストロング公園」にも訪問してきましたよ。

もうひとつの楽しみは、料理。「オイスター」とケイジャン料理である「Gumbo」「ジャンバラヤ」を食べさせる「Acme/アクメ」は開店と同時に、行列が出来るほどの人気店。機会があればぜひいかれてみることをオススメします。

注)ジャンバラヤ;肉や野菜などの具が入り、チリペッパーなど香辛料が効いた炊き込みご飯
  ガンボ(Gumbo);刻み野菜と魚介類、鶏肉、ソーセージ(特にアンドゥイユ、Andouilleな
  ど)を煮込み、フィレパウダー(filé powder、ササフラスの葉を粉にしたもの)またはオクラ
  でとろみをつけたもの

さらに2月には「リオ」のカーニバルとならぶ、世界三大カーニバルのひとつ、「マルディグラ」というカーニバルがひらかれる。色とりどりのフロートや妖しいマスクで仮装した人々が乗る巨大なフロート。これも観たいがいつかの機会に。

さて、ニューオリンズ、人口の70%超が、貧困層といっていい、黒人を中心とした「カラード」。市長は黒人であるが、町の経済的実権は、ほんの一握りの白人が持っているという。ニューオリンズの自力復興の難しさの原因のひとつは、ここあるといっていい。。  
一方、富裕層の白人が住む高級住宅街。マシンガンで武器装備されたガードマンによって24時間警備された、フランス風、ビクトリア風の邸宅が立ち並ぶ一角である。歴史的な建築物が多いため観光コースになっているが、ここに「ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)」邸を発見した。なるほど松江市と姉妹都市のわけである。そんな一角に住んでいるご夫婦を訪問したが、昼食のご招待をうけ、連れて行かれたのが、絶対といっていいほど「カラード」はメンバーになれないゴルフクラブのクラブハウスのレストラン。日曜日だったせいか、レストランは白人の家族で一杯。理由は想像できるでしょう。私は「名誉白人」扱いということだろうが、なにかしら割り切れない思いと、人種対立の現実の姿をみた思いであった。

誰もが耳にするだけでほほが緩む、あの嗄れ声の人気者、教祖「サッチモ」。もちろん「ルイ・アームストロング公園」の教祖像に詣でてきましたが、「What A Wonderful World/この素晴らしき世界」を含むベスト盤がオススメか。

ハロー・サッチモ!~ミレニアム・ベスト
ルイ・アームストロング / ユニバーサルクラシック
ISBN : B00005HU9T
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ご当地出身「ウィントン・マルサリス」のライブアルバム。

Live at Blues Alley
Wynton Marsalis Quartet / Sony Jazz
ISBN : B0000026AH
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癒し系の歌声で人気の「アン・サリー」。彼女は一時、ニューオーリンズに留学して、医療に携わっていたという。このアルバムは、2002年に一時帰国した際に録音した、久々のスタジオ盤で、彼女が日々暮らしていたニューオーリンズからの近況報告である。以前の彼女からは想像できない様なブルース系の曲も含まれているが、ちゃんと彼女なりの表現になっており、JAZZ聖地「ニューオリンズ」への讃歌が十分感じられる。アルバム最後の曲はサッチモへのオマージュ、「この素晴らしき世界」。

ブラン・ニュー・オリンズ
アン・サリー / ビデオアーツ・ミュージック
ISBN : B0007V5Z2U
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by knakano0311 | 2006-12-14 00:17 | JAZZY紀行 | Trackback | Comments(0)

雨の日の美術館  ~エコール・ド・パリ展をみて~   

今日は朝から寒い雨。気分だけでも明るくしようと、兵庫県立美術館に、20世紀前半パリに世界各地から、集ったいわゆる「パリ派、エコール・ド・パリ」の展覧会を観に出かけました。
アンリ・ルソー、モディリアーニ、シャガール、藤田嗣治、キスリング らどこかで一度は観た、懐かしい絵画が展示されていました。パリ万国博覧会後、「狂乱の時代」と呼ばれたモンマントル或いはモンパルナス、パリが最も華やかな時代だった頃の郷愁が十分伝わってきました。
この時代は、まえに「非アメリカ的なるもの ジャンゴ・ラインハルト」で述べた「ジプシースウィング/ヨーロッパJazz」の開花した時代と重なるのです。「キキ Kiki」などの写真や、彼女の描いて絵もあり、非常に興味深く見ることが出来ました。

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                    モディリアーニ;スエーデンの娘

神戸の美術館や博物館はどこも館内にお洒落なカフェやレストランがあります。今日も、ハーバーウェイをみとおすカフェで遅めのランチをとって帰還。

日本ではあまり知られていませんが、美人で歌唱力がある私の好きなシンガー「スー・レイニー」のアルバムから。

雨の日のジャズ
スー・レイニー ビリー・メイ楽団 / 東芝EMI
ISBN : B000HOJBCW
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この「パリ派」。Jazzで喩えるなら何かなあと考え込んでしまうが、まずは、先ほどあげた「ジャンゴ・ラインハルト」の再掲。

ジャンゴロジー~スペシャル・エディション
ジャンゴ・ラインハルト / BMG JAPAN
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パリはコンコルド広場をテーマにしたMJQの最高傑作といわれる「Concorde」。1955年の録音というから、第二次世界大戦後10年ほどのこと。まだ「パリ派」の多くは存命であったろうし、彼らのはじめた「キュービズム」、「フォービズム」も全盛であったろうか。
クラシックとJAZZの融合のハシリともいえるこのアルバム、ヨーロッパの香りがしますねえ。

Concorde
The Modern Jazz Quartet / Prestige/OJC
ISBN : B000000XZU
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モディリアーニの悲惨な晩年を描いた、ジャック・ベッケル監督の「モンパルナスの灯」。
当時相当なハンサムだったという、モジリアーニを演じた俳優「ジェラール・フィリップ」も劣らぬハンサムで、はまり役の好演だったが、当時26歳だったジャンヌ役のアヌーク・エーメの美しいこと。

モンパルナスの灯

ビデオメーカー



そのほかに、私は見てませんが、あの「アンディ・ガルシア」が、主演と製作総指揮を務めた作品で、今日の展覧会でみた、モディリアーニ、 ピカソ、スーチン、キスリングなどをはじめ、ルノーアール、ユトリロ、など巨匠が続々登場し、妻・ジャンヌと芸術を心から愛した悲劇の天才画家・モディリアーニの情熱と苦悩に満ちた青春を綴る「モディリアーニ 真実の愛」という作品もあります。

モディリアーニ 真実の愛
/ ビデオメーカー
ISBN : B000BX4D5O
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by knakano0311 | 2006-12-13 18:26 | 音楽的生活 | Trackback | Comments(0)

番外編  X'mas Jazzy 紀行   

今日は朝からコミュニティ活動の、子供たちのクリスマス用のリース作りの手伝い。用意しておいた蔓、つたを使ってリースをつくり、それにクリスマス用の飾りをつけると言う工作。昼からは、隣町の古民家でクラシック・ギターのコンサート、夕食を家族でこの地方の名物の、猪、鹿、雉などのジビエ鍋に舌鼓、夜は、我が団地のクリスマス電飾探訪ウォーキング。すっかりクリスマス気分一杯の一日であった。

電飾といえば、ロンドンはピカデリー・サーカス近辺のストリート、或いはニューヨークは五番街のクリスマス電飾。その規模、センス、美しさには本当に圧倒されます。あの暗いロンドンの街が、この時期だけはパリに匹敵するくらい華やかな装いをまとう。
ニューヨークは五番街。各有名ブティックがそのセンスを競うように、ウインドウ、店内をクリスマス装飾に飾ります。その1店1店をみるだけで、冬のニューヨークに来たという実感が湧きます。

イリノイ州は「ミネアポリス」にミシシッピ川(こんなところまでとびっくりしましたが!)を挟んで隣接し、二つあわせて「ツイン・シティ」とよばれる「セント・ポール」。ここの代々受け継がれてきた伝統あるビクトリア調の大邸宅が立ち並んでいる「サミット・アベニュー」の1マイルほど両側の邸宅のほとんどが、こぞってクリスマス電飾を競う。大邸宅だけあってその規模も飾りも日本などとは比べ物にならないほど見事である。この通りは、人気キャラクターの、子供へのクリスマスプレゼントをめぐっての大争奪戦を大人がするという、アーノルド・シュワルツネッガー主演のコメディ映画「ジングル・オール・ザ・ウェイ」の舞台となっている。凍えながら、電飾に彩られたこの通りを歩きました。

ジングル・オール・ザ・ウェイ
/ ポニーキャニオン
ISBN : B00005FPO8
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そのあと、真冬の「ミネアポリス」から一挙に南下、フロリダ州は「ボカ・ラトン」へ直行。気温は30度。空港でたまらずTシャツに着替えたことを覚えています。訪問したビジネス・パートナーの社長のプール付の邸宅。広いリビング・ルームのど真ん中に、高さ3mほどのクリスマス・ツリーがそびえていました。ああ、アメリカだなあ!!!

何人もの歌手が、クリスマス・アルバムを出しているが、ここは我がミューズの「ジャネット・サイデル」がおすすめ。あの暖かい声のクリスマスソングによってぜひとも暖まってください。

ジャネットとクリスマス
ジャネット・サイデル / インディペンデントレーベル
ISBN : B0006JK30M
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イヴ、X’masの当日は無いが、12月に何回かヨーロッパを仕事で訪れたことがある。春から夏というのが、特にヨーロッパでは観光シーズンであるが、「冬」、特にクリスマスの季節である12月も私はオススメです。

まず、スエーデン。この時期は夏の白夜の裏返しで、3時頃には夜の帳が訪れる。各住宅、アパート、オフィスの窓という窓には、ろうそく形の電球を5本、「山の字」型にした簡単な電飾をおいてある。シンプルな飾りであるが、一面の雪に覆われた町中の窓という窓におかれているのですよ。これも私がオススメの、極めて感動的に美しい北欧・スエーデンのクリスマス風景。2泊5日というハードな出張をこの時期にしたことがありますが、スエーデンまでの長旅のあと、この景色に本当に癒されました。

かっての「ババリア公国」、現在のバイエルン州の首都「ミュンヘン」。この地でのクリスマス体験も忘れることが出来ません。いつもはからくり時計で有名なミュンヘン市庁舎まえの広場。この時期は何百という屋台のテントで埋め尽くされます。クリスマスのオーナメントやクリスマス関連の商品を売る屋台による「市」が立つのです。家族、友達、恋人、それぞれに連れ立って、「グリーン・ワイン」とよばれるホットなお酒を大きめなマグカップに入れて手を温めながら、今年のツリーのオーナメント、プレゼントなどを選ぶのです。市庁舎のバルコニーには、クリスマスのオラトリオの生演奏が・・・・。ああ、ドイツだなあ!!!!

クラシックをベースにし、全員アルマーニをカジュアルに着こなす、イケメン4人組のグループ、「Il Divo/イル・ディーヴォ」。メンバーは、アメリカ、フランス、スイス、スペイン出身という国際色豊かな4人。「かぎりなく美しく、甘く、そして切ないハーモニー」で、全世界の女性の間で大ブレイク、人気沸騰中のイル・ディーヴォによる話題のクリスマス・アルバム。

クリスマス・コレクション
イル・ディーヴォ / BMG JAPAN
ISBN : B000I2K7KI
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by knakano0311 | 2006-12-10 22:30 | JAZZY紀行 | Trackback(1) | Comments(0)

26回忌  ~ 今、ストロベリー・フィールドで ~  

1980年12月8日 ジョン・レノンが銃弾に倒れて26年。 多分、彼の住居だった、セントラル・パーク西側の超高級アパート「ダコタ・ハウス」の前のストロベリー・フィールドでは、イマジンの合唱と、ファンが捧げた花束で一杯でしょう。イラク戦争が大きな局面を迎えているアメリカにとって、今年の彼の命日は特別な日になるかもしれない。また、「団塊の世代」にとっても・・・・。



イマジン オリジナル・サントラ
ジョン・レノン ザ・ビートルズ / 東芝EMI
ISBN : B00005GL8I
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合掌・・・・・。
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by knakano0311 | 2006-12-08 09:52 | 音楽的生活 | Trackback(1) | Comments(0)

心のお遍路さん  ~ シャンソンによせて~ 

NHKの4回連続の土曜ドラマ「ウォーカーズ~迷子の大人たち」 が、先週で、終わりました。話の筋は、結婚に自信がもてないカップル、心の隙間を抱えた定年間近の夫婦、子育てに失敗したと自分たちを責める教育者の夫婦など、いろいろの事情で四国八十八箇所のお遍路の旅に出た幾組みか、幾人かの自分探しの物語りでなかなかの力作。
その中で定年をむかえ、妻に引きずられてお遍路に参加することになった、三浦友和、風吹ジュン演ずる夫妻が気になった。仕事一筋に活き、定年を間近に子会社へ転出することになり、どこか不完全燃焼の思いをひきずる夫、子育ても終わり自分の人生はなんだったのかと思い悩む妻。多分定年間近のどこの夫婦でも、一度は陥るジレンマではなかろうか。お遍路。ただひたすら歩き、念仏を唱えることにより、自分、人と自分のありようを見直す旅。なかなかお遍路を実際に、実行するのは難しいが、それに代わる「旅」が何らかの形で私にとっても、必要な感じがしています。たぶん定年を迎えるサラリーマンは特にそう思うのではないでしょうか。
このブログもそのひとつで、40年Jazzを聴いてきたが、私にとっての意味づけをまとめてみるいい機会だと思って綴っています。

人生の長い旅路における哀歓を歌った、シャンソンにふと心が魅かれる時が、ままあります。
いまから30年ほど前に聴いた「越路吹雪/日生劇場ライブ」のLPに魅かれ、コンサートを聴きに行ったことがあります。最上階の一番後ろの席でしたが、「人生は過ぎ行く」のエンディング・ラストの暗転のシーンは鮮やかにいまでも心に焼きついています。多分、「浅利慶太」というミュージカル系の演出家をコンサート・ステージの演出に起用した初めての歌手ではなかっただろうか。日生劇場のライブ盤は今ではたぶん廃盤なので、ベスト盤からしか味わうことが出来ない。「人生」という「心の旅路」を歌うことが出来る最高の歌唱力を持った歌手。


愛の讃歌
越路吹雪 / 東芝EMI
ISBN : B00007GRD2
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その後、「金子由香利」、「クミコ」と、ときたま、思い出したようにシャンソンにはまり込むことがあるのは何故だろうか。多分、今までの自分の人生の一こまに重なり合う歌があるからでしょう。人生の旅の途中で出会った何人かのシャンソン歌手。


再会~夜さようなら
金子由香利 / キティMME
ISBN : B00005FERY
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世の熟年の女性たちに、圧倒的な支持と感涙を受けたという「 わが麗しき恋物語」もいいが、宮崎駿監督の「ハウルの動く城」のテーマ曲に歌詞をつけた「人生のメリーゴーランド」が泣かせる。

クミコ・ベスト わが麗しき恋物語
クミコ / エイベックス イオ
ISBN : B000E42PU0
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「谷村新司」が、「アリス」時代も含め、自分のヒット曲を新たに吹き込み、シャンソン仕立てにして編集した「素描~デッサン」。古いラジオから歌が流れるという、凝ったイントロの「帰らざる日々」、ミュゼット仕立ての「それぞれの秋」、「冬の嵐」を聴くと、一編のフランス映画を観ているような気さえする。こんな風にアルバムを仕立てられると、彼の持っている音楽性がシャンソン、カンツオーネなどに通ずるものがあり、「ミルバ」らが彼の曲を好んで取り上げたのもうなづける。


素描-Dessin-
谷村新司 美野春樹 佐々木周 青木望 / ポリスター
ISBN : B0006GAWRO
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ミルバ、谷村新司を歌う〜めぐり会い、そして明日へ〜
ミルバ 谷村新司 / キングレコード
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旅路の途中、異国上海のホテルにて。
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by knakano0311 | 2006-12-06 01:00 | 音楽的生活 | Trackback | Comments(0)