大屋地爵士のJAZZYな生活

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「いもたこなんきん」なシネマ  ~ ああ母は強し! ~

年末の記事「我がシネマな一年」で、映画を「映画館に見に行く回数が劇的に増えた」と書いたが、それは我が伴侶の「いもたこなんきん」にも大きな影響を与えたようである。はっきりいえば、彼女は「映画大好きおばさん」になってしまったのである。今年も週一のペースで、「夫婦50」を利用しせっせと見ています。2007年の「私が観てよかったと思う映画」のキーワードのうちのふたつは「女性」と「家族の絆」でしたが、夫婦共通のキーワードとして、その傾向は、今年も続いています。

そのキーワードにぴったりの、彼女が感動した(勿論わたしも)「いもたこなんきん映画」が三作品立て続けに公開されました。サラエボ生まれの新進女性監督、ヤスミラ・ジュバニッチ作品「サラエボの花」、サム・ガルバルスキ監督「やわらかい手」、そして山田洋次監督、吉永小百合主演「母べえ」の三作です。

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まず、ベルリン映画祭で金熊賞ほか3部門を受賞し、そのほかの映画祭でも大絶賛されたヒューマンドラマ「サラエボの花」。原題は、「GRBAVICA/GRBAVICA;THE LAND OF MY DREAMS」で 、ラストシーンでうたわれるボスニア讃歌の題名である。ボスニア紛争の傷あとが残るサラエボを舞台に、ストーリーが始まってすぐ、観客には想像がつく秘密を抱える母親と出生の真実を知らされる娘の再生と希望の物語が展開する。
12歳の娘サラ(ルナ・ミヨヴィッチ)とつましく暮らすエスマ(ミリャナ・カラノヴィッチ)は、修学旅行を楽しみにするサラのため旅費の調達に奔走している。そんな中、戦死者の遺児は修学旅行費が免除されると知ったサラは、戦死したと聞かされていた父親の戦死証明書を学校へ提出するようエスマに提案するが……
重いテーマでありながら、戦争や暴力シーンを出すこと無しに、必死に生きるエスマの日常を丹念に描き、普通の生活を維持することの厳しさと心の底に横たわる悲しみを表現していく。静かな語り口だけにかえって彼女の悲しみや想いや愛情がリアリティをもって伝わってくる。真実を告げられてやり場のない怒りをぶつける娘、そして傷つく母。二人の思いが通じ合う希望のラスト・シーン。去年公開された「あなたにしか言えない秘密のこと」につづくボスニア内戦をテーマにした傑作。

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60年代の伝説の女神「マリアンヌ・フェイスフル」(わたしはよく知りませんが)が、39年ぶりに主演した女性讃歌、「やわらかい手」。ロンドン郊外に平凡にくらす中年主婦マギーが、孫の不治の病を告げられ、たった一つ命を救う可能性のある道が、外国での手術だといわれる。短期間で、その多額の手術費用を稼ぐため、思わず飛び込んだ性風俗の世界。そこで人間として、そして女性として、生き生きと輝いていく様を描く異色作。この映画も難しいテーマを扱いながら、ユーモアとともに女性讃歌を鮮やかに描き出す。背筋がすっと伸びた歩き方、まっすぐ前を見詰める視線、物に動じない態度に、決して卑屈にならない彼女の生き様が描かれる。マリアンヌ・フェイスフルのこれ以上はないと思われる演技と、「愛する孫のためなら何だって出来る」という女の強さに感動。

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山田洋次監督が昭和初期につつましく生きる家族の姿をとらえた感動の家族ドラマ「母べえ」。思想犯で逮捕されたドイツ文学者の夫・滋のいない家族を支える強くてけなげな母親と二人の娘。戦争に傾いていく昭和15年ころの世相に翻弄されながらも懸命に生き抜く人々。吉永が演ずる「野上佳代」の最後の「生きてるうちに滋さんに会いたかった」という言葉がなによりもこの映画のメッセージを雄弁に物語る。そして、戦争の悲劇を描きながらも、平和や家族の大切さ、幸せとは何かを、改めて思い出させてくれる現代の家族へのメッセージ。前作「武士の一分」をはるかに凌ぐ佳作。我々より1世代上の人には、実体験として相当なリアリティがあるだろうが、勿論、団塊の世代のサユリストも必見!

これら、三作品に共通して言えるのは、声高に反戦や世の中の不条理を唱えるわけではない。ごく普通の平凡な人々の暮らしぶりや家族におこるいろいろな出来事を丹念に描くことによって、作り手の想いが次第に凝縮して、大きなメッセージとなり、観る者を感動させる。この三作とも、多分年末の「我がシネマな一年・2008版」に載りそうな気がするほどの佳作である。それにしても「ああ!母は強し!!」 


さあ、CDのおすすめは、ビリー・ホリディ。売春罪で投獄され、麻薬容疑で逮捕され、人種差別に苦しんだ「ビリー・ホリデイ」のドラマチックな人生は、かってダイアナ・ロスの主演で映画化された(「ビリー・ホリディ物語/奇妙な果実」)。様々なハンディキャップや偏見をのりこえ、女性JAZZシンガーの最高峰として不動の位置を築いた「ビリー・ホリディ」。聴く人の心を揺さぶってくれる名作アルバムから。

Lady Day: The Best of Billie Holiday
Billie Holiday / / Columbia/Legacy
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レディ・イン・サテン+4
ビリー・ホリデイ / / ソニーレコード
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「I'm A Fool To Want You - Billie Holiday」

          


女性音楽ジャーナリストによる評論集、「ジャズに生きた女たち」のビリー・ホリディ評も興味深い。

ジャズに生きた女たち (平凡社新書 (406))
中川 ヨウ / / 平凡社
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by knakano0311 | 2008-01-31 18:03 | いもたこなんきん | Trackback | Comments(0)

もしもピアノが弾けたなら(1)   ~ ピアノ、この小宇宙 ~

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ピアノ。「小宇宙」ともよばれるピアノ。元々は、イタリア語で「弱い音と強い音」という意味の「ピアーノ・エ・フォルテ」と呼ばれたそうだ。ピアノが発明される前の弦楽器系鍵盤楽器は、チェンバロとクラヴィコードであったが、音の強弱を表現が自由に行えないという欠点があった。鍵を指で弾くと、鍵に連動したハンマーが対応する弦を叩き、音が出る構造にして、弦に張力を与え、その張力に耐えるフレームを用意したことにより、より広い演奏会場でも音が届くようになったのが、この楽器である。現在のピアノは、音域が非常に広く、標準的には88の異なる音高を持つが、一つの音あたりの弦の数は音高により異なり、最低音域では1本だが、低音域では2本、中音域以上では3本が一般的であり、弦の総数は200本を超える。ピアノは、クラシックオーケストラの持つ音域のほぼ全てをカバーしているので、西洋音楽のほとんどの曲は、ピアノ曲に編曲して演奏することができるという特徴がある。そのことから、「小宇宙」ともよばれるのである。(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』参照)

私の故郷・松本は「鈴木鎮一」という方が、「才能教育研究会」という幼児音楽教育を提唱した地でもあって、私が小学生であった昭和30年代頃でも、子供にピアノやらバイオリンを習わせる親は結構多かったように思う。そんな子供たちを多少うらやましく、横目で睨んでいた記憶がある。そんなことが、いまだに「ピアノ」が弾ける人に対する絶対的ともいえる憧れを捨てきれないでいる原因かもしれない。団塊の世代の男はそういう感情を持っている人が多いらしいと聞くが・・・・・・。

若いときは、コンボ・JAZZをメインに、JAZZを好きだった私も、年をとるにつれ、「女性JAZZボーカル」と「ピアノ・トリオ」に、好みが収斂してきているのを強く感じる。深み、哀愁、清冽、透明、希望・・・など人生の中で感じるすべての思いや感情を表現するのに、「女性JAZZボーカル」と「ピアノ」が一番私の心に響くような気するからである。

去年惜しくも亡くなった阿久悠さんの作品に「もしもピアノが弾けたなら」という曲がある。このタイトルを借りて、「ジャズ・ピアノ」をテーマに雑文を書いてみたいが、JAZZ評論などではなく、あくまでも人生のBGMとしての感想文である。

同じ「スタンダード」と呼ばれる曲でも、弾き方によって、プレイヤーそれぞれ、十人十色であることは言うまでもない。そんなピアノ・トリオの演奏を自らのレーベルのアーティストのコンピレーションにまとめた絶好のピアノトリオ入門?アルバムがある。ヴィーナス・レコードからリリースされている「バラード編」、「スタンダード編」である。このアルバムを聴いていいなと思ったあなたは、もうジャズピアノファンの素質十分。

バラード~オン・ジャズ・ピアノ・トリオ・ベリイ・ベスト
オムニバス / / ヴィーナス・レコード
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スタンダード~オン・ジャズ・ピアノ・トリオ・ベリイ・ベスト
オムニバス / / ヴィーナス・レコード
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そして、私もその一人であるが、あまたのJAZZファンに人気の評論家「寺嶋靖国」氏が、年に1枚のペースで、知られざる名演奏を発掘し、リリースしていた「Jazz Bar」シリーズ。2007年度版は、彼が満を持して立ち上げた、自らのレーベルからリリースした「Jazz Bar 2007」。1曲を除いて全編ピアノトリオという力の入れ方。そして、そのアルバムのコンセプトは「哀愁とガッツ」だという。多分シリーズ最高の出来映え。4曲目「Michel Bisceglia/Paisellu Miu」などはもう落涙もの、JAZZ Pianoファンぜひご賞味あれ。

寺島靖国プレゼンツ JAZZ BAR 2007
オムニバス / / インディーズ・メーカー
ISBN : B000WZO446
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「Paisellu miu-Michel Bisceglia」

          
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by knakano0311 | 2008-01-27 23:58 | もしもピアノが弾けたなら | Trackback | Comments(0)

60歳過ぎたら聴きたい歌(13)  ~You've Got A Friend~

最近妻が学生時代の友達とよく電話をしています。妻は横浜の出身で、学生時代、OL時代を首都圏で過ごし、最初は「関西」という土地柄に、大分戸惑ったらしいが、転勤もなかったため、結婚してから30数年ずっと関西暮らしです。私も同じですが、「お互い、カルチャーも言葉も違い、親戚も知り合いもいない関西によくなじんだなあ」と時々述懐しています。

妻の友達も勿論同世代で、夫の定年、自分たちの老後、親の面倒、子供たちの自立、旅行や趣味などの楽しみなど、共通した話題がたくさんあるのでしょう、お互いの悩みや愚痴や解決の知恵などを話しているようです。「女性同士には親友ができない」なんて話もありますが、妻も妻の友人もそんなことはないようですね。

引越しをしても、その地域、地域でコミュニティ活動、学校関係、趣味などを通じ、妻には友人が出来、現在でも当然ながら地域では、私より知り合いが多いことに時々驚かされます。そんな友人作り、コミュニティ作りが、すでに出来ている妻をうらやましいとさえ思う。
そこへいくと、サラリーマンなんてからっきしダメで、友人・知り合いといっても全部仕事がらみ。定年になればその関係もあっという間に切れるので、結局「OB会」なる定年退職者の会に属し、過去の会社の人間関係の延長に身をおくことで、コミュニティを保たざるを得ないようである。

そんなことが苦手な私は、学生時代の友人との邂逅、地域でのあたらしい友人づくり、過去の仕事上ではなく、現在の生活の中で、コンテンポラリーな友人作りを今年は心がけてみようと思う。

聴きたい曲は、「キャロル・キング」のアルバム「つづれおり」に収録され、ジャンルを超えて、あまたのアーティストたちにカバーされている名曲「You’ve Got A Friend 」。

つづれおり
キャロル・キング / / Sony Music Direct
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「CAROLE KING - You've Got A Friend live」 「セリーヌ・ディオン」らと ・・・。

          


妻がお気に入りの「You’ve Got A Friend」は、「小野リサ」がうたうカバー。そして私のお気に入りは、「伊藤君子」のカバー。

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Soul&Bossa

小野リサ / avex io(ADI)(M)



「Lisa Ono - You’ve got a friend」

          


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イヴニング・ウィズ KIMIKO ITOH
伊藤君子 / / ビデオアーツ・ミュージック
ISBN : B00005FZRK
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「 ♪ 君がうちひがれたり、困っているとき、
      なぐさめが必要なときや何事もうまくいかないときには
        目を閉じて私のことを思い浮かべてね
          すぐにあなたの元へ行って、あなたの心の闇夜に灯を灯してあげるよ

     あなたが私の名前を呼びさえすれば
       私がたとえどこにいようとも、すぐにあなたに会いに行くからね
         冬、春、夏、そして秋  いつでもいいから電話してくれたら会いに行くよ
           私はあなたの友達だから
                ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  ♪」
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by knakano0311 | 2008-01-25 15:01 | 60歳過ぎたら聴きたい歌 | Trackback | Comments(0)

欧州JAZZY紀行(11)    ~ 狂王の城 ~

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     ノイシュバンシュタイン城            ヘレンキームゼー城

丁度30年前の1978年、初めて海外出張をしたドイツで、ドイツ人に「どこかいってみたいドイツの名所はあるか?」と聴かれ、すかさず「ノイ・シュバンシュタイン城!」と答えたら、多分北の出身であろう、そのドイツ人に「あんな城は歴史的に何の価値もない。19世紀末に、「Mad King」が作った城だからわざわざ見る必要はない」といわれ、結局、そのときは見ることはなかった。「ノイ・シュバンシュタイン城」と答えた理由は、大学時代に読んだある一篇のエッセイの印象がずっと頭に残っていたからである。渋澤 龍彦 著「異端の肖像」の中の一篇「バヴァリアの狂王」である。ワーグナーの世界にのめりこみ、またベルサイユ宮殿を作ったルイ14世に憧れ、国の財政を傾けるほど城作りに没頭し、やがて軟禁のうえ、1886年41歳で自殺したとされるバヴァリア王国の王「ルードヴィヒ二世」の生涯に触れた二十数頁ほどのエッセイである。王の死後、莫大な借金のため、バヴァリア王国はプロセイン(プロシャ)王国に併合されていく。一国を滅亡させるにいたった城とはどんな城で、作ることが目的でほとんどその城に住むことなどなかったその王とはどんな人物であったのか、ずっと興味があったからである。。

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異端の肖像 (1983年)
渋澤 龍彦 / / 河出書房新社
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太陽王と月の王 (河出文庫)
澁澤 龍彦 / / 河出書房新社
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王は、その生涯に3つの城を建設した。まず第一にチロル山中のリンダーホフ城、第二は現在のスイス、ドイツ国境近くのフッセンに近い、ノイシュバンシュタイン城、第三はバイエルン州のキームゼー湖のヘレン島に築かれたヘレンキームゼー城である。第二のノイシュバンシュタイン城は、ディズニー映画「眠りの森の王女」の城やディズニーランドの白鳥城のモデルになった城であり、また航空会社やツアー会社のポスターなどでも大変有名なあの城である。そのほかにも建築計画をした城がいくつかあったという。

2004年春にドイツへ出張した際、30年越しの念願かなって、ルードヴィヒ二世が作った城のうち、二つ、ノイ・シュバンシュタイン城とヘレンキームゼー城を見ることが出来た。

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「ノイシュバンシュタイン」。ドイツ語で「ノイ(=新しい)、シュバン(スワン・白鳥)、シュタイン(ストーン・石)」、すなわち「新白鳥石」という意味であり、王が傾倒したワーグナーの「タンホイザー」、「ローエングリン」などの架空の英雄伝説の世界を城に再現したため、城そのものが白鳥の化身であり、いたるところに白鳥の姿がある。一方、「ヘレンキームゼー城」は憧れの太陽王・ルイ14世(1638年-1715年)による「ヴェルサイユ宮殿」の模倣であり、記念碑であり、その外観、鏡の間など巨大な猿真似には圧倒される。それほど情熱をかけた城作りであったが、ノイ・シュバンシュタインへの王は滞在は、わずかに102日間、ヘレンキームゼー城にいたっては数日間だったという。ワーグナーの異常な傾倒とルイ14世への憧れを模倣として結実させた城、王の精神を支配していたその美学とは何であったろうか?

城の建設にあたって、王室公債などを乱発して借金を積み重ねたため、バヴァリア国政府は危機感を募らせ、最終的に首相ルッツらは、ルートヴィヒ2世を形ばかりの精神病鑑定にかけ、統治不能としてベルク城に軟禁した。その翌日、王は主治医とシュタルンベルク湖畔を散歩中に自殺とされる謎の死を遂げる。そしてルートヴィヒ2世が亡くなった1886年6月13日の時点でノイシュヴァンシュタイン城の工事は未完成部分を多く残したまま中止され、その直後から城と内部は一般公開された。やがて、バヴァリア王国はプロシャに併合されてしまうのである。まさに「築城」という王個人の趣味のために国を傾けたのであった。

この王の死の発見のシーンから始まるルキーノ・ヴィスコンティ監督の映画「ルートヴィヒ 神々の黄昏」はこの「狂王ルードヴィヒ二世」の一生を忠実に描いている大作である。ひそかにルードヴィヒに恋心を抱くエリザベートが、ルードヴィヒが建設に情熱を燃やしたノイシュバンシュタイン城やヘレンキムゼー城を訪れるシーンがある。ビスコンティは二つの城の城内セットを実在の城と遜色ないほど豪華に作り上げているが、その映像美への情熱とこの映画の4時間という長さは、ヴィスコンティが自身を「ルードヴィヒ」になぞらえているのではないかと錯覚してしまうほどである。
そして、この映画全篇を通して流れるのが、ワーグナーの音楽。ルードヴィヒ2世が生涯愛してやまなかった『ローエングリン』や『タンホイザー』などのワーグナーの名曲が随所に散りばめられ優雅な雰囲気この上ない。

この映画でみた二つの城のシーンと渋澤 龍彦の著作の記憶が30年後までも、「この城を実際に見てみたい」という思いに、私を駆り立てたのであった。


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ルートヴィヒ 復元完全版 デジタル・ニューマスター
/ 紀伊國屋書店
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主に宮廷建築で用いられ、後期バロック建築の傾向を指すもので、ベルサイユ宮殿に代表されるのは「ロココ建築」である。一方、バロック・ジャズにおける「華麗」さの代表は「オイゲン・キケロ」。ルーマニア出身のピアニストで、バッハやスカルラッティなどをジャズ化した華麗な作品集「ロココ・ジャズ」が代表アルバム。その速弾き、指捌きの華麗さ、優雅に即、魅入られてしまう。


ロココ・ジャズ
オイゲン・キケロ ピーター・ウィッテ チャーリー・アントリーニ / ユニバーサルクラシック
ISBN : B00008KKUT
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「Eugen Cicero Trio - Solfeggio In C-Mall」

          
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by knakano0311 | 2008-01-19 11:55 | JAZZY紀行 | Trackback(2) | Comments(1)

13年前のその朝・・・・・

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写真は朝日新聞1/17夕刊より

13年前、未曾有の大地震が関西地方を襲った。「阪神・淡路大震災」である。平成7年(1995)1月17日午前5時46分のことである。震度7の大地震は死者6434人の犠牲者と大被害をこの地方にもたらした。今でも当日の朝はよく覚えている。3連休後の出勤日の朝であった。ゴーッという地鳴りとともに激しい縦揺れが襲ってきて、その後は治まる何分かの間、ただ布団をかぶって耐えていた。幸い我が家はほとんど被害がなかったが、それでも冷蔵庫や食器棚が30cm位移動し、犬がおびえて吼えまくっていたことが記憶に残っている。すごい地震だったとはすぐに分かったが震源地などは一切分からず、すぐに停電となったためラジオ以外の情報が遮断された。(インターネットも携帯電話もほとんど普及していなかった)

直後、しばらくは通じていた電話で、実家に家族の無事を報告し、電車が動いていないことなどから大変な事態が起こったと考え、電気、ガス、水道が止まることを想定し、家族の生活の確保を考えた。すぐにDIY、ガスリンスタンドへ走り、電源の必要がなく、上部で煮炊きが可能な旧式の石油ストーブ、携帯ガスボンベのガスコンロ、飲料水用ポリタンク、食料品などを買い揃えた。そのうち、電気だけでなくガスも止まった。実家から電話があり、「TVを見てみろ。大変なことになっている。」といわれたが、電気が来ないのでTVを見ることも出来ず、専らラジオに頼るしかなかったが、当事者にはまったく情報が伝わらず、これほど情報不足が歯がゆかったことはなかった。

我々の地域では、その日のうちに電気が復旧したが、ガスは系統の点検のため、その後1ヶ月半以上も復旧しなかったため、食事、入浴などに相当の不便を強いられたのである。
また子供たちにはこのことを自分で受け止め、考えさせるために、次の休みに、子供たちを連れて電車でいけるところまでいって、西宮周辺の惨状の中を歩き、惨事、人の善意、死、この大災害によって生じたあらゆること記憶に留めようとした。

一応事態が治まってから、会社、地域、学校などでいろいろな復旧、支援、再生、サバイバル活動が始まるのだが、「人の善意」がこれほど実感できた時期はなかったのではないかと思う。

三宮や元町など繁華街を見れば、復興した思われるが、周辺部では13年経っても、まだ復興とは程遠い情況もあるという。幸いなことに、ほとんど我が家は被害がなかったため、自分の中でも、年々薄れていく震災の記憶であるが、この日「1.17」は思い出し、家族で語り合う日となっている。

当時、犠牲者追悼のための曲が生まれたり、被災者支援のためのコンサートが随所で行われた。きっとそこにも「音楽のチカラ」が芽生えたに違いない。

鎮魂、追悼の曲として・・・・・・・・


亡き王女のためのパバーヌ
スティーブ・キューン・トリオ / / ヴィーナス・レコード
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「Pavane for a Dead Princess-Steve Kuhn Trio」

          
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by knakano0311 | 2008-01-17 09:13 | 地域の中で・・・ | Trackback | Comments(0)

我が愛機の死

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年末に私の不注意により、我が愛用の「i-POD」を壊してしまった。この「i-POD」は2台目であり、ここ4年ほど愛用していたものである。チェックしてなかったので正確にはわからないが、60Gバイトがそろそろ一杯になりかけていたので、アルバムにして600枚、曲数にして8000曲ぐらいは収録してあったのでなかろうか。日々の通勤、ドライブ、海外出張にいつも携行していたので、その愛着はひとしおであった。仕方なしに、3台目として、軽・薄・小のメモリータイプを選ぼうか迷ったが、やはり大容量80Gのハードディスク・タイプの「i-POD クラシック」を選んだ。正月休みにバックアップをとろうと思っていた矢先の出来事であったので、せっせとCDコレクションからコピーをしています。それにしても、わが40年の歴史を反映した膨大な数のCDであるが、「量よりも、その質は果たしてどうであったろうか?」とあらためて思った。

世界中を私と一緒に駆け巡った「戦友・我が愛機の死」を悼んで・・・・・

「上田正樹」の大ヒット曲で、私もですが、酒場でオジサンのカラオケ・スタンダード、定番曲になっている名曲、「悲しい色やね」を同世代の頑張っているオジサン・シンガー「上田正樹」のアルバムから。(JAZZYな「ちょいワルおやじ」参照)


イマジン
上田正樹 / ビデオアーツ・ミュージック
ISBN : B0002I861K
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「上田正樹」ときたら、これは外せないでしょう。ちょっと珍しい英語バージョンで ・・・。
「上田正樹 - 悲しい色やね (英語ヴァージョン) 」

          
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by knakano0311 | 2008-01-13 11:55 | 爵士定規 | Trackback | Comments(0)

読むJAZZ(3)   ~ 筒井康隆の世界 ~

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久し振りの「読むJAZZ」。3人目の文学界JAZZフリークは「筒井康隆」。「観るJAZZ」でもとりあげた岡本喜八監督の映画「JAZZ大名」の原作者である。(「観るJAZZ(2)~我が愛しのJAZZシネマ~」参照)。自身でギターやパーカッションをこなし、時折ジャム・セッションへも参加するというからかなり本格的であるし、音楽的な実力もあるのであろう。
そのジャズ・フリーク「筒井康隆」がこよなく愛する古今の名JAZZナンバーを題材に、ときに恐怖、ときに爆笑、ときに楽しい十二の物語を紡いだ短編集がある。題名はずばり、「ジャズ小説」。

内容は、「BOOK」データベースより引用すると、
「ルイ・アームストロング、アート・ブレイキー、ソニー・ロリンズ、エラ・フィッツジェラルド、ビリー・ホリデイ…。名手の演奏するジャズの名ナンバーに触発されて描く、筒井康隆ならではの華やかな12の短篇集。恐怖あり、笑いあり、ファンタジーあり、ショートショートあり。解説は、畏友・山下洋輔氏による筒井康隆論65枚の力作。」

私はその12編の短編の中で、「ライオン」が一番好きである。主人公が昔命を助けた事のあるライオンが、その一宿一飯の恩義のため、ふらっときて、売れない主人公のバンドのボーカルを勤め、人気バンドにして去っていくという、まるで伊丹十三の映画「たんぽぽ」か、はたまた東映の仁侠映画かという破天荒なストリー。わずか13ページほどの物語であるが、何かの象徴としてのライオン、またそのライオンが不自然でなく仁侠映画のヒーローのように思えてくるから不思議である。

またこの文庫本の巻末には、豪華付録がついている。ひとつは、鈴木琢二氏によるこの短編集に関連のあるアルバムをピックアップして解説している「ディスク情報」。もうひとつは、筒井康隆の畏友・山下洋輔氏による力作、「筒井康隆論」である。

ジャズ小説 (文春文庫)
筒井 康隆 / / 文藝春秋
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そして、黒人奴隷が幕末の小藩に漂流し、藩主を巻き込んでジャム・セッションをする騒動を描く中編は、「小説新潮」1981年1月号に発表され、同年に短編集「エロチック街道」に収録された。さらに、1986年の映画化され、筒井は何と音楽を担当している。また、1981年(昭和56年)8月には、東京日比谷野外音楽堂にて、交友のあった山下洋輔らとともに、クラリネット奏者として「ジャズ大名セッション ザ・ウチアゲ コンサート」に出演、さらに1994年(平成6年)4月、中野サンプラザにて、山下洋輔らのジャズ演奏からなる「筒井康隆断筆祭」を開催、自身も演奏者として参加するなど、ジャズ演奏家としての一面も見せている。

エロチック街道 (新潮文庫)

筒井 康隆 / 新潮社



映画「ジャズ大名より「I Surrender Dear」。
「I Surrender Dear - 筒井康隆」

          


JAZZピアノニストにして、エッセイの名手、「山下洋輔」。彼の書くエッセイ、これぞJAZZプレイヤーの手になる「読むJAZZ」である。そんな代表作を宣伝コピーとともに挙げておこう。

山下トリオが行くところ、何かが起きる…。一九七〇年代、時代は混沌としていた。山下トリオはそんな混沌に乗じて、ジャズ本来の場だけでなく、フォークやロックのフェスティバルへ。異質な場に果敢に踏み込み、風を呼び、雲を呼び、嵐を呼ぶ、まずは「新編 風雲ジャズ帖」。

新編 風雲ジャズ帖 (平凡社ライブラリー)
山下 洋輔 / / 平凡社
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ミュージシャンたちや作家たちのこと、ジャズとともに駆け抜けた無名時代の回想、珍談奇談が乱れとぶ旅日記、横浜ベイスターズ熱血応援記…。世界を股にかけるジャズ・ピアニストのエッセイ集。

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ピアニストを笑え (新潮文庫 や 12-1)
山下 洋輔 / / 新潮社
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by knakano0311 | 2008-01-12 23:20 | 読むJAZZ | Trackback | Comments(0)

顧客満足度それとも不満足度?   ~マーケッターとしてのシニア考(8)~ 

先日、車のディーラーから顧客満足度の電話調査があった。というのも、去年3月に買った車のエンジンオイルの補給を2度ほどディーラーのサービス・ピットで受けていたので、そのことに対して、調査専門会社からの電話調査であった。ディーラーのサービスや対応は、しっかりしていたので、とくに問題はなかったのですが、電話調査を受けながら、現役時代にあったいろいろなクレームや顧客対応を思い出していました。

そもそも、「顧客満足度」はいつごろから日本では言い出されたのでしょうか?たぶん生まれは米国でしょうが、私の経験では「東京ディズニーランド(TDL)の一人勝ち」の原因がそのリピーターの多さにあり、その背景にあるTDLの顧客満足度アップの明解な方針が話題になったあたりからではないかと思う。その後、後発ながらパソコン業界で急速にシェアを伸ばした「DELL」の戦略の成功などによって、企業に「CS(Customer Satisfaction;顧客満足)戦略」の立案や、「CS部」、「コールセンター・お客様相談室」の設立が相次いだ。そのような企業側の対応の反面、消費者サイドの顧客意識も高まり、いわゆる「T社クレーマー事件」の発生もあった。

わたしはメーカに勤務していたため、「顧客にとって価値」が競争の指標であり、それは
V(顧客価値)=F(商品機能)/C(顧客にとってのコスト)  で表わされ、Vが高いほど、顧客満足度も大きいと入社以来教わっていた。しかし、デジタル時代になり、またメーカー各社の技術力も拮抗してくると、いわゆるコモディティ化(注1)のため、Fに差がなくなり結局、「C;価格競争」という最悪のパターンになった。その頃から、「付加価値」ということが言われだした。「希少価値」などが付加価値の代表であったが、バブルの崩壊、デフレ経済とともにバブル的付加価値も消えてなくなり、ブランド力と密接に関係する新たなマーケティング指標「顧客満足度」が登場してきた。

注1)コモディティ化;
コモディティ(英:commodity)化は、市場に流通している商品がメーカーごとの個性を失い、消費者にとっては何処のメーカーの品を購入しても大差ない状態のことである。(出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)

しかし、最近の「顧客満足度」のいき過ぎ?には、いささか疑問も感ずる。昔から「お客様は神様です」という言葉もあり、顧客を大切にするということには、勿論何の疑問もない。笑顔やまごころの対応も大歓迎である。しかし最近は、「顧客満足度」というより「顧客欲望満足度」になってないだろうか?そしてこのことも最近の「偽装」の一因と関係がありそうな気もするし、「顧客を待たせないことに偏った顧客サービス」とそのシステムを維持するためのコストやエネルギーの消費、CO2の排出も気になる。自分への自戒を含めていうと、日本人はいつからそんなに待つことが出来なくなってしまったのだろうか?
CO2排出の削減が大きな問題になってきた今日、近い将来、地球環境か顧客満足度かの選択を迫られる日が来るのも近いのではないだろうか。

たとえば蕎麦屋でよく眼にする「当店はお客様の注文をいただいてから茹でますので、すこし時間がかかります」などの注意書き。この場合、「待たせる」ことは顧客満足なのか逆なのか?
大量のエネルギーを使って、活魚をそのまま遠隔地のお客まで届けることは、これからの時代でも果たして顧客満足にかなうことなのか?難しい問題ですね。

そういえば、「サイモン&ガーファンクル/Simon & Garfunkel」のアルバム「明日に架ける橋」の中に、「Keep The Customer Satisfied」という曲があったのを思い出した。
オススメは、わがミューズ「ジャネット・サイデル」と同じオーストラリア出身のピアニストで、最近「シャレード ヘンリー・マンシーニ・ソングブック」というアルバムで共演した「ジョー・チンダモ/Joe Chindamo」のアルバム「America!」。このアルバムにも、「Keep The Customer Satisfied」が収録されている。チンダモのアメリカに対する憧れが、「ポール・サイモン・ソングブック」として、このアルバムに見事にあらわされている。収録曲は、「America」、「59th Street Brige Song」、「コンドルは飛ぶ」、「Mrs,Robinson」 と続き、5曲目に「 Keep The Customer Satisfied 」が収録。たしか歌の内容は、「生まれ故郷を出て、他国で働いてきたけど、もう疲れたよ。でも、お客を満足させるために一生懸命頑張らなくちゃ。・・・・・」

b0102572_11175797.jpg澤野工房
America


ここは、アルバム「明日に掛ける橋」より、「Simon & Garfunkel」の歌で ・・・。
「Simon & Garfunkel - Keep The Customer Satisfied」

          
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by knakano0311 | 2008-01-11 23:30 | マーケッターとしてのシニアから | Trackback | Comments(0)

謹賀新年

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写真;清和源氏発祥の地、多田神社の本殿

あけましておめでとうございます。年末にアクセス数が6,000を超えました。去年一年のご愛読ありがとうございます。そして、本年も当ブログをよろしくお願いいたします。


年末年始のメディアを観ていて感じたことは、「環境元年」、「地球温暖化防止元年だなあ」ということ。各局、各紙とも、温暖化に関するテーマの特集を扱っていましたね。また、私のところへ着た年賀状の中に、「カーボン・オフセット寄付金付き年賀状」が何枚かありました。民間化に踏み出した郵政公社のこのアイデア、「カーボンオフセット年賀状」を選択した消費者たる友人の意識に感心。恥ずかしながら、「カーボンオフセット年賀状」があることを、私は知りませんでした。今年は、まじめにこの「地球環境問題」を考えるべき年であろうとおもう。

TVの特番などでも「CO2排出権」が話題になっていたが、CO2排出量がヴィジュアル化(見える化)され、価格が付き、経済社会に組み込まれることは基本的に賛成である。そしてそれが、製品やサービスなどすべての商品でコストとして組み込まれれば、経済活動として重要なコスト低減競争や、「カーボンオフセット」などの新ビジネスの成長が、CO2削減につながる可能性がある。まずグローバルレベルで総量規制を始めない限り何も進まないのである。

しかし、心配として、開発途上国の人件費などのコストメリットがなくなり、この競争につよい技術やノウハウを持っている先進国との格差が一層拡大する可能性もはらんでいる。
世界が排出するCO2ガスは70億トンで、そのうち自然が吸収できうるCO2はその半分だそうだ。従って、地球環境を今のレベルから悪化させないためには、CO2ガスの半減が必要であるという。消費活動、生産活動を半減にするか、人口を半減するかというような単純かつ乱暴な解決は出来ない。しかも後戻りできない「悪化」の臨界点は、すぐそこに近づいているとも言われる。

しかしながら、COP13バリ島会議でも、数値目標すらも決められない。先進国、開発途上国を問わず、経済だけではなく安全保障の問題も絡むため、各国の国益・利害の主張、国際石油資本の思惑、新たなマネーゲーム先を求める国際金融資本の思惑等が入り乱れ、これからも活動の入り口の削減目標すらもきめられない期間がこれからもしばらく続くのであろう。果たして時間の余裕があるのであろうか。

これからはグローバルな規模での「政治の出番」であるが、果たして日本のリーダーシップを期待できるのだろうか?そして我々一人一人は何から始めるべきであろうか?個人それぞれの消費を削減しても豊かさを感ずることが出来る生活、ライフスタイルに変えていくしかなさそうと思えるのだが・・・。


正月定番のCDは、「越天楽」も収録され、わが国の音楽のルーツに思いを馳せるの格好のアルバム。2000年1月1日の元旦リリースで日本ゴールドディスク大賞受賞、「東儀秀樹/雅楽」。これからも千年、悠久の大地を育み、子孫に残していけるのだろうか?


雅楽〈天・地・空~千年の悠雅~
東儀秀樹 / / 東芝EMI
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「東儀秀樹 - 越天楽幻想曲 (龍笛独奏)」

          
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by knakano0311 | 2008-01-05 17:02 | 音楽的生活 | Trackback(1) | Comments(0)