大屋地爵士のJAZZYな生活

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おやじのモノ語り(11) ~ 肥後守 ~

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一本の小刀を買い求めた。木を削るために、前から欲しかったもので、カッターではなく「肥後守」。手ごろな値段で、気に入った感じのものがなかなかなく探していた。皺(しわ)肌といい、刃のきらめき、ひんやりとした手触りといい、バランスといい、手になじんで心地よい。私の子供の頃は、男の子だったら誰でも「肥後守」を持っていた。そして、木刀、ぱちんこ、船、鉄砲 ・・・・、なんでも遊び道具を自分で作ったものである。今、地域の子供達に遊びを教える活動をしているが、危険だということで、学校でも家庭でも使い方を教えないためか、ナイフや小刀を正しく使える子供は殆どいない。やがて職人技だとか、ものづくりへの興味だとか、大切なことが、だんだんと失われていってしまうんだろうな。大変気がかりなことではある。


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さて、小刀を手に入れてみると、早速何か削りたくなるというもの。山遊びで拾ってきた「南天」の小枝で、「ペーパーナイフ」を作ってみた。「南天」の木は柔らかで削りやすく、また芯の部分の色が変わっているところがあって、削っていくうちに模様が浮き出てくるのが楽しい。刃の形がまだ上手く削りだせず、失敗作ではあったが、二本の「ペーパーナイフ」が削れた。次は、妻からは「まだ気が早い」といわれたが、初孫の「お喰初め」のための匙(さじ)でも削ってみようかと思う ・・・ 。

人が人たる由縁の一つは道具を使えることである。気の遠くなるような進化の過程の中で猿が道具を手にした途端、ヒトへの進化が急速に始まったという。モノリスによって啓示を受け、最初の道具である骨を手にした猿が、それを投げると宇宙ステーションに時空が跳ぶという鮮やかなシーンは、「スタンリー・キューブリック」監督不朽の名作「2001年宇宙の旅/2001 a space odyssey」(1968年)であった。

2001年宇宙の旅 [DVD]

ワーナー・ホーム・ビデオ




観てみますか、 あの有名なシーンを




そして、直立歩行を始めた猿人の進化の過程をテーマにした「チャーリー・ミンガス/Charlie Mingus」の初期の傑作アルバムは「直立猿人/Pithecanthropus Erectus」。ジャズ・ベースの巨人、「チャーリー・ミンガス」が「ジャッキー・マクリーン」(As)、「マル・ウォルドロン」(P)らと繰り広げた歴史的名盤。「進化」、「優越感」、「衰退」、「滅亡」となづけられた4楽章からなる11分近いこの曲「直立猿人」は、学生時代何度となくJAZZ喫茶で聴いた曲でもあった。

直立猿人

チャールス・ミンガス / Warner Music Japan =music=



今日も、いつものように山遊びにでかける。伐採した枝を片付ける作業の手を休めて顔を上げると、「生命の緑」と呼ぶしかないような台場クヌギの若葉の鮮やかな緑が眼に飛び込んでくる。その美しさには本当に感動する。何年か前に伐採した切り株から枝が伸び、新芽が再生し、若葉が芽吹いているのだ。こんな風に繰り返しやってくる自然の営みに感動する心もまた人が人たる由縁でもあると思うのだ。

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by knakano0311 | 2010-04-30 09:57 | 爵士定規 | Trackback | Comments(0)

天候が季節に追いついた日

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前夜の暴風雨から一転、やっと天候が季節に追いついたような、朝から爽やかな青空が拡がる一日であった。明日から連休、人出の少ない平日のこんな日こそウォーキングとお茶を六甲山でしようと早速車を走らせる。

「ミズバショウ」や「ニリンソウ」など4~5月に咲く高山植物を六甲高山植物園で楽しみ、大阪湾が一望できるガーデンテラスでお茶を喫す。すこしひんやりとしいるが爽やかな風に吹かれながら、いつまでも座っていたい気分でした。韓国・済州島に咲くという「タンナゲンカイツツジ」の苗を求め、育ててみることにしました。

眼下にひろがるパノラマ、透明な空気、そよぐ風、鳥のさえずり、静寂 ・・・ ほどよく心地よい時間が流れる。  


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初代EJTのピアニスト、「カレル・ボエリー」のアルバム「サイレント・ノクターン」。ピアノこそ「静寂の美」。

サイレント・ノクターン

カレル・ボエリー・トリオ / エム アンド アイ カンパニー


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by knakano0311 | 2010-04-29 00:51 | おやじの遠足・街歩き | Trackback | Comments(0)

いもたこなんきん、フェイク・ボッサ

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北京で一番人気の日本人歌手は誰でしょう?色々な見方があるでしょうが、わたしの感じでは「浜崎あゆみ」か「小野リサ」でしょう。理由は、北京のいくつかのCDショップの店頭に並んでいるCDの種類は、この二人が群を抜いて多かったからです。もっとも、ここ3年ぐらいは行っていませんので、古いデーターとなっているかも知れませんが・・・。写真は北京で買い求めた彼女のCDのいくつか。一枚20元~30元(約300~450円)だったでしょうか。

その「小野リサ」、じつは我が奥さんが大のファン。この一ヶ月は彼女の最新アルバム「ASIA」をよく聴いています。ブラジル音楽としてのボサノバの世界から飛び出し、ラテン、JAZZ、ソウル・R&B、カントリーなどすべての音楽をボサノバで旅することに挑戦しているかのような彼女。今度は、アジア9カ国の音楽の旅。アルバムタイトルも「ASIA」。中国、韓国、インドネシア、フィリッピンなどの歌が彼女独特の声と雰囲気で流れ、何か懐かしい古き良き時代に戻っているようなまったり感、安心感が全身を包む。敬意を込めて「フェイク・ボッサのディーバ」といってもいいでしょう ・・・。

ASIA

小野リサ / エイベックスイオ


 
 
聴いてみますか?タイの歌を。 「Saichon」。


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by knakano0311 | 2010-04-28 09:55 | いもたこなんきん | Trackback | Comments(0)

我が青春のシネマ・グラフィティ(19) ~ 憧れた肉体派女優たち(1) ~

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『青春時代の私にとってのセックス・シンボル的女優は誰だったであろうか? 最初は、「007は殺しの番号 ドクター・ノオ(1962)」の初代ボンドガール、「ウルスラ・アンドレス/Ursula Andress」(参照「青春のシネマ・グラフィティ(4)~007危機一発/ダニエラ・ビアンキ~」)、そのつぎは、「エルケ・ソマー/Elke Sommer」であったような気がする。』とブログに書いた。確かにそうには違いないが、しかし思い出せば、その目覚めは、「シルバーナ・マンガーノ/Silvana Mangano」と「ソフィア・ローレン/Sophia Loren」であったと思う。「ジェーン・マンスフィールド」や「マリリン・モンロー」などのアメリカ女優ではなく、イタリア女優だったのです。イタリア女性のあの偉大なる胸と腰に圧倒されたというのがそもそもの始まり。45年後のイタリア旅行でも改めてそう思ったのだった ・・・。

「シルバーナ・マンガーノ」(1930-1989年)。ローマ生まれ、7歳の頃からバレエを習い、16歳でミス・ローマに選ばれた。これを機に女優を志し、1948年「にがい米」で映画デビュー。翌年にはその作品のプロデューサー、「ディノ・デ・ラウレンティス」と結婚。彼の手掛ける作品に出演作を重ねていく。代表的出演作は、けっこう作品に恵まれて、1967年の「アポロンの地獄」、「ベニスに死す」(1971年)、「ルードウィヒ/神々の黄昏」(1972年)、「家族の肖像」(1975年)と60年代後半から作品が多く、遅咲きの感がある。そうそうSF映画「砂の惑星」(1984年)にも出ていました。しかし私にとっては、なんといっても「にがい米」。たしか高校生のとき、名画鑑賞会で観たと思います。写真のシーンは田植えの服装ですが、あの偉大なる胸にただただ驚愕し、顔をうずめることができたならと不届きな妄想を抱いたものです。映画公開当時、その強烈なセックス・アピールで一躍スターとなり、日本ではなんと「原爆女優」と呼ばれたいうからその凄さ、強烈さがどう受け止められたかが分かるというもの。

悪党のワルテルと情婦のフランチェスカは首飾りを盗んで、警官に追われた。フランチェスカはトリノの駅から水田地帯に向う田植女の群にまぎれこんだ。このなかにシルヴァーナ(シルヴァーナ・マンガーノ)がいた ・・・ 。

にがい米 [DVD]

ペトラッシ / ビデオメーカー



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その偉大なる胸と腰に釘付けになったもう一人のイタリア女優は、「ソフィア・ローレン」だった。その映画は、これも名画鑑賞会で観たと思うが、世界的な大スターとして、その名が知られるようになった「島の女(1957年)」、アカデミー賞およびカンヌ映画祭の主演女優賞を受賞した「ふたりの女(1960年)」である。

「ソフィア・ローレン」(1934年9月20日 -  )。数々の名作に出演した大女優である。今年76歳になるというお年であるが、「ロブ・マーシャル」監督のミュージカル映画「NINE」が公開中で、いまだその活躍は衰えていない。

映画「島の女/Boy on a Dolphin」は、1957年製作のアメリカ映画。「ジーン・ネグレスコ」監督、「アラン・ラッド」、「ソフィア・ローレン」主演で、ギリシャのエーゲ海に沈んでいたブロンズの彫像「いるかに乗った少年」をめぐる冒険とロマンスのアクション作品。海からローレンが上がるシーンで、水に濡れたシャツから豊かな胸が透けて見え、グラマーな肢体に全世界の男たちの眼が釘付けになり、彼女は一躍世界的な大スターとなった。まさに「バストで勝負」(1955)なんて彼女主演の作品を地でいったようなものである。

「島の女」はDVDが発売されていませんので、YOUTUBEで話題となったそのシーンをごらんください。ギリシャのエーゲ海。美女フェドラ(ローレン)が、海底で「いるかに乗った少年」のブロンズ像を見つけて、舟にもどるあのシーンの動画を ・・・ 。 今観ると、エーゲ海の青い海、いやらしさはまったくないものの、当時の高校生には刺激が強かったかなあ。





そして、この映画の美しい主題曲「いるかに乗った少年/Boy On A Dolphin」も、私にとって忘れがたい曲となったのだ。映画の中では、「アラン・ラッド」扮する教授を前に、ギリシャの男達に囲まれて「ソフィア・ローレン」がこの歌を歌っていたのも忘れられないシーン。


スエーデン出身の貴公子「ヤン・ラングレン/Jan Lundgren」率いるトリオのアルバム「シェルブールの雨傘」。「ジャズ・イン・シネマ第一集」と題した映画音楽集である。誰でも知っていて思い入れのある映画音楽をJAZZ化するのは結構大変ではないかと想像するのだが、「いるかに乗った少年」をはじめ、ラングレンは原曲のよさを失わず、エレガントにスイングする。EJTに隠れた感があるが、美メロを奏でる北欧JAZZピアノの逸材としてイチオシのピアニスト。

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シェルブールの雨傘

ヤン・ラングレン・トリオ / インディペンデントレーベル






そして聴いてみますか? 「ジュリー・ロンドン」の歌う「Boy On A Dolphin」。



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by knakano0311 | 2010-04-27 09:55 | シネマな生活 | Trackback | Comments(0)

めぐる季節の中で ・・・

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今年の天候は不順であるが、きちんと春は巡ってくる。エドヒガン、ソメイヨシノのステージが終わり、今は八重桜と遅咲きの山桜が満開である。この春一番の快晴。遠く大阪市街を望むわが団地の高台にたつと、若葉によって作られる緑のグラディエーション、山桜がもたらす緑と白のパッチワークが鮮やかに視界に入ってきた。そして、いつもウォーキングをする散歩道には、いつものように、山桜、八重桜、ハナミズキ、馬酔木、藤、ツツジ などがいっせいに咲き出した ・・・。  

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4月25日。もうあれから5年経ったのだ。2005年4月25日午前9時18分、死者107人、負傷者562人という未曾有の犠牲者、被害者を出したJR宝塚線(福知山線)の脱線事故は起こった。事故当時、大学3年生であった三男は、たまたま最後尾の車両に乗っていたため、奇跡的にもかすり傷程度で済み、現在は首都圏で働いている。(参照 「2005年4月25日の奇跡」






「うつむきかけた あなたの前を 静かに時は流れ めぐる めぐる季節の中で あなたは 何を見つけるだろう ・・・ 」は、1978年(S.53)、「松山千春」のヒット曲「季節の中で」。 
鎮魂、黙祷 ・・・・。



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by knakano0311 | 2010-04-25 17:38 | 想うことなど・・・ | Trackback | Comments(0)

我が青春のシネマ・グラフィティ(18) ~ ジェーン・フォンダ/ジュリア・黄昏 ~

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NHKの衛星放送で、「ジェーン・フォンダ」主演、「フレッド・ジンネマン」監督の「ジュリア」を観た。有名な劇作家でもあり、ハードボイルド作家「シドニー・ルメット」のパートナーでもあった「リリアン・ヘルマン」の回顧録を元に、激動の時代を生きた2人の女性の美しい友情をサスペンス・タッチで描いた実話である。この映画で「ヴァネッサ・レッドグレーヴ」と「ジェイソン・ロバーズ」がアカデミー助演賞を受賞、実力派スター達の見事な演技が堪能できる作品である。そして、この映画封切り時、それまではあまり好きではなかった、むしろ嫌いであった女優「ジェーン・フォンダ」の美しさと演技力に驚かされた作品でもあった。

「ジェーン・フォンダ/Jane Fonda」。1937年12月生まれ。なんともう72歳にもなるのである。父は名優「ヘンリー・フォンダ」、弟も俳優で監督、製作者の「ピーター・フォンダ」というその毛並みの良さ。「ヴォーグ」誌などの表紙を飾るモデルとなり、その後女優の道へとすすむ。1960年「のっぽ物語」で映画デビューしたが、父ヘンリーの影響力へのつっぱりや抵抗のためか、「ルネ・クレマン」監督のフランス映画「危険がいっぱい」(1964年)への出演依頼があったのを機会にアメリカを脱出フランスへ。「危険がいっぱい」で共演した「アラン・ドロン」の紹介で出会った映画監督「ロジェ・ヴァディム」の「輪舞」(1964年)に出演した後、ヴァディムと結婚(1973年に離婚)。その後、「女優を扱わせては右に出るものはいない」といわれたヴァディムにより、美しいセックス・シンボルとなっていった。そんな代表作が、エロチックSF映画「バーバレラ/Barbarella」(1967年)。この映画も観たが、「親の七光りのなかで自由奔放、わがままいっぱいに振る舞っているじゃじゃ馬娘」ぐらいの印象しかなかった。その後、1971年「コールガール/Klute」でアカデミー賞主演女優賞をとったものの私の興味をひくことはなかった。1973年ヴァデムと離婚したわずか5日後、急に政治に目覚めたのか、反戦の闘志でSDSの元リーダーの政治活動家の「トム・ヘイドン」と再婚(1989年に離婚)し、ベトナム戦争復員軍人による反戦活動VVAWの公聴会を支援し、資金集めに全米各地で集会など反体制の政治活動に傾倒し、反戦、ウーマンリブの闘志として話題をあつめていった。ハノイに乗り込んだことから「ハノイ・ジェーン」と呼ばれ、FBI、CIA、当局からの監視対象となったという。

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こんな活動をみても、父ヘンリーへのツッパリと裏返しのヴァデム、ヘイドンへの影響依存というか、ファーザー・コンプレックスというか、そんな風にしか感じられず、過激な発言やその行動力も「ファザ・コンお嬢様の道楽」としか思えなかった。

私の彼女への評価が一変した作品は、「ジュリア/Julia」である。「フレッド・ジンネマン」監督の「ジュリア」(1977年)。戦時下の女性たちの生き様を描いた感動ドラマ。第二次大戦下のベルリン。リリアンは反ナチス運動を続ける親友のために、活動資金を届けようと奔走するが…。 アカデミー賞11部門ノミネート、3部門で受賞した名作。反戦、反体制とは縁のなかった側のリリアンを抑制された演技で演ずるジェーン。「演技」を通じて主張する「女優という職業」に目覚めた彼女をみた思いがした。

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そして以後の彼女は、女優として数々の問題作に出演し、様々な演技力を展開してゆく。ベトナム戦争を背景に一人の女性が人間として目覚め成長していく姿を描き、2度目のアカデミー主演女優賞を受賞した社会派ドラマ「帰郷/Coming Home」(1978年)、原発事故の恐怖をリアルに描いたサスペンス、1979年の「チャイナ・シンドローム/The China Syndrome」、そして、上司のセクハラに耐えかねた3人のOLが結束して、上司を懲らしめようとするブラック・コメディの「9時から5時まで/9 To 5」(1980年)。

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そして彼女の演技が完成の域に達したと思わせたのが、父「ヘンリー・フォンダ」、それまでにアカデミー主演女優賞を3回も受賞している大女優「キャサリン・ヘップバーン」と共演した「黄昏/On Golden Pond」(1981年)である。夫婦愛、疎遠になっていた父娘の葛藤がテーマであるこの作品で、ジェーンは脇に回り主人公の娘役で出演。

ニューイングランドの別荘でバカンスを過ごしている一組の老夫婦のもとに、彼らの娘がやってきた。父親は愛情の示し方がわからず、それが故に、父娘の仲は疎遠になっていた。だが、娘のつれてきた孫を通じて、彼の娘への愛情は形にあらわれていく・・・。

ジェーンが不仲だった実父ヘンリーとの和解のために企画した作品といわれたが、スクリーンの裏側に、実はこんな背景があった。ジェーンが12歳の幼い頃、実母が、父ヘンリーの浮気を苦にして自殺したと知って以来、父との確執が始まった。父はその後も別の女性との再婚・離婚を繰り返した。ジェーンはそれに反発して、ことごとくヘンリーに背き、屈折した青春時代を過ごしたという。 ヴァディムとの結婚も、父に知らせないままだった。その後、父との和解を決意したジェーンは、現役俳優として主演男優賞が欲しいと父が願っていたことを知り、ブロードウェイで人気を博した家庭劇の佳作「On Golden Pond」の映画化権を買い取り、主人公をヘンリー、その妻役を「キャサリン・ヘプバーン」にキャスティングをする。そして念願かない、父と娘の絆は映画同様現実でも復活し、見事に主演男優・主演女優アカデミー両賞を獲得し、この「黄昏」が「ヘンリー・フォンダ」の遺作となった。

ジェーンが魂の軌跡を完結させたのが、この「黄昏」のような気がする。この映画で私のジェーンフォンダ観は、以前のそれとはまったく違うものになってしまったのだ。「彼女は、この映画の役を演ずるために女優になった」とさえおもえるのだ。そしてこの映画で女優人生を完結し終えたかのように、その8年後「アイリスへの手紙/Stanley & Iris 」(1989) 一本に出演したあとスクリーンから静かに引退した。ジェーン52歳であった。
 

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「ジュリア」で共演した「ヴァネッサ・レッドグレーヴ」は、近年「つぐない」で、円熟した見事な演技を見せてくれた。「ジェーン・フォンダ」は、2005年から15年ぶりに女優復帰し、2本の映画に出演したが、本格的な復帰がのぞまれているという。


映画「黄昏」の音楽を担当したピアニストで作編曲家の才人「デイヴ・グルーシン/Dave Grusin 」。数ある手がけた映画音楽では「ロバート・デ・ニーロ」、「メリル・ストリープ」共演の「恋に落ちて」で使われた「マウンテン・ダンス」が最も有名であろう。「デイヴ・グルーシン」の映画音楽集をあげておきましょう。

デイヴ・グルーシン・ソロ・ピアノ-NOW PLAYING:映像テーマ集

デイヴ・グルーシン / ユニバーサル ミュージック クラシック



マウンテン・ダンス

デイヴ・グルーシン マーカス・ミラー ジェフ・ミロノフ イアン・アンダーウッド エドワード・ウォルシュ ハービー・メイソン ルーベンス・バッシーニ/ビクターエンタテインメント


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by knakano0311 | 2010-04-24 00:29 | シネマな生活 | Trackback | Comments(0)

余計なおせっかいかもしれませんが ・・・

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(写真は 産経新聞 による )

沈静化の方向に向かっているらしいが、アイスランドの火山噴火による航空機の運行停止が深刻な影響をもたらすかもしれないと報じられている。旅行だけでなく、ヨーロッパからの食料品や医薬品などの物資の輸入がストップしている。そして、200年ほど前の同じ火山の爆発のときも噴煙がヨーロッパ上空を覆い、異常気象による食料不足、大飢饉をもたらしたという。そんなニュースを見た後で買い物に行ったスーパーマーケット。多くの若い奥さん達が山のように食料品を買っていたが、その殆どが、インスタント食品や冷凍食品であった。万が一、大部分を世界からの輸入に頼っている日本への食材がストップしたら彼女達は家族の食を守っていけるのだろうか?余計なおせっかいかもしれないが、そんな心配が頭をよぎった。「お前は?」って。私は終戦の翌年生まれ、飢餓や粗食を経験した世代であるし、一人暮らしのときに自炊もした世代。野菜などもきっと自分で育てていけると思う。万が一、食料が海外から入ってこなくなっても、多分乗り切っていけるのではと妙な自信も持っている。どんな食料でも手軽に手に入るこの時代は本当に「豊か」なんだろうか?子供達は野菜がどう育っているのか知らない。スーパーで並んでいるものしか観たことがないのだ。「食糧安保」なんて言葉を持ち出すまでもなく、これでいいのだろうかと思ってしまう。

アイスランド、レイキャビクといえば、「ジョン・レノン」を記念した光のタワー、「イマジン・ピース・タワー」があるところ。(参照「60歳過ぎたら聴きたい歌(11)~Imagine~」 ) あのタワーは噴火でどうなったろうか? 無事ならば、こんなときこそ「光の塔」を立ち上げて欲しい。


さあ、あまり深刻に考えずに食事は楽しくするもの。陽気なラテンJAZZのリズムを聞きながら、ワインをあけるといたしましょうか。カーティス・フラー、ズート・シムズ、トミー・フラナガンといった面々が繰りひろげる肩の凝らないJAZZ。

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サウス・アメリカン・クッキン

カーティス・フラー / ソニーミュージックエンタテインメント


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by knakano0311 | 2010-04-23 09:54 | 想うことなど・・・ | Trackback | Comments(0)

60歳過ぎたら聴きたい歌(59) ~最後のニュース ~

ハイチに続いて中国・青海省でも大きな地震、多数の犠牲者。バンコクの暴動の中でまた日本人のジャーナリストの命が奪われた。モスクワの地下鉄テロ ・・・ 。

我が家のデジタルTVは、DVDのモニターと化している時間の方が長いのだが、それでも見ているニュース番組からは相変わらず悲惨なニュースが流れてくる。思い出すのは、「井上陽水」の「最後のニュース」。この曲は、1989年10月に放送開始した報道番組「筑紫哲也NEWS23」の初代エンディングテーマであった。地球上で起こる様々な問題を暗示させるエッジで過激な歌詞を甘いメロディでつつんだ秀逸なバラードであった。1991年5月まで使用されたが、20年後のいまでも、その今日的メッセージはまったく色褪せていない。

【 最後のニュース 】  作詞作曲;井上陽水


歌詞はこちら。


多くのベスト盤に収録されているが、私はJAZZアレンジを前面に押し出して作られたセルフカバー・アルバム「Blue Selection」がお気に入り。「最後のニュース」のほか、なんといっても冒頭、「飾りじゃないのよ涙は」が圧巻。曲が終わった瞬間、思わず「かっこいい」と叫んでしまったくらいJazzyなテイストに満ちている。

Blue Selection
井上陽水 / フォーライフミュージックエンタテインメント
ISBN : B00006RTNQ
スコア選択:


聴いてみますか、「最後のニュース」を ・・・ 。




 
 
 
  
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by knakano0311 | 2010-04-22 00:05 | 60歳過ぎたら聴きたい歌 | Trackback | Comments(0)

時間の止まった町 ~丹波篠山~

丹波篠山は、去年、篠山城築城400年を迎え、昔の面影がいまだ色濃く残る小京都と呼ばれる城下町である。時間が止まったようなその町並みは、いつも優しく私を迎えてくれるのだ。路地の角からひょいと懐かしい顔が現れそうな気がする。

蕎麦屋、黒豆の老舗、商家群、畳屋、散った櫻と丹波焼きの窯、武家屋敷とまんさく、大甕 ・・・・・ 。この町を歩くことは、日本人であることの心地よさを感じること。

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誰もが幼い頃一度は手にしたに違いない楽器、ハーモニカ。ハーモニカが奏でる懐かしくも暖かい演奏は「リー・オスカー/Lee Oskar」の「ハーモニカ日和」。ほのぼのとしたハーモニカによるスタンダードを聴かせてくれるオスカー。

ハーモニカ日和~プレイズ・スタンダード

リー・オスカー / 徳間ジャパンコミュニケーションズ



聴いてみますか、オスカーのハーモニカの音色。 「Before The Rain」。


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by knakano0311 | 2010-04-21 09:31 | おやじの遠足・街歩き | Trackback | Comments(0)

二人の媛へ ・・・

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真冬のような二日間から一転、今日は風は冷たいものの、やっと待ち望んでいた4月の日差し。隣町池田市のディーラーへ車をメンテに出した後、時間待ちのため、付近をウォーキングしてみることにした。この付近には、綾羽(あやは)、呉服(くれは)、絹延(きぬのべ)、織殿(おりどの)など布や織物に関した地名が多いことには前から気付いていたが、それは「日本書紀」に記された二人の媛(ひめ)の伝承が、いまもこの地に色濃く反映しているからであると知った。そんな2人の媛の伝承を追いかけるウォーキング。

応神天皇の時代、機織・縫製技術を得るために呉の国に派遣された阿知使主(あちのおみ)、その子、都加使主(つかのおみ)が呉王に乞い、連れ帰った呉服媛(くれはとりのひめ)・穴織媛(あやはとりのひめ)・兄媛(えひめ)・弟媛(おとひめ)の4姉妹のうち、池田の地には呉服・穴織姉妹が迎えられたという。

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その船が着いたのが、「猪名の港」、現在の猪名川に架かる呉服橋と絹延橋の中間地点で、いまでも「唐船ケ渕(とうせんがふち)」と呼ばれ、記念の碑が残っている。その唐船ケ渕近辺に機殿(はたどの)を建て、呉服媛・穴織媛を迎えたという。そして二人の媛の教えにより、裁縫、機織、色染めの技術がわが国に伝えられ、呉織、蜀錦、綾錦の衣服ができるようになったとともに、呉服尺などの技術も伝わったといわれている。二媛は一室にこもりひたすら機織と裁縫にいそしみ百余歳の高齢までわが国の機織・縫製技術に大きな貢献をした。そのことは、姫室、絹掛、染殿井などの地名や、猪名川の清流で織布を洗い、河原で干したことから絹延の河原と呼ばれ、そのまま地名となっていることからも偲ばれる。二人の死後、仁徳天皇は、宮を建てて二人の媛を祀ったのである。池田駅近くにある「呉服(くれは)神社」には、姉の「呉服媛」が祀られ、五月山山麓にある「伊居太(いけだ)神社には妹の「穴織媛」が祀られている。

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今回のウォーキングは「唐船ケ渕」~「伊居太神社」~「呉服神社」と二人の媛ゆかりの神社を辿ってみた。現在は高速道路にかかる吊り橋を臨む付近が「唐船ケ渕」。堤防には碑が建っていた。そして、櫻の名所でもあり、市民の憩いの場ともなっている五月山中腹にある「伊居太神社」へ。伊居太(いけだ)神社は、池田市綾羽にある市内最古の神社である。正式名称は「穴織宮伊居太神社」(あやはみやいけだじんじゃ)。呉の国から渡来し、日本に機織技術を伝えたとされる二人の織姫の一人、穴織媛(あやはとりのひめ)と、応神天皇、仁徳天皇を祀っている。仁徳天皇76年に穴織媛が死去し、その翌年に仁徳天皇がこの地に建てたとされ、 延暦4年、桓武天皇の勅命により社殿を新たに建設、応神天皇、仁徳天皇を祀るようになったという。 現在の社殿は、織田信長の摂津国への入国により焼失後、慶長9年(1604年)に豊臣秀頼によって再建された物である。行ってみてその壮麗な社殿、凛とした神社のたたずまい、空間に驚いた。写真の一番奥が伊居太神社の本殿で、五間社流造というらしく、正面には軒唐破風がつき、三つの千鳥破風が立ち上がる壮麗な建築である。近所にありながら、今回私も初めて訪れたというくらいあまり知られていないが、猪名川を望む高台にあり、春は櫻、初夏は若葉、秋は紅葉につつまれる自然に中にひっそりと穴織媛は祀られていた。境内には彼女ら姉妹をこの地に連れてきた阿知使主も分骨して祀られている。


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この「上の宮」とよばれている「伊居太神社」を下り、堤防沿いを姉媛・呉織媛(くれはとりひめ)が祀られている「下の宮」とよばれる「呉服(くれは)神社」へとむかう。傍らには近畿地方ではあまり見かけない「トキワマンサク(常盤萬咲)」の花が満開。萬の花に先駆けて真っ先に咲く花という意味で名付けられたらしい。猪名川を跨いで鯉のぼりが風に泳いでおり、気候は不順であるが、季節は確実に進んでいることを感じさせる。

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阪急宝塚線池田駅のすぐ脇にある「呉服神社」。前述の織姫伝承にあるように、日本に呉から裁縫・機織の技術を持って渡来した姉妹の姉の呉織(くれはとり)を祀っている。正式名称は、「呉服大明神」、後醍醐天皇から賜ったものという。伊居太神社とは違って、狭い境内には豊臣秀吉の命を受けて片桐旦元が修復したという本殿を除けば、すべて近代以降のもの、境内には二人が一心不乱に機を織ったという「姫室」址の碑やこの伝承を題材とした謡曲「呉服」の史跡などが残っている。媛の死後、後醍醐天皇は「これ以後わが国にて絹布の類をすべて『呉服(ごふく)』と称せよ」との命令を出し、そのようになったため、呉服の語源の地とされている。猪名川に架かる呉服橋、池田市の呉服町、芝居小屋の呉服座(愛知県の明治村に移築)、地元の銘酒・呉春等、様々な名称の由来にもなっているのだ。

はるかなる記紀神話の時代、実在性が濃厚な最古の大王(天皇)とも言われる応神天皇の頃の4世紀、二人の織姫が遥かなる中国、呉の国から誘われてわが国に裁縫、機織の技術を伝えたという。史実かどうかは分からないが、二人の媛の数奇な運命に思いを馳せれば、一編の物語が頭に浮かぶ。そして、1600年を経たいまでも媛たちを慕い、顕彰している地元の信仰心、伝承にも歴史のもつ活きている息遣いを感じるのだ。

「スティーブ・キューン・トリオ/ Steve Kuhn Trio」の「亡き王女のためのパバーヌ」。スティーブ・キューンのリリカルな持ち味を生かしたクラシック曲集。ジャケットは衣服ならぬ裸体の媛であるのだが ・・・・。

亡き王女のためのパバーヌ

スティーブ・キューン・トリオ / ヴィーナス・レコード



「Pavane for a Dead Princess-Steve Kuhn Trio」

          
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by knakano0311 | 2010-04-19 10:41 | おやじの遠足・街歩き | Trackback | Comments(0)