大屋地爵士のJAZZYな生活

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疑え!猛暑の中で

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すこし過激なタイトルになってしまったが、今年になって、異常気象、ゲリラ豪雨、猛暑と気象異変と思われる気象が続いているが、マスコミがニュースに取り上げるとすぐに「地球温暖化」と「原因はCO2ガス」という結論になってしまう。NHK、全国紙、マスコミ大手もほぼその論調一色である。あえて言う。本当だろうか? 一度疑ってみては ・・・。

日本人の悪い癖といってもいいかもしれないが、マスコミが誘導し、形作る一方向のイメージや論調に、世論が雪崩をうって傾いていってしまう傾向がある。マスコミが「わあ~!」と騒いで、各社がおなじ論調になるようなニュースはどうも気をつけたほうがいいようだ。記者が裏をとらず、どこかからのリークまかせや、きちんと事実関係を自分で調べていない受け売りの可能性がある。小泉劇場、郵政選挙、民主政権交代、耐震偽装事件、ホリエモン騒動もそのようであったと思う。最近の小沢一郎氏をめぐる金の話などもそうかもしれない。かくして、マスコミによって作られた世論は、まるでそれ以外の意見や見解、反論を認めようとはしなくなる。もちろんこの効果こそがリークする側の狙いであることは間違いないのだが ・・。しかし、もっとマスコミとして罪が深いのは、国益に重大なる影響があるにもかかわらず、まったく報道しない重大なニュースがあることである。一連の「小泉~竹中改革」のまるで台本ではないかと思われる、米国が毎年日本に突きつけてくる「年次改革要望書」の内容、声高に主張された「日本の金融立国」、その裏にあるリーマンショックを引き起こしたアメリカ強欲資本主義など、これらの話は、一般的にはまったく報道されなかったし、勉強不足といってしまえばそれまでだが、私もまったく知らなかった。

連続14日続く猛暑日。この猛暑の中だからこそ、少しうっとうしいかもしれないが、あえて「エコロジー」、「地球温暖化」、「CO2」、いまの時流に逆らう意見、論を紹介しておきましょう。もちろん私は裏をとっていませんので、この論が真実であるかどうかは断言できません。ささやかながら「疑ってみよう、考えてみよう」と問題を喚起してみるだけです。


「武田邦彦」氏。数年前であるが、はじめて彼の主張に触れたときは衝撃的であった。マスコミに踊らされず、「地球温暖化説」、「リサイクル運動」などに真っ向から批判、論戦を挑む学者がいることに ・・・。ずいぶん彼のブログも読んだ。 (参照 「武田邦彦氏のHP、ブログ」 )

ありとあらゆる企業がCIとすることに飛びつき、錦の御旗と化し、イメージTVコマーシャル化して流している「地球にやさしい」環境活動。この無邪気なCIが、人々を欺き、むしろ環境を悪化させているとしたら・・・。官製リサイクル運動が隠してきた非効率性と利益誘導の実態とは? 地球温暖化を防げない京都議定書。2007年10月、環境啓蒙活動が評価され、IPCCと共にノーベル平和賞を受賞した「アル・ゴア/Albert Arnold "Al" Gore, Jr」氏にとっての「不都合な真実」も次々に明らかになる。

環境問題はなぜウソがまかり通るのか (Yosensha Paperbacks)

武田 邦彦 / 洋泉社



いわゆる「地球に優しい生活」は、じつは消費者にとって無駄でしかない。「レジ袋をやめエコバッグにすると、かえって石油の消費が増える」、「冷房を28℃に設定しても温暖化は止められない」、「多額の税金と手間をかけて分別したゴミ、そのほとんどが焼却される」、「リサイクル料を業者に払った廃家電は、違法に中古で流れている」 ・・・。かようにエコ生活は、環境を悪化させ、企業を太らせ、国や自治体の利権の温床となっている。「何が本当のエコか?」衝撃的な環境問題の疑問を提起する。

偽善エコロジー―「環境生活」が地球を破壊する (幻冬舎新書)

武田 邦彦 / 幻冬舎



「温暖化はCO2のせいではなかった!」地球温暖化は人為的なCO2の排出が原因であるとして、ノーベル平和賞を受賞した「IPCC(気候変動に関する政府間パネル)」の論拠となった基礎データが捏造、データ改竄が暴かれ、欧米では大問題になっている。なぜか日本ではほとんど報道されていないが、本書はCO2の冤罪を晴らし、温暖化の実態とその真の原因を追い、世界中を欺いた、真の犯人を科学的に推理する。

二酸化炭素温暖化説の崩壊 (集英社新書)

広瀬 隆 / 集英社



もし武田氏や広瀬氏の主張が真実で正しいのなら、日本が国際的に提言し、約束しようとしている「CO2の25%削減」なんて話は、まるで悪夢か、怪談話かのようである。

夕方、狭い庭に散水をしていたら、草むらからまだ羽化したばかりのバッタやキリギリスが一斉に飛び出してきた。季節はちゃんと進んでいる。


さて、猛暑を感じさせるタイトルを持つJAZZナンバーといえば、「ヘンリー・マンシーニ/Henry Mancini」の名曲、「Slow Hot Wind」はどうでしょうか。タイトルは暑そうですが、意外と涼しげな曲ですよ。スタンダードの名曲で、手持ちのアルバムを調べてみたら、「サラ・ヴォーン/Sarah Vaughan/The Manchini Songbook」、「ジャネット・サイデル/Janet Seidel/Charade」、「セルジオ・メンデス&ブラジル66/Sergio Mendes & Brasil 66 」、「テッサ・ソーター/Tessa Souter/Night Of Key Largo」などの多くのアルバムに収録されています。

[ SLOW HOT WIND ] Music by Henry Mancini Lyrics by Norman Gimbel

 「♪ His gaze  Swept over me  Like a slow hot wind
    Some days  It's too warm to fight  A slow hot wind ・・・

    彼の視線は 私をさらっていってしまう slow hot wind のように
    いつの日にか それは抗えないほど熱くなってしまう A slow hot wind ・・・ ♪」

たまには男性ボーカルもいいでしょう。「ジョニー・ハートマン/Johnny Hartman」の1964年録音のアルバム「The Voice That Is!」から。通好みの渋い男性ボーカルですが、Jazz好きの「クリント・イーストウッド/Clint Eastwood」監督のお気に入りで、彼が映画「マディソン郡の橋」で「ダイナ・ワシントン/Dinah Washington」とともに、効果的に使っていた歌手といえば、うなずく方もいるかもしれませんね。

Voice That Is

Johnny Hartman / Grp Records



聴いてみます? ヴェルベット・ヴォイスと呼ばれた「Johnny Hartman/A Slow Hot Wind」。

          
 
もうひとりおすすめしましょうか。イタリアの海坊主?「マリオ・ビオンディ/Mario Biondi」。このブログでも紹介したことがあるが、活きのいいイタリアのハードバップ・クインテット「High Five Quintet」が脇を固めるアルバム「Handful Of Soul」から。この海坊主、若いがなかなかいい味のボーカル。ラテンが程よくブレンドされたこの低音の渋さはどうだ。男性JAZZボーカル絶滅寸前の中での貴重な収穫である。

ハンドフル・オブ・ソウル

マリオ・ビオンディ&ザ・ハイ・ファイヴ・クインテット / キングレコード



聴いてみます? 「マリオ・ビオンディ/Mario Biondi」。

          

 
と、昨日このブログ記事を書いて、今朝(31日)朝日新聞を見たら、国際面にこんな記事が載っていた。『ニューヨーク発 日本学術会議など各国の学術団体でつくるインターナショナル・アカデミー・カウンシル(IAC)は30日、地球温暖化に関する評価報告書に誤りが相次いで見つかるなど信頼性が揺らいでいる国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の運営について、「抜本的な改革が必要」との検証結果をまとめ、公表した。(以下略)』  やはり ・・・・。
 
 
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by knakano0311 | 2010-08-31 09:52 | 想うことなど・・・ | Trackback | Comments(0)

剣豪 チョッキリ虫

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ウォーキングの道筋にある街路樹の葉がパラパラと散って、積もっている。まるで晩秋のようである。しかし、葉が茶色に干からびているところから、これは秋の紅葉や落葉で散ったのではなく、暑さに葉がやられて散っているのだ。それだけ今年は暑さが厳しいという証拠でもある。大阪は猛暑日が連続して13日を超えたという。観測史上初めてだとも言う。極々短期的に見れば温暖化かもしれないが、地球の長い歴史の中では、これから氷河期へむかう前触れだという説もある。マスコミいうとおり単純に危機をあおる「温暖化」を信じない眼も必要な気がする。地球的規模のエネルギー保存則(熱力学第一法則)からすれば、この夏の猛暑とのバランスをとるため、この冬は厳冬が心配されるが、さあどうだろうか?

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冒頭の写真は、山遊びのフィールドでみかけたクヌギの木の周辺。クヌギやコナラの木の周辺に大量の葉が落ちている。これも同じように猛暑のためなのか? しかし、よく見るとどんぐりと葉がついた小枝ごと落ちている。うん、これは、チョッキリ虫の仕業である。改めて気をつけてみると、この山のクヌギ林、コナラ林にはチョッキリ虫による落葉がずいぶんとあるのに気がついた。この虫は、どんぐりに卵を産みつけた後、枝ごと切ってどんぐりを地表に落としてしまうのだ。まるで剣豪が切ったような、その枝の切り口の見事さ。「う~~ん、おぬし、できるな!」といいたくなるほどの見事さである。しかも、どんぐりの真ん中に穴を開けるその技も見事。まるで道具か機械でも使ったような正確さには恐れ入る。

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(写真はハイイロチョッキリ 「野山でカシャ!ブログ」より拝借)

この剣豪(?)虫は、「ハイイロチョッキリ」。体長(口吻を含まない)が8㎜前後のオトシブミ科の甲虫である。「オトシブミ」と言えば、葉を巻いて中に卵を産むことが有名であるが、この「ハイイロチョッキリ」は、9月ごろに、クヌギ、コナラなどの実(ドングリ)に卵を産む。ドングリがついている枝を少し切り、長い口吻でドングリの子葉まで達する穴をあけ、卵を産み付け、なんとその上、木屑で穴に栓をし,最後に枝を切り落とすそうである。そうやって産みつけた卵は翌年の初夏に羽化するという。ずんぐりむっくりのユーモラスな姿をしているがなかなかの使い手だ。

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この猛暑にもかかわらず、自然の営みはいつもの年と同じようなサイクルで進んでいるのである。いささか早いかも知れないが、冬の薪ストーブや炭焼きの燃料づくりのために、過日、山から下ろした大量の玉木を、割って乾燥させるための、薪割りを始めた。電動の薪割り機もあるにはあるが、太い玉木にはパワーが足らない。直径30~50cmほどもあるクヌギやヒサカキなどの玉木を、鏨(たがね)と玄能(げんのう)・金槌を使って人手で割るのである。すぐコツを思い出したが、なんといってもこの時期、炎天下での力作業は、いくら「遊び」とはいえ、老いの身ならずともこたえるのである。子供のころはガス風呂や電気炊飯器など普及していない時代。薪を買うか、自分で割るか、どちらかの時代であった。私は親からよく薪割りを言い付かったものである。薪や炭の需要がだんだん減り、里山がなくなりはじめる、ちょうどその境目の世代が我々なのである。

せっせと穴を空け、卵を産み付けては枝を切り落とし、精緻な作業を繰り返している「チョッキリ虫」。なんだか切ないほどいじらしく思えてくる。この猛暑を耐えて働いている現役世代の皆さん。両者に敬意を表して「WORK SONG」。演奏としては兄のSAX奏者「キャノンボール・アダレイ/Cannonball Adderley 」のセクステット演奏が有名で、なじみが深いが、弟のコルネット奏者「ナット・アダレー/Nat Adderley」が1960年に作曲したファンキーJAZZを代表する曲。瞬く間にヒットしたので、ジャズ・シンガーの「オスカー・ブラウン・ジュニア/Oscar Brown Jr.」が歌詞を付け、すこし物悲しい「囚人の唄」に仕上げた。

「♪ 鎖につながれて岩を砕き続ける そうさ、刑に服してるってことさ ・・・・ ♪」

ここでは、「Wes Montgomery(G)」、「Bobby Timmons(P)」などを従えたナットのリーダー・アルバム「WORK SONG」をあげておこう。

それにしても、軽井沢あたりで、ビール片手に「気合だ!」なんてほざいている能天気な連中にはとてもこの曲は献じられません。そんなことやっているときか!ちゃんと仕事をして見せろ! それにしても鳩山氏には本当に失望した。「引退する」のではなかったのですか?「恩義」が政治行動の規範なんですか?「友愛」なるものの底もみえましたね。

Work Song

Nat Adderley / Riverside



聴いてみますか? すこし怒りを込めて「WORK SONG」。

          
 
 
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by knakano0311 | 2010-08-29 07:46 | 炭焼き小屋から | Trackback | Comments(0)

晴れ、突然、鉄男

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ほっとする読後感抜群の本を読んだ。有川浩「阪急電車」である。西宮北口と宝塚を結ぶ、全部でたった8駅の実在する小さな支線が舞台で、その電車を利用する人々の物語。鉄道、飛行機、ホテルなどに居合わせた人々の様々な人生をドラマ化する小説や映画はいくつもあったが、この本は感情移入できる出色の小説である。そして私は突然の「鉄男」に ・・・。

もう電車にほとんど乗らなくなってから1年半ぐらい経つだろうか? 完全リタイアしてからであるから、もうそのぐらいになる。以後、数回、所用で大阪市内に出るときなどに利用したくらいである。もちろん現役時代は毎日、定年後も3年間は、顧問やコンサルをしていた関係で週3日は電車を利用して通勤していた。私は兵庫県と大阪府の境、阪急電車の沿線に住んでいる。正確に言えば、阪急電車グループの子会社で、阪急宝塚線の支線といっていい「能勢電鉄」(略称:のせでん)の沿線に住んでいる。ここへ移り住んだころは、大変な通勤ラッシュであったが、やがて、阪急電車にジョイントしている川西能勢口駅の近代化、宝塚線の高架化、輸送力増強、のせでんの梅田までの直通化、モノレール開通などによって、ずいぶんと楽になった。

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能勢電鉄は1908年創業(阪急電鉄は1910年創業)で、一昨年創業100周年を迎えた。鉄道路線は、妙見線12.2kmと日生線2.6kmの計14.8kmで、歴史は古いが、駅は全部で15駅の小さな鉄道である。能勢電鉄の「能勢」は、能勢妙見山のことを指し、能勢妙見への参詣客輸送と、沿線で産出された「三ツ矢サイダー」などの特産物の輸送を目的に設立されたという。その後は周辺の大規模な住宅団地開発で、大阪に通勤・通学客を運ぶのが主目的となった。

私は鉄道よりむしろ駅舎に関心があるのだが、(参照おやじのハコものがたり(5)~駅の記憶~」、「同(6)~続・駅の記憶~」)残念なことに近代化のため、ほとんどの駅舎は改修され、宝塚線、のせでんには興味を引く駅舎はないのである。しかし、先日久しぶりに、あのマルーン色の電車に乗って妙な感慨を覚えたのである。たった1年半前であるのに、電車に揺られて通勤したあの時代が、もうなにか遠い遠い昔の出来事だったような気がしたのである。

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乗ることに慣れっこになっていたため、気がつかなかった車窓の景色、山の緑、特徴ある木々、猪名川を渡る鉄橋、梅田をはじめ、主要駅の雑踏などが新鮮に目に映った。通勤時間帯ではなかったので、お客も買い物目的の主婦、赤ちゃん連れのお母さん、学生、多分その日が定休日の店員さん、お客周りの営業マン ・・・ など色々。そんな人々を観察しているだけでも、まるであの小説のように結構面白かったのである。通勤サラリーマンで満員のモノトーンの車内よりも、多種・多様・多彩でよほど好ましく、興味がわくのである。立場が変わると同じ景色を見ても、ずいぶんと見方や感じ方が変わるものである。

そして、2008年の能勢電鉄創業100周年の時は、イベントや特別車両なども運転されたため、「鉄男さん」たちをよく見かけたものである。たぶん「のせでん」を愛し、こだわりを持つ、そんな人たちのサイトであろうと思われる「能勢電鉄さん非公認の私設サイト・のせでんスクエア」を見つけてすこしうれしくもなった。少しは「鉄男さん」の気持ちもわかるようになったらしい。写真はそのサイトから無断借用したものである。こうやって写真を見ていると、わが地域をはしる鉄道「のせでん」にも自然に愛着がわいてくる。

このブログを書いていて、デスクの上におかれているi-Podが目に付いた。片道1時間半の通勤時間。それは、リスニング・タイムと決め込んで、毎日聴いていたi-Podである。海外出張へも必ず持っていった、いわば同志。最近はほとんど連れて出してもらえず、さびしそうである。そうだ愛車にはAUX端子が付いているから、車に乗せて連れ出してあげようか。

さて、有川浩「阪急電車」。ベストセラーになっているという。私も何回か乗った宝塚と西宮北口を結ぶ支線、全部で8駅、片道たったの15分という阪急今津線が舞台。

恋の始まり、別れの兆し、そして途中下車・・・。関西のローカル線を舞台に繰り広げられる、片道わずか15分のローカル線で起きる小さな奇跡の数々。乗り合わせただけの乗客の人生が少しずつ交差し、やがて希望の物語が紡がれる。ほっこり胸キュンの連作長篇小説。

私が好きなエピソードは、婚約者を同僚に寝取られた女性が結婚式に乗り込んで、痛快に復讐する話と、我侭で暴力ダメ男との別れを迷っている女子大生に、「そんな男とは分かれたら」とクールに言い放つ、ちょっと付き合いにくいかもしれないが毅然としたおばあさんの話かな。

様々な人生と出会いを乗せ、電車は走る ・・・ 。

阪急電車 (幻冬舎文庫)

有川 浩 / 幻冬舎




列車にちなんだJAZZといえば、曲ならば、「A列車でいこう/Take The A Train」が有名だが、アルバムでは「ブルー・トレイン/ Blue Train」だろうか。
「ブルー・トレイン/Blue Train 」は、ジャズ・サックス奏者ジョン・コルトレーンが1957年に発表したアルバム、その冒頭に収録されているコルトレーン作の楽曲のタイトルである。コルトレーンのリーダー・アルバムとしては、不思議にも唯一ブルーノートから発売された作品で、50年代のハードバップの最高傑作と評されている。同社のアルバムの中でも人気の高い「1500番台」のシリーズの一つ。

ブルー・トレイン

ジョン・コルトレーン / EMIミュージックジャパン


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by knakano0311 | 2010-08-27 10:38 | 地域の中で・・・ | Trackback | Comments(0)

秋を呼ぶ祭り ~もうひとつの大文字火~

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京都の「大文字送り火」が終わると、残暑はまだ厳しいものの関西人は、秋の気配を敏感に感じるようだ。ご近所の多田神社で行われる「萬燈会」もそうであるが、そんな秋を前にした供養の祭りが近畿地方のあちこちで行われるのである。そんな祭りのひとつが、あちこちの辻や路地で行われる「地蔵盆」である。

地蔵盆(じぞうぼん)は、地蔵菩薩の縁日(毎月24日)であり、特にお盆の期間中でもある旧暦の7月24日を中心とした3日間の期間に行われる地蔵菩薩の祭のことをいう。地蔵盆は寺院に祀られている地蔵菩薩を対象とした祭りではなく、道祖神信仰と結びついた路傍あるいは街角、辻の地蔵が対象となっている。近畿地方では特に盛んであり、この時期、古い町並みのある町では、あちこちの路傍にあるお地蔵さんを祀っているのをよく見かける。今日では地蔵盆は子供のための祭となり、地蔵の前に集まった子供達に供養の菓子や手料理などを振るまわれる場合が多い。地域興しのため、いろいろな土地の祭りが、ショー化、パレード化、カーニバル化していくのはやむをえないとしても、一方で地蔵盆のような地味であるが、地域の濃密な縁(えにし)と歴史を感じさせる祭りを見かけると、どこかで「ほっ」としたような気持ちになる。

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同じ時期、毎年8月23日・24日に行われるのが、「千灯供養」。特に有名なのが、京都・化野念仏寺(あだしのねんぶつじ)の「千灯供養」。化野の地は、かって東山の「鳥辺野(とりべの)」、洛北の「蓮台野(れんだいの)」と並ぶ平安時代以来の墓地であり、風葬の地として知られている。そんなことから、念仏寺境内の西院(さい)河原にまつられている約8000体の無縁仏の石塔、石仏ひとつひとつに蝋燭(ろうそく)を灯し、供養する宗教行事である。同じ「路傍の仏の供養」ということで「地蔵盆」とも何らかの関係があるであろうか。関西に来たころ、「化野・念仏寺の千灯供養」へ2度ほど行ったことがあるが、山之辺の静かなお寺に広がる幻想的な世界を目の当たりにして、その美しさに絶句したことがある。

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そして、隣町で行われるのが、大阪府無形民俗文化財に指定されている「池田五月山のがんがら火祭り」。五月山中腹にある愛宕神社の夏祭りである。かねてから見たいと思っていたが、なかなか機会を得ず、今回初めて間近で見ることができた。

毎年8月24日、大阪府池田市で行われる「愛宕火(がんがら火)」は、1644年(正保元年)にその起源を持つ、北摂を代表する勇壮な伝統的火祭りである。重さ100キログラム、長さ4メートル、3基の大松明を担いで、全行程3キロメートルの道のりを火の粉を散らしながら練り歩くのである。「がんがら火祭り」と呼ばれる由縁は、大松明に随行して打ち鳴らす、八丁鐘や半鐘を音に由来があるとのことだ。がんがら火は、五月山山上にある愛宕神社の火伏せ信仰と結びついている。愛宕神社の大元は「火伏に霊験あり」と信じられている京都の愛宕神社。ここのお札をもらって炊事場などに貼ってあるのを関西ではよく見かける。正保元年(1644)に、地元の多田屋・板屋・中村屋・丸屋の四人の旦那衆が、五月山山上で百味の箱を竹に立て火をともしたところ、人々がその火を見て、池田に愛宕が飛来したといいながら、競って参集したのというのが「池田の愛宕神社」のはじまりとされている。

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京都まで行かずに、手軽にお参りできるのが有り難いと、この五月山の新愛宕は忽ち大繁盛したという。その評判があまりに高いために、京都の御本家の愛宕神社から抗議があったというから面白い。今で言えば、商標権か著作権侵害であろうか ・・・。

昭和初期頃からは、大松明が登場し、がんがら火は華やいだ行事となった。今のがんがら火は、この大正から昭和の初めに完成されたスタイルを受け継いでいるという。「火伏せ信仰」から、その火を御燈明に灯すと火除けになると信じられ、この日も大松明のこぼれ火を拾い、持ち帰る人を多くみかけた。そして、市のシンボルである五月山には、京都の送り火の如く、西は「大一」、東は「大」の文字に御神火が点され、池田の夜空に浮かび上がる。五月山と猪名川の間の斜面に開けた町で、狭い路地や階段の多い町。地蔵盆の灯りの浮かび上がる、その路地の闇の奥からコンチキチンの鐘の音とともに火の粉を撒き散らして大松明が近づいてくる。地蔵盆の堤燈の「静」と松明の「動」。

がんがら火は、その起源から350年以上経った現在も大事に受け継がれ、池田に隣接する近在近郷の者にとって秋を迎える季節の風物詩となっている。どこの祭りでもそうであろうが、少子高齢化、引継ぎ手がなかなか確保できないという。この祭りも相当な人手を必要とすると思われるが、なんとか続けていってほしいと思う。


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              「愛宕火や 池田伊丹の 秋ひとつ」 休計



40年ほど前に富山・八尾の出身者を夫人にもつ友人から誘われてから、長い間焦がれているが、いまだに行きえていない秋を呼ぶ祭りがある。「二百十日」によせて、9月1日から3日まで行われる、富山は八尾の「風の盆」。今年も近づいてきたが、またいけそうにない ・・・。

ぼんぼりに灯がともり、胡弓の音が流れるとき、風の盆の夜がふける。越中おわらの祭の夜に、死の予感にふるえつつ忍び逢う一組の男女。高橋 治「風の盆恋歌」は、私にとっての永遠の恋愛小説。

風の盆恋歌

高橋 治新潮社



「風の盆」当日は、普段は2万人ほどのひっそりとした小さな町に数十万という大変な数の観光客が押し寄せるため、とても情緒を味わうどころではないという。焦がれて純化された「風の盆」への私のイメージは膨れ上がり、訪れたとしても、きっと裏切られるに違いない。ならば小説や映像でその雰囲気を味わうだけにして、焦がれる思いは永遠に心の中に留めておいたほうがよさそうである。

観てみます? 越中・八尾の「おわら 風の盆」

          

そして、これまた長い間焦がれて、たぶん一生無理であろうが、いまだに行きえていないカルナバルは「リオのカーニバル」。南半球のブラジルでは夏の終わりの2月に行われる。映画 「黒いオルフェ」で観て以来、ずっと恋焦がれている祭り。

聴いてみます?映画の一場面とともに。 「カーニバルの朝(黒いオルフェ)」。1959年フランス・ブラジル合作映画 「黒いオルフェ」の主題歌で、ルイス・ボンファ作曲である。

          

 
 
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by knakano0311 | 2010-08-25 09:50 | 我が家の歳時記 | Trackback | Comments(0)

遠い花火

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夕食を終えてお茶を飲んでいると、遠くから花火の音が聞こえてきた。そうだ、今日は猪名川花火大会の日だったのだ。この近辺では、この夏、最後の花火大会である。近くの高台へあがる階段に腰を掛けて、5、6km先の遠くの夜空に浮かぶ花火を見ていた。近くで見るように頭上で大きく花開くのではなく、はるかな闇に小さくふっと浮かぶ花火。微妙に遅れて聞こえてくる、頼りないようなかぼそい音もなんだかいい感じに聞こえる。近くで見る大音響の花火より、遠くで見る花火のほうが落ち着けるのも年齢のせいだろう。そして、もうひと辛抱、この暑かった夏ももうすぐ終わるのだ ・・・。

子供のころも花火は好きだった。人ごみのなかで、親の手をしっかり握り締めながら、打ちあがる花火を飽きもしないで見つめていた。そんな光景が頭に浮かんだ。そんなサウダージ(郷愁)を誘うのも花火のせいだろうか。ぱっと華麗に咲いて、さっと散る花火。華麗ではあるが、どこか儚い。桜にも似て花火には、日本人の感性、美意識に訴えて、奥にしまいこんでいた懐かしさを引き出してくるものがある。だから見た人それぞれにいくつもの遠き思い出や郷愁が胸をよぎるのであろう。

        「遠花火 一呼吸して 爆ぜにけり」 孤礁

        「遠花火 窓に見し夜の 別れかな」 小坂順子

        「遠花火 開いて消えし 元の闇」  寅彦 


遠い花火が一瞬思い出させた少年時代。「銀河鉄道の夜」を最後に読んだのはいつだっただろうか? 「宮沢賢治」の生誕百年に「久石譲」が描いたアルバム「銀河鉄道の夜」。その宇宙的でもある賢治のメルヘンの世界に、西欧的な世界への憧れより、なぜか日本的な古きよき時代への郷愁を感じてしまう。 

銀河鉄道の夜

サントラ / コロムビアミュージックエンタテインメント


 
聴いてみます? アルバム『銀河鉄道の夜』より「プリオシン海岸」。

          
 
 
 
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by knakano0311 | 2010-08-23 09:21 | サウダージ | Trackback | Comments(0)

川に遊び、川に学ぶ

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今日は地域ボランティアとして私がお手伝いをしているグループの夏のイベント、「川遊び」を行う日。子供に学校や親が教えなくなったいろんな遊びを教えているグループの主催である。団地のはずれを流れている猪名川の支流で、子供たちに川にすむ生き物を観察してもらい環境への関心を少しでも持ってもらうが主な目的。もちろん夏休みの宿題がこれでできるというのが子供側にとっても、大きなメリットであるのは言うまでもない。安全対策など準備万端で当日を迎えたが、始まる早々激しい雷雨に見舞われた去年とは違って、今年は連日の炎天・猛暑。熱中症を警戒したのか、参加人数は50人くらい、去年の半分以下であった。

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それでもやはり子供は子供。日ごろはまず入ることのない川に入って大喜び。自分の住んでいる地域にこんな自然豊かで遊べる川があったとは知らなかったという親御さんも。カワゲラ、トビケラ、エビ、ヤゴ、カゲロウ、ヨシノボリ、オイカワ、メダカなど、多分、今日はじめて見たり、触ったりする虫や小魚などがたくさん捕れましたね。専門家の先生の解説もあって、自然に対する理解もちょっと深めて、今日の川遊びはおしまい。怪我や熱中症もなく、全員喜んで帰ってもらえたようだ。お世話をした爺さん婆さんたちは、それから後片付けをして、もうクタクタ、クラクラ。でも子供の喜ぶ顔を見ると、また来年もやってあげようと思うのである。

水に足を浸し、川面を渡ってくる風にほっとする。ウォーキング途中の緑陰の涼しさに足を止める。山遊びの最中、木漏れ日と下から上がってくる上昇気流の心地よさに憩いながら水筒の栓を開ける。クーラーに頼らない「涼」を楽しむ方法はまだまだある。こんなクーラーに頼らない緑や水を生かしたアイデアをもっと都市の環境設計やビルなどに生かせないものだろうか?

一休みしたときに、河原に生えている葦の葉で、舟を作って浮かべてみた。子供のころ笹の葉やいろんな葉っぱで舟を作っては川に流して速さを競って遊んだものだ。いまだに舟の作り方を覚えていたことに自分でもちょっとびっくり。おっと、これは爺さんのたんなる感傷ですね ・・・ 。

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何回もこのブログで取り上げたお気に入り「Eva Cassidy/ Live At Blues Alley」からアップテンポのソウル・ナンバー「Take Me To The River」。オリジナルは、「アル・グリーン/Al Green」。それにしても1996年1月にワシントンDCの小さなジャズクラブ「ブルース・アレイ」で行われたこのライヴ、なんと濃密な空気と貴金属のような贅沢な輝きに満ちているのだろうか。そしてこの年の暮れ、一瞬の光り輝くライブ・アルバムを残し、エヴァは癌で帰らぬ人となってしまった。

Live at Blues Alley

Eva Cassidy Eva Music



聴いてみます? 「Eva Cassidy - Take Me To The River 」。

          

そして画像終了時のメニューから選べば、続いて、「♪ ・・・ Wade In The Water,Children Wade ・・・子供たちは川を渡る ・・・ ♪」と歌うゴスペル、「Wade In The Water」も聴けます。
 
 
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by knakano0311 | 2010-08-22 10:17 | 地域の中で・・・ | Trackback(1) | Comments(0)

ふるさとエレジー(6)  ~ bitter and sweet ~

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「敵に塩を送る」。こんな故事の由来をご存知だろうか? 戦国時代の永禄年間(1558-1570)、武田氏と対峙する駿河の大名、今川氏は戦略として武田氏の領地である信濃・甲斐を兵糧攻めにするため、太平洋側からの「塩の道」を封じて、甲州や信州の人々の生活を困窮させた。この状況を見かねた越後の上杉謙信は「戦うのは武士である」として、信濃、甲斐に塩を送ったのである。この故事から、敵対する相手を助ける意味の「敵に塩を送る」という慣用語が生まれたのである。越後から、日本海の塩を牛に積んで糸魚川より、「塩の道」をまっすぐ松本に届けたのである。1568年(永禄11)1月11日、謙信からの塩を積んだ牛車が松本にたどり着いた。そのときに牛をつないだといわれる石が「牛つなぎ石」として今も残っている。(写真参照) 上杉謙信に感謝した松本の領民は、この日を記念して、1月11日に初市(塩市)を立つようにしたが、明治時代に塩は国の専売になったこともあって、塩市から飴市に変わったのである。

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「塩がます」の袋をかたちどったのが、今でもあめ市で売られる縁起物「福飴」である。私の子供のころ、「飴市」には福飴のほか、いろいろなものを売る露店が軒を連ね、「正月」の後は、「三九郎」(関西で言う「どんと焼き」)、そして「飴市」とつづく楽しい冬の行事のひとつであった。昔風の金太郎飴やさらし飴であるが、懐かしいあの味を今でもまだ舌が覚えている。まるで少年時代に何度も味わったbitter & sweet な夢のように・・・。 「飴市」は、塩の大事さを本当に実感している山国の民の素朴な伝統行事なのである。

柳田民俗学とは別の視点を切り拓いた民俗学者「宮本常一」の没後に刊行された名著のひとつ「塩の道」。あくまでも生活者からの視点にこだわった観察眼には今でも驚かせられる。

塩の道 (講談社学術文庫 (677))

宮本 常一 / 講談社



「リズ・ライト/Lizz Wright」に「ソルト/Salt」という曲がある。彼女、「カサンドラ・ウイルソン」の後継者なんてささやきもあるが、あの「眼力(めぢから)」は共通したところ。「ジョー・サンプル」の「ザ・ピーカン・ツリー/The Pecan Tree」(2002)で一躍注目され、彼女自身のアルバムを待っていたファンも多かったという。そのデビュー作が「ソルト」。南部ジュージア州出身で、幼少よりゴスペルに親しんできたため、彼女の音楽の原風景はゴスペルにあるという。ソウル、ジャズ、R&B、ゴスペルといった豊富な素材を、ゴスペルで培った深みと憂いのあるスピリチュアル・ボイスで彼女自身のブルースの世界に仕立て上げている。こんなところもカサンドラと似ているかも ・・・ 。

ソルト

Lizz Wright / ユニバーサル ミュージック クラシック



聴いてみます? 「Lizz Wright - Salt 」。

          

「ジョー・サンプル/Joe Sample」とくれば、若くしてこの世を去った「ダニー・ハザウェイ/Danny Hathaway」の愛娘レイラとコラボしたアルバムの中に、「Bitter,Sweet 」という曲がある。このアルバムをリリースした1999年、サンプルはなんと還暦、60歳というから驚き。「When Your Life Was Low」、「When The World Turns Blue」などしっとりくるバラードが中心で、おすすめの一枚は「Lalah Hathaway & Joe Sample /The Song Lives On 」。R&B、ブルースの好きな方、これは「買い」ですよ。

Song Lives on

Joe Sample / Pra Records


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by knakano0311 | 2010-08-21 15:49 | ふるさとは遠くにありて・・・ | Trackback | Comments(0)

おやじのモノ語り(13)  ~残された篆刻~

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先日、帰省した折、引き出しを整理していたら、親父の彫ったと思われる篆刻(てんこく)印がいくつもでてきた。親父の晩年の趣味は、書道と掛け軸の表装であった。ずいぶん書いては、気に入ったものは自分で装丁していた。書は師範の免許をもらうほど打ち込んでいたようだ。親父の残した書には落款が押されてあったので、多分印がどこかにあるだろうと思っていたのである。

篆刻とは、木・石などの印材に文字を彫ることで、多くが、篆書体を用いることから、文字通り「篆書を刻す」ことですが、特に、書画などに用いる印章を作ることである。しかし、現在では篆書以外でも、かな・楷書・行書・草書・隷書などを用いても総称して篆刻としているようだ。

篆刻の「印」として刻された文字には、必ず「書」としての筆意と美しさが必要で、「篆刻」が「書道」あるいは「芸術」として存在している理由はそこにあるという。篆書を刻む印刀は鉄筆と呼ばれるが、筆で紙に字を書くように、鉄筆で石に書くという気持ちが篆刻において最も大切という。

残された親父の篆刻、陰影を見ると縁が欠けるなど、まだまだの腕前であると思われるが、その几帳面な字体に親父の人柄が滲み出ている。せっかく形あるものとして残してくれたのだ。気に入った印を、蔵書印か何かで使わさせてもらおうと思う。

曲は「My Heart Belongs To Daddy」。甘い女性のロリータ声ではなく、ここではお気に入りの都会派ジャズトリオ「New York Trio」のアルバム「Begin The Beguine/ビギン・ザ・ビギン~コール・ポーターに捧ぐ」をあげておきましょう。魅力的なメロディ・ラインを持つコール・ポーターの作品集。

ビギン・ザ・ビギン~コール・ポーターに捧ぐ

ニューヨーク・トリオ / ヴィーナス・レコード


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by knakano0311 | 2010-08-19 16:36 | 爵士定規 | Trackback | Comments(0)

Walk,Don't Run! ~ウォーキングのススメ~

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7月下旬に受けた健康診断の結果が届いた。小刻みな診断はしていたが、総合的な健康診断は確か3年振りである。心配な結果は殆どなかったが、私の気がかりな点はただ一点、「糖尿病」である。定年直後の2006年(H18)6月、そけい部に何かしこりを感じた私は、近くの総合病院に検査を受けにいった。リンパ線、前立腺、腎臓など、どこも異常はなかった。しかし、その代わりに「あなた糖尿病ですよ」と診断されてしまったのだ。血糖値は238mg/dl、ヘモグロビンA1Cは8.2mg/dl、中性脂肪は271mg/dlであった。現役時代の健康診断でも糖尿病の傾向があると診断されたものの、医者通いや血糖値低下剤を飲むまでではないといわれていた。

原因ははっきりしている。太りすぎに加え、酒漬け、夜の会食漬けという永年の食生活、悪しき生活習慣に問題があったのだ。早速、次の日から、それまでの週1のGym通いに加え、妻と一緒に、毎日1時間のウォーキングを始めた。半年後、その効果てきめん、薬は飲んでいたものの、血糖値は167mg/dl、ヘモグロビンA1Cは5.9mg/dl、中性脂肪は71mg/dlと医者が驚くほど劇的な効果があった。薬はやめ、さらに1年後、ピーク95kg近くあった体重は15kgほど減り、血糖値は125mg/dl、ヘモグロビンA1Cは6.1mg/dl、中性脂肪は110mg/dlまで低下した。そんな経過があって2008年(H20)の2月を最後にしばらく測定をしてなかったが、去年の10月、今回とも数値を維持できている。ちなみに、今回の結果は、ほぼ正常値で、血糖値は111mg/dl、ヘモグロビンA1Cは5.6mg/dl、中性脂肪は96mg/dl、体重75kgという結果であった。

この結果は、魚、野菜中心の食事、糖分ゼロの発泡酒など食事の改善の効果もあるが、それ以外は特に何かを食べるのを制限しているわけでもなく、大部分はウォーキングの効用であろうと思っている。同じような悩みを抱えている方には、ウォーキングをぜひオススメしたい。Walk, Don't Run!

最近TVを観ていると、サプリメントや健康に関する商品のコマーシャルが多いのに気がつく。多分このマーケットの規模は相当なものであろう。何かサプリメントを飲んでいないと体の高齢化が進んでしまうと思わせるくらいの異常な量のコマーシャルである。しかし考えてみればこれはおかしい話で、薬やサプリメントに頼らない状態が「健康」であるのであって、サプリメントが健康を作るのではないのである。ちょっと前までは高齢者の薬漬けが問題になっていたように、そのうちサプリメント漬けが問題になるのではなかろうか。

世界一の長寿大国のその実態はかなりお粗末だったという事実が明らかになってきたようだ。話は違うが、私自身は健康でいたいとは思うが、健康を損なったまま、長寿をしたいとは思わない。その健康を守るために、すくなくともこれだけは言えます。仕事や通勤のストレス、酒席などから開放され、自由に使える時間が増えた定年後の今が、生活習慣を改善し、サプリメントや薬に頼らない健康づくりをする絶好のチャンスであると ・・・ 。Walk, Don't Run!

「Walk, Don't Run!」の意味はご存知ですよね。「急げば廻れ」ですね。「Walk, Don't Run!」は私にとってはウォーキングの指針でもあり、最近は人生の心構えにもなってきたのです。

その「Walk, Don't Run!」、「ベンチャーズ/The Ventures」の演奏があまりにも有名であるが、「Walk, Don't Run!」は元々は「ジョニー・スミス・Johnny Smith」というジャズ・ギタリストの作曲である。「ベンチャーズ」は、「チェット・アトキンス」によるカヴァー・ヴァージョンを参考にしたと言われています。「ミスター・ギター」と呼ばれた「チェット・アトキンス/Chet Atkins」。「チェット・アトキンス奏法」と呼ばれる、サムピックとフィンガーピッキングを多用する奏法が特徴。低音弦(4~6弦)をミュートしながら弾き、高音弦(1~3弦)を指で弾いてメロディとコードを奏でる。「ミスター・ギター」の50年の活動を凝縮したアルバム「Guitar Legend」。

Guitar Legend: Rca Years

Chet Atkins / Buddha


聴いてみます? チェット・アトキンス奏法の「Walk,Don't Run!」。華麗なフィンガー・ピッキング奏法、どうやったらあんな風に弾けるのか、当時は若かった私たちおじさん達は悩んだものです。動画が終わると、最後に「ベンチャーズ」の演奏も聴けるメニューが出てきます。

          
 
「ジョニー・スミス/Johnny Smith」のオリジナルの美脚ジャケ・アルバムも紹介しておきましょう。アルバムはスタンダード集であるが、冒頭にアルバム・タイトル曲である「Walk,Don't Run!」が収録されています。

Walk Don't Run

Johnny Smith / Blue Note Records



こちらも聴いてみますか? 「ジョニー・スミス」バージョンを。 上記のアルバムから「Walk, Don't Run!」ほか、「Loverman」、「'S Wonderful」、「Lullaby of Birdland」4曲が聴けますよ。

          
 
 
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by knakano0311 | 2010-08-16 06:58 | マーケッターとしてのシニアから | Trackback | Comments(0)

So Many Stars ・・・

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写真: Fred Bruenjes氏撮影

2004年8月11日の夜に、カリフォルニアで撮影されたペルセウス座流星群。6時間のあいだに撮影された30秒露出の数多くの写真から、流星が写っているコマを重ねあわせたもの。合計51個の流星が写っている。


いつ頃からだろうか? 星を見なくなってしまったのは ・・・ 。西宮港から小豆島の造船所までクルーザーを夜間回航したとき、満天の星空にしし座の流星群が乱れ飛んだ冬の空。帰省したとき、妻が「星がこんなにたくさん見えるのね」と感嘆したのは新婚の頃の夏であったか。天の川をなぜ「Milky Way」というのか、納得できた蓼科高原の秋の夜空。長く尾をひいているヘールホップ彗星を肉眼で観て感動したスエーデンの春の夜空。いくつかの星空のメモリーがある。

関西へ着てからは、日ごろはネオンは見上げても、夜空を見上げる心の余裕などなく、今住んでいる大阪郊外でも、ネオンや街の灯りで夜空がいつまでたっても明るく、満天の星などはまったく見えない。そして、そのうち、星の存在も忘れかけてしまっていた。

ペルセウス座流星群がピークを迎えているというニュース。ことしは見えやすい条件が整っているらしい。昨夜少し夜更かしをして、観察の機会をまったが、あいにくの曇天、願いはかなわなかった。

国立天文台ではサイトで「夏の夜、流れ星を数えよう」という観察報告(http://www.nao.ac.jp/)を募っている。ちょっとのぞいてみたが、なかなかロマンティックで暑さを一時忘れさせてくれるサイト。

曲は「So Many Stars」。「セルジオ・メンデス&ブラジル’66」、1968年のヒット曲。作詞は「 Alan & Marilyn Berman」、作曲は「Sergio Mendes」。「♪ あなたがここにいなくなっても、もうあえなくなったとしても、夜空にはいつも永遠に一杯の星が光っている ・・・ ♪」と歌われるちょっと哀しい別れの歌。

ルック・アラウンド~恋のおもかげ

セルジオ・メンデス&ブラジル’66 / ユニバーサル ミュージック クラシック

 

聴いてみますか? セルメンの「So Many Stars」。

           

「ジェーン・モンハイト/Jane Monheit」もどうですか? 「the Cafe Carlyle」でのライブ。

           

 
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by knakano0311 | 2010-08-14 11:08 | 音楽的生活 | Trackback | Comments(0)