大屋地爵士のJAZZYな生活

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秋色いくつか ・・・

なかなか天気が安定しない。今日も朝から小雨だ。山遊びのフィールドはめずらしく霧につつまれていた。こんな表情を見せる山もまた魅力。今日の山作業はやめにして、小雨の中をすこし歩く。霧がつくるグラディエーションの乳白色と木々の暗い緑とのコントラストがちょっと神秘的ではある。

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散策路の傍らには、白いつる性の花。名前がわからないのがなんとも情けない。この公園で採れた草木で染めた草木染の素朴な色。熱いお茶を飲んで体を温めてから公園を後にした。

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午後は雨がやんだので、ご近所のダリア園に。色とりどりのダリアが一面に咲いている。巨大輪、ボール状のもの、あでやかな秋の色模様。来年は我が家でも咲かせてみようかと種をもらってきた。

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「EGO-WRAPPIN'(エゴ・ラッピン)」という奇妙な名前のユニットがある。「森雅樹」、「中納(なかの)良恵」の二人によって構成されるJAZZ色の濃い大阪出身のバンドである。その名を全国区で知られるようになったのが、2000年9月にリリースしたアルバム「色彩のブルース」である。この曲、「中森明菜」や韓国のジャージー・ポップ・ユニット、「WINTERPLAY/ウインタープレイ」がカバーをしている。「ディック・ミネ」や「フランク永井」などのどこか懐かしい昭和のジャズ風歌謡曲にも通ずる雰囲気を持った「今様ジャズ歌謡」。

色彩のブルース

EGO-WRAPPIN’ / インポート・ミュージック・サービス



「EGO-WRAPPIN'  色彩のブルース」

          
 
 
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by knakano0311 | 2010-10-31 16:10 | 炭焼き小屋から | Trackback | Comments(0)

「映画の街」の映画祭

兵庫県には、かっては「映画の街」としてにぎわっていた街が二つある。そして、いずれの街でも最近「映画祭」が相次いで開かれる。ひとつは、宝塚市、もうひとつは神戸市である。そんな話題から ・・・ 。

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(宝塚映画製作所最後の176本目の映画、熊井啓監督「お吟さま」(1978年))

宝塚には1938年(昭和13年)、旧宝塚ファミリーランド内にスタジオが設けられ、「映画の街」の歴史が始まった。「宝塚映画」である。しかし戦時体制下、政府の統制は映画製作にもおよび、政府は当時10社あった映画製作会社を3社に統合。「宝塚映画」は「東宝」(東京宝塚)に合流し、41年11月30日、撮影所は閉鎖された。戦後、1951年8月、株式会社「宝塚映画製作所」が設立され、大きな期待をされたが、撮影所が火災にあうという悲劇を迎えた。しかし、1956年4月、ついに新撮影所が完成、小津安二郎、黒澤明、木下恵介、久松静児、古沢憲吾などの巨匠監督が宝塚を次々が訪れ、宝塚映画は黄金時代を迎える。そして、映画会社が自社の俳優を拘束する「5社協定」に入っていなかったため、三船敏郎や仲代達矢、田中絹代ら多くの俳優たちが宝塚の街に泊まり込み、映画製作に力を注いだという。だが日本映画の衰退とともに活気はなくなり、次第にテレビ・ドラマの製作が中心となり、映画作りの一大拠点として176本の邦画を送り出した「宝塚映画製作所」は、1983年に事実上閉鎖された。

大震災を経験し、かって撮影所があった宝塚ファミリーランドも閉鎖され、「映画の街」の面影もすっかり失われようとしていたが、1999 年に阪急売布神社駅前に、私も時々行く映画館「シネ・ピピア」が完成したこともあって、地元の皆さんによって、名画がかつて製作された「映画の街・宝塚」の文化復興を目的に、埋もれていた作品を掘り起こそうと、2000 年から「宝塚映画祭」が始まった。今年は第11回 10月30日-11月5日に開催される。

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          (メリケンシアターの碑)

映画評論家「淀川長治」さん出身地でもある、もうひとつの「映画の街・神戸市」は、エジソンが発明した、のぞきからくり式映画「キネトスコープ」が、1896年、日本で最初に上陸した街である。メリケン・パークにはそのことを記念した碑やオブジェが建造されている。そして映画上陸から100年後に「神戸100年映画祭」は始まった。前年の阪神淡路大震災を受けて「心の復興」を旗印に始まったという。特別顧問だった「淀川長治」さんの遺志を継ぎ、古い映画に力を入れている。今年は第15回、10月27日から、「神戸新聞松方ホール」など市内4会場で開かれる。

かって神戸には「東の浅草、西の新開地」とよばれるほどの賑わいがあった歓楽街があった。「新開地」である。映画館がずらっと軒を連ねていたというが、今は見る影もないほどさびれている。最近は、さすがにそこまで行く元気はないが、定年直後は時々行っていた、アートシアター系の「神戸アートビレッジシアター」と良心的な作品を上演する廉価な単館系の「パルシネマしんこうえん」の2館が健在。そんな新開地で女性スタッフが企画した女性限定、男子禁制の映画祭、「新開地映画祭」が開かれる。性愛を描いた7作を女性限定、トークショー付で上映するというユニークな映画祭。こちらは10月29日-31日。

紹介した3つの映画祭は、映画の衰退とともにくすんでしまい、さらに大震災で元気を失ってしまった街を映画で元気付けようと、市民が中心となった手作り運営の映画祭。レッド・カーペットもトロフィーもないけれど、大きな拍手だけは贈りたいものである。「ブラボー!!」。


ファンタジーの名手「レイ・ブラッドベリ」にこんな長編小説があった。「黄泉からの旅人」。ハロウィーンの夜、映画スタジオと隣り合う墓場で起きた怪事件。生き返った死者、怪物、秘密の地下道…。往年の怪奇映画への愛惜の念をこめ、ブラッドベリが綴る古きよき映画時代へのノスタルジー溢れるオマージュ。

黄泉からの旅人

レイ ブラッドベリ / 文藝春秋



古きよき映画へのオマージュ的傑作映画といえば、「ジュゼッペ・トルナトーレ/Giuseppe Tornatore」監督のイタリア映画、「ニュー・シネマ・パラダイス/New Cinema Paradise」。

第二次世界大戦直後のシチリア島。村唯一の娯楽は、映画館『パラディソ座』だった。映画の魅力にとりつかれた少年トトと、彼が父代わりに慕った映画技師アルフレードとの心のふれあいの物語。この映画も劇中、「駅馬車」「揺れる大地」などの往年の名画がでてくる。トルナトーレ監督は、シチリア島出身で、本作で1989年アカデミー外国語映画賞を受賞した。これぞこれぞ感動のシネマの郷愁「ニュー・シネマ・パラダイス」。

ニュー・シネマ・パラダイス 完全オリジナル版 [DVD]

角川映画



そしてこの映画の音楽監督は、マカロニ・ウエスタン「夕陽のガンマン」、「荒野の用心棒」のテーマ曲で一躍有名になり、いまはもう押しも押されぬ映画音楽の巨匠「エンニオ・モリコーネ/Ennio Morricone」。テーマ曲は、数多くのミュージシャンが、カバーをしている名曲。さて、イタリアの若き名手であり、若手ハード・バップのJAZZクインテット「ハイ・ファイブ/High Five」を率いるリーダの「ファブリッツィオ・ボッソ/Fabrizio Bosso」をおすすめしておきましょうか。元々のオリジナル・アルバムは「you've Changed」というタイトルであるが、タイトルを変えた方が売れやすいと思ったのか、日本のレコード会社の悪い癖というか、浅知恵で勝手にタイトルを「ニュー・シネマ・パラダイス」と変更してリリースしたアルバムである。ややスムースJAZZ的であるが、夜憩いながら聴くにはもってこいのアルバム。
このボッソといい、イタリア系米人の「ドミニック・ファリナッチ/Dominick Farinacci」といい、かっての「ニニ・ロッソ/Nini Rosso」の例もあるように、イタリア人には、なぜかトランペットなどの管楽器の名手が多い。

ニュー・シネマ・パラダイス

ファブリッツィオ・ボッソ / EMIミュージック・ジャパン



You've Changed

Fabrizio Bosso / EMI



「Fabrizio Bosso -Nuovo Cinema Paradiso」、ストリングスとともに ・・・。 
 
          
 

もう一枚、憩いながら聴ける「ニュー・シネマ・パラダイスのテーマ」として、ともにミズーリ州出身というJAZZベースの大御所と人気ギタリストのデュオ「チャーリー・ヘイデン&パット・メセニー/Charlie Haden & Pat Metheny」の「ミズーリの空高く/Beyond the Missouri Sky (Short Stories)」をあげておきましょう。哀愁を帯びたセンチメンタルな楽曲が並ぶこのアルバム、私は現役時代、通勤帰りの電車の中で聴いていて、思わず寝過ごしてしまったことが何回もある心地よいアルバム。

ミズーリの空高く

チャーリー・ヘイデン&パット・メセニー / ポリドール



では、「Charlie Haden & Pat Metheny - Cinema Paradiso ( Love Theme ) 」をいくつかのスチルとともに ・・・。

          
 
 
 
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by knakano0311 | 2010-10-29 00:07 | シネマな生活 | Trackback | Comments(0)

TVが面白かった時代 ~なつかしのヒーローたち~

秋の番組改編期を迎え、各TV局とも新番組が一斉にスタートした。新番組への移行期は、各局ほとんど同じような番組で、お笑い芸人を使ったバラエティか、衝撃の映像XX発といった、金も知恵も使わないような番組、あるいは新聞のTV欄を見ただけで見たいという気持ちが萎えるような番組のオンパレードであった。改編された新番組も少し見てみたが、二、三の番組を除いては、いずれも目新しさを感じず、結局今までと同じように、ニュース、朝の連ドラ、大河ドラマ、衛星放送かハイビジョンのドキュメンタリーぐらいしか見たいものがないという状態が続きそうである。その替わり、圧倒的に我が家のTV主流となっているのがDVDのディスプレイとしての機能である。
  
ツイッター、スマート・フォン、電子ブック、i-Pad、体験型ゲーム、3Dテレビ、地デジ化、ワンセグなどテレビ番組そのものではない周辺の部分での技術革新や高品質化がどんどん進む中で、テレビ番組そのものに感じる、この置き去り感、取り残され感は一体何なんだろうと思う。TVがつまらなくなったと感じるのは私だけだろうか?

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我々の少年時代、家庭へ白黒TVが導入された時代は、番組の始まるのが待ちどおしく、TVの前で座って待っていたり、TVのない家の子どもは、ある家に観せてもらいに行っていたくらいTVにわくわくしていた。その時代は、もちろん技術的には、今に比べてはるかに稚拙であり、画質も圧倒的にお粗末であったにもかかわらず、なぜあんなにもTVに熱中できたのだろうか。まだTVずれしていない、新しいメディアの受け手である側の我々が欲するものを、作り手側がしっかりと投げてくれたからである。つまり、技術ではなく、見たい側の思いと、見せたい側との思いが一致していたのだ。

我が家にTVがきたのは、小学生5年生か6年生の頃ではなかったろうか。それから中学生の間の4、5年が私がもっともテレビに熱中した時期であり、当時夢中になったヒーローは、アニメ・ヒーローでも特撮着ぐるみヒーローでもない、実写TV映画のヒーローであった。「月光仮面」、「快傑ハリマオ」、「隠密剣士」である。

「月光仮面」は、「川内康範」原作で、現TBSテレビで、1958年(昭和33年)2月から1959年(昭和34年)7月まで放映された、日本初のフィルム製作による連続冒険テレビ映画であった。「大瀬康一」扮する「祝 十郎(いわい じゅうろう)」という私立探偵が、様々な事件を追う。彼が消えた途端に月光仮面が現れ、事件を解決することから、「祝十郎=月光仮面」を暗示していた。その「月光仮面」のコスチュームがすごい。全身白づくめのタイツ姿にターバン、サングラスといういでたちでオートバイに乗って颯爽と現れる。今考えれば、異様あるいは不思議としか言いようのない扮装であるが、当時はそれを格好いいと感じて熱狂し、そのコスチュームを子ども達は皆、自分で工夫して作ったものである。

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「快傑ハリマオ(注:傑ではない)」は、1960年4月から1961年6月まで日本テレビ系列で放送されていたテレビ映画。なんといっても舞台の設定が東南アジアというのが面白い。抑圧される東南アジアの人々を解放すべく、正義の使者「ハリマオ」が活躍するという物語。太平洋戦争前後にマレー半島で日本軍に協力し、「マレーの虎」と言われた「谷豊」をモデルに制作されたという。頭を白いターバンで巻き、黒いサングラスをかけた姿で部下達と共に颯爽と登場する。武器は拳銃で、走る列車の屋根の上などでのアクション・シーンは、スピーディで斬新であった。主演は、「勝木敏之」、「ハリマオ」とは、マレー語で 虎のことである。

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「隠密剣士」は1962年から1965年までTBS系で放映された連続テレビ時代劇。主人公は、徳川11代将軍家斉の異母兄弟という「秋草新太郎」。主演は「月光仮面」と同じ「大瀬康一」であった。時代劇なのに潜水艦が出るなどの奇抜なストーリーや、「忍者の動き」や「刀の構え」、「卍型手裏剣」等、細部にわたって盛り込まれたアイデアが面白く、以後の忍者映画の定番ともいえるスタイルをこのとき確立していたともいえる。「霧の遁兵衛」こと「牧冬吉」など、TVから新しいキャラクターやスターが生まれたのもこの頃である。多分予算などは大きな要素ではなく、作り手が面白いものを作りたいという情熱が、様々なアイデアや効果、特撮を生み出していったのではないだろうか。   

さて、今夢中になっているTV映画があります。米国TV映画シリーズの「フリンジ/FRINGE」と「ヒーローズ/HEROES」。オカルト的な科学や超能力という、私はあまり信じていないカテゴリーのストーリーに、見事にはまってしまったのは、子どもの頃に見たあのヒーローたちが登場したTV映画と同じように「次はどうなる?」という「わくわく感」があるからでしょうか。いずれも新しいシーズンのDVDリリースが始まり、夜出かけることはまずない私にとって、またDVD漬けの夜が続きそうである。

FRINGE / フリンジ 〈ファースト・シーズン〉Vol.1 [DVD]

ワーナー・ホーム・ビデオ



HEROES シーズン1 DVD-SET 1

ジェネオン・ユニバーサル



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今年は「ブルース・リー/Bruce Lee、李 小龍」(1940年- 1973年)の生誕70周年。彼の特集をTVでやっていたが、「燃えよドラゴン/ENTER THE DRAGON」が日本公開されたのが1973年12月。その時点で既に彼は32歳の若さでこの世を去ってしまっていた。(1973年7月20日死去)。今までとはまったく違うアクションを見せたこの映画で人気が爆発、さかのぼっての彼主演の香港映画が次々と公開された。私もそうだが、団塊の世代は、リアルタイムで彼の映画を観て、彼が「ヒーロー」となった世代であろう。そして我々の子の世代、1979年生まれのジャズ・ピアニスト「上原ひろみ」も「ブルース・リー」の大ファンであるらしい。「フジコ・ヘミング」をして、「何かを持っている娘」と言わしめた人気のジャズ・ピアニストに「ブルース・リー」へのオマージュの作品がある。「リターン・オブ・カンフー・ワールド・チャンピオン/Return Of The Kung-Fu World Champion」である。2005年の「ジャズディスク大賞 日本ジャズ賞」を受賞したサード・アルバム「スパイラル」に収録されているほか、ライブなどでもよく演奏されるという。

スパイラル(通常盤)

上原ひろみ / ユニバーサル ミュージック クラシック



私のような年をとったJAZZファンには、なかなかついていけませんが、一応紹介してきましょうか。「上原ひろみ/Return Of The Kung-Fu World Champion」。

          
 
Hiromi Uehara - piano & keyboard、Tony Grey - bass、Martin Valihora - drums 
 
 
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by knakano0311 | 2010-10-27 08:46 | おやじのジャズ | Trackback | Comments(0)

懐かしい音、そして秋の音

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先日、山で集めてきた「どんぐり」で笛を作ってみた。昔懐かしい「どんぐり笛」である。どんぐりの底部に錐(きり)かドリルで直径3mm程度の穴を開け、しばらく水に浸して果肉を柔らかくしたのち、殻を破らないように注意して、果肉を適当に掻き出せば、出来上がりである。わたしはハンガーの針金を加工して作った「耳掻き」のような道具を使って掻き出したが、針金、釘の頭、木ねじなどでも代用できそうである。

早速、フルートや横笛を吹く要領で吹いてみる。音階を奏でることはできないが、「ピーーッ」という、甲高いが素朴で懐かしい音が響いた。こども達が作ったらきっと喜びそうな笛である。穴に小枝でも差し込めば、独楽(こま)にもなる。こんなどんぐりひとつでも十分楽しめるのだ。

「フルート」という、それまではおよそジャズとは縁のなかった(?)楽器をJAZZの主役、ソロ楽器に仕立て上げ、「フュージョン」という言葉すらなかった時代(当時は「ジャズロック」といった)に、ジャズとロックを融合させた音楽を先駆けたのは「ハービー・マン/Herbie Mann」である。その初期の代表作である「カミン・ホーム・ベイビー/Comin' Home Baby」は、それまでのJAZZ、「ビ・バップ/be bop」にはなかった「祭り囃子」のような、R&Bあるいはロック的雰囲気を持つ明るい曲で、当時のJAZZ喫茶に立ち込めていた重苦しい空気を一掃するように、一時期、どこのJAZZ喫茶でもかかっていた曲である。マンがリーダーで、作曲者でもある「ベン・タッカー/Ben Tucker」がベースを務めている1962年のアルバム「At the Village Gate」が大ヒット。そして、我が学生バンドのレパートリーでもあった懐かしい曲。これも私には懐かしい音のひとつ ・・・ 。

ヴィレッジ・ゲイトのハービー・マン

ハービー・マン / Warner Music Japan =music=



まるで、ベースが太棹三味線、フルートが祭囃子の横笛、ドラムが鼓か和太鼓のように聴こえる懐かしい音色のJAZZ。 Herbie Mann - Comin' Home Baby (Live At the Village Gate, NYC, November 17, 1961)
 
           
 
この曲に作詞をしたのが、「ボブ・ドロー/Bob Dorough」。ボーカルとしてはあまり取り上げられないのだが、「メル・トーメ/Mel Torme」のボーカルバージョンも聴きたくなった。「ベイビー、帰ってきてくれ ・・・」というフレーズが、まるで呪文のように繰り返して歌われる不思議な雰囲気を持つ歌で、マンの演奏もそうだが、一度聴いたらいつまでも耳に残る。

Comin Home Baby

Mel Torme / Collectables



JAZZ的呪文、「Mel Torme - Comin Home Baby」
 
          
 
 
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by knakano0311 | 2010-10-26 00:02 | 音楽的生活 | Trackback | Comments(0)

廃墟でどんぐりを採る

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月に1回ほど地域の子ども達に「遊び」を教える自治会のボランティア活動を続けているが、年間最大のイベントが近づいてきた。自治会の文化祭の一つのコーナーであるが、子ども達に木工、木の実細工、手編み、折り紙、飛行機作りなどを楽しんでもらうイベントである。いつも大変な人気で、二日間にわたって行われるので、延べ300人を超える子ども達が参加する。そこで、大変なのは、材料の準備である。木の枝、木の実、牛乳パックなどは、すぐには集まらないからである。数ヶ月前から手分けして準備するのであるが、特に大変なのはどんぐり、木の枝。山遊びをするようになったので、「それは、まかせておけ!」と大見得を切ったのはいいが、さて今年はどんぐりが不作で、ウォーキングをするいつものコースには殆どないし、遊びの山にもあまり落ちていない。 

新しい穴場を開発しようと、国道を隔てた向かいの山へ向かった。そこは、宅地開発に失敗し、最近まで自然が無残にも破壊されたままになっていたところであるが、まだ多くの自然が残っている場所でもある。しかし第2名神高速道路の建設予定地になっているので、何年か先にはどうなることやら ・・・ 。

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山際まで住宅が密集しているとこををぬけ、一歩山に踏み込むと、そこは別世界であった。水路、ため池、クヌギ林 ・・・、かって里山だったであろうと思われる痕跡が残っている。さらに奥へ行くと、廃墟にぶつかった。石垣などは残っているが、建物は破壊されて瓦礫と化している。しかし、自然の回復力はすごいもので、廃墟は大方、雑木林、草むらに呑み込まれてしまっている。ここは何の廃墟だろうか? それはすぐにわかった。地面に散弾の薬莢が散乱しているのである。「クレー射撃場」だったのだ。廃棄されてから何年ぐらい経っているのだろうか? 確か、地図で「クレー射撃場」の表記を見た記憶があるが、バブルの終焉期かもしれない。「クレー射撃」なんてお金のかかる遊びをする人が少なくなったのか、住宅地がすぐ近くまで押し寄せたためか、多分そんな理由であろう。

人間の営みや建造物の痕跡なんぞ、たかが知れている。射撃場をすっかり呑み込んでしまった林や草むらには、「すすき」が背高く生い茂り、ここには鹿がこないのか、アベマキには大きな「どんぐり」がいっぱいに実っていた。うん、新しい「どんぐりの穴場」発見である。

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クレー射撃で使う銃は「ショット・ガン」、「I Shot The Sheriff (俺はシェリフを撃っちまった)」と歌うのは、レゲエの神様、「ボブ・マーレイ/Bob Marley」。 その曲をカバーして大ヒットさせたのが、スローハンド、ギターの神様、「エリック・クラプトン/Eric Clapton」。「I Shot The Sheriff」は、ソロとなって初の全米1位を獲得した1974年のアルバム「461 Ocean Boulevard」に収録されている。サンフランシスコのダウン・タウン、名物のケーブル・カーの起点となる広場で、抜けるような青空の下、ストリート・ミュージシャンが演奏していたのが今でも印象に残っている。

461オーシャン・ブールヴァード

エリック・クラプトン / ユニバーサルインターナショナル



いくつもの演奏がYOUTUBEにアップされているが、ここではもっともエキサイティングな、多分近年のライブと思われる映像を紹介しておきましょう。スローハンドといわれるギター・ソロがたっぷり聴けます。「Eric Clapton - I Shot the Sheriff」。

           
 
JAZZ畑でこの曲を見事にアレンジしたのが、「デオダード/Deodado」。アルバムは「Very Together」。「フュージョン」という言葉もなかった時代に、クラシック作品をJAZZYにアレンジした「ツァラトゥストラはかく語りき/Also sprach Zarathustra」で、全世界をあっといわせたブラジル生まれのこの鬼才、「I Shot The Sheriff」にも巧みなアレンジを施している。

ヴェリー・トゥゲザー(紙ジャケット仕様)

デオダート / ユニバーサル ミュージック クラシック



主に1970年代に活躍し、91年に事実上活動を停止していたアメリカの人気フュージョン・グループで、2002年再結成された「クルセイダーズ/The Crusaders」。その再結成アルバム「ルーラル・リニューアル/Rural Renewal」にずばり、「Shotgun House Groove」という曲がある。これぞまさしくあの懐かしいクルセイダーズ・サウンド。しかも、なんと「エリック・クラプトン」が2曲でブルージーなギター・ソロを聴かせるではないか ・・・ 。

Rural Renewal

Crusaders / Pra Records



これぞファンク、これぞグルーヴ。 「Crusaders - Shotgun house groove」
 
          
 
 
追記) 読者の方からの情報で少し調べてみました。この「猪名川クレー射撃場」は、1964年開業したが、都市伝説として流布されているような銃乱射事件や経営者射殺事件などではなく、銃の盗難事件によって1989年閉鎖に追い込まれたようである。その後、火災事件発生によりまったくの廃墟状態となり、サバイバルゲーム愛好家などのフィールドとして使われたり、都市伝説が流布されたようである。その後2007年に完全に取り壊され、現在のような完全な瓦礫の状態になっている。この射撃場は、山崎豊子の小説「華麗なる一族」にも登場するという。 
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by knakano0311 | 2010-10-24 09:29 | 地域の中で・・・ | Trackback | Comments(0)

忘れていたご長寿ピアニスト

先日このブログで、「ハンク・ジョーンズ/Henry "Hank" Jones」亡き後の21世紀における「ビ・バップ」のタイム・カプセル的な存在は、「バリー・ハリス/Barry Harris」一人になってしまったと書いたが、もう一人いるのを忘れていた。「ジュニア・マンス/Junior Mance」である。昔から好きなピアニストであったが、ブルージーで若々しいタッチのブルース弾きということ、「ジュニア」という名前から、もっと若いと勝手に思っていたが、1928年10月生まれ、なんと82歳だということを、最近知った。

「バリー・ハリス/Barry Harris」が、1929年生まれの81歳、「ジーン・ディノヴィ/Gene DiNovi」が1928年5月生まれの82歳であるから、彼らと並ぶ、現役最長老ピアニストの一人である。そんな長いキャリアをもつ彼が、初めてのソロ・ピアノ・アルバムをリリースしたので、はじめて彼の年に気がついたのである。アルバム「ジュニア・マンスの世界」。得意とするブルースはもちろん、叙情的なバラードまでとても82歳の爺さんの弾くピアノとは思われない。

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ジュニア・マンスの世界

ジュニア・マンス / キングレコード




ハーレムのブルース、黒人音楽の感触を色濃く残しながら、今のNYに生きるソウルフルなJAZZを感じさせる「ジュニア・マンス・トリオ」が好きである。「ジュニア」と呼ばれたのは父親もピアニストだったためで、たしか、「綾戸智恵」がニューヨークで暮らしていたとき、彼と親交があり、一緒に音楽活動もしたこともあったらしく、帰国してから彼が有名なJAZZピアニストであることを初めて知ったと語っていたことを思い出した。そんな綾戸が最近リリースしたアルバムが、「綾戸智恵 meets JUNIOR MANCE 」。彼女が、本格デビュー前の1996年に「ジュニア・マンス」とニューヨークで録音された幻の自主制作盤を今年の「東京ジャズフェス」などでの「ジュニア・マンス」との再会・共演記念盤としてデジタル・リマスタリング盤である。

ONLY YOU

綾戸智恵 meets JUNIOR MANCE / ewe records



しかし、私のなんといってもお気に入りは、この2枚。「グルーヴィン・ブルース/Groovin' Blues」と「ソウル・アイズ/Soul Eyes」。

「エリック・アレキサンダー/Eric Alexander」の泣かせのサックスにマンスのピアノが絡み、ブルースのパッションは最高潮に。「グルーヴィン・ブルース」、ブルース好きにお薦めの一枚である。

グルーヴィン・ブルース

ジュニア・マンス・トリオ&エリック・アレキサンダー / エム アンド アイ カンパニー



「ソウル・アイズ」。マル・ウォルドロンのタイトル曲をはじめ、ブルースの名曲「ストーミー・マンデイ」などスタンダードをブルージーに、それでいて都会的感覚に満ちたいぶし銀のような演奏で聴かせる佳品。

ソウル・アイズ

ジュニア・マンス・トリオ/エム アンド アイ カンパニー


ピアノ・ソロ・アルバム、「ジュニア・マンスの世界」から、「Georgia on my mind」。
 
          

 
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by knakano0311 | 2010-10-23 00:09 | もしもピアノが弾けたなら | Trackback | Comments(0)

The Diva Has A Thousand Hands. ~唐招提寺・千手観音立像~

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(「第62回正倉院展」HPより)

今年は「平城京遷都1300年」の年である。いま、奈良ではそれを記念して、いろいろな行事やキャンペーンが大々的に行われている、NHK-TVでもいくつもの特別番組を組んでいるが、関西に住んでいる私は、殆ど毎日のように、それに関するPR番組やニュースにお目にかかる。秋の奈良へ行きたいとは思うのだが、あの大変な人出を想像すると、「奈良好き」の私もさすがに敬遠気味で、今年は奈良を訪ねるのは控えておこうかと思ってしまう。しかし、10月23日からは、定年後は毎年欠かさずに訪れている「正倉院展」が始まるので、正直言って、行こうかどうか迷っているのである。

西暦710年わが国の本格的首都が「奈良」の地に誕生した。「大宝律令」が制定され、律令を基本とする統一国家が成立、また最古の歴史書「古事記」、「日本書紀」などが編纂され、日本の国家としての基本的枠組みが確立した時期でもある。また、正倉院御物に見られるように、朝鮮半島、大陸との盛んな交流を通じ、ユーラシア各地から、技術、文化、文明がもたらされ、わが国の古来の文化と融合して、天平文化が花開いた時代でもあった。きっと我々が今想像する以上に、美しくて、華やかで、すばらしいものだったに違いない。

そんなことを思っていた先日、平城京遷都にあわせた企画だと思うが、NHK衛星放送の映画で、「井上靖」原作、母校の先輩「熊井啓」が監督、「中村嘉葎雄」主演の「天平の甍(いらか)」を観た。DVDではリリースされておらず、VHSのみだけなので、今回は貴重な放映である。

天平5年(733年)、遣唐使とともに日本仏教の確立のために中国に渡った四人の日本人青年僧の青春と、彼らが唐の高僧、「鑑真和上」に出会い、二十年の歳月をかけて渡日に成功するまでの苦難の道を描いた作品。4人の留学僧のなかでただ一人、「普照」は「鑑真和上」らとともに帰国、奈良の地を踏んだ。そして、天平宝浩三年(759年)、「鑑真和上」は西の京に「唐招提寺」を建立、全国から学従が集り、講律、受戒が行なわれたのだ。

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天平の甍 [VHS]

井上靖 / 東宝




かの国もこの時代は、世界の中心にふさわしく、仏法や儒教の下、礼も節も、そして法も律も重んじた大人の国であったのだが ・・・ 。

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「唐招提寺」といえば、平成10年(1998)に、金堂を含む「唐招提寺」の伽藍建築が「世界文化遺産」となったこをきっかけに始まった金堂の10年がかりの大修理も去年に終わり、伽藍全容が見られるようになったばかりである。「唐招提寺」の仏像といえば、国宝「鑑真和上坐像」とならび、眼に焼きついて離れないほど印象的な国宝「千手観音立像」が頭に浮かぶ。

像高5メートル36センチ。金堂の須弥壇に、本尊・盧舎那仏坐像、右に薬師如来立像、左に千手観音立像(いずれも国宝)が並んで安置されている。何が印象的かというと、仏像の両肩から脇にかけて、小さな手、小脇手と呼ぶが、びっしりと円形に広がっているのである。造立当時は実際に「千の手」を持っていたらしいが、現在では大脇手42本、小脇手911本の計953本で、残りは失われてしまっている。奈良時代、8世紀の木造で、こんなに無数の「手」があるにもかかわらず、少しも異様さを感じさせず、伸びやかな印象と、涼し気ではっきりとした顔立ちをもつ仏像である。見ただけではわかりにくいが、大手・小手の掌には、絵具で「眼」が描かれていたらしく、文字通り「千手千眼」を表わしたものであった。

この仏像の「千眼」の話を聴いた時、すぐ想起されたのは、JAZZのスタンダード、「夜は千の眼を持つ」であった。1948年映画、「The Night Has A Thousand Eyes」の主題歌として書かれたというが、実際には、映画の中では、まったく使われなかったらしい。私が持っているCDの中では、「ティティアン・ヨースト/Tizian Jost/The Night Has A Thousand Eyes」、「ポール・デスモンド/Paul Desmond/Bossa Antigua」、エディ・ヒギンズ/Eddie Higgins/Don't Smoke In Bed」、「ヨーロピアン・ジャズ・トリオ/Europian Jazz Trio/The Windmill Of Your Mind」などのカバーがあるが、「ジョン・コルトレーン/John Caltrane」の特異なジャケットが印象的なアルバム「コルトレーンズ・サウンド/Caltrane's Sound」が一番有名か。

コルトレーン・サウンド(夜は千の眼を持つ)(+2)

ジョン・コルトレーン / Warner Music Japan =music=



「コルトレーン・サウンド」から「夜は千の眼を持つ」。 そのダイナミックなサックスの咆哮 ・・・。
John Coltrane;Sax (Tenor)、Steve Davis;Bass、Elvin Jones;Drums、McCoy Tyner;Piano

          

この曲、作曲者は「ジェリー・ブレイニン/Jerry Brainin」であるが、映画の主題歌として作られたのであるから、当然詩がついている。「バディ・バーニアー/Buddy Bernier」による詩、コルトレーンの咆哮からは想像できないような、なかなか繊細で、ミステリアスで、美しい歌詞である。

【 The Night Has A Thousand Eyes 夜は千の眼を持つ 】
                           作詞;Buddy Bernier  作曲;Jerry Brainin

「 ♪ Don't whisper things to me you don't mean  心にもない言葉を囁くのはもうやめて
   For words deep down inside can be seen by the night
                        夜は心の奥深くに隠した言葉まで見抜いてしまうから
   The night has a thousand eyes    夜は千の目を持っているから
   And it knows a truthful heart from one that lies
                         誠実な心と嘘をつく心を見分けることができるのです

    Tho' romance may have called in the past   あなたも過去に恋はあったのでしょう
    My love for you will be everlasting and bright  でもあなたへの愛は永遠
    As bright as the starlit skies               星空の輝きのように
    And this wond'rous night that has a thousand eyes
                              この千の目を持つ不思議な夜のように

             ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・            ♪」

この歌を歌っている歌手は少ないが、ヴォーカルで聴くなら「カーメン・マクレエ/Carmen McRae」(1920年4月 - 1994年11月)の「セカンド・トゥ・ノン/Second To None」が一番いいといわれています。しかし、残念ながら、まだ聴いたことがありません。そのうちに ・・・ 。

セカンド・トゥ・ノン

カーメン・マクレエ / ソニーレコード



また、私は「千手観音」と聞くと、どうしても「カサンドラ・ウィルソン/Cassandra Wilson」を想起してしまいます。いくつもの違ったジャンルの曲を取り込んで、自分の世界の色の曲に変えてしまう独特の魔術的歌唱の魅力が、まるで「千の手」を持っているように思えるからで、私は勝手に「The Diva With A Thousand Hands」と名づけていますが ・・・。その彼女の面目躍如たるアルバムは、「クローサー・トゥ・ユー~ザ・ベスト・ポップ・ヒッツ・コレクション/Closer To You」。過去にレコーディングされた彼女のアルバムの中から、ポップ・ヒットのカバー曲だけを集めたベスト・アルバム。「U2」、「シンディー・ローパー/Cyndi Lauper」、「スティング/Sting」、「モンキーズ/The Monkees」、そして「Harvest Moon」は「ニール・ヤング/Neil Young」のカバー ・・・ 。

クローサー・トゥ・ユー~ザ・ベスト・ポップ・ヒッツ・コレクション

カサンドラ・ウィルソン / ユーメックス



ロック・シンガー、「スティング/Sting」でヒットした「フラジャイル/Fragile」を。あまりにも美しいメロディを持つ曲なので、恋の歌かと思うかもしれませんが、反戦歌です。

           
 
 
 
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by knakano0311 | 2010-10-22 00:06 | 音楽的生活 | Trackback | Comments(0)

街角の音楽家たち

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わが街の主要駅の駅前広場。季節がよくなったためか、ストリート・ミュージシャン達を多く見かけるようになったなった。駅や市が追い出したりすることもなく、もう街の風景の一部となっているようだ。どういうわけか日本全国の駅前広場などで見かける「コンドルは飛ぶ」などのフォルクローレをケーナで演奏する南米人のグループはもちろん、ギターを抱えたシンガー・ソングライター系の若者が多いのが特徴である。「トイレの神様」を歌っている地元出身の「植村花菜」も、デビュー前はここでよく歌ったとインタビューで語っていた。

そして、JR環状線、大阪城公園駅から大阪城ホールにいたるプロムナードは、歌手を目指す新人の登竜門となっているという。このホールにコンサートに出かけた時などは決まって、いくつものグループを見かけた。確か、「コブクロ」、「ポルノグラフィティ」、「馬場俊英」などもここからのスタートではなかったろうか。うれしいことに、若いミュージシャンを支え、育ててやろうと思う人たちがたくさんいるのである。関西地区だけでなく日本全国で、このような多くのストリート・ミュージシャンが明日を夢見て演奏しているのだろうが、彼らもすっかり街の風景として定着しているのかも知れない。

パリのミュゼットやジプシー音楽の演奏家たち、バルセロナのギタリストたち、ニューヨーク・セントラル・パークのJAZZマン、ミュンヘンのアコーデオン演奏家、サンフランシスコのロック・バンド、ニュー・オリンズのデキシー・バンド ・・・ 、みんなストリート・ミュージシャン、世界の街角でであった音楽家たち。それぞれの街角に溶け込んで、彼らは絵の一部になっていた。

今日、駅前で見かけたグループは、バイオリン、チェロ、キーボードというストリート・ミュージシャンでは大変珍しいといっていい、トリオ編成のグループ。しかも、それがすごく上手いのだ。明らかにクラシック畑の、それもきちんと高度の音楽教育を受けた若い演奏家のグループと思われる。はたして、想像通り「Luft Musica/ルフト・ムジカ」という音大OB達で結成されたアンサンブル・ユニットであった。「Luft」というのは、ドイツ語で「空、空気、エア」という意味であるので、「青空の下の音楽」というような意味でつけられたユニット名であろう。まさに路上、ストリートで演奏するのにふさわしい名前だ。どうも、楽器の個人レッスン、結婚式、レストラン、パーティ、イベントなどでの演奏を生業としているようで、そのためのPRデモ演奏のようであった。美大生も大変なようであるが、音大生も同じように大変みたいだ。景気の低迷、文化行政の底の浅さなどが、こんなことに垣間見える。

そのユニット、「Luft Musica」が演奏していた曲のひとつが「リベルタンゴ」であった。作曲者は「ピアソラ」。世界的に有名なチェロ奏者の「ヨーヨー・マ」が演奏し、一躍世界的に有名になった曲である。ジャズはもとより、あらゆるジャンルの音楽家がカバーしている曲でもある。

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「アストル・ピアソラ/Astor Piazzolla」(1921年3月11日 - 1992年7月4日)はアルゼンチンの作曲家でバンドネオン奏者。タンゴをベースにクラシック、ジャズの要素を融合させた独自の音楽を産み出したことで知られている。この「リベルタンゴ/Libertango」という曲は、1974年イタリアで発表された。「Libertango」という単語は、「自由/libertad」と「タンゴ/tango」と合わせて作った造語である。私は聴いたことがないが、「オラシオ・フェレール/Horacio Ferrer」作詞の歌詞がついているという。軍の政治的影響の強くなった祖国アルゼンチンを嫌ったためか、70年代の半ば以降、「ピアソラ」はイタリア・ミラノを中心に、ロックやジャズ、フュージョンの影響を受け、新たなタンゴの形を模索していた。そんな模索の中から生まれた曲が、「リベルタンゴ(自由のタンゴ)」である。そんなイタリア時代、1974~79年に録音された5枚の作品からのベスト盤がアルバム「リベルタンゴ」。

リベルタンゴ

アストル・ピアソラ / キングレコード



「ピアソラ」が演奏しているオリジナルの「リベルタンゴ」。 やはり、タンゴは官能だ。  

          

そして、尋常ならざる「タンゴ」を奏でる「ピアソラ」の傑作アルバムは「タンゴ:ゼロ・アワー/Tango:Zero Hour」。「これは紛れもなく、私がこれまでの人生で作り得た最高のレコードである。我々はこのレコードに魂を捧げた。」とピアソラ自身が語っている生涯の傑作といわれる。

Tango:Zero Hour

アストル・ピアソラ / ewe records




 
 
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by knakano0311 | 2010-10-20 00:31 | 音楽的生活 | Trackback | Comments(0)

1700年前のタイム・カプセル

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兵庫県宝塚市山手台の丘陵地にある前方後円墳「長尾山古墳」で、木棺を粘土で覆って保護する国内最大級で最古級の「粘土槨(かく)」が見つかったと報ぜられたのが12日。そして、16日には現地説明会があるとも報ぜられていた。

「山手台」といえば、私の住んでいるところから、山ひとつ越えたすぐご近所。しょっちゅう車で通っているところである。根っからの野次馬でもあり、昔ちょっとだけ考古学をかじった私としては、これは見逃すわけには行かない。さっそく10時からの説明会に出かけてみた。

「長尾山古墳」は、長尾山丘陵の日当たりのよい南斜面、最近開発された新しい住宅地の中の公園に隣接してあった。猪名川にほど近いこの高台からは、大阪平野が一望の下に見渡せる要衝の地である。

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開始30分ほど前に現地についたが、もうすでに結構な人数が集まっている。ざっと150人は超えているだろうか。しかもさらに続々と集まってくる様子。自分のことは棚に上げての話だが、その関心の高さのゆえか、物見高さのゆえか、殆どがシニアの皆さんである。元々、「宝塚」という地名は、この地にあった「縁起のいい塚」があったがゆえに、「宝塚」と称したという元禄時代の書物の記述が由来らしく、それからも推定されるように、宝塚市内には、いまでも数多くの古墳が残っているという。
  
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(前方後円墳のくびれ部に残る円筒埴輪列の址)

見学に先立っての説明によると、この長尾山丘陵一帯には、200基を超える横穴式石室や箱式石棺をもつ古墳があるが、今回発掘された「長尾山古墳」は、墳長約40mの前方後円墳であり、出土埴輪から見て、4世紀初頭(古墳時代前期前半)までさかのぼる猪名川流域では最古の古墳であることがわかったという。多分葬られたのは、猪名川流域を支配していた大豪族の長ではないかと思われるという。4世紀初頭といえば、かの卑弥呼が亡くなったのが3世紀半ばであるから、それから50年ほど経った頃である。

そして最大の発見は、巨大な「粘土槨」が見つかったことである。長さ6.7m、幅2.7m、高さ1mの全国でも10指に入るという巨大「粘土槨」である。残存状況が極めて良好で、当初の形をほぼ完全に保っており、しかも盗掘されていないというのだ。約30人づつのグループで順番に見学したが、これほどの大きいとは、その大きさに、まずびっくりしたというのが正直な感想である。棺の内部はまだまったくわからないが、数日前のレーザー探査では、なにか金属物らしき反応もあったという。まさに掘り起こされた1700年前のタイム・カプセルだ。大和政権との密接なつながりを持っていたこの地の大王の墓ならば、銅鏡、刀剣、甲冑、勾玉などの副葬品の出土も十分考えられるいう。  

「タイム・カプセルを開けて見てみたい」という、好奇心、野次馬根性が、誰しも頭をもたげる。しかし、事はそれほど単純ではなさそうである。内部の調査には億単位の多額な費用が必要で、多分財政難に苦しんでいる宝塚市一市ではそうとう厳しく、県、国の文化財に指定してもらっての、補助が必要であろうし、開封すれば内部の腐食が一気に進む恐れがあるから、その対策もあらかじめ考えておく必要があろう。発見されたばかりで、まだそれらに対する方針は決まってないらしく、とりあえずは埋め戻すという。こんなところにも地方の疲弊の影響が見え隠れしているのだ。
  
昔、まだ私が高校生の頃、まだ寒い3月の田んぼの中の縄文遺跡で、大型の縄文土器を発掘した時の興奮を思い出した。私の記憶のタイム・カプセルもちょっとだけ開いたようである。翌日の新聞報道によれば、この日の現地説明会に全国から集まった人は、シニア世代を中心に、古代への関心の高さをうかがわせる約2100人だったという。

「ハンク・ジョーンズ」亡き後の21世紀における「ビ・バップ」のタイム・カプセルは、「バリー・ハリス/Barry Harris」と言ってもいいだろう。1929年12月、デトロイト生まれというから、もうすぐ81歳。ご立派なご長寿ジャズ・ピアニストである。「マイルス・デイビス」、「リー・コニッツ」らと共演し、ニューヨークへ進出後は、「キャノンボール・アダレイ」、「コールマン・ホーキンス」、「デクスター・ゴードン」らと活動を共にしたという。「リー・モーガン」の歴史的名盤といわれるブルーノートの「サイドワインダー」にも参加したというから、ジャズの歴史の証人の資格十分。地味ながら実力派で、「Budpowellien」などとも呼ばれる「バド・パウエル」直系のそのスタイルは、くつろいで聴ける「バップ・ピアニスト」といえる。「バリー・ハリス」の最高傑作ライブ盤と称されるアルバムは、「バリー・ハリス・アット・ザ・ジャズ・ワークショップ/Live At The Jazz Workshop 」(1960年録音)。

バリー・ハリス・アット・ザ・ジャズ・ワークショップ+3(紙ジャケット仕様)

バリー・ハリス / ユニバーサル ミュージック クラシック



ちょっとだけタイム・カプセルをあけてみましょうか。「Barry Harris - Moose The Mooche」。 Barry Harris piano - Sam Jones bass - Louis Hayes drums

          
 
 
 
 
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by knakano0311 | 2010-10-18 09:23 | 地域の中で・・・ | Trackback | Comments(0)

秋の花、秋の蝶

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今日の山遊びも伐採作業の続きである。この作業もだいぶはかどってきた。伐採を始める前は暗かったクヌギ林も、日がさしこむようになり、眼に見えて明るくなってきた。山の頂上から向かいの山が見通せるようになるまで、後もう少しの作業が必要だ。伐採後の光景を想像すれば、鋸(のこぎり)を挽く手に力も入ろうというものだ ・・・。

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報じられている他の地域と同じように、この山も今年は例年になく、どんぐりが少ない。比較的よく実がついている「アベマキ」、「クリ」の木には、この山に住む鹿などの野生動物が、人がいなくなったときを見計らって、実を食べにきているようだ。木の周辺に糞を残し、「はかま」だけ残っている「アベマキ」のどんぐり、「イガ」だけが残っている栗が散乱していることでもわかる。

そして、あちらこちらに咲いている秋の花、「ヒヨドリバナ」に、「アサギマダラ」が集まってきているのをよく目にする。今日もこの公園で、花に群れ遊ぶいくつもの「アサギマダラ」を見かけた。「アサギマダラ(浅葱斑)」は、翅(はね)の模様が鮮やかで美しい大型のチョウで、長距離を移動するという。「アゲハチョウ」などの様に細かく羽ばたかず、ふわふわと、ゆっくりと滑空するのが優雅。また、この蝶は人をあまり恐れず、なかなか逃げないので写真には写し易く、人気が高い蝶である。下の写真も相当近くに寄って撮ったが、まったく逃げる気配がなかった。

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私の勝手な思い込みかもしれないが、JAZZあるいはスタンダードなどには、「鳥」に比べて「蝶」の曲が極端に少ないような気がする。私のCDを検索してみても、3曲くらいしか見つからなかった。その中で、もっとも知られている曲のひとつが、「セロニアス・モンク/Thelonious Monk 」作曲の美しいバラード「Little Butterfly[Pannonica]」である。モンクはもちろん、「チック・コリア/Chick Corea」、「マッコイ・タイナー/McCoy Tyner」などの演奏もあるが、歌唱ではご贔屓「シェリル・ベンティーン/Cheryl Bentyne」のアルバム「Talk Of The Town」に収録されている。人気ジャズ・コーラス・グループ、「マンハッタン・トランスファー/The Manhattan Transfer」の女性ヴォーカルをつとめるシェリルがソロで歌うセカンド・アルバムである。「ケニー・バロン/Kenny Barron(p)」、「ジョン・パティトゥッチ/John Patitucci(b)」ら名プレイヤーとのセッションでスタンダードを歌う。最初のスタンダード・ナンバー「ユード・ビー・ソー・ナイス・トゥ・カム・ホーム・トゥ/You'd Be So Nice To Come Home To」を聴けば、その歌のうまさはすぐわかる。

トーク・オブ・ザ・タウン

シェリル・ベンティーン ケニー・バロン ジョン・パティトゥッチ ルイス・ナッシュ チャック・マンジョーネ デヴィッド・“ファットヘッド”・ニューマンキングレコード



ところで、この「Little Butterfly[Pannonica]」のタイトルについている「Pannonica/パノニカ」とは、ジャズ史上最も有名なパトロンとして知られている「パノニカ男爵夫人 (1913-1988)」のことである。つまり、この曲はモンクが、彼女に捧げた曲なのである。有名なユダヤ系財閥の「ロスチャイルド/Rothschild」家に生まれた「パノニカ」は、1935年にユダヤ系フランス貴族、外交官の「ジュール・ケーニグスウォーター男爵」と結婚するが、赴任先のメキシコが気に入らず、別居して、ずっとニューヨーク五番街のホテルのスイートルームに住むようになり、そこからNYのジャズメンたちとの交友が始まったという。いくら進歩的なNYとはいえ、まだ人種差別が相当に激しい時代に・・である。「ニカ/Nica」というのはジャズメンたちが、女神のごとく敬愛してつけた彼女のニックネーム。

特に親交があったのが、「チャーリー・パーカー/Charles Parker」(1920 - 1955)と「セロニアス・モンク」。「チャーリー・パーカー」が「Nica」の部屋で吐血して死んだことは有名で、「チャーリー・パーカー」の壮絶な生涯を描いた「クリント・イーストウッド/Clint Eastwood」監督の映画「バード/Bird」でも克明に描かれている。

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そんなことから、彼女に献上された曲はJAZZスタンダードにも多くあり、「トミー・フラナガン/Tommy Flanagan」の名曲、「セロニカ/THELONICA」は、「セロニアス・モンク」と「パノニカ」の言葉を組み合わせ、二人の深い友情に捧げられたものであり、同じタイトルのアルバムに収録されている。それを意味するジャケットのイラストも美しい。

セロニカ(紙ジャケット仕様)

トミー・フラナガン / Ward Records



「ホレス・シルバー/Horace Silver」の名曲「ニカの夢/Nica's dream」もまた、「パノニカ」に捧げられた哀愁漂う美しいバラードの名曲。

ホレス・スコープ

ホレス・シルヴァー / EMIミュージックジャパン



話は最初に戻りますが、モンクの曲「Pannonica」に、彼女を蝶に例えて、「ジョン・ヘンドリックス/Jon Hendricks」が詩をつけたのが「Little Butterfly[Pannonica]」。モンクも、晩年演奏できなくなってからは、「Nica」の家に家族ともども引き取られたのち、1982年に亡くなった。つまり「チャーリー・パーカー」も「セロニアス・モンク」も、パトロンであった「Nica」の家で死んだのである。なんという因縁、なんという友情であろうか。何か不思議な寂寥感を感じるが、心に迫ってくる話である。そして「Nica」自身はモンクの死の6年後に亡くなった。こんな歌を捧げられるなんて、いったいどんな女性だったのだろうか ・・・ 。

【 Little Butterfly [Pannonica]  】 作詞;Jon Hendricks 作曲;Thelonous Monk

「♪ Softer than silk            絹より柔らかく
   And as warm as warm milk  ミルクのように暖たかで
   Light as air and able to fly   空気のように軽いから飛べるのさ、
   Blossoms know bliss        花たちは無上の喜びだと知る
   While they're waitin for her kiss  彼女のキスを待っている間が
   Pannonica my butterfly      パノニカ、私の蝶

    ・・・・・・・・・ 中略 ・・・・・・・・   

   Delicate things        壊れやすい繊細な心を持った女(ひと)よ
   Such as butterfly wings   丁度、蝶の羽根のように
   Poets can't describe      いくらがんばっても     
   Though they try         詩人さえも書き得ないように
   Love played a tune       愛は調べを奏でる
   When she stepped from her coccoon  彼女が繭から出てきた時に
   Pannonica my butterfly     パノニカ、私の蝶

「シェリル・ベンティーン」がミディアム・テンポで渋く、Swing感たっぷりにうたう「Little Butterfly[Pannonica]」。 

          


どんぐりや蝶の話から大きく逸れてしまいましたね ・・・・・ 。
 
 
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by knakano0311 | 2010-10-17 09:04 | 炭焼き小屋から | Trackback | Comments(0)