大屋地爵士のJAZZYな生活

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茶の湯に遊ぶ

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今日はセンターの囲炉裏を使っての「お茶会」の日。大雪という予報だったので、天候を心配したが、気温は低かったが、陽があたるいいお天気であった。

30人ほど参加したであろうか、本格的な「お点前」であった。お茶を点ててくださった方々、すなわち亭主であるクラブのメンバーは、いずれも流派が違うということであったが、気楽に茶を楽しむという点で「一庫流」と名乗って、茶会は始まった。

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炉の傍らには、約束の茶道具のほか、先日我々の切った炭で炭斗(すみとり)に組んだ炭道具が置かれ、もちろん我々の焼いた炭で、ふつふつと茶釜は煮えたぎっている。壁には「一枝の梅の香りに春を感じる」という意味の、この季節にふさわしい梅を配した「一朶香(いちだかおる)」の大徳寺さんの軸が掛かっている。そして一輪挿しの花生けには、この山から採った山茶花(さざんか)の枝の一挿し。窓の外は、小鳥の水場となっている池、うっすらと雪が残っていてお誂えの風情である。


クヌギ林を育て、伐採し、炭を焼き、茶を点てて、楽しむ。我々が焼いた「菊炭」が、いまは少なくなってしまった、その需要の現場の茶の湯で遊び、何故菊炭が重用されているかを学ぶことで、炭焼き文化の技術伝承の意義の一部が再確認できたといえるのではないだろうか。

それにしてもかっては戦国武将などがこぞって嗜んだ茶の湯、まさに男の文化であったものが、いつから女性のたしなみに変わってしまったのであろうか ・・・ 。


まったり気分で、お茶を楽しむには、 「noon/Tea for Two」なんていかがでしょうか? ゆったりした、柔らかで、伸びやかな歌声が生み出す心地よさ。JazzやPopsのおなじみのヒット曲をまったりと歌う、期待のヴォーカリスト、noonの2ndアルバム。

my fairy tale

noon / ビクターエンタテインメント

 
 
          

 
 
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by knakano0311 | 2011-01-31 09:20 | 炭焼き小屋から | Trackback | Comments(0)

ふるさとエレジー(11) ~霜華~

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(写真;ブログうきぐも/窓の氷華より無断拝借)

関西地方でもこの冬一番の寒さが続いている。TVの報道番組で、故郷松本、美ヶ原高原の山頂にある「王ヶ頭ホテル」の窓に咲く「霜華(しもばな)」のニュースを観て、懐かしさを覚えた。温暖化した今と違って、子どもの頃の松本地方は平地でも、氷点下10度~15度にまで冷えることは当たり前で、この美しい「霜華」が毎朝のように家の窓ガラスにできていた。

「霜華」(氷華ともいう)は、ガラスの表面が氷点下に冷えた時、室内の水蒸気が窓ガラスの表面に疑結してできる氷結晶の事で、花のように見えることから、この名が付いている。気温やガラスの状態、湿度などの条件によってできる「霜華」の形はいろいろであり、花状、羊歯状、小枝状のものなど千変万化である。しかし近年は、昔に比べ暖冬のせいか、冬に帰省しても、この「霜華」をみることはなかったのである。

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松本地方では、1月下旬から2月初旬にかけての寒さが、一番厳しいため、正月の冬休みを少し短くし、それを厳寒の季節にたしか1週間ほどの「寒中休み」として充てていた。何か得したように子どものころは思ったものである。そして、寒さなどはなんのその、校庭に積もった雪の上に前の晩に水を撒いてつくった速成のスケートリンクで毎日毎日飽きずにスケートをしていたものだ。スケート靴? そんなしゃれたものはありません。「下駄スケート」という下駄にスケート刃をつけたものを、真田紐で足に固定して滑ったものである。足が冷たくて、痛かったことをいまだに覚えている。関西に来てから屋内スケート場に初めて行き、また靴スケートというものを初めて履いた。フィギャー・タイプの刃であったため、まったくうまく滑ることができず、ホッケー・タイプの刃に変えたことを覚えている。

スキーは?って。スキーを覚えたのはずっと後の高校時代。当時は、スキー場もあまりなく、松本といえど、日帰りで簡単に行けるスキー場はなかったのだ。また、道具やウェアも高価で、スキーは東京のお金持ちの遊びだと思っていた。一般の人にもスキーが普及するようになったのは、「黒い稲妻」と呼ばれた「トニー・ザイラー/Anton("Toni") Sailer」の存在が大きかったのではないだろうか。1956年の「コルティナダンペッツォ冬季オリンピック」にて三冠を達成(このとき「猪谷千春」が日本人初の銀メダル)。その爽やかなイケメンぶりを買われて映画に出演し、アイドル並みの大人気を獲得。しかし、そのことでアマチュア資格を問われ、1960年の「スコーバレーオリンピック」には出られないこととなり、22歳の若さで引退を表明、本格的に俳優に転向し、歌手活動も行った。彼の主演映画「白銀は招くよ!」(1959年)の主題歌で大ヒットした同名の曲を覚えている方も多いのでは ・・・。 日本の映画「銀嶺の王者」(1960)やCMにも出演したことがあり、また彼がスキーコース設計に携わった日本のスキー場も多いという。

白銀は招くよ! [DVD]

アイ・ヴィ・シー



そして、1968年にフランスのグルノーブルで行われた第10回冬季オリンピックの記録映画で、「クロード・ルルーシュ/Claude Lelouch」監督の映画「白い恋人たち/13 Jours en France」と、「フランシス・レイ/Francis Lai」が作曲した同名のメインテーマ曲の大ヒットが続き、1972年の札幌オリンピックと、スキー熱は加速して行ったのである。バブル後、企業のスポーツ支援からの後退もあって、1998年の長野オリンピックを頂点にスケート、スキーともに、日本ではかっての活気は失ったようである。

白い恋人たち

ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント



話は「霜華」から大分それてしまったが、今宵のふるさとエレジーは「雪の華/中島美嘉」。ジャンルは違うが、独特の声、歌唱法が醸し出す彼女の世界、雰囲気に注目しているひとり。きっとJAZZも似合うと思うのだがどうだろうか。爺さんにはちょっと照れ臭い歌詞ながら、この歌は、日本の愛の名曲に違いない。

雪の華

中島美嘉 / ソニー・ミュージックアソシエイテッドレコーズ



「雪の華/中島美嘉」。

          
 
 
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by knakano0311 | 2011-01-30 15:06 | ふるさとは遠くにありて・・・ | Trackback(1) | Comments(0)

山を遊び尽くす ~山遊び・番外編~

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                     我々が焼いた菊炭があり、管理センター内には囲炉裏が切ってある。そして、クラブのメンバーに茶道の心得のある人が何人かいる。となれば、その囲炉裏で「お点前(てまえ)」をしてみようという企画が生まれるのは当たり前であろう。ということで、今日は山作業はせずに、番外編と相なり、次の休日に行う予定の「お点前」用の「炭切り」をした。炭を切るには、木材用の鋸ではなく、金鋸を使う。

わたしはまったくの門外漢であるが、点前に使われる炭は「道具炭」と呼ばれ、クヌギを焼いて作った炭で、「胴炭」、「丸ぎっちょ」、「丸管」などと呼ばれる何種類かの形があり、それぞれに寸法が決められている。それを流派によって違うらしいが、一定の様式に従って、炭斗(すみとり)に火箸や炭割りなどの「炭道具」とともに組むのである。いわば「飾り炭」なので、もちろん湯を沸かすための炭は、それとは別に必要であるという。

ちょっとNETで調べてみたらそして、色や形、香りなどによって等級があり、1セットで2000円以上という、びっくりするような値段が付いていた。確かに、我々が焼いた炭でも、点前用の規格や品質に合う炭はほんの少ししか採れないので、全て人手の作業に加え、その歩留まりの悪さから、あんな値段が付くのであろう。

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もうひとつの「番外遊び」は、しいたけの「ホダ木(榾木)」づくりであった。これも、窯木や薪として使い物にならないクヌギやコナラが山ほどあるので、毎年行っている遊びである。私はこれも今回初めての経験。電動ドリルで10mmほどの穴を原木に開け、ホームセンターで買ってきた椎茸菌(おがくずに椎茸菌をつけたもの)を埋め込んでいく。それを陽のあたらない場所において、ときおり水をやって乾燥させずおいておけばいいtらしい。早速家に持ち帰ってみたが、収穫までに1年半ほどと結構かかるらしい。さあ、果たしてちゃんと収穫でき、うまいビールとともに食べることができるかどうか楽しみではある。

「お点前」といい、「ホダ木づくり」といい、まさしく里山、森林の利用・再生である。実生活では里山の利用をしなくなった今、こんな風にして「山を遊び尽くす」ことが、山や木への恩返しになるのだろうと思っている。

歌手にとっては致命的ともいえる声帯の手術をし、5年ぶりに新録音で、再生復活した女性ボーカルがいる。ご贔屓のひとり、「イーデン・アトウッド/Eden Atwood」である。1969年1月、テネシー州メンフィス生まれ。父は「ハリー・ジェイムズ」、「スタン・ケントン」などの一流バンドに作・編曲を提供する音楽家だった。彼の影響で幼少の頃からクラシック・ピアノ、高校時代にはクラシック、ジャズ両分野のヴォーカル・トレーニングを積んでいる。アメリカ音楽院在学中からシカゴでジャズを歌っていたが、卒業後は女優、モデルとして全米、ヨーロッパで活躍。自主制作したアルバムが認められプロ歌手デビュー。私は、「Waves: Bossa Nova Session」、「This Is Always: Ballad Session」の2枚ですっかりファンになってしまったのである。(参照拙ブログ「Jazzyな「艶女~アデージョ」 その2」)

Waves: Bossa Nova Session

Eden Atwood Groove Note Records



This Is Always: Ballad Session

Eden Atwood Groove Note



待望の新アルバムは「Like Someone In Love」。「バニー・マニロウ/Barry Manilow/When October Goes」や「シャーリー・ホーン//Here's To Life」など新スタンダードといえるナンバーをくわえたスタンダードアルバム。声帯にできた腫瘍の除去手術を受けているが、かえってダイナミックで強くしなやかな声を獲得し、さらに輝きを増したようにも思える。

ライク・サムワン・イン・ラヴ

イーデン・アトウッド / バウンディ



そのJAZZYな歌声を聴いていただきましょうか。アルバム「This Is Always - The Ballad Session」より、「You Leave Me Breathless」。

          
 
 
 
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by knakano0311 | 2011-01-28 09:48 | 炭焼き小屋から | Trackback | Comments(0)

おばあちゃんの夢かなう ~熟年女性デュオ「サエラ」~

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熟年女性デュオ「サエラ」が今、静かな話題となっているという。「サエラ」は、青森県を中心に17年間活動してきたボーカルの菊地由利子さん(51)=鶴田町出身と、ピアノの高橋朋子さん(55)=五所川原市出身の女性デュオである。昨年10月、シングルの「白(はく)もくれん」という曲で、全国デビューすると、口コミでその話題が拡がっていったという。

二人とも50代、二人あわせてすでに5人孫を持つ。二人は、子育て中の30代の時期、いわゆる地元の「ママさんコーラス」で出会い、1993年にデュオを結成、それ以来自主製作CDの発売や県内外イベントへの出演など地道に活動してきた。しかし、メジャー・デビューへの夢は捨て切れなかった。「何年か前から、『誰かに見つけてほしい』と東京でもライブをしてきた」と話す2人。そんな2人を発掘し、デビューさせたのが、同じ青森出身で、「サザン・オールスターズ」、「福山雅治」など数多くのスターを育てた大手芸能事務所「アミューズ」の創業者、「大里洋吉」氏。彼は知り合いの三味線奏者のステージを見に行ったところ、共演していた2人にくぎ付けになったという。この年になってからつかんだメジャー・デビュー、「あきらめなければ、夢がかなうと思っていた」と二人は喜びを語る。  (陸奥新報記事参照)

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ちょっといい話である。上の宣伝用のスティールでは若く見えるが、右の写真ではしっかり年輪も窺える熟年である。子育てをしながら活動を積み重ねた17年のキャリアの彼女らのレパートリーは、オリジナル曲のほか、民謡や童謡、子守歌から、昭和の歌謡曲、「山口百恵」、「ユーミン」の歌までと幅広く、デュオ名「サエラ」の名の通り(仏語で『あちらこちら』の意味)ジャンルを問わない。昭和と故郷をうたう。そして、デビュー直後の11月には、新人としてはきわめて異例なことであるが、4枚組全60曲入りのアルバムほか、各ジャンル別に4枚のアルバムを同時発売した。

PVなどで聴いてみると、一見技巧を凝らさず、素人っぽい印象ではあるが、その年齢と積み重ねたキャリアが、深みと暖かさ、やさしさを持って心に入り込んでくる。17年の長きにわたって二人支持した地元ファン、その存在こそが彼女らの歌が本物である証拠であろう。エールを送り、今後の活躍が期待しよう。

「ヤマハ音楽教室」もシニア世代の生徒でいっぱいであるという。ヴィンテージものの楽器なども売れているというし、私の周辺にも、おやじバンド、シニアバンドをやっている連中が結構いる。昨年、「ふたたび」というバンド復活の映画も大きな話題を呼んだ。これからも、シニア世代の新人エンターテイナーがまだまだ出てくるのではないだろうか。そして、音楽に限らず、シニア世代の夢をかなえるというビジネス、これは結構大きなマーケットがあるのかもしれない。

世代を超えジャンルを超えて、「サエラ」の音楽性を俯瞰できる、民謡、歌謡曲、童謡、オリジナル曲と4つのジャンルから各15曲、4枚組、計60曲を収録したデビューアルバム。

うた~by 60 sixty

サエラ / 徳間ジャパンコミュニケーションズ



デビュー・シングルとなった「白もくれん」。ピアノの高橋さんが、すぐ下の妹夫妻を相次いで亡くした時のつらく悲しい気持ちを表現した叙情歌だという。

白もくれん

サエラ / 徳間ジャパンコミュニケーションズ



YOUTUBEで、私がもっともインパクトを受けた曲、「美空ひばり」の名唱で知られる「津軽のふるさと」。 

       


「♪ 春遅き庭に 白もくれん/惑う私の 心の色/哀しみの束 ほどいてみる/亡き人想う しみじみと/拭わぬ涙が こぼれて咲く ・・・ ♪」 サエラ「白もくれん」のプロモーション・ビデオを。

       
 

 
 
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by knakano0311 | 2011-01-26 09:36 | 音楽のチカラ | Trackback | Comments(0)

火を焚く

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第一回目の炭焼きの最終日はいよいよ窯出し(炭出し)。すこし懸念はあったが、何とか炭は焼けたようである。窯出しの直後、第二回目の炭焼きの「窯木(かまき)入れ」が始まる。第二回目は、私たちのチームの担当である。第一回と同じように、まずバイタをつくり、窯木であるクヌギ、コナラと一緒に窯まで運ぶ。今回の私は、窯の中に入り、縦に窯木を、その上にバイタを詰めていく。直径約2m、高さ1.6mのさして広くはない窯のなかに、隙間なぎっしりと詰めていくのである。これが結構大変な作業で、斜めにならないように、隙間なく詰めていくためには多少のノウハウも必要とする。300本を超える大量の窯木が嘘のように入ってしまう。

そして二日目の今日は「窯焚き」。担当とあって、朝九時、神事を終えてから、夕方五時までひたすら火を焚いた。パチパチと薪の爆ぜる音を聞きながら、延々八時間もの間、交代で火を焚き続けたが、まったく飽きることはなかった。何故だろうか?千変万化する炎の形、色、そして煙の色、匂い。そのどれもが人のなにか根源的なところに訴えてくる懐かしさや安心感に満ちている。そして妖しさも ・・・ 。火を使うことができるのは人間だけ。人間のDNAや進化といったものと深く結びついているのであろう。そんなことに思いを馳せながら、じっと火をみつめた一日であった。

そしてこの日は、他のクラブと合同で主催をした「もちつき」の日でもあったため、16臼もの餅をつくためのもち米を蒸す竃の火、80人を超える参加者の雑煮を作るための大なべの火、餅を焼くための炭火、薪ストーブなど「火づくし」のイベントの日でもあったのだ。

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「火、Fire」にちなんだ曲は、「Kiss Of Fire」、「Fire And Rain」、「Fire」など数ありますが、盲目のギタリストで歌手の「ホセ・フェリシアーノ/Jose Feliciano」の「ハートに火をつけて/Light My Fire」を。オリジナルは「ドアーズ/The Doors」でしたか ・・・。

フェリシアーノ!(紙ジャケット仕様)

ホセ・フェリシアーノ / SMJ



Jose Feliciano - "Light My Fire" (1967)

          

もうひとつあげておきましょうか。ジャズ・バージョンでよく演奏されるラテンの名曲「Kiss Of Fire」。うたうはご贔屓の「MAYA」。原曲はタンゴの名曲「エル・チョクロ/El choclo」でしたね。

キッス・オブ・ファイヤー

MAYA / コロムビアミュージックエンタテインメント



横浜、赤レンガ倉庫でのライブから、「MAYA/Kiss of Fire」

          
 
 
 

 
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by knakano0311 | 2011-01-25 00:17 | 炭焼き小屋から | Trackback | Comments(0)

路傍の花、樹々の鳥 (12) ~こぶしの蕾~

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第2回目の炭焼きの準備で山作業。空気は冷たいが、陽が照っているので、体感温度は高く、心地よい。作業をしていると汗ばんでくるくらいだ。

春を告げる花、「こぶし」の蕾が、もうかなり膨らんできていた。着実に春は近づいてきている。

「春の歌/Spring Song」(1983年)。アルバム「ロココ・ジャズ」で一躍その名を知られたルーマニア出身のバロック・ジャズの名手「オイゲン・キケロ/Eugen Cicero」(1940年 - 1997年)。バッハのリズミカルな「平均律クラヴィア曲集前奏曲第2番」に始まり、タイトル曲、メンデルスゾーンの「春の歌」、ショパンの「プレリュード第4番」、バッハの「 G線上のアリア」とつづく。暖かい春の気配を運んでくれる「ロココジャズの詩人」と呼ばれたキケロの華麗なアルバム。マリー・ローランサン風?のジャケットもいい。

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春の歌

オイゲン・キケロ・トリオ / BMGメディアジャパン





なんといっても、彼の名を有名にしたのは「ロココ・ジャズ」。初めて聴いたとき、冒頭の「ソルフェジオ・ハ短調」、そのスイング感、ほとばしる情熱、華麗さに、「ジャック・ルーシェ」とはまた違う衝撃を受けたことを覚えている。

ロココ・ジャズ

オイゲン・キケロ ピーター・ウィッテ チャーリー・アントリーニユニバーサルクラシック



「オイゲン・キケロ・トリオ」で、「ソルフェジオ・ハ短調/Solfeggio in C minor」。 Eugen Cicero (p)、Peter Witte (b)、Charly Antolini (ds)
 
          

 
 
 
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by knakano0311 | 2011-01-21 15:48 | 地域の中で・・・ | Trackback | Comments(0)

写真遊び

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「撮った写真をアートへ。カシオの新提案、画像変換ネットサービス誕生。」 

先日、新聞に「CASIO」のこんな全面広告が載っていた。「イメージングスクエア/IMAGING SQUERE」というサービスである。デジカメやケイタイで撮った写真をアート風に画像変換してくれるというサービスである。暇をもてあます?好奇心旺盛の爺としては見逃すわけに行かない。早速、サイトにアクセスして試してみた。前回、ブログに掲載した雪景色の写真をベースにちょっと遊んでみた。冒頭のイメージは「淡彩点画」のタッチで変換したものである。なるほどこんな画像がワンタッチで簡単に得られるのだ。そのほか、油彩、水彩、パステル、色鉛筆、シルクスクリーンなど12種類のタッチが選べる。

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別のタッチ、「油彩」で変換した画像が右の画像である。アートの専門家の方の顰蹙を買うかもしれないが、なんか、それなりの雰囲気も出ていて、なかなか楽しい。もちろん芸術性、独創性やオリジナリティにはかけるかもしれないが、絵葉書やグリーティング・カードなど、生活を演出するちょっとした小道具には使えそうである。うん、「遊び道具」がまた一つ増えたようだ。

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ちなみに、左が、オリジナルの写真です。いや、画像変換やCG技術の進歩もすごいし、こんなサービスが無料で受けられるというのも、なかなか画期的なことではないだろうか。i-phone、i-pad、電子ブック、・・などと、ケイタイやパソコンの世界は、もっともっと面白く(?)なって行くんでしょうね。果たして、爺どもはついて行けるのでしょうか。まっ、ついていく必要もないかもしれませんが ・・・ 。

興味ある方は下記URLへアクセスして簡単な登録をすれば、手持ちのデジタル写真で、すぐサービスが受けられます。遊んでみてはいかが ・・・。

  http://art.casio.com/


「写真」にちなんでの曲は、ご贔屓ジャズ&ラテン歌手「MAYA」のアルバム「MAYA」から、「荒井由実」のカバーで、 「A Foto De Formatura/卒業写真」。いや、こちらはレトロな曲ですね。

Maya

Maya フェビアン・レザ・パネ 納浩一 岩瀬立飛 キヨシ小林 クリヤ・マコト CECIL MONROEコロムビアミュージックエンタテインメント




           
 
 
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by knakano0311 | 2011-01-20 13:12 | マーケッターとしてのシニアから | Trackback | Comments(2)

もしもピアノが弾けたなら(23) ~ 遠きララバイ ~

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私にとって、「ヨーロピアン・ジャズ・トリオ/Europian Jazz Trio(EJT)」を知るまでは、ヨーロッパの薫りのするジャズといえば、「ジャック・ルーシェ/Jacques Loussier」などバロック・ジャズのアーティストを除くと、「モダン・ジャズ・カルテット/Modern Jazz Quartet(MJQ)」と「ケニー・ドリュー/Kenny Drew」だったように思う。いずれも、アメリカのJAZZメンでありながら、ヨーロッパ文化や音楽に深く傾倒していったアーティストである。軟弱なJAZZファンである私は、とりわけ「ケニー・ドリュー」が好きであった。

ケニー・ドリュー (Kenny Drew、1928年8月28日 - 1993年8月4日)は、ハード・バップ・ピアニストの一人で、ニューヨーク出身であるが、アメリカを出て、ヨーロッパに活動の場所を移したジャズ・ミュージシャンのひとり。「バド・パウエル」、「デクスター・ゴードン」、「デューク・ジョーダン」、「マル・ウォルドロン」などもそうである。1961年にフランスに移住、64年からはデンマーク、コペンハーゲンで「ニールス・ペデルセン/Niels Pedersen」らとトリオを結成し、活動の本拠地にした。黒人ジャズメンにとって、人種差別のあるアメリカより、自由な空気が流れ、活気あふれるヨーロッパのジャズ・シーンの方が、はるかに居心地がよかったのであろう。この60年代、ヨーロッパ・ジャズの黄金期の状況については、星野秋男著「 ヨーロッパ・ジャズの黄金時代」(青土社)に詳しい。

「ケニー・ドリュー」のメロディを重視し、優しいタッチの演奏は、ヨーロッパ及び日本で人気を集めた。今風に言えば、ヨーロピアン・スムース・ジャズ・ピアノというところか・・・・。しかし、単なる心地よさだけではない、ヨーロッパを感じさせる透明感のある演奏が人気を呼んだのであろう。

「パリ北駅着、印象/IMPRESSIONS」(1988)、「欧州紀行/RECOLLECTION」(1989)など、欧州各地やパリにちなんだ曲をちりばめたアルバムが、代表作。パリへの憧れ、ヨーロッパへの愛着がにじみ出てくるような叙情性があふれる傑作アルバムである。

パリ北駅着、印象
ケニー・ドリュー・トリオ / エムアンドアイカンパニー
ISBN : B0000A8UY8


欧州紀行
ケニー・ドリュー・トリオ / エムアンドアイカンパニー
ISBN : B0000A8UY9


そして初孫が生まれたとき、そのうち孫に聴かせたいなとおもったピアノ・アルバムは「ザ・ララバイ」。ドリューの、叙情性あふれる魅力を引きたたせた82年のピアノ・トリオ・アルバム。有名な子守唄ばかりを集めた選曲で、聴き手を癒しとまどろみの世界へと導く。コペンハーゲンの対岸はスウェーデン、マルモ。そこに子会社があった関係で、よく降り立った街。ヨーロッパを何度も旅した昔に思いを馳せながら、今はまだ孫の代わりに私が遠き国からの「ララバイ」を聴いている。

ザ・ララバイ

ケニー・ドリュー・トリオ / BMGインターナショナル



さあ、すこしまどろんでみますか。同アルバムからSummertimeを。アメリカ・オペラ「ポギーとベス/Porgy and Bess」で歌われる子守歌で、「ガーシュイン兄弟/George & Ira Gershwin」の作品。Niels-Henning Ørsted-Pedersen (b)、 Kenny Drew (p)、Ed Thigpen (ds)

          
 
 
 
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by knakano0311 | 2011-01-19 10:05 | もしもピアノが弾けたなら | Trackback | Comments(0)

雪景色を観ながら

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昨日から降っていた雪は今朝は5cmほどに積もっていた。しかし、雪国ではないので、陽があたるとすぐに溶けてしまう。そこで雪景色を観ようと、やってきたのはお気に入りの山沿いのCafe。ここまでくると、さすがに雪は残っている。たっぷりのコーヒーを飲みながら、レトロな女性JAZZボーカルを聴く。ぼう~っと雪景色を観ているのもなんとなくいいもんだ。そして、今日1月17日、16年前の朝をすこし思い出していた。

「ペギー・リー/Peggy Lee 」なんぞいかがなもんでしょうか? 1920年生まれ、1940~60年代に最も活躍した白人女性JAZZシンガー。「Black Coffee」、「ジャニー・ギター」などでおなじみですね。

ベスト・オブ・ペギー・リー

ペギー・リー / ユニバーサル インターナショナル



「Peggy Lee」でレトロなバラード、「 Mr. wonderful」を

          
 
 

 
 
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by knakano0311 | 2011-01-17 20:53 | 音楽的生活 | Trackback | Comments(0)

この冬一番の寒さの中で

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日本海側は、またも大雪だという。めったに雪が積もらない私の地域でも、今朝はうっすらと雪が積もり、いまも小雪が舞っている。今日は、ちょうど大学入試センター試験と重なっているので、受験生は大変なご苦労であろう。40数年前、私の受験のときも、たしか前日は大雪であったことを思い出した。そして、今日は山遊びのフィールドの薪ストーブの当番であったが、山への道も多分積雪で、上がるのは難儀であろうと中止となった。日課のウォーキングのため外へ出ると、身を切られるような寒さ。間違いなくこの冬一番の寒さである。

今日の予定が狂って時間が空いたので、去年から散らかしてあったCDの片付けをした。こんな風に過ごす冬の一日、それはそれでいい。寒さを吹っ飛ばそうと、そのCDの中から、ちょっと変わった組み合わせのアルバムを流しながらの片付け。それは、イタリア人、「ルディ・ロッタ」が率いるブルース・バンド、「ルディ・ロッタ・バンド/Rudy Rotta Band」のアルバムで「The Beatles in Blues」。全曲ビートルズのブルース・カバーである。「イタリア男+ブルース+ビートルズ」、ちょっと変わっているでしょう。3年ほど前、CDショップで興味をそそられ買ったが、決して「キワモノ」でなく、ブルースにアレンジされたビートルズ・ナンバーはどれも渋めで、イタリヤおやじのビートルズへの抑えた情熱がそのサウンドには感じられる。このCD、掘り出し物ではあった。

「犬も歩けばなんとやら」で、こんなこともあるから、ネットではなく、CDショップ漁りもやめられないが、周りからは、CDショップはどんどん閉店するし、リタイア後は梅田あたりへ行く機会もなくなってしまった。やはりネットに頼らざるを得ないようだ。

Beatles in Blues

Rudy Rotta / Pepper Cake



寒さを吹っ飛ばす渋いイタリアおやじの熱いビートルズは、「Rudy Rotta」の「Get Back」


          

 
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by knakano0311 | 2011-01-16 16:01 | 音楽的生活 | Trackback | Comments(0)