大屋地爵士のJAZZYな生活

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続・炎天下でも遊ぶ

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新しく森の手入れを主体とするボランティア・クラブを4月に発足してから、初めての一般参加者のイベントを開催。プログラムは、「森の手入れ体験」、「うどんの手打ちと試食」、「木工細工」である。予想されていたことだが、事前の参加申し込み者は、「ゼロ」であった。この猛暑の中で、「森の手入れ体験」というと、どうも引けてしまうらしい。

当日の参加募集に切り替え、ワークショップの前でうどんの手打ちをし、木工のサンプルを並べていると、公園に遊びに来た家族連れが集まってくる。結局、20数人の子供たちと親御さんたちが、木工細工に参加することになった。子供たちはほんとうに木工細工が好きである。ちょっと発想のヒントさえ与えてやれば、かってに色々なものを作り出す。そして、お父さんたちは、「ここぞ」とばかりに、鋸やドリルで、材料の加工を引き受ける。そこには、いくつかの夏休みならではの「家族の光景」があった。

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炎天下でも精一杯遊び、そして、夕暮れ時、暑さの余韻を楽しみながら、冷えたビールを片手にファドを聴く。これぞ、「爺い」の贅沢、真夏の音楽的生活。曲は、もちろん「ヨペック」です。

アルバムは、「ソブレメサ/Sobremesa」。この美しい言葉は「デザート」という意味らしいが、そんなアルバムから、ポルトガルの伝説的ファド歌手、「パウロ・デ・カルヴァルジョ/Paulo de Carvalho」とのデュエットは、名曲「Mae Negra (黒き母)」。残照が残る黄昏から、次第に闇が濃くなっていく ・・・。そんな夏の黄昏時のBGMにぴったりの曲。

Sobremesa

Anna Maria Jopek / Universal Poland



「Mae Negra - Anna Maria Jopek」

          
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by knakano0311 | 2012-07-31 17:16 | 音楽的生活 | Trackback | Comments(0)

炎天下でも遊ぶ

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遊びの山の「炎天の花」は、「ネムノキ(合歓木)」でしょうか。この山に多く自生している木である。雑木林に生える落葉高木で、高さは10mにもなるため、あの白い綿毛のような花は遠くからでもよく見える。夜は葉を閉じるので「ねむ」と呼ばれるようになった。漢字名の「合歓木」は、中国において「ネムノキ」が、夫婦円満の象徴とされていることから、付けられたものであるという。

そんな「ネムノキ」について、話しながら、子供たちと向かう先は、大広場。そう、この日は子供たちいや大人にも大人気の「ペット・ボトル・ロケット」の製作と試射をする日。もちろん熱中症に気を付けながらであるが、炎天でも、爺さんたちは、元気よく、そして精一杯遊ぶのである。

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さあ、爽やかだが、哀愁が漂うボサノバ・タッチの「アナ・マリア・ヨペック/Anna Maria Jopek」の歌、「Jeżeli chcesz」。アルバム「Farat」からです。ポーランド語はちんぷんかんぷん。意味はもちろん読み方すらも分かりませんが ・・・。そんなまったく分からない言葉で歌う彼女の歌が、なぜこんなにも惹きつけるのでしょうか。

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Farat(Anna Maria Jopek/Universal Music Polska)

Anna Maria Jopek / Universal Music Polska





「Anna Maria Jopek Farat live in concert 05/24 - "Jeżeli chcesz" from album "Bosa" (2000)」

          
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by knakano0311 | 2012-07-28 10:11 | 炭焼き小屋から | Trackback | Comments(0)

暑さを逃れて ・・・

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熱い照り返しの中を汗にまみれながら歩く。そのウォーキングの道筋には、炎天の花、「ムクゲ(木槿)」、「フヨウ(芙蓉)」、「ノウゼンカズラ(凌霄花)」、「キョウチクトウ(夾竹桃)」などが咲いている。もう少しすれば「サルスベリ(百日紅)」も ・・・。一斉に鳴き出した「ニイニイゼミ」の声、今年はなぜかあまりうるさくない。我が家の炎天の花は、「ベニハナサワギキョウ(紅花沢桔梗)」である。桔梗の紋所といえば「明智光秀」。何年か前に、その光秀の首塚のある京都・亀岡の「谷性寺(こくしょうじ)」、別名「光秀寺、桔梗寺」の「桔梗園」で、真っ赤な花が咲くと聞き、求めたものである。たしかに、毎年目にも鮮やかな真っ赤な花が、紫陽花が終わった炎天の季節に咲く。「ベニバナサワギキョウ」は北アメリカ原産の植物であり、湿原に生育する植物で、花が美しいので庭園などで栽培され、切花としても使われるという。いわゆる「桔梗」の風情とは対照的である。

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ところで、関西も梅雨明け後、暑さが本格化したが、7月から始まった関電の節電要請、あれほど「計画停電を実施するかもしれない」と脅して、大飯原発を再稼働させたが、「でんき予報」はずっと90%を下回り、余裕のグリーン・ゾーンで90%を超える日はまだ一日もない。消費者、利用者の節電対策が功を奏したのか、もともと大飯を動かさなくとも余裕があったのか ・・・。7月25日付の朝日新聞夕刊(関西)には、「電力需要想定、下回る」の大見出し。節電の浸透と揚水発電の効果もあって、ここまでの話であるが、結果としてみれば大飯が再稼働しなくても、実際には電力不足に陥ることはなかったと考えられるという。やっぱり、関西人は知恵と気概を発揮したのだ。それにしても、原発敷地内に活断層があるかもしれないというのに、政府は安全と言って大飯を再稼働したのは、もうなりふり構わずという以外に形容する言葉が見当たらないし、その理由もはっきりと透けて見えてきたのだ。

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午前中のウォーキングで暑さに少しめげた私は、「今日は少し涼しいところで、ゆっくりと自然を眺め、気分だけでも爽やかに昼飯を喰おう」と決め込む。となれば、「Cafe Soto(旧店名:Soto dining)」である。我が家から車で20分ほど。丹波篠山へ通ずる国道173線、いくつかのトンネルを抜けると、空気の質が違ってくる。店をオープンしてから6,7年だそうであるが、最近は人気が高く、休日などは待ちの行列ができるという。いやはや ・・・。この日はそんなこともなく、見晴らしのいい窓辺の席で、少し遅めの昼食を楽しめた。「soto」というのは、スペイン語で「雑木林」という意味らしいが、いつ来ても花いっぱい、緑いっぱいの庭が迎えてくれる。ゆっくりと食事をし、コーヒーを味わい、緑に山並みや花に目を休める。しばし暑さも忘れる至福の時間 ・・・ 。

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最近の私の「至福の時間」、暑さを逃れての「別世界」といえば、そう、「アナ・マリア・ヨペック/Anna Maria Jopek」(公式HPの日本語版では「アナ・マリア・ヨペック」となっていましたので、今回からそう表記しますのでご了解を ・・・)ですね。リリースされた順序ではなく、適当な順序でアルバムを聴いているのであるが、アルバムごとに見せてくれる世界の多様さに耳を奪われる。今回見せてくれた世界は、「ライブの世界」。2003年リリースの「ファラット/Farat」。2003年までにリリースされたアルバム、「Ale jestem」(1997)、「Upojenie」(2002)、「Nienasycenie」(2002)などからセレクトされた曲をライブで歌っているのである。初期のアルバムは、「Upojenie」以外は聴いた事が無いので、比較はできませんが、トラディショナル、ラブソングからアップ・ビートな曲まで、ワイルドで、フリーな雰囲気のアレンジに仕上がっている。「新しいアンナ・ミュージックの始まり」という評があったが、まさにわくわくするようなライブ・アルバム。amazonのアルバム紹介では、何故かジャケットが違っているようなので、あの妖艶な碧い瞳のジャケットを載せておきます。

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Farat(Anna Maria Jopek/Universal Music Polska)

Anna Maria Jopek / Universal Music Polska


このアルバムのブックレットには、数枚の魅力的な写真がのっている。これを見るとヴィジュアルでもライブを楽しみたいと思うのは、当然の欲求である。実は、これがあるんです。この「Farat」のDVDが ・・・。10曲のボーナス・トラックに2時間のドキュメンタリー映像を追加とある。しかし、リージョン・コードがどうなっているかわからないので、再生できるかどうかいまいち不安。いまだ注文できていないのである。

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Farat [DVD] [Import]

Anna Maria Jopek / Universal Poland



しかし、YOUTUBEで探せば、このコンサートでの24曲がすべてアップされている。それを全部「お気に入り」に入れて楽しんでいるのですが、もちろん、とてもまだ全部聴いて(観て)いません。が、その中からCDアルバムにも収録されている曲のいくつかを紹介しておきます。

「Anna Maria Jopek Farat live in concert 14/24 - Zanim zasnę from album "Ale jestem" (1997)」

          

「Anna Maria Jopek Farat live in concert 15/24 - Nienasycenie from album "Nienasycenie"(2002)」

          

「Anna Maria Jopek Farat live in concert 12/24 - "Czarne słowa" from album "Upojenie" (2002)」

          
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by knakano0311 | 2012-07-26 22:53 | 音楽的生活 | Trackback | Comments(0)

ヤマモモを採る、ピザを焼く

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先日は、我々と同じ遊び場の公園で、「食育」の活動をしているグループのイベントのお手伝い。公園に生えているヤマモモがちょうど熟れ頃。それを使ってヤマモモのジュース、とジャムを作り、野菜ピザを焼こうというイベントである。我々爺さんたちは、例によって、ヤマモモ採りとピザ窯でピザ焼のお手伝いが担当である。この日からちょうど夏休みが始まったので、いつもより多い、お父さん、お母さん、子供たちと30数人の参加者を引き連れてヤマモモ採りに向かう。採り方は至って簡単、ヤマモモの木をゆするだけ。すると、根元に敷いたブルーシートに、ぼたぼたと実が落ちてくる。その実を洗って、煮詰めればジャムに、絞れば、さわやかな酸味が口中に拡がるジュースにとなる。この時期の私の大好物である。

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もう一つのメニューはピザ焼。遊び場の窯場には、炭焼き窯、炊事用の窯と並んで先達たちが自作したピザ窯がある。これを使って、時折パンやピザなどを焼いている。家族で生地をこね、野菜を中心にした思い思いにトッピングしたピザを次から次へと焼いていく。我々が子供の頃は考えられもしなかったが、今の子供たちは、「食」ということに関して言えば、間違いなく幸せである。参加者とスタッフの数を入れると相当な数。汗だくになりながらピザを焼く。我々も自分の食べる分のピザは自分でつくったが、毎日の食事の用意というなら大変であろうが、遊びだから気が楽。「男子厨房に入るべからず」なんて教育を受けてきた世代だが、結構楽しいから不思議なもの。まっ、「スンマセン ・・・」と誰かに謝っておこう。

注) 食育(しょくいく)とは、国民一人一人が、生涯を通じた健全な食生活の実現、食文化の継承、健康の確保等が図れるよう、自らの食について考える習慣や食に関する様々な知識と食を選択する判断力を楽しく身に付けるための学習等の取組みを指す。(「食生活情報サービスセンター」HPより)

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さて、「パットメセニーの世界」、「ポルトガルへのサウダージ」、「和との邂逅」に続いて「アンナ・マリア・ヨペク/Anna Maria Jopek」が私に見せてくれた世界は、全曲英語で歌われている「英語の歌世界」。アルバムは、「シークレット/Secret」。彼女の国際的な人気拡大に伴う、グローバル市場への進出というレコード会社の思惑があったにせよ、その後のアルバムと同じように、彼女のオリジナルと彼女が影響を受けた世界、英語曲のカバーが織り交ぜて歌われる。11曲中4曲がカバーで、「スティング/Sting」の「I Burn For You」、「A THOUSAND YEARS」、そして「ヴァン・モリソン/VAN MORRISON 」の「Moondance」、「ノー・ダウト/No Doubt」の「Don't Speak」である。「Moondance」などは超スローのバラードで、「う~~ん」とうなるほどの巧みなジャズ・アレンジである。

Secret

Anna Maria Jopek / Emarcy Import



上記アルバムから、「No Doubt」のカバー、「Don't Speak'」を ・・・。

「Anna Maria Jopek - Don't Speak」

          

オリジナルでアルバム・タイトル曲の「Secret」。このようなボサノヴァ・タッチの曲は本当にうまい。

「Anna Maria Jopek - Secret」

          

さあ、一つお中元がわりですが、ヴィジュアル中心に彼女の歌などをたっぷり楽しめるサイトをご紹介しておきましょう。 「ヨペクの公式HP」の「MEDIA」(←クリック)のところに10数曲のVIDEO映像がのっています。(取り込むのに少し時間がかかるかもしれませんが・・・) ギャラリーやディスコグラフィなどのページもありますので、ヨペクの世界で遊んでみてください。
 
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by knakano0311 | 2012-07-24 10:15 | 炭焼き小屋から | Trackback | Comments(0)

ふるさとエレジー(17) ~埃にまみれた一枚の絵~

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実家の暗い廊下の隅に、ほこりにまみれてかかっていた一枚の小さな絵。今まで、全く気が付かなかった絵である。裏をひっくり返してみると、画題は「常念岳」、画家は「桂重英(かつら しげひで)」とあった。

私は、絵は好きであるが、ある特定の画家を特に好きになったり、コレクションすることはなかった。気付いたその絵の埃を払おうと開けてみると、はがきサイズの画紙に水彩で描いたもののようだ。画家の住所が実家と同じだったから、多分おふくろが地元の縁かなにかで手に入れたものであろうと思われる。

調べてみると、「桂重英」は、信州の田園風景や自然の風景をこよなく愛した画家だという。明治42年(1909年)新潟県に生まれ、画壇で結構名を残すも、昭和41年(1966年)、56歳にして好きだった信州の風景を描くため、北アルプスの見える松本の地に居をかまえ、昭和60年(1985年)、75歳で亡くなるまでそこで制作を続けたという。私はまったく知らなかったのだが、遺された作品を多くの方々に親しんでいただけるよう、遺族の方がアトリエ跡に小さな美術館をつくり、「桂重英美術館」として、2002年1月に開館したという。

我が実家からそう離れていないところにある美術館。きっと、私が実家でいつも見ている景色と同じあの北アルプスの景色を見ていたのだ。この次帰省したら訪れてみよう。会いに行ったおふくろに、この絵のことを尋ねてみたが、その存在すらも、もうすっかり忘れていた。かって、おふくろが好きだったかもしれないちいさな一枚の絵。そっと持ち帰ってきた。晴れた日はいつも実家から見えていた常念岳が身近に ・・・。

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最近、すっかりはまってしまっているポーランドの歌姫、「アンナ・マリア・ヨペク/Anna Maria Jopek」。彼女は、色んな世界に次々と誘ってくれるが、前回、ポルトガルのサウダージに続いて見た世界は「日本」と「ポーランド」の邂逅、「和」と「洋」の世界。アルバムは「HAIKU/俳句」。「Anna Maria Jopek」が、多分「ロード・トゥ・ショパン」の録音の時ではないかと思うのだが、ワルシャワを訪問中の日本を代表するジャズ・ピアニスト、「小曽根真」と意気投合し、「それでは ・・・」と、再びワルシャワで録音したアルバムである。「和と洋との邂逅」を際立たせているポイントは二つある。一つは、篠笛を得意とする邦楽笛奏者「福原友裕(ふくはら ともひろ)」の参加である。彼の奏でる笛の音が、JAZZ、しかもポーランドのミュージシャンたちとのコラボに違和感なく溶け込んでいること。これは本当に驚くべきことである。二つ目は、ポーランドの伝統音楽と日本の伝統音楽を題材にしていること。福原の作曲になる「Yoake(夜明け)」、「Yuugure(夕暮れ)」、さらに歌舞伎から題材をとった「Do Jo Ji(道成寺)」では和太鼓、大鼓、小鼓などが演奏に使われている。

小曽根はブックレットでヨペクを評してこう言っている。「ヨペクは、何か新しいものを創造し続けるという天賦の才を与えられているだけでなく、音楽という手段によって、すべてのものの創造を成し遂げることができる。彼女の他にはポーランドと日本の伝統的な音楽をジャズというスタイルで表現しようなんて考えた人はいない ・・・。」

福原のブログ、「福原友裕の篠笛うんちく」には、ポーランドでの録音エピソードが載っています。

「和洋邂逅」。その驚嘆のコラボ・アルバムは「Haiku/俳句」。ジャケットの写真がちょっと中国っぽいのが気になりますが ・・・・。

Haiku

Anna Maria Jopek / Universal Poland



ポーランドのオリジナル、あるいはトラディショナルな曲が、どれほど「和の世界」に通ずるものがあるのかを一度聴いてみてください。

「Biel - Anna Maria Jopek」
 
          

「Anna Maria Jopek & Makoto Ozone - Dolina, O Mój Rozmarynie」

          

ヨペクのHPに載っていたこんな日本に対するコメントをみると、うれしくなってさらにはまってしまいそうである。コメントはちょっとほめ過ぎ? ・・・。

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「・・・・ 2005年に日本に行った時は、五感をフル回転して日本の徹底した美しさを吸収しようとしたほど。それ以来、この遠く離れた島国が恋しくてなりません。

日本には何百年も昔のものが今でも良い状態で残って重宝されていますよね。そこに、自分の価値観と通ずるものを見出したのです。お年寄り、環境や伝統を敬う心、繊細さとエレガントな規律への愛情、他とは異なるものであるための努力とプライド、唯一無二を目指すこと。これらこそ、日本が持つ素晴らしさだと思います。

また日本の皆さんが、とても小さな聖なる国で、それぞれの居場所と距離感を保っていることには驚きを感じます。世界中で大変な思いをすることも多い私も、日本にいる間は本当に安心できるのです。きっと、日本人のもつ品格と他者に対する尊敬の念によるものなのでしょうね。

私の故郷であるヨーロッパの歴史と美術の中でも、私が昔から一番好きなのがアール・ヌーヴォーです。そのほとんどはもともと極東から影響を受けた美学的思想なのです。ということは私が日本に来る度に、日本の印や文字、変わった古い建物や花を咲かせた木々の可憐さの中に見る純粋な美しさに、常に心を奪われてしまうのも頷けます。私は常に芭蕉の俳句をいくつか持ち歩いています。ええ、ちょっと古臭いと感じるでしょうね。それでも、このお陰で新幹線の旅はいつもウキウキできるのです!そしてお寿司…。これはもう中毒と言えるでしょう。この広い世界のどこを探しても、和食に勝る料理はありません! 」
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by knakano0311 | 2012-07-22 18:43 | ふるさとは遠くにありて・・・ | Trackback | Comments(4)

水玉模様のかぼちゃ

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真に「天才」とよぶにふさわしいと思うアーティストがいる。「草間 彌生(くさま やよい)」である。1929年(昭和4年)生まれ、故郷・松本市出身の彫刻家で画家、小説家で映画監督である。1960年代には「前衛の女王」の異名をとったが、私が高校生の頃はもう地元ではその名が鳴り響いていた。いまもその創作活動は一向に衰えていない。あらゆる作品に、見る者の視界を圧倒し、覆い尽くさんばかりの水玉のモチーフを使う。子供の頃から、物体の周りにオーラが見える、目の前に同じ模様のパターンが拡がって見える、植物や動物の話す言葉が聞こえる、といった幻覚を体験し、その幻視をモチーフに絵を描き始めたそうである。

その「草間 彌生」の個展、松本市美術館開館10周年記念展「永遠の永遠の永遠/YAYOI KUSAMA Eternity of Eternal Eternity」が「松本市美術館」で14日より開幕した。過去にも何回か出身地の松本で個展が開かれており、私も帰省の折、行ったことがある。しかし、今回はどうしても時間が取れず、断念せざるを得なかった。

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開幕を告げる地元紙(市民タイムス)に掲載されたインタビューにこんな彼女の言葉が掲載されていた。

「Q;草間さんにとって創作とはなんでしょうか。」
「草間;創造性は私のすべての努力をかけて数十年にわたる世界や人類、すべてのものに対する心からなる思い入れ、そして憧れの求道の全てをかけた生命観であります。」

80歳をとうに超え、もう60年近くも第一線の「前衛」であり続けているアーティストの重い真面目な言葉。しかし草間の作品を見た若い女の子たちの率直な感想、「かわいい!!」、それが見る側の本音であろう。またそれでいいのではないだろうか。美術館の前を通ったら、中庭に置かれた「水玉模様のカボチャ」がちらっと見えた。

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さて、話は変わるが、帰省の前、隣町池田市のギャラリー「家ie」寄ってみた。路地裏の普通の古い民家をギャラリーに改造したという。この日は「縫うチューブと金属植物」展が開催中ということで、なんとなく興味を持って寄ってみた。あるブログで偶然見た作品の素材や造形が、まるで何かの生命体のように思えて、実際に見てみたくなったからである。聞けば、作家はご夫婦で、楽しみながら作品を作っているとのこと。それとピンポン玉、ガラス瓶などその辺に転がっている日用品を使ったアクセサリーやオブジェ、「金属植物」。こちらは会場にいらっしゃったアラ50と思しき女性の作品。いずれも「あそび」と言ったら怒られるかもしれませんが、「遊び心」からの「発想」や「創作活動」。多分ゆとりのある充実した人生を送っているのであろう。そんなことが読み取れる小さな作品展であった。

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そんな「遊び心」から発想したアルバムがいくつかある。「ビートルズ」と同じイギリス人ジャズ歌手、「コニー・エヴィンソン/Connie Evingson」の「Let It Be Jazz」。タイトルからわかるように「Let It Be」をパロったアルバムである。そのアルバムの中でも好きな曲が、「When I'm 64 」。

元々、ビートルズは、遊び心一杯で、コミック・バンドというか、ギャグ・バンドというか、そんなところと紙一重といった側面も持っていると私は思うのだが、そんなアルバムの一つ、「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド/Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band」の一曲が、「When I'm 64 」。ポールがこの歌を作詞をしたときは16歳で、彼の父親が64歳になった1966年、ポール23歳のときにサビの部分を完成したそうである。なかなかこの歌も、「かわいい!!」と思うのである。

サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド

ザ・ビートルズ / EMIミュージックジャパン



コニー、この歌が相当お気に入りだったせいか、同じアルバムに2テイクも収録している。もともとのビートルズ・オリジナルもデキシーランド風であったが、ここでは、ひとつはポルカ風、もうひとつは、ラグタイム風で、両バージョンとも彼女は本当に楽しそうに歌っている。

Let It Be Jazz-Connie Evingson Sings the Beatles

Connie Evingson / CD Baby



しかし、残念ながらYOUTUBEにアップされていないので、オリジナルのビートルズでどうでしょうか ・・・。今、その年を超えてみて、私が本当に好きな歌となった歌の一つである。ただし、妻は何というか知れませんがね ・・・。

 「♪ ・・・・・・ 
    きみも一緒に歳をとっていくんだよ   
     もし君がいいよといってくれるならそばにずっといてあげる  
      きれたら電球も、ヒューズも替えられるし僕は役に立つし便利だよ   
       きみは暖炉のそばでセーターを編んでいればいいし
        日曜日にはドライブにも行こう    それに庭の手入れもしよう   
         それ以上のことは望まないさ    だから、僕を必要としてくれるかい?   
          ぼくの面倒を見てくれるかい?  ぼくが64歳になったとしても ・・・・・ ♪」 

「When I'm Sixty-Four - The Beatles」

          
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by knakano0311 | 2012-07-20 17:24 | 音楽的生活 | Trackback | Comments(0)

久しぶりの標高2,000mの風

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息子夫婦が、「高原の爽やかな風を思い切り吸ってみたい」という。それならばと、実家から車で30分ほどにある標高2000mの火山台地、美ヶ原(うつくしがはら)高原へと向かう。ここは小学校3年生のときに遠足で登って以来、何回となく訪れている高原である。まっ、庭みたいなもの。天気を心配したが、案の定、2000m付近は雲の発生する高さ、あたり一面の霧。晴れていれば、北アルプス、浅間山、八ヶ岳、富士山と360度の雄大なパノラマが見渡せるところであるが、残念ながらこればかりはどうしようもない。霧、風、雨 ・・、しかも気温は16度。熱いコーヒーを飲んで早々に霧ヶ峰へと向かったが、霧ヶ峰もほぼおなじ状態。ヴィーナス・ラインは視界が全く利かず、前後のフォッグランプを点灯して走る始末。この時期、いつもなら広々とした高原に「レンゲツツジ」や「ニッコウキスゲ」などの花が咲き乱れ、ハングライダーやグライダーの飛び交う姿がみられる絶好のハイキング・コースなのに ・・・。楽しみは昼食の「蕎麦」だけとなる。

もうすこし下界に下れば、雲から抜け出せるだろうと思い、白樺湖へと向かう。標高1600m、白樺湖の手前でやっと雲から抜け出すことができた。眼下に広がる美しい景色は、遠目にはまるで日本とは思えないスイスのリゾートのような景色。

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湖畔の周りをゆっくりと散歩して、さわやかな空気を胸いっぱい味わう。やっと息子夫婦のリクエストにこたえることができたようだ。孫娘も正直なもので、霧の中では、ぐずっていたらしいが、爽やかな空気に破顔一笑、元気いっぱい。

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さあ、ロンドン・オリンピックももう間近。「霧が晴れたら、そこにあなたがいた ・・・♪」。霧のロンドンを織り込んだ恋の歌は、「A Foggy Day (In London Town)/霧深き日」。「ジョージ&アエラ・ガーシュイン/George & Ira Gershwin」コンビのスタンダードである。多くのカバーがある中から選んだのは、「ビヴァリー・ケニー/Beverly Kenney」。

「ビヴァリー・ケニー」は1932年1月にニュージャージー州で生まれた。シンガーを志したのは、1950年頃。「アニタ・オデイ/Anita O'Day」、「クリス・コナー/Chris Connor」や「ジューン・クリスティ/June Christy」、「ジュリー・ロンドン/Julie London」らより少し遅れて登場した歌手と言ったら時代の位置付けがわかっていただけるだろうか。しかし、私が彼女を知ったのは、そのずっと後、今から10年ぐらい前の話で、日本で彼女の復刻盤が出始めたころである。その端正な美貌と、ちょっと舌足らずの甘い声に魅かれてファンとなったのだが、まさか、たった6枚のLPを残して、28歳の若さで自ら命を絶ってしまっていたという悲劇の歌手とは ・・・。死因も死亡年月日も永らく分からなかったらしいが、最近の研究によると、1960年4月13日の夜、離婚した両親それぞれと、彼女のマネージャーに遺書を残し、許容量以上の睡眠薬と酒を服用して死の床についたという。

二人でお茶を +1 (紙ジャケット仕様)

ビヴァリー・ケニー / SSJ

  

「beverly kenney - a foggy day (in london town)」

          
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by knakano0311 | 2012-07-19 16:14 | おやじの遠足・街歩き | Trackback | Comments(0)

ふるさとエレジー(16) ~栄華のなごり~

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2年前に米国人とニューヨークで結婚式を挙げた姪が旦那と一緒に帰国した。結婚式に出席できなかった親戚へのお披露目を兼ねた食事会が松本であったので、母親のケアを兼ねて帰省した。久しぶりに姪とも会うことができ、またこちらも次男夫婦と孫の紹介でき、和気あいあいで楽しい昼のひとときを過ごすことが出来た。

食事会を行ったのが、「割烹・松本館」。創業明治23年(1890年)、120年の歴史をもつ松本でも一番の老舗の料亭。昭和10年(1935年)ごろ建てられたというが、現在では、国の「登録有形文化財」に指定されている。かっての松本の繁栄ぶりを象徴しているかのように、壮麗な天井絵や床柱などに彩られた大広間「鳳凰の間」(写真上)、おなじく「登録有形文化財」に指定されている正八角形型の平面の極彩色の「便所棟」(写真下左)をもつ。勿論、この大広間や便所は今でも使われているが、その壮麗さ、華麗さ、斬新さには目を見張る。

松本一帯は、岡谷・諏訪などと並んで、生糸の生産などが盛んだったところ。生糸で大儲けした、いわゆる「お大尽」が多くいたのであろう。そして、この場所は、かっての繁華街で花街も近く、写真(下右)のように芸妓を揚げて、夜な夜な大宴会が行われていたようである。昭和12年(1937年)に、純国産「神風号」で東京・ロンドン間を、当時の最短時間94時間という世界新記録で飛んだ、現在の安曇野市出身である「飯沼正明」飛行士の祝賀会もこの料亭で行われたという。しかし、この日の客は我々一組だけのようである。どこの地方都市でも同じだと思うが、そんな過去の栄耀栄華も、老舗の料亭というだけでは、なかなか経営が立ち行くのが難しいのだろうと思われる。

紅く塗られた柱が妙になまめかしい極彩色の便所で用を足した後、「おい、爵士」と、ひょいと昔の知り合いが薄暗い廊下の角から顔を出すような錯覚にとらわれた。

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そんな故郷・松本から帰り道、車の中で流していた音楽は、つい最近手に入れた「アンナ・マリア・ヨペク/Anna Maria Jopek」のアルバム、「ソブレメサ/Sobremesa」。ポルトガル語で「デザート」を意味しているという。ヨペクが第2の故郷として愛するポルトガル、リスボンの西30㎞にあり、ヨーロッパの西端であるロカ岬への出発点にもなっている、世界遺産の街「シントラ」で制作、録音されたアルバムだという。ポルトガルもかっては栄耀栄華を極めた国。シントラには、かっての貴族の豪壮な館が今も多く残っているという。リリースは2011年と最新作に近いと思われるが、最初に聴いたアルバム、「ウポイエニェ/Upojenie」にも感じたブラジル、ポルトガル的なものへの憧れ、ノスタルジーが見事に結実したアルバムになっている。まるでファド、と言ってもいいくらい違和感なく心に入ってくる、ポルトガルへのサウダージ。

Sobremesa

Anna Maria Jopek / Universal Poland



上のアルバムから2曲ほど ・・・・

「Anna Maria Jopek - Lizbona, Rio i Havana」
 
          

「Anna Maria Jopek - Sodade」
 
          




 
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by knakano0311 | 2012-07-18 10:44 | ふるさとは遠くにありて・・・ | Trackback | Comments(0)

ポーランドの癒し姫にはまりそう

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1ケ月ほど前でしょうか、ある読者さんから、「絶世の東欧美女が、ささやくように歌うボサノバを聞きたい。」というリクエストがあり、そんなリクエストにかなう「東欧の囁き姫」を探している途中で出会ったのが、吸い込まれそうな碧い瞳を持つポーランドの歌姫、「アンナ・マリア・ヨペク/Anna Maria Jopek」であった。(参照拙ブログ「東欧の囁き姫を探して ・・・」) その時は、初めて聞く名前・・・と思っていたアーティストであったが、いくつかのYOUTUBEを観て、その透明感あふれる歌声にかなり魅せられたのである。

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ヨペクは1970年、ポーランド生まれ。幼少時からクラシック・ピアノを学び、17歳で「エラ・フィッツジェラルド/Ella Fitzgerald」を聴いてジャズに開眼し、1997年にポーランドでアルバム・デビュー。すでに自国ではかなりの支持を得ていたが、2002年、「パット・メセニー/Pat Metheny」の全面的協力を得、彼の楽曲にポーランド語詞を乗せて歌ったアルバム、「ウポイエニェ/Upojenie」は、本国で10万枚のセールスを記録。日本はじめ世界のJAZZファンの間で話題を集めたという。

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その時まで全く気付かなかったのであるが、「何回か来日もし、日本を代表するピアニスト、小曽根真とコラボした HAIKU(俳句)というアルバムもある」という彼女に関する記事を見て、そういえば、「小曽根真」のワルシャワ録音のアルバム、「ロード・トゥ・ショパン」の冒頭とラストに、ショパンを生んだポーランドの女性歌手が、ゲスト・ボーカルとして歌っていたことを、初めて思い出した。ヨペクであった。うかつにも聴いていたのである。

また、「小曽根真」が世界の有名アーティスト達に呼びかけ、東日本大震災のチャリティ・コラボ・アルバムとしてリリースされた「リブ・アンド・レット・リブ~ラヴ・フォー・ジャパン/Live & Let Live -Love For Japan」にも、「クヤヴィアク/Kujawiak」、1曲が収録されている。透明感あふれる声ながら、非常にエモーショナルな歌い手であることはただちに理解できた。そんなことから、ますます興味が増し、ぜひともアルバムを聴いてみたくなったのだ。

ロード・トゥ・ショパン

小曽根真 / ユニバーサル ミュージック クラシック


リブ・アンド・レット・リブ~ラヴ・フォー・ジャパン

小曽根真 / ユニバーサル ミュージック クラシック



「HAIKU」にも収録されている「クヤヴィアク/Kujawiak」を、小曽根真とのコラボ・ライブから。

「Anna Maria Jopek & Makoto Ozone - KUJAWIAK」

          

彼女の名前を一躍世界的に有名にした「パット・メセニー/Pat Metheny」とのコラボ・アルバム、「ウポイエニェ/Upojenie」はなかなか入手困難であったが、最近再発売されたという。多分レコード会社の思惑であろうが、アーティスト名も「Anna Maria Jopek and Friends with Pat Metheny」から「Pat Metheny & Anna Maria Jopek」に変更され、オリジナルとは曲順が違う上に追加された曲があるという。しかし、その音楽的魅力は少しも損なわれていないという。さっそく、何枚かAmazonに注文したが、そのアルバムが手元に届いた。さっ、トレイに入れてみよう ・・・。

ウポイエニェ

パット・メセニー&アンナ・マリア・ヨペク / ワーナーミュージック・ジャパン



「エクスタシー/ecstacy」という英語タイトルがついているが、ポーランド語で「酔い」という意味だという、彼女自身の作曲になるタイトル曲「ウポイエニェ/Upojenie」を ・・・。このスロー・ボッサは単に心地よいだけでなく、どこか見知らぬ世界へ誘ってくれるような気がする。

「♪ 男の鼻孔を膨らませるような風が吹く
   男の顎を大理石にしてしまうような霜が降りる
    あなたは私にハーブも薔薇の一束も贈ってくれなかった
     そして月が輝く宵の甘いひとときさえも
       あなたは闇のような風、あなたは青白き霜 ・・・ ♪」

こんな英訳詩がブックレットにのっていました ・・・。これはヤバイ!はまってしまいそうな自分に気が付く。

「Anna Maria Jopek - Upojenie」

          



 
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by knakano0311 | 2012-07-13 17:05 | おやじのジャズ | Trackback(2) | Comments(0)

夜の訪問者

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我が家は山に近いだけあって、昼夜を問わずに、実にいろいろの訪問者がやってくる。小鳥や蝶はもちろん大歓迎で、花がある以上、蜂の類も仕方がないとして、トカゲ、ヤモリ、大ムカデ、蜘蛛、ナメクジ、色々な昆虫、蛾、青虫などもやってくる。引っ越してきた当時は、蛇やタヌキの親子までもやってきたし、ある時は鳩が家の中に入り込んでしまい、大騒ぎしたこともあった。最近は宅地化が進んだためか、めっきり訪問者の種類も、数も減ってきたが、それでもこの時期になると毎晩のように昆虫がやってくる。シーズン最初に来る虫は、決まって「カミキリムシ」の仲間である。

昨夜からの来訪者は、「ゴマダラカミキリ(胡麻斑髪切)」。日本に分布する「カミキリムシ」の中でおそらく最もよく知られた種類であろう。この時期の我が家への毎夜の「常連さん」と言ってもいい。我が息子どももそうだったが、男の子はだいたい昆虫好き。クワガタムシ(鍬形虫)、カブトムシ(甲虫、兜虫)を捕獲するため、夜、子供を連れてクヌギ林へといったものである。そんな懐かしい昔の思い出も運んできた「ゴマダラカミキリ」である。

そんな「夜の訪問者」からの連想が、爺さんを思い出や懐古趣味へと運ぶ。運んだ先は、まず同名の映画「夜の訪問者」。「テレンス・ヤング/Terence Young」監督、「チャールズ・ブロンソン/Charles Bronson」主演のアクションサスペンス。フランス南部の港町が舞台であった。あんな渋い寡黙でマッチョの髭の爺サマに憧れていた時期もあったが、いざその時期を迎えると、とてもとてもそうはいかないのである。カー・チェイス場面だけが印象に残ったB級アクション映画であったが、何か憎めないハード・ボイルドな役者でもあった。

夜の訪問者 ニュープリント版 [DVD]

IVC,Ltd.(VC)(D)



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そして、深夜に抑え目な音量で流すのは、「ケニー・バレル/Kenny Burrell」 。ブルー、深夜、大都会、ハード・ボイルド、男 ・・・なんてキー・ワードが最も似合うジャズ・ギタリスト。バレルといえばブルージー、そんなイメージを抱かせるようになった代表アルバムが、「ミッドナイト・ブルー/Midnight Blue」。その都会的で洗練されたギター・プレイはまさにアーバン・ブルースでしょう。ピアノレスのギター・トリオに、テナー・サックスの「スタンリー・タレンタイン/Stanley Turrentine」とコンガを加えた異色のクインテット。そのジャケットも秀逸であった。1963年のブルーノートでの録音。

Midnight Blue

Kenny Burrell / Blue Note Records



「Kenny Burrell - Midnight Blue」

          
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by knakano0311 | 2012-07-11 17:47 | 音楽的生活 | Trackback | Comments(0)