大屋地爵士のJAZZYな生活

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欧州JAZZY紀行(16 ) ~ 美しき機械たちよ!遥かなるドイツ博物館~

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(写真;エアロベース社のマイクロ・ウイング・シリーズで、製作中の「郵便飛行機40型」とその完成模型;ボーイングB40という世界初の旅客機。1/160スケール;翼幅84mm;パーツ点数:20;ニッケル合金(洋白)製)

趣味とかマニアというレベルでは到底ないが、子供の頃から実物や模型を問わず、自動車や飛行機などが好きであった。もちろん、それらのフォルムやデザインもそうであるが、それらを形作っているパーツなども好きであった。当時は、工作模型といえば、それは大変高価なものであったので、子供たちは板や木切れを削って稚拙な模型を作り、遊んでいたように思う。それが、いつ頃からか、多分1960年ごろではなかったと思うのだが、日本でも「プラモデル」が発売されたので、高校の頃だったろうか、「戦艦大和」か何かをプラモデルでは初めて作った記憶がある。

前回のブログでも書いたように、最近ちょっと夢中になっているのが、「エアロベース社」のマイクロ・ウイング・シリーズ。超小型の精密金属製飛行機模型である。パッケージから打ち抜かれたパーツ板を取り出し、それを見た瞬間から、その美しさにもうため息が出るほど。「automobile」、「flying machine」、「flyer」などといった言葉から受けるイメージや語感、雰囲気、それと模型設計者の思い入れといったものが伝わってくる。

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私は、工学部精密工学科卒業をして、電気機器製造会社で設計者として働いていたため、設計図面、部品、それらを作る金型や加工機などのメカのもつ美しさは素直に実感できるのである。美しい部品で組み立てられた製品は性能もよかったという経験も持っている。そんな会社生活の後半で、うれしかった出張の一つがドイツ・ミュンヘンへの出張。スエーデンに子会社をもっていたため、スエーデンへの何回かの出張の際は、必ず欧州本部のあるミュンヘンに立ち寄って経営報告や打ち合わせなどをしていたのである。そして、ミュンヘンからフランクフルト経由の日本への帰国便は決まって夜の便だったため、帰国日は昼3時ころまではフリーであった。そこで、その時間を活かして通ったのが、ミュンヘン市中心部にある「ドイツ・ミュージアム/ドイツ博物館/Deutsches Museum」である。(ドイツ博物館及び以下の写真はネットより拝借)

この「ドイツ博物館」の存在は、ずっと若いころに読んだ、俳優で映画監督の、故・伊丹一三(当時は十三でなく一三といった)のエッセイ集、1976年5月に「文藝春秋」より刊行された「日本世間噺大系」で知って以来、「いつか行ってみたい」とずっと思っていた博物館であった。だから、その夢がかなった博物館でもあったのだ。

日本世間噺大系 (新潮文庫)

伊丹 十三 / 新潮社



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この博物館は、芸術、民俗学、歴史にまつわる博物館ではなく、ドイツが誇る農業、鉱業、航空工学から、鉄道、機械、宇宙に至るまでの「科学・技術工学博物館」。しかも実物に触れることが出来るように展示されている。自動車好きならドイツの誇る名車やオートバイがずらり。船好きなら有名な戦艦や帆船の模型やUボートが ・・・。飛行機好きなら複葉機からジェット戦闘機までの実物が展示され、私のような機械好きには、天にも昇るような心地にさせてくれる博物館なのだ。そのほかにも、コンピュータ、建築、天文、ビール作り、楽器、やら製塩技術など、ありとあらゆるといっていいほど、技術工学に関する展示がなされている。敷地面積約5万km²。展示品目は約1万8千点以上というから、とても1日では廻りきれるわけもなく、私も数回通ったが、上っ面を撫ぜただけであることはよくわかっているので、いまだに全部見たという満足感はないのである。しかしもう行く機会はないかもしれないが ・・・。

最近は手狭になったため、ミュンヘン郊外の町、オーバーシュライスハイムに「シュライスハイム航空館/Flugwerft Schleißheim」という航空専門の別館ができたらしいが、それでも本館の航空機に関する展示は圧巻でそれこそ度肝を抜く。上の写真にもある、史上初めて実戦投入されたジェット戦闘機「メッサーシュミットMe262/Messerschmitt Me 262」の実物を初めて見た時には興奮したものである。

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それよりも興奮したのが、第1次世界大戦におけるドイツ空軍の主力三葉機、「レッド・バロン」と呼ばれた、かの撃墜王「マンフレート・フォン・リヒトホーフェン/Manfred Albrecht Freiherr von Richthofen」大尉の愛機「フォッカーDr.1/Fokker Dr.1」を見た時である。写真のように、この機を赤く塗って愛用していたことで有名であるが、そう、これが「機動戦士ガンダム」に登場する「赤い彗星シャア」の愛機「ザクII」の由来である。まだ戦争が騎士道精神にあふれいた時代、第一次世界大戦の空中戦で、80機を撃墜し、当時のドイツ(プロシャ)きってのアイドル的存在でもあった。そんなリヒトホーフェンの撃墜されるまでの26歳の短い生涯を描いた映画を見たばかりである。そして、ドイツ博物館に展示されているのは、リヒトホーフェンが最後に搭乗していた「フォッカーDr.1 425/17」のレプリカである。

レッド・バロン [DVD]

Happinet(SB)(D)



あの「ドイツ博物館」を思い出しながら、さっ、マイクロ・ウイング・シリーズ、次は「フォッカーDr.I」機の製作に取り掛かろうか ・・・。はたまた、ジャズをBGMとして、「佐々木譲/ベルリン飛行指令」「百田尚樹/永遠の零(ゼロ)」「坂井三郎/大空のサムライ」、「エレストン・トレーバー/飛べ!フェニックス」など、飛行機が主役の冒険小説に夜半の時を忘れましょうか ・・・。、

絵画芸術の国立博物館はいくつもあるが、技術立国などとおだてられてはいるが、自国の技術の歴史についての国立博物館が日本にはひとつもない。これは、はなはだバランスを欠いていると感じるのは、元技術屋の僻みでしょうか?

リヒトホーフェンは敵国イギリスでは「Red Baron (赤い男爵)」と、フランスでは 「Diable Rouge (赤い悪魔)」と呼ばれていたという。「中秋の名月」の今宵の歌、あいにくの台風ですが、「Rouge(赤い)」つながりで、私も行ったことがあるパリにあるキャバレーの踊り子と若き作家のラブストーリー、映画「ムーラン・ルージュ/Moulin Rouge(赤い風車)」の挿入歌、主演の「ニコール・キッドマン/Nicole Kidman」が歌う「One day I'll fly away(いつか私は飛び立つ)」なんぞどうでしょうか ・・・。 元々は1980年、「ジョー・サンプル/Joe Sample」作曲、「ウィル・ジェニングス/Will Jennings」作詞で、「ランディ・クロフォード/Randy Crawford」が歌ってヒットした歌で、色々な歌手にカバーされているので、もうスタンダード化しているといっていいでしょう。サンプルは「レイラ・ハザウェイ/Lalah Hathaway」ともこの歌をコラボしている。

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「♪  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・         ・・・・・・・・・・・・・・・・・
   One Day I'll Fly Away        いつかきっと私は飛び立つわ
   Leave your love to yesterday  あなたとの愛は昨日に置き去りにして
   What more can your love do for me  愛がもうこれ以上どうしようもなくなり
   When will love be through with me  愛が私を通り過ぎていったときに
   Why live life from dream to dream    なぜ夢ばっかり追って生きているのかしら
   And dread the day               夢が終わったらどうなるのか
   When dreaming ends             怖くてしょうがないの
    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・             ・・・・・・・・・・・・・・・  ♪」


「One day I'll fly away - Nicole Kidman」 映画の一シーンと一緒にどうぞ。

          
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by knakano0311 | 2012-09-30 10:13 | JAZZY紀行 | Trackback | Comments(0)

和紙の美しさ、蕎麦の美味さ

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               こんな話をご存知だろうか? 毎年、ある小学校6年生が卒業式が近い冬になると、自分の卒業証書ための和紙を自分で漉くということを ・・・。そんなことを実践しているのが、京都府福知山市、酒呑童子で知られている大江町である。この地は古くから紙漉きの村として大変栄え、一時は200戸余りが和紙造りを生業としていたが、今ではたった一軒が「手漉き丹後和紙」の伝統を守り続けている。その一軒が手漉き和紙の技術や伝統を教える「和紙伝承館」に隣接する「田中製紙工業所」である。今日も子供たちがバスで体験学習に来ていた。何年か前にこの辺りをドライブしていて、偶然に知ったこの店の和紙の美しさに魅せられて、ランチョン・マットやらインテリアなどに妻が使うため求めたが、さすが丈夫な和紙も破損してきたので再び求めるために訪れたのである。さりげなくとても広いとは言えない店の棚に積み上げられているが、大江山周辺で栽培された良質な楮(こうぞ)を原料とし、地区を流れる宮川の水で晒し、一枚一枚丹念に漉き上げられ、山野の草木等によって色づけされた染紙は本当に美しい。五代目となる若い夫婦が伝統を受け継いでいる。遊びの山に「みつまた(三椏、三又)」が生えているので、私も「和紙を一から漉いてみたい」という思いがあるが、あの工程を考えると、二の足を踏むような大変な作業である。我が家から車で2時間ほど。「八重の青垣」といわれるほど美しい山並みを縫ってのドライブであった。

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       さて昼食はといえば、「蕎麦」。この辺りには蕎麦屋が多くあるが、前回来たときも訪れた「鬼ヶそば」でと決める。失礼ながら、古民家というよりは、廃屋に近いような古びた家で、老夫婦が蕎麦を打っているが、これが滅法美味いのだ。「ざる」を注文する。色は黒く、太目で、しっかりした腰がある。故郷信州松本の蕎麦に似ているなと感じた。そして屋号がいい。「鬼ヶそば」。老夫婦の蕎麦に対する心意気をあらわしているような屋号である。昔はこのあたりでも多くの家が蕎麦を栽培していたが、高齢化に伴い、栽培をやめる農家が相次ぎ、今では新潟の方から眼鏡にかなう蕎麦を取り寄せているそうだ。昼をちょっと過ぎた時間だったが、客は我々夫婦二人だけ。蕎麦の話やら和紙の話を聞かせてもらう。帰りには、家の畑で採れたという大好物の「万願寺ししとう」をお土産にまで頂いてしまった。「美しい」、「美味い」、「楽しい」という、「じじばば遠足」の大前提、大原則にかなった「おやじの遠足」であった。

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さあ、秋の夜長のnightシリーズ、とんがったところや引っかかるところはどこにもなく、だからといってイージーに流れるのでないギターなんぞどうでしょうか。「アール・クルー/Earl Klugh」。フュージョン界?、スムースジャズ界?の大御所ギタリスト。ナイロン弦を張ったクラシック・ギター(ガット・ギター)と同じアコースティック・ギターを情感豊かに華麗に奏でる。もちろんピックなどは決して使わないのです。だからと言って、弾けるようなリズム感や躍動感がないわけでは決してありません。私もギターの入り口がクラシック・ギターであったため、「アールクルー風」に弾けたらと思ったことが何回もあります。真夜中に聴いても苦情も出ず、違和感なく聴けるお手本のような演奏で私は好きである。

代表的なアルバムで、ジャズのスタンダードを弾くきっかけになったといわれるアルバムは、「真夜中のギター/Late Night Guitar」(1980)。「煙が目にしみる/Smoke Gets In Your Eyes」、「Like A Lover」、「さらばジャマイカ/Jamaica Farewell」、「Tenderly」、「モナリサ/Mona Lisa」など親しみやすい曲を、MJQのリーダーで知られる「デヴィッド・マシューズ/David Matthews」編曲指揮のストリングス編成のオーケストラをバックに切なく聴かせる。手漉きの和紙のような肌触り ・・・。

Late Night Guitar

Earl Klugh / Blue Note Records



続編ともいえるのは「ナイトソングス/Night Songs」(1985)。

Nightsongs

Earl Klugh / Mosaic Contemporary



アルバム「真夜中のギター」からお馴染みの2曲ほど ・・・・。

「Smoke Gets In Your Eyes - Earl Klugh」

          

「Earl Klugh - Jamaica Farewell」

          
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by knakano0311 | 2012-09-28 21:15 | おやじの遠足・街歩き | Trackback | Comments(0)

60歳過ぎたら聴きたい歌(82) ~時には昔の話を~

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(写真は「リリエンタール・グライダー/Otto Lilienthal's Normal-Segelapparat 1894」;1/160スケール 翼幅41mm)

今ちょっとばかり夢中になりそうな予感がしている工作がある。「(有)エアロスペース」が製作販売している精密飛行機模型、「マイクロ・ウィング・シリーズ」。真鍮(しんちゅう)または洋白の薄い板を精密に打ち抜いたパーツを、カッターナイフで切り離し、接着剤を使わずにピンセットだけで組み立てていく、そんな超小型の金属模型飛行機である。悲しいかな寄る年波には勝てず、拡大ルーペをかけながら、さっそく買って来た数台の模型の製作を始めたが、これが面白い。我々の年代の男の子は誰でもそうだったかもしれないが、子供のころから結構飛行機好きで、紙飛行機に始まり、竹ひごをまげて作るゴム動力の飛行機、プラモデルなどずいぶんと作った。とても買ってはもらえなかったUコン機を近所の大人が操縦するのを憧れの目で飽きもせず眺めていたこともある。いまでも、ラジコン・ヘリコプターや飛行機といった趣味をしてみたいという思いが湧き起ってくることもある。そして、旅は鉄道ではなく「飛行機」派である。現役を退いた今、飛行機に乗る機会もめっきりが減った、かっては可能な限り、窓側の座席を取り、ヨーロッパや米国出張のときも、飽きもせず外を眺めていたものである。たしか、ANAの生涯飛行マイルは44万マイル(70.4万㎞)を超えていたと思う。

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ミュンヘンの「ドイツ・ミュージアム」を訪れたときは、試験飛行中に風にあおられ墜落、脊椎を折り、1896年8月9日、48歳の若さで死去し、後にライト兄弟も動力飛行の参考していた 「オットー・リリエンタール/Otto Lilienthal」の「リリエンタール・グライダー」、第一次世界大戦で「リヒトホーフェン/Ferdinand Freiherr von Richthofen」男爵(通称レッドバロン)の乗機として有名なフォッカー機や、第二次世界大戦で活躍した「メッサーシュミット/Messerschmitt」をはじめとする実物やレプリカの飛行機展示を飽きることなく眺めていたし、コミック「エリア88」に登場し、「サーブ」社が製作するスエーデン空軍の「ドラケン35/Draken35(スウェーデン語で竜)」のこれも実物をマルモの博物館で見た時も、心が躍ったものである。

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「撃墜王アフリカの星」、「ブルー・マックス」、「素晴らしき飛行機野郎」、「ライトスタッフ」、「レッドフォックス」、「トップガン」、「ブルーマックス」、「ステルス」、「フライボーイズ」、最近では「レッドバロン」 ・・・・。 数えきれないほどの飛行機、飛行機乗りが主役の映画も見た。その中で、男のロマンと哀愁を描いた戦闘機乗りの傑作映画といえば、「宮崎駿」監督の「紅の豚」であろうか。何回も観たDVD。ちなみに、宮崎が主宰する「スタジオ・ジブリ/Studio Ghibli」の名は、第二次世界大戦中に活躍したイタリア・カプローニ社の偵察/爆撃機、「サハラ砂漠に吹く熱風」と呼ばれた「Ghibli (CAPRONI Ca309 GHIBLI)」に由来していることから、彼の飛行機好きが窺えよう。幼い頃から空を飛ぶことに憧れていた宮崎が、自分の夢として描いた作品であるが、宮崎自身がその演出覚書において、「疲れて脳細胞が豆腐になった中年男のためのマンガ映画にしたい」と記しているという。

1920年代のイタリア、アドリア海には空賊相手の賞金稼ぎをしている豚がいた。「飛ばねぇ豚はただの豚だ」とのたまう彼の名は「ポルコ・ロッソ/Porco Rosso」。紅の翼の飛行艇を巧みに乗りこなす、この豚の活躍を小気味よく描いた一大航空活劇である。

紅の豚 [DVD]

ブエナ・ビスタ・ホーム・エンターテイメント



歌手の「加藤登紀子」が主題歌のみならず声優として参加したことでも話題になったが、ポルコの幼なじみで彼が想いを寄せる「ホテル・アドリアーノ」のジーナ役の彼女が劇中で歌っている「さくらんぼの実る頃」は、パリ・コミューン時に生まれた歌。そしてエンディングに流れる「時には昔の話を」は彼女の作詞作曲。今聴くと心にじわっと沁みてくる。まさに、あの昔の学生時代がよみがえってくるように ・・・・。

紅の豚

サントラ / 徳間ジャパンコミュニケーションズ



そして「紅の豚」のエンディング用に「宮崎駿」が書き下ろした水彩画に、「加藤登紀子」、「さくらんぼの実る頃」の作詞者、「ジャン・バチスト・クレマン/Jean-Baptiste Clément」などの詩が加えられた絵本がある。宮崎駿/加藤登紀子「時には昔の話を」(徳間書店)。

時には昔の話を

宮崎 駿 / 徳間書店



【 時には昔の話を 】  作詞作曲;加藤登紀子

「♪ 時には昔の話をしようか
    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
   一枚残った写真をごらんよ
     ひげづらの男は君だね
       どこにいるのか今ではわからない
         友達もいく人かいるけど
           あの日のすべてが空しいものだと
             それは誰にも言えない
               今でも同じように見果てぬ夢を描いて
                 走りつづけているよね どこかで  ♪」


「時には昔の話を - 加藤登紀子」 映画のサウンド・トラックから。

          
 
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by knakano0311 | 2012-09-25 09:48 | 60歳過ぎたら聴きたい歌 | Trackback | Comments(0)

棚田の赤とんぼ

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いつものように、能勢町長谷の棚田を訪れる。8割方、稲の刈入れは終り、数週間前までは黄金色に波打っていた田んぼはすっかりきれいになっていた。今年は、台風もなく、そこそこの豊作のようであった。

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ここまで来ると、もう秋の気配は濃厚だが、彼岸花や薄の穂の開花は、まだのようである。だだ、秋の深まりを告げるように、「アキアカネ(秋茜)」の大群が乱舞していた。

こんな秋の宵に聴きたいロマンチックなJAZZは、最高のベーシスト、「チャーリー・ヘイデン/Charlie Haden 」が、ピアニストの「ゴンサロ・ルバルカバ/Gonzalo Rubalcaba」とパーカッショニストの「イグナシオ・ベロア/Ignacio Berroa 」というキューバ出身のチームとトリオを組み、きら星のごときゲストたちを迎えてプレイしているアルバム、「ノクターン/Nocturne」。

本アルバムでヘイデンが取り組んだのは、キューバやメキシコ生まれのボレロの名曲。ヘイデンは1986年の「ハバナ・ジャズ・プラザ・フェスティバル」で、ルバルカバと初めて出会い、以来たびたび共演を果たしているが、本格的にキューバ音楽と取り組んだ。相変わらずうっとりするようなベース・ワークのうえに展開される美しいメロディ、瑞々しいロマンティシズム。ルバルカバの紡ぎだす音、「パット・メセニー/Pat Metheny」がここぞとかき鳴らすアコースティック・ギター、「フェデリコ・ブリトス・ルイス/Federico Britos Ruiz」の心揺さぶるヴァイオリンの官能的な音色。そしてそこに、「ジョー・ロヴァーノ/Joe Lovano」の柔らかなテナー・サックスが絡むと、もうそこは夜の帳に覆われた別世界に ・・・。ひょっとしたら、枕を濡らしてしまうかもしれない秋の夜にふさわしい夜想曲集。

Nocturne

Charlie Haden / Umvd Labels



このアルバムから何曲か ・・・。

「Charlie Haden & Gonzalo Rubalcaba - En La Orilla Del Mundo(At the Edge of the World)」

          

「Charlie Haden & Gonzalo Rubalcaba - Tres Palabras(Three Words)」

          

哀切のヴァイオリンの調べ ・・・。「Charlie Haden & Gonzalo Rubalcaba - El Ciego(The Blind)」

          
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by knakano0311 | 2012-09-23 16:01 | 地域の中で・・・ | Trackback | Comments(0)

Night and The City

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前回、都市の夜景の美しさと、そこから想起される「ジェリー・マリガン/Gerry Mulligan」のアルバム、「ナイト・ライツ/night lights」を紹介した。もう一つ想起されるアルバムは、当代きってのデュオの巨匠、ベースの「チャーリー・ヘイデン/Charlie Haden」が、これまたピアノの御大、「ケニー・バロン/Kenny Barron」と組んだデュオの名盤、「ナイト・イン・ザ・シティ/Night And The City」(1996年)である。かって、私も一度だけ訪れたことがあるブロードウェイ近くのジャズ・クラブ「イリジウム/Iridium」でのライブ盤である。クラブで録音された音を聴いているとは気づかないかもしれないほどの静かな緊張感。聴いているだけでマンハッタンの夜景が目の前に現れてくるようである。

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そして、そこで暮らす人間の営みに想いが自然と馳せるようなすばらしい演奏である。ニューヨークへの二人の想いが溢れ、とにかくバロンの宝石のようなピアノのタッチには魅了される。ベースとピアノ。この最小限の編成のユニットから紡ぎ出される音には、不必要な音やフレーズは一つもない。夜ふけに静かに耳を傾け、静かな緊張感と都市がもつ哀愁に浸るには最高の一枚であると思う。このアルバムの「The City」とは、「New York」であるが、私の場合はもちろん「Kobe」である。

Night & The City

Charlie Haden / Polygram Records



アルバム冒頭の「Twilight Song」。この曲の出だしを聴いただけで、アルバム全体のストーリーやクオリティが予感できる。作曲は「ケニー・バロン」。16年前の今日、「イリジウム」で演奏された。

「Twilight Song - Charlie Haden & Kenny Barron」  Charlie Haden (b) Kenny Barron (pf)   Recorded live at The Iridium, N.Y.C, September 20-22, 1996

          
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by knakano0311 | 2012-09-21 09:50 | 音楽的生活 | Trackback | Comments(0)

night lights

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(写真はいずれも神戸の夜景/NETより拝借)

夜、出かけなくなってしまってから大分久しい。電車で人ごみの中に出かけるのがまず億劫である。酒を飲むのはまだいいとしても、帰宅のことを考えると更に億劫である。車での生活に慣れてしまったため、近くの繁華街や街中以外も含め、夜出かけたり、夕食を外で食べるということがほとんどなくなってしまった。したがって、都市景観の重要な要素の一つである「夜景」の美しさも忘れかけていた。

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夜7時のNHKニュースの前に、NHK神戸放送局からのローカルニュースが流れるが、その最後は決まって放送局の屋上あるいは明石海峡大橋の橋塔などのTVカメラからの俯瞰ショットである。つい最近までは、夕焼け、夕暮れのショットであったが、日が短くなった今ではネオン輝く夜景のショットとなっている。真っ暗な中に、あちこちで火の手が上がっていた「阪神・淡路大震災」直後のあの夜景も目に焼き付いているが、よくここまで復興したものだという感慨を覚える。

日本には、ヨーロッパの都市のように、景観保存の観点から、建物や建造物などの規制をするという都市計画の考えがあまり浸透していなかったため、昼間は無秩序に立てられたビル群、林立するアンテナ、電柱、看板、広告が、とても美しいとは言えない姿をさらしている。しかし、その全てを覆い隠して都市の夜景は美しい。東京からの久しぶりの夜のフライト。眼下に広がる東京、横浜、そして大阪の夜景をみて、「美しい」、そう思った。そして、神戸の夜景は、「100万ドルの夜景」とも呼ばれている。六甲山、諏訪山公園、ヴィーナスブリッジ、北野町あたりからの夜景は本当に美しい。しばらくぶりに思い切って出かけてみようか ・・・。

「夜景」というと頭に浮かぶいくつかのアルバムがあるが、「ジェリー・マリガン/Gerry Mulligan」の「ナイト・ライツ/night lights」もその一つ。ここで繰りひろげるJAZZはスマートで上品な夜のイメージ。ボサノヴァ曲「カーニヴァルの朝」、ショパンのクラシック曲「プレリュード:ホ短調」、それにスタンダード。ちょっとスムース・ジャズ的だけど、スムース・ジャズとはひと味違う極上のジャズである。

ナイト・ライツ

ジェリー・マリガン / ユニバーサル ミュージック クラシック



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「ジェリー・マリガン」。1927年4月、ニューヨーク市生まれ。7 歳からピアノを弾き始め、その後クラリネットを手にし、やがてサックスを吹くようになる。1949年に「マイルス・デイヴィス(tp)」の9 重奏団の参加し、後に名盤「クールの誕生/Birth of the Cool」が生まれた。1952年にウエスト・コースト(西海岸) に移り、「チェット・ベイカー」等とピアノレス・カルテットを結成。マリガンが麻薬で対されるまでのわずか1年間の活動であったが、ウエスト・コーストを中心に絶大な人気を誇った。った。リズムセクションに鍵盤楽器を使わないというジャズの世界に於いては画期的な出来事であり、白人アーティスト中心のアメリカ西海岸におけるいわゆる「ウエストコースト・ジャズ」の先駆け的存在であった。1996年1 月20 日、ランニングで痛めた膝の手術の外傷が元でコネチカット州ダリエンの自宅で死去。享年68 歳。

1963年には「アート・ファーマー/Art Farmer」等をメンバーに迎えて、発表したのが代表作のひとつである「ナイト・ライツ」。アルバム冒頭のタイトル曲のマリガンの抒情性あふれるピアノに驚いてしまう。

「Gerry Mulligan - Night Lights」 (1963)  Gerry Mulligan - piano, baritone sax/Art Farmer - trumpet and fluegelhorn/Bob Brookmeyer - trombone/Jim Hall - guitar/Bill Crow - bass/Dave Bailey - drums

          

ショパンの曲を見事にボッサにチューンアップした「プレリュード:ホ短調」。

「Gerry Mulligan - Prelude In E Minor」

          
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by knakano0311 | 2012-09-19 09:54 | 音楽的生活 | Trackback | Comments(2)

六十の手習い   

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定年後の爺さんたちが集まって、ボランティア活動として里山公園の森の手入れを行っていることは、このブログでもずっと書いてきた。しかし、この爺さんたち、森の手入れに関して何か筋道の立った学習をしたことはない。ましてや、専門的な教育も受けたことももちろんない。先達の手ほどきで、いわば見よう見まねでやってきたというのが実態に近いのだろう。したがって、この公園森の在り方についてそれぞれが様々な価値観やらイメージを持っている。新しくボランティア・クラブをスタートさせるにあたって、この森を、「こういう森にしたい」という目標、動機づけをはっきりさせて活動したい、あるいは新しいクラブ員も含め、私たちが手入れを行っている森に関して実際の管理作業の基準や手順のよりどころなどをまとめた、マニュアルを作りたい。こんな爺さんたちの要望から、マニュアルづくりをスタートさせるために、管理事務所が主催する、森の管理の専門家による調査・管理のセミナーを受けた。

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12月に行われる1日と合わせて2日間のコース、1日目の午前中は里山の基礎について学び、午後は植生調査の実習であった。「Nature/自然」という言葉の定義や意味に関する欧米と日本の違いや、いままでも個人個人がバラバラに持っていた森や里山に対する知識を改めて正しく共有できたとともに、ボランティアなど市民参加型の森の手入れ活動を行い、放置された里山の再利用を図っていくといういわゆる「兵庫方式」についても理解と認識ができた。久しぶりの座学であったが、眠る人もなく、爺さんたちの向学心、ますます旺盛というところ ・・・。午後からは、「植生調査」の実習。植生を数値化することにより、この森のプロフィールが改めて明らかになるとともに、今我々が進めている手入の方向性についても、そう大きく間違っていないということで、自信を持つこともできた。

専門家にきちっと講義してもらっての勉強と実習、「六十の手習い」ではあるが、なかなか心地よいものであった。もちろん、「好きこそものの ・・・・」のたとえもありますが ・・・ 。

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さて、秋に気配が濃厚になってきた夜更けに聴く「男の哀歌」。JAZZをはなれて、アルゼンチンの吟遊詩人、「歩く大地」と呼ばれた「アタウアルパ・ユパンキ/Atahualpa Yupanqui (1908年 - 1992年)を聴いてみたくなる。1929年、「インディオの小径/Caminito del indio」でデビューし、1930-40年代に多くの作品を発表するが、その活動が反政府的と目されて、1950年代初頭にはフランスへの亡命を余儀なくされたこともある。私がこの人を知ったのは高校生の時であった。以来、秋の夜半になると聴きたくなる歌。(参照拙ブログ「男唄に男が惚れて(2)~アタウアルパ・ユパンキ インディオの魂を聴く~」 )

そんな「アタウアルパ・ユパンキ」の代表作が「ツクマンの月/Luna tucumana」。「ツクマン」とは、アルゼンチンの地方都市、「サン・ミゲル・デ・ツクマン」のことである。

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アタウアルパ・ユパンキ
アタワルパ・ユパンキ / 東芝EMI
ISBN : B000064TVX



【 ツクマンの月 】

「♪ Yo no le canto a la luna       美しく輝いているからといって
   porque alumbra y nada más,   私は月に歌いはしない
   le canto porque ella sabe      月は私の歩んできた人生を
   de mi largo caminar            よく知っていると思うから歌うのさ
   Ay lunita tucumana!          ああ、ツクマンの月よ
   tamborcito calchaquí         カルチャキ族の太鼓の響きよ
   compañera de los gauchos    タフィ(地名)への道を共に行き来する
   en las sendas de Tafí          ガウチョ(遊牧民)たちよ

   Perdido en las cerrazones      お前が雲にすっぽり隠れてしまったら
   quién sabe, vidita, por dónde andaré ?  私は道に迷ってしまう
   Mas cuando salga la luna    しかし月が出たら
   cantaré, cantaré,          私は歌うとしようか
   a mi Tucumán querido,      愛するツクマンに届けと
   cantaré, cantaré, cantaré.    私は歌う、私は歌う、私は歌うのだ
    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

   En algo nos parecemos      お前と私はどこか似ている
   luna de la soledad,          一人ぽっちの孤独の月よ
   yo voy andando y cantando     私は歌いながら人生を歩んでゆく
   que es mi modo de alumbrar     これが私の光りかたなのだ   ♪」


どこか「高橋竹山」に通ずる雰囲気を感じてしまうのは、思い過ぎだろうか ・・・。

「Atahualpa yupanqui ― Luna tucumana」

          
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by knakano0311 | 2012-09-17 11:14 | 炭焼き小屋から | Trackback | Comments(0)

鏡の中の煌き

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最近読んだ本に、ポーランド人の気質について、こんなことが書いてあった。「ラテンの気質を持つスラヴ人、スラヴの中のラテン民族ともいわれる」、「ヨーロッパの中で最も信心深いカトリック国」、「信念を貫く頑固一徹の気質」 ・・・。そして、「ショパンが好きで、ショパンをポーランドの心として愛している」。5年に1回、ショパンの命日である10月17日の前後にわたって、首都ワルシャワで開かれる国民的イベント、「ショパン国際ピアノコンクール」において、「田中希代子」(1955)、「中村紘子」(1965)、「内田光子」(1970)あたりから、毎回のように日本人が上位に入賞しているが、「なぜ東洋の異文化の国が、あれほどまでにショパンを理解でき演奏できるのだろうか」という感嘆の声と同時に「不思議だ」という声も多く聴くという。

善意の架け橋―ポーランド魂とやまと心

兵藤 長雄 / 文藝春秋


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さて、「アンナ・マリア・ヨペック/Anna Maria Jopek」。ポーランドを愛し、ポーランドの魂を歌う歌手。この本を読みながら、私が勝手に想像しているヨペック像を思い浮かべ、「うんうん」とうなずく箇所が何度かあった。私が把握している限りでは、ゲスト・ボーカルやコンピを除くと、CD・DVDリリースは全23作。再発、組版、バージョン違い、DVDなどを除くと実質、17枚くらいであろうか。その大方を聴いてみたのだが、「ポーランド語で歌う」、「いわゆるスタンダードは歌わない」ということもあるが、彼女を単なる「JAZZ歌手」というようにカテゴライズできない。やはり「ヨペック・ワールド」としか、カテゴライズできないことを改めて認識したのである。

その中で、最新三部作、「HAIKU(俳句)」、「Sobremesa」、「POLANNNA」が、いずれも甲乙つけがたい最高傑作ではないかと思う。それに、ヴィジュアルな魅力とヨペック・スタイルを完成させたといっていい、「ファラット/Farat」(2004)、「パット・メセニー/Pat Metheny」とのコラボにより世界への道を開いた「Upojenie」(2008) 、そして初期の総集編で今のスタイルの原型といってもいい、「Nienasycenie」(2002)あたりを、その次に加えてもいいかもしれない。

さて、その三部作の個々については、拙ブログや風呂井戸さんのブログ記事(参照;アンナ・マリヤ・ヨペクの近作3部作アルバム検証シリーズ、「アンナ・マリア・ヨペクAnna Maria Jopekの魅力と日本(和)の世界の合体 : 「HAIKU(俳句)」」「POLANNA」;「3部作「POLANNA」・「HAIKU(俳句)」・「SOBREMESA」それぞれの完成度の高さに圧巻」「SOBREMESA:締めくくりのポルトガル文化から生まれた世界は」などにくわしいので、そちらを参考になさってください。

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ヨペクのこの最新3部作は、「LUSTRA」というタイトルのBOXセットでもリリースされている。3部作は、いずれもリリースが、2011年10月10日の同時発売、そしてBOXセットは、10月26日となっている。このことからすれば、やはり、この3部作は、ワン・セットとして考えるべきであると思う。さすれば、「POLANNNA=波蘭(ポーランド)」、「Sobremesa=葡萄牙(ポルトガル)」、そして「HAIKU=日本」をテーマに選んだ意味が、そこにはあるはずである。「LUSTRA」とは、ポーランド語で「鏡」という意味。そのタイトルにこそ込められた意味合いを探るヒントがあるのではないだろうか。「Sobremesa」が、ポルトガルは世界遺産の街「シントラ」での録音、あとはワルシャワでの録音であるが、「HAIKU」が2010年11月、「Sobremesa」が2011年2月、「POLANNNA」が2011年4月となっている。スタジオやアーティストの都合などがあるので、順番にはあまり意味がないとは思うものの、「POLANNNA」の録音を最後にしたのは何らかの意味があるような気がする。

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Lustra Box

Anna Maria Jopek / Universal Poland



「ラテンの気質を持つスラヴ人」と呼ばれるポーランド人、国民の90%以上がカトリックであるポーランドとポルトガル、1974年に「カーネーション革命」とよばれる、ヨーロッパ史上最長の独裁体制を打倒し民主化を勝ち得たポルトガル、長い間他国の支配下にあったポーランド。そしてどこかスラブ的な哀愁をもつファド、かってはポルトガルの植民地だったブラジル。こんなことから、ヨペックがポルトガルを第2の故郷と呼び、ファドやボサノバに強い関心を抱く理由も分かるような気がする。

一方、日本。ポルトガルは、かつては大航海時代の先駆者であり、そのためヨーロッパで最初に日本や中国など東アジアとの接触を持った国家である。1543年、種子島にポルトガル船が漂着し、日本に初めて鉄砲とキリスト教が伝えられたとされ、1549年には、「フランシスコ・ザビエル」が来日、徳川幕府によって、キリスト教が禁止され、1639年の鎖国令でポルトガル船の入港を完全に禁止され、オランダにとって代わるまで、日本とポルトガルとは文化的にも宗教的にも唯一深いつながりがあった欧州の異国だったのだ。このことをヨペクは知っていたのだろうか?

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2005年、愛知万博で行われた日本公演で初来日。すっかり日本文化に魅せられたヨペック。そしてショパンを通じてのピアニスト「小曽根真」との出会いがあり、彼女のHPを読むと、その後の数度の来日によって、日本、日本文化に対する関心を高めていったようにも思える。そう考えてみると、3部作のテーマととして、ポルトガル、日本、ポーランドを選んだのも、決して偶然ではないのではと思えてくる。

彼女が内面から強いシンパシーを感じているポルトガル、そしてヨーロッパとは対極、いや異極にあり、その繊細な独自の文化に尊敬を感じている日本。この二つの異文化の「鏡」に自己の音楽観を投影し、その反射光を自らのポーランドという「鏡」に再投影することにより、自己の音楽の再確認と集大成を図ったのではないだろうか。さすれば、この3枚の鏡のようなディスクは、互いに反射しあい、煌(きらめ)きを放ち、聴くものの心にヨペクの魂を映し出すことに見事に成功したといえるだろう。

アルバム、「POLANNNA=Polska + Anna/ポーランドの魂を歌うアンナ」から「Z Tęsknoty. Kujawiak/憧れ。 その旋律」を ・・・。

「♪ Słyszę, że jesteś tu.  私はあなたがここにいると聞きました
   Czuję Cię blisko.     あなたが近くにいるのを感じています
   Czy pozwolisz mi zobaczyć Twoją czułą twarz?  私の愛に満ちた顔が見えますか?
   Brak mi spojrzenia Twych oczu.     私にはあなたの眼が見えません
   Tęsknię za barwą, melodią Twoich słów. 
                        あなたの目の色も声のトーンすらも忘れてしまいました
   Czekam z nadzieją na noc, na sen,  今夜こそあなたに逢えると楽しみにしていたのに
   By w nim móc przytulić Cię znów.    逢ってあなたを抱きしめることができると
   A Ty -      でも、あなた ・・・
   Od lat nie przychodzisz.    あなたは今日もまたこなかった
   Czy nie chcesz, bym pytała Cię,   きっと、あなたは聞きたくないのね
   Jak tam jest?         なぜなの?と私が尋ねるから     ♪」 
                                 (自動翻訳機によるいい加減な拙訳)

「Anna Maria Jopek - Z tęsknoty. Kujawiak」

          
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by knakano0311 | 2012-09-13 23:28 | おやじのジャズ | Trackback | Comments(0)

バート・バカラックの相棒逝く ~ハル・デヴィッドの訃報~

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アメリカの作詞家、「ハル・デヴィッド/Hal David」氏が、1日、米ロサンゼルスで死去したという報道。91歳だった。相棒の作曲家の「バート・バカラック/Burt Bacharach」氏と組んで、数多くの名曲を世に送り出し、その斬新なスタイルの曲は一世を風靡した。たしか、今年の5月には、二人の功績を讃えるコンサートを、オバマ大統領夫妻が主催したばかり、その矢先の訃報である。「バート・バカラック&ハル・デヴィッド」といえば、私たち世代がたちどころに思い出すのは、「ポール・ニューマン/Paul Newman」と「ロバート・レッドフォード/Robert Redford」のコンビが出演したアメリカン・ニューシネマの傑作の一つ、「ジョージ・ロイ・ヒル/George Roy Hill」監督の映画「明日に向って撃て!(原題: Butch Cassidy and the Sundance Kid)」(1969年)の中で歌われた「雨に濡れても/Raindrops Keep fallin' On My Head」であろう。「B・J・トーマス/BJ Thomas」が歌って大ヒットしたこの曲は、第42回米アカデミー賞でオスカー(歌曲賞)を得た。

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その他にも、「サン・ホセへの道/Do You Know the Way to San Jose」、「ディス・ガイ/This Guy`s in Love With You」、「遙かなる影/Close to You」、「アルフィー/Alfie」、「恋よ、さようなら/I`ll Never Fall in Love Again」、「恋の面影/The Look of Love」、「ウォーク・オン・バイ/Walk On By」、「小さな願い/I Say a Little Prayer For You」、「世界は愛を求めてる/What the World Needs Now is Love」 ・・・ など、ちょっと思い出せば、メロディや歌詞とともに、たちどころに出て来るようなヒット曲を出し続けた黄金コンビである。ビートルズに代表されるようなロックが大きく台頭してきた時代の中で、斬新な曲作りと話題性でPOPSの王道を歩んできたといえるだろう。

遥かなる影~バート・バカラック・ベスト・セレクション

バート・バカラック / USMジャパン



明日に向って撃て! ―特別編― [DVD]

20世紀 フォックス ホーム エンターテイメント



私たち世代の洋楽ファンなら、きっと誰もが歌詞もメロディも覚えているに違いない「雨に濡れても」を、オリジナルの「B・J・トーマス」で。

「BJ Thomas - Raindrops Keep Falling On My Head」

          

そして、もちろんJAZZ畑でも数多くのカバー、名唱があるが、オランダの実力派歌手、「トレインチャ/Traincha」のアルバム、「バート・バカラック・ソング・ブック」が、記憶に新しい。55人編成のフル・オーケストラをバックに、情感豊かにドラマティックに「ハル・デヴィッド」のヒット曲を中心に歌う。このアルバムには同じジャケット・デザインのライブ盤もある。

Look of Love: Burt Bacharach Songbook

Traincha / Caroline



「トレインチャ」が歌うのは、これぞアメリカン・ポップス、「カーペンターズ」の永遠の名曲、「遥かなる影」。それをライブから。

「Traincha - Close To You」

          

しかし、やっぱり、「バカラック&デヴィッド+JAZZ」といえば、私は、「ダイアナ・クラール/Diana Krall」が歌う「恋の面影/The Look Of Love」でしょうか。映画「007 カジノ・ロワイヤル/Casino Royale」(1965)の挿入歌で、オリジナルは、1967年、「ダスティ・スプリングフィールド/Dusty Springfield」が歌って大ヒット。数えきれないほどのカバーがあるのではないでしょうか。このダイアナのアルバムがリリースされたときも、衝撃的でしたね。とびきりの美人で、顔からは想像できない「オヤジ声」というか、びっくりするようなハスキー声、しかもその歌が上手くてムーディで、ピアノも結構上手いときたもんだ。そういえば、ダイアナの旦那の「エルビス・コステロ/Elvis Costello」のアルバムにバカラックとコラボした、「Painted from Memory」という名盤があります。(参照拙ブログ「読むJAZZ(12) ~村上春樹の音楽観~」) 「トレインチャ」のアルバムにも収録されていますが、バカラック作曲、コステロ作詞になる「This House Is Empty Now」が絶品。いや、これは話がそれました。

Look of Love

Diana Krall / Umvd Labels



パリ、オランピア劇場でのライブから。

【 The look of love 】  作曲;Burt Bacharach  作詞;Hal David

「♪ The look of love    恋してるっていう想い
   Is in your eyes    あなたの瞳を見たらわかるわ
   The look your heart can't disguise  心をごまかそうとしても無理ね
   The look of love    瞳に映し出されたその恋の想いは
   Is saying so much more  口にだす言葉より多くのことを
   Than just words could ever say  語っているわ
   And what my heart has heard   そうよ、それが私の心には聞こえたから
   Well it takes my breath away    私の息は止まってしまいそうなの
    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・         ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・    ♪」

「Diana Krall - The Look Of Love」

          

わが青春のPOPS。これからも、ずっと記憶に残るであろう稀代のソングライター、「ハル・デヴィッド」が逝った。そして、この週末にはバカラックが来日し、東京JAZZ2012に出演する。 

黙祷 ・・・、合掌 ・・・ 。

 
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by knakano0311 | 2012-09-07 10:06 | 訃報を聞いて | Trackback | Comments(0)

ご近所の秋の味覚

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夏の終わりから秋にかけてのこの時期、地元のスーパーや八百屋に並ぶ果物がある。地元の特産品「無花果(いちじく)」である。どうして地元の特産品になったのか、いつ頃からかこの店頭に並ぶようになったのか、引っ越してきたころにはもう名産だったのか、さっぱり記憶にないが、とにかく名産品らしい。

ちょっと調べてみたら、兵庫県は愛知県、和歌山県に次いで、全国3位の出荷量を誇り、その中で川西市は、約120戸の農家で栽培され、年間の出荷量は約400トン、神戸市に次ぎ県内2位の出荷量だという。そして、川西のいちじくの歴史は、明治42年、広島県の「桝井光次郎」氏が、アメリカから帰国する際、北米原産のドーフィン種を持ち帰り、その頃果樹地帯であった川西で栽培に成功したのが始まりらしい。戦後、高度成長やら減反政策などで、栽培が急速に進んだという。最近は、スイーツ、ワイン、茶などいろいろ趣向を凝らした商品も売られている。(川西市HP参照)

無花果は、彼らが食したのは林檎ですが、「アダムとイヴ」の時代から知られ、世界最古の「フルーツ」ともいわれる。この無花果、あの白い粒々(これが花なのですが)の感触といい、くどくない甘味といい、私は好きな果物である。このほか、「木通(あけび)」、「枇杷(びわ)」、「梨」、「杏(あんず)」、「花梨(かりん)」、「真桑瓜(まくわうり)」など、日本の古来からの果物で、糖度のあまり高くないこれらの果物が好きである。多分、はっきりした味が好きな若い人たちからは、「オールド・ファッション ・・・」と言われるかもしれないのだが ・・・。

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大分過ごしやすくなってきた宵の一刻。さあ、リラックスして、古いスタンダード曲の心温まる歌唱を聴きたくなりますね。ちょっとアナクロな爺さんが選んだ今宵の古き時代のよきスタンダードは、「ジュリー・ロンドン/Julie Londn」嬢。歌は、「恋文/Love Letters」。

「ジュリー・ロンドン」。1926年9月、アメリカ生まれの女優、歌手。その美貌を評価され、映画女優としてデビューしたが、女優としては恵まれずに下積み時代を過ごしたという。結婚、出産、離婚を経験した後、芸能界へ復帰し、1950年代になってから歌手に転向し、ナイトクラブで歌うようになった。ジャズ・ピアニストで、「ルート66」で、のちに夫となる当時有名なソングライターの「ボビー・トゥループ/Bobby Troup」に見いだされ、本格的なジャズ・シンガーとしてのキャリアをスタートさせた。

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1955年にファーストアルバム「彼女の名はジュリー/Julie Is Her Name」でデビュー、その中のシングル・カット、「Cry Me a River」の大ヒットし一躍スター歌手に。その後は、歌手だけでなく映画女優としての活躍など、その美貌と「スモーキー・ヴォイス」とも呼ばれていた彼女の「ハスキー・ボイス」は一世を風靡するほどの人気を呼んだのはご承知のとうりでしょう。そして、彼女の美貌や抜群のスタイルをジャケットとして用いたアルバムが数多くあるが、最近、2010年の没後10周年を機に、次々とそのアルバムが復刻されているのもファンにはうれしい話である。

プレミアム・ツイン・ベスト クライ・ミー・ア・リヴァー~ベスト・オブ・ジュリー・ロンドン

ジュリー・ロンドン / EMIミュージックジャパン



スモーキーではあるが、お色気をあまり全面にださず、むしろシンプルでほっとするような暖かい歌唱に心が落ち着く。「Love Letters」。

「Julie London - Love Letters」 

          
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by knakano0311 | 2012-09-04 10:08 | 地域の中で・・・ | Trackback | Comments(0)