大屋地爵士のJAZZYな生活

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どっこい、まだまだ納税者です

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所得税の確定申告の時期である。駅前のホールに、毎年臨時の税務署の出張所が出来、申告を受け付けてくれる。定年退職してからは、その翌年から、国税庁のホームページにアクセスし、パソコンで所定の用紙に記入し、プリントアウトして提出している。最初は、e-Tax(電子申告)も考えたが、最初の手続きがややこしく、紙で提出する方法でも、ほとんど待つことなく提出でき、駅前での用事もかねて提出するので、そう煩わしさを感ずることもない。

最近は、e-Tax(電子申告)の人が増えたのか、源泉徴収の仕組みが変わったから、確定申告者数が減ったのか、臨時の出張所の開設期間が1週間と、以前に比べ、大幅に短くなっている。2月1日から開設されるので、早速、国税庁のHPにアクセスして記入を終えた。

今年も還付金はあるものの、現役時代に比べればわずかながらの所得税を収めることとなる。ただただ年金をもらうだけでなく、ちょっとはお国のためにもなっているのかいな?。「どっこい、まだまだ所得税納税者 ・・・。」などと、愚にもつかない自己満足にひたってみる。

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さて、本日の「お久しぶりピアノ・トリオ」は、「ステファノ・ボラーニ/Stefano Bollani」、「アンドレア・パガーニ/Andrea Pagani」、「ジョン・ディ・マルティーノ・ロマンティック・ジャズ・トリオ/John Di Martino's Romantic Jazz Trio」、「レナート・セラーニ/Renato Sellani」に続く、またまた甘い甘いイタリア男のピアノ・トリオと参りましょうか。

「ダニーロ・レア/Danilo Rea」。「ニニ・ロッソ/Nini Rosso」(なつかしい~~!)に息子のように可愛がられ、彼の来日時のバンドのピアニストを務めたというから、その甘さは期待できるところ。(拙ブログ参照「もしもピアノが弾けたなら(5) ~イタリア式恋愛術(2)~」)

「ダニーロ・レア」は、1957年、ヴィチェンツァ生まれ。1975年にローマ音楽院を卒業。すぐにピアノ・トリオ、「トリオ・ディ・ローマ/Trio Di Rome」を結成して注目されたという。以後イタリアにやってきた多くのジャズ・ミュージシャンと共演したり、欧州、アメリカなどツアーし腕を磨いたという。やがて、「Enzo Pietropaoli(b)」、「Fabrizio Sferra (ds)」らと、いずれご紹介したいと思いますが、 「ドクター3/Doctor 3」というトリオを組み、1999年には、アルバム、「ザ・テイルズ・オブ・ドクター3/The Tales of Doctor 3」で最優秀イタリアンCD賞を受賞したという。

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アルバムは、2009年リリースの本邦デビュー盤、そのタイトルもズバリ、「ロマンティカ/Romantica」。あのヴィーナス・レコードからのリリースとくれば、ジャケットも妖しげであぶなげである。「カタリ・カタリ」、 「サンタ・ルチア」 、「帰れソレントへ」などのナポリ民謡やイタリアの美しいラブ・ソング集。ラテン系であるイタリア音楽の持っている情熱と哀愁が、ひしひしとつたわってくるエモーショナルな演奏が堪能できる。アルバム最後の曲は、なつかしのトランペッター、「ニニ・ロッソ」へのオマージュ、「夜空のトランペット」で、抒情あふれる見事なJAZZで締めくくられる。メンバーは、レアの他、「ステファノ・ボラーニ・トリオ」の一員、「アレス・タヴォラッツィ/Ares Tavolazzi(bass)」。そして、「ロベルト・ガット/Roberto Gatto(drums)」は、イタリアを代表するジャズ・トランペッター、「エンリコ・ラバ・カルテット/Enrico Rava Quartet」の一員である。

ロマンティカ(紙ジャケット仕様)

ダニーロ・レア・トリオ / ポニーキャニオン



まずは、あのよく知られている曲、「カタリ・カタリ(つれない心)」から ・・・。
「Core 'Ngrato (Catari Catari) - Danilo Rea Trio」

          

そして、邦題「どうしたの」。なんとも美しい愛のバラード。
「che cosa c´e - danilo rea」

          
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by knakano0311 | 2013-01-31 00:15 | マーケッターとしてのシニアから | Trackback | Comments(0)

ただひたすらに火を焚く間に ・・・

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ただひたすらに「火を焚く一日」であった。前夜にうっすらと積もった雪で、山への道が凍結しているという連絡。仲間たちに集合時間を1時間遅らせるとともに、スタッドレス・タイヤを履く4WDを運転するメンバーと徒歩で山に通ってくるメンバーには、点火、窯焚きの予定通りの作業開始をお願いする。今日は、たっぷり8時間は「窯焚き」をしなくてはならないのだ。開始時間が遅れると、帰りの時間が夜になってしまい、むしろその方が懸念されるからである。山に行く途中、日陰のカーブでスリップしてガードレールに激突している車を見かけた。

この「火を焚く」ということ、一見簡単なようで、なかなか奥が深いのである。「窯焚き」においては、一定の強い火力を8時間ほど途切れることなく、維持継続しなくてはならない。薪の大きさ、乾き具合、焚口での立て方、本数、空気の供給、熾きの量など気を配らなくてはいけないことが多く、薪を多く入れればよく燃えるというわけでもなく、もちろん少なければ強い火力が得られない。この辺の按配を見計らいながら火を焚くのである。

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火を焚いている間の楽しみもいくつかある。まず「食」の楽しみ。仲間が色々なものを作ってくれる。餅を焼くもの、なつかしい水団(すいとん)を作ってくれるもの ・・・。今日一番の御馳走は「甘酒」。どちらかといえば、私は苦手であったのだが、めったに手に入らない「酒粕」を頂いたとかで作ってくれた「酒糟の甘酒」、冷えた体にすっとのど越しよくとおっていく。そして適度なすっきりとした甘さ。いやあ、美味かった。

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腹ごなしの運動は「薪割り」。腕に覚えのある元気者は、斧をふるって丸太に挑む。炭焼きの他にも竈(かまど)を使ったり、焚火をしたり、我々の山遊びは大量に薪を必要とする。だから、暇を見ては薪を割る。そして、よく薪が燃えるためには、十分乾燥させる必要があるので、今年必要な薪をこの時期に割って、乾燥させるために積み上げておく。子供の頃には、ずいぶんと薪割りをやらされたものだが、これも、「こつ」があって長く遠ざかっていたため、一刀両断とはなかなかいかず、効率的で、力いらずの電気動力による「薪割り機」に頼ってしまう情けなさ。

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ところで、クヌギの木には、樹液を求めて、カブトムシ、クワガタムシなど、色々な虫たちが集まってくる。また、ある種の蛾やクワガタなどの幼虫が好んでクヌギ住むが、この日、薪割をしていて、木の中から出てきたのが、「ミヤマカミキリ/深山髪切」の幼虫。なんと、この虫を焙って喰うと、これが「クリーミーで美味い」と言う剛の者たちがいた。実際、彼らは焙って食い出したが、蚕の蛹(蛹)、蝗(イナゴ)、ザザムシ、蜂の子と、虫を食することでは鍛えられているはずの私も(拙ブログ「うまい虫を喰う」参照)、さすがにこればかりは遠慮した。しかし、くだんの連中は臆することなく美味いと食していたからびっくり ・・・。

こんな風に、なんやかんやと「窯焚き」の間を遊んでいるうちに、瞬く間に8時間の「窯焚き」の時間は過ぎていく。空気調節口を残し、窯口をレンガを積んで遮蔽し、暗くなりかけた空に、明日の天気を心配しながら、帰路につく。

さて、今宵の曲、前回、「ローランド・ハナ」のところで、聴きたい曲としてちょと触れた、「MJQ」こと「モダン・ジャズ・カルテット/the Modern Jazz Quartet」のリーダー、「ジョン・ルイス/John Lewis」の手になるとってもチャーミングな曲、「Skating in Central Park」である。

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恐れ多いですが、この曲は2大巨匠のデュオが一番。「B.エヴァンス&J.ホール/Bill Evans & Jim Hall」の、ピアノ&ギター・デュオの名盤と言っていいでしょう、アルバム「アンダーカレント/Undercurrent」(1962)に収録されている。そして、中身もさることながら、「アナザー・ワールド」的なジャケットがこれまた秀逸。多分、私が「ジャケ買い」をはじめてしたのも、このアルバムだったかもしれません。

「ビル・エヴァンス」のピアノと「ジム・ホール」のギターが交錯する、美しいコラボレーション・アルバム。その抑制された2人絶妙な「インタープレイ」は、冬の夜を過ごすJAZZとして、最適でしょう。そして、何度見ても、このジャケットは、「黄泉比良坂(よもつひらさか)」という言葉を思い浮かばせるのである。

Undercurrent

Evans / Blue Note Records



「黄泉比良坂(よもつひらさか)」を思い浮かべながら、「Dream Gypsy 」、「Skating in Central Park」の2曲を聴いてみましょうか ・・・。

「Bill Evans & Jim Hall - 1)Dream Gypsy  2)Skating in Central Park」

     
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by knakano0311 | 2013-01-29 09:17 | 炭焼き小屋から | Trackback | Comments(0)

炭焼き五日目 ~さて、その出来映えは ・・・~

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今年一番の寒気が来襲という天気予報。眩しいくらいの青空であるが、たしかに山では身を切るような寒風が吹きすさんでいる。そんな中、いよいよ、「窯出し(炭出し)」の日を迎える。炭窯を閉鎖していた土壁を崩し、2週間ぶりに窯を開け、炭を取り出す日である。上の写真は、「窯出し」直後の炭の状態である。曲がっている材が多かったが、菊の花の文様が、断面に浮き出ている。いつも第一回目は、炭の出来がいまいちで、今年も「窯焚き」の火力が少し足らなかったのではという反省があったので、出来を心配したが、まずまず焼き上がりで、ほっと胸をなでおろしたというのが、一同の本音である。一般の炭焼き体験参加者には、米袋一杯の出来立ての菊炭と木酢液をお土産に持って帰ってもらう。(下記左の写真は、開けた直後の窯内の様子)

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さて、第一回目の炭焼きを午前中に無事終えると、息継ぐ暇もなく、午後は、第二回目の炭焼きの初日の「窯入れ」が始まる。責任者は私。前の回の粉塵がまだ残る窯内で、顔を真っ黒にし、どろどろになりながら、360本ほどの窯木と85束のバイタ(柴を束ねたもの)を、1時間ほどかけて積み上げた。さっ、明日は本番の「窯焚き」である。8時間ほど、ただひたすら火を焚く。明日も一段と強烈な寒波が襲来するという。

さて、疲れた体を癒す今宵の「お久しぶりピアノ・トリオ」は、「ローランド・ハナ/Roland Hanna」。

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1932年生まれ。御年80歳。前回の「レナート・セラーニ」と並ぶご長寿ピアニスト。米国ミシガン州デトロイト生まれ。父親に幼少の頃からピアノを習い、兵役後、1958年に「ベニ-・グッドマン/Benny Goodman」の楽団に加入、「チャールズ・ミンガス/Charles Mingus」のコンボを経て、自己のトリオを率いて活躍。同郷である「トミー・フラナガン/Tommy Flanagan」から影響を受けたという。クラシックに裏付けられた完璧なテクニック、強烈なスイング感と美しいタッチを併せ持つ、ジャズ・ピアノの巨人の一人といっていいだろう。「Sir」を付けられて呼ばれることが多いが、永年のアフリカにおけるジャズ活動により、アフリカ西部のリベリア共和国の当時の大統領から正式に「サー」の称号を授けられたピアニストで もある。

「ローランド・ハナ」が、ずっとあたためてきたアイデアで、「夢」にちなんだ曲をあつめてアルバムが、「ドリーム」。彼の最高傑作ともいわれている。


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ドリーム

サー・ローランド・ハナ・トリオ / ヴィーナスレコード



その中から、アルバムタイトル曲でスタンダードとしてよく知られている「Dream」。
「Dream-Sir Roland Hanna Trio」  Roland Hanna (piano)、Paul West (bass)、Eddie Locke (drums)

          

そして、「MJQ」こと「モダン・ジャズ・カルテット/the Modern Jazz Quartet」のリーダーでピアニストと作曲家でもあった「ジョン・ルイス/John Lewis」をトリビュートしたアルバムが「ミラノ、パリ、ニューヨーク/Milano, Paris, New York: Finding John Lewis」(2002)。ルイスが都市の名を織り込んで作曲したいくつかの曲を取ってアルバム・タイトルとしている「MJQ」カバーアルバム。このアルバム、「美脚ジャケ」にあげてもいいかもしれませんね。

ミラノ、パリ、ニューヨーク(紙)

サー・ローランド・ハナ・トリオ / ヴィーナス・レコード



その中の「Skating in Central Park」がとてもチャーミングであるが、YOUTUBEにアップされていないので、エレガントで抒情性豊かな演奏のハナ自身の作曲になる「Portrait Of John Lewis」を ・・・。

「Sir Roland Hanna Trio - Portrait Of John Lewis」  Sir Roland Hanna (p)、George Mraz (b)、Lewis Nash (ds)

          
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by knakano0311 | 2013-01-27 08:51 | 炭焼き小屋から | Trackback | Comments(2)

爺さんたちは柴刈りに ・・・

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いつもどおりの山遊び。今日の作業は、この週末から始まる第二回目の炭焼きに必要欠かせないバイタ(柴を束ねたもの)づくり。窯木を採った残りの細い枝や雑木を束ねて作るのである。

まず、いつものように山頂まで登る。深々とした落ち葉の絨毯を踏みしめながら登る。このうえもなくよく晴れた青空。気温は2.5℃であるが、ぽかぽかと太陽が体を暖めてくれる。すぐに汗ばんでくるほどである。姿は見えないが、耳を澄ませば、この山に多く生息している「コゲラ(小啄木鳥)」か、「アオゲラ(緑啄木鳥)」であろう、「コン、コン、コン ・・・」とリズミカルに樹をつつく音が響いている。

そして、登る山道の傍らには、「コウヤボウキ(高野箒)」の種子がタンポポのように ・・・。花が咲くのは秋、今は枯れてはいるが、その長い冠毛が陽光に光る様は、枯れてもなお、意外と美しいのである。「コウヤボウキ」の名は、高野山で「コウヤボウキ」の茎を束ねて箒を作ったことに由来するという。

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そして、落葉樹がすべて葉を落とした林の中で、一際目立つのは「ヤマコウバシ/山香ばし」。葉を揉むと芳香があるため、この名がついたらしいが、この木はなんといっても、冬になっても葉を落とさない事である。「落ちない」ことから、「受験生のお守り」ともされる由縁である。黄褐色に紅葉し、葉の一部は落とすものの、ほとんどの葉は枝に付いたままで冬越しする。だから夏の間はその存在がほとんど目立たないが、この季節になると目立つので、すぐわかるのである。これを、したたかとみるか、しがみついているとみるか、見方は分かれるが、我々爺さんたちは、わが身に重ねて見ているのである。

山頂から下り、クヌギ林でせっせとバイタ(柴)作りに励む。75歳を筆頭とする爺さんたちは今年もバイタリティにあふれ、したたかで、粘り強く、しかも陽気で元気である。

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「お久しぶりピアノ・トリオ」は、イタリアの最高齢ピアニストだという「レナート・セラーニ/Renato Sellani」率いる「レナート・セラーニ・トリオ/Renato Sellani Trio」。この爺さん、1927年生まれというから、御年85歳という勘定になる。まさに、「ご長寿ピアニスト」の一人である。古くは、何と「チェット・ベイカー/Chet Baker (tp)」や「リー・コニッツ/Lee Konitz (as)」などのメンバーとして演奏したこともあり、半世紀以上にわたり、イタリア・ジャズ界のトップ・ピアニストとして活躍してきた巨匠だという。イタリア・ジャズ界にとっては、生き証人というか、生ける化石というかまさに「ジャズ御大」であった。そのお方が何を血迷ったのか(失礼)、2008年にトリオ結成25周年を迎えて、突如81歳で日本デビューしたのである。そのアルバムが、「マイ・フーリッシュ・ハート/My Foolish Heart」と、翌年、順を追ってリリースされましたが、同日録音(何という精力!)された「オー・ソレ・ミオ/O Sole Mio」。最初がスダンダード集、2作目がカンツォーネ集。レコード会社は、「ヴィーナス・レコード」。どちらも「エロ・ジャケ」ときた。まんまと「ヴィーナス・レコード」の術策に嵌り、哀れ爺さんは「ジャケ買い」に走ったのでした。

しかし、このセラーニ翁、「イントロの魔術師」と呼ばれているらしいが、「生ける化石」なんていう言葉とは程遠く、色気、艶、パワー、テンション満々で鍵盤上を駆け巡る。恐るべし、「イタ爺い」 ・・・。ああ、あやかりたし、あやかりたし ・・・ 。

マイ・フーリッシュ・ハート

レナート・セラーニ・トリオ / ヴィーナス・レコード



オー・ソレ・ミオ

レナート・セラーニ・トリオ / ヴィーナスレコード



まっ、聴いてください。ラテンの名曲「Tres Parablas (三つの言葉)」をイントロに使った、この色気ムンムンの「ベサメ・ムーチョ」を ・・・・。

「Besame Mucho - Renato Sellani Trio」

          
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by knakano0311 | 2013-01-25 10:04 | 炭焼き小屋から | Trackback | Comments(0)

新春から子供たちと遊ぶ

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先週の週末は、炭焼きの合間を縫って、子供たちと遊ぶイベントが連日行われた。年初めから、週5日ペースでの山遊び。現役並みの忙しさであるが、自然の中で体を動かしているので、少しも疲れなどは気にならず、かえって夜はぐっすり眠れる有難さ。二日とも天気はまずまず、野外での食事も太陽の恵みを受け、心地よかった。

まずは、「里山親子探検隊」というイベントのお手伝い。親子で参加してもらい、この山で採集した色々なもの、例えば、色々の種類のどんぐり、その殻斗、イガ付きの栗、松ぼっくり、落ち葉、柿の実、ハンノキの実、椿の実の殻、竹の短冊 ・・・などを材料として、缶にいれ、「飾り炭」を焼く。そして椎茸のホダ木づくりをする。また、昔ながらの竈(かまど)で米を炊く。そんな体験をしてもらうイベントである。一見脆いと思われる材料でも、上手に焼けば、元の形を損なうことなく、綺麗な炭ができるのである。「ウスタビガ」の繭をいれた親子がいたが、見事に繭の原形をとどめた炭ができた。

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そして、あくる日は、公園で活動するボランティア団体、6団体が合同で行う「新春餅つき大会」。大人と子供を交えての数であるが、一般の参加者約40名、活動団体から約30名、70名を超える大人数で餅つきを楽しんだ一日。8臼、16kgほどの餅米を搗(つ)くのであるが、まず公園にある竈で蒸篭(せいろ)を使って蒸す。この竈で火を焚くというのが、一見楽そうに見えるが、結構難しいのである。火を熾すのは、団扇では上手くいかないので、これは「火吹き竹」にかぎるのである。子ども達も餅つきが珍しいのだろう、みんな杵を持ちたがり、餅を丸めるお手伝いをしてくれる。あんころ餅、きなこ餅、納豆を使うので関西独特とは思えないが、私は関西に来て初めて知った納豆とおろし大根に混ぜて食べる納豆おろし餅。そして関西定番の丸餅雑煮。始まった子供たちとの遊び。また今年も一年子供たちから笑顔をもらえる。

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「サラ・ガザレク/Sara Gazarek」というシンガーがいる。 大分前に二、三度ほど紹介した記憶があるが、デビュー盤、「ユアーズ」(2006)、第2作、「リターン・トゥ・ユー」(2007)で、ナチュラルでオーガニックな歌声が話題になった女性歌手である。(参照拙ブログ「「我が家の歳時記 ~梅雨の花菖蒲ドライブ~」」など) 

1982年、米国シアトル生まれ。女性ジャズ・シンガー。幼少時からジャズを始めとした芸術に触れて育つ。ハイスクールでジャズを学び、在学中の2000年には「リンカンーン・センター」で行なわれた「エリントン・ジャズ・フェス/the Essentially Ellington Competition」で第1回「エラ・フィッツジェルド賞/Ella Fitzgerald Charitable Foundation Vocal Soloist Award」を受賞したという実力派。同年、南カリフォルニア大学の「ソーントン音楽スクール」に進み、幾多のジャズ・アーティストたちとも共演し、プロデューサーに認められ、2006年にデビューを果たした。

ユアーズ

サラ・ガザレク ジョシュ・ネルソン エリク・カーテス マット・スローカムオーマガトキ


リターン・トゥ・ユー

サラ・ガザレク / オーマガトキ



自然体でシンプル、それでいてJAZZYな感性をも併せ持つオーガニックな歌声が「癒し系」と称される由縁であろう。リスペクトする「ブロッサム・ディアリー/Blossom Dearie」(2012)への想いを込めた最新アルバム、「花とミツバチ ~ブロッサムへ」がリリースされたことを見れば、彼女の音楽的立ち位置が窺える。

さて、その「サラ・ガザレク」が、「お久しぶりピアノ・トリオ」として取り上げた、私の贔屓のドイツのピアノ・トリオ、「トリオセンス/triosence」とコラボしたアルバムがある。第3作、「トリオセンス・ミーツ・サラ・ガザレク  ~ホエア・タイム・スタンズ・スティル/Where Time Stands Still (Triosence feat. Sara Gazarek)」(2010)。

サラのオーガニックな感性、「トリオセンス」の北欧JAZZに通ずる清冽さ、抒情性がお互いに共鳴したのであろう。見事な一枚になっている。グランド・キャニオンの岩にこちらに背を向けて座っている女性。ジャケットからもアルバムへの想像力が掻きたてられる。この写真、「トリオセンス」のピアニスト、「ベルンハルト・シューラー/Bernhard Schuler」の手になるものだという。

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ホエア・タイム・スタンズ・スティル

トリオセンス・ミーツ・サラ・ガザレク / オーマガトキ



今年も一年、また自然体で過ごしていきたい。そんな私の思いや願いを込めて、アルバム「Where Time Stands Still (時が立ち止っている場所で)」から、「Like the Wind」を ・・・ 。

「♪ それは風のようなもの
    目に見えないし、触れることもできないけど
      そこにあるのを感じるの
         ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・   ♪」

「triosence ft. Sara Gazarek - Like the Wind」

          


ちなみに今日、1月22日は「ジャズの日」である。東京都内の老舗ジャズクラブのオーナーらによる「JAZZ DAY実行委員会」が2001年から実施している。JAZZの"JA"が"January"(1月)の先頭2文字であり、"ZZ"が"22"に似ていることからだそうだ。


 
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by knakano0311 | 2013-01-22 10:28 | 炭焼き小屋から | Trackback | Comments(0)

60歳過ぎたら聴きたい歌(84) ~アンリ・サルヴァドール/こもれびの庭に~

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NHKBSプレミアム、1月17日(木)放映の「旅のチカラ」は、「“人生を歌う声”を求めて~石丸幹二 パリ~」。

ミュージカルを中心に20年以上にわたって活躍してきた石丸幹二、47歳。5年前、体調不良で1年間の活動休止を余儀なくされた。そのとき偶然耳にしたのが、今は亡きフランスの歌手、「アンリ・サルヴァドール/Henri Salvador」が、2000年82歳の時に出したアルバム「サルヴァドールからの手紙/Chambre Avec Vue (眺めのいい部屋)」。そこに収録されていたささやくような歌、「こもれびの庭に/Jardin d'Hiver (原題;冬の庭)」に、「これは人生を歌う声だ」と感激し、アンリの歌はどのようにして生まれ、アンリはどんな人生を歩んできたのか。その秘密を探るため、そしてこれからの自身の音楽への道標を見つけるために、パリへ向かう。

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もう音楽界から完全に引退していたアンリをどうやって歌の世界にカムバックさせたのかを語る女性プロデューサー。引退したアンリの日々の生活を語る2番目の妻。アンリをリスペクトし、「こもれびの庭に」をアンリに捧げたシンガー・ソングライター、「ケレン・アン/Keren Ann」の話 ・・・ 。ステージが近づいてくるにつれ、この歌をどう歌ったらいいのか悩む石丸。パリのとあるジャズ・バーで石丸が石丸自身の訳で、「こもれびの庭に」を歌う予定の旅の最終ステージに向かって、ストーリーは進んでいく。「自由にあるがままに歌ったらいいのだ」と悟った石丸は、アンリ所縁の人々が待つステージへとむかう。ステージの傍らには、アンリがお気に入りだった、あの白い帽子が置かれていた ・・・。 

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実は、「アンリ・サルヴァドール」は、私の数少ない男性ボーカルのお気に入りの一人で、何回かこのブログでも紹介している。(拙ブログ「「男唄に男が惚れて(5) ~バルー、サルバドール、セグンド 人生の達人たち~」」、「「サルバドールからの手紙」」など参照) この番組を見て、アンリの生涯や生活、最後のアルバム、「サルヴァドールからの手紙」がリリースされた経緯を知り、そして「こもれびの庭に」をあらためて聴き、この歌を「60歳過ぎたら聴きたい歌」にのせようと思った。

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以下、拙ブログから再掲しておきます。

「アンリ・サルヴァドール/Henri Salvador」。1917年南米フランス領ギアナ、カイエンヌ生まれ。パリで音楽活動を続け、レジオン・ド・ヌール勲章受賞、日本で言えば、三波春夫か北島三郎のような存在だという。2008年2月13日、動脈瘤破裂のためパリの自宅で死去。90歳。そのことを知らずに、ジャケットの「伊達男ぶり」に惚れて、ついCD「サルヴァドールからの手紙」を買ってしまったが、この「手紙」がまさに彼の遺書となってしまった。

このアルバムが日本で発売された2001年時点で、彼は当時84歳だというからおどろきである。すべて未発表曲13曲で構成されているが、「ボクは昨日生まれ、今日生き、明日死ぬ」というポリネシアのことわざを大事に守って84年間生きてきた彼の一つの到達点、境地を示している。そのことは、「こもれびの庭に」、「眺めのいい部屋」、「人生という名の旅」、「毎日が日曜日」、「生きてるだけじゃ駄目なんだ」・・・・などの収録された曲のタイトルをみても強く感じることが出来る。私はフランス語は分からないので、訳詩に頼るしかその意味は理解できないのだが、一度聴いたら忘れがたい、深くて、渋い「男」の声によって語られる「人生の物語」である。

サルヴァドールからの手紙

アンリ・サルヴァドール / EMIミュージック・ジャパン



Chambre Avec Vue

Henri Salvador / EMI France



妻に先立たれた老年の男の心象風景を囁くように語る ・・・・。 「アンリ・サルヴァドール」は、パリ郊外、「ペール・ラシェーズ墓地」に、30年以上昔に亡くなった最初の妻のジャクリーヌといっしょに眠っている。「エディット・ピアフ/Edith Piaf」の墓の隣だという。 


【 Jardin d'hiver こもれびの庭 】           
              Henri Salvador/ Keren Ann    アンリ・サルヴァドール/ケレン・アン

「♪ Je voudrais du soleil vert     緑色の太陽に
   Des dentelles et des théières  レースに、ティーポットに
   Des photos de bord de mer   海辺の写真が欲しい
   Dans mon jardin d'hiver     僕の冬の庭に

   Je voudrais de la lumière      光が欲しい
   Comme en Nouvelle Angleterre ニュー・イングランドのような
   Je veux changer d'atmosphère  気分を変えたい
   Dans mon jardin d'hiver       僕の冬の庭の

   Ta robe à fleurs sous          君の花柄のドレス
   la pluie de novembre          11月の雨の中
   Mes mains qui courent,         僕の手は求め
   je n'en peux plus de t'attendre   もう君を待ちきれない
   Les années passent,           歳月は過ぎ、
   qu'il est loin l'âge tendre        子供時代はもう遠い昔
   Nul ne peut nous entendre     誰も僕たちの願いを聞いてはくれない

   Je voudrais du Fred Astaire     フレッド・アステアが懐かしい
   Revoir un Latécoère          ラテコエールにまた逢いたい
   Je voudrais toujours te plaire   僕は今でも君に好かれていたい
   Dans mon jardin d'hiver       僕の冬の庭で

   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・       ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  ♪」  
                                  (訳;梅原英正 ライナーノーツより)

    注)日本盤はポルトガル語によるブラジリアン・バージョン


「Henri Salvador - Jardin d'Hiver(こもれびの庭に)」

          

 
 
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by knakano0311 | 2013-01-19 15:58 | 60歳過ぎたら聴きたい歌 | Trackback | Comments(0)

私の「大島渚」歴

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映画「戦場のメリークリスマス」、「愛のコリーダ」などを手掛けた映画監督の「大島渚(おおしま・なぎさ)」氏が15日、午後3時25分、肺炎のため神奈川県藤沢市の病院で死去した。80歳だった。

1954年、京都大学法学部卒業後 松竹大船撮影所に助監督として入社。1959年「愛と希望の街」で監督デビュー。第2作の1960年「青春残酷物語」で注目を集め、自身の学生運動を投影させた1960年「日本の夜と霧」などで松竹ヌーベルバーグの旗手と呼ばれた。「日本の夜と霧」(1960〉の上映打切り間題をきっかけに、松竹を退社した。(各紙より)

この映画を見たのは、高校一年生の時の名画観賞会での再上映。安保闘争、学生運動を描いた作品であったが、映画の中で飛びかう左翼的用語に面喰い、正直に言って、何のことやら、さっぱりわからなかった。

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その次に見たのは、「忍者武芸帳」(1967年)、大学生の時である。「ガロ」の創刊号から「カムイ伝」を最終回まで買って読むほどの「白土三平」ファンであった私は、当然見に行った。原画を撮ってストーリーをつなげていくという実験的な映画であったが、仙台にあったアートシアター系の劇場で見た記憶がある。彼の映画では、一番印象に残っている映画である。参考までにYOUTUBEにアップされている予告編をあげておきます。「忍者武芸帳 予告編」

忍者武芸帳 [DVD]

紀伊國屋書店



そして、一躍国際的な名声を得た、「愛のコリーダ」(1976年)。日本初のハードコアであり、いわゆる「阿部定」事件に基づいたストーリーは世界に大きなセンセーションを呼んだ。当時30歳、そちらの期待もあって(ほとんどそっちだったが)見に行ったのだ。「クインシー・ジョーンズ/Quincy Jones」の曲に、「愛のコリーダ」という曲がある。「Ai No Corrida、Ai No Corrida ・・・ 」と繰り返し叫ぶディスコの定番のような曲であるが、これは、映画「愛のコリーダ」とは直接には何の関係なく、ジョーンズがこの映画にインスパイアされて作ったものだという。

愛のコリーダ

クインシー・ジョーンズ / ユニバーサル ミュージック クラシック



「Quincy Jones - Ai No Corrida/愛のコリーダ」

          

そして「愛の亡霊」(1978年)の後は、1983年の「戦場のメリークリスマス」、さらに病に倒れ、カムバック後の1999年「御法度」まで大きく時間を空けてしまうのである。ストーリーすら全く分からなかった高校生の時の「日本の夜と霧」。その後の自分の成長につれて彼の作品が分かるようになっていった。

「新藤兼人」、「若松孝二」、そして「大島渚」。 「反骨」と呼ばれた監督たちが相次いで亡くなっていく。映画「独立愚連隊」に主演した、個性派俳優、「佐藤允(さとう・まこと)」も鬼籍へと ・・・・。

「おおしま なぎさ」で検索すると、モデルだか女優だかの記事が出てくる。むしろ、そちらの方が多いのかもしれない。もう、そんな時代なのだ。

「反骨」、「反逆」、「暴力」、「性」、「タブーへの挑戦」 ・・・。 映画の中で具現化した「大島渚」。昭和の残滓を引きずってはいたが、一つの時代はもう終わったのだと強く感じる。しかし、映画人としての才能を「北野武(ビートたけし)」に才能を見い出し、カンヌへと導いていった功績も忘れてはならない。


「坂本龍一 - Merry Christmas,Mr Lawrence」

          


合掌 ・・・・・。
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by knakano0311 | 2013-01-18 10:05 | 訃報を聞いて | Trackback | Comments(0)

炭焼き四日目 ~後は天にまかせなしゃあない~

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炭焼きも四日目である。公園事務所の前に植えられている蕾が大きく膨らんだ「ミツマタ(三叉)」を見ながら窯へと向かう。この木は古くから和紙の原料として有名であるが、早春に外側が白色で内側が黄色の可憐な花が咲く。この公園で一番最初に咲く花でもある。

今日の作業は「くどさし」。「竈(くど)」とは、「竈(かまど)」のうち、その後部に位置する煙の排出部を意味する言葉だという。そして、「さし」とは「鎖し」、閉ざすことを意味するらしく、すなわち「くどさし」とは、窯の排煙口を閉鎖し、空気を遮断することによって、燃焼を止めることである。

この工程は、炭焼きの中でもかなり重要な作業で、このタイミングが早すぎれば、生焼けの炭ができ、遅すぎれば灰になってしまうのである。そのタイミングを決めるため、朝からほぼ1時間ごとに排煙口の温度を計測し、マッチの点火時間を測定する。炭焼き二日目の燃焼が十分に足らなかったためか、なかなか窯内の温度が上がらず、燃焼が進んでいないと推測されるので、「くどさし」の判断が出来ない。開口を全開にし、どうにか、日暮れまでには完了したいと皆にやや焦りの色が濃くなる。

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そして、15時30分、排煙口の温度は300℃を大幅に超え、マッチの点火時間も申し分ない結果が得られた。「くどさし実施」の判断である。排煙口を石板で蓋をし、土で覆う。そして、窯口も土で覆って埋め、完全に空気を遮断する。これで「くどさし」完了。さあ、どういう炭が焼けるのか? 人事は尽くしたのである。賽は投げられたのであるから、ここからは「運を天に任さなしゃあない」ということである。例年初回の炭焼きは、窯が冷えていることもあって、出来がよくない。さて、11日後の窯出しが楽しみである。

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今宵の「お久しぶりピアノ」は、炭焼き成功を願い、ぐっと甘くくだけたところで、「ジョン・ディ・マルティーノ/John Di Martino」率いる「ロマンティック・ジャズ・トリオ/John Di Martino's Romantic Jazz Trio」。「ロマンティック・ジャズ・トリオ」とはベタなバンド名にしたものである。しかし、名前の通りと言っていい演奏ぶり。妙な癖があるわけでもなく、普通に聴けるジャズピアノ。しかし、エバンスやジャレットのような耽美派という訳でもなく、北欧ピアノのような透明感にあふれているわけでもない。またグルーヴ感に体が動かされるといったアメリカンなピアノでもない。彼は、ニューヨークで活躍するアメリカ人ピアニストであるが、出自はイタリアであろう。だから、DNAが持つイタリア男のラテンの情熱にあふれるといえばいいだろうか。ちょっと前に紹介した「ステファーノ・ボラーニ/Stefano Bollani」とも共通する「イタリアン・ジャズ?」と言えるかもしれない。

そんな「ジョン・ディ・マルティーノ」のピアノにエロ・ジャケをまとわせて、ヴィーナス・レコードがアルバムをリリースしている。お馴染みの曲が多いのだが、ジャケットは別としても、これはこれでマルティーノの個性として、理屈抜きで曲を楽しむアルバム。

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ソー・イン・ラブ

ロマンテック・ジャズ・トリオ / ヴィーナスレコード



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甘き調べ

ロマンテック・ジャズ・トリオ / ヴィーナスレコード



そんな「イタリアン・ジャズ?」の本領発揮のアルバムが、「モリエンド・カフェ」。残念ながら期待するほどのエロ・ジャケではないが、おなじみラテンの曲が満載。なかでも「マイアミ・ビーチ・ルンバ/Miami Beach Rumba」がお気に入り。

モリエンド・カフェ

ロマンテック・ジャズ・トリオ / ヴィーナスレコード



「John Di Martino's Romantic Jazz Trio - Miami Beach Rumba」

          
 
 

 

 
 
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by knakano0311 | 2013-01-16 11:09 | 炭焼き小屋から | Trackback | Comments(0)

待ちに待った炭焼きの三日目は ・・・

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首都圏は大変な雪とのニュース。我が地方は大雨、所によっては大雪という天気予報であったが、朝起きてみると、冷たい雨が結構激しく降っている。そして寒い。

朝食もそこそこに恐る恐る山へと向かう。焚き始めた炭窯はもう止めるわけにはいかないのだ。みぞれ混じりの雨であったが、積雪も凍結もなく、何とか到着できた。京都方面から来た仲間は、道路がシャーベット状になっており、怖かったらしい。向かいの山の頂上付近は冠雪しており、雪と雨のラインがくっきり分かれているのが分かる。

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さて、三日目。今日の炭焼き作業は、窯内の温度や状態を推定し、明日の「くどさし」と呼ばれる空気を遮断して、これ以上の燃焼が進まないようにする重要なタイミングをコントロールための作業を行う。我々はプロではないので窯につきっきりという訳にはいかない。できれば明日の昼ごろに「くどさし」の作業を終えたいのである。そのため、窯口や排煙口の温度を1時間おきに測り、煙の出かたや色を観察し、また木酢液の溜まり具合などから、どのくらい熱分解=燃焼が進行しているかを推定する。みんなの意見からすると、燃焼の進行がかんばしくないようである。午後4時、空気調節口を全開にすることを決め、明朝の窯の状態を見てから、「くどさし」の時間を決定することとした。作業を終え、山を下る頃には、雨もすっかりやみ、雲を通して薄日もさしこみ、ダム湖の湖面に映える光景がこよなく美しかった。

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さて、今宵も「ティングヴァル・トリオ/Tingvall Trio」をお聴きいただきましょうか。

前回とおなじアルバム「Norr」から「Bachibas」を ・・・。
「Bachibas - Tingvall Trio」

          
 
 



 
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by knakano0311 | 2013-01-15 17:10 | 炭焼き小屋から | Trackback | Comments(0)

待ちに待った炭焼きの二日目

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二日目 ・・・。ただひたすらに火を燃やす一日である。例年、約8時間ぐらい燃やす。

朝9時に集合。古式の則り、火打石による点火からこの日の作業が始まる。今回は先達の方に点火を行ってもらったが、実は私はその先達から教えてもらい、「マイ火打石」を持っているのである。次回ぐらいからは私がやってみようかとも思っている。(拙ブログ「火打石で火をおこす」参照) 

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そこでも述べたように、日本における「火打石」の歴史は古く、「古事記」において、「倭建命(やまとたけるのみこと)」が叔母の「倭媛(やまとひめ)」から授かった袋に入った火打道具を用いて、富士の裾野で襲い来る敵から難を逃れた話がよく知られ、また「養老律令軍防令」においては、兵士50人ごとに「火鑽(ひうち)」1具と「熟艾(やいぐさ)」と呼ばれるモグサなどで作った火口1斤の携帯を義務付けたという記述があるという。

炭を作る原理は単純で、「木-煙=炭」が基本である。従がって、木から水蒸気、セルロースなどを熱を加え、煙として取り除けば、炭ができるという理屈である。だから、いったん火をつけたら、あとは窯内の温度を、窯木が自然に熱分解を起こす温度の600度程度に上がるまで、ただひたすらに火を燃やす。窯木を燃やして炭を作るわけではないのである。窯内がその温度に達したかどうかは、窯内の温度を測ることができないので、煙突や窯口から吹き出す煙の色、窯口の炎の状態、温度などで判断するのである。

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600度程度に窯内の温度が上がったと判断したら、空気を供給する空気調節口のみを残して、薪の供給を断ち、窯口をレンガと粘土で遮蔽する。これで窯木は、窯内の温度で熱分解が進行する、いわば蒸し焼き状態となり、熱分解をさらに進行させて、完全に炭素部分のみが残り、炭へと至るのである。窯口で火を焚くのが約8時間程度の比べ、蒸し焼き状態にしておくのが、約1日半」、36時間であるから、窯木を燃やして炭を作るのではないということが理解していただけよう。窯口の熱い温度に耐えながら、レンガを積み、粘土で固めていく。まさに「3K作業」である。これでこの日の炭焼き作業は完了。

作業の合間を縫って一般の体験参加者に山の手入れや里山、クヌギ再生林などについて説明するために、自然観察路を歩いていたら、もう「コブシ(辛夷)」の花の蕾が大きく膨らんでいるのに気がついた。今年は、少し開花が早そうである。

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今宵の「お久しぶりピアノ・トリオ」は、「ティングヴァル・トリオ/Tingvall Trio」。2003年にスウェーデンのピアニスト、「マーティン・ティングヴァル/Martin Tingvall」を中心に、キューバ出身のベーシスト、「オマール・ロドリゲス/Omar Rodringuez」、ドイツ出身のドラム、「ユルゲン・シュピーゲル/Jurgen Spiegel」によって結成されたピアノ・トリオ。2006年のデビュー盤、「Skagerrak」は、日本でも話題になったという。

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私が初めて聴いたこのトリオのアルバムは、「Norr」。スウェーデン語で「北、north」という意味でしょうか。このCDの輸入販売元「disk union」の神戸・栄町にあるアンテナ・ショップ、「disques dessinee / ディスク・デシネ」で奨められ、白夜と思われるそのジャケットに何回か仕事で訪れたスウェーデンを思い出したからである。一日中沈まない太陽。地平線近くをゆっくりと横切っていく。そんな幻想的な風景をそのジャケットに思い出した。

Norr

Tingvall Trio / Skip



タイトル曲から、「Norr」。 「Tingvall Trio - Norr」

          
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by knakano0311 | 2013-01-14 17:54 | 炭焼き小屋から | Trackback(1) | Comments(0)