大屋地爵士のJAZZYな生活

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多太(たぶと)神社へ

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天気がいいと歩きたくなる。最寄駅から一駅先のスーパーまで歩いて買い物に出かける。私が住んでいる団地が開発されるまえからの地道でを下っていく。並行はしているが、国道からすこし離れているので、一体どこの山の中かと思われるような道である。咲き始めた桜の木の脇には、お地蔵さんが祀られている。

途中寄り道をしたのは、「多太(たぶと)神社」。「延喜式神名帳」に、『摂津国川辺郡 多太神社』とある式内社である。正式には、「ただ」であるが、1.5kmほどの近くにある清和源氏の祖、「源満仲(920頃~997)」が創建した「多田(ただ)神社(970創建)」と呼称が同じため、地元では「たぶと」と呼んで区別している。祭神は、「日本武尊(ヤマトタケルノミコト)」、「大鷦鷯尊(オオサザキノミコト=仁徳天皇)、「伊弉諾尊(イザナギノミコト)」、伊弉冉尊(イザナミノミコト)」の四神というが詳細は分からないという。

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鬱蒼とした鎮守の森には、アカマツ(赤松)・コナラ(小楢)・ツブラジイ(円椎)・ヒノキ(檜)・「スギ(杉)」などが広がり、野鳥や色々な昆虫の楽園となているようだ。森林整備や遊歩道の設置、樹木銘板も取り付けなど、その保全も地元住民を含めたボランティア団体が活動を行っている。

しばし境内を散策して抜けると、道の傍らには、地元の住民たちが古くから大切にお祀りしていると思われる立派な地蔵堂があった。関西は仏教への信仰の厚い地域、時折古い街道筋や村の境に、ひょこっとこんな地蔵堂を見かけることがある。

さて今宵は、「ジョン・ピザレリ/John Pizzarelli」。「ビートルズ/The Beatles」のカバー・アルバムを聴いてみたくなりました。

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「ジョン・ピザレリ」。1960年、アメリカ・ニュージャージー州生まれ。父親は名ギタリストの「バッキー・ピザレリ/Bucky Pizzarelli」。7弦ジャズギターの名手です。6歳の時にバンジョーを習い始め、10歳からギターに転向。デビューは1979年の父親との共演アルバム、「2 x 7 = Pizzarelli」(二人x7弦ギター=ピザレリ)。「ナット・キング・コール/Nat King Cole」の音楽に影響を受け、本格的にジャズの世界へ。自らのトリオもコールと同じピアノ、ギター、ベースのドラムレス・トリオである。ギター奏者としても一流であるが、イケメンでボーカルの人気も高い。

ジャズ・ヴォーカリスト&ギタリストの「ジョン・ピザレリ」が、ビートルズ・ナンバーをビッグ・バンド・ジャズのアレンジで、スウィンギーに歌っているアルバム。歌もギターもとにかく粋で、軽快でオシャレな作品。

ミーツ・ザ・ビートルズ

ジョン・ピザレリ / BMG JAPAN



おなじみの曲を4曲続けて。

「John Pizzarelli - Can't Buy Me Love」

          

「John Pizzarelli_Here Comes the Sun」

          

「John Pizzarelli - Get back」

          

「Things We Said Today」

          
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by knakano0311 | 2015-03-31 23:37 | 地域の中で・・・ | Trackback | Comments(0)

ご近所の桜と三ツ矢サイダー発祥の地

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日本の多くの住宅街や郷がそうであるように、私の住む団地も桜が多く植えられている。この住宅団地が開発されてたのが昭和40年代。それから40数年経つのだから、その頃植えられた多くの桜が大きくなり、枝ぶりも見事に育っている。だから花見の場所にはことかかない。ご近所の高台に咲き始めた桜が、今年も我が団地を見守っている。

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今日のウォーキング、桜を見てから、「三ツ矢サイダー」発祥の地まで足を延ばす。川西市平野は、明治時代に、日本最初の飲料水工場を経営した「三ツ矢サイダー」発祥の地。この平野の炭酸泉を発見したのは、清和源氏の祖、「源満仲」(912~997)と伝えられていて、満仲が築城適地を求めて住吉大社に祈念したところ、鏑矢を放って求めよとの神託が得られた。そうして得られたのが、この平野の土地であり、「満ツ矢」転じて「三ツ矢」となったという。

その後、明治時代に「平野水」として販売された「三ツ矢サイダー」は、宮内省から東宮殿下の御料品に指定され、明治45年(1912)には、「御料品製造所」が建設された。この御料品製造所を改修し、開館されたのが「三ツ矢記念館」。残念なことに現在は閉館されていて、入ることができないが、かっては、当時のいろいろな資料が展示されていた。また、かつて炭酸ガスの製造に使われた「三ツ矢塔」(写真)も復元され、それは国道からもよく見える。

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さて、今宵のアルバム。ちょっと変わったところで、選んだのはイタリア出身のジャズ・トランペッター、「エンリコ・ラバ/Enrico Rava」と、同じくイタリア出身のジャズ・ピアニスト、「ステファーノ・ボラーニ/Stefano Bollani」のデュオ・アルバム、「The Third Man」(2007)。もう50年近く前から活躍し、多くのアルバムをリリースしている「エンリコ・ラバ」 の名前は知っていたが、なぜか聴くチャンスがなく、この一枚にとどまっている。

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「エンリコ・ラバ」。1943年生まれ、イタリア、トリエステ出身のジャズ・トランペッター。元々は、トロンボーン奏者であったが、「マイルス・ディヴィス/Miles Davis」や「チェット・ベイカー/Chet Baker」の影響を強く受け、トランペットに転向したという。1960年代の中頃、「ガトー・バルビエリ/Gato Barbieri」のバンド・メンバーを経て、NYへ移る。その後、多くのビ・バップのジャズ・メンとのセッションを積み重ねた。1970、80年代には、「パット・メセニー/Pat Metheny」、「ミロスラフ・ビトウス/Miroslav Vitouš」、「ギル・エヴァンス/Gil Evans」、「セシル・テイラー/Cecil Taylor」などバップ、モード、フリー、エレクトリックなどの幅広い分野で活躍している。

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一方の「ステファノ・ボラーニ」。イタリアのジャズ界の巨匠、かつ師匠でもある「エンリコ・ラヴァ」に見出され、彼をして、「まさしくピアノの詩人」と言わさせしめたイタリア出身の人気ジャズ・ピアニスト。1972年、ミラノ生まれというからまだ40歳そこそこ。もともと歌手になることを夢見てピアノを始めたというが、プロ・デビューはなんと若干15歳というから早熟。「恋唄」やバラードのプレイには、隠せないラテンの気質が随所に表れるような気がする。(参照拙ブログ「丹波篠山街歩き」

そしてアルバム「The Third Man」。美しくも、フリー・ジャズを思わせるような自由でリリカルなプレイ。ジョビンの曲とラヴァ、ボラーニのオリジナル曲とで南米とイタリア、伝統と現代を巧みに織り交ぜる世界観を綴る。ECMらしい澄んだサウンドが素晴らしい。

Third Man (Ocrd)

Enrico Rava / Ecm Records



ブラジル生まれのマルチ・ミュージシャン、「モアシル・サントス/Moacir Santos」(動画冒頭の写真)の「Felipe」。

「Enrico Rava & Stefano Bollani - FELIPE」

          

「アントニオ・カルロス・ジョビン/Antonio Carlos Jobim」と「シコ・ブアルキ/Chico Buarque」の手になる名曲「白と黒のポートレート/Retrato em Branco e Preto」。

「Enrico Rava & Stefano Bollani - RETRATO EM BRANCO E PRETO」

          
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by knakano0311 | 2015-03-30 10:00 | 地域の中で・・・ | Trackback | Comments(0)

すっかり春めいた遊びの山で   

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法事や雨で3週間ぶりの遊びの山。海抜350mのなんてことのない山であるが、久しぶりのため、頂上までの登りが結構きつく感じられる。グループ・メンバーの最年長は、最近喜寿を迎えた77歳、まだまだお元気。負けてはいられません。山の様子を確かめながら、ゆっくりと登る。

「ウグイスカグラ(鶯神楽)」が、淡いピンク色で先端が開いたラッパ状の小さな花を咲かせている。「ダンコウバイ(檀香梅)」は、かなり膨らんではきているが、まだ蕾。もう一息である。あちらこちら山一面に漂うのは、「ヒサカキ(柃、非榊)」の匂い。小さな花が密集して咲くが、その匂いたるや強烈である。「コバノミツバツツジ(小葉の三葉躑躅)」や「クロモジ(黒文字)」のつぼみも大きく膨らんでいる。

山作業を終えて、下山したら、誕生月を祝う「ご長寿祈念ティー・パーティ」。健康で元気に遊べる喜びをみんなで分かち合う。

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さて、今宵のホーン、「エリック・アレキサンダー/Eric Alexander」。1968年、米国イリノイ州生まれ。6歳でピアノのレッスンを開始、クラリネット、アルトサックスを経て、高校卒業後にテナーサックスを始める。1991年に「セロニアス・モンク・ジャズ・コンペティション」で銀賞を獲得し、翌年N.Y.に移り発表した初リーダー・アルバム「Straight Up」で一躍注目を集める。以降、中堅実力派として第一線で活躍し続け、現在まで約80枚ものレコーディングを残す一方で積極的にツアーを行ない、「世界で最も多忙なジャズ・テナーサックス奏者」とも言われているという。(Wikipedia等参照)

「エリック・アレキサンダー」は、テナー・プレーヤー界の「バラッドの帝王」だそうだ。ホーン・カルテットによるバラッドの醍醐味を味わえるアルバムは、「ヴィーナス・レコード」得意のエロジャケで2作がリリース。「ジェントル・バラッズ/Gentle Ballads」(2004)、「ジェントル・バラッズⅡ」(2006)。

ジェントル・バラッズ

エリック・アレキサンダー・カルテット / ヴィーナスレコード



ジェントル・バラッズ2

エリック・アレキサンダー・カルテット / ヴィーナスレコード



「Eric Alexander - Here's To Life」

          

「Eric Alexander Quartet - Left Alone」

          

よりストレート・アヘッドな演奏がお好きでしたら、「ニューヨークの休日/Sunday In New York」(2005)でしょうか。

ニューヨークの休日

エリック・アレキサンダー・カルテット / ヴィーナス・レコード



「Eric Alexander Quartet - Sunday In New York」

          
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by knakano0311 | 2015-03-29 17:18 | 炭焼き小屋から | Trackback | Comments(0)

久しぶりの快晴で森の手入れもはかどる

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このところ、森の手入れの定例作業日である木曜日がいつも雨模様。おまけに私の法事などが重なって、3週間ぶりの遊びの山である。すっかり暖かくなって、平日だというのに駐車場は結構埋まっている。家族連れ、デイ・サービスのお年寄り、幼稚園・保育園の園児。こんな光景が、やはり公園には似合っている。この山に群生して自生する「エドヒガン(江戸彼岸)」桜も開花の季節を迎え、あと1週間くらいもすれば、まさしく「天空のソナタ」となる。

さて、森の手入れ。林の中に、「ウワミズザクラ(上溝桜)」の古木と、「ヤマザクラ(山桜)」とがある。今年の開花時期に間に合うようにと、去年から、「ツル(蔓)」、「イバラ(茨、棘、荊)」、雑木などを伐採し、自然観察路からよく見えるようにと周辺整備を続けてきた。本日は久々の全員集合。森の手入れはやはり人手。それが大幅に捗ったため、「ウワミズザクラ」の周りは見違えるようになった。この山では最後に開花する桜ではあるが、その開花が待ち遠しい。

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すっかり日当たりが良くなった斜面には、「タチツボスミレ(立坪菫)」が顔を出し、あちこちに可憐な花をつけている。これを見ても、我々の活動の効果が実感できる。一休みして見上げたら、けもの道を十数頭の鹿が駆け抜けていった。

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さて、今宵は「エグベルト・ジスモンチ/Egberto Gismonti」。1947年生まれ。ブラジルが誇る世界的なギタリスト&ピアニスト等のマルチ楽器奏者、作曲家・編曲家、音楽プロデューサーである。リオ・デ・ジャネイロで、レバノン人の父とイタリア人の母の間に生まれ、生粋の音楽一家に育った。5才にしてリオの音楽学院に入学、ピアノ、フルートなどを学び、10歳の時には、独学でギターを始め、後の10弦、12弦、14弦の多弦ギター奏法につながってゆく。1967年に奨学金を得てウィーンに留学し、その後、フランス、イタリアで音楽活動をしたが、自分の音楽の本質はブラジルにあると悟り、帰国。祖国ブラジルの様々な音楽的伝統を研究し、1969年にファースト・アルバム「Egberto Gismonti」をリリース、フォルクローレ、クラシックとジャンルを超えた分野で高い評価を受けた。ジスモンチはアマゾンのフォクルローレの研究に没頭するようになり、1977年には、現地の人と生活を共にすため、2年間アマゾンのジャングルに入り込んで、インディオたちと交流し、音楽の啓示をうけたという。

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6弦、10弦、12弦、14弦の異なる多弦ギターを駆使するその天才的なギター・テクニック。ピアノ、オルガン、シンセサイザー、管楽器など様々な楽器を自由自在に操るマルチ・ミュージシャンの才能が、演奏家として、世界中の音楽家たちからも注目を集め、また優れた作曲家としても認められ、活躍を続けている。

アマゾンで原住民と共に生活し、音楽の啓示を受けた直後、ジスモンチが自身のルーツとジャズを独特の手法で融合させたアルバムが、「輝く陽/Sol Do Meio Dia」 (1978年ECM)。ジスモンチの音は、深い精神性と、野生性、そして大自然が持つ雄大さを持ち合わせており、満天の星空に煌く星々が生み出すような音色、大地から湧き上がるような躍動感溢れるリズム、豊かな感性、一音一音に注がれる彼の熱い音楽への情熱は魂の奥深くに響き渡る。 ジャンルの壁を超えた創造的でユニークな一枚。ジャケットの見開きには、こんな彼自身のコメントが書かれている。

「・・・ The sound of the jungle,its color and mysteries;the sun,the moon,the rain and the winds;the river and the fish;the sky and the birds,but most of all the integration of musician,music and instrument into an undevided whole.  (密林が奏でる音、その色彩と神秘さ;太陽、月、雨と風、川と魚、空と鳥達。そのすべては、ちょうど音楽家、音楽と楽器とが分けることが出来ないのと同じように、渾然一体となっている)」
(参照拙ブログ「60歳をとうに過ぎて・・・」「冬の一日に水鳥を眺める ・・・」

輝く陽

エグベルト・ジスモンチ / ポリドール



フル・アルバムがアップされていました。

「Egberto Gismonti - Sol do Meio Dia 【Full Album】 」

          
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by knakano0311 | 2015-03-29 17:06 | 炭焼き小屋から | Trackback | Comments(0)

路傍の花、樹々の鳥(65) ~ 続・いま満開の花は ~

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ウォーキングの道筋に満開の花は、「ミモザ」。「ミモザ」の名で呼ばれることが多いようであるが、正式には、「房(ふさ)アカシア」あるいは「銀葉(ぎんよう)アカシア」というらしい。この「アカシア」と名のつく樹はややこしく、そうロマンチックではないようである。(参照拙ブログ「アカシアの雨に ・・・ ~ ロマンチックなとまどい ~」

この「ミモザ」を見た妻が、母親がゆで卵の黄身を裏ごしして、トマトの上にふりかけ、よく「ミモザサラダ」を作っていたと懐かしんだ。

ちょっと足を延ばしてみると、いつものように猪名川河岸に自生する「エドヒガン(江戸彼岸)」桜が、咲き始めていた。

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さて、今宵料理にちなんだタイトルを持つアルバム、「サウス・アメリカン・クッキン/South American Cookin’」(1961年録音)を引っ張り出してきた。演奏は、「ズート・シムズ/Zoot Sims (ts)」、「トミー・フラナガン/Tommy Flanagan (p)」他が参加したトロンボーンの名手、「カーティス・フラー/Curtis Fuller」のクインテット。名盤「ブルース・エットBlues-ette」(1959)に吹き込まれた、「ファイヴ・スポット・アフターダーク/Five Spot After Dark」が超有名ですね。

「カーティス・フラー」は、1934年生まれ。ミシガン州デトロイト出身のモダン・ジャズのトロンボーン奏者。まだ御存命なんですね。御年80歳。幼少の頃に両親と死に別れ、孤児だったフラーは、デトロイトの学校で「ポール・チェンバース/Paul Chambers (b)」、「ドナルド・バード/Donald Byrd (tp)」と知り合う。2年間ほど軍隊に在籍した後、「ユセフ・ラティーフ/Yusef Lateef (ts,fl)」のバンドを皮切りに音楽活動を始めた。1957年にニューヨークへ行き、「プレスティッジ・レコード」に初リーダーアルバムを録音した後、「ブルーノート・レコード」でも活躍した。特に「ジョン・コルトレーン/John Coltrane (ts)」のアルバム、「ブルー・トレイン/Blue Train」は、「リー・モーガン/Lee Morgan (tp)」と共に3管の一人として参加、一躍名を馳せた。

「サウス・アメリカン・クッキン」は、彼が初めてのブラジル・ツアー終了後に吹き込んだアルバム。軽やかで、ラテンの遊び心を発揮して、楽しさいっぱいの演奏を繰り広げる。

サウス・アメリカン・クッキン

カーティス・フラー / SMJ



そこからお馴染みの曲を3曲。

「BESAME MUCHO - CURTIS FULLER」

          

「Willow Weep for Me - Curtis Fuller」

          

「Autumn Leaves- Curtis Fuller」

           




 
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by knakano0311 | 2015-03-27 23:01 | 地域の中で・・・ | Trackback | Comments(0)

父が残した二冊の本

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実家の本棚を整理していたら出てきた二冊の本。多分父親の愛読書だったんでしょう。何回も読んだのか、相当の年期を感じさせる。一冊は、「伊藤正徳」著、「連合艦隊の最後」(文藝春秋新社 昭和31年再版)、もう一冊は、吉村昭著「戦艦武蔵」(新潮文庫 昭和48年五刷)である。

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敗戦を迎えた日本帝国連合艦隊。損害は、沈没艦410隻、喪失機26,000機、戦死者409,000人。終戦時はたった駆逐艦を中心に、49隻しか残っていなかった。

父親は、連合艦隊の重巡洋艦「愛宕」に通信兵として乗船し、開戦から、シンガポールなどの南方攻略、マレー沖海戦、ミッドウェー海戦、ソロモン海戦を戦った後、昭和18年に、海軍通信学校の教員を命ぜられ、船を降り終戦を迎えた。その後「愛宕」は、翌昭和19年(1944年)10月23日、米潜水艦の放った魚雷により沈没し、父親の戦友の多くは亡くなってしまった。父は戦争についてあまり語らなかったが、そんなことが戦争について寡黙だった理由だったのだろう。

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「連合艦隊の最後」は、国民の財力と智力を結集してつくりあげた第一級の連合艦隊は、どのように戦い、滅びたのかを綴る連合艦隊物語。そして、「戦艦武蔵」は、「戦艦大和」と並ぶ不沈の戦艦。厖大な人命と物資をただ浪費するために、人間が狂気的なエネルギーを注いだ戦争の本質とは何かを突いた記録文学の傑作。しかし、私には当時「世界一」の戦艦建造へ向け、難問に挑戦した技術者魂も切々と伝わってくる。父親は、痛恨、無念、鎮魂や思い出、あるいは自分の参加した戦争の意味を見出そうとして読んでいたのかもしれない。この二冊、いずれも文庫本などで再版、重版されている。(「連合艦隊の最後」「戦艦武蔵」

フィリピン・シブヤン海沖で撃沈され、1,000mの海底に眠るという「戦艦武蔵」が発見されたというニュースが駆け巡った。さて、父親が生きていたらどんな思いで、このニュースを聞いただろうか。

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さて、今宵のボーカル。スタンダードから「My Ship」。歌うは「ビロードの声」と呼ばれた「ジョニー・ハートマン/Johnny Hartman」。

「ジョニー・ハートマン/Johnny Hartman」。1923年7月生まれ、1983年9月没、60歳であった。ビロードのような独特の甘い声の持ち主。初めて知ったのは、学生時代のよく行ったグリルのマスターのすすめであった。今では私が癒される数少ない男性ボーカルである。しかし、「フランク・シナトラ/Frank Sinatra」や「ペリー・コモ/Perry Como」、「アンディ・ウイリアムス/Andy Williams」、「ビング・クロスビー/Bing Crosby」、「ナット・キング・コール/Nat King Cole」のように世界的に有名になることは決してなかった。監督「クリント・イーストウッド/Clint Eastwood」は、映画「マディソン郡の橋」で、多くの重要なシーンのバックに彼の歌声を流した。その理由を聞かれて、「私が彼を選んだのは、彼がメインストリームに受け入れられたことはなかったが、とても優れた歌手だったからだ」と ・・・。(参照拙ブログ「男唄に男が惚れて(3) ~ジョニー・ハートマン ビロードの声に包まれて~」「60歳過ぎたら聴きたい歌(18) ~Sunrise、Sunset~」

グリルで、最初に「ジョニー・ハートマン」を知ったアルバムは、「ザ・ヴォイス・ザット・イズ/The Voice That Is!」 (1964)。ミュージカル、「屋根の上のバイオリン弾き」の中で歌われる美しい唄「サンライズ・サンセット/Sunrise Sunset」が収録されているアルバムである。

Voice That Is

Johnny Hartman / Apo



「My Ship」は、1941年のブロードウェイ・ミュージカル、「Lady in the Dark」のために書かれた曲で、作曲「クルト・ワイル/Kurt Weill」、作詞「アイラ・ガーシュウィン/Ira Gershwin」。

「♪ My ship has sails that are made of silk,  きっと私の舟の帆は絹ででき、
   The decks are trimmed with gold,     デッキの縁は金で飾られ、
   And of jam and spice                ジャムやスパイスがいっぱい積まれ
   there's a paradise in the hold.         まるでパラダイスのようでしょう

   My ship's aglow with a million pearls    私の舟は無数の真珠で煌き
   And rubies fill each bin,              木箱にはルビーがいっぱい
   The sun sits high in a sapphire sky     太陽がサファイア色の空に輝くとき
   when my ship comes in.              私の舟は港に入ってくるのです

   I can wait the years                 いつまでも待ちます
   Till it appears                      その舟が現れるまで
   One fine day one spring,              晴れた日あるいは春の日でしょうか
   But the pearls and such               でも真珠なんかいくら積まれていても
   They won't mean much                何の意味もないでしょう
   if there's missing just one thing.        たった一つのものを乗せてなければ
 
   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・        ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  
   If the ship I sing doesn't also bring      もし私の舟が
   My own true love to me.              私を愛する人が乗せてないなら  ♪」


「ジョニー・ハートマン」の歌う「マイ・シップ」。素直でビロードの肌触りのバラードが、レトロだが心地よい。

「Johnny Hartman / My Ship」

          

さて、もうひとりあげましょうか。「カサンドラ・ウィルソン/Cassandra Wilson」とピアニスト、「ジャッキー・テラソン/Jacky Terrasson」とのコラボ・アルバム「テネシー・ワルツ/原タイトル;Rendezvous」(1997)から。こちらはひねりの効いた味のある「カサンドラ節」。

テネシー・ワルツ

カサンドラ・ウィルソン&ジャッキー・テラソン カサンドラ・ウィルソン ジャッキー・テラソン ロニー・プラキシコ ケニー・デイヴィス ミノ・シネル ロニー・ブラキシコ東芝EMI



「Jacky Terrasson & Cassandra Wilson - My Ship」

          
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by knakano0311 | 2015-03-25 10:17 | 想うことなど・・・ | Trackback | Comments(0)

路傍の花、樹々の鳥(64) ~ ちょっと早いんじゃない ~

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いつものウォーキングの道筋で見かけた花。なんとも鮮やかな色である。花の芯のところに網目状の模様があるので、「アヤメ(菖蒲)」でしょうか。しかし、「アヤメ」の開花時期は、一般的には5月の上旬。それにしても少し早いなと思う。多分、同じアヤメ科アヤメ属ですが、南ヨーロッパおよび地中海沿岸が原産の園芸種の「アイリス」ではないだろうか。いずれにしても、この鮮やかな色は目を楽しませてくれる。

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さて、今宵のホーンは「バルネ・ウィラン/Barney Wilen」。フランスのジャズ・テナー・サックス、ソプラノ・サックス奏者、作曲家。なんともお久しぶりで懐かしい御仁である。

1937年、フランス・ニース生れ。「バルネ・ウィラン」といえば、「マイルス・デイヴィス/Miles Davis」に見出されたことでも有名である。50年代後半、単身渡仏中の「マイルス・デイヴィス」に認められ、1958年公開の映画、「ルイ・マル/Louis Malle」監督の「死刑台のエレベーター/Ascenseur pour l'Échafaud 」のサントラに抜擢された。その後、映画音楽として、ジャズを取り入れられたヌーベル・バーグ映画、「殺られる」、「彼奴らを殺せ」の音楽に参加、「危険な関係」では、サウンド・トラックの作曲を「セロニアス・モンク/Thelonious Monk」と共にした。フランスを代表するモダン・ジャズ・テナーながら、1996年5月、59歳の若さでパリで逝去してしまった。

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「懐かしい!」と思わず言ってしまったのは、それらの映画は、私がジャズに夢中になっていく原因の一つともなった映画である。(参照拙ブログ「我が青春のジャズ・グラフィティ(2) ~最初は映画から始まった~」

「男と女」、「死刑台のエレベーター」、「シェルブールの雨傘」、「黒いオルフェ」などのフランス映画、もしくはフランスに関係が深い映画の名曲を、少し泣きの入った哀愁のテナー・サックスであるが、ジャズのグルーヴ感とパリの薫りで包みこんで仕立て上げたアルバムが、「ふらんす物語」(1989年録音)。「マル・ウォルドロン・クァルテット/Mal Waldron Quartet」も見事にヨーロッパの雰囲気を出している。

ふらんす物語

バルネ・ウィラン&マル・ウォルドロン・クァルテット / ポニーキャニオン



「ふらんす物語」から、お馴染み「シェルブールの雨傘/I'll Wait For You」、「黒いオルフェ」、「死刑台のエレベーター」を ・・・。

「Barney Wilen - Les Paraplues de Cherbourg」

          


「Barney Wilen with Mal Waldron - Black Orpheus」


          

「Barney Wilen & Mal Waldron Quartet - 死刑台のエレベーター」

          

そして、スタンダード集は、「ニューヨーク・ロマンス/New York Romance」。「バルネ・ウィラン」はソプラノ、テナー、バリトンを曲に応じて持ちかえて演奏している。パーソネルは、「バルネ・ウィラン(ss ts bs)」、「ケニー・バロン/Kenny Barron (p)」、「アイラ・コールマン/Ira Coleman (b)」、「ルイス・ナッシュ/Lewis Nash (ds)」。

ニューヨーク・ロマンス

バルネ・ウィラン・カルテット / ヴィーナス・レコード



「ルー・ドナルドソン/Lou Donaldson」でお馴染みのの「ブルース・ウォーク」を。

「Barney Wilen - Blues Walk」

          
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by knakano0311 | 2015-03-24 10:00 | 地域の中で・・・ | Trackback | Comments(0)

路傍の花、樹々の鳥(63) ~ 桜、一番咲き ~

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我が家の近くの桜が咲いた。いつものウォーキング道筋の途中、66段もの石段の脇にある「ソメイヨシノ/染井吉野」と思しき桜。私の家の近所で、いつも一番先に咲く桜である。ニュースによると、大阪の開花予想は25日、26日あたりだとされているが、この桜、昨日のポカポカ陽気で一気に咲いたのだ。

そもそもこの桜、どういうわけか、周りの桜はまだ蕾なのに、いつも周りより一週間くらい早く咲き始める。そして、時には秋にも咲いて、私たちをびっくりさせることもあるのだ。そんなことから、私が勝手に「とぼけ櫻」名づけている櫻でもある。

とにかく、ご近所一番咲きの桜。いよいよ春である。

さて、「桜の季節」といえば、「なんとかの一つ覚え」で、「ジョバンニ・ミラバッシ/Giovanni Mirabassi」の「さくらさくら」。

「Giovanni Mirabassi - さくらさくら」

          




  
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by knakano0311 | 2015-03-23 23:25 | 地域の中で・・・ | Trackback | Comments(0)

路傍の花、樹々の鳥(62) ~ いま満開の花は ~

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ウォーキングの道筋に咲く路傍の花。圧倒的なボリュームで、いま満開に咲いている花は、「紅梅」、「白梅」、「しだれ梅」などいろいろの種類の「梅」。「春黄金花(はるこがねばな)」とも呼ばれ、可憐な黄色の花をつける「サンシュユ(山茱萸)」。生垣を彩る「レンギョウ(連翹)」。そして、「モクレン(木蓮)」、「アセビ(馬酔木)」、「チンチョウゲ(沈丁花)」など。

いや、春です ・・・・。

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さて、春。暖かさに誘われて戸外に出る機会が多くなるこの季節。たまにはフュージョンもいいですね ・・・。この季節に似合うと思うのですが、「ジョージ・ベンソン/George Benson」なんぞいかがでしょうか。

「ジョージ・ベンソン」。1943年、アメリカはペンシルベニア州ピッツバーグ出身のジャズ・フュージョンのギタリストで歌手。なんと、3歳よりプロの道を目指し、1963年、20歳の時には、プロのギタリストとしてバンドに加入していたという。1964年、アルバム、「The New Boss Guitar」でバンド・リーダーとしてもデビュー。1968年には、「マイルス・デイヴィス/Miles Davis」の初のエレクトリック・ジャズ作品、「マイルス・イン・ザ・スカイ/Miles in the sky」のレコーディングに参加。

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なんといっても彼の名を一躍有名にしたのは、フュージョン系のアーティストに転じ、移籍した「ワーナー・ブラザーズ・レコード」から、1976年に発表した「ブリージン/Breezin'」であろう。タイトル曲は彼の代表作となるほどにヒットした。いや、スタイリッシュで、ノリも最高に格好良かったですね。このアルバムにも収録された「マスカレード/This Masquerade」で、ヴォーカリストとしても注目され、以後ヴォーカル曲もアルバムに積極的に取り入れていっている。

Breezin'

George Benson / Warner Bros / Wea



フル・アルバムがアップされていました。1曲目が「Breezin'」、2曲目が、「レオン・ラッセル/Leon Russell」の手になる「This Masquerade」。

「George Benson - Breezin' (Full Album) 」


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by knakano0311 | 2015-03-23 09:52 | 地域の中で・・・ | Trackback | Comments(0)

帰って来たら ・・・

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母親の法事と実家の片付けなどで、1週間ほど松本で過ごし、我が家に帰ってきた。ちょっと見ない間に、コートはいらないほど暖かく、すっかり春は進んでいる。留守の間に咲いた「ツバキ(椿)」の花の鮮やかな赤、{スイセン(水仙)」の瑞々しい黄色が賑々しく迎えてくれた。

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都会的な中にも、土の匂いがする歌手。故郷に帰って戻ってきたら、そんな味わいのする歌手が聴きたくなった。「ウィリー・ネルソン/Willie Nelson」。

「ウィリー・ネルソン」は、1933年、テキサス州フォート・ワース近郊出身のアメリカのシンガーソングライター、ギタリスト、俳優。その風貌にも味があり、イギリス、アイルランド、チェロキーの血を引くという。生後まもなく母親が家を出、父親も再婚したため、姉妹と共に祖父母に育てられた苦労人。大学中退の後、1950年代から音楽活動を始めたという。当初は、カントリー・ミュージック・ミュージシャン、作曲家としての仕事が主だったが、1960年代後半のヒッピー・ムーブメントに強い影響を受け、カントリーに留まらず、さまざまなジャンルの音楽を吸収するようになった。

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一度聴いたら忘れられない独特の鼻声、そのヒッピー的なスタイル、言動、雑多でフュージョン的な音楽性は異彩を放ち、保守的な従来のカントリーの主流からは異端児と見られ、彼の音楽は「アウトロー・カントリー」と呼ばれたという。もう御年81歳になるが、なんとこの歳でも音楽活動の意欲は衰えず、まだまだ現役で活躍している。

アメリカが誇る国民的シンガーといっていいでしょう、「ウィリー・ネルソン」の歌うアメリカン・スタンダード・ソング・ブックが、ポップス史上に残る傑作アルバムと呼ばれる、「スターダスト/Stardust」。彼は、誰でもが知っているスタンダードを本当に渋く、年輪を重ねた人にしか歌えないような深い味わいで歌っている。

Stardust
Willie Nelson / Sony Budget
ISBN : B00002DEUF

その中から、3曲を ・・・。

「Willie Nelson - Stardust」

          


「Willie Nelson - All of Me」


          


「Willie Nelson - Georgia on My Mind」


          
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by knakano0311 | 2015-03-22 15:58 | 音楽的生活 | Trackback | Comments(0)