大屋地爵士のJAZZYな生活

タグ:トルド・グスタフセン/At Home ( 4 ) タグの人気記事

続々・私の中の原風景 ~ 昔から変わらない風景と ・・・ ~

b0102572_16371927.jpg
b0102572_17101599.jpg

 鎮守の社へと続く上り坂の参道。古民家。参道の端には道祖神が結界として置かれている。家の横には代々の先祖の奥津城があり、墓を覆うように桜の古木が枝を広げ、地蔵堂が祀られている。私が子供であったころから、この風景は大きくは変わっていないのだろう。だから私の中の原風景として存在している。

b0102572_17103322.jpg
b0102572_16375496.jpg

 葡萄園では葡萄の「芽かき」が始まっている。芽を摘んで、芽数を制限することにより、残された新梢への養分の分配を高めると共に、棚面の明るさを保ち品質、収量を安定したものにすることが出来るという。作業を行っているのは若い女性3人と気づく。真っ赤なフォルクス・ワーゲンで園まで来ているようだ。果樹の栽培に携わる若い世代が増えてきたということだろうか。

 この地域独特の様式を持つ民家も、最近はめっきり減ってしまった。代替わりとともに新築される家は都会と変わらない外観と機能を持つ家。しかも、日照時間の長いこの地方のためか、ほとんどの新築の家の屋根には、太陽電池が設置されている。変わらないようで少しづつ変わっている日々の暮らし。 

b0102572_1756277.jpg

 地元の特産品を売るマーケットで「炭」を見つけた。思い出してみれば、子供の頃は、燃料といえば、薪と炭。今、実家があるあたりに村から炭を売りに来ていた。「堅炭」とあるから、多分、「備長炭」に代表される「白炭」であろう。私と同じ年頃の10人ぐらいで焼いているようだ。実家の近くにも、伝統の技術を保存しようとしている同好の士がいる。嬉しいことである。この燃料に関しては「燃料革命」と呼ばれるほど、大きく変わってしまった。

b0102572_14552092.jpg
 私の中の原風景を印象づけるような曲を紹介しているが、今宵は、「トルド・グスタフセン/Tord Gustavsen」。もう何回もこのブログで取り上げているノルウェー出身のジャズ・ピアニスト。ECMからリリースされた、「Changing Places」(2003)、「The Ground」(2004)に続くのトリオ3部作の最後を飾る「Being There」(2007)に収められ、私が彼を知ることとなった最初の曲「At Home」を ・・・。

 パーソネルは、「トルド・グスタフセン(p)」、「ハラルド・ヨンセン/Harald Johnsen (b)」、「ヤーレ・ヴェスペスタ/Jarle Vespestad (ds)」。2006年12月オスロ、レインボウ・スタジオにて録音。

Being There

Tord Gustavsen Trio / ECM



「At Home - Tord Gustavsen Trio」

        

 タイトル曲、「Being There」も。「そこに存在する」という意味でしょうか。アンサンブルの演奏のようです。

「Tord Gustavsen Ensemble -  Being There」

          
[PR]
by knakano0311 | 2017-06-09 13:15 | ふるさとは遠くにありて・・・ | Trackback | Comments(0)

長尾連山の林の中を「太子の冷泉」まで歩く

b0102572_16454716.jpg


朝日新聞の地方版の記事に興味を持ち、やってきたのは、「宝塚自然休養林」。1370余年の寺暦を誇り、子授け観音で有名な「中山寺」の北、長尾連山に広がる林野庁の管轄の国有林で、標高80m~478m、面積252haもの市街地背景林。そこを流れる川に水が噴き上がる不思議な岩があるというので、ウォーキングがてら遊びに。

b0102572_1646381.jpg
b0102572_1646217.jpg
b0102572_10213841.jpg


七五三や安産祈願で参詣客でいまだ賑わう「中山寺」の境内を抜け、梅の名所として有名な「中山観音公園」の梅林の脇を流れる「足洗川」に沿って、この季節、紅葉の美しさを楽しみながら、緩やかな上りを進んでいく。途中何人かのハイカーに場所を聞いたが、ほとんど知らなかった。里山放置林の常で、広葉樹、「クマザサ(熊笹)」、「ウラジロ(裏白)」などが、なすがままに生い茂っている。それでも手入れをする人たちがいるようで、そこここで間伐が行われ、登山道も整備されている。
 
標識に従って、「夫婦岩展望所」ではなく、「山頂展望所」を目指し、途中から「足洗川」の沢沿い登ること約30分。鉄の枠に間伐材を詰め込んで作った堰堤、「第3号鋼製自在枠谷止」を越えるとすぐ左手の沢にその岩はあった。赤茶けた岩の小さな穴から一筋の水が噴出している。写真の写りが悪くわかりにくいかもしれないが、高さ2mくらいであろうか、ピューっと噴出している。大規模な噴水とは比べ物にならないが、「小便小僧」を思い出させ、なかなか不思議で可愛らしい。「聖徳太子」が創設したとされている中山寺にちなんで「太子の冷泉」と名付けた標識が建っていた。きっと霊験あらたかなパワースポットであろうか。(クリックすると参照動画へ 朝日新聞記事より

記事によると、温泉などではなく、上流で地中にしみ込んだ沢水や地下水が、地中で圧力を受け、穴から噴き出しているもので、そう珍しい現象ではないという。お目当ての岩にたどり着いて、しばらく噴水を楽しむ。霊験があったのか、なかったのか。まっ、それはどうでも ・・・。片道2km弱。適度な汗をかいた後、ゆっくりと家路に。

b0102572_092137.jpg

ブログをかきながら、YOUTUBEで「ティエリー・ラング/Thierry Lang」の演奏をずっと流していたら、聴こえてきたのは、ノルウェー出身のジャズ・ピアニスト、「トルド・グスタフセン/Tord Gustavsen」の「At Home」。「Changing Places」(2003)、「The Ground」(2004)に続くECMからリリースのトリオ3部作の最後を飾る「Being There」(2007)に収められ、私が彼を知ることとなった記念すべき最初の曲。「ティエリー・ラング」と同じカテゴリーのオススメということでしょう。これぞ霊験か。しばらく聴いていると、夜の闇の中で静かに散りゆく紅葉のイメージが頭に浮かんだ。「もののあわれ」、「無常の美」に通ずるものがあるのかもしれない。パーソネルは、「トルド・グスタフセン/Tord Gustavsen - piano」、「ハラルド・ヨンセン/Harald Johnsen - double bass」、「ジャール・ヴェスペスタッド/Jarle Vespestad - drums」。

この曲も何回か取り上げているが、飽きもせずに聴いている。

Being There

Tord Gustavsen Trio / ECM



「At Home - Tord Gustavsen Trio」

        
  



  
[PR]
by knakano0311 | 2016-11-30 10:03 | おやじの遠足・街歩き | Trackback | Comments(0)

もしもピアノが弾けたなら(22) ~ 一里塚から再び・・・ ~

「・・・ そして、たどり着いた一里塚・マイルストーンは、ジョバンニ・ミラバッシであった。・・・」と書いていったんシリーズを休んだのは1年ほど前のことであった。(参照もしもピアノが弾けたなら(19) ~たどり着いた一里塚から ~) 前よりはゆっくりとした足どりではあるが、再び歩き出してみたいと思う。

どういうわけか、今年、「澤野工房」から「ビデオアーツ・ミュージック」にレコード会社を変えて「ジョバンニ・ミラバッシ」がリリースしたアルバムに「新世紀~Out of tracks~」がある。澤野のような小さくても、良質のJAZZを提供するレコード会社から変ったことで、クオリティが下がらなければいいが・・・。その中の2曲目の「ピエラヌンツィ」という曲は、ヨーロッパJAZZピアノの偉大な先駆者でエバンス派の筆頭にも挙げられる「エンリコ・ピエラヌンツィ」に捧げられた曲である。レーベルを変えての再出発に際し、最も強い影響を受けた「エンリコ・ピエラヌンツィ」への想いからオマージュとしてアルバムに入れたのであろう。やはりヨーロッパにおけるエバンス派の大先達は「エンリコ・ピエラヌンツィ」のようである。

新世紀~Out of tracks~

ジョバンニ・ミラバッシ・トリオ / VIDEOARTS MUSIC( C)(M)



さて、私にとって、ピアノトリオの今年一番の収穫は「トルド・グスタフセン・トリオ/Tord Gustavsen Trio」であった。ノルウェーの若手ピアノ・トリオ。ちょうど一年ほど前、たまたま寄ったCDショップで手に取ったアルバムが「ビーイング・ゼア」であった。そのはかないくらいのロマンティシズムにすっかり圧倒されてしまったのだ。(参照 「もしもピアノが弾けたなら(15)~ヨーロッパ・ジャズ・ピアノ・トリオ番外編(1)~」 )

そこから遡って聴き出したのだが、デビュー作「チェンジング・プレイセズ」は、ECMの過去10年間の新人作品のなかで最大のヒットを記録したという。そのデビュー作を聴いて、完全にはまってしまったのだ。全編オリジナル。なにゆえこれほどまでに美しいのか。儚いのか。それにしても「トルド・グスタフソン」の音の美への耽溺ぶりは尋常ではない。それくらい凄い。だからといって決して華美、華麗な演奏ではなく、むしろ音使いはシンプルで少な目といってもいい。だからこそ曲の持つ間、静けさが一層際立つ。「もののあわれ」というよな「無常の美」に通ずるのかもしれない。夜の闇の中で静かに散りゆく櫻のイメージが頭に浮かんだ。JAZZ、クラシックを問わず、ピアノ好きは聴くべき、おすすめの一枚。

チェンジング・プレイセズ

トルド・グスタフセン・トリオ / ユニバーサル ミュージック クラシック



セカンド・アルバム、「ザ・グラウンド」。このアルバムも全曲トルドのオリジナル。デビュー作同様、最少の音だけでメロディ・ラインをきらりと浮かび上がらせる、まるで純度の高い結晶のようなトルドのピアノである。

ザ・グラウンド

トルド・グスタフセン・トリオ / ユニバーサル ミュージック クラシック



初めて、私がトルドに魅せられてしまった3作目のアルバム、「ビーイング・ゼア」。冒頭の「At Home」に惹きこまれてしまったのだ。3作目にしても、その音楽のクオリティは少しも変わらない。むしろもっと余分なものがそぎ落とされて純化していっているような気がする。

ビーイング・ゼア

トルド・グスタフセン・トリオ / ユニバーサル ミュージック クラシック




ヨーロッパのJAZZピアニストたちに受け継がれ、進化し続けている「エバンスの魂」・・・。

「At Home - Tord Gustavsen Trio」

          
[PR]
by knakano0311 | 2009-12-21 09:48 | もしもピアノが弾けたなら | Trackback | Comments(0)

我が家の櫻

b0102572_17274787.jpg
(写真;杉本好夫作 デジタル版画「大宇陀の櫻」)

ご近所の櫻は殆どが葉櫻となり、満開を誇っているのは「八重桜」です。庭が狭いため、我が家には櫻の木がありません。そんなわけで、ご近所の櫻を毎年楽しんでいるのですが。先日の京都・祇園で開催された杉本さんの個展で購入したデジタル版画「大宇陀の櫻」が家に届きました。早速かけて悦に入っています。鮮やかな空の青と満開の枝垂桜のピンク。細かな桜の花びら一つ一つが丁寧に描かれています。すっかり部屋が明るく華やかになり、「我が家の櫻」となりました。

来年はきっとこの「大宇陀の櫻」に会いに行こう。

ノルウェーはトルド・グスタフセン・トリオ「Beeing There」の「At Home」が泣かせます。『Being There』というアルバム・タイトル、『現在いう時に存在し、その瞬間の全てを感じ、たっぷり焦点を当てた』という意味を込めたとグスタフセンは語る。まさに櫻に捧げるようなコンセプト。その微妙なタッチ、音と音の間(ま)、深く心に届いてくるピアノ。緩やかだが力強いベース。指の先だけでなく、編み針やペーパータオルの芯のような特殊な道具も使っているという、かすかなかすれ音がピアノを引き立てるドラムのブラッシ・ワーク。彼らの音楽に切なさ、儚さ、美しさ、孤高、あでやか、妖しさ・・など櫻の持っている色々な面を勝手に感じてしまう秀逸のアルバム。グスタフセンは日本の櫻を見たことがあるのだろうか・・。

Being There
Tord Gustavsen Trio / / ECM
ISBN : B000NVL4EM
スコア選択:

「Tord Gustavsen Trio - At Home」

          
[PR]
by knakano0311 | 2009-04-19 17:45 | 地域の中で・・・ | Trackback | Comments(0)