大屋地爵士のJAZZYな生活

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続・BGMは夏バージョンで ・・・  ~懐かしのボサノバ・アルバム(2)~

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さて、前回に続いての「懐かしのボサノバ・アルバム」。今回は、フェイク・ボッサの世界からです。なんといっても、あの「ビートルズ/The Beatles」全盛時代の1965年にいち早く、彼らの曲にオーケストレーションを交えたボッサ・アレンジを施し、フェイク・ボッサの原世界を作った「ゲイリー・マクファーランド/Gary McFarland」の「ソフト・サンバ」。彼の慧眼に感心するものです。

ソフト・サンバ

ゲイリー・マクファーランド / ユニバーサル ミュージック クラシック



「Gary McFarland - I want to hold your hand」

        

そして、同じく「ビートルズ」のナンバーをとりあげたのが、「リタ・リー/Rita Lee」。「オス・ムタンチス/Os Mutantes」という、ロックバンドのリーダーだったらしく、「ブラジル・ロック界の女王」と呼ばれていたという。このアルバム以降、「Bossa’n xxxxx」というタイトルのロック系のフェイク・アルバムが続々とリリースされたような気がします。

ボッサン・ビートルズ

リタ・リー/ワードレコーズ



「Rita Lee - A Hard Day's Night」
 
          

そして、数ある中で私が屈指とするのが、フェイク・ボッサ・ユニット、「ベレーザ/Beleza」。ジョビンの曲を中心に、フェイクボッサを加え、ジョビン逝去に際し録音された「ジョビンに捧ぐ/Tribute To Antonio Carlos Jobim」。

ジョビンに捧ぐ

ベレーザ / アルファレコード


 
「Beleza - TIME AFTER TIME」 
 
          

その「Beleza」のリード・ボーカルでだったのが、アルゼンチン出身の歌姫、「ガブリエラ・アンダース/Gabriela Anders」。その抜群の容姿と美貌は、即、「秘密の花園」入りにしたほど ・・・。

Wanting

Gabriela AndersWarner Bros.



「Gabriela Anders- Brasileira」
 
          

Bossa Beleza

Gabriela Anders / Koch Records



「(I Can't Get No) Satisfaction-Gabriela Anders」
 
          

さて、和製ボッサ、和製サンバも取り上げて置かねばならないでしょうね。何と言っても、その先駆者は、1969年、「別れのサンバ」で衝撃的なデビューをした「長谷川きよし」でしょう。
 
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一人ぼっちの詩
長谷川きよし/マーキュリー・ミュージックエンタテインメント






「別れのサンバ」をライブバージョンで ・・・。44年経っても、歌唱の素晴らしさもギターテクも全く衰えを見せない。

「長谷川きよし - 別れのサンバ(2012)」
 
          

和製ボッサ。傾向として歌詞は少し意味不明、気合と雰囲気でどうだ!!みたいなところがありますが、これはこれで好きなんです。ボッサ・アルバムからではないのだが、「湯川れい子」作詞、作詞者が書いた英語詞をボッサ・バージョンにのせて歌った秀逸な曲がある。「五十嵐はるみ」の歌う、トレンディ・ドラマの主題歌のカバー、「ロング・バージョン」。これが好きなんです、私は ・・・。

ア・ソング・フォー・ユー

五十嵐はるみBMG JAPAN



「♪ ・・・ いつか気づけばロングバージョン/似たものどうしのボサノヴァ ・・・ ♪」 アルバム版のアップがありませんでしたので、音質が悪いですが、ライブ盤で ・・・。

「ロングバージョン - 五十嵐はるみ」
 
          

そして、もう一曲。同じような趣向ですが、「研ナオコ」の「ボサノバ」。もうここまでくると、日本人のボサノバ好き、いや私のボサノバ好きに、自分でもあきれますね。

恋愛論
研ナオコ / ポニーキャニオン
ISBN : B00005FQ0R


「♪ 男の心 Bosa Nova 女はいつでもSwinging Jazz ・・・ ♪」 これまた意味不明ですが ・・・。しかし「恋愛論」は名盤ですよ。

「ボサノバ - 研ナオコ」

          

そして、これは奥さんのリクエストで「小野リサ」。日本歌曲のボッサ・カバー集をあげておきましょう。

ジャポン

小野リサ / Dreamusic



Japao 2

小野リサ / Dreamusic



「小野リサ ― 今は、このまま」

          

長いこと、だらだらと続けてきましたが、最後に車を降りて、少しだけ気温が下がった夜更け。静かに、プリミティヴなサウダージに浸る。それなら、ひそやかなボサノバ唄い、「吉田慶子」でしょう。そして、もうこれは私だけの世界 ・・・。

コモ・ア・プランタ~ひそやかなボサノヴァ

吉田慶子 / オーマガトキ



「Keico Yoshida - Nunca (決して)」 残念なことに歌が途中で終わってしまいますが ・・・。

          

もう一曲、収録アルバムも曲の名前もは判りませんが ・・・。知っている方がいらしたら教えてください。

「Keico Yoshida ― ??」
 
          

まだまだ紹介したいアルバムは山ほどあるのですが、きりがありません。ひとまずここで ・・・・。お疲れ様でした。
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by knakano0311 | 2013-08-14 11:02 | 音楽的生活 | Trackback | Comments(0)

続・BGMは夏バージョンで ・・・ ~懐かしのボサノバ・アルバム(1)~

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毎日のように、この夏私が車で聴いているCD、「BGMは夏バージョンで ・・・」の3回目である。最初はフュージョンの「今田勝」、そして、「英珠」などのトロピカルなサウンド、そして3回目は、「ボサノバ」である。まあ、どうでもいいような話であるが、「夏こそボサノバ!」という方のためのサービスとでもお考えください。

1950年代の終わり、音楽好きのリオの若者たちの間で、ジャズのコードを取り入れて、一気にブラジル中に広まったボサノバ。そのルーツは、映画「This is Bossa Nova」で述べたとおり。(拙ブログ「音楽の誕生~ボサノバのルーツを知って~」参照)

そして1960年代、今度はアメリカの多くのジャズメンたちがこの新しいブラジル音楽を取り入れ、ボサノバはワールド・ミュージックとして、一気に世界へと広がって行った。その世界的な広がりについても、かって、拙ブログに何回か述べてみた。(「ボサノバはお好き?(1) ~クラシック・ボッサはサウダージ(郷愁)~」・・・「ボサノバはお好き?(7)増補~忘れちゃいけない ~」

わたしは、かってはかなりの「ボサノバ好き」であったが、最近ボサノバのスターが出てこない、あるいは目に留まったボサノバの新アルバムがないためか、(私が気付かないだけかも知れませんが ・・・)ボッサ・アルバムの新譜は聴いていません。たまにお気に入りのアルバムにおけるボッサ・ティストの曲、例えば「デニース・ドナテッリ/Denise Donatelli」の「Soul Shadows」や、「カレン・ソウザ/Karen Souza」の「Paris」などに心地よさを感じるといったところでお茶を濁している。

しかし、やはり「夏こそボサノバ!」。ここは一番、かっての「懐かしのボサノバ」を車に一杯詰め込んで、六甲山から須磨海岸あたりをドライブしたら最高なんだが、きっと大混雑でしょうね ・・・。

さて、最初は、ボサノバ発祥の地、ブラジルはサンパウロ出身のピアニスト、「イリアーヌ/Eliane Elias」。最近はボーカリストとしての人気も高いのであるが、彼女がボサノヴァの父、「アントニオ・カルロス・ジョビン/ A.C.Jobim」の作品を取り上げたアルバムから行きましょうか。plays & sings A.C.Jobim。ピアノでもボーカルでもジョビンに取り組んでいるアルバムです。

「三月の雨」の美しいメロディーから始まり、ジャジーな「おいしい水」へと流れていくメドレーで始まるのが、ピアノ編、「風はジョビンのように」。

風はジョビンのように

イリアーヌ / ユニバーサルミュージック



そして、ボーカル編。この「海風とジョビンの午後~イリアーヌ・シングス・ジョビン~」が、初めてのヴォーカル・アルバムであったが、これで人気がたかまり、彼女はその後歌手としても活躍している。

海風とジョビンの午後~イリアーヌ・シングス・ジョビン~

イリアーヌ / ユニバーサルミュージック



彼女がボサノバ歌手としても不動の地位を築いたのが、「私のボサ・ノヴァ/Bossa Nova Stories」。「海風とジョビンの午後」はポルトガル語での歌唱だったが、今回は英語の歌詞が多く、ストリングスも入った豪華盤で、たっぷりとそのボーカルが堪能できる。

Bossa Nova Stories

Eliane Elias / Blue Note Records



「Eliane Elias - Estate」

          

そして、聴く人を決して裏切らない快適なドライブを保証するのが、「ハリー・アレン/Harry Allen」でしょうか。代表的ボッサ・アルバム、3作ほどあげておきましょう。

ブルー・ボッサ

ハリー・アレン / スイングブロス



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アイ・キャン・シー・フォーエヴァー

ハリー・アレン ギルヘルム・モンテリオ ジェイ・バーリナー ロン・カーター グレディ・テート ジョー・アシオンBMG JAPAN



リカード・ボサノヴァ

ハリー・アレン / カメラータ東京



ボサノバのスタンダードですね。ジョビンの「Wave」。

「Harry Allen - Wave」

          

続いてジャズ畑の女性ボーカル、「イーデン・アトウッド/Eden Atwood」。モデルの仕事もしていたことがあるというから、かなりの美貌の持ち主。これもジョビンの作品を中心としたボサノバのスタンダード集であるが、Smooth Jazzなどのボサノバ・アルバムとはちょっと違うテイストをもつのが、「Waves: Bossa Nova Session」。

Waves: Bossa Nova Session

Eden Atwood/Groove Note Records



「Eden Atwood - Girl From Ipanema」

          

もう一つ忘れられない学生時代から聴いているアルバムがあります。ジャズ・アルバムですが、ジャズ・ボッサ・アルバムと言っていいでしょう。「デイヴ・ブルーベック・カルテット/The Dave Brubeck Quartet」のサックス奏者であり、あの「テイク・ファイヴ/Take Five」の作曲家としても知られる「ポール・デスモンド/Paul Desmond」のアルバム、「テイク・テン/Take Ten」(1972年)。このアルバムを聴くと、ボサノバがジャズ、特にウエストコースト派に与えた影響がよく理解できる。 サポートしているギタリスト、「ジム・ホール/Jim Hall」のボッサ・テイストを醸し出す好演も聴きのがせない。

Take Ten

Paul Desmond / RCA



ちょうど、フル・アルバムがアップされていたので、あげておきます。

「Paul Desmond - Take Ten Full Album」

         

さて、ジャズだけではなく同じく大きな影響を受けたPOPS界の代表アルバムは、「イーディー・ゴーメ/Eydie Gorme」 の「恋はボサノバ/Blame It On The Bossa Nova」(1963年)。タイトルがいい、「ボサノバのせいよ!」だって。タイトル曲や「ギフト(リカード・ボサノバ)/The Gift (Recado Bossa Nova)」など、本当によく聴いたものです。何年たってもいまだに飽きない、エバー・グリーンのアルバム。そこから2曲を ・・・。

恋はボサ・ノヴァ

イーディー・ゴーメ / インディーズ・メーカー



「Eydie Gormie - Blame It On The Bossa Nova」

         

「Eydie Gormé - The Gift (Recado Bossa Nova)」

         


・・・・・・・・・・・・・・・・・  続く  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
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by knakano0311 | 2013-08-12 09:54 | 音楽的生活 | Trackback | Comments(0)

ボサノバはお好き?(4) ~ フレンチ・ボッサ、そしてワールド・ミュージックへ ~

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さて今回は、世界各国に飛び火し、その地で根付いた、いわばワールド・ミュージックとしてのボサノバという側面について、三つ目の流れとして触れてみたいと思います。

アメリカは別として、それ以外でボサノバが盛んな国、ボサノバ大国はどこでしょうか?それは、フランスではないかと思います。「フレンチ・ボッサ("bossa francaise")」といわれるくらいですから・・・。そして、それはブラジルの政治体制と大きなかかわりがあったのです。1964年、クーデターによって軍事独裁体制を確立したカステロ・ブランコ将軍は、親米反共政策と、外国資本の導入を柱にした工業化政策を推進したが、驚異的な経済成長を遂げる一方で、人権侵害も大きな問題となった。そんな厳しい時代が1985年に民政移管が実現するまで続くのである。自由で新しい音楽ボサノバを生み出した若者たちや芸術家たちは当然のごとく反政府的活動を展開していく。そんな時期、堂々と自由を求め、ブラジル政府批判を繰り返した女性シンガーがいた。ボサノバ創生期、学生たちの間でミューズ、女神と呼ばれた、「ナラ・レオン/Nara Leão (1942年1月19日 - 1989年6月7日)」である。ナラは軍部に徹底的に目をつけられ、結局、1968年ナラは「カエターノ・ヴェローゾ」、「ジルベルト・ジル」等と同様パリに亡命し、ボサノバと決別した。

しかし、自身の出自と向き合いボサノバとの和解を決意し、1971年、堰を切ったように全編ボサノバのアルバム「Dezanos Depois(美しきボサノバのミューズ)」を録音する。シンプルなギターの伴奏で、ボサノバの定番をうたう。陰影に富んだ、深みのある歌唱。その歌声はいま聴いても瑞々しさを失わず、心に染みる。多分女性BOSSAファンにオススメするのにこのアルバム以上のものが見当たらないくらいの名盤。モノクロのジャケット、雨のパリだろうか? 47歳の若さで夭折したボサノバのミューズ、「ナラ・レオン」。

美しきボサノヴァのミューズ
ナラ・レオン / ユニバーサルインターナショナル
ISBN : B0000677LE


彼女を始めとして、パリには亡命するブラジル人音楽家たちを受け入れる素地があったと思われる。フランスへサンバを紹介した男、1957年に「Dans mon ile」を発表し、「アントニオ・カルロス・ジョビン」に影響を与え、ボサノヴァの誕生に貢献したといわれる「アンリ・サルヴァドール/Henri Salvador」がいたし、放浪の果てにボサノバに出会い、フランスに戻って、ボサノバを広めた「ピエール・バルー/Pierre Barouh」などがいたのだ。1964年のクロード・ルルーシュ監督の映画「男と女」の音楽は、「フランシス・レイ」と並んで、「バーデン・パウエル」が担当し、「ピエール・バルー」は「アヌーク・エーメ」の夫役で出演し、ボサノバ讃歌を歌った。こうして、フランスで広まっていったボサノバは、ロック界の「セルジュ・ゲンズブール」などにも大きな影響を与え、「フレンチ・ボッサ」と呼ばれるジャンルを築いていくまでになる。

2001年、84歳で発表した「アンリ・サルバドール」の遺作アルバム「サルバドールからの手紙」から「こもれびの庭に/Jardim d'hiver」。彼は2008年、90歳で亡くなってしまった ・・・。

サルヴァドールからの手紙

アンリ・サルヴァドール / EMIミュージック・ジャパン



サルバドールの歌う「こもれびの庭」のYOUTUBE こんな爺様のような老い方に、私は憧れてしまいます。




代表的なフレンチ・ボッサ歌手といえば、「クレモンティーヌ/Clémentine」であろうか。「カフェ・アプレミディ~クレモンティーヌが歌うボサノヴァ」をあげておこう。「クレモンティーヌ」のボサ・ノヴァ・テイストの人気曲ばかりを贅沢にセレクトした本盤は、まさにフレンチ・ボッサの傑作集。


カフェ・アプレミディ~クレモンティーヌが歌うボサノヴァ

クレモンティーヌ / ソニーレコード



一方、「ナラ・レオン」とは、犬猿の仲であったらしいが、ブラジルに残り、軍事独裁政権を批判したもう一人のボサノバ・ミューズがいた。「エリス・レジーナ/Elis Regina (1945年3月17日 – 1982年1月19日)」である。1960年代から1970年代にかけて、ブラジルで最も人気のある国民的女性シンガーであった。彼女のヴォーカルは、心躍らせる歌声と、優れた抑揚を持ち合わせており、特にアップテンポなナンバーに卓越していた。1974年には、「アントニオ・カルロス・ジョビン」とのコラボレーション作品であるアルバム「エリス・アンド・トム/Elis & Tom」を発表。このアルバムを、最も優れたボサノヴァ・アルバムの一つといわれている。そしてこのアルバムに収録されたジョビン作の「三月の水("Águas de Março")」を最も優れたボサノヴァ・トラックの一つであると考える人も多い。

エリスは、彼女と同世代のブラジルのミュージシャンたちを、迫害し追放していた当時の独裁政権を時々批判することがあった。1969年のインタビューでは、「ブラジルはゴリラに支配されている」という見解を述べたこともあった。しかし彼女は人気があったがゆえに牢獄に入れられることはなかったが、それでも圧力を受け、やむをえずスタジアムのショーでブラジル国歌を歌わされることになり、左翼的思想の人々から反感を買うことになる。そして、そんな失意や苦悩のなか、エリスは、コカイン中毒によって1982年に36歳の若さで亡くなってしまった。

残されたジョビンとの最高の名盤「エリス・アンド・トム/Elis & Tom」。

エリス&トム

エリス・レジーナ&アントニオ・カルロス・ジョビン / ユニバーサル インターナショナル



「三月の水」をうたうエリスのYOUTUBE。




そして、「エリス・レジーナ」にトリビュートを捧げるポスト・レジーナともいえるその後の歌姫は「ジョイス/Joyce Moreno」。ジョビンの「三月の水」をはじめ、「バーデン・パウエル」、「エドゥ・ロボ」、「ミルトン・ナシメント」、「ジルベルト・ジル」等々が書いた名曲ばかりのエリス・ソング・ブック「宇宙飛行士〜ソングス・オブ・エリス」。

宇宙飛行士〜ソングス・オブ・エリス

ジョイス / オーマガトキ




さて、日本です。なんと言っても「長谷川きよし(1949年 - )」であろうか。全盲のシンガー・ソングライター&ギタリストである。もともとシャンソンを志していた彼がボサノバを始めた理由は分からないが、当時のフランスの音楽情況と何か関係があるかもしれない。シャンソン、JAZZ、カンツーネ、オリジナルと彼の音楽の幅は広く、本人は「ボサノバ唄い」ではないと否定するかもしれないが、なんと言ってもデビュー時のあの「別れのサンバ」(1969年)のインパクトが大きかった。
これが収録された最初のアルバムは「一人ぼっちの詩」ですが、入手しがたいので、ベスト盤の一つをあげておきます。

長谷川きよし/ベスト・セレクション

長谷川きよし / テイチク



別れのサンバ」のYOUTUBE ・・・ 。 パーカッションは「仙道さおり」。




その後、ボサノバをレパートリーとして歌う日本人歌手は多くいたが、「ボサノバ唄い」といえるのは、「小野リサ」の登場まで待たなければならなかったとおもう。

「小野リサ/Lisa Ono (1962年7月29日 - ) 」。ご存知、ブラジル生まれの日本人ボサノヴァ歌手である。ブラジル音楽が好きな父がライブ・ハウスを経営しようと渡伯。サンパウロで店を営んでいた両親の下、ブラジルで生まれ、その後10歳の時に日本に帰って来た。日本に帰って来てから、15歳からギターを弾きながら歌い始め、1987年ごろには曲を作り始めたという。初期の頃は、ブラジル色の強いアルバムであるが、その爽やかさが大変人気を呼んだ。やがて、ボサノバを彼女自身の音楽表現手段と考えるようになったのか、JAZZスタンダード、ラテン、ソウル、POPS、ハワイヤンなど多くの音楽をボサノバ・アレンジしたアルバムを発表し、最新作では「テレサ・テン」などのアジアの歌も。かの中国では最も人気のある日本人歌手の一人で、中国でも多くのCDが発売されている。私も北京のCDショップで何枚か求めたことがある。日本におけるボサノバの第一人者であり、日本から世界に羽ばたいていっている「ボサノバ唄い」なのだ。数多くのCDがリリースされているので選ぶのに困るが、ここではジョビンへのトリビュート・アルバムと最近のJAZZスタンダード・アルバムをあげておこう。

アントニオ・カルロス・ジョビン生誕80周年を記念してジョビンの代表曲を録音したボサノヴァ・スタンダード作品集「The music of Antonio Carlos Jobim」。

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The music of Antonio Carlos Jobim

小野リサ / エイベックスイオ





デビュー20周年を迎えた「小野リサ」、1999年最大のヒットアルバムとなった「DREAM」以来となる10年ぶりJAZZスタンダードアルバムは、RIOセッションとL.A.セッションの2枚同時リリース。RIOセッション盤はブラスサウンドを強く打ち出した本格的なボサノバ・アレンジによるブラジル色が色濃く出ている。

Cheek To Cheek-Jazz Standards from RIO-

小野リサ / エイベックスイオ



ジョビン生誕80周年を記念してジョビン・ファミリーをバックに「小野リサ」が歌う、ジョビン・トリビュート「Corcovado」のライブ。




ユーミンこと「荒井由実」のカバー、「あの日にかえりたい」を歌う。 実は彼女、ユーミンのベスト集で初回ボーナストラックとして、このユーミン・ボッサのギター歌伴をしたことがあります。




そして、これぞ、「ボサノバ唄い」という歌手がいます。「吉田慶子」。ふとしたことからボサノバと出会い、その魅力にとりつかれ、2000年には単身ブラジルへ渡り、1stアルバム「愛しいひと bem querer」を制作したという。2作目は、「コモ・ア・プランタ~ひそやかなボサノヴァ」。このアルバムには、「ジョビン」、「モライス」、「カルロス・リラ」、「エデゥ・ロボ」などボサノバ黎明期の巨匠の曲、クラシック・ボサノバが収録されているが、「サウダージ」をこれほど心象風景として、表現できている日本人「ボサノバ唄い」も他にいない。そして、「長谷川きよし」がギターで参加し、ポルトガル語で歌う「別れのサンバ」のカバーも収録されている。帯にいわく「ささやき声で始まって、ただ終わる美しいひととき」。

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コモ・ア・プランタ~ひそやかなボサノヴァ

吉田慶子 / オーマガトキ






1970年代には日本の歌謡曲シーンにボサノバが定着していた証拠ともいえる、極め付きのアルバムがある。「東京ボサノヴァ・ラウンジ」。「浅丘ルリ子/シャム猫を抱いて」(なんと・・・)、「寺尾聰/風もない午後のサンバ」、「森山良子/雨上がりのサンバ」、「トワ・エ・モワ/白い波」(たしかオリジナルは「ヒデとロザンナ」)など、どちらかといえば、マニアックな曲が並ぶ日本人よる和製ボサ・ノヴァのコンピレーション・アルバム。

東京ボサノヴァ・ラウンジ

オムニバス / テイチク




それでは最後に、北欧スエーデンへ。スエーデンは北欧では最もJAZZが盛んな国であり、数多くのJAZZアーティストを輩出している。スウェーディッシュ・ジャズは、静謐な空気に満ちた北欧の風土の中で育まれた、アメリカのJAZZとはちょっと違うオトナのJAZZ。ABBAなどを生んだPOPS王国らしく、スタイリッシュで聴きやすいJAZZが多い。

そんなスカンジナビアン・ボッサを歌う、スエーディッシュ・ビューティの一人が「ミラ/Mirra」の「ミラ・ボッサ」。タイトル通りボサノバを基調とした作品集で、女性に人気のアルバムらしい。アコースティック・アレンジを施された名曲の数々を歌うミラの透明感あふれる声は、ナチュラルな風となって心を癒してくれる。昨今の若い女性の間のボッサ・ブーム、そんな一端を彼女が担っているといっていいかもしれない。

ミラ・ボッサ

ミラ / スパイス・オブ・ライフ








 
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by knakano0311 | 2010-03-03 09:16 | サウダージ | Trackback | Comments(0)

ボサノバはお好き?(3) ~ はい、JAZZボッサが大好きです ~

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このブログを書くために、CDを次々と引っ張り出して聴いていたら、気分がよくなり、もうすこしジャズ・ボッサのアルバムの紹介を続けたくなってきた。

そうそう、その前に、1960年代の初頭に、ブラジルから米国にもたらされたボサノバは、JAZZだけでなく、POPSの世界にも同時に大きな影響を与えたことにも触れておきましょう。この時期、1963年にリリースされた「イーディ・ゴーメ/Eydie Gorme」の「恋はボサノヴァ/Blame it on The Bossa Nova(ボサノバのせいよ)」は全米チャート最高7位を記録した大ヒットとなり、日本でもヒット曲となりました。たしか、あのプレスリーすら「ボサノヴァ・ベイビー」とか言う曲を歌っていたと思う。このころ、ダンスでも、「ゴーゴー」、や「ツィスト」と並んで、パートナーがいなくても踊れるボサノバが流行ったように思う。それともう一つ、「恋はボサノヴァ」と並んで彼女が歌った曲で大ヒットしたボサノバの曲があります。「ザ・ギフト(リカード・ボサノバ)/The Gift (Recado Bossa Nova)」です。この曲はジャズメンやジャズ・シンガーが大好きな曲のようで、本当に多くのカバーがあります。わたしのi-Podを覗いてみると、「ハリー・アレン」、「ハンク・モブレー」、「ハロルド・メイバーン」、「マンハッタン・ジャズ・クインテット」、「鈴木重子」、「グレース・マーヤ」などずらっと出てきます。この2曲が収録されているヒット名盤は「Blame It on the Bossa Nova(恋はボサノヴァ)」。

Blame It on the Bossa Nova

Eydie Gorme / Gl Music Co.



「Eydie Gorme」のうたう「The Gift!(Recado Bossa Nova)」を。




少し寄り道しましたが、さっ、それではJAZZボッサの紹介に戻りましょう。

まずは、アメリカにボサノバをもたらしたミュージシャンの一人である「チャーリー・バード/Charlie Bird」のアルバム「ブラジリアン・バード」。大々的にストリングスやホーンなどを従えて録音したジョビン作品集である。華やかなアレンジとバードの心地良い生ギターが聴きどころ。あのゲッツとの共作の歴史的アルバム「ジャズ・サンバ」から約3年後の1965年の作品である。

ブラジリアン・バード

チャーリー・バード / ソニーミュージックエンタテインメント



アルトサックス、「リー・コニッツ/Lee Konitz」の「ブラジリアン・セレナーデ」もおすすめ。スタイリッシュで哀愁漂う演奏はすこし、じんとくる。「リカード・ボサノバ」も収録。「トム・ハレル」のトランペットも泣かせる。

ブラジリアン・セレナーデ(紙ジャケット仕様)

リー・コニッツ&ザ・ブラジリアン・バンド / ヴィーナス・レコード



わがミューズ「ステイシー・ケント/Stacey Kent」の私生活でのパートナーでもあるテナー・サックス奏者「ジム・トムリンソン/Jim Tomlinson」によるボッサ・アルバム。「ステイシー・ケント」との3曲の絡みもゴージャスで、クールさとモダンさを併せ持つ名盤「ソー・ナイス~ブラジリアン・スケッチ~」。

ソー・ナイス~ブラジリアン・スケッチ~

ジム・トムリンソン / キングレコード



ボッサのリズムでテナー・サックスとくれば、「ハリー・アレン」を再びあげない訳にはいかない。アレンとボサノバ、なんと相性がいいのであろうか。彼にはこのボサノバの柔らかなリズムが本当に合っている。自然体だ。ボッサのリズムに乗りながら、メロディを豊かにふくらませ、その歌心で私たちの心に潤いを与えてくれるのだ。

ドリーマー

ハリー・アレン / BMGインターナショナル



サマー・サンバ

ハリー・アレン / BMG JAPAN



「ジョン・ピザレリ/John Pizzarelli」のずばりアルバム・タイトルは、「ボサ・ノヴァ」。イケメンで人気ジャズ・ヴォーカリスト&ギタリストの全編ボサ・ノバ・アルバム。本作では本業のギターは控えめ、あくまでも歌で勝負している。名人「ドン・セベスキー」のアレンジも素晴らしい。

ボサ・ノヴァ

ジョン・ピザレリ / ユニバーサル ミュージック クラシック



ヨーロッパ・ジャズ・ピアノの人気トリオ「ヨーロピアン・ジャズ・トリオ/Europian Jazz Trio (EJT)」。そのEJTが、「アントニオ・カルロス・ジョビン」の曲を中心に、「ルイス・ボンファ」や「ポール・マッカートニー」の曲まで収録したボッサ・アルバム「黄昏のサウダージ」。相変わらずの心休まるピアノに全身を委ねる・・・。

黄昏のサウダージ

ヨーロピアン・ジャズ・トリオ / エム アンド アイ カンパニー



「ジョー・ベック・トリオ/Joe Beck Trio」。フュージョン・ギタリストの名手「ジョー・べック」の、ベース、ドラムスとのギター・トリオによるアルバム。テクニックと歌心あふれるフレーズを駆使し、ブラジルの名曲に新たな生命を吹き込む。なんといってもヴィーナス・レコード得意のエロ・ジャケもいい。

ブラジリアン・ドリーミン

ジョー・ベック・トリオ / ヴィーナス・レコード



「ヴァルター・シュトラート/Walter Strerath」 、ドイツのボッサ・ピアノ・トリオ。これは珍しい澤野レーベルからのジャズ・ボッサ・アルバム「Fly To Brazil」。60年代中ごろ、その全盛期を迎えジャズ・ボッサがどうやって'75年のドイツまで伝承されていったか不思議であるが、やはり澤野、期待を裏切らないピアノ・トリオ。

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Fly To Brazil ; Walter Strerath Trio ; 澤野工房



そう、ナベサダこと「渡辺貞夫(1933年 -)」をあげておかなくてはいけませんね。ナベサダといえばボサノバ、日本のJAZZシーンに最初にボサノバを持ち込んだミュージシャンである。1962年、ちょうどアメリカにボサノバが輸入された頃に、彼はボストンのバークリー音楽院に留学し、その後アメリカで演奏活動をしていた。ちょうどそのころ、ボサノバに出会ったのである。1965年、帰国した彼は1967年「ジャズ&ボッサ」を発表、日本にボサノバ・ブームを巻き起こしたのだ。その後、 「BOSSA NOVA '67」、「JAZZ SAMBA」、「BOSSA BEAT COLLECTION」 、「SADAO MEETS BRAZILIAN FRIENDS」など立て続けにボサノバ・アルバムをリリースし、「ナベサダ=ボサノバ」の評価がすっかり定着してしまった。

ボサノバ’67(K2HD/紙ジャケット仕様)

渡辺貞夫 / ビクターエンタテインメント



ジャズ・ボッサの巨匠「ワルター・ワンダレイ/Walter Wnderley」。クールなオルガン・サウンドが魅力のブラジルNo.1オルガニストの大ヒット・ナンバー「サマー・サンバ」を収めたインスト・ボサの傑作アルバム「サマー・サンバ」。66年にアメリカでレコーディングされたアルバムで、その新鮮に響く独特のサウンドのボサ・ノバは、ジャズにおける「ジミー・スミス」のようなものか。

サマー・サンバ

ワルター・ワンダレイ / ユニバーサル ミュージック クラシック



「イリアーヌ /Eliane Elias」。ピアニストとして1980年代に頭角をあらわしたブラジル出身の「イリアーヌ・エリアス」。やがてピアノと共に、ボサ・ノヴァの歌手としても有名になっていく。1998年にヒットしたボサ・ノヴァ集「海風とジョビンの午後」は母国語(ポルトガル語)の歌唱でのジョビン集。ジョビンが生んだ不滅のメロディにストレートにアプローチしていて、囁くようなちょっとアンニュイな歌い方もナイス。テナーサックスの「マイケル・ブレッカー」のサポートも光る。このアルバムを聴いていると、さわやかなイパネマ海岸の風が吹いてくる。これは春ではなく、夏に似合う一枚なのだ。

アルバム「私のボサ・ノヴァ」は、クールで芯のある独特の低音を持ボサ・ノヴァ歌手つの魅力が十分に発揮されたもの。曲目もお馴染みばかりで、誰にでも親しめる。ピアノプレイは必要最小限にとどめ、お洒落なストリング入り。

海風とジョビンの午後

イリアーヌ / EMIミュージック・ジャパン



私のボサ・ノヴァ

イリアーヌ / EMIミュージック・ジャパン



「イリアーヌ・イリアス/Eliane Elias」は多才だ。歌も、ピアノも、そして大変な美人・・・。アストラッド・ジルベルトとよく比べられるが、「イリアーヌ」のほうが、ずっと美人で、しかも歌が上手いこと。そしてピアノを弾けること。そのピアノの才を発揮した最近のアルバムに、彼女が敬愛したビアノの巨匠をトリビュートした「サムシング・フォー・ビル・エバンス」がある。それもそのはず、彼女のご主人は「ビル・エバンス」のラスト・ベーシストだった「マーク・ジョンソン」なのだ・・・。

さっ、また最後にYOUTUBEをいくつかお楽しみいただきましょう。


渡辺貞夫&ワルター・ワンダレイのコラボで「Summer Samba(So Nice)」をお聞きください。




「Eliane Elias」のうたうご本人?のセクシー・フォトも楽しめる「サマーサンバ(So Nice)」 と 2009年7月に行われたマルセイユのライブでの「Chega de Saudade/想いあふれて」のYOUTUBEを続けてどうぞ。






1960年3月生まれ、もうすぐ50歳のイリアーヌ。すこしもその美貌と妖艶さは衰えていないようだ・・・。



「アンリ・サルバドール/Henri Salvador」のフレンチ・ボッサの名曲「Jardin d'hiver (こもれびの庭に)」を「Stacey Kent & Jim Tomlinson」で・・・。 この曲は、フランスでリリースされたアルバム「ジム・トムリンソン/The Lyric featuring Stacey Kent」に収録されている。




続いて「Close Your Eyes」を・・・。


 
 
おまけに、 「スザンヌ・ヴェガ」とのデュエットで歌う「三月の水」 ・・・。


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by knakano0311 | 2010-03-01 09:22 | サウダージ | Trackback | Comments(0)

ボサノバはお好き?(2) ~ジャズ・ボッサからスムース・ジャズへ~

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ボサノバ語りを続けましょう。

さて、二つ目の流れは、ブラジルのボサノバ・ミュージシャンやブラジルを訪れたJAZZミュージシャンらとともにアメリカに渡り、JAZZミュージシャン達に大きな影響を与え、さらにもっと洗練され、進化して行ったJAZZボッサの流れである。1961年に訪れたブラジルでボサノバの魅力を体験したJAZZフルートの「ハービー・マン/Herbie Mann」は、彼流にJAZZと融合させて「ジャズ・ボッサ」の源流とも言うべき「カミン・ホーム・ベイビー/Comin' Home Baby」を1962年に大ヒットさせた。

ヴィレッジ・ゲイトのハービー・マン

ハービー・マン / Warner Music Japan =music=


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1962年、「チャーリー・バード(g)/Charlie Bird」もブラジルから持ち帰ったボサノバを、スタン・ゲッツ(ts)に伝え、2人がレコーディングし発表した「デサフィナード」(ジョビン作で「ジャズ・サンバ」に収録)が大ヒットした。こんなこともあって、新しいJAZZのマーケットを探していたレコード会社は、「これは売れる」とふんで、ボサノバに飛びついていった。ポルトガル語ではなく、英語の歌詞をつけ、大物JAZZミュージシャンと組ませたり、JAZZYで洒落たアレンジをつけ、A&M、CTI、ヴァーヴ、ユニバーサルといったレーベルから次々とリリースされたボサノバは、アメリカにおけるブームに火をつけ、 すぐに世界にひろまっていった。あの「フランク・シナトラ」さえも1967年ジョビンとの共演によってシナトラ初のボサノバ・アルバム「シナトラ&ジョビン 」をリリースしているのだ。この動きは、1960年代から70年代にかけてのことであった。

「A.C.ジョビン」がオーケストラをバックにしたアルバム「イパネマの娘」を米国でリリースしたのが1963年。「スタン・ゲッツ/Stan Getz」が「ジョアン・ジルベルト」とコラボし、「ゲッツ/ジルベルト」をリリースしたのも1963年のことである。ジョアンの歌うポルトガル語を英訳するため、アメリカに同行していた妻のアストラッドがひょんなことからこのアルバムで、「イパネマの娘」を歌い、大ヒットさせ、その後のボサノバの行方を変えることにもなるのである。原詞ポルトガル語で歌うのはジョアン、続いて英詞をアストラットが歌っている。

ジャズ・サンバ

スタン・ゲッツ&チャーリー・バード / ユニバーサル ミュージック クラシック



イパネマの娘

アントニオ・カルロス・ジョビン / ユニバーサル ミュージック クラシック



ゲッツ/ジルベルト

スタン・ゲッツ&ジョアン・ジルベルト / ユニバーサル ミュージック クラシック



おいしい水
アストラッド・ジルベルト アントニオ・カルロス・ジョビン ジョアン・ドナート / ユニバーサルクラシック
ISBN : B00008KKT0

私の最初のJazzミューズは、「アストラッド・ジルベルト/Astrud Gilberto」。狭くて汚い学生アパートで安物のプレーヤーで飽きるほどに聴いたのは40年前であった。抑揚のあまりない、淡々としたささやくような歌声は新鮮であり、私の耳をJazz Vocalにむけるのに十分なほど魅力的であった。それから20年ほどたって、たまたまNew Yorkに出張した折、彼女のステージを今はもうないジャズクラブ「Fat Tuesday」で観たことがあります。感激しましたね。

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こうして、「A.C.ジョビン」、「アストラッド・ジルベルト」、「タンバ4」などあまたのブラジリアン・アーティストたちがアメリカ経由で世界的に売り出し、有名になっていった。私たちの世代のJAZZファン、ボサノバ・ファンはこの辺りから、ボサノバに魅せられていったのではないだろうか。そして、その流れは、当時は「イージー・リスニング・ジャズ」と呼ばれた「スムー・スジャズ」という新しいジャンル、潮流をも作り出したのである。JAZZファンからすれば、「軟弱でエッジがない」、ボサノバ・ファンからすれば、「コラソン(魂)がない」といわれるかもしれないが、たしかに心地良いことこの上もないボサノバは、もはや現在「JAZZ」、「スムース・ジャズ」にとって、なくてはならない欠かせない音楽表現のジャンルとなったのである。そんなコンテンポラリーなJAZZボッサから私のお気に入りをいくつかあげておきましょう。


まずサックス&ボサノバといったら、「ハリー・アレン/Harry Allen」を真っ先にあげます。98年の「アイ・ウォーント・ダンス」に始まり、ハリーはいくつかのボサ・ノヴァ・アルバムをリリースしているが、いかにもジャズメンによるボサノヴァ・アルバムといった感が強い。ゲッツを意識したようなジャズ色濃厚なボサ・ノヴァからスムース・ジャズ的なボサ・ノヴァまで千変万化なスタイルを見せるが、けっしてイージーには流れない。

アイ・キャン・シー・フォーエヴァー

ハリー・アレン ギルヘルム・モンテリオ ジェイ・バーリナー ロン・カーター グレディ・テート ジョー・アシオンBMG JAPAN



リカード・ボサノヴァ

ハリー・アレン / カメラータ東京



「イーデン・アトウッド/Eden Atwood」。モデルの仕事もしてたことがあるという、かなりの美貌の持ち主のジャズ・シンガー。「Waves: Bossa Nova Session」。ジョビンの作品を中心としたボサノバのスタンダード集であるが、Smooth Jazzなどのボサノバアルバムとはちょっと一味切れ味が違う。

Waves: Bossa Nova Session

Eden AtwoodGroove Note Records



トロンボーンを吹きながら歌う北欧スエーデンの美人姉妹は「スライディング・ハマーズ/Sliding Hammers」。ボッサ&バラードのベスト盤。

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来日記念盤 プレイズ・ボッサ&バラード

スライディング・ハマーズ / スハ゜イス・オフ゛・ライフ/アミュース゛






それでは、いくつかのボサノバ演奏をYOUTUBEでお楽しみください。

まず、Stan Getz カルテットの演奏する - Desafinado, Girl from Ipanema を。ウエストコーストJAZZの特長「クール」さがよく出た演奏。





続いては、ひょんなことからボサノバの女王になっていった「アストラッド・ジルベルト」が歌う「イパネマの娘」。




ニューオリンズのジャズ・フェスティバル。とあるビストロでの「ハリー・アレン」。演奏するは「How Insensitive」。




  
 
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by knakano0311 | 2010-02-27 00:31 | サウダージ | Trackback | Comments(0)

ボサノバはお好き?(1) ~クラシック・ボッサはサウダージ(郷愁)~

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(散歩道の途中でにあるほころび始めた梅の花)

春は曙、すこし春めいてきましたね。爽やかなボサノバで目覚めを迎えられれば、どんなにか素晴らしい朝でしょうか。ボサノバはどんな季節にも似合いますが、私はとりわけ春が一番似合う季節だと思っています。シニアの皆さんには「ボサノバ好きが多い?」と聞きますが、もちろん私もその一人です。そんな春風に誘われて、リクエストもあった「ボサノバ語り」をはじめましょうか・・・。とはいえ、私はあまりボサノバには詳しくはないので、又聞き、寄せ集めの知識ですが、ご容赦ください。

ボサノバ創立の歴史については、ここではあまり詳しく述べませんが、もう少し詳しく知りたい方はウィキペディア(Wikipedia) http://ja.wikipedia.org/ やGoogleなどで「ボサノバ(ボサノヴァ)」と検索すれば、色々な記事が出てきますので、そちらを参考になさってください。また、「ボサノバ誕生50周年」を記念して製作された映画「ディス・イズ・ボサノヴァ」では、ボサノバが生み出された過程が、創始者の一人でもある「カルロス・リラ」と「ホベルト・メネスカル」によってドキュメンタリー風に語られています。これもファンには必見、お薦めの映画だと思います。(参照ブログ記事音楽の誕生~ボサノバのルーツを知って~」)

ディス・イズ・ボサノヴァ [DVD]

ビクターエンタテインメント



そうそうこんな本もでていますね。「アントニオ・カルロス・ジョビン―ボサノヴァを創った男」。ジョビンの実妹が語るジョビンの繊細かつダイナミックな世界観のすべて。これもファン必読の書・・・。

アントニオ・カルロス・ジョビン―ボサノヴァを創った男

エレーナ ジョビン / 青土社



1950年代後半、リオ・デ・ジャネイロのコパカバーナやイパネマといった海岸地区に住む中産階級の学生やミュージシャンたちが、従来のブラジル音楽に飽き足らず、JAZZのコードに影響を受け、生み出したのがボサノバである。特に1958年に「アントニオ・カルロス・ジョビン/Antinio Carlos Jobim」と「ヴィニシウス・ジ・モラエス/Vinicius de Moraes」が作曲し、「エリゼッチ・カルドーゾ/Elizete Cardoso」が歌った、「Chega de Saudade(シェガ・ジ・サウダージ、邦題:想いあふれて)」がボサノバ第1号とされ、2008年は「ボサノバ誕生50周年」を記念して、色々なイベントが催され、CDなども多くリリースされた事も記憶に新しいところです。

心地よく洗練されたサウンド、「新しい感覚」のサンバの一種として成立したボサノバは、瞬く間にブラジルの若者の間に拡がった。ボサノバとはポルトガル語で「新しい傾向」というような意味であり、それまでのブラジル音楽の流れを変えたといわれる。そしてまた、このボサノバは、ブラジルだけでなく世界の音楽にも大きな影響を与えたのである。たとえば、ジョビンの「イパネマの娘」はとれほど多くのカバーがなされたのであろうか? 多分「ビートルズ」の楽曲に匹敵するか、いやそれ以上かも知れないのだ。

そして、世界へ踏み出していったその後のボサノバは、大きく分けると四つの流れになるのではないかと、私は勝手に考えているのである。そんな四つの流れについて、私の好きなアーティストやアルバムの紹介をしながら、ゆるりと語っていきたいと思いますが、さて、どうなりますやら・・・。

一つ目の流れは、ジョビンらによって創始された、いわば「クラシック・ボッサ」といってもいいボサノバが、母国ブラジルで発展し、今日まで至っている流れ。そんな「クラシック・ボッサ」を今回はとりあげてみました。囁くような、語るような歌声とギター、そんなボサノバ・スタイルを確立したのが、「ジョアン・ジルベルト/Joao Gilberto」。そんな「クラシック・ボサ」の完成されたスタイルを、アルバム「ジョアン 声とギター」に見ることが出来る。全盛期をすぎ、70歳近い、2000年発表の作品であるが、まさにタイトル通り、ジョアンの声とギターのみで奏でている逸品のアルバム。

JOAO VOZ E VIOLAO
Joao Gilberto / / Universal



共にボサノヴァを生み出した詩人「ヴィニシウス・ヂ・モライス」へのジョビンのトリビュート・アルバムが、「ジョビン、ヴィニシウスを歌う」。「イパネマの娘」などボサノバの名曲の数々。そして、すべてのボサノバ・ファンを心酔させるモライスのメロディの美しさと彼へのジョビンの想い。

ジョビン、ヴィニシウスを歌う

アントニオ・カルロス・ジョビン / スリーディーシステム



没後20年経っても未だ人気の高いブラジルの歌姫「エリス・レジーナ/Elis Regina」の楽曲の魅力28曲がたっぷりと詰まったベスト・アルバム。ボサノバは癒し系音楽というイメージが少し変わるかも・・・。

カフェ・アプレミディ~エリス・レジーナ

エリス・レジーナ / ユニバーサル インターナショナル



そして、ボサノバにおけるギターのスタイルを確立したといってもいいバーデン・パウエルのベスト盤。

黒いオルフェ~ベスト・オブ・ボサノヴァ・ギター

バーデン・パウエル / ユニバーサル インターナショナル



ボサノバ創始者の一人「ホベルト・メネスカル」は、「今はもう、ブラジルではボサノバを聴く人は、めっきり少なくなってしまった」と嘆いていたが、「ボサノバは過去の音楽ではない、進化し続けている」と気を吐くのが、ジョビン亡き後のボサノバ界のトップに立ち、ボサノバをここまで広めてきた巨匠「オスカー・カストロ・ネヴィス/Oscar Castro-Neves」。「アイアート・モレイラ」、「レイラ・ピニェイロ」などの実力派ミュージシャンを「東京ブルーノート」に集め、熱いライブを展開したアルバム「Live At Blue Note Tokyo」。ブラジルの空気や街のにおいが熱気とともに伝わってくるコンテンポラリーなボサノバ。

ボサノヴァ・セレブレーション・オールスターズ ライブ at ブルーノート東京!

オスカー・カストロ・ネヴィス / スリーディーシステム



その後のブラジルのミューズ、歌姫もあげておきましょう。まず「ジョイス/Joyce」。’70年ごろ盛んに活動していたが、結婚後、音楽生活から遠ざかり、復活し、再び「自然派」として脚光を浴びたのは、’80年代である。そのころの名盤2枚、「フェミニーナ」、「水と光」がカップリングされ、再発された。

フェミニーナ、そして水と光

ジョイス / EMIミュージック・ジャパン



「ベベウ・ジルベルト」。「ジョアン・ジルベルト」の娘という毛並みの良さ。アコースティックな音と、多分ミュージック・シーケンサによってプログラムされた電子音が、うまくバランスをとって、違和感をもたらさずに融合されている。今までのボサノバにはない新鮮な感覚があじわえる今世代のボサノバ。

タント・テンポ
ベベウ・ジルベルト / キングレコード
ISBN : B00004U2TA



さて、最後にクラシック・ボッサの名曲を映像でお楽しみいただきましょう。

ボサノバ第一号といわれる、「Chega de Saudade(シェガ・ジ・サウダージ、邦題:想いあふれて)」をジョビンとジョアン・ジルベルトの唄と演奏で。




ジョピンのピアノによる名曲「波(Wave)」。




ジョアン・ジルベルトの声とギターによる「Estate(夏)」。




バーデン・パウエルの超絶ギター「tristeza(悲しみ)」。



このように、初期のボサノバはブラジル色の強いサンバの一種ということがよく分かると思います。
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by knakano0311 | 2010-02-25 09:24 | サウダージ | Trackback | Comments(0)

11月のいもたこなんきん  ~小野リサ コンサート~

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11月のいもたこなんきん。今月の「いもたこ」はこれに尽きます。1に「小野リサ」、2に「小野リサ」、3,4がなくて、5に「小野リサ」ということで、妻が、かねてから待望の、「小野リサ」のコンサート「ボッサ・アメリカーナ・ツアー2007/NHK大阪ホール」にいってきました。勿論、チケットは発売後すぐにソールド・アウト。私が発売と同時に買っておいたその席は、前から2列目のかぶりつきで、奥さん大興奮で、うっとりと聴きほれていました。

「小野リサ」。ブラジル・サンパウロ生まれ。幼少時代をブラジルで過ごし、15歳からギターを弾きながら歌い始める。 1989年日本でデビュー。ナチュラルなピュアーな歌声、チャーミングな笑顔で瞬く間にボサノヴァを日本中に広める。ボサノヴァの神様「アントニオ・カルロス・ジョビン」等の著名なアーティストとの共演や、ニューヨークやブラジル、アジアなどで海外公演を行い、成功を収める。1999年アルバム「ドリーム」が20万枚を越えるヒットを記録。 以降、ボサノヴァで日本におけるボサノヴァの第一人者としての地位を不動のものとしている。

何枚もCDを持っているが、CDで聴く彼女の歌声と寸分違わない生のピュアーな歌声をステージで聴くことが出来た。このことで、彼女のCDは、ごまかしのための、電子的なエフェクトやコンピュータ編集などを一切してないことがよくわかる。勿論当たり前の話なんですが。
ステージでは、「ギターを持つ位置がだんだん前にせりだしてきた」などと、新しい命(確か3人目?)を授かっていることなどを告白するなど、終始、微笑みの絶えないハートウォーミングな素敵なステージでした。中国へ出張したときなどCDショップへよると、日本のアーティストの中では、彼女のCDが群を抜いておいてある数が多いと思っていたが、あのハートウォーミングな歌声が、中国でも共感をよんでいるのであろうとあらためて感じる。

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さて、今年は「ボサノバの父、アントニオ・カルロス・ジョビン生誕80周年」である。ボサノバの創始者の一人である「ホベルト・メネスカル」は、「今はもう、ブラジルではボサノバを聴く人は、めっきり少なくなってしまった」と言う。(音楽の誕生 ~ボサノバのルーツを知って~ 参照)
しかし、日本では女性を中心にボサノバが大ブームである。今回のコンサートでも満員のお客さんの中でも女性の多さが目立った。

音楽に限らず、これほど他国にルーツをもつカルチャーや芸術を、上手に取り込んで本家以上のレベルに進化させてしまう「日本人」の特質、国民性に、いまさらながら感心してしまう。
そういえば、大阪に「バグパイプ」の愛好家協会があり、そのことをスコットランド人の友人に話したらびっくり仰天していたことを思い出す。

コンサートは、2部形式で、1部はジョビン生誕80周年を記念して、まもなくリリースされるアルバムから、ジョビンの名曲のオン・パレード。そして第2部は、カントリー&ウェスタンに取り組んで昨年リリースされた「Jambalaya-Bossa Americana」と、今年リリースされた、ソウル・ミュージック、R&B名曲のボサノヴァ・アレンジ・カバー・アルバム「Soul&Bossa」からのナンバーをたっぷりと。そして、締めはやはりジョビンの名曲で最高潮にというステージであった。
どの曲も知っている曲ばかりで、帰りの車の中で「本当にいい一日だったわ」と感想を漏らす、奥さん大満足のコンサートではあった。

明日からしばらくは、多分、「小野リサ漬け」でしょう。

The music of Antonio Carlos Jobim

小野リサ / エイベックスイオ



Soul&Bossa

小野リサ / avex io(ADI)(M)



Jambalaya-Bossa Americana-
/ EMIミュージック・ジャパン
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「Lisa Ono (小野リサ) - Unchain my Heart」

          
 
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by knakano0311 | 2007-11-17 23:32 | いもたこなんきん | Trackback(1) | Comments(0)

音楽の誕生   ~ボサノバのルーツを知って~

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映画を観ました。タイトルは「This is Bossa Nova(パウロ・チアゴ監督)」。アクションでも恋愛でもホラーでもなく、1950年代後半にブラジルで生まれ、世界中に広がった音楽「ボサノヴァ」の歴史を描いたドキュメンタリー映画。現在も活躍し、最近この映画のプロモーションのために来日した巨匠カルロス・リラとホベルト・メネスカルが発祥の地、リオ・デ・ジャネイロを訪れ、ボサノヴァ誕生当時のエピソードや魅力を語り、その歴史をたどる映画である。カルロス・リラとホベルト・メネスカルが誕生に関わるエピソードや曲が出来たいきさつなどを語り、実際その曲を演奏したり、立役者となったミュージシャンたちの映像が流れ、全編をとおし、ボサノヴァの名曲の数々が心地よく、ファンにはたまらない映画だ。

1950年代の終わり、当時の重い暗いブラジル音楽の枠から逃れようと、自由な音楽を希求するギター好きの学生たちが、今まで聴いたことのない、JAZZに影響を受けた新しいコード(和音)を耳にするところから始まる。その新鮮なコードとコード進行、軽やかなリズムによる新しい音楽は瞬く間にリオの若者の間に広がっていき、ミューズ「ナラ・レオン」のアパートに集まるようになっていく。ボサノバという言葉は、リオの学生ホールで初めてボサノバのコンサートが開催され、出演者の名前の分からない主催者が「ボサノバ/新傾向」という出演者名をつけたところに由来するという。やがて天才的なシンガーソングライター「アントニオ・カルロス・ジョビン」があらわれ、ブラジルを代表する詩人で外交官の「ヴィニシウス・ヂ・モライス」と出会い、二人は美しいものを愛する最高のパートナーとなり、ここにボサノバが決定的に完成される。ジョビンの息子パウロが語り、奏でる父の想い出のシーンは感動的である。

ディス・イズ・ボサノヴァ [DVD]

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This is BOSSA NOVA

サントラ / ビクターエンタテインメント



予告編を ・・・。 「This is Bossa Nova (Coisa Mais Linda - História e Casos da Bossa Nova) 」

          


あのささやくような歌い方の特長も、ナラのアパートの隣人からの苦情でどんどん声を落としていき、あのような「ウィスパー・ボイス」スタイルになったというからおどろく。ジョビンは多分ビートルズに匹敵するくらいの影響を世界中の音楽に与えた。「イパネマの娘」はカバーされた回数は世界一かもしれない。 やがて、「ジョアン・ジルベルト」が登場し、あのギターと声が一体となった独特の彼の小宇宙が形作られる。

「ボサノバはJAZZではない。サンバだ。」と創始者たちは言う。確かに「サウダージ(郷愁)」がボサノバの根底を支えていると魂だとしたら、まさしくそれはサンバをルーツとする音楽に違いないであろう。この映画、東京と大阪しか上映予定がないらしいが、全編心地よいボサノバにより体中の血がブラジル化したような気になる、その音楽のルーツと歴史を知るうえでもボサノバ・ファン必見の映画。

「ボサノバの父」称される、ジョビンの初期の代表曲を自ら演奏した傑作アルバム。

イパネマの娘
アントニオ・カルロス・ジョビン / / ユニバーサルクラシック
スコア選択:




映画でも描かれているが、ボサノバ創世期の若い音楽家の間でまさしく「ミューズ」であった「ナラ・レオン」。その後、軍事政権となったブラジル政府批判を繰り返した彼女はボサノバと決別して、パリへ亡命。しかし、自身の出自と向き合いボサノバとの和解を決意し、1971年、堰を切ったように全編ボサノバの本アルバム「Dezanos Depois(美しきボサノバのミューズ)」を録音する。シンプルなギターの伴奏で、ボサノバの定番をうたう。陰影に富んだ、深みのある歌唱。その歌声はいま聴いても瑞々しさを失わず、心に染みる。多分女性BOSSAファンにオススメするのにこのアルバム以上のものが見当たらないくらいの名盤。モノクロのジャケット、雨のパリだろうか? 47歳の若さで夭折したミューズ。

美しきボサノヴァのミューズ
ナラ・レオン / ユニバーサルインターナショナル
ISBN : B0000677LE
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独自の「ボサノバ小宇宙」を作り上げたジョアン・ジルベルト。アストラッド・ジルベルトのかっての旦那でもあり、ベベウ・ジルベルトの父でもあり、「ボサノバの法王」と称されている。その小宇宙を最もシンプルに、プリミティヴに感じさせるアルバム、「ジョアン 声とギター」。

JOAO VOZ E VIOLAO
Joao Gilberto / / Universal
スコア選択:


「ボサノバ」という言葉はまだ私は知らなかったが、高校時代にみて魅了された映画「黒いオルフェ」。ギリシャ神話のオルフェウス伝説を基にしたブラジルの詩人「ヴィニシウス・デ・モラエス」の戯曲を、マルセル・カミュ監督がリオ・デ・ジャネイロに舞台を置き換えて描いた映画。市電の運転手オルフェと美少女ユリディスとの運命的な恋を、リオのカーニバルの熱気と印象的なボサノバをバックに描いた悲劇のドラマ。ジョビンと作曲家で名ギタリストのルイス・ボンファとが音楽監督を手がけ、カンヌ国際映画際グランプリ受賞作品。「カーニバルの朝」、「オルフェのサンバ」、「フェリシダージ」は今でも多くのアーティストにカバーされている色あせない名曲。

黒いオルフェ(ポルトガル語版)
/ アイ・ヴィ・シー
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この映画「This is Bossa Nova」の原題は「Coisa Mais Linda/最も美しいもの」。
ジョビン、モライス、ボスコリ、ナラ、パウエル、エリス・レジーナ、シルヴィア・テリス・・・・みんな鬼籍に入ってしまった。
今はもう、ブラジルではボサノバを聴く人は、めっきり少なくなってしまったとホベルト・メネスカルは嘆く。
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by knakano0311 | 2007-08-30 16:18 | サウダージ | Trackback(1) | Comments(0)

ピエール・バルー    ~ ダルトニアンに生まれて ~ 

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(写真 朝日新聞より)

「ピエール・バルー」。私がBOSSA NOVAに魅せられたのは、クロード・ルルーシュ監督の映画「男と女」からである。劇中、ヒロイン「アヌーク・エーメ」のかっての夫で、命を落とすスタントマン役が「ピエール・バルー」であった。バルー自ら劇中で歌う、ダバダバダ・・・で始まる有名な「男と女」のテーマ曲、ボサノバとその創始者への「讃」でちりばめられた「サンバ・サラヴァ(男と女のサンバ)」。映画の素晴らしさは勿論、当時初めて聴くボサノバ、その新鮮な衝撃は今でも憶えている。それほど魅かれながらも、その後あまりバルーの歌を聴くことはなかった。

その「ピエール・バルー」の9年ぶりの新作が発売されるとの朝日新聞の記事。9年間の間にポツポツと作り溜めたものを17曲収めてあるという。録音はパリ/ヴァンデ/東京で1999年から2006年に渡って断続的に行われ、ようやく1枚の作品として完成。タイトルは「ダルトニアン」。
テーマは特にないらしいが、73歳になる老境を迎えたバルーが過去を追想する曲が目立つという。「私は散歩者。世界中を漂い、歌で物語をつむぐ」と語るバルー。

アルバムタイトルの「ダルトニアン」は色覚異常の意味。バルーも色覚異常で、「だから、肌の色で人種差別はしない」と彼は語る。実は私も「ダルトニアン」。「赤緑色弱」という色覚異常。そのことでいじめや差別を受けたことはないが、小中学校のころの身体検査で例の色覚検査表で、いつも引っ掛かっていた。他人には見えるものが私には見えず、見えないものが見えるので自分でもいつも不思議であった。私の場合、モノトーンの世界ではないので、運転免許も取れたし、日常生活にはまったく意識もしないし、不自由もなかった。ただ、大学受験のとき、色彩を扱う美術、建築系、薬などの色の見分けが必要な、化学、医学、薬学系の入学には制限があった。
新聞のバルーのコメントに強く惹かれ、アルバムを聴いてみる気になった。

ライナーノーツをみてびっくりした。かれの夫人は「あつ子さん」という日本人であり、ここ10年ほどは、パリの自宅とヴァンデの別荘と東京の自宅の3ヵ所を行き来しているという。
また娘のマイアは日本で演奏活動をしている、ミュージシャンで、素性はよく分からないが、「ちんどんプラス金魚」という変わった名前のバンドでサックスとボーカルを担当しているという。そのバンドもアルバムの録音に参加しているので、なぜ東京で録音?という疑問も氷解した。

ウクレレ7人編成のグループ「ウクレレ・クラブ・ド・パリ」との快適なスウィング・ナンバー「ア・クーダ・・・」に始まり、「冬、深夜、街」などをモティーフにした愛のバラード「夜更けに」。あつ子夫人に捧げたジョビンの名作「コルコヴァード」の仏語カヴァー、愛し合う男女でも同じ経験への記憶がまったく違うことを唄った「記憶」。彼の生き方をタイトルとして表わした「ダルトニアン」。作曲は愛娘マイアでデュエットも披露。最近では「マデリン・ペルー」によって取り上げられ大ヒットしたナンバーで、ビリー・ホリディが唄ったJAZZスタンダード「ケアレス・ラブ」に自身が仏語詩をつけ、ホリディに捧げた「ビリー」。チャップリンの「モダンタイムズからの「ティティナ」、そして自身のカバー「ラスト・チャンス・キャバレー」。前半、日本語で唄っているのは、彼の盟友で、シャンソン歌手にして作家、クラブ「青い部屋」のオーナー、「戸川昌子」。

17篇の珠玉の人生がつまった、少年のような目を持つ73歳のピエール・バルーの最新アルバム。

ダルトニアン(DVD付)

ピエール・バルー / オーマガトキ



「Billie ( Careless Love ) - Pierre Barouh」

          

1960年代ブラジルに渡り、生まれたばかりのボサノバをフランスに紹介し、「男と女」、アルバム「サラヴァ」に結実した。「映画監督になりたかった。でも小さいときは無理だったから、14歳のとき、紙とペンとギターを持って旅に出た。・・・・・」
ピエール・バルー監督が過去、現在、未来をつなぐ美しきブラジル音楽へのオマージュを、ロードムービー的に描いたドキュメンタリー。40年近い時空を超えた音楽の連鎖。



SARAVAH 「時空を越えた散歩、または出会い」 ピエール・バルーとブラジル音楽1969~2003~
/ オーマガトキ
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by knakano0311 | 2007-07-28 18:42 | おやじのジャズ | Trackback | Comments(0)

梅雨の一日に  ~心象音楽としてのBOSSA NOVA ~ 

南米の音楽、とりわけ「フォルクローレ」や「BOSSA NOVA」に惹かれるようになったのはいつ頃からだろうか。たぶん高校時代、インカの吟遊詩人「アタウアルパ・ユパンキ」を聴いてからだろう。日本人のラテン好き、ボサノバ好きは日本人の血に流れる共通のモンゴロイドのDNAがそうさせるかもしれない。

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「梅雨の一日に ~環境音楽としてのBOSSA NOVA(2)~」というタイトルで書き始めましたが、サブタイトルと内容を変更することになってしまいました。というのも、前回「環境音楽としてのBOSSA NOVA」で予告していた、「吉田慶子/コモ・ア・プランタ~ひそやかなボサノヴァ」を聴いてしまったからです。私の好きな長谷川きよしの「別れのサンバ」のカバーが流れてくると、バックの切れのいいギター。もしやと思って、クレジットをみると、長谷川きよしが参加しているのです。すっかりうれしくなってしまいました。それにしても、これほどの「ボサノバ唄い」、まったく知りませんでした。長谷川きよし、小野リサにつづく日本人ボサノバ唄いといっていい。
ライナーノーツによれば、吉田慶子はふとしたことからボサノバと出会い、その魅力にとりつかれ、2000年には単身ブラジルへ渡り、1stアルバム「愛しいひと bem querer」を制作したという。本アルバムに収められている主な曲は、ジョビン、モライス、カルロス・リラ、エデゥ・ロボなどボサノバ黎明期の巨匠の曲、古典的ボサノバである。ボサノバの本質とよくいわれる「サウダージ(郷愁)」。日本語でいえば、「郷愁」、「ふるさと」、「夏祭り」、「ほうずき市」などという言葉から我々の心に湧きあがってくる感情とでもいえばあたっているかもしれない「サウダージ」をこれほど心象風景として、表現できている「ボサノバ唄い」も他にいない。
帯にいわく「ささやき声で始まって、ただ終わる美しいひととき」。


コモ・ア・プランタ~ひそやかなボサノヴァ

吉田慶子 / オーマガトキ



さっそく、1stアルバム「愛しいひと bem querer」も聴いてみました。「プリミティブ」、「サウダージ」。 一つ一つの曲に彼女自身が、対訳と解説をつけていますが、それを読むだけで、彼女がどれほどボサノバに魅せられているか、愛しているかがわかります。アルバムタイトルの「bem querer」は、この上もない愛を意味するポルトガル語。まさしく彼女がボサノバに捧げた言葉か? 

愛しいひと bem querer

吉田慶子 / インポート・ミュージック・サービス



「コモ・ア・プランタ~ひそやかなボサノヴァ」から「」。最後尻切れになっているのが残念ですが ・・・。
「吉田慶子 - Nunca(決して)」

          


「プリミティブ」、「サウダージ」を代表する巨匠「ジョアン・ジルベルト」のアルバムから。「ジョアン 声とギター」。全盛期をすぎ、2000年発表の作品。まさにタイトル通り、ジョアンの声とギターのみで奏でている逸品のアルバム。サウダージとはこのこと、シンプルとはこのこと。


ジョアン 声とギター
ジョアン・ジルベルト / / ユニバーサルクラシック
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「想いあふれて - ジョアンジルベルト」

          
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by knakano0311 | 2007-07-08 00:34 | サウダージ | Trackback | Comments(0)