大屋地爵士のJAZZYな生活

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もしもピアノが弾けたなら(1)   ~ ピアノ、この小宇宙 ~

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ピアノ。「小宇宙」ともよばれるピアノ。元々は、イタリア語で「弱い音と強い音」という意味の「ピアーノ・エ・フォルテ」と呼ばれたそうだ。ピアノが発明される前の弦楽器系鍵盤楽器は、チェンバロとクラヴィコードであったが、音の強弱を表現が自由に行えないという欠点があった。鍵を指で弾くと、鍵に連動したハンマーが対応する弦を叩き、音が出る構造にして、弦に張力を与え、その張力に耐えるフレームを用意したことにより、より広い演奏会場でも音が届くようになったのが、この楽器である。現在のピアノは、音域が非常に広く、標準的には88の異なる音高を持つが、一つの音あたりの弦の数は音高により異なり、最低音域では1本だが、低音域では2本、中音域以上では3本が一般的であり、弦の総数は200本を超える。ピアノは、クラシックオーケストラの持つ音域のほぼ全てをカバーしているので、西洋音楽のほとんどの曲は、ピアノ曲に編曲して演奏することができるという特徴がある。そのことから、「小宇宙」ともよばれるのである。(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』参照)

私の故郷・松本は「鈴木鎮一」という方が、「才能教育研究会」という幼児音楽教育を提唱した地でもあって、私が小学生であった昭和30年代頃でも、子供にピアノやらバイオリンを習わせる親は結構多かったように思う。そんな子供たちを多少うらやましく、横目で睨んでいた記憶がある。そんなことが、いまだに「ピアノ」が弾ける人に対する絶対的ともいえる憧れを捨てきれないでいる原因かもしれない。団塊の世代の男はそういう感情を持っている人が多いらしいと聞くが・・・・・・。

若いときは、コンボ・JAZZをメインに、JAZZを好きだった私も、年をとるにつれ、「女性JAZZボーカル」と「ピアノ・トリオ」に、好みが収斂してきているのを強く感じる。深み、哀愁、清冽、透明、希望・・・など人生の中で感じるすべての思いや感情を表現するのに、「女性JAZZボーカル」と「ピアノ」が一番私の心に響くような気するからである。

去年惜しくも亡くなった阿久悠さんの作品に「もしもピアノが弾けたなら」という曲がある。このタイトルを借りて、「ジャズ・ピアノ」をテーマに雑文を書いてみたいが、JAZZ評論などではなく、あくまでも人生のBGMとしての感想文である。

同じ「スタンダード」と呼ばれる曲でも、弾き方によって、プレイヤーそれぞれ、十人十色であることは言うまでもない。そんなピアノ・トリオの演奏を自らのレーベルのアーティストのコンピレーションにまとめた絶好のピアノトリオ入門?アルバムがある。ヴィーナス・レコードからリリースされている「バラード編」、「スタンダード編」である。このアルバムを聴いていいなと思ったあなたは、もうジャズピアノファンの素質十分。

バラード~オン・ジャズ・ピアノ・トリオ・ベリイ・ベスト
オムニバス / / ヴィーナス・レコード
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スタンダード~オン・ジャズ・ピアノ・トリオ・ベリイ・ベスト
オムニバス / / ヴィーナス・レコード
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そして、私もその一人であるが、あまたのJAZZファンに人気の評論家「寺嶋靖国」氏が、年に1枚のペースで、知られざる名演奏を発掘し、リリースしていた「Jazz Bar」シリーズ。2007年度版は、彼が満を持して立ち上げた、自らのレーベルからリリースした「Jazz Bar 2007」。1曲を除いて全編ピアノトリオという力の入れ方。そして、そのアルバムのコンセプトは「哀愁とガッツ」だという。多分シリーズ最高の出来映え。4曲目「Michel Bisceglia/Paisellu Miu」などはもう落涙もの、JAZZ Pianoファンぜひご賞味あれ。

寺島靖国プレゼンツ JAZZ BAR 2007
オムニバス / / インディーズ・メーカー
ISBN : B000WZO446
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「Paisellu miu-Michel Bisceglia」

          
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by knakano0311 | 2008-01-27 23:58 | もしもピアノが弾けたなら | Trackback | Comments(0)