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大屋地爵士のJAZZYな生活

我が青春のジャズ・グラフィティ(7) ~ 青春の光と影 ~

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(写真はわがブログを見て友人が送ってくれた現在のB軒、当時の懐かしいレコードジャケットが飾ってある)

1969年に卒業し、関西の電機メーカーに就職をした。その年、日本中の大学は全共闘による学内占拠やストライキで大荒れに荒れ、その一方で彼らの闘争の対象のアメリカは、アポロ11号による人類初の月面着陸を成し遂げた。また、日本中が沸きかえった大阪万博が開催されるちょうど一年前であった。関西出身の友人はいたが、親戚などの頼れる先はなく、言葉や習慣に戸惑いながらも、スタートした社会人生活であった。自衛隊や禅寺での研修や営業・工場実習を経て、研究所への配属が決まり、とにもかくにも仕事が始まったのは6月半ばであった。当初は大阪の東部の山ろくにある会社の寮から通勤。しかも前年の不祥事?から大の男の二人部屋。期待はまったく裏切られ、音楽を聴く環境ではなかったので、1年後には、1Kの公団住宅へ早々に引っ越していったのである。

そして、ボーナスで安価であるが、やっと買えてうれしかったAudioセットで、「JAZZが聴ける生活」を手に入れることが出来た。その頃よく聞いていたのは、学生時代からの趣向をそのままひきずっていた「CTI」シリーズであったと思う。このシリーズ、今見ても、やはり素晴らしいデザインのジャケットだと思う。

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ソウル・フルート;トラスト・イン・ミー


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マーティー・バトラー;ジョーンズ嬢に会ったかい?


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ナット・アダレイ;You,Baby






新入社員としての研究所づとめ。見習いみたいなもので、まだお客さん扱い、5時には仕事は終了して退社。その上、週休二日制をいち早く導入した企業だったので、週末もやたら暇。ないのはお金ばかりであった。
最初は会社の軽音楽バンドに所属していたが、そのうち、誘われたヨットに熱中になり、週末は練習のため、艇庫のある西宮の浜で過ごすようになっていった。その時期と前後して、一時的にJAZZから離れ、POPS、ブラス・ロック、シンガーソングライター、フォーク、R&Bなどに夢中になった時期があったが、それは、学生時代からひきずってきたものを断ち切りたいという「覚悟」、あるいは「焦燥感」の現れだったかもしれない。 

長谷川きよし、ジョニ・ミッチェル、キャロル・キング、カーリー・サイモン、サイモン&ガーファンクル、チェイス、ブラッド・スウェット・アンド・ティアーズ、カーぺンターズ、バート・バカラック、リッキー・リー・ジョーンズ、トム・ウェイツ、ダイアナ・ロス、ティナ・ターナー、オーティス・レディング、ビートルズ、サンタナなど手当たり次第、脈絡もなにもなく、酒をあおりながら、ただやみくもに聴きまくったのだ。

孤高のシンガー・ソングライター「ジョニ・ミッチェル」。「ブルー」とならんで「青春の光と影」は若者達に圧倒的な支持を受けた。最近「ハービー・ハンコック」が彼女へのトリビュート・アルバム「リヴァー~ジョニ・ミッチェルへのオマージュ」を出したことにより、彼女への再評価の動きがあるようだ。

青春の光と影

ジョニ・ミッチェル / ワーナーミュージック・ジャパン



そして「酔いどれ詩人」こと「トム・ウェイツ」。しゃがれたかすれ声、ジャズ的なピアノ演奏、しがない人々の心情をユーモラスに描きながらも温かい視線で見つめる独特な歌詞世界。その後あまたのアーティストに影響を与え、カバーもされている。

土曜日の夜

トム・ウェイツ / イーストウエスト・ジャパン



「シカゴ」、「チェイス」と並んで、そのホーン・セクションが奏でるブラス・ロックのかっこよさに痺れた「BS&T」。のちの「MJQ(マンハッタン・ジャズ・クインテット)」のトランペッター「ルー・ソロフ」が参加していたのも特筆。

血と汗と涙

ブラッド・スウェット&ティアーズ / ソニーレコード



1969年8月、ウッドストック・フェスティバルに出演し、「悪魔に魂を売ったのでは」とまで言われ、すすり泣くようなギターが、プレスリーからビートルズにいたるロックの系譜を変えたといわれた「カルロス・サンタナ」。「ブラック・マジック・ウーマン」は、サイケデリックなジャケットのアルバムとともに一世を風靡した。そして、アルバム「アミーゴ」に収録された、インスツルメンタルの「哀愁のヨーロッパ」は、JAZZギタリストがこぞってアルバムで取り上げる定番ともなっている。

天の守護神

サンタナ / ソニーレコード



ベトナム戦争の最中、平和と愛を願うために51万人近くが集ったといわれる「ウッドストック・フェスティバル」は、1969年8月15日(金)から17日(日)までの3日間、アメリカ合衆国ニューヨーク州サリバン郡で開かれた。「ジミ・ヘンドリックス」が最終日のトリを務めたほか、ジョーン・バエズ、ジャニス・ジョプリン、クリーデンス・クリアウォーター・リバイバル 、ザ・フー、ジェファーソン・エアプレイン、ジョー・コッカー、ブラッド・スウェット・アンド・ティアーズなどそうそうたるメンバーが約30組出演したという。「ビートルズ」は出演を辞退したが、1970年の解散後のジョン・レノン(その妻のオノ・ヨーコも)は、アメリカにおいてベトナム反戦活動を行い、若者への影響力が強かったため、アメリカ政府から国外退去を命じられるほどであった。その後アメリカは、1973年1月にパリ協定締結、3月にはアメリカ軍がベトナムから撤兵完了し、1975年4月のサイゴン陥落をもってベトナム戦争は終結する。

そして、今から考えれば、何かの陰謀ではないかとも思えるのだが、米軍撤退と軌を一にして、「石油は枯渇する」というプロパガンダが、「ローマ・クラブ」によって世界中に流され、それに呼応するかの様に、1973年第4次中東戦争勃発、OPECによる石油減産、価格引き上げによる「第一次石油ショック」によって、万博のお祭り騒ぎの余韻も束の間、日本中が狂乱の渦に巻き込まれるのはもう間近に迫っていた。

我が青春の(ジャズ)グラフィティ/新入社員時代編は、
52)ソウル・フルート;Trust In Me
53)アーティー・バトラー;Have You Met Miss Jones?
54)ナット・アダレイ;You,Baby
55)ミルト・ジャクソン;サンフラワー
56)デオダード;ツァラトゥストラはかく語りき
57)ジム・ホール;アランフェス協奏曲

58)長谷川きよし;別れのサンバ  一人ぼっちの詩 より
59)ジョニ・ミッチェル;ブルー
60)ジョニ・ミッチェル;青春の光と影
61)キャロル・キング;つづれおり
62)カーリー・サイモン;Carly Simon
63)サイモン&ガーファンクル;明日に架ける橋
64)チェイス;追跡
65)ブラッド・スウェット・アンド・ティアーズ;血と汗と涙
66)カーぺンターズ;ナウ・アンド・ゼン
67)バート・バカラック
68)リッキー・リー・ジョーンズ;浪漫
69)トム・ウェイツ;土曜の夜
70)ティナ・ターナー;プラウド・メアリー
71)オーティス・レディング;ドック・オブ・ザ・ベイ  リスペクト ~ヴェリー・ベスト・オブ・オーティス・レディング より 
72)ジミ・ヘンドリクス;パープル・へイズ エクスペリエンス・ヘンドリックスより
73)ビートルズ;レット・イット・ビー
74)サンタナ;天の守護神
75)サンタナ;アミーゴ

社会人になったとはいえ、研究所勤務のためか、なかなか学生気分が抜けきれず、熱中と挫折を繰り返す、誰もが一度は通るまさに「青き時代」でもあった。
by knakano0311 | 2009-02-15 23:44 | 我が青春のジャズ・グラフィティ | Trackback | Comments(0)
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