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大屋地爵士のJAZZYな生活

青春のシネマ・グラフィティ・番外編  ~女優たちはなぜ彼の歌を歌う?~

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写真は前回挙げた歌うフランス女優たちのオムニバスCD「美しい人」のアルバム表紙である。上段左から、「イザベル・アジャニ」、「ブリジット・バルドー」、「ジェーン・バーキン」、「ミレーヌ・ダルク」、「カトリーヌ・ドヌーヴ」、「シャルロット・ゲンスブール」、「ジャンヌ・モロー」である。このアルバムで彼女らに共通していることは一体何か?それは「セルジュ・ゲンスブール」によって提供された曲やカバーを歌っていることである。さらに調べるとこんなアルバムもある。「ゲンスブールを歌う女たち」。ここでも先にあげた女優達に加え、「ペトゥラ・クラーク」、「レジーヌ」、「アンナ・カリーナ」、「ジュリエット・グレコ」、 「ジジ・ジャンメール」、 「フランソワーズ・アルディ」、こんなそうそうたる歌手や女優達が、ゲンスブールを歌っているのである。

ゲンスブールを歌う女たち

オムニバス / ユニバーサル インターナショナル


一体「セルジュ・ゲンスブール」とは何者であろうか?なぜ女優達はこぞって彼の歌を歌ったのだろうか?そんな疑問が当然湧いてくるのである。

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「セルジュ・ゲンスブール/Serge Gainsbourg」(1928年4月2日 - 1991年3月2日)は、フランスの作曲家、作詞家、歌手、映画監督、俳優である。パリ生まれ。1958年にLe Poinçonneur des Lilas(『リラの門の切符切り』)でデビューして以来、反体制的な作風で人気を博し1960年代の特に後半から1970年代にかけてフランスのポピュラー音楽において中心的な役割を果たしたという。残念ながら、当時JAZZやアメリカ音楽に目が向いていた私は、ゲンスブールの名は近年までまったく知らなかった。作詞に特徴が強く、ダブル・ミーニングなどの言葉遊びを多用し、また、ときには露骨に性的な内容を語った歌詞が多い。俳優・歌手の「ジェーン・バーキン」は3人目の妻であり、俳優の「シャルロット・ゲンスブール」はバーキンとの間にもうけた娘である。死後はその栄光をたたえて、「ジャン=ポール・サルトル」、「シャルル・ボードレール」などの著名人が数多く眠るモンパルナス墓地に葬られた。

そしてその生涯は反体制的な行動や、インモラルな女性関係に満ちたものであったという。中でも1967年、「ブリジット・バルドー」と不倫の関係は有名で、バルドーに「Harley Davidson」など多数の提供曲を作っている。1968年にはセルジュとバルドーのデュエットなどによるアルバム「ボニーとクライド/Bonnie and Clyde」がリリースされている。そして同年、1968年、映画Slogan(『スローガン』)で、離婚直後、パリへ渡ってきたジェーン・バーキンと共演する。当時20歳のバーキンはセルジュに一目惚れし、同年、ジェーンの官能的な吐息が非難と絶賛の注目を集めた「ジュ・テーム・モア・ノン・プリュ/Je t'aime moi non plus」をセルジュとデュエットするなど親密な関係を経て結婚する。以後、「ジェーン・バーキン」へは数多くの曲を提供し、また多くのアルバムをプロデュースしている。1977年バーキンと離婚するが、その後のセルジュはその傷みに耐えかね廃人同然だったが、「カトリーヌ・ドヌーヴ」があれこれ相談にのっていたという。

アメリカでもない、イギリスでもないフランスのロック・スタイルを築いた「セルジュ・ゲンスブール」のロック。いわゆるストレートでパワフルなロックと違い、それは、「男と女」を唄ったアコースティックで、シニカルで性的な言葉遊びとデカダンの薫りに満ちたシャンソンであり、ロックである。だから、多くのフランス女優が彼に傾倒し、こぞって曲の提供を求め、その歌を歌ったのだと思う。

1991年、62歳でこの世を去ったゲンスブールのメモリアル・コンピレーション。シャンソンの概念を根底から覆す革新的なアプローチを見せた初期、レゲエに挑んだ70年代末、ラップに接近した80年代と、時代を先取りしながらも、世界一孤独な自由人だった天才の系譜を辿るアルバム「ベスト・オブ・セルジュ・ゲンスブール-イニシャルSG」。

ベスト・オブ・セルジュ・ゲンスブール-イニシャルSG-

セルジュ・ゲンスブール / USMジャパン



比較的後期の作品が集められているコンピ・アルバム「セルジュ・ゲンスブールとの一時間」。ダブル・ミーニング、過激なタイトルは全盛期と変わらないが、語りの多いラップ的な曲作りに傾いていることが読める。

セルジュ・ゲンスブールとの一時間

セルジュ・ゲンスブール / マーキュリー・ミュージックエンタテインメント



「ジェーン・バーキン(Jane Birkin、1946年12月14日 - )」は、女優・歌手。イギリス・ロンドン生まれ。母親も女優。1963年17歳で女優デビュー。18歳のときオーディションで採用された、映画「ナック」が1965年のカンヌ映画祭パルム・ドールを受賞した。007の音楽で知られる「ジョン・バリー」と結婚し「ケイト・バリー(写真家)」を産み、後に離婚。1967年主演した「欲望」が、立て続けにカンヌ映画祭パルム・ドールを受賞。

1968年フランスに渡り、「セルジュ・ゲンスブール」の3人目の妻として結婚するが、1977年にゲンスブールの酒乱・DV等を理由に離婚するが後に和解。1991年ゲンスブールの病没まで仕事で共演するほか、私生活でも交流する。2人の間の娘「シャルロット・ゲンスブール」も女優となる。1982年映画監督「ジャック・ドワイヨン」と3度目の結婚をするが後に破局。ドワイヨンとの娘の「ルー・ドワイヨン」も女優である。
このように彼女の3人の娘のうち一人は写真家二人は女優である。エルメスのバッグ「バーキン」は、バーキンがデザインしてエルメスに発注したものであり、女性に超人気のバッグとなっていることはご存知でしょう。

そして、多分男性諸氏はどこかで一度くらいは聴いたことがあると思いますが、いまやお色気BGMの定番になってしまった感がある、セルジュとのデュエットで歌った官能的な「Je t'aime moi non plus」やバーキンの女優としてのイメージとは大変な落差のある、あのロリータ・ボイスでヒットした「バビロンの妖精」、往年のロックやR&Bスターへのオマージュ「想い出のロックン・ローラー」などが収録されているベスト・アルバムによって、ゲンスブールとの軌跡はたどることが出来る。

ベスト

ジェーン・バーキン / ユニバーサル インターナショナル



「Jane Birkin & Serge Gaisbourg - Je t'aime... moi non plus (1969)」 真昼間に聴くのはちょっとはばかられるかもしれませんが ・・・。

          


アルバム「魅少女シャルロット」でデビューしたロリータ・ボイスの歌手が、セルジュとジェーンの娘「シャルロット・ゲンスブール」であることを、あるとき知った。ジェーンの若い頃のロリータ・ボイスに声そっくりであるが、このアルバムは、作詞・作曲がセルジュ、プロデュースもセルジュ、おまけにデュエットもしている。あの反骨のセルジュもやはり娘には「親ばか」だったか・・・ 。 

魅少女シャルロット

シャルロット・ゲンスブール / マーキュリー・ミュージックエンタテインメント



ジェーンとセルジュの娘、「シャルロット・ゲンスブール(Charlotte Gainsbourg、1971年7月21日 - )」は、フランスの女優、歌手。もう37歳になる脂の乗り切った女優。彼女は、1984年の『残火』で「カトリーヌ・ドヌーヴ」の娘役に抜擢され、映画デビューした。
この「シャルロット・ゲンスブール」こそが今年の5月24日閉幕したカンヌ映画祭で、会場のブーイングを招いたデンマークの鬼才監督、「ダンサー・イン・ザ・ダーク Dancer In The Dark (2000年)」でよく知られたラース・フォン・トリアー監督の心理ホラー作品「反(アンチ)キリスト(原題Anticrist)」に主演し、第62回カンヌ国際映画祭女優賞を獲得した「シャルロット・ゲンスブール」であるのだ。この作品かなり観客の神経を逆なでするような映像とストーリーらしいが、あえて果敢に出演した女優シャルロットに両親の反骨の血脈が受け継がれているのを感ずる。

そして、セルジュからシャルロットにいたる血脈のストーリーは、まさにフランスの愛憎の大河ドラマを見る思いがするのだ。
by knakano0311 | 2009-06-06 17:32 | シネマな生活 | Comments(0)
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