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大屋地爵士のJAZZYな生活

60歳過ぎたら聴きたい歌(55) 終わりなき闇 ~チェット・ベイカー/My Funny Valentine ~

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1988年5月21日カリフォルニア州イングルウッド
その日、いつもはひとけのないイングルウッド公園墓地には、葬儀に集まった人々の姿が点々と散らばっていた。 ・・・・・ それより二日前、オランダから到着した旅客機が、50年代にはハンサムなトランペット奏者として知られていた男の、無惨に腐乱した死体を運んできた。チェット・ベイカーは13日の金曜日、麻薬漬けの日々の果てにアムステルダムで謎の死を遂げた。 ・・・・ 彼の母国アメリカではその死を悼む声はそれほど高まらなかった。 ・・・・ 葬儀の日時が〈ロサンゼルス・タイムズ〉紙や〈ハリウッド・レポーター〉で告知されたにもかかわらず、集まったのはわずか35人である。 ・・・・・・


そんなシーンの描写で始まる本がある。「終わりなき闇 ~チェット・ベイカーのすべて~」(河出書房新社)。「ジェイムズ・ギャビン/James Gavin」著、「鈴木玲子」訳で、2段組、504ページにものぼる大作である。原題は「Deep in a Dream The Long Night of Chet Baker」。この原題のように、ついに現実に目覚めることなく、悪夢の淵に沈んだまま、アムステルダムのホテルの窓から転落死したJAZZトランペッター「チェット・ベイカー」の伝記である。米・西海岸のジャズシーンに颯爽と現れ、アンニュイな雰囲気で人々を魅了した男。ドラッグにおぼれ孤独な死に至るまで、今まで語られてこなかった彼のすべてを語った決定版評伝である。

終わりなき闇 チェット・ベイカーのすべて

ジェイムズ・ギャビン / 河出書房新社



ジャズ、女、麻薬、それがすべて。異例のスピードでジャズ界のスターとなってから世界一有名なジャンキーへと成り下がった男、チェット。麻薬が欲しいから演奏していたのか、演奏するために麻薬が必要だったのか、彼のトランペットから流れ出た悲哀の正体はなんだったのか。
正真正銘の「ワル」。今まで伝え聞いていた以上にその「ワル」ぶりが描かれているが、「徹底した落伍者の眼の色と声質は、ときに神性さえおびる」と「辺見庸」が評したように、その声は人を泣かす。

60歳過ぎたら聴きたい歌(55) 終わりなき闇 ~チェット・ベイカー/My Funny Valentine ~_b0102572_17115365.jpg(写真はいずれも「終わりなき闇」から)

「…あまりにも長年、麻薬漬けのジャンキーだったために、魂の抜け殻になっていたのね。かろうじて彼にも魂が残っていると感じたのは、音楽を演奏するときだけだった。そこには、はっきりとした二面性があったわ。素顔の彼は、まるで悪魔の化身のように冷酷だった。その彼のどこから、あんな美しい音楽が出てくるのか、理解に苦しんだほどよ。」
「天からの才能を授かっただけの、単なるろくでなし。」 
「天使のような顔をしながら、心は悪魔なのです。」
「素顔の彼は恐ろしい人だったと思います。自分の手には負えないものを抱えて、運が尽きたんじゃないでしょうか。」 ・・・・・・・

バレンタインの日が近づくとよく聴く曲、「My Funny Valentine」。「チェット・ベイカー」の代表作として多くの人が真っ先にあげる曲でもある。トランペッターだったチェットが歌うようになったのは50年代はじめのこと。そして歌手としての名声を確立したのが、「My Funny Valentine」が収録されているアルバム「Chet Baker Sings」だった。

1954年2月、ハリウッドで10インチのLPレコードを録音した。それが、「Chet Baker Sings」。さほど歌が上手くないチェットの音程をはずさないように苦労して録音され、どの曲とも100テイクくらい録ったため、レコーディング時間は、予定を大幅にオーバーしてしまったという。そして、専門家の評は、「まるで女みたい!」、「ぞっとする」、「底知れぬ欠陥のあるボーカル」など散々なものであった。しかし、ヒットしたのだ。どんなクラブで演奏するときも、ボビーソックスにローファーを履いた女性ファンが客席を埋め尽くしたのだ。貴公子然としたハンサムな彼が客席にむかって、「君は僕ごのみの芸術品なんだ」と囁くように歌うと、女性達はいっせいにため息を漏らした。究極の「たらし歌」とされる由縁である。
アルバム「Chet Baker Sings」。曲はおなじみのスタンダードばかり。しかしチェットが歌うと、そこに彼独特の世界が広がり、聴く者はついついその世界に引き込まれてしまう。そういう意味で、まるで耳元で囁くようなチェットの独特の歌と演奏には、麻薬的な魅力が潜んでいるようである。

Chet Baker Sings

Chet BakerPacific Jazz

 


チェットの死後、製作公開された彼の生涯を描いたドキュメンタリー映画がある。チェットにほれ込んだファッション・カメラマンとしても有名な写真家「ブルース・ウェーバー」が私費を投じ、自ら監督・製作したドキュメンタリー映画、「LET'S GET LOST」 (1988年製作、89年公開)。この映画の関係者へのインタビューが、「終わりなき闇」でも頻繁に引用されているし、チェットに振り回された撮影の様子も描かれている。デビュー当時から最近までのベイカーの写真をモンタージュしながら、レコーディング・セッションする彼の姿を捉え、またインタビューによって彼の私生活にまで立ち入り、アーティストとして、また人間としてのチェット・ベイカーの姿を浮き彫りにしようとした。チェットがホテルの窓から落ちて死ぬ直前のツアーに同行したスタッフが撮った映像は、彼や友人のインタビューを交えながら鮮烈な世界を紡いでいく。
残念ながら、この映画、日本ではかってVHSのみがリリースされ、DVD化はされてない。従って、フィルムでも、VHS・DVDでも観ていないので、私にとっては垂涎の幻の映画となっています。ぜひDVD化が望まれるところ。

レッツ・ゲット・ロスト(字幕スーパー) [VHS]

コロムビアミュージックエンタテインメント



しかし、CDがリリースされています。この映画のサントラという体裁をとっていますが、実質的に最後のスタジオ・アルバムといえる「Let'S Get Lost」。

Let'S Get Lost

Chet Baker / RCA Victor Europe




晩年のチェットが闇の中から囁く「My Funny Valentine」。 死ぬ1年前の1987年東京、昭和女子大学人見記念講堂でのライブから。

          

この歌は、1937年に、ロレンツ・ハート作詞、リチャード・ロジャース作曲で、ミュージカル「ベイブズ・イン・マイ・アームズ」のために作られた。2年後に映画化されたが、そこでは「ジュディ・ガーランド」が歌った。もともとは女性が歌う歌なのだが、男性歌手のバージョンも多い人気スタンダード曲である。


【 My Funny Valentine 】  Words and Music by R. Rodgers and L. Hart

「♪ My funny Valentine,                私のおかしなバレンタイン、
   sweet comic Valentine             可愛くて面白いバレンタイン   
   You make me smile with my heart    あなたといると心から笑顔になる
   Your looks are laughable,           ルックスは笑えるけど、
   unphotographable                写真向きじゃない
   Yet you're fav'rite work of art        でもあなたは大好きな芸術作品なの

   Is your figure less than Greek?           ギリシャ彫刻には到底およばないし
   Is your mouth a little weak?              口元もちょっとだらしないし
   When you open it to speak, are you smart?  口を開くと、あまり賢そうとも思えない

   But don't change a hair for me     でも、髪の毛一本も変えないでね、私の為に
   Not if you care for me            もしわたしを大事に思っているならね
   Stay little Valentine, stay!         ずっとそのままでいてね、ずっと
   Each day is Valentine's day      そうしたら毎日がバレンタインデイになるから ♪」

(注)バレンタイン:ハンサムでない男の名前

このブログでも何回か書いたが、未だにチェットの持つ毒が私から抜け切れていないのだ。(参照男唄に男が惚れて(1)~チェット・ベイカー 無頼派への憧れ~」、「60歳過ぎたら聴きたい歌(41)~I'm A Fool To Want You~」など) そのことは、チェットの歌を聴くたびに、心の深いところが妖しく疼くことが何よりの証拠である。

「俺はチェットが好きだ」といって、ライブの合間にいつも彼のDVDを流していた「北京CD爵士倶楽部」のマスターのことを思い出した。シャイで暗い顔をしていた彼もまた毒されたひとりだったのか ・・・。

(注)爵士;中国語でJAZZのこと。私のブログネームでもある。
by knakano0311 | 2010-02-09 09:49 | 60歳過ぎたら聴きたい歌 | Trackback | Comments(2)
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Commented by oko at 2010-02-09 14:13 x
Jazzを歌っている中でGood Lifeについて知りたくなりたどり着いたのが・・・JAZZYな生活・・・mailさせていただきたいなぁ~と思いながら、パソコンでいろいろできずこちらに書かせて頂きました。  もうすぐちょっと大きな「受賞コンサート」をひかえて・・・心臓がどこかに行ってしまいそうな私です(汗)
Commented by knakano0311 at 2010-02-09 17:39
OKOさん 何か素敵な賞を受賞なさったようでおめでとうございます。Jazzをうたっていらっしゃるなんてうらやましい限りです。まさにGood Life。よろしければ、時々覗いてください。
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