大屋地爵士のJAZZYな生活

16年前、初夏の衝撃 ・・・

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GWの混雑、渋滞を避けて、連休明けの週末に母親のケアに信州・松本へ帰省してきました。初日は終日雨。所用で出かけたついでに、松本城の北側、北深志とよばれる閑静な住宅街にある「松風庵」で一休み。ここは老舗の和菓子屋K堂が喫茶店もかねていて、庭を眺めながら憩える落ち着いた場所で帰省の折、たまに訪れるお気に入りの喫茶のひとつである。

この日は雨に濡れた庭を眺め、抹茶を一服しながら、「あれから16年経ったのか」とそのニュースの衝撃を思い出していた。そのニュースとは、「松本サリン事件」である。1994年6月27日の夕方から翌日6月28日の早朝にかけて、松本市北深志の住宅街に、化学兵器として使用される神経ガスのサリンが散布され、7人が死亡、660人が負傷した事件である。戦争状態にない国で、一般市民に対して初めて化学兵器が使用されたテロ事件であった。このニュースをTVで観た私は仰天した。本当に仰天した。よく知った場所でもあり、高校時代の友達の家もその付近にあったからである。実家へ即座に電話したことを覚えている。そんなことを思い出したのも、この喫茶のすぐ近くが、この事件の現場であったからである。

そして、事件発生直後は使用された物質が判明せず、6月28日、警察は第一通報者であった河野義行氏宅の家宅捜索を行ない、薬品類などを押収し、重要参考人としてその後連日にわたる取り調べが行われた。また、マスコミによる報道が過熱の一途を辿り、無実の人間が犯人扱いをされた冤罪・報道被害事件へと発展していった事件でもあった。

翌、1995年3月に「地下鉄サリン事件」が発生し、オウム真理教に対する強制捜査が実施され、その過程でオウム真理教幹部は、「松本サリン事件」がオウム真理教の犯行であることを自供し、真犯人が分かるのであるが、この間半年以上もマスコミは、一部の専門家が「農薬からサリンを合成することなど不可能」と指摘していたにもかかわらず、警察発表を無批判に垂れ流し、あたかも河野氏が真犯人であるかのように印象付ける報道を続けた事件として今でも強く印象に残っている。

この「松本サリン事件」に驚愕し、その後の警察、マスコミあげての冤罪事件に強く憤りを抱いた我が母校の先輩がいた。映画監督「熊井啓」(1930年6月1日 - 2007年5月23日)である。「帝銀事件死刑囚」、「黒部の太陽」、「地の群れ」、「忍ぶ川」、「サンダカン八番娼館」、「天平の甍」、「海と毒薬」、「千利休 本覚坊遺文」など常に骨太の社会性のある映画を撮ってきた監督である。豊科町(現・安曇野市)の出身である彼は、昭和11年(1936年)から17年間松本市に住んでいた。しかも河野家の200mほど西にであり、河野家とも縁があったのである。そんな背景がこの松本サリン事件の映画化を決意させたのだ。そんな松本での6歳から旧制松本高校までの青春時代を回顧した自伝が「私の信州物語」である。この本の最後の章「松本サリン事件と私」で、事件を知った時の衝撃と映画化へのいきさつについて語っている。この本で彼は、青春時代を過ごした松本への想いを淡々と語っているが、その想いは、自然と私の想いとダブってきてしまうのである。このような先輩がいたことを誇りに思う・・・。

私の信州物語 (岩波現代文庫)

熊井 啓 / 岩波書店



そして「松本サリン事件」を題材にした社会派ドラマ「日本の黒い夏 [冤enzai罪]」(2001年)。第1通報者が殺人容疑で家宅捜索されたことで、まるで犯人のように報道され、冤罪を着せられてしまったことの全貌を、マスコミや警察捜査の在り方を鋭く問いながら描き出している。この映画は、ベルリン映画祭特別功労賞を受賞し、翌2002年の「海は見ていた」が彼の遺作となってしまった。

日本の黒い夏 [冤enzai罪] [DVD]

日活



「村上春樹」が追う、迫真のノンフィクション。1995年1月の阪神淡路大震災につづいて日本中を震撼させたオウム真理教団による「地下鉄サリン事件」。3月20日の朝、東京の地下でほんとうに何が起こったのか。

アンダ-グラウンド (講談社文庫)

村上 春樹 / 講談社



そして、オーム真理教に着想を得たのではないかと思われるのは、園子温監督「愛のむきだし」。4時間に及ぶ長時間作品ながら、その疾走感で一気に見せる才能はただ者ではない。キリスト教、罪作り、盗撮、アクション、カルト教団、女装 ・・・ てんこ盛りの中に展開される壮絶な純愛物語。

愛のむきだし [DVD]

アミューズソフトエンタテインメント




15年経った今になっても、「あの事件は結局何だったのか」という決着も総括もできていない。あの時、日本人の伝統的、普遍的な情感やDNAを真っ向から否定されたような喩えようもない違和感を感じ、このような高学歴若者群を生み出してしまった日本に愕然とした。そして、もはや羅針盤を失ってしまった日本をはっきりと自覚した。その後も、羅針盤を取り戻せず、さらなる漂流をこの国はずっと続けているような気がする。
 
今年は、阪神淡路大震災、地下鉄サリン事件から15年目、JR西日本福知山線脱線事故から5年目。私の身近で起こった大事件のメモリアルな年である。 
 
帰宅したら、もうすっかり雨はやんでいて、北アルプスの鋭いスカイラインが迫る夕暮れの逆光の中に浮かび上がっていた。

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by knakano0311 | 2010-05-12 09:03 | ふるさとは遠くにありて・・・ | Trackback | Comments(0)
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