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大屋地爵士のJAZZYな生活

僕らのアメリカン・ヒーローたち(2)

4. Robert Capa(1913 - 1954)/ロバート・キャパ/孤高のフォト・ジャーナリスト

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「ロバート・キャパ/Robert Capa」はハンガリー生まれのアメリカの写真家。スペイン内戦、日中戦争、第二次世界大戦のヨーロッパ戦線、第一次中東戦争、および第一次インドシナ戦争の5つの戦争を取材した20世紀を代表する戦場カメラマン、報道写真家として有名である。1945年まで「ライフ」の特派写真家としてヨーロッパ戦線の重要な場面を記録する。特にノルマンディー上陸作戦の際撮影された一連の作品は第二次大戦中の最高傑作とされている。1954年第一次インドシナ戦争の取材依頼を受け南ベトナムに渡ったが、同年5月25日ドアイタンの1キロ先の地点にある小川の堤防で従軍中に地雷に抵触、爆発に巻き込まれ死亡した。その際カメラを手にしたまま死んでいたという。

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今ほど映像メディアが盛んでなかった時代に、報道写真、戦争写真を通じて平和への祈りを訴え続けたキャパの姿はその後のジャーナリズム、ジャーナリストに大きな影響を与えた。キャパの祈りにもかかわらず、戦争、紛争、暴動は世界中で絶えることなく、カンボジア内戦では澤田教一氏が、ミャンマー・ヤンゴンでは、長井健司氏、最近のバンコク暴動では村本博之氏など日本人ジャーナリストの悲劇も続いている。

五つの戦場の写真を撮ったキャパ。キャパ自らが1942年から1945年まで報道写真家としての活動を描き、ベストセラーになった手記が「ちょっとピンぼけ/Slightly out of Focus」。夢中になって読んだ記憶がある。専攻は工学部であったが、私のジャーナリストへの憧れをちょっぴり掻き立ててくれた本でもあった。誰より勇敢で誰より戦争を憎んだキャパ。これは彼の心の叫びを綴った恋と従軍の手記である。

ちょっとピンぼけ (文春文庫)

ロバート・キャパ / 文藝春秋


 
冒頭のスペイン内戦中に撮影した、背中に銃弾を受けた兵士が倒れる瞬間をとらえた「崩れ落ちる兵士(Falling Soldier)」が最も有名な写真であろう。

そして、スペイン内戦を舞台にした映画といえば、「誰が為に鐘は鳴る」。「アーネスト・ヘミングウェイ」の長篇小説をカラー映画化した1943年作品。「サム・ウッド」が製作、監督、主演は「ゲイリー・クーパー」と「イングリッド・バーグマン」。スペイン動乱を舞台に、ゲリラ活動に参加したアメリカ人の心情を描いた悲恋ドラマ。政府の軍事輸送を阻止するため、鉄橋の爆破計画が練られた。作戦に参加したアメリカ人教授ロバートは、ジプシーのゲリラに協力を求める。そこでロバートは、美しい娘マリアと出会い、二人は激しく惹かれ合うが……。映画の魅力が最大限に発揮された傑作。クーパーは凛々しく、バーグマンは美しい。

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5. Babe Ruth(1895 - 1948)/ベーブ・ルース/努力をするベースボールの神様

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アメリカのメジャー・リーグの野球選手。シーズン記録50本以上のホームランを初めて達成し、最初に野球の殿堂入りを果たした5人のうちの一人。「野球の神様」と言われたアメリカの国民的なヒーロー。彼の引退は1935年、リアルタイムで彼の活躍を観ることはなかったが、野球ぐらいしか楽しめるスポーツがなかった当時の日本の子供は誰でもその名は知っていたと思う。もともとは投手出身であったが、ハードなトレーニングを積み重ね、ホームランバッターとしての才能を開花させた。当時、新興スポーツであった野球の人気は高くなかったが、ヤンキースに移る前後より毎年のように本塁打記録を更新して、野球好きの全米の少年たちの英雄となった。彼の特大ホームランを見るために観客が球場に殺到したという。ボストン・レッドソックス、ニューヨーク・ヤンキースで活躍、そしてボストン・ブレーブスに移籍した1935年、ルースは40歳を迎えており、この年が現役最後のシーズンとなった。同年5月25日、ペンシルベニア州ピッツバーグのフォーブス・フィールド(当時パイレーツの本拠地)の対ピッツバーグ・パイレーツ戦において、ルースは、39年間最高記録であった生涯最後の第714号ホームランを放った。この後にヒザを故障し、そのまま引退となった。

記憶は定かでないが、彼の伝記映画である 「ベーブ・ルース物語」(1948年製作/1950年公開) は、長編アニメや「砂漠は生きている」などのディズニー映画を別にすると、多分子供の頃に初めて見た洋画のような気がする。子供好きのルースが、病気の少年を力づけるため本塁打を約束し、それを実行する場面が記憶に残っているが、残念ながらメディア化はされていない様である。「栄光の714本/ベーブ・ルース物語」という映画も作られたが、私の記憶に残るもう一つの映画は、ルースが本人の役として出演したことが挙げられる「打撃王」。かつてのヤンキースの同僚「ルー・ゲーリッグ」の死後に作られた伝記映画である。

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6. Charls "Chuck" Yeager(1923 - )/チャールズ・チャック・イエーガー/不屈のチャレンジ・スピリット

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「チャック・イエーガー」の名前は映画「ライト・スタッフ/The Right Stuff」を観、「トム・ウルフ」の原作を読むまではまったく知らなかった。アメリカ空軍のテスト・パイロットである。1941年に18歳で陸軍航空隊に入隊し、20歳で航空士官となり、第二次大戦で通算13.5機を撃墜。そして世界で初めて音速を超える超音速飛行に成功したのが彼であった。そのマッハ1.04の超音速飛行成功までには実に50回目の挑戦を必要としたのである。時あたかも米ソの宇宙競争が開始された時期。本来ならば、宇宙飛行士に真っ先に選ばれてしかるべき男なのに、世間から注目を浴びる宇宙飛行士たちを尻目に、淡々とテスト・パイロットの仕事をこなす「チャック・イエーガー」。最終的にはマッハ2.44まで記録を伸ばした。死亡率23パーセントというすさまじい状況の中で、何回も困難な任務に挑む彼の姿にアメリカ人はヒーローの称号を与えたのである。「トム・ウルフ」は、そのヒーローの称号として、「チャック・イエーガー」と7人の宇宙飛行士に、まさに「ライト・スタッフ=正しい資質」という言葉を捧げたのである。

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ザ・ライト・スタッフ―七人の宇宙飛行士 (中公文庫)/トム・ウルフ / 中央公論社


「トム・ウルフ」の小説をもとに「フィリップ・カウフマン」監督が壮大なスケールで描いた宇宙開発秘話。1950年代より始まった米ソの冷戦構造のさなか、アメリカは一歩先んじてたソ連に対抗すべく、マーキュリー計画を推進。7人のパイロットが宇宙飛行士として選ばれる。それに背を向けるかのように、初めて音速の壁を破った男「チャック・イエーガー(サム・シェパード)」は独り自らの記録を超えるべくチャレンジを繰り返していく。
国家の英雄となるべく宇宙飛行士訓練を続ける男たちと、あくまでも一匹狼のテスト・パイロットとして生きようとする男、二つのヒーローの姿を対比的に描いた快作。

ライトスタッフ スペシャル・エディション [DVD]

ワーナー・ホーム・ビデオ


 

  (続く)
 
 
by knakano0311 | 2010-06-03 14:03 | シネマな生活 | Trackback | Comments(0)
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