長い冬が明けて、5か月ぶりの信州・松本への帰省である。中央道長野道、岡谷のトンネルを抜けると、そこここに残る雪にびっくり。先週末の雪の名残である。櫻はもうすでに散ってしまってというのに ・・・。
少しづつ弱っていっているのを見るのはつらいが、久しぶりに母親のケアと実家のメンテのための帰省である。いつものように母親を見舞ってから、中町・蔵通りへと向かう。酒の肴、家使いの食器などを仕入れるためである。前回、蔵通りを訪れたのは、昨年11月、冬の訪れが間近に迫る頃であった。「
ちきりや工藝店 」の店内からガラスのコップを通してみる春の日差しは暖かい。
ご贔屓、蔵造りの菓子店、「
竹風堂 」に併設されているカフェで昼食をとる。松本民芸家具と「畦地 梅太郎(あぜち うめたろう)」の絵が醸し出す空間が不思議と落ち着く。選んだメニューは、柳ごうりに盛られた「栗おこわ」をメインにした定食。おこわの中にふんだんに混ぜ込まれているホコホコの栗、そして千曲川の河川敷で栽培されたという長芋の子、「むかご(零余子)」のクルミゴマ和えの食感に舌鼓を打つ。
勿論、街歩きの目的である酒の肴、「蜂の子の佃煮」、「イナゴ(蝗、稲子)の佃煮」、「わさび(山葵)漬け」をちょっとしゃれた小鉢などと一緒に買ってきましたとも ・・・。
昔は、木目込み人形、和紙人形、短歌に編み物、ヨガなどと驚くほど多趣味だった母親。いまはもうその影すらもない。かって人形作りの小道具として、母が作ったと思われる小さな「兜飾り」が実家に残されていた。形見という訳ではないが、持ち帰ってきて、自宅に飾ってみた。なんとなくすわりがよく収まっている。
そして、GW連休には、我が母の孫であり、ひ孫になる息子や孫が遊びに来る ・・・。すこしセンチメンタルに過ぎたようです ・・・。
さて、「Leszek Mozdzer」(「レシェク・モジュジェル」と読むそうです)という、ポーランド出身のピアニストがいる。右の写真をはじめ、いくつかのポートレートを見て、強い印象を受けたのは、その圧倒されそうな「目ヂカラ」である。そして全体の印象も「容貌魁偉」の「怪人」といってもいいくらいのその容貌。私の記事によくコメントを頂いているある読者さんから教えていただいたピアニストである。その「Leszek Mozdzer」が演奏するのが、同じポーランド出身のジャズピアニストで作曲家の「コメダ/Komeda」の作品集。そのアルバムにすっかり魅かれてしまった。
「クリシュトフ・コメダ/Krzysztof Komeda」(1931年 - 1969年)。彼を知ったのは、「アナ・マリア・ヨペック/Anna Maria Jopek」など東欧のジャズ・アーティストについて調べている時、東欧、ポーランドにおけるジャズの革新に最大の貢献をしたイノベーターであり、リーダーであり、斬新なセンスに満ちたピアニストが「コメダ」であると紹介した、「星野秋男」氏の著書「ヨーロッパ・ジャズ黄金時代」を読んだ時である。(参照拙ブログ
「俄か愛国主義者の夜は更ける(後半)」 )
そして、「コメダ」が「ロマン・ポランスキー/Roman Polanski」監督の「水の中のナイフ」や「ローズマリーの赤ちゃん」、また「アンジェイ・ワイダ/Andrzej Wajda」監督の「夜の終わりに」などの映画音楽を手掛けていたことも知り、更に去年の夏、私の心を捕まえて離さなかった「アナ・マリア・ヨペック/Anna Maria Jopek」も「コメダ」をリスペクトし、いくつかのアルバムで彼の曲を歌っていることも知ったのである。
その「コメダ」を今もヨーロッパの多くのアーティストたちがリスペクトし、その作品をアルバムに残していることを、その読者さんのブログから教えていただいたのである。(例えば、「
Komeda を更に聴く~NBS Trio :plays KOMEDA 」) そんな中の一人が、「Leszek Mozdzer」であった。
濁りの無いピュアな音の連なりが、陰翳のある東欧の風土を想起させ、映画「ローズマリーの赤ちゃん」で初めて聴いた「コメダ」の音楽を思い出させ、再び聴いてみたいという想いを起こさせる。「コメダ」の残した音楽的遺産がぎっしりと詰まっている、そんなアルバム。
Komeda
Leszek Mozdzer / Act Music + Vision
そのアルバムから「The Law and The Fist」。
「Leszek Możdżer - The Law and The Fist」
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そして、映画「ローズマリーの赤ちゃん」でも使われた曲、「Sleep safe and warm」。
「Leszek Mozdzer - Sleep safe and warm」
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