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大屋地爵士のJAZZYな生活

20年目の栞 ・・・

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 「もう20年経ってしまったのか」というのが率直な感想である。2005年4月25日午前9時18分、死者107人、負傷者562人という未曾有の犠牲者、被害者を出したJR宝塚線(福知山線)の脱線事故は起こった。

 定年退職の一年前、会社で事故発生の報を知った私は胸騒ぎがして、すぐ家に電話をした。私の三男が通学のため、その線を利用していたからである。電話に出た妻は、息子から電話があり、「事故にあったが、殆どかすり傷。念のためパトカーで検査のため病院に運ばれている。心配ない。現場はまるで爆撃を受けた戦場のようだった。」という報告があったと告げた。

 たまたま彼はその日、最後尾の7両目に乗っていたため、膝をすりむく程度の軽傷ですんだのである。帰宅して息子から事故現場の話を聴くにつれ、生死を分けたのは何だったのか、「悲劇」、「運命」、「奇跡」、「偶然」・・・といった言葉が頭の中を駆け巡った。

 この沿線には大学が多いため、犠牲者に学生が多くいたのも悲しい特徴であった。我が子を突然事故で奪われた親の哀しみや怒り、体の傷は癒えてもその後のPTSDなどの被害者の苦しみ。私や息子がその情況におかれていたとしても何の不思議もなかったのだ。

 もう宝塚線には乗ることもなくなったので、事故現場を通ることもなく、また息子も現在は神戸で働き、事故後PTSDなども発症していないので、正直言って、毎年このNEWSを見て思い出すくらいだんだんと記憶は薄らいでいる。

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 そんな折、息子があの事故に遭遇している事を知っている知り合いから、栞を頂いた。「空色の会(JR福知山線事故・負傷者と家族等の会)」の方たちが毎年作っている栞である。今年の絵柄は、澄み切った青空を舞う白い鳥。当時、先頭車両で重傷を負った福田裕子さんが、2005年4月25日の空をイメージして描いた。私も、こころの中の風化がすすまないよう、本に挟むことにした。

 今宵の曲、「ニューヨーク炭鉱の悲劇/New York Mining Disaster 1941」。「ビージーズ/Bee Gees」、1967年のレコード・デビュー曲。「村上春樹」の短編小説のタイトルにもなっている。しかし、1941年に「ニューヨーク炭鉱」で事故は起こっていないので、それは空想上の事故で別の事故をモデルにしたようだ。

 「村上春樹」は、短編小説「ニューヨーク炭鉱の悲劇」で、この楽曲の歌詞を、小説の冒頭に引用している。

 『 地下では救助作業が、
   続いているかもしれない。
   それともみんなあきらめて、
   もう引きあげちまったのかな。 』

  『ニューヨーク炭鉱の悲劇 (New York Mining Disaster 1941)』(作詞・歌/ビージーズ)


 ベスト盤の殆んどに収録されています。

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 Best of Bee Gees 1
 ザ・ビージーズ
 Reprise / Wea







「Bee Gees - New York Mining Disaster 1941」

     



 「村上春樹」の「ニューヨーク炭鉱の悲劇」は、短編集、「中国行きのスロウ・ボート」 (中公文庫) に収められている。




by knakano0311 | 2025-04-24 00:00 | 想うことなど・・・ | Comments(0)
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