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大屋地爵士のJAZZYな生活

いま、子供たちが危ない  ~ IT悲観論?それとも楽観論? ~

今年も地域の子供たちを中心に、「遊び」を教えるボランティア活動が始まリました。第一回は「凧と羽子板づくり」、第二回目は節分にちなんで「鬼の面づくり」、そして第三回の今日は、近畿地方大雪の中で、「雛人形づくり」と回を重ねています。今年も元気一杯の子供たちの笑顔が観られる事が喜びです。

ところで、昨年末のNHK「クローズアップ現代」で大変気になるテーマをとりあげていました。子供の運動能力が低下し、怪我が急増しているらしいのです。「木登り」、「鬼ごっこ」、「ブランコ」・・・など子供たちが普通に遊んでいる遊びの中で、36の基礎運動能力が身につくらしいのですが、それが著しく低下しているというのです。例えば、つまずいて転びそうになった時、普通なら手をついて自然に身をかばうのですが、それが出来ずに顔面から倒れこんでしまう子が増えてきてるというのです。それは子供が遊びから遠ざかり、今までなら遊びの中で、自然に身についていた運動能力が欠如しているからだそうである。

子供を対象にした犯罪が多発したり、遊具での事故が起こったのが原因で、子供たちだけで、外で遊ばせなくなり、その結果ではないかという推測であった。勿論、そのほかの原因として、塾通い、TVゲーム、インターネットなども当然影響していると思われる。大変ショッキングな話で、パソコンや携帯を操る能力だけが長けた、やがて大人になる子供を想像したら怖い話です。たしかに、ボランティア活動のなかでも今の子供に対し、「道具が使えない」、「集中力が極めて短時間でとぎれる」、「大人への依存度が高く、積極性に欠ける」などの気がかりな点を感じています。

昔も、TVの急速な普及の功罪としての「罪」の部分で、いろいろなことを言われたことがあったが、その後さらに、TVゲーム、パソコン、携帯電話、インターネット・・・・とIT、コミュニケーション技術の進化のよって、はっきり因果関係を立証は出来ないにしろ、直感的に子供だけでなく大人の行動・人格にも大きな影響を与えていると思われる。

まえに「60歳過ぎたら聴きたい歌(4) ~ When I'm 64 ~」でもとりあげた、藤原智美著「暴走老人!」(文芸春秋刊)でも、キレル「危ない」大人がふえてる原因は、ITの進展によって、「待つ」という時間が極端に排除された結果、「待たせられる」ことに対する許容度が低下したこと、ネットワークなどの発展によって自分のペースで時間を使える「自己中心文化」がいっそう確立したことなどの変化が、高齢者たちが疎外しているのではないかと警告していることともつながっていると思われる。

大人・子供を問わず、人格形成に影響を及ぼしているのは間違いないと思われる「IT」の功罪をどう観るか?現時点での評価はなかなか難しく、意見の分かれるところだろうが、悲観論・楽観論、対照的な2冊の本を読んだ。

悲観論の代表は「柳田邦男著/壊れる日本人―ケータイ・ネット依存症への告別 」。柳田邦男氏といえば、「マッハの恐怖 (新潮文庫)」、「続・マッハの恐怖 (新潮文庫)」、「ガン回廊の朝 上・下(講談社文庫)」など巨大技術の進展に警鐘を鳴らしてきた人である。急激なITの進展が我々から奪ったものを検証し、多少不便でも非効率でも人間として手放してはいけない大事なものを大切にしよう。そのために、「ノー・ケイタイ・デイ、ノー・ネットデイ」を提唱している。確かに電車の中を見渡せば、まるでケータイに操られているかのごとき人の群れ・・・。


壊れる日本人―ケータイ・ネット依存症への告別 (新潮文庫 や 8-20)
柳田 邦男 / / 新潮社
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楽観論の代表は、この前例のない混沌した時代を生き抜いていくにはどうしたらいいのか?NETを「善」として信じて、「好き」を貫いて「知的」に生きていくことで、情報を共有する新しい時代が開けると語る「梅田望夫著/ウェブ時代をゆく ─いかに働き、いかに学ぶか」。「この前例のないほどの面白い時代に、ネット上の支援を受け、自分にしか生み出せない価値を創出できる時代になった」と時代を前向きに捉え、自身の経験に裏打ちされた仕事論、人生論が展開される。



ウェブ時代をゆく ─いかに働き、いかに学ぶか (ちくま新書 687)
梅田 望夫 / / 筑摩書房
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私自身、どちらに組すべきか悩んだまま、いまだに結論を出せずにいる。

とはいえ、子供たちは「時代の宝」。ゆっくりとピアノ・トリオでも聴きながら考えるとしよう。
選んだCDは、「ウラジミール・シャフラノフ・トリオ/Kids Are Pretty People」。伝説のアルバム「White Nights」が澤野工房よりリリースされてから、すっかり日本でもファンが増えたウラジミール・シャフラノフ・トリオ。「聴きやすい、万人に愛されるJAZZ」という音楽として、一番基本の魅力を備えているからだ。このアルバムも、スタンダード、ボッサ、クラシック、オリジナルと期待を裏切らない魅力に満ちたアルバム。ほほえましいジャケットの子供たちの未来が豊かであるように・・・・・。


いま、子供たちが危ない  ~ IT悲観論?それとも楽観論? ~_b0102572_2343192.jpg
Kids Are Pretty People/Vladimir Shafranov Trio/澤野工房



「Vladimir Shafranov Trio - O Que Tinha De Ser」

          
by knakano0311 | 2008-02-09 23:48 | 地域の中で・・・ | Trackback | Comments(0)
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