「爪/あいつ」、「和・JAZZバラード」の傑作であると思う。
「爪」は、ジャズ・ミュージシャンの平岡精二(1931-1990)が1958年(昭和34年)に作詞作曲し、ペギー葉山が歌ってヒットした歌。ペギー葉山は青山学院大学で平岡精二の2年後輩で、彼の恋人でもあった。平岡・ペギーのコンビの曲では「学生時代」が最も有名である。平岡はヴィブラフォンの弾き手として有名であり、自身の「平岡精二クインテット」を率いるほか、トランペット、アルトサックス、マリンバなど多数の楽器もこなし、また自身の甘いボーカルでファンを魅了するなどマルチな音楽才能をもったミュージシャンであった。
二人は結局別れることになるのだが、ペギーへの想いが忘れられなかったのか、平岡は生涯独身を通し、平成2年、58歳でなくなった。ペギーとの別れに際し、彼女の幼い頃の癖にヒントを得て作ったこの曲、「爪」をペギーに贈ったと聞いたことがある。
そして、「あいつ」。ある時、ペギーと喧嘩別れをした後に、よりを戻すために、「旗照夫」に歌わせ、メッセージを送ったといわれる曲である。真偽のほどは知らないが、なんとも粋な洒落たジャズマンならではのエピソードである。この2曲、ヴァイブの響きとJAZZのフレーバーに満ち満ちた、今聴いても、とてもJAZZYなバラード、きっと当時としても、ものすごくモダンで新鮮な曲であったに違いない。お互いに歌を交し合ったのではないし、二つの曲が出来た時間的関係もよく分からないが、私には、この「爪」と「あいつ」は、葉山と旗に歌わせて相呼応する「相聞歌」のかたちをとったように思えてならないのだ。
私の学生時代、仙台で人気の学生ハワイアンバンド、「カウラナ・アイランダース」のダンス・パーティでの定番ナンバーの中に、この2曲があり、あまたの学生がダンスに酔い、恋に落ち、またほろ苦い思いや涙を味わったりしたのである。
平岡精二作詞作曲の「和・JAZZバラード」の傑作にして、現代の相聞歌、「爪」と「あいつ」。
「♪ ・・・・・
若かったのね おたがいに
あの頃のこと うそみたい
もうしばらくは この道も
歩きたくない なんとなく
私のことは だいじょうぶよ
そんな顔して どうしたの
もうよしなさい 悪いくせ
つめをかむのは よくないわ ♪」
「♪ 夕べあいつに聞いたけど
あれから君は 独りきり
悪かったのは 僕だけど
君のためだと あきらめた
だからあいつに 言ったんだ
もしも今でも 僕だけを
想ってくれて いるならば
僕に知らせて ほしいんだ
・・・・・・・・・・・・・・ ♪」
「平岡精二クインテット」がかなでるベストアルバム。逝去を偲んで1990年6月にリリースされたトリビュート・アルバム、「平岡精二より愛をこめて」。
平岡精二より愛をこめて
/ 日本クラウン株式会社
ISBN : B000UVAFU4
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「あいつ - 平岡精二」 自身の歌で ・・・。
ペギー、旗のオリジナルもいいが、歌唱力できくなら、この情感の込め方は誰にも真似できない歌い手で、若くして引退し、もうステージ姿は観られなくなってしまったがゆえに「伝説」に近づいた歌手「ちあきなおみ」のいくつかの再発アルバムで聴くことが出来る。
そっとおやすみ
ちあきなおみ / / コロムビアミュージックエンタテインメント
スコア選択:
「ちあきなおみ - 爪」
【相聞歌】
和歌・短歌の一種で、古来万葉集の時代から、恋人同士で詠まれ、交わされた、いわばラブレターの様なものである。今で言えば、恋人間で交わされるPCメール、携帯メールと考えてもいいだろう。相聞歌は、本歌と返歌のセットからなり万葉集などにいくつもの相聞歌が収録されている。
教科書などに載っている有名な相聞歌として、額田王/大海人皇子の次の歌がある。
あかねさす 紫野ゆき 標野ゆき 野守は見ずや 君が袖振る (額田王)
紫草の 匂える妹を 憎くあらば 人妻ゆゑに 我恋めやも (大海人皇子)