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大屋地爵士のJAZZYな生活

我が青春のジャズ・グラフィティ(2)  ~ 最初は映画から始まった ~

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最初にジャズに触れたのは、ルイ・マル監督「死刑台のエレベータ」。1961年に入学した高校は、かなり自由な気風で、確か映画館へ入るのは自由であったし、高校自身が「名画鑑賞会」なるものをよくやっていたと思う。フランス映画「死刑台のエレベータ(1958年制作)」はそんな鑑賞会で観た映画であった。高校に入学してぱっと開けた映画の世界。当時はハリウッド映画よりフランス、イタリアなどヨーロッパ映画が全盛で、すっかり夢中になってしまった。「死刑台のエレベータ」は、映画自体のストーリーが面白く、JAZZと言う言葉を知らず、不思議な音楽という印象はあったが、JAZZに夢中になるということはなかった。はっきりJAZZを意識して聴いたのは、多分ラジオで知ったのであろう、これまたフランス映画で、ラクロの有名な心理小説をロジェ・ヴァディム監督が映画化(1959年)した「危険な関係」のテーマ曲である。映画は「18歳未満禁止」のストーリーであったので見ることはなかったが(勿論ほどなくして小説で読んだが・・・)、「アート・ブレイキーとジャズ・メッセンジャーズ」の演奏するそのテーマ曲は16歳の私に強烈な印象を与えたのである。

ちょうどその頃、ラジオ少年でもあった私は普及し始めた「ステレオ」が再生できる手製のアンプとスピーカー・ボックスで、「ナット・キング・コール」、「プラターズ」、「ポール・アンカ」、「パーシー・フェイス、「リカルド・サントス」、「ニニ・ロッソ」などのポピュラー音楽を楽しんでいた時代でもあったのだ。そうそう「ソノシート」なんてものもあったっけ。

危険な関係(サントラ)

アート・ブレイキー&ザ・ジャズ・メッセンジャーズ / マーキュリー・ミュージックエンタテインメント



そして、乏しい小遣いの中から買った45回転のEP盤。A面が「危険な関係のブルース」 B面が「危険な関係のサンバ」が収録されていたが、いきなり強烈なマイナーの旋律がコンボで演奏され、ドラムが繰り拡げる派手なセッションに、わけも分からず「これがJAZZか・・・」とすっかり魅了されてしまった。

映画の音楽担当が、「セロニアス・モンク」であり、テーマ曲「危険な関係のブルース」が「デューク・ジョーダン」の作品であることは、アーティストの名前も含めて、相当後になって知ったことであるが、「アート・ブレイキーとジャズ・メッセンジャーズ」の名前は、しっかりとその時インプットされた。後に大学時代、実家に帰省したとき「ジャズ・メッセンジャーズ」のコンサートが松本であり、始めて聴く、そのJAZZライブのスイング感、ブレーキーとジョージ川口のドラム合戦の大迫力に圧倒された思い出もある。そして、しばらくたってから買ったJAZZレコード第2弾は「モーニン」のEP盤。いわゆる「ファンキー」とよばれる黒人のJAZZに心を奪われたのである。ちなみに「モーニン/Moanin'(嘆く、呻く)」、朝なのにずいぶん暗い曲だなとずっと勘違いしていたのもこの時期の笑い話である。

普通に貧乏なサラリーマン家庭だったので、レコードを買う小遣いもままならず(当時EP盤が約300円、25~30cmのLP盤が約1500~3000円と高価であった)、ましてJAZZコンサートやJAZZ喫茶などない田舎の小都市。「ワークソング」などラジオから時たま流れるJAZZに耳を澄ます程度で、とてものめりこむというような情況ではなかったが、「聴きたい」というJAZZへの憧れが胸にあった。その一方でやっと買ってもらったガット・ギターに夢中で、クラシックギター教則本を友達と練習する一方で、日本中の若者達を「テケテケテケ・・・」フィーバーに巻き込んだベンチャーズに代表されるエレキギターの音色やビートも確実に私に影響を与えていた。

そんな高校1年生の生活を送っていたが、クラスで文集を出そうと言う話になり、美術クラブに所属していた太田君が、今で言う「アートディレクター」となり「歌う風」なる文集が発行された。
その文集に載っていた太田君の一文にびっくりしたのである。そこには「やっぱり、JAZZはウエストコースト派だね。デイブ・ブルーベックのテイク・ファイヴが一番さ・・・。」 JAZZ好きのお兄さんに影響されたらしく、こんな早熟なジャズ評論らしき一文が載っていたのである。「ウエストコースト派」も「デイブ・ブルーベック」も勿論まったく知らなかった私は「世の中にはすごい高校1年生もいるもんだ」と感心したことを覚えている。

タイム・アウト

デイヴ・ブルーベック / ソニーレコード



この太田君、東京教育大から大手化粧品会社の広告宣伝部門に就職、その後山下洋輔のアルバムのアートディレクターも手がけたり、現在は「居酒屋評論家」として、TV番組『ニッポン居酒屋紀行』出演やいくつかの著作も出版されている「太田和彦」氏である。「居酒屋で聴くジャズ」などのJAZZアルバムの監修も手がけ、いまだに高校時代と変わらず面目躍如と言うところである。

我が青春JAZZグラフィティは、
1)アート・ブレイキー&ザ・ジャズ・メッセンジャーズ ;危険な関係のブルース
2)アート・ブレイキー&アフロ・キューバン・ボーイズ ;危険な関係のサンバ
3)アート・ブレイキー&ザ・ジャズ・メッセンジャーズ ;モーニン/Moanin’
4)デイブ・ブルーベック・カルテット;テイク ファイヴ/Take Five (アルバム「タイム・アウト」)
5)ナット・アダレイ;ワーク・ソング/Work Song
6)マイルス・デイビス;死刑台のエレベーター
by knakano0311 | 2009-01-14 20:39 | 我が青春のジャズ・グラフィティ | Trackback | Comments(0)
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