大屋地爵士のJAZZYな生活

2007年 01月 07日 ( 1 )

HOPE「希望」  ~ 秋吉敏子のメッセージ ~

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1月6日夜、NHK総合TV「@ヒューマン」で秋吉敏子の特集をやっていた。
タイトルは『HOPE「希望」』。

「私家本「歳時記」のすすめ」でも少し触れたが、「秋吉敏子」77歳。戦後、満州から引き揚げ後、JAZZを目指し、50年ほど前、多分、日本人のJAZZアーティストなんてまったくいなかったニューヨークへ単身渡り、苦節の末、JAZZミュージシャンとして、全米で評価され、マイルス・ディビスやソニー・ロリンズたちとならぶ「ジャズマスターズ賞」を受賞した日本が世界に誇れるJAZZアーティスト。

彼女が、原爆の地、ヒロシマの一枚の写真に写った女性にインスパイヤーされて、JAZZ組曲「ヒロシマ ~そして終焉から」を作曲し、広島でコンサートを行ったのが、2001年8月6日。そして、その直後に「9.11」が起こった。彼女は、それ以後のコンサートから、最後の曲に、この「ヒロシマ ~そして終焉から」の第3楽章「HOPE」を必ず演奏するようになったという。この曲に「谷川俊太郎」が詩をつけ、前夫チャーリー・マリアーノとの愛娘「マンデイ・満ちる」が歌う『HOPE 「希望」』を新たにレコーディング、リリースをした。

「9.11以後戦争がなくなるどころか、かえって増えている。一ミュージシャンが国際政治に影響を与えるなんて出来ないが、社会人の一人として、決して希望は捨てないというメッセージを発することは出来る」と彼女は言う。

「ミナマタ:平和な村~繁栄とその結果~」、「ヒロシマ ~そして終焉から」と日本人ならではのアイデンティティから、強いJAZZメッセージを発信してきた彼女。「四季」、「すみ絵」、「塩銀杏」、「花魁譚」、「スケッチ・オブ・ジャパン」など、日本人の瑞々しい感性とタッチにあふれる曲を紡いできた彼女。本当に世界に誇れるJAZZアーティストである。77歳・・・・・ う~~~ん。

ヒロシマ そして終焉から
秋吉敏子ジャズ・オーケストラ・フィーチャリング・ルー・タバキン / / ビデオアーツ・ミュージック
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HOPE「希望」
秋吉敏子 / / 日本クラウン
ISBN : B000JLTDOO
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「秋吉敏子&マンディ満ちる - HOP­E 希望」

        


【追記】
1月27日NHK-BS2で、サントリー・ホールで行われた、「秋吉敏子60周年記念チャリティ・コンサート」のライブを放映していた。故郷満州の荒野のどこまでも続く一本の道と、渡米してからの日本人JAZZアーティストが故の苦難の道を重ね合わせた、オープニング・テーマ「ロング・イエロー・ロード」で幕を開け、まるで「ルー・タバキン」のフルートが横笛のように聴こえる、鼓も交えての演奏「孤軍」。フィリッピンのジャングルから帰還した小野田元少尉に捧げられた曲である。日本音階を自由自在に操るタバキンのアドリブ。和太鼓の「林英哲」も参加しての「ドラム・コンペティション」。最後は「マンディ満ちる」のボーカルによる「HOPE 希望」。彼女のメッセージがこめられた密度の濃いライブであった。
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by knakano0311 | 2007-01-07 00:15 | おやじのジャズ | Trackback | Comments(0)