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大屋地爵士のJAZZYな生活

2010年 02月 08日 ( 1 )

炭焼き小屋から(1) 炭焼き体験

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炭焼きをはじめました。近くのダム湖のほとりにある「一庫(ひとくら)公園」で、炭焼き体験を募集していたので、それに参加し、すっかりはまってしまい、炭焼きを主催しているクラブ、里山を維持し、炭焼き技術を伝承していくことを活動の目的としているクラブに入会してしまった。入会の動機としては、里山や炭焼きに関心があったこと、環境の最前線で何かを体験していれば、何か見えるものがあるかもしれない、まあ、こんな動機です。

私が焼いている炭は、備長炭のような直接木を燃焼させて作る「白炭」ではなく、木を熱分解、乾留、いわば燻製してつくる「黒炭」。私が住んでいる北摂地域は、かっては「一庫炭」、「池田炭」に代表されるような「黒炭」の一大生産地で、寛永14年(1634年)の「毛吹草」という俳諧の書の諸国名産のところに「一倉(庫)炭」とでているそうである。また、「川西史話」には、延宝7年(1679年)の検地帳には、慶長年間(1596~1614年)には、一庫村に炭窯が四つあり、当時の代官「片桐且元」は豊臣秀吉に茶の湯用の炭を献上する代わりに炭窯のある土地の年貢を免除していたと記されている。隣の池田市にある古刹・久安寺では秀吉が大規模な茶会を催したといわれ、このとき用いられたこの地域で産する「黒炭」が、茶の湯ではやがてブランドになっていったようです。一庫炭(池田炭)は、切り口がみかん状、菊花状で美しく、火付き、火持ち、香りもよく、最高級の炭として茶の湯で愛用されている。しかし、生活様式の変化などによる需要減により、炭焼き農家が減り、現在では川西市では今西さんという方、たった一軒だけになってしまっている。

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さて、黒炭の材料には「クヌギ(橡、椚)」が最高であるとされる。現在でも、この地域は大部分の里山がクヌギ林というのが特長で、いたるところで台場クヌギが採れたが、猪名川流域における洪水対策と関西圏への上水道の供給を目的に、一庫ダムが1983年に完成した時、里山が湖底に没してしまった。そして、ダム湖である知明湖と残された周辺の森林の環境保全、自然観察を目的として一庫公園が1998年(平成10年)10月に整備され、自然観察の森が2002年(平成14年)に開園され、その開園前後のワークショップに参加していた人達が中心となって、里山、クヌギ林の利用・保全、炭焼き技術の伝承などのために2年後の平成16年(2004年)に会が設立されたのがクラブの発足であるという。

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さて、黒炭に話を戻しますが、炭づくりの基本的な原理は、「木-煙=黒炭(炭素)」。そして、「煙=水蒸気、セルロース、リグニン ・・・」。したがって、窯の中で、クヌギを主とする窯木の木成分を熱分解させて作るのが「黒炭」ですが、そのための「窯」が必要で、窯まで持って活動しているクラブはなかなかないようです。写真の窯は、先述の今西さんの手により作られたもの。炭焼きの工程を簡単に述べると、1)炭の材料となるクヌギを窯のサイズにあわせて切り出す「窯木作り」。2)それを、窯の近くまで運びおろす「窯木おろし」。3)クヌギを窯の中に隙間なく並べ、その上に「バイタ」よばれる雑木を詰め、窯木と窯口をトタンで仕切って、予備乾燥をする「窯木入れと予備乾燥」。4)焚き口に柴や薪を入れ開始する「火入れ・窯焚き」。このときの火は、古式に則り「火打ち石」で火をおこします。8~10時間窯焚きを行い、窯全体が7~800度になるように窯の中の温度を上げていく。このときの火力、酸素の供給調節が重要なポイントとなります。ここまでが3日の工程。5)その後、排煙口と空気調節口を完全に閉じ、窯口を土で覆って密閉し空気を断って、蒸し焼きにします。これを「クド差し」といい、このタイミングを計ることが最も重要だといわれます。つまり早すぎると生焼けになり、遅すぎると炭材が灰になってしまうからで、これが窯に応じたノウハウとなっているようです。6)そうやって「クド差し」をした後、自然に窯が冷却するのを待ち、窯口を覆ったレンガや土を取り除き、いよいよ炭を取り出す「窯(炭)出し」です。我々の場合は2週間後でした。


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      左;窯木作り~窯木おろし              右;予備乾燥~窯焚き

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     左;窯焚き(空気調整中)        右;クド差し後

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                       窯出し後の炭

色々な工程の作業をこなし、ようやく昨日釜出しまで漕ぎ付けました。先輩方の指導がよかったためか、けっこうしっかりした炭が大量に焼き上がり、出来がいいものを頂いて、早速妻手編みの蔓籠にいれて、我が家に飾った。作業中、窯焚きの燃え盛る炎をじっとみていると、何かしら安堵感に似た感情が心に湧き上がってきて、長いこと経験していなかった、それは懐かしい感覚だった。「材木を切る」、「薪を焚く」、「熾(お)きを掻く」などという忘れていた作業や、窯木の組み方、窯の温度コントロールこそが伝承すべき炭焼きノウハウであり、経験しなくては分からないことである。真っ黒くなりながらも窯をあけ、炭が出てきたときのうれしさなど初めての経験でした。これからは月の何日かは、里山で過ごすことになりそうです。

釜焚きの炎を見つめながら思ったのですが、焼き物などもそうですが、「火」、「炎」というものに宿る、ある種不思議な根源的な力を感じてしまうのは、すこし体と心が自然に馴染んできたのかもしれない。自らを「山人」と称し、吉野でその生を全うした歌人「前登志夫」。エッセイ集「存在の秋」にこんな一節があった。

「・・・ 古代人の燃えあがらせる火のあざやかさも、記紀歌謡にこめられた情念の純一なはげしさも、古代人の生の充実をほかにしては考えられないでしょう。たとえば、はげしい彼らの労働や、けものとの戦いなどです。もう現代のどこをさがしても古代人の労働が持っていたような質の、心のつよさ、生の充実につながる仕事はありますまい。この疎外の克服は、存在するもの、つまり自然との接触をほかにしては考えられません。」  

存在の秋 (講談社文芸文庫)

前 登志夫 / 講談社



煙いが、全身に染み付いた煙や炭のにおいも、すぐに気にならなくなるどころか、むしろ好ましくなっていた。好きなピアニストの一人であった故・「エディ・ヒギンズ」が、泣かせのSAXの名手「スコット・ハミルトン」と共演した一枚「煙が目にしみる」。どうもジャケットは自然とは程遠いようですが・・・。

煙が目にしみる(紙)

エディ・ヒギンズ&スコット・ハミルトン / ヴィーナス・レコード


 
「Smoke Gets in Your Eyes-Eddie Higgins Quartet」 

          






 
by knakano0311 | 2010-02-08 10:10 | 炭焼き小屋から | Trackback | Comments(0)