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大屋地爵士のJAZZYな生活

カテゴリ:ふるさとは遠くにありて・・・( 100 )

故郷の里山周辺を歩く

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実家に来てのウォーキングも楽しい。15分も歩くと、もうそこは裾野に果樹園が広がる里山である。遠目に見ると、なにか光る箱状のものが、松林の中にいくつも置かれている。何かなと思って近づいてみたら、伐採された松が透明な樹脂シートに包まれて置かれている。多分、「松くい」による「松枯れ」被害木を、「くん蒸処理」したものと思われる。

「松くい」は、「マツノザイセンチュウ」という「マツノマダラカミキリ」を媒体とする寄生虫が、松に寄生して起こす病気で、「松くい」にかかると松の導管に障害を起こし、水が吸えなくなり、やがて枯れてしまう。 このため、「カミキリ虫」の飛散による二次感染を防ぐため、「松くい」にかかった松は全て伐採し、ビニールで包んで薬剤を散布、「くん蒸処理」をする。 この処理をしたものが林に中に置かれていたというわけ。わが遊びの山では、「松くい」による「松枯れ」もあるが、それより大きな問題になっているのは、「ナラ枯れ」である。今年も「カシノナガキクイムシ」の幼虫が羽化する前に対策を実施せねば ・・・。

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この山裾には、「道祖神」のほかに写真のような男性シンボル、あるいは女性シンボルと一対になった石像、「陰陽石」や木像が多く置かれている。子宝に恵まれ子孫繁栄を願う民間信仰である。この付近一帯は、「天武天皇」が行幸しようとした地として「日本書紀」に記されるという古い歴史の湯の里、「美ヶ原温泉」である。ここはまた奇祭、「道祖神祭り」でも有名な温泉。9月の第4土曜の夕刻が、その祭りが行われる日で、木製の巨大な男性のシンボルをかつぎ、温泉街を練り歩く。宿泊客などの女性は、希望すればその上に乗ることができるという。厄除け・縁結び・子宝を祈願するというおおらかな祭りのようだ。私が故郷を離れた後、両親がこの地に引っ越してきたが、その後にこの祭りは始まったようだ。だから話には聞いていたが、祭りそのものを私は見たことがない。従って妻も木像に乗ったことなどないが、3人もの子宝に恵まれたのはどういうわけでしょう。

このブログにアップするのは、いささかはばかれますので、詳しいことを知りたい方は、クリックして次のサイトを参照して下さい。「新まつもと物語/奇祭!!道祖神まつり」「長野の奇祭「道祖神祭り」に行ってきた」など。

里山を歩きながら、西の方を振り返れば、春が近づいたとはいえ、まだまだ空気が澄んでいるので、北アルプスが間近に見える。何度見てもその美しさに感動する。

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さて、今日のホーンは、「ライアン・カイザー/Ryan Kisor」。
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1973年、アイオワ州スーシティー生まれ。最初は父親からトランペットを習い、10歳でローカルなダンスバンドで演奏を始めたという。「クラーク・テリー/」との出逢いによって、ジャズにインスパイアーされたのが15歳。1990年、17歳の時に、「モンク・コンペティション/Thelonius Monk Institute's trumpet competition」に優勝。翌年NYへ移り、「ルー・ソロフ/Lew Soloff」に師事、ニューヨークのジャズメンと交流、キャリアを重ね、自身のコンボを組み精力的に活動し、現在に至る。

抜群のテクニック、クールな中にも熱い情感を込める天性のフレージング、「トランペットの詩人」と呼ばれるそのコンテンポラリーな感性は、日本国内での人気も高い。「クリフォード・ブラウン/Clifford Brown」に捧げた第2作は、そのタイトルもズバリ「カイザー/Kisor」。

カイザー

ライアン・カイザー / ビデオアーツ・ミュージック



「Ryan Kisor - I Remember Clifford」

          

親しみやすく、単純明快で歯切れのいいファンキー・バップ。自作3曲以外は、「リー・モーガン/Lee Morgan」がらみの曲を演奏しているワン・ホーン・カルテットの編成であるが、バックは通常のピアノ・トリオではなく、オルガン、ギター、ドラムというピアノレス&ベースレスの異色で新鮮な編成。

ザ・サイドワインダー

ライアン・カイザー サム・ヤヘル ピーター・バーンスタイン ウィリー・ジョーンズ3ビデオアーツ・ミュージック



「リー・モーガン」でお馴染みの「Mr.ケニヤッタ/Mr. Kenyatta」。

「Ryan Kisor - Mr. Kenyatta」

          

「ホレス・シルヴァー/Horace Silver」や「ナット・アダレイ/Nat Adderley」、「ケニー・ドーハム/Kenny Dorham」のヒット曲とオリジナル曲からなるファンキー・ジャズ・アルバム。

ドナ・リー

ライアン・カイザー サム・ヤヘル ピーター・バーンスタイン グレッグ・ハッチンソンビデオアーツ・ミュージック



有名な「チャーリー・パーカー/Charles Parker」のタイトル曲は、カイザーと「グレッグ・ハッチンソン/Greg Hutchinson(ds)」による異色のデュオ。

「Donna Lee - Ryan Kisor」
 
          
by knakano0311 | 2015-03-21 10:27 | ふるさとは遠くにありて・・・ | Trackback | Comments(2)

早春の安曇野にて

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「♪ 春は名のみの風の寒さや ・・・ ♪」(吉丸一昌作詞、中田章作曲)。

安曇野市穂高にある「早春賦」の歌碑が実感できるような曇り空。母親の戸籍謄本をとるため、現在は安曇野市となっている旧・豊科町へと向かう。(早春賦の歌碑については、拙ブログ「春は名のみの ・・・」「早春賦」を参照して下さい)

用事をすませたら、ちょうど昼食時、美味しいパスタでも食べたいと、道筋でみかけたイタリアン・レストラン、「ピッコラーナ」へ寄ってみた。晴れていれば、北アルプスと安曇野の田園風景が眺められる絶好のロケーションだが、この日はあいにくの曇り空。残念ながら雪が残る山の中腹までしか眺められない。観光には季節はずれのこの時期とはいえ、一時のなごみの時間と、美味しいパスタをゆっくりと楽しむ。

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そしてもう一つ、ここまで来たからと寄ってみたのが、前から訪れてみたかった「田淵行男記念館」

「田淵行男」。1905年鳥取県生まれ。1945年疎開をきっかけに安曇野に移り住む。壮大な北アルプスと緑豊かな安曇野をメインフィールドとして、高山蝶、アシナガバチなどの生態研究や、山岳などの自然写真の撮影にその生涯を捧げ、1989年他界。(NETより)

雪解け時期にアルプスの山腹に浮かび上がる、山肌の黒と残雪の白の織りなす模様を「雪形」と呼ぶが、田淵はその研究でも知られ、日本の「雪形」の集大成を成し遂げたことでも知られている。この雪形、この地方に育ったものなら昔から馴染んできた景色である。記念館に信州の雪形についてのリーフが売っていたので、早速買い求めた。下の写真はリーフに載っていた田淵が発見した北アルプス「中岳」の「舞姫」と名付けられた雪形である。(雪形については拙ブログ「林檎の花」を参照下さい)

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記念館の周りは、わさび田が取り囲んでいる。そういえば、穂高の「大王のわさび田」、「御法田」もこのすぐ近く。記念館ではまだなようだったが、「わさびの花」の咲き出す時期でもある。田淵氏の業績と、同時に開催されていた「大西浩次」氏の写真展「天空の樹」にも強い印象を受けて記念館を後にした。

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さて、今日もお久しぶりホーンと参ります。「グラント・スチュアート/Grant Stewart」。「歌うテナー」というプレイ・スタイルを貫く白人サックス奏者。1971年、カナダ・トロント生まれ。父親の影響で、「チャーリー・パーカー/Charles Parker」や「コールマン・ホーキンス/Coleman Hawkins」を聴いて育ち、10歳でアルト・サックスを始める。17歳でテナーに転向して19歳でニューヨークに移住し、「ヴィレッジ・ヴァンガード/Village Vanguard」などのジャズ・クラブに出演、多くのジャズメンとセッションを重ね、現在に至る。太くて豪快なメロディック・ブロウが持ち味で、トランペッターの「ライアン・カイザー/Ryan Kisor」、「エリック・アレキサンダー」の盟友だという。

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そんな彼が同じくテナーで歌心と豪快なブロウを持ち味とする「エリック・アレクサンダー/Eric Alexander」をゲストに迎えたアルバムが、「エスターテ/Estate」(2005年12月録音)。「歌うテナー」の持ち味が十二分に発揮され、盟友の「エリック・アレキサンダー」とのスリリングなテナー対決も興味深い。



エスターテ

グラント・スチュワート / ビデオアーツ・ミュージック



YOUTUBEにこのアルバムからのアップが見当たらないので、「Wailin' 」(2005年録音)というアルバムから、スチュアート&アレキサンダーの「歌うテナー」を聴いてみましょうか。パーソネルは、「Eric Alexander (tenor sax)」、「Grant Stewart (tenor sax)」、「David Hazeltine (piano)」、「Peter Washington (bass)」、「Kenny Washington (drums)」。

「Eric Alexander, Grant Stewart - The Shadow of Your Smile」

          
by knakano0311 | 2015-03-20 10:13 | ふるさとは遠くにありて・・・ | Trackback | Comments(0)

土蔵が連なる小道を歩く

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実家で過ごしていても、できるだけウォーキングをするようにしている。父親は普通のサラリーマンであったが、実家の付近は、林檎と葡萄を中心とした果樹園が多く、きっとかっては裕福な農家だったんでしょう、大きな門構えと土蔵を設えた屋敷が連なっている。

今住んでいる大都市近郊の住宅地ではなく、田園風景が広がる田舎の里山の裾野。そんな小道をウォークングするのが楽しい。道の脇には、この近くのあちらこちらにある道祖神や馬頭観音など素朴な野の仏や神を見るのも楽しい。屋敷の塀越しに見える梅が、春を待ちかねたように、ほころび始めていた。(道祖神については拙ブログ「祈りのかたち ~路傍の神「道祖神」~」参照して下さい)

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さて、ここしばらくトランペット、サックスとホーン奏者を続けていますが、今日取り上げるのはお久しぶり、その名前の由縁でもあるスライド・トロンボーンをダイナミックに吹きまくり、ヴォーカルもするスウェーデンの美人姉妹のトロンボーン・デュオ、「スライディング・ハマーズ/Sliding Hammers」。

1997年に「ミミ/Mimmi Hammer(姉)」と「カリン・ハマー/Karin Hammer(妹)」が結成。 この「スライディング・ハマーズ」は、かって1950年、60年代を通じて大活躍したスター・トロンボーン・デュオ、「J & K(J.J. Johnson & Kai Winding/ジェイ・ジェイ・ジョンソン&カイ・ウインディング)」のジャズ・スピリットを志しながらも、オリジナル曲にも取組み、とても女性とは思えないような、抜群のテクニック、軽やかでヴィヴィッドな演奏、しかも美人デュオ、まさに往年の「J & K」を思わせるような演奏ぶりである。(参照拙ブログ「トロンボーンが好き、美人はもっと好き」「スエーデン美女シンガー図鑑(その7) ~スライディング・ハマーズ~」

キュートでチャーミングな「ミミ・ハマー」のヴォーカルを全編にフィーチャーし、大好評を得たアルバム、「シング/Sing」(2008)。

シング

スライディング・ハマーズ / インディペンデントレーベル



「Sliding Hammers - I'll Close My Eyes」

          

「I wish you love - Sliding Hammers」

          

やはり、絵になるライブ映像が見たくなるのが人情でしょうか。2007年のジャズ・フェスの映像から。

「Sliding Hammers - Trombone ballad」

          
by knakano0311 | 2015-03-19 12:58 | ふるさとは遠くにありて・・・ | Trackback | Comments(0)

あちらでも「婦唱夫随」を

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母親の葬儀、四十九日の法事を終え、色々な手続きやら、実家の整理などのため、しばらく実家に滞在した。残された遺品を整理しながら、10年前に他界した父親とあわせて、両親を偲ぶ日が続いている。

我が両親は、「夫唱婦随」ではなく、間違いなく「婦唱夫随」であった。二人とも多趣味であったので、父親が完全にリタイヤした後は、それぞれが自分の趣味を楽しんでいたようである。母親は、前に書いたように、日舞、木目込み人形、和紙人形、ヨガ、短歌、カラオケ、裁縫 ・・・。昼間は教室に通うため、一週間の大半を留守にしていたようだ。残された踊りやカラオケのEPレコード、カセット・テープ、CD、そして短歌の習作、和紙人形の作品などの片付けをやっと終えた。さてその次は手をつけてなかった父親の遺品。父親の趣味は、ゴルフ、盆栽、庭作り、野菜づくり、書道、篆刻などであり、書はリタイアの後に本格的に習い始め、師範免許を取得、そのうえ、表具・表装も学び、知人から頼まれると、掛け軸などの表装をしてあげていたため、その道具や材料が、始末に困るほど残されていた。父親は母と違って、音楽的センスは全くなかったので、二人でカラオケということはなかったが、女文字も得意とし、母の作った短歌をいくつか書にしたためたものが、これも山ほど残されていた。これが、私の知る唯一の二人の共通の作品で、その一つが冒頭の写真である。最も頭の痛いのは農作業の道具。道具に凝る方であったので、なんとまあ、耕運機までが残されていた。さて、それはさておき、今頃あちらで仲良く「婦唱夫随」をしているのだろうか? ところで我が家はどちらでしょうか?

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さて、「婦唱夫随」、「おしどりプレイヤー」といえば、思い浮かぶのが、「タック&パティ/Tuck & Patti」、「ステイシー・ケント&ジム・トムリンソン/Stacey Kent & Jim Tomlinson」、「イルセ・ヒューツインガー&エリック・ヴァン・デル・リュイート/Ilse Huizinga & Erik van der Luijt」、「ピム・ヤコブス&リタ・ライス/Pim Jacobs & Rita Reys」、「秋吉敏子&ルー・タバキン/Toshiko Akiyoshi & Lew Tabackin」、「ダイアナ・クラール&エルヴィス・コステロ/Diana Krall & Elvis Costello」、「イリアーヌ&マーク・ジョンソン/Eliane Elias & Marc Johnson)、古くは「イーディ・ゴーメ&スティーブ・ローレンス/Eydie Gormé & Steve Lawrence」などでしょうか。

ジャズ畑以外で日本でも、「越路吹雪&内藤法美」、「鮫島有美子&ヘルムート・ドイチュ/Helmut Deutsch」、「ヒデとロザンナ」などがすぐあげられるでしょう。

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そのなかで、一番印象に残っているのが、ハートフルで心地よかったライブを聴きに行ったこともある、「マリエル・コーマン&ヨス・ヴァン・ビースト/Marielle Koeman & Jos Van Beest」。(参照拙ブログ「おしどりJAZZコンサート」) スタンダード中心のステージで、ヨスの奏でるピアノのスインギーな軽快さ、優しさ、華麗さ、甘さ。そして、相性抜群のマリエルとヨスによるボッサ・ノヴァ。そんなボッサのリズムで綴った、16編の物語、大人のためのボサノヴァ・スタンダード・アルバムが、「LOVE BOSSA!」。

LOVE BOSSA!

マリエル・コーマン & ヨス・ヴァン・ビースト・トリオ / 澤野工房



残念なことに、YOUTUBEには、彼らの演奏はほとんどアップされていません。(さわりだけの試聴が「澤野工房のHP」でできます) 唯一と言っていいのが、アルバム、「BETWEEN YOU & ME」からのボッサ、「優しい雨/Gentle Rain」。何回目かの使い回しになりますが、ご勘弁を ・・・。

BETWEEN YOU & ME

マリエル・コーマン & ヨス・ヴァン・ビースト・トリオ / 澤野工房



「Gentle Rain - Marielle Koeman en Jos van Beest Trio」

          

そして、どこかのライブからのアップで、スタンダード、「Everything Happens To Me」。

「Jos van Beest Trio & Marielle Koeman - Everything Happens To Me」

          
by knakano0311 | 2015-03-18 10:29 | ふるさとは遠くにありて・・・ | Trackback | Comments(0)

主なき庭にも春は来る

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母の四十九日の法事で松本に帰省。2月初めの葬儀から1ケ月と少し。まだまだ冬で相当に寒いのではと予想していたが、予想に反して相当暖かい。最低温度もマイナス1°Cほどで、日中は10℃近くにもなる。だから、平地には雪は全くない。前回までは、到着早々の雪掻きがいつもの仕事であったのに ・・・。

「フクジュソウ(福寿草)」が咲いていた。実家の庭で真っ先に咲く花で、母親が好きな花でもあった。春を告げる花の代表であり、「元日草(がんじつそう)」や「朔日草(ついたちそう)」の別名を持つが、なんと毒草だという。そして、「サンシュユ(山茱萸)」のつぼみも大きく膨らんでいる。

主なき庭にもちゃんと春は来ているようだ ・・・。

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さて、ボサノバと滅法相性のいいサックス奏者がいる。とくに春のドライブとなれば、この人のアルバムをあげないわけにはいかない。今回、春の帰省ドライブ、お供は「ハリー・アレン/Harry Allen」ときた ・・・。

1966年、ワシントンDC生まれ。幼少の頃から、「ベン・ウェブスター/Ben Webster」、「コールマン・ホーキンス/Coleman Hawkins」、「レスター・ヤング/Lester Young」などを聴いて育つ。高校生時代には、もう彼らのスタイルを真似て演奏していたという。イギリス、ドイツで数枚のリーダー作を発表した後、1996年、「ディア・オールド・ストックホルム/原タイトル;Harry Allen Meets the John Pizzarelli Trio」で日本デビュー。「スタン・ゲッツ/Stan Getz」や「ズート・シムズ/Zoot Sims」といった白人テナーの流れを汲む、ストレート・アヘッドなジャズ・テナー奏者としても注目されているが、なんてたって一連のボサ・ノヴァ作品の人気が高い。

彼のサックスはボサノバの柔らかなリズムが本当に合っている。ボッサのリズムに乗りながら、メロディを豊かにふくらませ、インスツルメンツながら、その歌心が私たちの心に潤いを与えてくれるのだ。

2006年録音の「リカード・ボサノヴァ/Recado Bossa Nova」(2006)からタイトル曲。パーソネルは、「Harry Allen (ts)」、「Joe Beck (g)」、「Hassan Shaker (b)」、「Adriano Santos (ds)」。

ハリー・アレン / カメラータ東京



「Harry Allen - Recado Bossa Nova」 

          

ジャケットがなんとも可愛い「アイ・キャン・シー・フォーエヴァー/I Can See Forever」(2002)から、「コルコヴァード」、ジョビンの名曲「Wave」の2曲を。

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アイ・キャン・シー・フォーエヴァー

ハリー・アレン ギルヘルム・モンテリオ ジェイ・バーリナー ロン・カーター グレディ・テート ジョー・アシオンBMG JAPAN



「CORCOVADO - HARRY ALLEN」

          

「Harry Allen - Wave」

          

そして、「サマー・サンバ/原タイトル;If Ever You Were Mine」(2003)から、「シェルブールの雨傘/I WILL WAIT FOR YOU」を。

サマー・サンバ

ハリー・アレン / BMG JAPAN



「I WILL WAIT FOR YOU - HARRY ALLEN」

          
by knakano0311 | 2015-03-17 22:07 | ふるさとは遠くにありて・・・ | Trackback | Comments(0)

看取る ・・・

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母を看取った。その1週間前に会った時は、私の言葉や顔に反応していたのに、昏睡状態になったという急な知らせを入居していた施設から受けたのは、それから5日後であった。大雪の予報がでている中、車を飛ばして駆けつけると、穏やかで安らかな顔して眠っている母が待っていた。そして、日付けが変わってすぐ、それまでは、ほぼ10秒間隔で繰り返していた浅い呼吸がすっと止まり、そのまま眠るように、10年前に送った父と去年逝った妹のもとへと旅立った。満93歳であった。入院もすることなく、点滴などの延命処置もなく、目を見開くことも、痛がることも、なにか声を発することも一切なく、静かに、それは本当に静かに私たち夫婦の前で逝った。確認のために来た医者が「自分もかく逝きたい」といったほどの、そしてお世話をしていた担当のヘルパーさんが「こんなやすらかで美しい死顔は見たことがない」と言ってくれたほどの大往生、旅立ちであった。

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次の日の朝、雲一つない空に、北アルプスがその凛とした山容をみせ、普段はなかなか見えない乗鞍岳や御嶽山から立ち上る噴煙までもがくっきりと見えた。短歌、和紙人形、日舞、ヨガ、音楽、カラオケ ・・・と多趣味であった母に、自費出版の短歌集とお気に入りの和紙人形の作品を添えて送った。喪主として、以前母の葬儀について、妹と話し合っていたイメージにほぼ沿った家族葬を終え、とりあえず1週間ぶり帰宅したが、手続きや四十九日とまだまだ弾丸帰省の日が続く。

もうずっと前のことであるが、我が家に「電蓄」と呼ばれる電気蓄音機があったころ、78回転、いわゆるSP盤で母親が時々聴いていたのは、「藤浦洸」作詞、「高木東六」作曲の「水色のワルツ」であった。1950年(昭和25年)、「二葉あき子」が歌って大ヒットした曲。後年、「鮫島有美子」のアルバムを贈ったことがある。亡き母を偲んで ・・・。

おぼろ月夜

ドイチュ(ヘルムート) 鮫島有美子 / 日本コロムビア



「水色のワルツ - 鮫島有美子/ヘルムート・ドイチュ」

          
by knakano0311 | 2015-02-12 15:55 | ふるさとは遠くにありて・・・ | Trackback | Comments(2)

弾丸帰省の夜は ・・・

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今年2回目の弾丸帰省。「弾丸帰省」とは、母親のケアのため、一泊二日ないしは二泊三日の故郷帰省を私が勝手に名づけている帰省である。今回、行きは快晴とまでは行かなかったが、まずまずの天気。中央道駒ケ岳SAから臨む中央アルプスは、「木曽駒ケ岳」でしょうか、その荒々しい岩肌が迫力を持って迫ってくる。一度「千畳敷カール」を訪れてみたいと長年思っているが、未だ果たし得ないでいる。

一転して帰りは、松本は朝から雪。起きたら実家の周りにも数センチ積もっていた。ニュースの気象情報では、大雪注意報が出ているし、中央道の長野県内はすべてチェーン規制がかかっている。ひどい積雪で閉鎖にならないうちに中央道を抜けてしまおうと、母親のケアは前日に済ませていたため、帰路へ。案の定、高速はシャーベット状態。やはり、スタッドレス・タイヤの効果は大したもので、順調に中央道を走る。恵那山トンネルを抜けたら、雪は雨に変わっていた。

翌日は、今度は長男が弾丸帰省。結婚相手を連れての報告。久しぶりに次男家族を呼んで、鍋を囲んでの家族大宴会となった。こんな弾丸帰省なら何度でも嬉しい。

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実家のCDラジカセで聴いたのは、「マルチン・ボシレフスキ/Marcin Wasilewski」率いるピアノ・トリオのアルバム、「Trio」。厳しい信州の寒さの中で聴いてみようかと選んで持っていったアルバム。

「マルチン・ボシレフスキ」は、1975年生まれのポーランド出身のピアニスト。13才の時に手に入れた「キース・ジャレット/Keith Jarrett」のアルバムに感銘し、強い影響を受けたという。ポーランド・コシャリンの音楽学校で同年の「スワヴォミル・クルキエヴィッツ/Sławomir Kurkiewicz(ベース)」とセッションするようになり、後に「ミハウ・ミスキエヴィッツ/Michał Miśkiewicz (ドラム)」が加入し、「シンプル・アコースティック・トリオ/Simple Acoustic Trio(SAT)」を結成。いずれも10代の若さであった。1993年の「ジャズ・ジャンポリー・フィスティヴァル」で高く評価され、1994年にトランペッターの「トーマス・スタンコ/Tomasz Stanko」とのセッションに加わる。1994年にSATは、「クシシュトフ・コメダ/」の作品集、「Komeda」でアルバム・デビュー。このアルバムは1曲を追加し、「Lullaby for Rosemary」のタイトルで再発された。(Wikipediaより)

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そして、ECMの創設者でプロデューサーの「マンフレート・アイヒャー/Manfred Eicher」との知遇を得て、2004年にオスロの「レインボー・スタジオ」で録音し、翌年にリリースしたのが「Trio」。雪に包まれた静謐、凍る様な透明感、流麗で美しいタッチ、雪の中を続く足跡だろうか、ジャケも好み。パーソネルは、「マルチン・ヴァシレフスキ/Marcin Wasilewski (Piano)」、「スワヴォミル・クルキェヴィッチ/Sławomir Kurkiewicz (Bass)」、「ミハウ・ミスキエヴィッツ/Michał Miśkiewicz (drums)」。いずれも30歳前後、才気溢れるというのは、まさしく彼らのこと。

電気毛布をつけ、布団を頭までかぶり、暖かさと心地よさに包まれながら、いつしか眠りについた。

Trio

Marcin Wasilewski / Ecm Records



「Marcin Wasilewski - Sister's Song」

          

オリジナルは、「ビョーク/Björk」の「Hyperballad」。

「Marcin Wasilewski Trio - Hyperballad」

          
 


 
by knakano0311 | 2015-02-02 17:11 | ふるさとは遠くにありて・・・ | Trackback | Comments(2)

寒・・・暖・・・懐

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「冬の間はすこしお休み ・・・」と思っていたが、そうもいかなくて、今年もまた「弾丸帰省」が始まった。今回初めてスタッドレス・タイヤを装着し、故郷へ。実家に着いてまずすることは雪掻き。松本地方、寒さは例年通り厳しいが、今年の積雪はまだ大したことがなく、そんなに苦労することもなく雪掻きを終える。そして、施設に入っている母親のケアと訪問看護の段取りだけをつけ、慌ただしく故郷を後にする。

そして、第1回目の炭出しと、第2回目の窯入れとを行った今日は快晴、山でも10度を超えるポカポカ陽気。一面の雪。零下6度まで冷え込んだ故郷とは大変な差である。公園の「シデコブシ(幣辛夷、四手拳)」の蕾も大きく膨らんできた。もう1ヶ月半もすると、白い花が咲く。

関西地方に移り住んでから、46年。もうあの厳しい寒さには体がとてもついてはいけないだろうが、あの雪景色には懐かしさを覚えてしまう。

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さて、今日は久しぶりにピアノ・トリオを ・・・。「ヘルゲ・リエン・トリオ/Helge Lien Trio」の「Natsukashii(懐かしい)」。なぜ日本語のタイトルなのかはわかりませんが、2011年リリースのアルバム。

「ヘルゲ・リエン」。ノルウェーを代表するピアニスト。1975年、ノルウェイ生まれの弱冠39歳。最初に音楽的影響を受けたのが、「ピンク・フロイド/Pink Floyd」だという。16歳でクラシックを志したが、「オスカー・ピーターソン/Oscar Peterson」を聴いて、JAZZの世界に。最初、ピアノ+チューバ+サックスという変則トリオを立ち上げるも、それと時期を同じくして、標準的編成のピアノ・トリオ、「ヘルゲ・リエン・トリオ」も立ち上げたという。デビュー・アルバムは、「What Are You Doing The Rest Of Your Life」(2001)。(拙ブログ「木槿、利休、そしてノルウェイへと ・・・」より)

Natsukashii

Helge Lien / Ozella Music



日本の自然を紹介する映像のバックに流れていたとしても、全く違和感はないタイトル曲、「Natsukashii」。

「Helge Lien Trio - Natsukashii」

          
 


 
by knakano0311 | 2015-01-25 23:00 | ふるさとは遠くにありて・・・ | Trackback | Comments(0)

三九郎の記憶

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「小正月の火祭り」を松本地方では「三九郎(さんくろう)」と言う。正月松の内が開けたあと、子供たちが家々を周り、門松や注連飾りなどを集め、近くの田んぼに長い竹とでピラミッド状に組んだ小屋を建て、子供たちはその中で餅を焼いたりしながら一日遊ぶのである。そして私の記憶では、1月14日の夜だったと思うが、小正月にその小屋を焼くのである。この行事は、ここ関西地方を始め、全国的で「どんど焼き」と呼ばれて広く行われているようですが、関西の一部では、「とんど焼き」、「左義長」などとも呼ばれています。

なぜか故郷松本では「三九郎(さんくろう)」と読んでいた。「三九郎」の日には、正月の飾り物、縁起もの、書き初めなども持ち寄って焼くのであるが、とりわけ、かって養蚕が盛んであった松本地方では、家に飾ってあった柳の枝に刺した繭に見立てた団子、「繭玉(まゆだま)」あるいは「繭団子」と呼んだと思うが、それを持ってきて「三九郎」の火であぶって食べる風習がある。団子を焼いて食べると、その年は無病息災でいられるという言い伝えからである。子供たちだけで、自由に小屋の中で遊べるこの行事が待ち遠しかったことを覚えている。

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それともう一つ、この時期、1月上旬行われるのが、「飴市(あめいち)」。「飴市」の始まりは、今から約400年以上前にさかのぼるという。戦国時代、今川、北条両氏により、塩の供給を断たれ困っている敵将の「武田信玄」に「上杉謙信」が、越後から信濃経由で塩を送り、この塩が松本の地に届いたのが永禄11年(1568年)1月11日だという。いわゆる「敵に塩を送る」の故事を記念して「塩市」が始まり、いつしか「飴市」になったと言い伝えられている。その時に牛を繋いだといわれる「牛つなぎ石」が、現在でも市街の中心部には残っている。正月明け、真冬のお祭り。家族みんなで飴やダルマを買いに街にでる。厳しい寒さや、正月で家の中にこもりがちな子供たちにとっては、この二つの祭りは、年の明けとともにやってくる嬉しい行事であった。 (写真はいずれもNETより拝借)

そんなことを思い出しながら、明日は今年最初の弾丸帰省、天候を気にしながら、雪国に向けて車を走らせる。

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さて、今宵のお久しぶり歌姫は、「リザ・ヴァーラント/Lisa Wahlandt」。アルバムは、「ハートに火をつけて/原題;Stay a while ~ A Love Story in 9 Songs」。このアルバムを思い出したのは、よくお邪魔するブログに、「ウォルター・ラング・トリオ」が紹介され、それで思い出したからである。

「リザ・ヴァーラント」。ドイツを代表するジャズ・シンガーとなったという彼女は、ドイツ南部のバイエルンで生まれた。アコーディオン奏者だった父を持つ「リザ・ヴァーラント」は幼少の頃から様々な音楽に触れ、人前で歌うことが好きな子だったという。高校時代はアマチュア・バンド活動もしたが、卒業後OLとして働くも、音楽への夢断ち難く、オーストリアの音楽院で本格的にジャズの勉強をする。特にブラジル音楽からは多大な影響を受け、「アストラッド・ジルベルト/」や「スタン・ゲッツ/」に捧げたアルバムやボサノヴァ・アルバムをリリースし高い評価を得たのち、2003年、初の彼女名義のアルバム、「マレーネ/Marlene」がリリース。

Marlene

Lisa Wahlandt / Finem



そして、「ハートに火をつけて」は、彼女にとって6枚目のアルバム。ロリータ・ボイスといっていいでしょう、そんなリザが歌うのは、アルバム・タイトルにもなっている「ドアーズ/The Doors」の「ハートに火をつけて/Light my fire」や、「ローリング・ストーンズ/The Rolling Stones」の「As tears go by(涙あふれて)」、「ビートルズ/The Beatles」の「Here there and everywhere」などのロック/ポップス・カヴァーである。そしてドイツを代表するピアニスト、「ウォルター・ラング」率いるピアノ・トリオがサポート、リリカルなピアノがリザのボーカルをひきたてる。

ハートに火をつけて

リザ・ヴァーラント+ウォルター・ラング / ミューザック



「Lisa Wahlandt-Here,There And Everywhere」

          

同じ歌かと耳を疑うように驚いたのは2曲、一つはシューベルトの歌曲「おやすみ/Gute Nacht」をこんなにJAZZYなバラードとして歌ったこと。もう一つは、パワフルな強い女のイメージで「グロリア・ゲイナー/Gloria Gaynor」が絶唱して世界的に大ヒットしたあのディスコ・チューン「恋のサヴァイヴァル/I Will Survive」。囁くようにまるで180度転換した歌い方で耳と心をくすぐる。

「Lisa Wahlandt - I will survive」

          
by knakano0311 | 2015-01-19 23:34 | ふるさとは遠くにありて・・・ | Trackback | Comments(0)

この寒さで霜華を思い出した

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初雪 ・・・。私が住んでいる地域ではこの時期に雪が積もることはめったにないのであるが、この季節一番の寒さ、明け方うっすらと雪が積もり、日中には雪も舞った。山へ上がる道路は積雪、凍結で今日の山遊びは中止。昨日もかなり強くて冷たい西風。ウォーキングはさすがに手袋をしたが、その手もかじかむような寒さであった。

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TVニュースで見る北国の大変な状況と寒さ。気になって故郷松本の気象状況を見てみたら、寒さは相当厳しいが、雪は大したことはなさそうである。私が暮らしていた頃もそうであったが、北からの寒波が大雪をもたらす時には、北アルプスが盾となり、寒さだけがやって来るのである。子どもの頃の松本地方は平地でも、氷点下10度~15度にまで冷えることは当たり前だったあの寒さ、湿度が低いためか、若かったためか、さほど苦にならなかったような記憶がある。空気中に浮遊する氷の結晶が朝日に輝く「ダイヤモンド・ダスト」や、室内の水蒸気が窓ガラスの表面に疑結してできるいろいろな形の「霜華(しもばな)」(写真)の美しさはいまでもはっきりと覚えている。

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さて、今宵のお久しぶり歌姫は、オーストラリア出身で、なんと元モデルという美貌の女性ジャズ・ヴォーカリスト&コンポーザー、「ペネロペ(ペネロープ)・サイ/Penelope Sai」。たしか、これもジャケ買いだったか ・・・。

キャリアなどは、ほとんど分からないが、オーストラリアはシドニーで生まれ育ち、9年間ほどパリに滞在して、フランスの実力派女性ジャズ・シンガー、「アンヌ・デュクロ/Anne Ducros」に師事して、ジャズを学び演奏活動もしたが、現在は母国オーストラリアへ戻って活動中だという。

そんな彼女のセカンド・アルバムが「シアナ/Sinana」。ジャケットを見つつ試聴して、即、買いを決めた記憶がある。清涼感に溢れる澄みきった声。端正でリリカルな歌唱が気に入ったからである。オーソドックスなピアノ・トリオの演奏をベースに展開されるが、全11曲のうち6曲はピアニストの「ショーン・マッケンジー/Sean Mackenzie」やゲスト・プレイヤーのフランスのジャズ・ヴァイオリニスト「ディディエ・ロックウッド/Didier Lockwood」とで作ったオリジナル曲。後は「I’m Glad There Is You」、「My Foolish Heart」などのスタンダード曲。バックの「ショーン・マッケンジー」のピアノがまた実にいい。

Sinana

Penelope Saï / Rip Curl Recordings



まずはスタンダードから。「A.C.ジョビン/A.C.Jobim」の「Once I Loved」。安定感のある澄みきった歌声が、高音域までのびやかに広がり、さらにラストのスキャットが、いい雰囲気を醸し出す。サポートは他に「ジョナサン・ツワルツ/Jonathan Zwartz (double bass)」、「ニック・セシレ/Nic Cecire (drums)」。

「Penelope Sai- Once I Loved」

          

もう1曲は、「君がいてくれて嬉しい」とでも訳しましょうか、「I'm Glad There is You」。


「Penelope Sai - I'm Glad There is You」


          

さて、あと2曲はオリジナル曲。まず彼女自身のオリジナルでアルバム・タイトル曲、「シアナ/Siana」。ベースのアルコ弾きにはじまり、ゲストのフランスのジャズ・ヴァイオリン奏者、「ディディエ・ロックウッド」のしっとりとした音色が彼女の情感溢れる歌唱を際立たせる。そして、もう1曲は、「Green Skies」。

「Penelope Sai - SIANA (featuring Didier Lockwood)」

          

「Penelope Sai - Green Skies」

          
by knakano0311 | 2014-12-19 00:10 | ふるさとは遠くにありて・・・ | Trackback | Comments(2)