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大屋地爵士のJAZZYな生活

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春を感ずる美女ボーカル三人 ~巧みなジャケット・マーケティング~

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日課としているウォーキングの道の傍らの水仙がほぼ満開。 こんなところから早くも春の息吹が感じられる・・・・。

まちどおしい春。ひな祭りには少し早いが、久し振りの「三人官女」ならぬ、「ジャケ買い」美形ボーカル三人特集を始めましょうか。聴けば、春めいたうきうきした心になるかもしれません・・・。

まず最初は、「ガブリエラ・アンダース(Gabriela Anders)/Bossa Beleza」。最初の彼女のアルバム「Waiting」は、楚々とした全身の遠景のショットが気に入り思わずジャケ買い、秘密の花園入り。2枚目は顔のアップ、猫科の動物を思わせるような目に魅かれて、これもジャケ買い、またも秘密の花園入り。そして3枚目も成熟した女性の色気に魅かれて、またもやジャケ買い。3枚もジャケ買いしたのは彼女くらいであろう。余談であるが、このようにジャケット、特に女性アーティストのそれは、私の購買動機に決定的に影響を与える要因でもあるのです。

1997年、ユニット「Beleza」の歌姫として、ジョビンのトリビュート・アルバムでデビューし大ブレイクしたアルゼンチン出身の美しきシンガー、「ガブリエル・アンダース」。彼女の最大の魅力である、ささやくような、くすぐるような、シルキー・タッチの歌声、その容姿とあいまって世のオジサンたちの心をつかんだ彼女。ジョビン・トリビュート・アルバムはジョビン誕生80周年の去年、待望の再リリースがされた。彼女の音楽スタイルは、ボサノヴァ、ジャズ、ポップス、サルサ、レゲエ、ファンクなど多くのジャンルをミックス・ブレンドし、彼女独自のボサノヴァ・カラーに染め上げてしまうのが特長。あまた世に発売されている、「SONIA」などに代表されるいわゆる「フェイク・ボサノヴァ」の元祖として、根強い人気をもっているのです。そんなガブリエラが久々にニュー・アルバムをリリース。ボサノヴァの名曲から、欧米ポップスのヒット曲などを彼女風に仕上げた、お得意の洒落た「フェイク・ボサノヴァ」集。収録されている曲がちょっと平凡で、「Waiting」のようなJAZZY色が濃くないのがちょっと不満だが、相変わらずのジャケットのよさに免じて、いいじゃないかとしよう・・・。

ボッサ・ベレーザ

ガブリエラ・アンダース / ビクターエンタテインメント


澤野工房初の女性ボーカルのアルバム・リリースは、「ニコレッタ・セーケ/A Song For You」。これはジャケットのせいも勿論あるが、「澤野初」、「歌伴はロバート・ラカトッシュ」、この二つのキーワードで即購入決定。
1983年生まれ、「ロバート・ラカトッシュ」と同じハンガリー出身のシンガー、「ニコレッタ・セ-ケ」。ジプシー音楽の名門に生まれ、2005年のモントルー・ジャズ・フェステイバルでは、ジャズ・ヴォーカル・コンペティションにおいて第一位に輝いたシンガーという。ジャケットをみると、キャッチコピーにあるとおり、まさに妖精と言える美貌。澤野デビューとなる本作では、スタンダード、そしてポップの名曲を、若さを生かしながら、華やかに歌います。やはり、澤野氏の審美眼が色濃く反映した、アメリカとは一味違うヨーロッパ・ジャズ・ボーカル。彼女、今後大きく成長し、澤野の女性ボーカル看板になるかもしれません。そしてラカトッシュのピアノも、今回は歌伴に徹していますがファンには聴き逃せないものとなっています。

パーソナルは、Nikoletta Szoke (vo)、Robert Lakatos (p)、Thomas Stabenow (b)、Klaus Weiss (ds)。「ラカトシュ」、「ティティアン・ヨースト」、そして今、「ニコレッタ・セーケ」を立て続けに澤野から世に送り出した「Klaus Weiss 」は残念なことに、年末に逝ってしまった。

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ニコレッタ・セーケ/A Song For You





さて三人目ですが、私が持っているヴィーナス・レコードのCDでは、「シモーネ」、「ニッキ・パロット」に続く多分三人目?の女性ボーカルだと思います。「テッサ・ソーター」。さすがヴィーナスレコードですね、「エロカッコいい(もう死語かな?)」、またもやオヤジの心をくすぐる本格女性JAZZボーカルです。ジャケット・マーケティングは、ヴィーナス・レコードさんは本当にうまい。何かしら意味深なストーリー性のある写真で想像を掻き立てるエロジャケが過去にいくつもあり、心をくすぐられ、何枚買ったことか・・・・。

「テッサ・ソーター/Tessa Souter」。トリニダード・ドバゴ人の父と英国人の母の間に生まれ、ロンドンに育った。そして米国に渡り、サンフランシスコでジャーナリスト(なんとVogue, Elle,The Guardian,the Times などと言うから驚く)として活躍した後、ジャズ・ヴォーカリストに転身、96年にニューヨークへ移り、JAZZ歌手活動を本格的に始めたそうである。作詞、作曲もするセンス抜群な実力派女性ボーカルの日本デビュー・アルバムが「キー・ラーゴの夜」である。ベイルート、NY、モスクワ、ロンドンなど世界各地のJAZZクラブで活動をする中で、フラメンコや中近東音楽がもつ情熱やソウルに影響を受け、バラードを最も得意とするようであるが、自然体で優しく素直でありながら、濃蜜な情感のこもった歌唱が、粋で心地よい。大型新人誕生の予感。

キー・ラーゴの夜

テッサ・ソーター / ヴィーナスレコード



アルバム・タイトルの「キー・ラーゴ」には、すこし想い出もあります。フロリダ州、マイアミから「キー・ウエスト」まで約400kmに渡って点々と延びる細い砂州、小島。その砂州と小島をつないで、NYを出発点とし、キー・ウエストまで海を貫くほそい一本道が国道1号線。よく映画などで出てくるところです。キー・ラーゴは、その途中にあるリゾートで、スキューバと釣りのメッカ。海の中にキリスト像か何かがおかれていたと思うし、たしかヘミングウェイ「老人と海」もこのあたりがモデルだったか?。
そしてジョン・ヒューストン 監督、ハンフリー・ボガート、ローレン・バコール主演の映画「キー・ラーゴ」の舞台となったところでも有名で、その関係か、おなじボガード主演の「アフリカの女王」という映画で使った船が係留されていました。
そして、1号線沿いには沈船から見つけた金やお宝を買い取る店がいくつもあったことを覚えています。そうそう「Sade(シャーデー)」の「Smooth Operator」という歌の中にも登場しますね。

キー・ラーゴ [DVD]

ワーナー・ホーム・ビデオ



ここは、大西洋から昇る朝日とメキシコ湾に沈む夕日とが両方望めるところ。一日中海を見ていようとしたことがありますが、悲しいかな、日本のサラリーマンの性で2時間程度が限度だった・・・・。そんな思い出が、この「キー・ラーゴ」にはあります。

最後におまけは、「テッサ・ソーター」のHPから無断借用した「お宝写真」を・・・。これ以上の「お宝写真」を見たい人は、英語ですが彼女のオシシャル・サイトにアクセスしてみてください。

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「All Or Nothing At All - Tessa Souter」。アルバム「キー・ラーゴの夜」より。

         
by knakano0311 | 2009-02-08 09:25 | ミューズたちの歌声 | Trackback | Comments(0)

徒然なるままのブログにも・・・・・

年々減ってきているとはいえ、今年も沢山の年賀状をもらいました。それを見て気がついたことですが、Eメールのアドレスを書き添えてある同世代の方が増えたように思います。そして中には、HP、ブログのURLを書き添えてある方も・・・・。Eメールで、年賀の電子グリーティング・カードをいただいた方も何人か。定年後しばらくの時をおいて、シニアの皆さんが、いよいよ再始動を開始した感じで心強く思われます。そのいくつかを覗いてみましたが、仕事、趣味、健康、写真など多岐にわたっており、なかなかの熱気と個性に溢れるブログに感心もし、勇気づけられました。つい最近も、永年の友人からも、「ブログ開設」の知らせが届きました。

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「人は何故ブログを書くのか?あるいは書かないのか?」 

日経パソコンオンラインにこんなデーターと記事が載っていました。

・・・・日本人の人口は約1億2700万人(総務省2008年8月調査)、ブログの記事は約13億5000万件(総務省2008年1月調査)。日本人一人当たり10本は書いている計算となる。ところが、月に1回以上更新されるブログは約300万なので、継続して書いているのは、約40人に一人ぐらい。スパムブログ(迷惑ブログ)を考えるともうすこし少ないのかもしれない。
そこで、1000人のネットユーザーに「ブログを書く」ことについて聞いてみた。現在、ブログを書いている人はほぼ3割。書かない人たちの2割は、開設したが1カ月以上書いていないか、やめてしまった人たちだ。
書かない理由はよく分かる。書いている人たちに大変なことを聞くと、やはり「更新」「続けること」という回答が多い。「毎日更新する」と決めている人は 1割にもならない辺りに、継続の秘訣があるのかも。書くとき意識しているのは、「分かりやすい文体」。ブログのルールや信条は「他人への批判や中傷を避ける」「内容や表現が適切になるよう気を付ける」など、読み手や内容への配慮が目立つ。この辺りも書かない人からすれば「面倒」な気持ちにつながるのかもしれない。

ブログを書くときに意識していること、気にしていることは?
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では、書いている人たちのモチベーションはどうやって維持されているのか。書いていて良かったことや楽しいことを聞くと、圧倒的に「コメント」が挙げられる。もちろん「自分の意見や作品を表現できた」「趣味が共通する友人ができた」という喜びもあるが、ほとんどの人は「励まされた」「コメントをもらった」ことを良かったと感じている。
ブログを書かなくてもいい。ただ、読んだら、ちょっとしたコメントを。それが日本のブログを支えていく。 (以上「日経パソコンオンライン」記事からの引用)


しからば、「何故おまえはブログを書くのか?」 惰性?或いは日課? あらためて私が書き続けているわけを考えてみました。
アンケートのように、ひとには色々な理由があるでしょう。私に限って言えば、第一の理由は「自己満足」です。ディスプレイの向こう側にいる第一番の読者は、自分。その読者である自分を意識して書いていることに気がつくことがよくあります。「情報発信」というよりは、むしろ「自己表現」の手段としてブログを観ているのでしょう。とはいえ、読者の皆さんからのコメントは、やはり期待もするし、励みにもなります。よろしくお願いしますね。

そして第二の理由は「遺言書」がわりかな。妻や子供にも、特に意識したわけではないのですが、青春時代や心の内面などいままであまり語ってこなかった部分も当然あります。最近になって感じる思いは「自分とはなんだったのか?」、その問に対し、「解」とまでは行かなくても、遺言代わりに、何を食い、何を観、何を読み、何を聴き、何を良しとしてきたか、自分の足跡の整理ぐらいは出来るのではないかと思って、はじめた部分が多分にあります。

さらに付け加えれば、「近況報告」でしょうかね。子供達が巣立って、家族が離れ離れになり、私は定年を迎え、かっての友達・同僚・お世話になった人たち、遠くの親戚などへの我が夫婦の活動報告といったところでしょうか。

JAZZの有名なスタンダードに「What Are You Doing The Rest Of Your Life?」という名曲があります。
What Are You Doing The Rest Of Your Life? この言葉を自分にいつも問いかけてみる。これが先ほどの「何故ブログを?」という質問への答えになりますかね・・・。

この歌は、ミシェル・ルグラン作曲、アランとマリリン・バーグ夫妻が作詞した曲で、1969年の映画「The Happy Ending」(私は見てませんが)に使われた。バーグ夫妻とルグランのコンビによる曲には、「The Windmills Of Your Mind (映画「華麗なる賭け」主題歌)」、「The Summer Knows」などがヒット作として有名である。「60歳過ぎたら・・・・」で最初に取り上げたことがあるが、今回歌うのはルグランとも親交がある、1955年アムステルダム生まれのヴィジュアル・フェロモン系歌手「Laura Fygi(ローラ・フィジイ)/Watch What Happens」。「Laura Fygi Meets Michel Legrand」というサブタイトルがついています。

Watch What Happens

Laura Fygi / Verve Forecast



「Laura Fygi - What Are You Doing The Rest Of Your Life」

          
by knakano0311 | 2009-02-06 17:13 | マーケッターとしてのシニアから | Trackback | Comments(0)

われはロボット  ~ラララ 科学の子~

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昨年リニューアルオープンした大阪市立科学館(大阪市北区)の目玉展示として、80年前に大阪で作られた東洋初のロボット「学天則(がくてんそく)」が復元展示されている。この高さ3.2メートルの巨大なロボットは、圧縮空気によって目や口やまぶたで表情をつくるほか、手を動かしたり、ほおや胸を膨らませたりと、歴史に伝えられている通りの動きをする。

ロボット・学天則は1928(昭和3年)、故郷松本市にゆかりのある生物学者の故西村真琴博士(我が母校旧制中学時代の大先輩)が製作し、京都で開かれた大礼記念京都大博覧会に出品された。机に向かって座り、右手にかぶら矢のペン、左手に霊感灯と呼ばれるライトを持つ。当時は、空気の通るゴムチューブを押しつぶしたり、開放したりする装置で制御した。各地の博覧会を回り、ドイツに売却された以降は行方不明となった。 復元されたロボットは、マイコン制御で、エアシリンダーに送る空気の量を調節して動く仕掛けになっている。學天則という名は「天則(自然)に学ぶ」という生物学者らしい博士の考えに基づいた命名である。

この学天則が伝奇小説で大活躍したことがある。その小説は、博覧強記の荒俣 宏著「帝都物語」。帝都東京を破壊せんとする魔人加藤保憲と帝都を守護せんとするあまたの人間たちとの戦いを描いた一大スペクタクル伝奇小説です。その中に地下鉄で魔人加藤と対決する西村博士と学天則が出てきます。そして博士とロボットは、映画化された「帝都物語」も登場し、博士の次男で俳優の「西村晃」が作品の中の父・西村真琴を演じました。

帝都物語〈第壱番〉 (角川文庫)
荒俣 宏 / / 角川書店
ISBN : 4041690242
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帝都物語
/ 東芝デジタルフロンティア
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SF作家「アイザック・アシモフ」が定義した「ロボット工学三原則」というのをご存知でしょうか?
第一条; ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。
第二条; ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。
第三条 ;ロボットは、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、自己をまもらなければならない。 (日本語訳は『われはロボット』小尾芙佐訳 昭和58年 早川書房 P5 より引用)
という3つの原則からなり、アシモフの小説に登場するロボットは、ほぼ例外無くこの原則に従うように描かれている。これら理念はその後のいろいろなロボットが登場する作品に影響を与え、その生い立ちにも描かれていたように「鉄腕アトム」やアニメのロボット・ヒーロー、あまたのSF小説や映画に登場するロボット、レプリカントのキャラクターを形作る基礎となったのである。例えば、スターウォーズ、エイリアン、AI、ターミネーターなど。ブレードランナーですらも・・・。

アイザック・アシモフの古典的名著の新訳は「われはロボット 〔決定版〕 アシモフのロボット傑作集」。

われはロボット 〔決定版〕 アシモフのロボット傑作集 (ハヤカワ文庫 SF)

アイザック・アシモフ / 早川書房



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ところで話は変わりますが、延び延びになっていた「二足歩行ロボットを今年は製作する!」と妻に宣言し取り掛かることになった。かってのラジオ少年であり、大学では精密工学を専攻し、またメーカーに就職し、定年間近の数年間を除いて「ものづくり」に一貫して携わってきた私としては、このロボット作りと家や電気製品などのもろもろの修理が、定年後も技術者であることを実感できる唯一の趣味??であるのかもしれない。この製作記、アイザック・アシモフのSF名著「我はロボット」のタイトルを借りて時々報告しようかと思っています。


サプライズな歌手としての側面を時々みせてくれる女優「夏木マリ」。彼女がうたう「鉄腕アトム」が収録されている新作アルバム「ヒットパレード」が、今回の紹介CD。「パローレ」ではJAZZYな薫りを、「13シャンソンズ」でシャンソンの雰囲気を、「ジビエ・ド・マリ」ではロックをと、並々ならぬ歌手の力量を見せた「夏木マリ」(もともと「絹の靴下」でデビューした歌手であったが・・)が、今回カバーに挑戦。ジャンルはアニメソング、JAZZスタンダード、なつかしのPOPS、フォークと多彩であるが、いずれも「マリ・スタイル」で決めている。きっと沢山の引き出しを持っているんでしょうね、この人は・・・。

ヒットパレード

夏木マリ / PONYCANYON INC.(PC)(M)


by knakano0311 | 2009-02-05 09:27 | われはロボット | Trackback | Comments(0)

地域の歴史を楽しむ  ~多田神社あれこれ~

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私が暮す街に、清和源氏発祥の地であり、源満仲らを祀る「多田神社」がある。いつものウォーキングのコースをちょっと変えて「多田神社」へ参詣してみた。というのも、土、日曜日に、この「多田神社」宝物殿で国の重要文化財になっている多田神社文書492通から、足利尊氏の花押がある書状や徳川4代将軍、家綱の描いた絵など神社に代々伝わる約50点の公開が始まったからである。

この神社は、清和源氏の祖源満仲が天禄元年(970)に建立した多田院に由来し、10世紀後半、満仲は京都に近い猪名川流域一帯のこの地を開発するとともに、強力な武士団を形成した。満仲没後、多田院に御廟が営まれたことから、清和源氏に連なる鎌倉・室町・江戸の歴代幕府から「源家祖廟の寺」として崇敬を受けた。明治の廃仏毀釈の波を受け今のような神社となったそうだ。そんなことから歴代の徳川家などから多くの寄進を受け、また平成8年4月には、当時の両横綱「曙」、「貴乃花」が土俵入りを奉納したこともある。

満仲の長男頼光は、太田道灌、土岐源氏・明智光秀などにつながる「摂津源氏・多田源氏」、次男頼親は「大和源氏」、三男、頼信は後に鎌倉幕府を開いた頼朝、義経、為朝、室町幕府の足利尊氏、徳川家康などへつながる「河内源氏」として発展した。

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(写真は源家宝刀 鬼切丸 多田神社HPより)

そして、大江山の鬼を退治した「源頼光」、「渡辺綱」、あるいは金太郎こと「坂田金時」。能や幸若舞などに取り上げられた「美女丸・幸寿丸」伝説など幾多の伝説が語り継がれていて、ゆかりの旧蹟が近隣に点在しているので、格好のウォーキングやハイキングのコースになっています。

宝物殿で説明をしてくれた方は、近隣の歴史愛好家グループのメンバーで、私よりやや年上の
シニアの方。メンバーたちが交代で解説のボランティアをしているとの事。知的好奇心を満足させる活動の傍らで、ボランティアとして、活き活きと楽しみながら歴史の薀蓄(うんちく)を語るその姿にも大いに共感、拍手。

身近なわが町の歴史を小探訪したウォーキングであった・・・・。

また歴史探訪としては、隣町の猪名川町に豊臣秀吉の埋蔵金伝説で知られる「多田銀銅山」があるが、この話はそのうち機会があれば・・・・・・。



  
by knakano0311 | 2009-02-02 20:31 | おやじの遠足・街歩き | Trackback(2) | Comments(0)

プリンシプル ~動乱の時代を駆け抜けた二人~

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写真左;撮影/濱谷 浩  (神戸大丸ミュージアム HPより)

左の写真は白州次郎の有名な写真。戦後まもないあの時代に、これほどTシャツとジーンズが似合う日本人がいたとはと有名になった一枚。


今年初めての「神戸街歩き」。お目当ては「白州次郎と白州正子展 -動乱の時代を美しく生きる-」と、南京町の「春節祭」。

戦後の混乱の中、凛とした姿勢でGHQとの折衝に臨み、GHQから「従順ならざる唯一の日本人」と恐れられ、戦後の日本復興に尽力した白洲次郎(1902-1985)。そして、彼の妻であり、能、骨董、かくれ里をめぐる旅のエッセイと、その抜きん出た美意識で世に知られる随筆家・白洲正子(1910-1998)の生き様や生活観を紹介しています。最近この夫婦への評価や共感がたかく、この展覧会もシニアの夫婦連れや妙齢のご婦人たちが多く訪れていました。

兵庫・三田(さんだ)の名家の出身である次郎は、身長180cmを超す日本人離れした風貌で、ケンブリッジ大学留学を通して、英語力と英国風マナーに精通。毅然とした内面を反映するように、スタイルにもこだわり、日本で初めてジーンズをはいた人物としても知られ、愛用のブランドは、ダンヒル、ロレックス、ヘンリー・プール、ターンブル&アッサー、ルイ・ヴィトン、イッセイ・ミヤケ、エルメスにまで及ぶ。これら 次郎が選び抜いて使った品々や愛用の洋服などが展示され、その生き方とあわせ、彼の「ダンディズム」にすっかり感心させられました。また無類の車好きで、イギリス留学中には、ベントレーやブガッティを乗り回し、「オイリー・ボーイ」(オイルにまみれるほどの車好き)と呼ばれていた。

終戦後は、吉田茂の側近としてGHQとの折衝に奔走。日本国憲法制定の交渉や、サンフランシスコ講和条約の発効まで、敗戦国・日本の冬の時代を、アメリカを相手に毅然とした態度を貫いた。吉田茂の退陣後は実業界に転じ、東北電力会長や、創設間もない日本テレビ等の役員や顧問を務めながら、戦後の日本の奇跡的な経済復興の立役者としても活躍したのである。

同時に、しゃれで「武相荘(ぶあいそう)」と名づけた東京郊外鶴川村に構えた自宅で、自身を「カントリージェントルマン」と称し、農作業や田舎暮らしを楽しむ優雅さも持ち合わせていた。そのふたりが過ごした旧白州邸武相荘の内部も展覧会では一部再現され、2人の強烈な美意識と個性が交差する中で極められた、魅力的な生活スタイルが覗える。

次郎が一貫して持ち続けた価値観は、「プリンシプル」。今の日本人に一番欠けているものかもしれません。人間や社会のすべての行動の原点、土台となる信条、原理原則。日本語に訳せば「筋を通す」というべきものだという。かって私が勤務していた会社に、創業者の制定した「7精神」というものがあり、スコットランド人の友人に「7 Spirits」と訳して説明したら、それは「7principles」というべきだと言われたことがあるのを思いだした。

そんな「プリンシプル」に貫かれた彼の語録から・・・・・・。
「プリンシプルをもって生きていれば、人生に迷うことはない。プリンシプルに沿って突き進んでいけばいいからだ。そこには後悔もないだろう。」
「我々は戦争に負けたのであって、奴隷になったのではない。」
「政治というのは、ここを右折禁止と決めることで、それを守り守らせるのが行政の仕事なんだ。ちっともわかっとらん。」
「ゴルフの上手なやつにろくな奴はいない。」(軽井沢ゴルフ倶楽部の理事長時代、会員でないという理由で、時の総理田中角栄のプレイを断ったのは有名な話)

その極みは遺言。遺書には「一つ、葬式無用 一つ、戒名不要」。なんというダンディズム。

随筆家で、優れた審美眼を持つ正子は、明治維新の立役者である樺山伯爵の次女として東京に生まれ、女性で初めて女人禁制の能舞台に立ち、能を舞った人物としても知られている。
14歳でアメリカに留学。帰国後、18歳のときに、次郎(26歳)と出会い、お互いに一目惚れ、翌年結婚した。戦後は河上徹太郎、小林秀雄、青山二郎ら、昭和を代表する文化人との交流を通じて文学、古典、古美術の世界に傾倒し、彼らとの付き合いの中から吸収したものを発表し続けた。 また、稀代の目利きである正子の目は、ジャンルを問わず美しいものに注がれ、染め、織り、陶磁器、木工など様々な分野の職人とその技を愛した。銀座で経営していた染織工芸店「こうげい」では、そこで見いだされ、技を磨き、のちに人間国宝となった職人や、世界の頂点に立つようになるファッションデザイナーなど多くの匠を育て、世に送り出した。

そして、ふたりが過ごした「旧白州邸武相荘」の内部も一部再現し、食事のメニューや日常生活で使われた食器や調度品など、2人の強烈な美意識と個性が交差する中で極められた、魅力的な生活スタイルが展示されている。
確固たる価値観を持ちつづけ、厳しく、そしてしなやかに激動の時代を生きたふたりの生涯が、今でもなお、いや、今でこそ共感を得ているのだろう。(略歴はパンフレット参考)


白洲次郎 占領を背負った男 上 (講談社文庫)

北 康利 / 講談社



高度成長時代の観光ブームに背を向けるように、近江路を歩き回って、忘れ去られていた文化遺産をまとめて、エッセイ「かくれ里」として「芸術新潮」に連載をスタートしたのは1969年であった。
よし、春がきたら、正子の愛した近江のかくれ里へ車を走らせてみよう。

かくれ里 (講談社文芸文庫―現代日本のエッセイ)

白洲 正子 / 講談社



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旧暦で節句を祝う中国では、旧暦のお正月を「春節」として盛大に祝う。この時期の中国は大量の爆竹が鳴り響き、怪我人が出るほどの大変な騒ぎ。北京では環状5号線の内側で「爆竹禁止」の条例が出るほどです。そして、祝い事には欠かせない龍や獅子が舞い踊り、大いに賑う。

今年の春節は「1月26日」。神戸・南京町でも旧暦の正月に合わせ、1987年(昭和62年)から「春節」を「春節祭」として開催が始ったそうだ。その後、昭和天皇崩御の年と阪神淡路大震災の年の2回は中止となったが、2009年は23年目21回目の開催となります。南京町全体が春節を祝う飾りつけ一色になり、獅子舞、龍踊り、京劇など色々な中国芸能やパレードが繰りひろげられます。写真は中国風獅子舞(南京町HPより)。元来、獅子は想像上の動物であり、一説には神々の宮殿にいる天龍が怒って町や村を破壊しないように宮殿の前で守る役目を持つそうだが、日本の獅子とはまるで違ったカラフルでユーモラスな形をしています。

英国風のダンディズムと侍の気骨を持った日本人の生き様に触れ、中国の祭りを楽しんだ一日。これだから神戸は楽しい。

そして帰宅後、夜観たTVはNHK「美の壺」であった。テーマは「かな文字」。

NHK「美の壺」ブルーノート・コレクション

オムニバス / EMIミュージック・ジャパン



「美の壺」のオープニングは「モーニン/ Moanin' 」。

「Art Blakey & the Jazz Messengers - Moanin' 」

          
by knakano0311 | 2009-02-01 17:04 | おやじの遠足・街歩き | Trackback(8) | Comments(0)