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大屋地爵士のJAZZYな生活

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初雪を見ながら穏やかに一日が暮れる

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北陸、東北の日本海側は、12月としては記録的な大雪だとニュースがいう。日本海からは、直線距離にして7、80㎞ほど離れている私の住んでいる北摂地域も、北から青空を遮って、断続的に雪雲が通り過ぎてゆく。そして山の頂が雪雲に隠れると、小雪が舞い出した。初雪である。

次男が泊りの出張というのをこれ幸いに、ちょっと雪を気にしながらも、次男の嫁さんと孫娘を連れ出して、食事に ・・・。そして、初雪が舞うのを見ながらのお茶はご贔屓の山沿いのカフェ、「cafe Soto(soto dining)」へ。お店のしつらえもすっかりクリスマス・モードになっている。こんな天気でも8割方埋まったお客さんたちは、静かに雪が舞うのを見て、低めの声で会話を楽しんでいる。孫娘もそんな雰囲気がちゃんと分かったのか、大変お行儀がよく、大好きなジュースを神妙に飲んでいた。私はいつものように、たっぷりのコーヒーとシフォン・ケーキを少々。雪もやみ、青空が戻った景色も夕暮れ近くなると、山の斜面は西陽に照らされた季節最後の紅葉が燃えあがり、先ほどまでの雪がキラキラと光っている。西側の山は、その稜線がシルエットとなって茜色の空にくっきり浮かび上がる。そんな美しい景色と孫娘の笑顔をみながら、穏やかに一日が暮れていく。

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さて、今宵も「お久しぶりピアニスト」シリーズで参りましょうか。イタリア出身の「アンドレア・パガーニ/Andrea Pagani」。1970年、ローマ生まれというから、まだ40歳そこそこ。15歳の頃から鍵盤に熱中し始め、最初は独学で音楽を学んだという。18歳の時、本格的にクラシック・ピアノを学ぶが、ジャズの魅力に魅かれ、その後「エンリコ・ピエラヌンツィ/Enrico Pieranunzi」など様々なピアニストに学んだという。

よく御存じのイタリアと縁のある映画音楽を取り上げ、誰もが聴きやすい演奏、といって決してイージーに流れるのではない、そんなパガーニのジャズピアノ・アルバムが「イタリア物語/Le Storie D'Amore」(2007)。とりあげられたおなじみの映画は、「甘い生活」、「ゴッドファーザー」、「海の上のピアニスト」、「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」、「刑事」、「旅情」など。何年か前、妻とのイタリア旅行の後、タイトルに魅かれてこのアルバムを買い求めたが、このアルバムを聴くと、フィレンツエ、ピサなど明るい光に満ちあふれたトスカーナ地方を思い出すのである。
 

イタリア物語

アンドレア・パガーニ・トリオ / ポニーキャニオン



そのアルバムから1曲。「Playing Love ~ Once Upon A Time In America」メドレー。「Playing Love/愛を奏でて」は、映画音楽の巨匠、「エンニオ・モリコーネ/Ennio Morricone」作曲で、これまた巨匠の「ジュゼッペ・トルナトーレ/Giuseppe Tornatore」監督の映画、「海の上のピアニスト」の中の1曲。

大西洋上の客船に捨てられていた赤ん坊は、生まれた年にちなんで「1900」と名付けられ、やがて成長した彼は、ピアノの才能を発揮し人々を魅了する。あるとき、レコード会社の男が、「1900」の演奏をレコード録音するために乗船した。録音機を前にしぶしぶ弾き始めた彼は、ふと窓越しに美しい少女を見る。その瞬間、甘く切ないメロディーが自然に湧きあがった。しかし、弾き終わると彼は、録音したレコードを渡すことを拒んだのだ。「これは僕の音楽だ。僕のいないところで僕の音楽を聴かれたくないんだ」と ・・・。そのシーン、そのメロディが「Playing Love」。

海の上のピアニスト [DVD]

パラマウント ホーム エンタテインメント ジャパン



「Playing Love ~ Once Upon A Time In America - Andrea Pagani Trio」 
Andrea Pagani (pf) Massimo Moriconi (b) Alfredo Romeo (ds)
 
          
 
by knakano0311 | 2012-12-12 09:25 | 音楽的生活 | Trackback | Comments(0)

クヌギ伐採、炭の原木づくり始まる

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いよいよ菊炭の材料となるクヌギの伐採が始まった。我々が焼く炭は備長炭に代表される「白炭」ではなく、「黒炭」。昔からこの北摂地域の名産品の「菊炭=一庫炭あるいは池田炭」である。クヌギを原木としたこの黒炭は、切り口がちょうど菊のように見え、美しいので「菊炭」とよばれ、また火付きや火持ちがよく、煙も出ず、弾けることもなく静かに燃えるので、茶の湯の席では「太閤秀吉」の時代からずっと今まで重用されているという。かっては多くあった炭焼き農家も、時代の流れとともに少なくなり、今ではこの近辺では1軒だけが炭焼きを生業としているのみである。そして、ダム建設によって放棄されたクヌギ林の里山を、再生林として手入れをし、口幅ったいが、「炭焼き技術の伝承」と称して、我々ボランティアが中心となって、毎年1月から2月に炭を焼いているのである。

そのクヌギの伐採が始まったのである。先輩たちが炭を焼き始めてから約10年ほど経つが、まだ再生林の台場クヌギは、その再生サイクルが完結していないため、今年も樹齢数10年を超える太いクヌギを伐採しなければならない。そのため伐採はプロにお願いし、玉切りした原木(窯木)の処理の段階から我々ボランティアの仕事が始まるのである。3人のプロがチェーン・ソーによる伐採。鮮やかなものである。見事、あっという間に予定の30本ほどのクヌギが伐採された。さて、これからは、玉切りされたこの窯木を下まで降ろし、太さ毎に選別し、枝は枝で窯木や「バイタ(木の枝や木切れ、たきぎ)」づくりをするという、時間と人手がかかる我々の仕事が待っているのである。さあ、本格始動だ!!

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さて、今宵のピアノは何人目かの「お久しぶりピアニスト」シリーズ。CD棚を漁っていて、「ああ、こんなピアニストもいたっけ!」と久しぶりに聴いてみたアーティストたちである。もちろん、しばらく聴いていなかったというだけで、いずれも素晴らしい演奏。初めて聴いた当時は心を躍らせたピアニストたちです。

そんな一人。スウェーデンのピアニスト、「ベント・エゲルブラダ/Berdnt Egerbladh」。1932年、スウェーデン生まれ。いかにもヨーロッパ的な少し翳りのある哀愁漂う演奏が特長。2004年3月2日スウェーデンにて永眠。

1988年に録音され、「子供」という名前で愛され、長い間幻の名作と言われたアルバムが、2000年澤野工房から再リリースされた。「A BOY FULL OF THOUGHTS」である。哀愁と陰影が交差する北欧を感じさせるピアノのタッチ。エヴァンスの系譜につながるピアノである。

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A BOY FULL OF THOUGHTS
ベント・エゲルブラダ・トリオ/澤野工房
Berndt Egerbladh : piano
Bjorn Alke : bass
Sten Oberg : drums


 
そのアルバムから、「寺嶋靖国」氏プロデュースの「Jazz Bar」シリーズの第1集、「Jazz Bar 2001」にも収録されたアルバム・タイトル曲、「A Boy Full Of Thoughts」なんぞいかがでしょうか ・・・。

「A Boy Full Of Thoughts-Berudt Egerbladh」

          
 

ベーシストが替わっているが、同じトリオによるアルバム、「ムースとショコラ/Mousse Au Chocolat」も秀逸。

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MOUSSE AU CHOCOLAT
ベント・エゲルブラダ・トリオ/澤野工房
Berndt Egerbladh : piano
Sebastien Dube : bass
Sten Oberg : drums

by knakano0311 | 2012-12-10 17:31 | 炭焼き小屋から | Trackback | Comments(2)

「デイヴ・ブルーベック」逝く

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「テイク・ファイブ」、「トルコ風ブルーロンド」などで知られるジャズ・ピアニストで作曲家の、「デイヴ・ブルーベック/Dave Brubeck」氏が、12月5日に亡くなりました。享年91。

1920年、アメリカ、カリフォルニア州コンコード生まれ。1951年に、アルト・サックス奏者「ポール・デスモンド/Paul Desmond」氏と組んで「デイヴ・ブルーベック・クァルテット」を結成し、ウエストコースト・ジャズ・シーンを代表するミュージシャンとして活躍した。「ポール・デズモンド」が作曲した、5/4拍子というユニークなリズムで演奏される「テイク・ファイブ/Take Five」を収録した1959年のアルバム、「タイム・アウト/Time Out」が大ヒット、一躍有名になった。ジャズでは初のミリオンセラーを記録したという。CMでも使われたので知っている方も多いでしょう。

私をジャズに導いてくれた一人である。確か高校の時、なけなしの小遣いをはたいて買った2枚の45回転EPレコードが、ひとつは「アート・ブレーキーとジャズ・メッセンジャーズ/Art Blakey & Jazz Messengers」の「危険な関係のブルース」、もう一枚が、「テイク・ファイブ」であったと思う。

グラフィックデザイナー、居酒屋探訪家で知られる「太田和彦」氏は、高校の同級生で、当時まだJAZZに目覚めかけた我々を尻目に、「やっぱりジャズはウエストコーストだな」なんてほざいて早熟ぶりを見せていたことを思い出す。

ブルーベックより、「ポール・デスモンド」が好きな私ではありますが、数あるアルバムのなかから、私をジャズに導いてくれた1枚、「タイム・アウト」と、今もって大好きなアルバムでもあるディズニー・ナンバーをオリジナリティあふれるアレンジでカヴァーした「デイヴ・ディグズ・ディズニー/DAVE DIGS DISNEY」をあげておきましょうか。

タイム・アウト

デイヴ・ブルーベック / ソニーレコード



デイヴ・ディグズ・ディズニー

ザ・デイヴ・ブルーベック・カルテット / SMJ



そうそう、「エニシング・ゴーズ/Anything Goes」も「足ジャケ」が好きですね。

エニシング・ゴーズ(3ヶ月期間限定盤)

ザ・デイヴ・ブルーベック・カルテット / ソニー・ミュージックジャパンインターナショナル



「Dave Brubeck - Take Five」

          
 

合掌 ・・・・ 。
by knakano0311 | 2012-12-07 10:17 | 訃報を聞いて | Trackback | Comments(0)

原風景の里、ふたたび

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朝起きて外へ出たら、水鉢にうっすらと氷が張っていた。初氷である。しかし、雲一つない青空。上天気に誘われて、雪が降る前にと、京都の北部、丹南市美山町の「かやぶきの里」まで足を伸ばす。我が家から、京都縦貫道路を経て、1時間半くらいの距離。春に、秋にと、もう二、三回か訪れてはいるが、故郷の信州と冷たいが、乾いた空気の感じが同じでまた足を運んでしまう。「多分 ・・・」と、覚悟はしていたものの、残念ながら、もう紅葉は終り、ほとんどの広葉樹は葉を落としてしまっている。

まずは、腹ごしらえである。駐車場にある蕎麦屋「きたむら」で「鯖蕎麦」を食べる。美山町は、京都と日本海の若狭・小浜との中間に位置し、古来から京都へと日本海側の産物を運んだ「鯖街道」と呼ばれた「周山街道」が町を貫いている。そんな、歴史的背景が盛られた「蕎麦」なのである。細めで喉越しの良い蕎麦に山菜とおろし、そして甘しょっぱく炊かれた鯖がのっている。そこに冷たいつゆをぶっかけて食べるのであるが、これが美味い。わたしは、蕎麦はざる、盛り、せいろなどオーソドックスな食べ方を常としているが、ここの鯖蕎麦だけは別格である。

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さて、「かやぶきの里」。この里、北村地区は、冬は豪雪地帯で、谷間のゆるい傾斜地に寄り合うように住居が密集した、かっての日本のどこにでもあったような山村である。現在50戸ほどある集落のうち、38戸がかやぶき屋根の住宅で、岐阜県白川郷や福島県大内宿に次ぐという。最古のものは、寛政8年(1796年)建築、多くが19世紀中ごろまでの江戸時代に建てられている。明治村のような建築パークではなく、菩提寺、先祖代々の墓、鎮守の森、八幡様、かやの茂る茅場 ・・・などが生活の中で今も機能し、50戸全部に人が住み、現実の生活が営まれているのである。散策していても、電話の音、洗濯物、置かれた農機具、季節の花が咲く庭、熟れた柿 ・・・、生活の息遣いが感じられる。静かな集落の佇まい。村おこしのためといえども、それを我々観光客が、乱しているのをすまなく思いながら、日本の原風景ともいえるこの里を後にする。

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帰る途中、「手作りハム工房」に立ち寄り、コーヒーで一服、看板のハムを仕入れる。たしかにここのハムは美味い。

そして、いままで来たときには気が付かなかった「蓮如の滝」と立札があるので、車を止めてみる。車道からでも遠目に見えるが、駐車場に車を止め、あぜ道をあるいて滝近くまで寄ってみる。落差70mほどの曲がりくねった滑り台状の滝で、由良川に流れ込んでいる。これが「蓮如の滝」である。浄土真宗の中興の祖、「蓮如上人」が、1475年(文明7年)61歳のとき、北陸・吉崎から若狭・小浜を経て丹波にでた、世に言う「蓮如上人の丹波越え」の途中に立ち寄った所で、しばしの休憩の時、この滝を絶賛したことが、その由縁となっている。今は水量はあまり多くなく、瀑布とは程遠かったが、急斜面を曲がりくねって飛沫をあげて流れ落ちる様はまことに優美、紅葉真っ盛りならばさぞかし映えるであろうと思われる光景であった。「かやぶきの里」のような原風景を見た後はいつも、心の中にサウダージが沸き起こる。

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故郷・松本の出身で、自身が作曲した曲に、山女魚(やまめ)、岩魚(いわな)、鮎(あゆ)、虹鱒(にじます)などの釣りが大好きだったらしく和種の淡水魚の名前や、木曽、浅間、白馬、飛騨など出身地の信州の地名をタイトルをつけた曲を演奏したジャズマンがいる。かって日本を代表するジャズ・テナー・サックス奏者であった、「宮沢 昭(みやざわ あきら、1927年12月 - 2000年7月)」である。

松本で育ったのち、1944年陸軍戸山学校軍楽隊入隊、戦後米軍クラブなどで活動。その後、「守安祥太郎」、「秋吉敏子」らと共演。1954年の「モカンボ・ジャム・セッション」でも演奏。1962年、日本ジャズ史上の傑作と言われる初リーダー・アルバム、「山女魚」を発表し、日本のモダンジャズに一時代を築いたアーティスト。2000年死去。(Wikipedia参照)

日本色の濃いタイトルでうめられたアルバムは、永年幻のアルバムであったが、最近の和ジャズ・ブームでいくつかが復刻され、ようやく入手できた。硬派のジャズであるが、わが故郷出身の偉大なジャズ先駆者、「宮沢昭」に敬意を表して ・・・。

BULL TROUT(いわな)

宮沢昭 / インディーズ・メーカー



木曽

宮沢昭 / ディウレコード



いまでもなかなか入手しがたいのが、今は亡き「浅川マキ」がプロデュースしたアルバム、「野百合」(1991年)。ピアノの「渋谷毅」 とのデュオ・アルバムである。YOUTUBEで見つけた、その中のバラード、「Beyond The Flames」が美しい。

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野百合

宮沢昭 / EMIミュージック・ジャパン




「Beyond The Flames - Akira Miyazawa」

          
 
by knakano0311 | 2012-12-05 11:51 | おやじの遠足・街歩き | Trackback | Comments(2)

「真珠の耳飾りの少女」を観た夜は

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「神戸市立博物館」で開かれている、「マウリッツハイス美術館展」へ行ってきた。今年前半の「東京都美術館」での開催に次いでの神戸開催である。

お目当ては、もちろん「ヨハネス・フェルメール/Johannes Vermeer」(1632年 - 1675年)の「真珠の耳飾りの少女」。オープン当初は大変な混雑だったので、行く時期を今まで送らせ、また混雑が予想される「神戸ルミナリエ」(12/6~17開催)の時期の前にと、週日の日に行ってきた。その甲斐あってか、待ち時間なしで入館でき、お目当ての絵の前でもほとんど待つことなく鑑賞出来た。(注;現在大宰府の「九州国立博物館」で開催されている「ベルリン国立美術館展」に出展されているのは、フェルメールの「真珠の飾りの少女」)

やはり魅力的な絵である。45cm×40cmほどのさほど大きくない絵であるが、その存在感たるや抜群で、特別室に入って遠目に見た瞬間から、あの眼にす~っと惹きこまれてしまう。

「フェルメール」は、生涯たった30数点の作品を残して、43歳の若さで夭折したオランダの画家。この少女が誰かについては諸説あるようであるが、すぐれた色彩感覚をもつ使用人の少女であるという見方から、フェルメールとこの少女との愛の世界を描いた映画がある。「ピーター・ウェーバー/Peter Webber」監督、「真珠の耳飾りの少女」(2003)。「フェルメール」への愛に心震わせる使用人の少女、「グリート」を演じるのは、「スカーレット・ヨハンソン/Scarlett Johansson」。

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すっかり満足して博物館を後に神戸の街ブラへと ・・・。12月6日からはじまる師走の神戸の風物となった「神戸ルミナリエ」。もうそのしつらえはすっかり終わり、イタリア人のデザイナーと思しき人たちを中心とした関係者たちが、最終チェックや点検に余念がなかった。

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博物館近くの居留地の洋館の庭の木々や、歩道の街路樹の紅葉も今がピークである。ペーヴメントには枯葉が積もっている。こんな風景も神戸らしく、私は好きである。「旧・居留地」から「トアロード」あたりを北へと足を伸ばし、秋深まった神戸の街ブラを楽しむ。

さて、「真珠の耳飾りの少女」を観た夜は、前夜に続いての、「ジョバンニ・ミラバッシ/Giovanni Mirabassi」。今日はトリオとまいりましょうか。アルバムは、「テラ・フリオーザ/Terra Furiosa」を選ぶ。

ライナーノーツにいわく、『・・・・ メロディに満ちた「切なさ」を最大限引き出す事に焦点をおき、かつて無いほどの一体感 ・・・ 「聴く」というより「心に注ぎ込まれる」という表現が似合う、繊細さの極致を閉じ込めた結晶』

Terra Furiosa

Giovanni Mirabassi / Discograph



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1曲目「アルフォンシーナと海/Alfonsina y El Mar」から、もうひきこまれてしまう。
 
「アルフォンシーナ」とは、「アルフォンシーナ・ストルニ/Alfonsina Storni」(1892〜1938)というアルゼンチンの女流詩人。苦悩の人生を辿り、最終的には自身が癌に侵されたことを苦に1938年46歳の折、入水自殺をしてしまった。

1938年10月22日、アルフォンシーナはブエノスアイレスの駅から、有名な海岸の避暑地マル・デル・プラタに向かう列車に乗り込んだ。二日後の夜中、一人息子のアレハンドロに手紙をしたためると、深夜の1時ごろ海へ向かったという。そして数時間後、近くを通りがかった若者が波打ち際で息絶えていたアルフォンシーナを見つける。「ばあや、もう眠るから・・・。灯りをもう少し落として。一人にして。 ・・・ 」という残された最後の詩とともに夕刊で偉大な詩人の死は伝えられた。(NET参照)

その後、彼女の最後の詩をもとに、1969年に「アリエル・ラミレス/Ariel Ramírez」と「フェリックス・ルナ/Félix Luna」によって書かれた曲が、「アルフォンシーナと海」というサンバである。「メルセデス・ソーサ/Mercedes Sosa」によって最初に歌われてから、世界中の歌手に歌われるようになった。

「♪ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
   ばあや、灯りをもう少し落として
    私はゆっくり眠るから
    もし彼が電話してきたらここにはいないと伝えて
    アルフォンシーナはもう戻ってこないと伝えて
     ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ♪」

切なさと優しさと愛しさをこめて、ミラバッシが弾く ・・・。

「Giovanni Mirabassi ‐ Alfonsina y El Mar」

          
by knakano0311 | 2012-12-02 11:06 | おやじの遠足・街歩き | Trackback | Comments(0)