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大屋地爵士のJAZZYな生活

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故郷の里山周辺を歩く

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実家に来てのウォーキングも楽しい。15分も歩くと、もうそこは裾野に果樹園が広がる里山である。遠目に見ると、なにか光る箱状のものが、松林の中にいくつも置かれている。何かなと思って近づいてみたら、伐採された松が透明な樹脂シートに包まれて置かれている。多分、「松くい」による「松枯れ」被害木を、「くん蒸処理」したものと思われる。

「松くい」は、「マツノザイセンチュウ」という「マツノマダラカミキリ」を媒体とする寄生虫が、松に寄生して起こす病気で、「松くい」にかかると松の導管に障害を起こし、水が吸えなくなり、やがて枯れてしまう。 このため、「カミキリ虫」の飛散による二次感染を防ぐため、「松くい」にかかった松は全て伐採し、ビニールで包んで薬剤を散布、「くん蒸処理」をする。 この処理をしたものが林に中に置かれていたというわけ。わが遊びの山では、「松くい」による「松枯れ」もあるが、それより大きな問題になっているのは、「ナラ枯れ」である。今年も「カシノナガキクイムシ」の幼虫が羽化する前に対策を実施せねば ・・・。

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この山裾には、「道祖神」のほかに写真のような男性シンボル、あるいは女性シンボルと一対になった石像、「陰陽石」や木像が多く置かれている。子宝に恵まれ子孫繁栄を願う民間信仰である。この付近一帯は、「天武天皇」が行幸しようとした地として「日本書紀」に記されるという古い歴史の湯の里、「美ヶ原温泉」である。ここはまた奇祭、「道祖神祭り」でも有名な温泉。9月の第4土曜の夕刻が、その祭りが行われる日で、木製の巨大な男性のシンボルをかつぎ、温泉街を練り歩く。宿泊客などの女性は、希望すればその上に乗ることができるという。厄除け・縁結び・子宝を祈願するというおおらかな祭りのようだ。私が故郷を離れた後、両親がこの地に引っ越してきたが、その後にこの祭りは始まったようだ。だから話には聞いていたが、祭りそのものを私は見たことがない。従って妻も木像に乗ったことなどないが、3人もの子宝に恵まれたのはどういうわけでしょう。

このブログにアップするのは、いささかはばかれますので、詳しいことを知りたい方は、クリックして次のサイトを参照して下さい。「新まつもと物語/奇祭!!道祖神まつり」「長野の奇祭「道祖神祭り」に行ってきた」など。

里山を歩きながら、西の方を振り返れば、春が近づいたとはいえ、まだまだ空気が澄んでいるので、北アルプスが間近に見える。何度見てもその美しさに感動する。

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さて、今日のホーンは、「ライアン・カイザー/Ryan Kisor」。
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1973年、アイオワ州スーシティー生まれ。最初は父親からトランペットを習い、10歳でローカルなダンスバンドで演奏を始めたという。「クラーク・テリー/」との出逢いによって、ジャズにインスパイアーされたのが15歳。1990年、17歳の時に、「モンク・コンペティション/Thelonius Monk Institute's trumpet competition」に優勝。翌年NYへ移り、「ルー・ソロフ/Lew Soloff」に師事、ニューヨークのジャズメンと交流、キャリアを重ね、自身のコンボを組み精力的に活動し、現在に至る。

抜群のテクニック、クールな中にも熱い情感を込める天性のフレージング、「トランペットの詩人」と呼ばれるそのコンテンポラリーな感性は、日本国内での人気も高い。「クリフォード・ブラウン/Clifford Brown」に捧げた第2作は、そのタイトルもズバリ「カイザー/Kisor」。

カイザー

ライアン・カイザー / ビデオアーツ・ミュージック



「Ryan Kisor - I Remember Clifford」

          

親しみやすく、単純明快で歯切れのいいファンキー・バップ。自作3曲以外は、「リー・モーガン/Lee Morgan」がらみの曲を演奏しているワン・ホーン・カルテットの編成であるが、バックは通常のピアノ・トリオではなく、オルガン、ギター、ドラムというピアノレス&ベースレスの異色で新鮮な編成。

ザ・サイドワインダー

ライアン・カイザー サム・ヤヘル ピーター・バーンスタイン ウィリー・ジョーンズ3ビデオアーツ・ミュージック



「リー・モーガン」でお馴染みの「Mr.ケニヤッタ/Mr. Kenyatta」。

「Ryan Kisor - Mr. Kenyatta」

          

「ホレス・シルヴァー/Horace Silver」や「ナット・アダレイ/Nat Adderley」、「ケニー・ドーハム/Kenny Dorham」のヒット曲とオリジナル曲からなるファンキー・ジャズ・アルバム。

ドナ・リー

ライアン・カイザー サム・ヤヘル ピーター・バーンスタイン グレッグ・ハッチンソンビデオアーツ・ミュージック



有名な「チャーリー・パーカー/Charles Parker」のタイトル曲は、カイザーと「グレッグ・ハッチンソン/Greg Hutchinson(ds)」による異色のデュオ。

「Donna Lee - Ryan Kisor」
 
          
by knakano0311 | 2015-03-21 10:27 | ふるさとは遠くにありて・・・ | Trackback | Comments(2)

早春の安曇野にて

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「♪ 春は名のみの風の寒さや ・・・ ♪」(吉丸一昌作詞、中田章作曲)。

安曇野市穂高にある「早春賦」の歌碑が実感できるような曇り空。母親の戸籍謄本をとるため、現在は安曇野市となっている旧・豊科町へと向かう。(早春賦の歌碑については、拙ブログ「春は名のみの ・・・」「早春賦」を参照して下さい)

用事をすませたら、ちょうど昼食時、美味しいパスタでも食べたいと、道筋でみかけたイタリアン・レストラン、「ピッコラーナ」へ寄ってみた。晴れていれば、北アルプスと安曇野の田園風景が眺められる絶好のロケーションだが、この日はあいにくの曇り空。残念ながら雪が残る山の中腹までしか眺められない。観光には季節はずれのこの時期とはいえ、一時のなごみの時間と、美味しいパスタをゆっくりと楽しむ。

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そしてもう一つ、ここまで来たからと寄ってみたのが、前から訪れてみたかった「田淵行男記念館」

「田淵行男」。1905年鳥取県生まれ。1945年疎開をきっかけに安曇野に移り住む。壮大な北アルプスと緑豊かな安曇野をメインフィールドとして、高山蝶、アシナガバチなどの生態研究や、山岳などの自然写真の撮影にその生涯を捧げ、1989年他界。(NETより)

雪解け時期にアルプスの山腹に浮かび上がる、山肌の黒と残雪の白の織りなす模様を「雪形」と呼ぶが、田淵はその研究でも知られ、日本の「雪形」の集大成を成し遂げたことでも知られている。この雪形、この地方に育ったものなら昔から馴染んできた景色である。記念館に信州の雪形についてのリーフが売っていたので、早速買い求めた。下の写真はリーフに載っていた田淵が発見した北アルプス「中岳」の「舞姫」と名付けられた雪形である。(雪形については拙ブログ「林檎の花」を参照下さい)

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記念館の周りは、わさび田が取り囲んでいる。そういえば、穂高の「大王のわさび田」、「御法田」もこのすぐ近く。記念館ではまだなようだったが、「わさびの花」の咲き出す時期でもある。田淵氏の業績と、同時に開催されていた「大西浩次」氏の写真展「天空の樹」にも強い印象を受けて記念館を後にした。

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さて、今日もお久しぶりホーンと参ります。「グラント・スチュアート/Grant Stewart」。「歌うテナー」というプレイ・スタイルを貫く白人サックス奏者。1971年、カナダ・トロント生まれ。父親の影響で、「チャーリー・パーカー/Charles Parker」や「コールマン・ホーキンス/Coleman Hawkins」を聴いて育ち、10歳でアルト・サックスを始める。17歳でテナーに転向して19歳でニューヨークに移住し、「ヴィレッジ・ヴァンガード/Village Vanguard」などのジャズ・クラブに出演、多くのジャズメンとセッションを重ね、現在に至る。太くて豪快なメロディック・ブロウが持ち味で、トランペッターの「ライアン・カイザー/Ryan Kisor」、「エリック・アレキサンダー」の盟友だという。

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そんな彼が同じくテナーで歌心と豪快なブロウを持ち味とする「エリック・アレクサンダー/Eric Alexander」をゲストに迎えたアルバムが、「エスターテ/Estate」(2005年12月録音)。「歌うテナー」の持ち味が十二分に発揮され、盟友の「エリック・アレキサンダー」とのスリリングなテナー対決も興味深い。



エスターテ

グラント・スチュワート / ビデオアーツ・ミュージック



YOUTUBEにこのアルバムからのアップが見当たらないので、「Wailin' 」(2005年録音)というアルバムから、スチュアート&アレキサンダーの「歌うテナー」を聴いてみましょうか。パーソネルは、「Eric Alexander (tenor sax)」、「Grant Stewart (tenor sax)」、「David Hazeltine (piano)」、「Peter Washington (bass)」、「Kenny Washington (drums)」。

「Eric Alexander, Grant Stewart - The Shadow of Your Smile」

          
by knakano0311 | 2015-03-20 10:13 | ふるさとは遠くにありて・・・ | Trackback | Comments(0)

土蔵が連なる小道を歩く

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実家で過ごしていても、できるだけウォーキングをするようにしている。父親は普通のサラリーマンであったが、実家の付近は、林檎と葡萄を中心とした果樹園が多く、きっとかっては裕福な農家だったんでしょう、大きな門構えと土蔵を設えた屋敷が連なっている。

今住んでいる大都市近郊の住宅地ではなく、田園風景が広がる田舎の里山の裾野。そんな小道をウォークングするのが楽しい。道の脇には、この近くのあちらこちらにある道祖神や馬頭観音など素朴な野の仏や神を見るのも楽しい。屋敷の塀越しに見える梅が、春を待ちかねたように、ほころび始めていた。(道祖神については拙ブログ「祈りのかたち ~路傍の神「道祖神」~」参照して下さい)

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さて、ここしばらくトランペット、サックスとホーン奏者を続けていますが、今日取り上げるのはお久しぶり、その名前の由縁でもあるスライド・トロンボーンをダイナミックに吹きまくり、ヴォーカルもするスウェーデンの美人姉妹のトロンボーン・デュオ、「スライディング・ハマーズ/Sliding Hammers」。

1997年に「ミミ/Mimmi Hammer(姉)」と「カリン・ハマー/Karin Hammer(妹)」が結成。 この「スライディング・ハマーズ」は、かって1950年、60年代を通じて大活躍したスター・トロンボーン・デュオ、「J & K(J.J. Johnson & Kai Winding/ジェイ・ジェイ・ジョンソン&カイ・ウインディング)」のジャズ・スピリットを志しながらも、オリジナル曲にも取組み、とても女性とは思えないような、抜群のテクニック、軽やかでヴィヴィッドな演奏、しかも美人デュオ、まさに往年の「J & K」を思わせるような演奏ぶりである。(参照拙ブログ「トロンボーンが好き、美人はもっと好き」「スエーデン美女シンガー図鑑(その7) ~スライディング・ハマーズ~」

キュートでチャーミングな「ミミ・ハマー」のヴォーカルを全編にフィーチャーし、大好評を得たアルバム、「シング/Sing」(2008)。

シング

スライディング・ハマーズ / インディペンデントレーベル



「Sliding Hammers - I'll Close My Eyes」

          

「I wish you love - Sliding Hammers」

          

やはり、絵になるライブ映像が見たくなるのが人情でしょうか。2007年のジャズ・フェスの映像から。

「Sliding Hammers - Trombone ballad」

          
by knakano0311 | 2015-03-19 12:58 | ふるさとは遠くにありて・・・ | Trackback | Comments(0)

あちらでも「婦唱夫随」を

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母親の葬儀、四十九日の法事を終え、色々な手続きやら、実家の整理などのため、しばらく実家に滞在した。残された遺品を整理しながら、10年前に他界した父親とあわせて、両親を偲ぶ日が続いている。

我が両親は、「夫唱婦随」ではなく、間違いなく「婦唱夫随」であった。二人とも多趣味であったので、父親が完全にリタイヤした後は、それぞれが自分の趣味を楽しんでいたようである。母親は、前に書いたように、日舞、木目込み人形、和紙人形、ヨガ、短歌、カラオケ、裁縫 ・・・。昼間は教室に通うため、一週間の大半を留守にしていたようだ。残された踊りやカラオケのEPレコード、カセット・テープ、CD、そして短歌の習作、和紙人形の作品などの片付けをやっと終えた。さてその次は手をつけてなかった父親の遺品。父親の趣味は、ゴルフ、盆栽、庭作り、野菜づくり、書道、篆刻などであり、書はリタイアの後に本格的に習い始め、師範免許を取得、そのうえ、表具・表装も学び、知人から頼まれると、掛け軸などの表装をしてあげていたため、その道具や材料が、始末に困るほど残されていた。父親は母と違って、音楽的センスは全くなかったので、二人でカラオケということはなかったが、女文字も得意とし、母の作った短歌をいくつか書にしたためたものが、これも山ほど残されていた。これが、私の知る唯一の二人の共通の作品で、その一つが冒頭の写真である。最も頭の痛いのは農作業の道具。道具に凝る方であったので、なんとまあ、耕運機までが残されていた。さて、それはさておき、今頃あちらで仲良く「婦唱夫随」をしているのだろうか? ところで我が家はどちらでしょうか?

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さて、「婦唱夫随」、「おしどりプレイヤー」といえば、思い浮かぶのが、「タック&パティ/Tuck & Patti」、「ステイシー・ケント&ジム・トムリンソン/Stacey Kent & Jim Tomlinson」、「イルセ・ヒューツインガー&エリック・ヴァン・デル・リュイート/Ilse Huizinga & Erik van der Luijt」、「ピム・ヤコブス&リタ・ライス/Pim Jacobs & Rita Reys」、「秋吉敏子&ルー・タバキン/Toshiko Akiyoshi & Lew Tabackin」、「ダイアナ・クラール&エルヴィス・コステロ/Diana Krall & Elvis Costello」、「イリアーヌ&マーク・ジョンソン/Eliane Elias & Marc Johnson)、古くは「イーディ・ゴーメ&スティーブ・ローレンス/Eydie Gormé & Steve Lawrence」などでしょうか。

ジャズ畑以外で日本でも、「越路吹雪&内藤法美」、「鮫島有美子&ヘルムート・ドイチュ/Helmut Deutsch」、「ヒデとロザンナ」などがすぐあげられるでしょう。

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そのなかで、一番印象に残っているのが、ハートフルで心地よかったライブを聴きに行ったこともある、「マリエル・コーマン&ヨス・ヴァン・ビースト/Marielle Koeman & Jos Van Beest」。(参照拙ブログ「おしどりJAZZコンサート」) スタンダード中心のステージで、ヨスの奏でるピアノのスインギーな軽快さ、優しさ、華麗さ、甘さ。そして、相性抜群のマリエルとヨスによるボッサ・ノヴァ。そんなボッサのリズムで綴った、16編の物語、大人のためのボサノヴァ・スタンダード・アルバムが、「LOVE BOSSA!」。

LOVE BOSSA!

マリエル・コーマン & ヨス・ヴァン・ビースト・トリオ / 澤野工房



残念なことに、YOUTUBEには、彼らの演奏はほとんどアップされていません。(さわりだけの試聴が「澤野工房のHP」でできます) 唯一と言っていいのが、アルバム、「BETWEEN YOU & ME」からのボッサ、「優しい雨/Gentle Rain」。何回目かの使い回しになりますが、ご勘弁を ・・・。

BETWEEN YOU & ME

マリエル・コーマン & ヨス・ヴァン・ビースト・トリオ / 澤野工房



「Gentle Rain - Marielle Koeman en Jos van Beest Trio」

          

そして、どこかのライブからのアップで、スタンダード、「Everything Happens To Me」。

「Jos van Beest Trio & Marielle Koeman - Everything Happens To Me」

          
by knakano0311 | 2015-03-18 10:29 | ふるさとは遠くにありて・・・ | Trackback | Comments(0)

主なき庭にも春は来る

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母の四十九日の法事で松本に帰省。2月初めの葬儀から1ケ月と少し。まだまだ冬で相当に寒いのではと予想していたが、予想に反して相当暖かい。最低温度もマイナス1°Cほどで、日中は10℃近くにもなる。だから、平地には雪は全くない。前回までは、到着早々の雪掻きがいつもの仕事であったのに ・・・。

「フクジュソウ(福寿草)」が咲いていた。実家の庭で真っ先に咲く花で、母親が好きな花でもあった。春を告げる花の代表であり、「元日草(がんじつそう)」や「朔日草(ついたちそう)」の別名を持つが、なんと毒草だという。そして、「サンシュユ(山茱萸)」のつぼみも大きく膨らんでいる。

主なき庭にもちゃんと春は来ているようだ ・・・。

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さて、ボサノバと滅法相性のいいサックス奏者がいる。とくに春のドライブとなれば、この人のアルバムをあげないわけにはいかない。今回、春の帰省ドライブ、お供は「ハリー・アレン/Harry Allen」ときた ・・・。

1966年、ワシントンDC生まれ。幼少の頃から、「ベン・ウェブスター/Ben Webster」、「コールマン・ホーキンス/Coleman Hawkins」、「レスター・ヤング/Lester Young」などを聴いて育つ。高校生時代には、もう彼らのスタイルを真似て演奏していたという。イギリス、ドイツで数枚のリーダー作を発表した後、1996年、「ディア・オールド・ストックホルム/原タイトル;Harry Allen Meets the John Pizzarelli Trio」で日本デビュー。「スタン・ゲッツ/Stan Getz」や「ズート・シムズ/Zoot Sims」といった白人テナーの流れを汲む、ストレート・アヘッドなジャズ・テナー奏者としても注目されているが、なんてたって一連のボサ・ノヴァ作品の人気が高い。

彼のサックスはボサノバの柔らかなリズムが本当に合っている。ボッサのリズムに乗りながら、メロディを豊かにふくらませ、インスツルメンツながら、その歌心が私たちの心に潤いを与えてくれるのだ。

2006年録音の「リカード・ボサノヴァ/Recado Bossa Nova」(2006)からタイトル曲。パーソネルは、「Harry Allen (ts)」、「Joe Beck (g)」、「Hassan Shaker (b)」、「Adriano Santos (ds)」。

ハリー・アレン / カメラータ東京



「Harry Allen - Recado Bossa Nova」 

          

ジャケットがなんとも可愛い「アイ・キャン・シー・フォーエヴァー/I Can See Forever」(2002)から、「コルコヴァード」、ジョビンの名曲「Wave」の2曲を。

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アイ・キャン・シー・フォーエヴァー

ハリー・アレン ギルヘルム・モンテリオ ジェイ・バーリナー ロン・カーター グレディ・テート ジョー・アシオンBMG JAPAN



「CORCOVADO - HARRY ALLEN」

          

「Harry Allen - Wave」

          

そして、「サマー・サンバ/原タイトル;If Ever You Were Mine」(2003)から、「シェルブールの雨傘/I WILL WAIT FOR YOU」を。

サマー・サンバ

ハリー・アレン / BMG JAPAN



「I WILL WAIT FOR YOU - HARRY ALLEN」

          
by knakano0311 | 2015-03-17 22:07 | ふるさとは遠くにありて・・・ | Trackback | Comments(0)

震災の日が誕生日

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今日は法事に準備などで、信州へ向かう予定であった。朝、すっかり準備を整えて、PCで道路情報を見ると、小牧JCTを中心に、名神、東名、中央道、上下線とも雪のため通行止めになっている。出発地である兵庫県も、目的地である松本も雪による交通規制はないのに、途中の関ヶ原ICのあたりで規制や通行止めがかかるということは今までにもあった。しかし、小牧JCTあたりが通行止めというのは初めての経験である。もう3月なのに ・・・。

昼ころ通行止めは解除になったが、無理はしないでおこうと、早々に今日の出発は断念し、帰省は明日以降にした。ホッとしてか気がついたのが、今日は私の69歳の誕生日。まあ、特段嬉しくもないし、感慨もない。とりあえず、ウォーキングに出たが、昼飯をどこかのカフェでと一応祝ってはくれるという。東日本大震災と同じ日が誕生日で、あの時も箕面の和食のダイニング・カフェで遅めの昼食をとっていた。そんなことを思い出しながら見上げると、「モクレン(木蓮)」がもう大きく蕾を膨らませていた。そして、夜に孫からの「おめでとう」の電話 ・・・。

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さて、前回、アルト・サックスのワン・ホーン・カルテットを久しぶりに聴いたところで、CD棚を漁り、またお久しぶりホーンのコンボを引っ張り出してきた。「ブライアン・リンチ・アフロキューバン・ジャズ・オーケストラ/Brian Lynch Afro cuban Jazz Orchestra」。冬の寒さを吹っ飛ばすようなラテン・ジャズです。

「ブライアン・リンチ」。1956年、イリノイ州生まれ、現在ニューヨークで活躍するジャズ・トランペット奏者。高校時代に、「バディ・モンゴメリー/Buddy Montgomery(p)」、「メルヴィン・ライン/Melvin Rhyne(org)」の薫陶を受け、「ウイスコンシン音楽院」で学んだ後、’81年ニューヨークへ進出すると、「フィル・ウッズ/Phil Woods」、「アート・ブレイキー/Art Blakey(ds)」、「エディ・パルミエリ/Eddie Palmieri(p)」らと共演し、ジャズのエッセンスを吸収していく。また、’83年、「秋吉敏子ジャズ・オーケストラ」のレギュラーともなった。

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そして、「アート・ブレイキー&ザ・ジャズ・メッセンジャーズ/Art Blakey and the Jazz Messengers」で、ブレイキーが亡くなる'90年までの約2年間弱在籍し、最後の「ジャズ・メッセンジャーズ」のトランペッターだったことでも知られている。

メロディックなラインを駆使したソロが抜群で、自己名義で活躍するようになってからも、人気が着実に増加、2007年度ラテン・ジャズ部門で「グラミー賞」を受賞したアルバムが、ジャズ・ヴォーカルの名華、「ビリー・ホリデー/Billie Holiday」に捧げられ、「アフロ・キューバン・ジャズ・オーケストラ」をバックに、縦横無尽にトランペット・ソロを展開する「ボレロの夜~ビリー・ホリディに捧ぐ/Bolero Nights - for Billie Holiday」。

ボレロの夜〜ビリー・ホリディに捧ぐ [HQ-CD]

ブライアン・リンチ・アフロ・キューバン・ジャズ・オーケストラ / ヴィーナスレコード



YOUTUBEを探してみましたがアップされていません。マイアミ大学で教鞭を執っているリンチの同大学でのセッションがアップされれていました。ラテン・ジャズのノリのいい曲で「マンボ/Mambo」。

「Mambo - Brian Lynch Ensemble」

          

グラミー賞受賞後のストレート・アヘッドな快作、「Unsung Heroes」(2008年録音)から、「Wetu」。

Unsung Heroes

Brian Lynch / Imports



「Brian Lynch Unsung Heroes Project - Wetu」

          

もう一つ、2013年夏、ニュージャージーで行われたジャズ・ライブ、「ペケーニョ・ジョニー/Pequeno Johnny」のグループでのゲスト演奏。「sentimiento de un latino」。遠くに見えるNYの夜景がきれい。

「Pequeno Johnny & El Cartel de NY feacturing Brian Lynch - sentimiento de un latino」

          
by knakano0311 | 2015-03-11 17:02 | 音楽的生活 | Trackback | Comments(0)

3月だというのに ・・・

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なんということでしょう。梅も満開な3月だというのに、外は雪が激しく降っている。風も強い。原因は天気予報が報じていた「南岸低気圧」。今年の冬はこの「南岸低気圧」の通過が多いようである。この勢いだとひょっとしたら、少しつもるかもしれないと思ったが、雪雲が通過したら、春の日差しが差し込んできた。しかし、一転、新たな雪雲が横殴りの雪をもたらす。雪の合間を縫って、ウォーキングに出る。スーパーには、「悪天候のため本日はいかなごの入荷はありません」との張り紙が ・・・。「サンシュユ(山茱萸)」も咲きだしたというのに。

我がふる里の松本では、北を通過する低気圧から寒波による大雪は、北アルプスがブロックするため、まず心配なかった。しかし、春近くにやって来る「南岸低気圧」は、「かみゆき(上雪)」と言って、「牡丹雪」という湿った大雪をもたらす。私の記憶では、小学校の入学式の日は大雪だったし、ゴールデン・ウィークにも雪が降ったこともある。明日から法事でまた信州へ、大した雪にならなければいいが ・・・。

さて、3月は巣立ちの月、旅立ちの月。近くの高校でも卒業式が行われていた。我が家は子供も皆巣立ち、私も完全リタイヤした今では、3月に特別な感慨を覚えることはほとんどなくなってしまった。変化といえば、山の手入れが新しい活動年度を迎えるといったくらいの事であろうか。

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前回、開花した若い才能を紹介したが、今から10年ほど前に、その早熟なデビューと才能が話題になったサックス奏者がいた。「フランチェスコ・カフィーソ/Francesco Cafiso」。1989年生まれのイタリア出身のアルト・サックス奏者である。

彼は、9歳で音楽活動を初め、2001年、12歳の時にはもうその名を知られ、イタリア・ジャズ界ではスターになっていたという。「ウィントン・マルサリス/Wynton Marsalis」がその才能を認め、ヨーロッパ・ツアーに同行させたのは、2005年、なんと16歳の時であった。

「ウィントン・マルサリス」は、「イタリアで見つけた宝石」と言い、「ハリー・アレン/Harry Allen」は、「これほど若くて才能にあふれたプレイヤーは、見たことがない」と言ったという。

その彼の16歳の日本デビュー・アルバムが、「ニューヨーク・ララバイ/New York Lullaby」(2005)。本当に16歳の少年が吹いているのかと疑いたくなるほどの、美しい音と成熟したテクニックを感じさせる。そして、そのイケメンぶりも当時話題になった。さて10年経った今はどうしているのでしょう。

ニューヨーク・ララバイ

フランチェスコ・カフィーソ・ニューヨーク・カルテット / ヴィーナス・レコード



このワン・ホーンの、「フランチェスコ・カフィーソ・ニューヨーク・カルテット」、メンバーは、「フランチェスコ・カフィーソ (alto Sax)」、に加え、「デヴィッド・ヘイゼルタイン/David Hazeltine (piano)」、「デヴィッド・ウィリアムス/David Williams (bass)」、「ジョー・ファンズワース/Joe Farnsworth (drums)」らベテランが脇をがっちり固めている。

その中から、3曲。今聴いても、やはり16歳とは信じがたい。

「Francesco Cafiso - Lullaby Of Birdland」

          

「Francesco Cafiso - Polka Dots And Moonbeams」

          

「Francesco Cafiso - My Old Flame」

          
by knakano0311 | 2015-03-10 23:05 | 地域の中で・・・ | Trackback | Comments(0)

ZAZが聴きたくなって

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最近、新聞で「ザーズ/ZAZ」の記事を読みました。(2015年3月3日朝日新聞) ストリート・ミュージシャンの出身で、抜群の歌唱力で瞬く間にフランスを代表する女性シンガーになり、「エディット・ピアフ/Edith Piaf」の再来かとも期待されている歌手。私が知ったのは、4年ほど前、NHK・BSプレミアムで放映されていた「アメイジング・ヴォイス・驚異の歌声」という番組であった。そして、デビュー・アルバム、「モンマルトルからのラブレター/Zaz」(2010)では、ヨーロッパの伝統的なJAZZギター奏法である、「ジプシー・スウィング(マヌーシュ・スウィング)奏法」の演奏にのって、ブルース、フォーク、ジャズなどを歌うその多彩な歌唱に驚かされた。(参照拙ブログ「音楽の地平線」「地面を見ながらウォーキングする ・・・」

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「ZAZ」。本名「イザベル・ジュフロワ/Isabelle Geffroy」、1980年生まれ。父親は電気会社の勤め人、母親はスペイン語教師であったという。1985年、5歳の時、地元トゥールの音楽学校に入学、在学中はバイオリン、音楽理論、合唱、ピアノ、ギターなどを学び、1994年にはボルドーに移り、奨学金を受けボルドーにあるCIAM音楽学校に入学した。在学中はジャズ、バスク音楽、キューバ音楽、ラテン音楽、アフロ音楽、クラシック音楽などの影響を受け、同時にアンサンブル活動を行っていた。2006年、パリに身を移し、キャバレーで週7日間、夜11時から朝の5時までマイク無しで歌うという厳しい下積みの日々を送り、また同時期には、モンマルトルの路上でも歌い始めた。ハスキー・ヴォイス、ストリート・ミュージシャンということもあり、パリでは徐々に「ZAZはエディット・ピアフの再来か」という噂が広まったという。そして2009年1月、オランピア劇場で行われたシャンソン新人発掘コンテストに優勝し、30歳という遅咲きながら、アルバム・デビューへの道が開かれた。

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記事によると、現在は、庶民的な雰囲気が気に入って、パリ東端の20区に暮らしているという。あのピアフの生地である。「だからもう、ピアフとか持ち上げすぎ。フランスの国家遺産みたいな女性でしょ。真似できる人はいませんよ。私は声も違うし、ZAZはあくまでもZAZということでお願いします」とインタビューに答えていた。ピアフをリスペクトしながらも、ごく自然体で、自由に、独自の世界観を築き上げてきた彼女のゆるぎない自信が垣間見える。そして、成長も ・・・。

そんな彼女の3枚目のアルバムは、なんとあの「クインシー・ジョーンズ/Quincy Jones」がプロデューサーとして参加した「PARIS(わたしのパリ)」。「シャンゼリゼ/Champs Elysees 」、「パリの空の下/Sous le ciel de Paris」などパリにちなんだ曲を、ジャズ風に、あるいはポップ風にアレンジしたシャンソン・カヴァー・アルバムだという。

Paris

Zaz / Imports



そう聞けば、俄然聴きたくなるのが人情。早速、YOUTUBEをあたってみたら、曲順が違っているようですが、ラッキーなことにフル・アルバムがアップされていました。 「Paris - Zaz (Disque Complet) 」 いや、ダミ声といい、シャウトぶりといい、シャンソン、ジャズ、ポップスの垣根を超えた歌唱に磨きがかかっている。またとうぶん目が離せませんな。

オフィシャル・ビデオから2曲、「シャンゼリゼ」、「パリの空の下」。私はフランス語はさっぱりですが、ZAZのヴィヴィッドな表情、歌唱、そして粋で凝った映像は十分に楽しめます。

「Champs Elysées - ZAZ [Official Video]」

          


「ZAZ - Sous le ciel de Paris  [Official Video]」


          

そんな中で、出色は「ニッキ―・ヤノフスキー/Nikki Yanofsky」をフィーチャリングした「I Love Paris」。「ニッキ―・ヤノフスキー」といえば、1994年、カナダのモントリオール生まれのカナダの国民的美少女JAZZシンガーで、2010年バンクーバー・オリンピック開会式で、カナダ国歌「オー・カナダ」を斉唱した時は、なんと13歳で、天才ジャズ・シンガーと呼ばれた。(参照拙ブログ「恐るべき13歳 ~ニッキー・デビュー~」) 二人の才能の掛け合いの見事さに感服。

「ZAZ - I Love Paris - J'aime Paris」

          
by knakano0311 | 2015-03-09 14:20 | 音楽的生活 | Trackback | Comments(0)

日一日と ・・・

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「猫の目天気」。それに伴う「ジグザグ気温」。私のテンションもあがったり、下がったり ・・・。日当たりの悪い我が家の狭い庭の鉢にも、間違いなく春の気配が濃厚になってきた。大阪の桜の開花は3月26日、満開は4月4日ころらしい。しかし、来週また法事でゆく故郷松本は、きっとまだ冬の最中だろう。

今日のようなポカポカ陽気の日には軽快なボッサを聴くのがいい ・・・。そこで選んだのは、「アストラッド・ジルベルト/Astrud Gilberto」。1960年代の中頃、ボサノバ・ブームに乗って彗星のように現れた歌手。我が最初のミューズでもあった。

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「アストラッド・ジルベルト」は、ブラジル出身のボサノヴァ・ジャズ、ポピュラー音楽の歌手。1940年、ブラジル・バイーア州で、ブラジル人の母とドイツ人の父親の間に生まれ、リオ・デ・ジャネイロで育ったという。1959年に、その後離婚することになったが、あの「ジョアン・ジルベルト/João Gilberto」と結婚したことでも知られている。彼らは1963年に、アメリカに移住し、アルバム、「ゲッツ/ジルベルト(Getz/Gilberto)」で、「ジョアン・ジルベルト」、「スタン・ゲッツ/Stan Getz」、「アントニオ・カルロス・ジョビン/Antonio Carlos Jobim」と共演した。そのときまで彼女はプロの歌手として歌ったことはなかったが、キッチンか何かで、鼻歌を口ずさんでいるのを、夫のジョアンがきいて、「これはいける」というんで、プロデューサーの「クリード・テイラー/Creed Taylor」に推薦し、彼女が英語で歌う「イパネマの娘」がレコーディングされ、これがアメリカを中心に大ヒットする。これがボサノバ・ブームの発端である。そんなことが、当時のライナーノーツにかいてあったような気がします。

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「イパネマの娘」の大成功により、彼女は一躍ジャズスターとなり、その後すぐにソロ・デビューする。彼女はブラジルのボサノヴァと、アメリカのジャズ・スタンダードの架け橋的な役割を果たしたが、前述のようなキャリアのため、ブラジル国内ではほとんど実績を残していないし、評価もあまりされていないようだ。

日本でも、「The Astrud Gilberto Album/邦題:おいしい水」(1965年)、「The Shadow of Your Smile(邦題:いそしぎ」(1965年)と立て続けにアルバムをリリースし、瞬く間にボサノバのミューズとなっていった。それから20年ほどたって、たまたまNYに出張した折、彼女が確か「Fat Tuesday」というJazzクラブに出演して、小躍りしてクラブへ出かけたことを覚えている。さすがに容姿は昔のジャケットどおりとは行かなかったが、十分に我が初恋のミューズとよぶにふさわしい彼女であった。(参照拙ブログ『第4回 二人の「A」』

日一日と春めいていく ・・・。「アストラッド・ジルベルト」の「Day By Day (日一日と)」を聴いてみましょうか。アルバムは、「いそしぎ」。

いそしぎ

アストラッド・ジルベルト / ユニバーサル ミュージック クラシック



「Day By Day (日一日と)」 作詞・作曲;Sammy Cahn/Axel Stordahl/Paul Weston

「♪  日一日と
   君との恋にだんだん深く落ちていく
   日一日と
   僕の愛は育ってきている   
   果てがないほど深い僕の愛は
   もうどんな海よりも深くなっている

   日がたつにつれわかってきた
   君は僕の夢全てを実現してくれると
   何があろうとも知っておいて欲しい
   僕は君だけのもの、ずっと愛していることを
   これから一緒に何年も過ごしたとしても  ♪ 」


「Astrud Gilberto - Day by day」

          

そしてこれも春らしい曲、「アンド・ローゼズ・アンド・ローゼズ/And Roses and Roses」。こちらは、最初のアルバム、「おいしい水」に収録。

おいしい水

アストラッド・ジルベルト / ユニバーサル ミュージック



「Astrud Gilberto - And Roses and Roses」

          

「春の如く」。こんな歌唱もありましたね。まあ鼻歌といってしまえばそれまでで、今聴くとお世辞にもうまいとは言えないが、初めて聴いた当時は、とても新鮮で、我が最初のミューズになるのにそう時間はかからなかった。

ゲッツ/ジルベルト#2+5

ジョアン・ジルベルト スタン・ゲッツ / ポリドール



「Astrud Gilberto - It Might as Well Be Spring」

          
by knakano0311 | 2015-03-07 15:52 | 音楽的生活 | Trackback | Comments(2)

伐採後の後始末も大事な作業なのです

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春近し。我が遊びの山でも、日当たりの良い場所では、「アセビ(馬酔木)」が咲き始めた。「アセビ」は、その葉を煎じて殺虫剤に利用されるほどの毒性を持つため、鹿は食べない。奈良公園付近一帯は、「アセビ」の名所なのはこのためである。しかも、常緑広葉樹であるため、冬になっても枯れずに繁茂するので、我々の森の保全活動では、間伐対象の木の一つともなっている。

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炭焼きは終わったが、クヌギの再生林の後始末、林床整備をずっと続けている。クヌギの再生林の斜面には、炭材として使う窯木を降ろしたあと、大量の不要な枝や雑木の玉木などが散乱している。それらを片付け、地面に十分に陽が当たるようにしないと、今後10年かかってクヌギ林として育てる台場クヌギの新しい芽が生育しない。また、伐採された後の山に、再び多様な草花、それに連鎖するいろいろな虫や生物が戻ってくるといった多様性に満ちた里山の保全のためにも、この後始末は重要な作業なのだ。猫の目天気、昨日とは一転した時折小雪も舞う寒さの中で、ひたすらに林床整備をする。この片付けた枝や雑木は、チップ化され、堆肥や腐葉土となって再び森に返される。


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さて、今宵じっくり聴くのは、「泣きのサックス」の名手。といっても、その昔、一世を風靡した「サム・テイラー/Sam Taylor」ではありません。「スコット・ハミルトン/Scott Hamilton」。フュージョン全盛の70年代後期に、極めてオールド・ファッションなスタイルで登場した。この二十歳をすぎたばかりの若いテナー・サックス奏者に、当時のジャズ・ファンは一様にびっくりしたものだ。

1954年、ロードアイランド州プロビデンス生まれ。熱心なジャズ・ファンだった父の影響で、家にあった「コールマン・ホーキンス/Coleman Hawkins」や「レスター・ヤング/Lester Young」等のアルバムを聞いて育ったという。子供の頃から、ピアノ、クラリネットを習い、17歳でテナーサックスに転向。20歳になる頃にはもう相当なテクニックを身につけた。

1976年8月に22歳でニューヨークに移り、またたく間に注目されたハミルトンは、「コンコード・レーベル」から初リーダー作がリリースされ、一躍ジャズ・シーンの寵児となるのだった。以後、今日までそのスタンスを変えずに、第一線での演奏活動を送っている。

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彼の真骨頂は、「バラード唄い」。「泣きのサックス」です。英語では、「saxophone balladeer」と評されているようです。「ベン・ウェブスター/Ben Webster」のような深い響きと歌心も魅力。かくいう私は一度だけ彼の演奏を生で聴いたことがあるのです。

収録曲のほとんどが、そんな泣き節、ムーディなバラードというアルバムが、この「Nocturnes & Serenades」。聴き手を一気に30年代へとタイム・スリップ させてしまうような、夜に似合う歌心いっぱいの大人の雰囲気。パーソネルは、「Scott Hamilton - tenor saxophone」、「John Pearce - piano」、「Dave Green - bass」、「Steve Brown - drums」。

Nocturnes & Serenades

Scott Hamilton / Concord Records



その中から泣き節たっぷりの3曲を ・・・。。

「Autumn Nocturne - Scott Hamilton」

          

「Scott Hamilton - Serenade In Blue」

          

「Scott Hamilton - You Go To My Head」

          


 
by knakano0311 | 2015-03-06 13:37 | 炭焼き小屋から | Trackback | Comments(0)