大屋地爵士のJAZZYな生活

<   2015年 03月 ( 23 )   > この月の画像一覧

路傍の花、樹々の鳥(61) ~ 猫の目天気ですが ・・・ ~

b0102572_1623436.jpg

b0102572_22554528.jpg


日替わりで晴れたり、雨が降ったり、暖かいと思ったら冷え込んだり、天候の変化が目まぐるしい。「猫の目天気」というそうだ。猫の目のようにクルクルと変わるかららしい。私は猫を飼ったことがないので、目がクルクルと変わるかどうかは知りませんが ・・・。

そんな天気の中でも、確実に春は近づいてきているようだ。ウォーキングの道筋には、「アセビ(馬酔木)」が咲き出し、あちこちの枝垂れ種の「梅」も一足遅れて咲き始めた。「春はもうすぐそこに ・・・」といっていいでしょう。
 
b0102572_15424125.jpg
 
さて、まだ寒さも残る春の宵、じっくりとギター・ソロを聴きたくなった。引っ張り出してきたのは、「パット・メセニー/Pat Metheny」のソロ・アルバム、「One Quiet Night」。

「パット・メセニー」。1954年、ミズーリ州、カンサス・シティ生まれのジャズ・ギタリスト。彼について多くを語る必要はないくらいの絶大な人気を集め、時代の寵児とさえいってもいいでしょう。13歳でギターを独学で始め、「ゲイリー・バートン/Gary Burton」のコンサートの際、メセニーは彼の楽屋に行き、自身の演奏を披露しバートンのグループの加入を願うと、バートンはメセニーの実力を認め、彼の推薦で、なんと18歳で「バークリー音楽大学」の講師に就任したという話は有名である。


1974年、「ゲイリー・バートン」のアルバム、「リング/Ring」でレコーディング・デビューし、1975年に「ジャコ・パストリアス/Jaco Pastorius」を迎えて発表した初リーダー作、「ブライト・サイズ・ライフ/Bright Size Life」をECMで発表し、ソロ・キャリアをスタートさせるとたちまち頭角を現し、1978年にはキー・ボディストの「ライル・メイズ/Lyle Mays」らと、ジャズ・フュージョン・バンド、「パット・メセニー・グループ/Pat Metheny Group」を結成、たちまち絶大な人気を集めた。

b0102572_1558413.jpg

そんな彼が、一本のギターと一人で向き合ったアルバムがある。「パット・メセニー」初の完全ソロ・アルバム、「One Quiet Night」(2003)。使用したギターは、カナダの女流ギター職人、「リンダ・マンザ/Linda Manzer」作のバリトン・ギター。2001年11月24日、ニューヨークの自宅スタジオで録音されたという。

一人ゆっくりとギターを聴いてみたい瞬間が訪れる、そんな夜におすすめのアルバム。まるで聴いている人の傍で、ただひたすら無心にギターをつま弾くメセニー。そんな感じの夜を過ごせるアルバム。

One Quiet Night

Pat Metheny / Nonesuch



タイトル曲の「One Quiet Night」。

「One Quiet Night - Pat Metheny」

          

ギターで弾く「キース・ジャレット/Keith Jarrett」の「My Song」。これはいい。

「Pat Metheny - My Song」

          

メセニー自作の人気の高い曲、「Last Train Home」。


「Pat Metheny - Last Train Home」


          
 


 
[PR]
by knakano0311 | 2015-03-05 16:33 | 地域の中で・・・ | Trackback | Comments(0)

羊羹って、いまが旬?

b0102572_13472328.jpg


この時期になると店頭で見かける羊羹(ようかん)がある。私は酒も好きだが、甘いものも好きで、特に餡子系の和菓子には目がない。さて、この時期並ぶのは、能勢地方の名物「御菓子司 くれべ」の「丁稚羊羹(でっちようかん)」である。程よい控えめの甘さで、つるっとして、どちらかというと水羊羹に近い。羊羹に「この時期並ぶ」という表現もおかしいと思われるかもしれないが、この「丁稚羊羹」、季節限定で、11月~3月しか製造・販売されない。その昔、丁稚(でっち)さんが、里帰りの際のお土産に奉公先のお店から持たされたため、この名前がついたとか ・・・。

いまでも猪名川町などの一部で生産がされているが、この地方特産の寒天、そして有名な小豆、「大納言」。そして、湧き出る美味しい水を原料として、創業百有余年の伝統と昔ながらの素朴な味を今も伝えていて、人気の羊羹である。「寒い日ほどよく売れる。よく冷やして、おこたの中でツルンと食べるのがいい」とは店主の話。3月いっぱいで終わり、今が旬の水羊羹である。

b0102572_1731328.jpg

かって「向田邦子」が、そのエッセイ集「眠る盃」の中の「水羊羹」で、「水羊羹に一番似合う」と評した女性シンガーがいる。「ミリー・ヴァーノン/Milli vernon」。アルバムは、「イントロデューシング/Introducing」(1956年録音)。(参照拙ブログ「向田邦子の愛したJAZZ ~水羊羹にあうJAZZ~」

『水羊羹を食べる時のミュージックは、ミリ―ヴァーノンの「SPRING IS HEAR」が一番合うように思います。この人は、1950年代に、たった一枚のレコードを残して、それ以来、生きているのか、死んでいるのか、まったく消息のわからない美人歌手ですが、冷たいような、甘いような、けだるいような、生ぬくいような歌は水羊羹にぴったりに思います。』 (向田邦子:「眠る盃」)より

エッセイが発表された時も、TV放映があった時も、そのアルバムを探すファンが数多くいたため、超レアものとして、とんでもない高値がついていたらしい。そして2007年、復刻版がリリースされた。


眠る盃

向田 邦子 / 講談社



b0102572_174744.jpg

「向田邦子」は、生きているのか死んでいるのか分からないといったが、しっかりと生きているようだ。ライナー・ノーツによれば、1930年、ニューヨーク生まれらしい。とすれば、御年85歳。5歳の時から歌っていたというから、芸歴は長い。1960年代半ばからはピアノの弾き語りでジャズ・シンガーとしての地位を築いてきたという。しかし、アルバム的には恵まれず、たった一枚を残して、ステージから消えた。日本でも、「イントロデューシング」がリリースされたのは1980年になってからだったという。1982年には、マニア向けのレーベルから、26年ぶりの2作目「Old and New Shoes」がリリースされ、1986年には日本の「ソニー」がニューヨークでヴァーノンのレコーディングを実現させ、「Over The Rainbow」がリリースされた。

どの曲も、全編を通じレトロで地味であるが、翳りを感じさせる歌いかたは、聴いたあとの後味がいいというか、どこか豊かな落ち着いた気持ちにさせてくれる。

イントロデューシング

ミリー・ヴァーノン / ミューザック



「向田邦子」が、「水羊羹に一番あう」と評した曲、「スプリング・イズ・ヒア」。「恋人がいないから春が来ても心が弾まず、憂鬱なの ・・・」と、甘く、けだるく、しかし情感豊かに歌われる。パーソネルは、「Jimmy Raney (g)」、「Dave McKenna (p)」、「Wyatt Routher (b)」、「Jo Jones (ds)」。

「♪  Spring is here
   Why doesn't my heart go dancing?
   Spring is here
   Why isn't the waltz entrancing?
    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・   ♪」 Lorenz Hart / Richard Rodgers

「SPRING IS HERE - MILLIE VERNON」

          

しっとりと、やや憂いを含んで、ムーディに、歌い上げている「マイ・シップ」。

「Milli Vernon - My Ship」

          


健在なる証を示したアルバム、「Over The Rainbow」。

オーバー・ザ・レインボウ

ミリー・ヴァーノン / ソニー・ミュージックレコーズ



「Millie Vernon - Over The Rainbow」

           
 


 
[PR]
by knakano0311 | 2015-03-04 22:29 | 地域の中で・・・ | Trackback | Comments(0)

いかなごは高級魚?

b0102572_14261080.jpg
b0102572_14281426.jpg

今日は「ひな祭り」、「桃の節句」である。我が家は女の子がいなかったので、「ひな祭り」をすることはなかったが、子供たちの手が離れてからは、妻が趣味の手作りの雛人形を飾っていた。今年もちょこっと飾ってみた。やはり、優しい春の雰囲気が漂う。そして、ウォーキングの道筋には、「桃」ならぬ、「ボケ(木瓜)」の花が咲き始めた。周りにも少しづつ目に見えて春の兆しが増えてきている。

ところで、先日のブログで、関西地方で「春告げ魚」とよばれる「いかなご」の漁が解禁になったことを書いた。その「いかなご」が今年は最悪の不漁と予測されているという。原因は餌となるプランクトンの減少、冷たい水を好む「いかなご」にとっての水温の上昇、産卵に必要な砂地の減少などが原因とされている。そのため価格が上昇、このままではいずれ庶民の手が届かなくなってしまうのではとも心配されているとか ・・・。

安くて豊富にあったが手に入りにくくなり、価格が高騰して庶民が手が届かなくなった食材はいままでもいくつもあった。数の子、松茸、鯨、松葉蟹、最近では、黒マグロ、鰻、一時的かもしれないが、サンマ、ホッケの不漁による価格高騰も、高級に見せようとした食材偽装も記憶に新しい。別に右往左往するほどのことはない。多少は寂しいかもしれないが、手に入りにくくなれば食べなければいいだけの話である。

私の子供の頃は海のない信州では、普通の家庭には冷蔵庫などなかったため、海の魚といえば、塩漬け、味噌漬け、酢漬け、干物が当たり前だった。大学時代は仙台であったが金がなく、刺身を食したのは、就職してからであったと思う。肉でも同じことで、すき焼きといえば、「桜肉(馬肉)」、「カツ」といえば「トンカツ」か「鯨カツ」、焼肉は「ジンギスカン」が普通であった。思い出してみれば、我々の年代、食べられればそれでいいという時代を過ごし、バブル時代に広まったグルメや美食とは無縁の世代だったはず。高級食材など必要も関心もないが、むしろ関心を払わなければならないのは、「食の安心安全」であろう。もうバブリーな飽食はどこかの国に任せて卒業してもいい時期だろう。

b0102572_16201498.jpg

さて、冬の寒さに逆戻りした春の宵、CDを整理していて、引っ張り出してきた、少し懐かしくて暖かいアルバムを聴いてみます。「ポール・デスモンド/Paul Desmond」と「ジム・ホール/Jim Hall」のコラボしたアルバム二枚、「テイク・テン/Take Ten」、「ボッサ・アンティグア/Bossa Antigua」。

「ポール・デスモンド」は、1924年サンフランシスコ出身のジャズ・サックス奏者、作曲家。ウエストコースト・ジャズを代表するミュージシャンの一人で、「デイヴ・ブルーベック・カルテット/The Dave Brubeck Quartet」に在籍時に作曲した「テイク・ファイヴ/Take Five」等で、日本でもジャズ・ファンにもよく知られている。

b0102572_16481744.jpg

12歳でクラリネットを始め、後にサックスに転向。1946年、ジャズ・ピアニストの「デイヴ・ブルーベック」のバンドでデビュー。「Time Out」(1959年)に収録された、ポールが作曲した5拍子の「テイク・ファイヴ」が大ヒットとなった。1950年代中期からは、バンド・リーダーとしての活動も多くなり、デイヴとの活動以外では、1963年から1965年にかけて、RCAビクターと契約していた頃は、「モダン・ジャズ・カルテット/MJQ」のドラマー、「コニー・ケイ/Connie Kay」や「ジム・ホール」とのコラボが話題となった。1963年に作曲・録音した「テイク・テン」は、「テイク・ファイヴ」の続編として作られたもの。「デイヴ・ブルーベック・カルテット」を脱退後、A&Mレコード内のサブ・レーベルCTIに移籍。イージー・リスニング的なアルバムを多くリリースした。1977年5月30日、肺癌で他界。

b0102572_1649354.jpg

「ジム・ホール/Jim Hall」。1930年、ニューヨーク州バッファロー生まれのジャズ・ギタリスト。ジャズ・ギター界の巨匠で、「パット・メセニー/Pat Metheny」など多くのギタリストが、ジムからの影響を公言している。1955年より、「チコ・ハミルトン/Chico Hamilton」楽団で活動。1957年、初のリーダー・アルバム、「ジャズ・ギター」発表。1960年代は、サイドマンとしての活動が中心となる。1960年から1961年にかけて、「エラ・フィッツジェラルド/Ella Fitzgerald」のバックを務め、傑作ライブ・アルバムとして名高い「マック・ザ・ナイフ-エラ・イン・ベルリン/Mack The Knife - Ella In Berlin」にも参加。また、エラのツアーに帯同して南米を訪れた際、ボサノヴァを知り、自分の演奏スタイルに取り入れたという。1962年には「ビル・エヴァンス/Bill Evans」とのコラボ・アルバム、「アンダーカレント/Undercurrent」を録音した。

1972年、「ロン・カーター/Ron Carter」とのデュオ・アルバム、「アローン・トゥゲザー/Alone Together」が話題となる。1975年には、「チェット・ベイカー/Chet Baker」などを迎えて録音したリーダー・アルバム、「アランフェス協奏曲/Concierto」が大ヒット、初の日本公演を行う。1999年には「パット・メセニー」とのコラボ・アルバム、「ジム・ホール&パット・メセニー」発表。2013年12月10日、マンハッタンの自宅アパートメントで死去。83歳。私の大好きなギタリストであった。(Wikipedia参照)

軽く吹いているように聞こえるが、切れ目のない音で吹き続けることは大変難しいというデスモンドの美しく柔らかいアルトと滑らかな「ジム・ホール」のギター。洗練されたボッサ・テイストの極上イージー・リスニング・ジャズ。学生時代に知って以来40数年、未だに飽きない私のエバーグリーン・アルバム。

Take Ten

Paul Desmond / RCA



「Paul Desmond - Take Ten」

          

「Paul Desmond-El Prince」

          


「テイク・テン」の翌年録音されたのが「ボッサ・アンティグア」。これも全編ボッサ・テイストに満ちたジャズ・ボッサ・アルバムの名盤。「ジム・ホール」とのコンビネーションには更に磨きがかかり、「夜は千の目を持つ」、あの「イパネマの娘」へのトリビュート・ソングと思しき「東9丁目の女」等を快演。

ボッサ・アンティグア

ポール・デスモンド / SMJ



「Paul Desmond / Bossa Antigua」

          

「Paul Desmond ft. Jim Hall - The Girl From East 9th Street」

          
[PR]
by knakano0311 | 2015-03-03 22:57 | 音楽的生活 | Trackback | Comments(0)