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大屋地爵士のJAZZYな生活

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九月の花、九月の歌 (4) ~ Maybe September ~

九月の花、九月の歌 (4) ~ Maybe September ~ _b0102572_1651340.jpg


もう終わりかなと思っても、まだ次々と咲く「ゴーヤ」の花。しかし実をつける雌花はなかなか咲かず、咲くのは雄花ばかり。子供3人は皆男の子。「ゴーヤまでも ・・・」と愚痴る妻。

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さて、今宵の九月の歌は、「Maybe September」。歌い手は、「トニー・ベネット/Tony Bennett」。私は観たことがありませんが、映画界の内幕を描いた、1966年の「ラッセル・ロウズ/Russell Rouse」監督の映画「オスカー(原題:The Oscar)」の挿入歌だそうだ。出演は、「スティーヴン・ボイド/Stephen Boyd」、「エルケ・ソマー/Elke Sommer」らで、「トニー・ベネット」も歌手役として、この映画に出演していたという。

この曲、「パーシー・フェイス/Percy Faith」、「レイモンド・エヴァンス/Raymond Evans」、「ジェイ・リヴィングストン/Jay Livingston」の3人の合作で、「トニー・ベネット」の歌唱には、私が知っている限り、オーケストラとの共演盤「Movie Song Album」(1966)と、「ビル・エヴァンス/Bill Evans」との共演盤「Together Again」(1977)の2種がある。

Movie Song Album

Tony Bennett / Sbme Special Mkts.



Together Again

Tony Bennett / Concord Records



【 Maybe September 】 作詞;Raymond Evans、Jay Livingston 作曲;Percy Faith

「♪ Maybe September I'll love again   九月になればまた恋をするかも
   Maybe a rainbow will catch me then  そうすれば虹色の気分に包まれるかも 
   This little boy's eyes          この少年の瞳も
   Will find his way once more       歩んでいく道を再び見つける
   Just like before             以前のようにね

       ・・・・・・・・・・・・・・                 ♪」   

まずは、オーケストラとの共演盤から。
 
「Tony Bennett ー Maybe September」

          

「Bill Evans & Tony Bennett」(1975年)に続く、2枚目のデュオ・アルバム、「Togeter Again」(1977年録音)から ・・・。

「Tony Bennett & Bill Evans - Maybe September」

          

  



  
by knakano0311 | 2016-09-16 10:39 | 音楽的生活 | Trackback | Comments(0)

十五夜に聴く月の歌

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今日、9月15日は「中秋の名月」、「十五夜」。お月見が始まったのは平安時代まで遡るという。「作物が月の満ち欠けとともに成長する」ことから、農作物の収穫、ものごとの結実、祖先とのつながりを連想し、それぞれに感謝し祈るようになったのが「十五夜」だという。実は「十五夜」はいつも満月ではなく、今年で言うと、「十五夜」は9月15日だが、満月は9月17日。月の満ち欠けを基準にしていた旧暦と、太陽の動きを基準にしている現在の暦にはズレがあるからである。

まっ、月見団子やススキを供え、素直に楽しんだらいいのでは ・・・・.今宵の天気の予想は、曇り。はたして見れますかどうか ・・・。

さて、月の歌。これは山ほどありますね。「ムーン・リバー/Moon River」、「ムーンライト・セレナーデ/Moonlight Serenade」、「フライ・ミー・トゥー・ザ・ムーン/Fly Me To The Moon」、「ムーングロー/Moonglow」などなど ・・・。

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そんな中で、「十五夜」に聴くアルバムを一枚選べと言われたら、ジャジーな月と星のラヴ・ソングがぎっしりつまった「ダイアナ・パントン/Diana Panton」の「ムーンライト・セレナーデ~月と星のうた(原題:If The Moon Turns Green)」(2007)でしょうか。

「ダイアナ・パントン」。「ホリー・コール/Holly Cole」、「ダイアナ・クラール/Diana Krall」に続くカナダ出身の人気シンガー。オンタリオ州・ハミルトンに生まれ、カナダ・ジャズ界の重鎮「ドン・トンプソン/Don Thompson」のサポートを得て2005年に「Yesterday Perhaps」でアルバム・デビュー。その後、日本でも人気急上昇。

今回取り上げたアルバムは、曲名や歌詞に「月」や「星」がでてくるスタンダードばかり全16曲を集めた2枚目のアルバム。ダイアナののびやかな高音部における小刻みなヴィブラート、そっと囁きかけるような彼女の声は、キュートで切ない。サポートは、ピアノ、「ドン・トンプソン/Don Thompson」、ギター、「レグ・シュワガー/Reg Schwager」、ベース、「ニール・スウェイソン/Neil Swainson」。

ムーンライト・セレナーデ~月と星のうた

ダイアナ・パントン / MUZAK/fab.



月の歌御三家ともいえる、「ムーン・リバー」、「ムーンライト・セレナーデ」、「フライ・ミー・トゥー・ザ・ムーン」を ・・・。

「Diana Panton - Moon River & Moonlight Serenade」

          

「Fly Me to The Moon - Diana Panton」

          
  



  
by knakano0311 | 2016-09-15 14:19 | 音楽的生活 | Trackback | Comments(0)

九月の花、九月の歌(3) ~ September 13 ~

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「ツルハナナス(蔓花茄子)」。園芸店で、「ヤマホロシ(山保呂之)」の名で流通することがありますが、「ヤマホロシ」は、似ているが、日本に自生する種で、この名前は間違いだという。確か園芸店で求めたときは、「ヤマホロシ」の名札がついていたが ・・・。いずれにせよ、初夏の頃から今まで咲いて、長い間目を楽しませてくれた。

今宵は、リオ・オリンピック、リオ・パラリンピックにちなんで、ブラジルの「九月の歌」を ・・。「フュージョン」はおろか、「クロス・オーヴァー」という言葉さえ存在しない時代に世界の音楽シーンを席巻した風雲児とそのアルバムがあった。風雲児とは、「デオダード/Deodato」、そのアルバムとは、1973年にCTIよりリリースされた歴史的な一枚といっても過言ではない、「Prelude(邦題:「ツァラトゥストラはかく語りき)」。

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「エウミール・デオダート/Eumir Deodato de Almeida」。1942年生まれ。1964年、ブラジルでデビューした後、1967年頃からジャズレーベルCTIなどでアレンジャーとして、数々のアルバムの製作に携わる。そんなキャリアを積んだ後、1973年には、「デオダート」名義で、あのアルバム「Prelude」を発表した。クラシック作品をジャズ・テイストにアレンジした「Prelude(ツァラトゥストラはかく語りき)」は大ヒット。彼は一躍時代の寵児となった。1973年に発表した、「ジョージ・ガーシュウィン/George Gershwin」の「ラプソディー・イン・ブルー/Rhapsody in Blue」のカバーを含んだ「デオダート2/Deodato2」も大ヒットした。2001年には15年ぶりにコンサートを中心にソロ活動を始め、2008年8月には、「コットンクラブ東京」にて来日公演を果たした。

「Prelude」の中に収録されている「September 13(九月十三日)」という曲を「九月の歌」として取り上げてみます。「九月十三日」、この日になにか特別な意味があるのでしょうか? このアルバムが録音されたのが、1972年の9月12日から14日にかけての3日間。曲は前から出来ていたが、タイトルは決まっていなかったこの曲に、録音した日の「九月十三日」というタイトルを与えたという説がある。

ツァラトゥストラはかく語りき

デオダート / キングレコード



「Deodato - September 13」

          

ブラジルついでに、もう1曲。アルト・サックス奏者「リー・コニッツ/Lee Konitz」のアルバム、「ブラジリアン・セレナーデ/Brazilian Serenade」(1996)から、「September」。

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1927年、シカゴ生まれのアルト・サックス奏者で、50年代において「チャーリー・パーカー/Charlie Parker」の後を追わなかった数少ないアルト・サックス奏者。「クール」と呼ばれる独自のサウンドで、「ソニー・ロリンズ/Sonny Rollins」らと並び、いまだ現役として演奏を続けている数少ないジャズ巨匠のひとり。しかし、コニッツが「クール」だったのは、せいぜい50年代初頭までで、その後は次第にアルトの音色も温かみを増しているという。ロマンティックにパッション溢れる「Wave」、「Dindi」、「Meditation」など、ボッサ・クラシックを聴かせてくれる。タイトル曲「Brazilian Serenade」は、コニッツの、「September」は、トランペットの「トム・ハレル/Tom Harrell」の曲。

ブラジリアン・セレナーデ

リー・コニッツ / ヴィーナス・レコード



「Lee Konitz - September」

          

  


  
by knakano0311 | 2016-09-13 11:29 | 音楽的生活 | Trackback | Comments(0)

九月の花、九月の歌 (2) ~ September ~

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本当は夏の花なんでしょうが、我が家では、種を蒔くのが遅いため、花が咲き風船が膨らむのが、いつもこの頃になってしまう。「フウセンカズラ(風船葛)」。その種は、白黒でユーモラスで可愛い。(種の写真はNETより拝借)

風船から「ホオズキ(鬼灯、酸漿)」を連想するためか、なんとなく昭和のイメージがつきまとい、サウダージ(郷愁)を感じさせる。

そんな「昭和」を色濃く連想させる歌手が、このブログでも何度も取り上げている、「浜田真理子」。この人を知ったのは、ブレイク直前、2004年7月放映のMBS・TBS系ドキュメンタリー番組「情熱大陸」であった。

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松江でOLし、子育てもしながら、年数回のコンサートを開く。ピアノを弾き語りながら、彼女の一瞬かすれる高音の「のび」と「間」が作り出す、あの独特な世界に魅せられて、アルバムも求め、コンサートへも何回か足を運んだ。近くのうどん屋で行われたミニ・コンサートにも行ったことがある。(参照拙ブログ「松江・宍道湖のほとりから~浜田真理子の世界」「うどん屋の二階で「浜田真理子」を聴く」 などなど)

「浜田真理子」。1964年生まれ。松江市出身のミュージシャン。学生時代よりバー、クラブ、ホテルのラウンジでピアノ弾語りの仕事をする傍ら、オリジナル曲を作りだめてゆき、1998年暮れ、1stアルバム「mariko」を、僅か500枚の自費リリース。一部のマスコミに取り上げられ完売、2002年に再プレスされ、東京のCDショップでロング・ヒットしたという。そんな彼女が2004年7月、TBSのドキュメンタリ「情熱大陸」で紹介されるや否や、大ブレイクしたのである。以後も松江で暮らしながら、音楽活動をしているが、その孤高の世界に対し、高い支持を与える多くのファンがいる。

「mariko」というデビュー・アルバムに収録されているのが、「September」。彼女の世界観が短い詩に込められた原点のような歌。「Mariko Live~月の記憶~2002.11.9 At Bunkamura Theatre Cocoon」にもライブ版が収録されている。

MARIKO

浜田真理子インディペンデントレーベル



Mariko Live~月の記憶~ 2002.11.9 at Bunkamura Theatre COCOON
浜田真理子 / インディペンデントレーベル
ISBN : B00008PT9X


【 September 】  作詞作曲;浜田真理子
 
「♪ I was born in September
   I met you in September
   And we Broke up in September
   Remember ?
   September means a lot to me ♪」

「September-浜田真理子」

         
by knakano0311 | 2016-09-12 13:21 | 音楽的生活 | Trackback | Comments(0)

九月の花、九月の歌(1) ~ September Song ~

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この時期、庭のあちこちに咲き出すのが、「ハナカタバミ(花片喰)」。原産地は南アフリカのケープ地方の多年草。日本へは江戸時代に観賞用として渡来したという。葉の先端が食べられたように欠けていることから「片喰」と名付けられた。

「九月の歌」といえば、定番は「セプテンバー・ソング/September Song」。やはりこの歌を取り上げないわけにいかないでしょう。「セプテンバー・ソング/September Song」は、「クルト・ワイル/Kurt Weill」作曲、「マックスウェル・アンダーソン/Maxwell Anderson」作詞のブロードウェイ・ミュージカル、「ニッカボッカ・ホリディ/Knickerbocker Holiday」の挿入歌。かってこのブログでも、歌詞とともに、「ジョニー・ハートマン/Johnny Hartman」の歌声で取り上げました。(参照拙ブログ「60歳過ぎたら聴きたい歌 (93) ~ 九月の歌 ~」

「九月の歌」というタイトルではあるが、歌詞の内容は、人生を12ヶ月に喩えた歌。『明るい夏が終る9月になると、人生も秋にさしかかり、残された日々が大切になる ・・・。残り少ない時間をあなたと共に過したい』。そんな我々世代が共感できる歌。

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今宵は、アジアの癒し姫、「ジャシンタ(ジャシンサとも)/Jacintha」のアルバム、「ラッシュ・ライフ/Lush Life」(2002)から。

「ジャシンタ」。本名「Jacintha Abisheganaden」、1957年マレーシア生まれ。ピアノを弾き語る中国人の母と、クラシック・ギタリストでスリランカ人の父を持ち、シンガポールで活躍しているJAZZボーカリスト、女優。10代の頃にピアノとボーカルを学び、シンガポール国立大学を卒業した後、芝居と音楽の世界に入ったという。

Lush Life

Jacintha / JVC


 

「SEPTEMBER SONG - JACINTHA」


          

そして、ボーカルなしのインスツルメンツでも、「チェット・ベイカー/Chet Baker」をあげてみます。「ケニー・バレル/Kenny Burrell」の絶妙のギターと絡んだアルバム、「チェット/Chet」から。

チェット+1

チェット・ベイカー / ユニバーサル ミュージック



「Chet Baker ー September Song」

            
  



  
by knakano0311 | 2016-09-11 10:08 | 音楽的生活 | Trackback | Comments(0)

台風が過ぎて山には秋の気配が漂いだした

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朝方までは台風の影響で、雷鳴とはげしい雨。9時頃には台風一過、青空が見えだした。雨に濡れ、すっかり涼しくなり登りやすくなった山道を、今日の山仕事へと向かう。もうセミの鳴き声は聞こえず、夜半の雨で落ちた「ドングリ(団栗)」が道に散らばっている。自生する「山栗(柴栗)」の実も大きく膨らんで、秋の気配が少しづつ漂いだした遊びの山。

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さて、しばらく9月の歌をお楽しみいただきましょうか。今日は、「九月の雨/September In The Rain」。歌姫は、キュートで、コケティッシュな白人美人シンガーとして、いまでも根強い人気を持っている「スー・レイニー/Sue Raney」。「Songs For A Raney Day(邦題:雨の日のジャズ)」から。

1940年 カンサス州生まれ。幼少の頃から母親に歌の手ほどきを受け、12歳の時にはすでに自分のラジオ・ショーを持ち、17歳(1957年)ではソロ・シンガーとして、キャピトル・レコードと専属契約を結び、アルバム、「When Your Lover Has Gone」で鮮烈なデビューを飾ったという。そして、1960年の2枚目のアルバム 「雨の日のジャズ/Songs for a Raney Day」が大ヒット。女性ジャズボーカルの名盤に必ず選ばれるほど、「スー・レイニー」の代名詞的アルバムとなっている。彼女はいまも現役として活躍しているらしく、今年御年76歳、ご長寿シンガーとしてご同慶の至りである。

雨の日のジャズ

スー・レイニー / ユニバーサル ミュージック



「SEPTEMBER IN THE RAIN - SUE RANEY」

          
by knakano0311 | 2016-09-09 09:50 | 炭焼き小屋から | Trackback | Comments(0)

ぬばたまの夜に・・・ 

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地元の鉄道会社、「能勢電鉄」が主催する「のせでん悠遊セミナー」。時々参加しているが、今回の講演は、「植物を通して万葉集に親しむ ~万葉人と植物のかかわり~」。

講師は、同じ川西市内に住む、「木田隆夫」さん。万葉好きが高じて、定年後、自宅裏山に「万葉集」に詠まれている植物を植え、「猪名川万葉植物園」として公開しているという。

「万葉集」は、わが国最古の歌集で、成立は未詳であるが、4516首からなり、そのうちのほぼ1/3に植物が詠まれ、その種類は約160首とされている。万葉仮名で書かれているため、現在の植物に特定できないものもあるが、ハギ(萩)が141首、ウメ(梅)118首、ヌバタマ(射干玉、夜干玉)80首、マツ(松)79首、タチバナ(橘)68首、サクラ(山桜)40首 などとされている。

講演は、大変興味深かったが、その後「ヒオウギ(檜扇)」の種子である、「ヌバタマ(射干玉、夜干玉)」を頂いた。「ヒオウギ(檜扇)」は、山野の草地や海岸に自生するアヤメ科の多年草で、午前中に咲き夕方にはしぼむ一日花。葉は長く扇状に広がるため、この名が付いたといわれる。その「ヒオウギ」の種子が、「ヌバタマ(射干玉、夜干玉)」である。(ヒオウギの写真はNETより拝借)

「ヌバタマ」は、黒く艶のあるところから、「ぬばたまの黒髪 ・・」のように「黒し」、「黒髪」など黒いものにかかり、さらに、「ぬばたまの夜(よ)の更け行けば」のように、「夜」などにかかる枕詞である。さてもらった種子、まだ皮が被っているが、剥いてみると漆黒の種が顔をのぞかせた。4月が植えどきであるという。

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「ぬばたまの夜」に聴きたい曲は、少し古くはなりますが、「ケニー・バレル/Kenny Burrell」の「ミッドナイト・ブルー/Midnight Blue」(1963年録音)。「ぬばたまの夜」という表現あ一番ぴったりしそうなタイトルと演奏で、学生時代JAZZ喫茶でよく聴いたもんです。

「ケニー・バレル」。 1931年、アメリカ、ミシガン州デトロイト生まれのジャズギター奏者。85歳、まだご存命なようです。「ブルー・ノート/Blue Note」 、「プレステージ/Prestige」をはじめ、多くのレーベルに 100 枚を超えるアルバムを残している。大学で音楽を学んだ後、「ディジー・ガレスピー楽団/」に入り、その後レコーディング、デビューした。1955年にニューヨークで活動を始め、この頃、「ブルー・ノート」のプロデューサーである「アルフレッド・ライオン/」の目にとまり、1956年にリーダー作をレコーディングした。

そんな彼の都会的なブルース感覚が最も顕著に表れたアルバムが、1963年にブルーノート・レーベルからリリースされ、彼の代表作、大名盤とも言われる「ミッドナイト・ブルー」である。ケニーのギターに、「スタンレー・タレンタイン/Stanley Turrentine」のテナー。その寄り添い方が見事。

Midnight Blue

Kenny Burrell / Blue Note Records



そこから、2曲。

「Kenny Burrell - Chitlins Con Carne」

          

「Kenny Burrell - Midnight Blue」

          
  




  
by knakano0311 | 2016-09-08 13:48 | 音楽的生活 | Trackback | Comments(0)

スポーツ・スペクタキュラー・パラリンピック

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「リオ・パラリンピック/Rio 2016 Paralympic Games」が9月7日(現地時間)より12日間の予定で開幕である。

ところで、7月の下旬に放映されたNHKスペシャル「ミラクル・ボディ」第3弾で取り上げられたのは、ドイツの義足の走り幅跳びの注目のジャンパー、「マルクス・レーム/Markus Rehm」であった。

「マルクス・レーム」。1988年、ドイツ・バイエルン州生まれ。28歳。2003年夏、ウェイクボードの練習中に事故に遭い、右足のひざ下を切断。しかしスポーツを断念することなく、ドイツの大会では、ウェイクボード、走り幅跳び、100M走、200M走などで優勝、そして、2012年のロンドン・パラリンピック(障がいクラス:T44/ひざ下より切断)では、走り幅跳びで金メダル、400Mリレーで銅メダルと活躍。この時の彼の走り幅跳びの記録は、7m35cm。ちなみにロンドン・オリンピック(パラリンピックではない)における同種目の金メダルの記録は、8m31cm、銀メダルは、8m16cmであった。

ところが、2014年7月には、ドイツ陸上選手権で健常者を、8m24cmという記録で破って優勝し、2015年の障がい者陸上世界選手権では障がい者世界新記録である8m40cmという跳躍をして、ロンドン・オリンピックの金メダル記録をも超えてしまったのである。

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当然、レーム選手としては、リオ・オリンピックへ出場して、健常者と同じ土俵で競いたいと思うようになる。しかし、「義足の公正性」について、様々な角度から議論が噴出、国際陸連は「マルクス・レーム」に「踏切の際に義足が有利に働いていないことを科学的に証明出来なければ、リオ・オリンピック出場は認めない」としたのである。この条件に対し「マルクス・レーム」は、専門家に依頼し、義足の優位性を否定する科学データを今年5月末に提出したが、国際陸連は6月の理事会で「証明は十分ではない」と結論を保留。結果、7月1日に「マルクス・レーム」自身が、「リオ・オリンピック」への出場希望を取り下げるという結果に終わってしまった。

NHKスペシャルでは、彼の驚異的な運動能力の科学的な分析やリオ五輪への出場を断念するまでのいきさつが放映されていた。彼はリオ・パラリンピックへ出場する。障がい者が、健常者の国際大会へ参加できるルール改正にチャレンジしてきたのだから。

『自分が新記録を樹立する度に、「彼は義足だから」と言われることを残念に思います。私の記録は、トレーニングの賜物です。義足は、一発逆転を可能にする魔法の道具ではありません。(中略)昨年、まずはドイツで健常者と一緒に競技することができました。これはとても素晴らしい試みだったと思います。今はまだ問題点にばかり議論が集まっていますが、障がい者と健常者が一緒に競技をすることの意義にもっと光が当たればと願っています。』 マルクス・レーム    (参照 「ドイツ・ニュース・ダイジェスト」、写真はNETより拝借)

健常者、障がい者の区別なくできるスポーツがあれば、その世界レベルの競い合いを見てみたい。走り幅跳びが可能とすれば、オリンピック種目でいえば、3段跳び、走り高跳び、棒高跳びなども、一緒に競技できそう気もする。そして、射撃、アーチェリー、馬術 ・・・なんかもそんな気がする。荒唐無稽な夢でしょうか? リオ・オリンピック走り幅跳びの金メダル記録は、アメリカ、ジェフ・ヘンダーソン選手の8m38cmであった。パラリンピアンがオリンピアン金メダリストの記録を上回る可能性があるのである。その瞬間を見てみたい。スポーツ・スペクタキュラー・パラリンピックを ・・・。

さて今宵の一曲は、「ライマン・ウッダード/Lyman Woodard」率いる「ライマン・ウッダード・オーガニゼーション/The Lyman Woodard Organization」の、疾走感溢れる「 Theme in Search of a Sportspectacular」。アルバムは、「Don't Stop the Groove」。

「spectacular」とは、
【名】豪華ショー、超大作
【形】目を見張るような、壮大な、壮観な、アッと言わせる

ドント・ストップ・ザ・グルーヴ

ライマン・ウッダード・オーガニゼーション アラン・バーンズ ケリー・キャンベル マーカス・ベルグレイヴ ライマン・ウッダード レオナード・キング ロバート・ロウ ロレンツォ・ブラウン ロン・ジャクソンブルース・インターアクションズ



「Lyman Woodard - Theme in Search of a Sportspectacular」

          

  


  
by knakano0311 | 2016-09-06 10:13 | 想うことなど・・・ | Trackback | Comments(0)

歌謡曲、J-POPSの外国人アーティストのカバーを聴いてみる

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「ニラ(韮)」や「タマネギ(玉葱)」の仲間で、花を観賞する「アリウム」というらしい。別名「ハナネギ(花葱)」とも呼ばれるようだ。いろんな種類があるという。  

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前回、「松任谷由実(ユーミン)」の楽曲を、欧米のアーティストがカヴァーしたアルバム、「OVER THE SKY:Yuming International Cover Album」(2003年)を紹介したが、数少ないが外国人アーティストが日本のシンガー・ソングライターやアーティストをカバーしたアルバムはいくつかある。思い浮かぶのは、「桑田佳祐」が大好きだということでカバーした、スエーデン美女シンガー、「リーサ/Lisa (Lisa Lovbrand)」の「Darling ~LISA Sings Keisuke Kuwata~」。カンツォーネの女王、「ミルバ/Milva」が、極めてドラマ性が強く、映画的ともいっていい「谷村新司」の世界を歌った、「ミルバ、谷村新司を歌う〜めぐり会い、そして明日へ」。そして、いろいろな歌手が「今井美樹」の楽曲を歌った、「テイク・ミー・トゥ・ザ・サンシャイン~今井美樹ソング集」。私は存外と好きで、「リアル・ジャズ・ファン」といわれる人からすれば、異端、軟弱、論外と言われるかもしれないが、齢70を超えると、耳に優しい軟弱な音楽もまたいとおしくなるものなのです。

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ところで、話は変わりますが、日本のピアニストの代名詞の感すらあった「中村 紘子(なかむら ひろこ)」さんが、7月26日に亡くなりました。だいぶ昔の話ではあるが、1965年の「ショパン国際ピアノコンクール」で、日本人2人目の入賞者となった。このニュースは私も覚えているし、その当時、日本人として誇らしくも感じた。その後、クラシックも分野では、世界で活躍する日本人アーティストを続々と輩出している。ヨーロッパの都市を旅行していても、街で見かけるコンサートのポスターに、日本人アーティストの名前を見かけることもあたりまえである。

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一方、歌謡曲、POPS、ロック、JAZZなどの分野では、アーティストも楽曲もなかなかそんな状況にはなっていないようだ。ごくたまに、グラミー賞にノミネートされたり、受賞したりすることがあるが、ビルボード誌のヒットチャートで何週間も上位になったなんてことは、「スキヤキ(上を向いて歩こう)」ぐらいしか記憶にない。言葉の問題も含め、日本の音楽カルチャー、マーケット、業界システムと世界のそれは大きくかけ離れているように思える。SMAPの解散問題でも、そのことがちょっと透けて見える。

軽音楽とも呼ばれた日本のPOPSはグローバル化、もっと言えば、ワールド・ミュージックになりえるのでしょうか。明治時代の西洋化から音楽に関してはクラシック偏重で、有名な音楽大学でロックやジャズを教えているなんて聞いたこともない。日本ではクラシック以外の音楽コンサートには、ホールを貸さないところすらあるとかいう。ジャズ・プレイヤーを多く輩出しているアメリカ・ボストンの「バークリー音楽大学」やニューヨークの「ジュリアード音楽院」ではジャズとクラシックは、当たり前のように両方教えているし、「中村 紘子」さんは「ジュリアード音楽院」でも学んでいる。

ビジネス、経済ではグローバル化がもう後戻りできないほど急速に進んでいるが、クラシック以外の日本の音楽ビジネスでは、アーティストが進出しているのはせいぜいアジアどまり。ボサノバ、サンバ、ファド、ジャズ、シャンソン、カンツォーネ、タンゴ ・・・・。これらに比べても、日本の音楽はワールド・ミュージックとは程遠く、むしろ置き去りにさえされているような気がする。この原因は、日本独特ともいえる業界の有り様と無縁ではないような気がする。

さて、話が難しくなってしまいましたが、日本のシンガー・ソングライターやアーティストの外国アーティストの数少ないカバー・アルバムです。まずは、動画もお楽しみいただける「リーサ」の「NO MAYBES(明日晴れるかな)」から。

“Darling” LISA Sings Keisuke Kuwata

リーサ / Amuse Soft Entertainment = music =



「LISA LOVBRAND - NO MAYBES(明日晴れるかな)」

          

「ミルバ」の歌う「昴(No, uomini,no)」。

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ミルバ、谷村新司を歌う〜めぐり会い、そして明日へ〜

ミルバ 谷村新司キングレコード



「ミルバ - 昴(No, uomini,no)」

          

「ジェーン・モンハイト/Jane Monheit」が歌う「プライド/Pride」。


テイク・ミー・トゥ・ザ・サンシャイン~今井美樹ソング集
オムニバス / / ビクターエンタテインメント

「pride - jane monheit (今井美樹のカバー)」

          
by knakano0311 | 2016-09-04 09:52 | マーケッターとしてのシニアから | Trackback | Comments(0)

雨水を貯める

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鹿の食害により、台場クヌギの新芽が食べられ、炭焼きの材料となるクヌギ林が危機に瀕している。クヌギ林を再生させるため、クヌギの苗を植え、鹿との神経戦をしながら、造林を図っていることは前に取り上げた。(参照拙ブログ「明日のためにクヌギ苗100本を植える」「やれやれ、一安心 ・・・ j「鹿の食害が止まないので・・・ 」 など)

プラスチックの筒をかぶせる「ツリー・シェルター」を導入して、苗木を保護しているのだが、何本かの苗木は中で順調に生育し、シェルターの頭から葉が顔をのぞかせるまでになった。その一方で、この日照りのため、枯れかけている苗木もある。そこで、弱った苗に水を補給するために、雨水を貯める設備を設置した。いたってシンプルな設備で、大きな三角形の雨をうける「雨水簡易集水ネット」と、その端に付けられた雨水誘導ワイヤ、貯水タンク、支柱などで構成されている。

上手く貯まるのかと半信半疑でもあったが、設置して1週間、台風10号による雨で、200リットルタンクには、70~80リットルほど溜まっていた。結果は上々である。クヌギだけでなく、エドヒガン桜も実生苗を育苗し、山に戻している。そちらにも、「ツリー・シェルター」とあわせて使えそうである。どうやらクヌギ苗の育苗、鹿対策、日照り対策に目処はついたようだ。

少しどころかすっかり肩の力を抜いて、「雨の歌」を聴きましょうか。AORの代表格、「マイケル・フランクス/Michael Francks」の歌うカバー、「Somewhere In The Rain」。元歌はなんと、「ユーミン(松任谷由実)」の「あの日にかえりたい」。「松任谷由実」の楽曲を、欧米のアーティストがカヴァーしたアルバム、「OVER THE SKY:Yuming International Cover Album」(2003年)に収録されている。

OVER THE SKY:Yuming International Cover Album

オムニバス / EMIミュージック・ジャパン



「Somewhere In The Rain(あの日にかえりたい) - Michael Francks 〜Yuming International Cover Album〜 」

          
by knakano0311 | 2016-09-02 09:33 | 炭焼き小屋から | Trackback | Comments(0)