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大屋地爵士のJAZZYな生活

タグ:アントニオ・カルロス・ジョビン ( 6 ) タグの人気記事

路傍の花、樹々の鳥(194) ~ 一足先に庭一杯の春 ~

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 「ロウバイ(蝋梅、蠟梅、臘梅、唐梅〔カラウメ〕)」の花が満開の家。ウォーキングの道筋に「ロウバイ」を植えている家はいくつかあるが、まだ蕾の家が多く、こんなにも咲いている家はここだけ。一足早く庭いっぱいの春を迎えたこの家の住人は、きっと”ハッピー”であろう。

 さて、今宵の歌は春を先取りした ”Happy” な歌、「This Happy Madness」。「この狂おしいばかりの幸せ」。そんな意味でしょうか。元々は、1958年、「アントニオ・カルロス・ジョビン/Antonio Carlos Jobim」が作曲し、「ヴィニシウス・ヂ・モラレス/Vinicius de Moraes」が作詞したボサノバの曲で、「エリゼッチ・カルドーソ/Elizete Cardoso」によって歌われた。ポルトガル語では、「Estrada Branca(白い路)」という曲。それを1968年、「ジーン・リース/Gene Lees」が英語詩にして、「フランク・シナトラ/Frank Sinatra」によって歌われたという。

【 This Happy Madness 】
           by Vinicius de Moraes, Gene Lees, Antonio Carlos Jobim

「♪ What should I call this happy madness  私の中に湧き上がるこの狂おしいまでの
            that I feel inside of me  幸せをなんと呼んだらいいのであろう
  Some kind of wild October gladness     荒々しい10月の歓喜のように
            that I never thought I'd see  いままで私が出会ったことがないもの
  What has become of all my sadness     私の全ての悲しみや終わることがないと
            all my endless lonely sighs  思っていたため息はどうなったの
  Where are my sorrows now         私の嘆きは一体どこに行ってしまったの

  What happened to the frown         今までのしかめっ面に何が起こったの
        and is that self contented clown   自己満足している道化師みたい
  Standing grinning in the mirror really me  鏡の前でにやけている私が本当の私ね
  I'd like to run through Central Park     セントラルパークを走り抜け
  carve your initials in the bark of every tree どの木にもあなたのイニシャルを刻みたい
    I pass for every one to see      だれがみてもわかるようにね

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・     ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  ♪」

 「ステイシー・ケント/Stacey Kent」、「アントニオ・カルロス・ジョビン」、「ダイアナ・パントン/Diana Panton」、3人の歌で聴いてみましょうか。

Changing Light

Stacey Kent / Warner Bros UK



「This happy Madness ー Stacey Kent」

          
  
   
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Terra Brasilis
アントニオ・カルロス・ジョビン
Import CD
Warner Bros / Wea




「Tom Jobim - This Happy Madness」

          
   
   

フェリシダージ ~わたしが愛したブラジル

ダイアナ・パントン(vo) / MUZAK,INC.



「Diana Panton-This Happy Madness」

          
by knakano0311 | 2018-02-09 15:12 | 地域の中で・・・ | Trackback | Comments(0)

ご近所の藤が ・・・

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我が家の東側に雑木林に覆われた、ちょっとした丘というか山がある。毎年桜の時期には「ヤマザクラ(山桜)」が咲き、秋には紅葉が目を楽しませてくれる山。今の時期は、「フジ(藤)」である。ちょっと奥まった方に咲いているので、我が家からは直接は見えないが、ちょっと坂を上がってマンションの駐車場まで行くと、目の前にそれは見事な「藤」が見えてくる。「九尺藤」、「千年藤」など兵庫県にも藤の名所は数多くあるが、しかし、この「藤」、我々の遊びのフィールドでは困った存在となっている。繁殖力旺盛で、「クヌギ」や「桜」に巻きついては成長を阻害するので、伐採の対象となっている。クリスマス・リースや籠を編むことにも使ってもいるが、「ヤマブドウ(山葡萄)」に比べると材料としていまいちである。「藤」、この花はもっぱら里や名所で愛でることにしている。

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さて、今宵も華麗にイタリアン・ジャズ・ピアノとまいりましょうか。「ステファノ・ボラーニ/Stefano Bollani」。もう死語になったかもしれないが、「ちょいワル」ムードいっぱいのヨーロッパ期待のイケメン・ピアニスト。1972年、ミラノ生まれというからまだ44歳。もともと歌手になることを夢見てピアノを始めたというが、プロ・デビューはなんと若干15歳。イタリア独特の雰囲気というか、隠せないラテンの気質というか、「恋唄」やバラードのプレイにはそれが随所に表れるような気がする。2002年10月に発売されるやいなや話題となったのが、日本デビュー盤「ヴォラーレ/Volare」。彼の音楽の幅の広さ。その後のクラッシックからポップ、ロック、ジャズにわたる多様なジャンルのミュージシャンとのアルバムやコンサートにおけるコラボレーションには目を見張るものがある。

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そんなモテモテのイタリア男による2003年ローマでの録音は、「アントニオ・カルロス・ジョビン/Antonio Carlos Jobim」曲集、「愛の語らい/Falando de amor」。「ヴィーナス・レコード」による日本企画ものであるが、一連の彼のアルバムに見られる「ヴィーナス」お決まりの甘めの味付けか思いきや、このアルバム、軽快でノリのいいといった、いわゆるボサノヴァ・アルバムではない。ちょっとひねったアレンジの硬派のJAZZテイストに溢れている。しかし、アルバム・タイトル曲をはじめ、「君なしではいられない」、「アンジェラ」、「ルイーザ」、「ガブリエラ」、「もっと愛の歌を」といった有名ボッサではない選曲を見ると、まるで「A.C.ジョビンに捧げるイタリア式恋愛術」といったサブ・タイトルをつけてもいいと思う感じ。サポートは、「アレス・タヴォラッツイ/Ares Tavolazzi (bass)」、「ウォルター・パオリ/Walter Paoli (drums)」

愛の語らい

ステファノ・ボラーニ・トリオ / ヴィーナスレコード



まずはアルバム・タイトル曲、「愛の語らい」。

「Stefano Bollani Trio - Falando de amor」

          

「ガブリエラ」。ブラジル映画のためにジョビンが作った主題歌だそうだ。

「Stefano Bollani Trio - Tema de amor po Gabriela」

          

ご存知、「白と黒のポートレート」。

「Stefano Bollani Trio - Refraco em braco e preto」

          
by knakano0311 | 2016-05-03 22:58 | 音楽的生活 | Trackback | Comments(0)

和製ボッサはもう懐メロか? ~12の唄をたどって~ (前)

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『この地上で樹が切り倒されるごとに、その樹はきっと別の場所で、
どこか他の世界で再び成長するのだと、私は信じている。』

アントニオ・カルロス・ジョビン (青土社刊;「アントニオ・カルロス・ジョビン~ボサノヴァを創った男」より引用、写真も)


「ボッサ特集を ・・・」なんてお声も頂きましたが、そこは天邪鬼でへそ曲がりの私。東京オリンピック招致成功のニュースで思い出したのは、あの頃の音楽的背景。(参照拙ブログ「あの頃は ・・・」) 特にブラジルからアメリカ経由で日本にやってきた「ボサノバ」が大きな存在を占めていたということ。そして日本では、ボサノバの浸透に呼応するように、その後、「和製ボッサ」、もっと有体に言うと、「ボサノバ歌謡曲」へと進化していった様を、思いつくままにまとめてみようと思います。なにを隠そう、私は歌謡曲はほとんど聴くことはないが、この「ボサノバ歌謡曲」は別なのです。

さて、1958年は、「ビニシウス・ヂ・モライス/Vinicius de Moraes」が作詞し、「アントニオ・カルロス・ジョビン/Antonio Carlos Jobim」が作曲した、ボサノバ最初の曲とされる「Chega de Saudade(想いあふれて)」が、「ジョアン・ジルベルト/João Gilberto」の歌で録音された年。だから2008年は、「ボサノバ誕生50周年」で、レコード各社から色々な記念特集アルバムがリリースされた年でもある。

このあたりのボサノバ発祥のいきさつについては、映画「This is Bossa Nova」に詳しいが(参照拙ブログ「音楽の誕生~ボサノバのルーツを知って~」)、1980年代あたりから、発祥の地ブラジルでは衰退し、今ではもう懐メロ扱いとなってしまったという。確かに、「今はもう、ブラジルではボサノバを聴く人は、めっきり少なくなってしまった」とあの映画の製作者でもあり、ボサノバ創始者のひとりでもある、「ホベルト・メネスカル/Roberto Menescal」は嘆いていた。「誕生50周年」の頃を除くと、ブラジルからボサノバの新しいスターやアルバムは出てこなくなったようにも思う。

さて本国・ブラジルでは、すっかり衰退してしまったと言われる「ボサノバ」、今だに盛んに演奏されたり、聴かれたりしている国のひとつは「日本」である。すこしお洒落なカフェなどは言うにおよばず、蕎麦屋、居酒屋、ショッピングモールのBGMでも耳を澄ませば、しょっちゅうボサノバは聞こえてくるのである。

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このボサノバ、最初に日本に持ち込んだのは、かの「渡辺貞夫」であると言われている。彼は1962年にアメリカのボストンにある「バークリー音楽学校」へと留学し、多くのジャズメンとのセッションがあった。そこで、当時アメリカのジャズ界で大流行していたボサノバに触れたのである。1965年に彼は帰国。その直後から、ボサノバを演奏したアルバムをいくつも発表し(JAZZ&BOSSA、BOSSA NOVA '67、JAZZ SAMBAなど)、「セルジオ・メンデス&ブラジル’66」の大ヒットと相まって、一大ボサノバ・ブーム、「ナベサダ」ブームが日本でも巻き起こったと記憶しています。前置きが長くなりましたが、この辺からがいよいよ「和製ボッサ」の登場です。
年を追ってその歴史を、いくつかの曲をたどりながら追っていくことにいたしましょう。(youtubeが埋め込まれていない曲は、色文字部をクリックしてください)

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1)白い波/ユキとヒデ/1967年
このボサノバの大ブームに目を付けた日本の音楽界が「渡辺貞夫」に作曲を依頼し、1967年に誕生した初の和製ボッサと称されるのが、「ヒデとロザンナ」の「出門英」が作詞し、「ロザンナ」と組む前の「藤ユキ」とのデュオ、「ユキとヒデ」で歌った「白い波」。「ヒデとロザンナ」でも歌っているが、まあここから今に続く長い「和製ボッサ~ボサノバ歌謡曲」の歴史が始まったのです。大学生の時に買ったこのシングル盤のEPレコード、大事に持っていましたが、今は行方知れず ・・・。

          

この「白い波」のB面の「長い夜」もなかなか捨てがたいいい曲だと思う。このほか「渡辺貞夫」は、「ユキとヒデ」に、「スノー・ドルフィン・サンバ(A面)/恋のスノー・ドルフィン(B面)」(1967年)なども提供している。

最近、「由紀さおり」が、アメリカのジャズ・アンサンブル、「ピンク・マルティーニ/Pink Martini」とのコラボでヒットさせたアルバム「1969」に収録された曲で、「真夜中のボサノバ」(作詞:橋本淳、作曲:筒美京平)という曲があるが、これは、「ヒデとロザンナ」が1969年にリリースした曲。

2)私の好きなもの/佐良直美/1968年
「いずみたく」の門下生として、1967年「世界は二人のために」で彗星のようにデビュー、そのフレッシュさと歌唱力で、瞬く間にスターダムへ駆けあがったのが「佐良直美」。「♪ ボサノバのリズム 夜明けの渚 レオンの切り口 ・・・ ♪」で始まる「My Favorite Things」に似たこの歌は、「永六輔」作詞、「いずみたく」作曲。
 

          

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3)別れのサンバ/長谷川きよし/1969年
デビュー曲、「別れのサンバ」は何と言っても衝撃的だった。個人的にも強いインパクトを受け、弾き語りができるように練習した思い出もある。

「和製ボッサ」の黎明期であるこのころ、懐かしい名前の色々のシンガーが、和製ボッサを歌ったのであるが、そんな和製ボッサを集めたアルバムが、「東京ボサノヴァ・ラウンジ」。そのほかに、ロカビリー歌手、「ミッキー・カーチスとザ・サムライズ」が歌った「夏の夢」(1968年)、まだ高校卒業したてで初々しいフォーク歌手、「森山良子」がスキャットを交えて歌うフォーク調の「雨あがりのサンバ」(1968年)などが、このころの傑作であろうか。そうそう、「阿久悠」作詞による「森山加代子」の「白い蝶のサンバ」(1970年)も忘れてはならない。

やがて、1980年代にかけて、「和製ボッサ」は「ボサノバ歌謡曲」として進化しつつ、一層の発展期に入って言ったといっていいだろう。「都会」、「おしゃれ」、「哀愁」、「切なさ」、「夜」、「別れ」 ・・・、そして、マイナー(短調)キー、ハスキーで囁くようなボーカル、アコースティックなギター、フルートの響き。そんな歌謡曲に共通する部分が、ボサノバのイメージに共鳴して、「ボサノバ歌謡曲化」が加速していったのではなかろうか。

そして、J-POPSといわれる分野でも、洋風な歌のつくりがボッサ・アレンジに適していたのだろう、「和製ボッサ」、あるいはボッサ・アレンジにすると、極めてボッサ・テイストが濃厚となるJ-POPSの名曲が誕生してくる。

4)あの日に帰りたい/松任谷由美/1975年
そんな曲の筆頭にあげられるのが、若者に圧倒的な支持を受け、最近なんと37枚目のアルバムをリリースした「ユーミン」こと「松任谷(荒井)由美」の「あの日に帰りたい」。なんといっても、「小野リサ」の歌唱がそれを証明していると思う。

          

この曲、「マイケル・フランクス/Michael Franks」も「Somewhere In The Rain」というタイトルでカバーしているくらいワールド・ボッサにもなっている。その他の曲にも、私のお気に入りのジャズ・シンガーによるボッサ・カバーがある。「今井美樹」の1996年のヒット曲、「PRIDE(プライド)」である。歌うは、あの名花「ジェーン・モンハイト/Jane Monheit」

5)恋人も濡れる街角/中村雅俊/1982年
この夏、復活を果たしましたね。言わずと知れたサザン「桑田圭祐」の曲である。映画「蒲田行進曲」の挿入歌で、雪の日、身重のヒロイン「小夏」が一人産院へ向かうシーンに流れ、観る人の涙を誘った曲。この頃ご贔屓だったジャズ・シンガー「金子晴美」のJAZZYなボッサ・カバーが一番好きである。

 
          

6)私はピアノ/サザンオールスターズ/1980年
さて、もうひとつ「桑田圭祐」の曲から、「私はピアノ」。アルバム「タイニイ・バブルス」に収録された「原由子」のボーカルの曲である。「高田みずえ」のカバーが有名だが、ここは、ラテンのテイストあふれるジャズ・シンガー、「MAYA」の歌で ・・・。  

          

そんな流れの中、1979年、「門あさ美」が、ボサノバ・テイストのリズムをもち、都会的で軽快であるが、ちょっと意味深な歌詞の「ファッシネイション/Fascination」でデビューした。

この少し前に、元祖「ボサノバ歌謡曲」といえるほど、決定的に「和製ボッサ」に影響を与えたと思う曲が登場するのである。

(つづく)




 
by knakano0311 | 2013-10-07 15:19 | サウダージ | Trackback | Comments(0)

60歳過ぎたら聴きたい歌(72) ~ Antonio's Song ~ 

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この地上で樹が切り倒されるごとに、その樹はきっと別の場所で、

どこか他の世界で再び成長するのだと、私は信じている。

だから、死んだら、

私はそこへ行きたい。

森たちが平和に暮せるその場所へ。

     アントニオ・カルロス・ジョビン

(青土社刊;アントニオ・カルロス・ジョビン~ボサノヴァを創った男 より)

ボサノバの創始者「アントニオ・カルロス・ジョビン/Antônio Carlos Jobim」の言葉である。幼い頃にブラジルの大自然に囲まれ育った彼は、環境問題に対する関心が深く、アマゾンの熱帯雨林を保護するための活動を行っていたという。そしてジョビンの曲には自然を題材にしたり、自然に対する彼の思いを込めた曲が多くある。おいしい水 (Água de Beber / Water to Drink)、波 (Vou te contar / Wave)、三月の水 (Águas de Março / Waters of March)などはその代表であろうし、「Urubu」や「Matita Pere」などのアルバムは自然をテーマにしている。「アントニオ・カルロス・ジョビン―ボサノヴァを創った男」には、自然保護活動を含め、ジョビンの実妹エレーナが語る彼の繊細かつダイナミックな世界観のすべてが語られている。

アントニオ・カルロス・ジョビン―ボサノヴァを創った男

エレーナ ジョビン / 青土社



その「アントニオ・カルロス・ジョビン」に「マイケル・フランクス/Michael Franks」が捧げた歌が、前回のブログで取り上げた「アントニオの歌/Antonio’s Song (The Rainbow)」。その歌詞には、「砂漠」、「雨」、「アマゾン」と言った言葉が出てくるので、マイケルはジョビンの自然への思いや、それが込められた歌を十分に理解していたと思う。その歌詞を読み、また改めてマイケルの歌をじっくり聴いてみて、この歌を聴いていた30数年前の頃の若さや苦さが懐かしくなった。そして、今この歌を「60歳過ぎたら聴きたい歌」にいれてもいいかなと思った。

スリーピング・ジプシー

マイケル・フランクス / ワーナーミュージック・ジャパン



英語歌詞はコチラ。

【 アントニオの歌(虹) 】  作詞作曲;マイケル・フランクス

「♪  ・・・・
   さあ、彼の歌を歌おう
   長い間、忘れられていた歌を
   そして彼の曲をずっと流し続けるのだ
   光が虹に溶け込んでいくように

   僕らにはまだサンバの踊りが残されている
   まだチャンスがあるんだ
   束縛の鎖を壊し、自由になれるチャンスが...
   光が虹に溶け込んでいくように...

   アントニオは砂漠を愛し、
   アントニオは雨に祈る
   アントニオは喜びは
   痛みの中から生まれることを知っているんだ

   そして全てを失なってしまったLAで
   私の希望が消え去ったとき
   アントニオのサンバが
   私をアマゾンの地へと導いたのだ ・・・    ♪」

久しぶりにアルバム「Sleeping Gypsy」をずっと流し続け、YOUTUBEで動画を検索していたら、聞いたことのない女性ジャズ歌手が歌う「アントニオの歌」が眼に留まった。歌手の名は「Live Maria Roggen」。これがまた過度にべとつかず、実にいい味なのである。初めて聞く名前で、アルバムも聴いたこともないが、ノルウェーでは最もリスペクトされているジャズ・ヴォーカリストの一人で、詩人&ソングライターでもあるという。

Live Maria Roggen - Antonio's Song 」。2009年8月10日、オスロ・ジャズ・フェスティバルの期間中に、オペラハウスで行われたライブ・コンサートから。Live Maria Roggen;vocal、Jon Eberson;guitar、 Arild Andersen;double bass、Jon Christensen;drums。

          
by knakano0311 | 2011-05-26 00:02 | 60歳過ぎたら聴きたい歌 | Trackback | Comments(0)

ボサノバはお好き?(1) ~クラシック・ボッサはサウダージ(郷愁)~

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(散歩道の途中でにあるほころび始めた梅の花)

春は曙、すこし春めいてきましたね。爽やかなボサノバで目覚めを迎えられれば、どんなにか素晴らしい朝でしょうか。ボサノバはどんな季節にも似合いますが、私はとりわけ春が一番似合う季節だと思っています。シニアの皆さんには「ボサノバ好きが多い?」と聞きますが、もちろん私もその一人です。そんな春風に誘われて、リクエストもあった「ボサノバ語り」をはじめましょうか・・・。とはいえ、私はあまりボサノバには詳しくはないので、又聞き、寄せ集めの知識ですが、ご容赦ください。

ボサノバ創立の歴史については、ここではあまり詳しく述べませんが、もう少し詳しく知りたい方はウィキペディア(Wikipedia) http://ja.wikipedia.org/ やGoogleなどで「ボサノバ(ボサノヴァ)」と検索すれば、色々な記事が出てきますので、そちらを参考になさってください。また、「ボサノバ誕生50周年」を記念して製作された映画「ディス・イズ・ボサノヴァ」では、ボサノバが生み出された過程が、創始者の一人でもある「カルロス・リラ」と「ホベルト・メネスカル」によってドキュメンタリー風に語られています。これもファンには必見、お薦めの映画だと思います。(参照ブログ記事音楽の誕生~ボサノバのルーツを知って~」)

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そうそうこんな本もでていますね。「アントニオ・カルロス・ジョビン―ボサノヴァを創った男」。ジョビンの実妹が語るジョビンの繊細かつダイナミックな世界観のすべて。これもファン必読の書・・・。

アントニオ・カルロス・ジョビン―ボサノヴァを創った男

エレーナ ジョビン / 青土社



1950年代後半、リオ・デ・ジャネイロのコパカバーナやイパネマといった海岸地区に住む中産階級の学生やミュージシャンたちが、従来のブラジル音楽に飽き足らず、JAZZのコードに影響を受け、生み出したのがボサノバである。特に1958年に「アントニオ・カルロス・ジョビン/Antinio Carlos Jobim」と「ヴィニシウス・ジ・モラエス/Vinicius de Moraes」が作曲し、「エリゼッチ・カルドーゾ/Elizete Cardoso」が歌った、「Chega de Saudade(シェガ・ジ・サウダージ、邦題:想いあふれて)」がボサノバ第1号とされ、2008年は「ボサノバ誕生50周年」を記念して、色々なイベントが催され、CDなども多くリリースされた事も記憶に新しいところです。

心地よく洗練されたサウンド、「新しい感覚」のサンバの一種として成立したボサノバは、瞬く間にブラジルの若者の間に拡がった。ボサノバとはポルトガル語で「新しい傾向」というような意味であり、それまでのブラジル音楽の流れを変えたといわれる。そしてまた、このボサノバは、ブラジルだけでなく世界の音楽にも大きな影響を与えたのである。たとえば、ジョビンの「イパネマの娘」はとれほど多くのカバーがなされたのであろうか? 多分「ビートルズ」の楽曲に匹敵するか、いやそれ以上かも知れないのだ。

そして、世界へ踏み出していったその後のボサノバは、大きく分けると四つの流れになるのではないかと、私は勝手に考えているのである。そんな四つの流れについて、私の好きなアーティストやアルバムの紹介をしながら、ゆるりと語っていきたいと思いますが、さて、どうなりますやら・・・。

一つ目の流れは、ジョビンらによって創始された、いわば「クラシック・ボッサ」といってもいいボサノバが、母国ブラジルで発展し、今日まで至っている流れ。そんな「クラシック・ボッサ」を今回はとりあげてみました。囁くような、語るような歌声とギター、そんなボサノバ・スタイルを確立したのが、「ジョアン・ジルベルト/Joao Gilberto」。そんな「クラシック・ボサ」の完成されたスタイルを、アルバム「ジョアン 声とギター」に見ることが出来る。全盛期をすぎ、70歳近い、2000年発表の作品であるが、まさにタイトル通り、ジョアンの声とギターのみで奏でている逸品のアルバム。

JOAO VOZ E VIOLAO
Joao Gilberto / / Universal



共にボサノヴァを生み出した詩人「ヴィニシウス・ヂ・モライス」へのジョビンのトリビュート・アルバムが、「ジョビン、ヴィニシウスを歌う」。「イパネマの娘」などボサノバの名曲の数々。そして、すべてのボサノバ・ファンを心酔させるモライスのメロディの美しさと彼へのジョビンの想い。

ジョビン、ヴィニシウスを歌う

アントニオ・カルロス・ジョビン / スリーディーシステム



没後20年経っても未だ人気の高いブラジルの歌姫「エリス・レジーナ/Elis Regina」の楽曲の魅力28曲がたっぷりと詰まったベスト・アルバム。ボサノバは癒し系音楽というイメージが少し変わるかも・・・。

カフェ・アプレミディ~エリス・レジーナ

エリス・レジーナ / ユニバーサル インターナショナル



そして、ボサノバにおけるギターのスタイルを確立したといってもいいバーデン・パウエルのベスト盤。

黒いオルフェ~ベスト・オブ・ボサノヴァ・ギター

バーデン・パウエル / ユニバーサル インターナショナル



ボサノバ創始者の一人「ホベルト・メネスカル」は、「今はもう、ブラジルではボサノバを聴く人は、めっきり少なくなってしまった」と嘆いていたが、「ボサノバは過去の音楽ではない、進化し続けている」と気を吐くのが、ジョビン亡き後のボサノバ界のトップに立ち、ボサノバをここまで広めてきた巨匠「オスカー・カストロ・ネヴィス/Oscar Castro-Neves」。「アイアート・モレイラ」、「レイラ・ピニェイロ」などの実力派ミュージシャンを「東京ブルーノート」に集め、熱いライブを展開したアルバム「Live At Blue Note Tokyo」。ブラジルの空気や街のにおいが熱気とともに伝わってくるコンテンポラリーなボサノバ。

ボサノヴァ・セレブレーション・オールスターズ ライブ at ブルーノート東京!

オスカー・カストロ・ネヴィス / スリーディーシステム



その後のブラジルのミューズ、歌姫もあげておきましょう。まず「ジョイス/Joyce」。’70年ごろ盛んに活動していたが、結婚後、音楽生活から遠ざかり、復活し、再び「自然派」として脚光を浴びたのは、’80年代である。そのころの名盤2枚、「フェミニーナ」、「水と光」がカップリングされ、再発された。

フェミニーナ、そして水と光

ジョイス / EMIミュージック・ジャパン



「ベベウ・ジルベルト」。「ジョアン・ジルベルト」の娘という毛並みの良さ。アコースティックな音と、多分ミュージック・シーケンサによってプログラムされた電子音が、うまくバランスをとって、違和感をもたらさずに融合されている。今までのボサノバにはない新鮮な感覚があじわえる今世代のボサノバ。

タント・テンポ
ベベウ・ジルベルト / キングレコード
ISBN : B00004U2TA



さて、最後にクラシック・ボッサの名曲を映像でお楽しみいただきましょう。

ボサノバ第一号といわれる、「Chega de Saudade(シェガ・ジ・サウダージ、邦題:想いあふれて)」をジョビンとジョアン・ジルベルトの唄と演奏で。




ジョピンのピアノによる名曲「波(Wave)」。




ジョアン・ジルベルトの声とギターによる「Estate(夏)」。




バーデン・パウエルの超絶ギター「tristeza(悲しみ)」。



このように、初期のボサノバはブラジル色の強いサンバの一種ということがよく分かると思います。
by knakano0311 | 2010-02-25 09:24 | サウダージ | Trackback | Comments(0)

音楽の誕生   ~ボサノバのルーツを知って~

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映画を観ました。タイトルは「This is Bossa Nova(パウロ・チアゴ監督)」。アクションでも恋愛でもホラーでもなく、1950年代後半にブラジルで生まれ、世界中に広がった音楽「ボサノヴァ」の歴史を描いたドキュメンタリー映画。現在も活躍し、最近この映画のプロモーションのために来日した巨匠カルロス・リラとホベルト・メネスカルが発祥の地、リオ・デ・ジャネイロを訪れ、ボサノヴァ誕生当時のエピソードや魅力を語り、その歴史をたどる映画である。カルロス・リラとホベルト・メネスカルが誕生に関わるエピソードや曲が出来たいきさつなどを語り、実際その曲を演奏したり、立役者となったミュージシャンたちの映像が流れ、全編をとおし、ボサノヴァの名曲の数々が心地よく、ファンにはたまらない映画だ。

1950年代の終わり、当時の重い暗いブラジル音楽の枠から逃れようと、自由な音楽を希求するギター好きの学生たちが、今まで聴いたことのない、JAZZに影響を受けた新しいコード(和音)を耳にするところから始まる。その新鮮なコードとコード進行、軽やかなリズムによる新しい音楽は瞬く間にリオの若者の間に広がっていき、ミューズ「ナラ・レオン」のアパートに集まるようになっていく。ボサノバという言葉は、リオの学生ホールで初めてボサノバのコンサートが開催され、出演者の名前の分からない主催者が「ボサノバ/新傾向」という出演者名をつけたところに由来するという。やがて天才的なシンガーソングライター「アントニオ・カルロス・ジョビン」があらわれ、ブラジルを代表する詩人で外交官の「ヴィニシウス・ヂ・モライス」と出会い、二人は美しいものを愛する最高のパートナーとなり、ここにボサノバが決定的に完成される。ジョビンの息子パウロが語り、奏でる父の想い出のシーンは感動的である。

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This is BOSSA NOVA

サントラ / ビクターエンタテインメント



予告編を ・・・。 「This is Bossa Nova (Coisa Mais Linda - História e Casos da Bossa Nova) 」

          


あのささやくような歌い方の特長も、ナラのアパートの隣人からの苦情でどんどん声を落としていき、あのような「ウィスパー・ボイス」スタイルになったというからおどろく。ジョビンは多分ビートルズに匹敵するくらいの影響を世界中の音楽に与えた。「イパネマの娘」はカバーされた回数は世界一かもしれない。 やがて、「ジョアン・ジルベルト」が登場し、あのギターと声が一体となった独特の彼の小宇宙が形作られる。

「ボサノバはJAZZではない。サンバだ。」と創始者たちは言う。確かに「サウダージ(郷愁)」がボサノバの根底を支えていると魂だとしたら、まさしくそれはサンバをルーツとする音楽に違いないであろう。この映画、東京と大阪しか上映予定がないらしいが、全編心地よいボサノバにより体中の血がブラジル化したような気になる、その音楽のルーツと歴史を知るうえでもボサノバ・ファン必見の映画。

「ボサノバの父」称される、ジョビンの初期の代表曲を自ら演奏した傑作アルバム。

イパネマの娘
アントニオ・カルロス・ジョビン / / ユニバーサルクラシック
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映画でも描かれているが、ボサノバ創世期の若い音楽家の間でまさしく「ミューズ」であった「ナラ・レオン」。その後、軍事政権となったブラジル政府批判を繰り返した彼女はボサノバと決別して、パリへ亡命。しかし、自身の出自と向き合いボサノバとの和解を決意し、1971年、堰を切ったように全編ボサノバの本アルバム「Dezanos Depois(美しきボサノバのミューズ)」を録音する。シンプルなギターの伴奏で、ボサノバの定番をうたう。陰影に富んだ、深みのある歌唱。その歌声はいま聴いても瑞々しさを失わず、心に染みる。多分女性BOSSAファンにオススメするのにこのアルバム以上のものが見当たらないくらいの名盤。モノクロのジャケット、雨のパリだろうか? 47歳の若さで夭折したミューズ。

美しきボサノヴァのミューズ
ナラ・レオン / ユニバーサルインターナショナル
ISBN : B0000677LE
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独自の「ボサノバ小宇宙」を作り上げたジョアン・ジルベルト。アストラッド・ジルベルトのかっての旦那でもあり、ベベウ・ジルベルトの父でもあり、「ボサノバの法王」と称されている。その小宇宙を最もシンプルに、プリミティヴに感じさせるアルバム、「ジョアン 声とギター」。

JOAO VOZ E VIOLAO
Joao Gilberto / / Universal
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「ボサノバ」という言葉はまだ私は知らなかったが、高校時代にみて魅了された映画「黒いオルフェ」。ギリシャ神話のオルフェウス伝説を基にしたブラジルの詩人「ヴィニシウス・デ・モラエス」の戯曲を、マルセル・カミュ監督がリオ・デ・ジャネイロに舞台を置き換えて描いた映画。市電の運転手オルフェと美少女ユリディスとの運命的な恋を、リオのカーニバルの熱気と印象的なボサノバをバックに描いた悲劇のドラマ。ジョビンと作曲家で名ギタリストのルイス・ボンファとが音楽監督を手がけ、カンヌ国際映画際グランプリ受賞作品。「カーニバルの朝」、「オルフェのサンバ」、「フェリシダージ」は今でも多くのアーティストにカバーされている色あせない名曲。

黒いオルフェ(ポルトガル語版)
/ アイ・ヴィ・シー
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この映画「This is Bossa Nova」の原題は「Coisa Mais Linda/最も美しいもの」。
ジョビン、モライス、ボスコリ、ナラ、パウエル、エリス・レジーナ、シルヴィア・テリス・・・・みんな鬼籍に入ってしまった。
今はもう、ブラジルではボサノバを聴く人は、めっきり少なくなってしまったとホベルト・メネスカルは嘆く。
by knakano0311 | 2007-08-30 16:18 | サウダージ | Trackback(1) | Comments(0)