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大屋地爵士のJAZZYな生活

タグ:ジョアン・ジルベルト ( 5 ) タグの人気記事

ボサノバはお好き?(8) ~ 人生のBGMとして聴いてきた ~

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 「ジョアン・ジルベルト/João Gilberto」が、6日、リオデジャネイロの自宅で死去してからほぼ1週間がたった。この間、新聞の投書欄や文化面への寄稿も見受けられ、その喪失の波紋が大きく広がっていると感じてる。
   

 「ジョアン・ジルベルト」。1931年、ブラジル北東部バイーア州に生まれ、10歳までそこで育つ。父にもらったギターに夢中になり、学校をやめ、リオ・デ・ジャネイロに出て、音楽で生きる決心をするが、まったく売れず、マリファナ中毒になり、友人の家を転々とする苦悩の日々が続く。やがて姉の家に居候生活を始め、一日中バスルームに閉じこもりギターを弾きながら歌を歌い続ける。そんな壮絶な生活の中からサンバのリズムをガット・ギターだけで表現する、「バチーダ」とよばれる独特の奏法を編み出す。その後、ジョアンと出会った「A.C.ジョビン」は、その声とギターに惚れこみ、ジョビンと「ヴィニシウス・ジ・モラレス/Vinicius de Moraes」の手になるボサノヴァの源流とも言われる名曲、「想いあふれて/Chega de Saudade」の録音に参加する。まさに、ボサノヴァ胎動の年、1957年7月のことであった。(再録)
     

 ボサノバ好きの私もこのブログで、「ボサノバはお好き?(1)~(7)」や「和製ボッサはもう懐メロか?(前・後・続)」などのタイトルで記事を書いたこともある。ジャズに限らず、ボサノバも人生のBGMとしてずっと聴いてきたが、特に人生が凝縮されているようなこの歌、「Pra Machucar meu Coração(私の心を傷つけるために)/プラ・マシュカール・メウ・コラソン」を、彼をトリビュートする歌として、「ボサノバはお好き?(8) ~ 人生のBGMとして聴いてきた ~」としてアップするとともに、また、「60歳過ぎたら聴きたい歌」としてもあげておきたい。
    

【 Pra Machucar meu Coração(私の心を傷つけるために) 】  by Ary Barroso
    

「♪ Tá fazendo um ano e meio, amor もう1年半にもなるんだね
  Que o nosso lar desmoronou    僕たちの家庭が壊れてから 
  Meu sabiá, meu violão       僕のウグイス 僕のギター
  E uma cruel desilusão       そしてひどい絶望感
  Foi tudo que ficou         残ったのは それだけ
  Ficou                たったそれだけが残った
  Prá machucar meu coração     私の心を傷つけるために
   

  Quem sabe, não foi bem melhor assim 別れて良かったかなんて誰にもわからない
  Melhor prá você e melhor prá mim  君にとっても 僕にとってもね
  O mundo é uma escola         人生は 学校のようなもの
  Onde a gente precisa aprender    みんなそこで学んでいくんだ
  A ciência de viver prá não sofrer   苦しまないで生きていく方法を   ♪」
                    (翻訳アプリなどで適当に翻訳)
   

 1994年、サンパウロで行われたソロ・ライブの映像と、「スタン・ゲッツ/Stan Getz」との名盤「Getz/Gilberto」(1964) から。


「João Gilberto - Pra Machucar Meu Coração - São Paulo - 1994」

         
    
     
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 ゲッツ/ジルベルト/Getz/Gilberto
 スタン・ゲッツ&ジョアン・ジルベルト/Stan Getz & João Gilberto
 ユニバーサル ミュージック




          
「Para Machuchar Meu Coracao - Stan Getz & João Gilberto & Antonio Carlos Jobim」

          
   
    
   
   


by knakano0311 | 2019-07-14 14:43 | サウダージ

あの時は ・・・

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昭和39年(1964年)10月10日、その日は秋晴れの爽やかな日であった。49年前、東京オリンピックの開会式の日である。当時の私は、大学浪人中、故郷松本には、まだ予備校などなかった時代。母校が浪人受験生のために図書館などを開放してくれていたので、大方の浪人生は有り余る時間を持て余し、そこに集まって受験勉強をしていた。開会式の当日、たしか音楽室で皆でTV中継をみていた。赤のブレザーと白のボトムの日本選手団の入場行進、抜けるような青空の下での聖火点火、打ち振られる無数の日の丸 ・・・。多分白黒TVだったであろうが、のちに観た「市川昆」監督の映画「東京オリンピック」のイメージが刷り込まれたのでしょう、鮮やかなカラーの記憶となって残っている。

あの時は ・・・_b0102572_1446143.jpg

いろんな関連グッズが販売されたが、特にグラフィックデザイナー、「亀倉雄策」氏のポスターには、その力強さと美しさに強い印象を受け、欲しいと思ったが、当然お金がないので、何かの雑誌から切り抜いて壁に貼った記憶がある。そして、記念切手、記念100円銀貨などを少ない小遣いの中から買って持っていた。そうそう、18歳に達していたということもあって、記念たばこのピースを買って、親に怒られたことも懐かしい。そんなグッズのうち、記念切手は殆ど値打ちはないらしいが、今もって何種類かを持っている。

さて、次回2016年は、ブラジル、リオ・デ・ジャネイロでの開催。ブリティッシュ・ロックからサンバの国へということになる。

ところで、今でもブラジルには「もう一つの国歌」と呼ばれるほど、みんなに愛されているサンバがあるのをご存知でしょうか? 「Aquarela do Brasil」という曲です。「aquarela(アクアレーラ)」は、「水彩画」という意味ですので、「ブラジルの水彩画」というタイトル。これは「アリ・バホーゾ/Ary Barroso」が作曲したサンバのなかでも最も有名な曲で、1940年代から世界中に知られ、日本では「ブラジル」というタイトルで知られている曲です。

「♪ ・・・ 麗しのブラジル サンバが聞こえる ブラジル 素晴らしい国 ・・・ ♪」。とまあ、こんなブラジル讃歌です。 

あの時は ・・・_b0102572_16572847.jpg

そんな、曲を今日は聴いてみましょうか。「第2の国歌」と呼ばれるくらいですから、山ほどカバーがありますが、まずは、「エリス・レジーナ&トゥーツ・シールマンス/Elis Regina & Toots Thielemans」のアルバム、「Aquarela Do Brasil」から。「エリス・レジーナ(1945–1982年)」といえば、「ナラ・レオン/Nara Leão」と並ぶボサノバ創生期のミューズ。(参照拙ブログ「ボサノバはお好き?(4) ~フレンチ・ボッサ、そしてワールド・ミュージックへ~」) 没後30年経っても、未だ人気の高いブラジルの歌姫である。そんなレジーナがコラボしたのが、ベルギー出身、ジャズ・ハーモニカの名手、「トゥーツ・シールマンス」。1922年生まれ、御年91歳のご長寿ミュージシャン。このアルバムは、1969年にスウェーデンで録音された異色のコラボによるアルバム。

「哀愁漂う」という普通のボサノヴァとはちょっと違う、ご陽気でソウルフルなエリスの声がのびやかに響く。青い秋の空にこそふさわしいボッサ・アルバム。

ブラジルの水彩画

エリス・レジーナ&トゥーツ・シールマンス / マーキュリー・ミュージックエンタテインメント



もう一つの国歌、「ブラジルの水彩画」を ・・・。
「Aquarela Do Brasil -Toots Thieleman and Elis」

          

あの時は ・・・_b0102572_17214486.jpg

そして、「Aquarela do Brasil/ブラジルの水彩画」といえば、忘れてはならないのが、「ジョアン・ジルベルト/João Gilberto」。1931年生まれ。「アントニオ・カルロス・ジョビン/Antonio Carlos Jobim」や、作詞家の「ヴィニシウス・ヂ・モライス/Vinicius de Moraes」らとともに、ボサノヴァを創成した一人。(拙ブログ「ボサノバはお好き?(1) ~クラシック・ボッサはサウダージ(郷愁)~」「音楽の誕生 ~ボサノバのルーツを知って~」など参照) 彼はいくつものアルバムに、この曲を残しているが、「ブラジル音楽の聖書」とまで呼ばれ、歴史的名盤と言われるのが、「ブラジル 海の奇蹟」。「カエターノ・ヴェローゾ/Caetano Veloso」や、「ジルベルト・ジル/Gilberto Gil」といった当時気鋭のミュージシャンたちが参加している。

海の奇蹟

ジョアン・ジルベルト / マーキュリー・ミュージックエンタテインメント



そのアルバムから、「Aquarela do Brasil」。

「João Gilberto - Aquarela Do Brasil」

          

そして伝説的ともなった「ジョアン・ジルベルト」の感動的なライブ演奏がアップされていました ・・・。2003年にはジョアン・ジルベルトが70歳代で初の来日公演を行い、話題となりましたね。

「João Gilberto - Aquarela do Brasil」

          




 
by knakano0311 | 2013-09-09 17:08 | サウダージ | Trackback | Comments(0)

男も囁く ・・・

男も囁く ・・・_b0102572_23321265.jpg

前回のブログで韓国囁き系の女性JAZZ歌手「ウン・サン/Woong San」を紹介したが、彼女といい、「LISA」、「ダイアナ・パントン/Diana Panton」といい、どうも最近年を取るとウィスパリング系女性歌手の心地よさに心奪われる傾向が目立ってきたようである。これも一種の老化現象であろうか ・・・。それはさておき、男性歌手も「囁く」のである。ジャズでいえば、その筆頭は、「チェット・ベイカー/Chet Baker」であろうか。「ジェームス・ディーン/James Dean」似のイケメンで、甘くハスキーな高音でささやくように歌うその囁きの魔力にとりつかれた女性も数知れずという。「鼻歌のように歌う」とも言われたボサノヴァ歌手「アストラッド・ジルベルト/Astrud Gilberto」もその一人だったという。

男も囁く ・・・_b0102572_23325783.jpg

その「アストラッド・ジルベルト」の元の旦那が「ジョアン・ジルベルト/João Gilberto」。確かにボサノヴァは囁き系の歌口によく似合うが、ジョアンはボサノヴァにおける囁き系の筆頭であろう。アストラッドがボサノヴァの「女王」なら、ジョアンは確か「法王」と呼ばれていたように思うが、「チェット・ベイカー」にしろ、「ジョアン・ジルベルト」にしろ、何かアストラッドは「ささやき」に弱いという体質でもあるのだろうか?

男も囁く ・・・_b0102572_13324352.jpg

そして、80年代くらいだったであろうか、「AOR」というのが一時期はやったことがある。「AOR」とは、「Adult-Oriented Rock(アダルト・オリエンテッド・ロック)」の略語であり、音楽のジャンルの一つであるが、お洒落な都会派ロックというような感じといえばわかりやすいだろうか。この分野の囁き系の代表は、「マイケル・フランクス/Michael Franks」であろう。独特の囁くようなヴォーカル・スタイルと、ジャジーで都会的な音楽性は、当時も今も高く評価されている。その代表曲が、「Antonio's Song(アントニオの歌)」で、ボサノヴァを歌う多くの歌手にカバーされている。AOR系で囁き系の日本の男性シンガーというと、これはなかなか思い浮かばないが、しいて言えば「寺尾聡」、「上田正樹」であろうか ・・・。

さあ、すこし春めいてきた暖かい日の午後に、男の囁き系、「マイケル・フランクス」の代表的ヒット曲、かの「アントニオ・カルロス・ジョビン/Antônio Carlos Jobim」に捧げた「アントニオの歌/Antonio's Song」なんぞゆったりと聴いてみるのもいいかもしれません。そして、色々なアーティストがフェイク・ボッサとしてカバーしている「ユーミン」こと「荒井由実/松任谷由実」の名曲「あの日に帰りたい(英語タイトル;Somewhere In The Rain)」も ・・・。

スリーピング・ジプシー

マイケル・フランクス / ワーナーミュージック・ジャパン



「Michael Franks - Antonio's Song」

          

「Yuming」作品を、AOR系外国アーティストがカヴァーした作品集。外国人の解釈によるユーミン・テイストが興味深い。

OVER THE SKY:Yuming International Cover Album

オムニバス / EMIミュージック・ジャパン



「Somewhere In The Rain(あの日に帰りたい) ― Michael Francks」
 
          
                              
                  
                                                                                                                         
                   
 
by knakano0311 | 2012-02-24 14:11 | おやじのジャズ | Trackback | Comments(0)

男唄に男が惚れて(4)  ~ジョアンとカエターノ ブラジルの大地に生きてきた ~

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私がボサノヴァに結構夢中になっていることは、このブログでもずいぶんと取り上げたのでご承知のことと思う。やっぱり惚れた「男唄」のひとりはどうしてもボサノヴァからとなってしまう。

「ジョアン・ジルベルト/João Gilberto」。ボサノヴァの創始者A.C.ジョビンと並んで「ボサノバの法王」と称されたアーティスト。ギター一本を伴奏に、ささやくように、語るようにうたう、あのいわゆる「ボサノバ唱法」は彼によって確立されたといっていい。その彼の唱法の完成された形を、「ジョアン 声とギター」に見ることが出来る。全盛期をすぎ、70歳近い、2000年発表の作品であるが、まさにタイトル通り、ジョアンの声とギターのみで奏でている逸品のアルバム。サウダージ(郷愁)とはこのこと、シンプルとはこのこと。このアルバムは「カエターノ・ヴェローゾ」のプロデュースによって発表されたことも特筆に価する。

JOAO VOZ E VIOLAO
Joao Gilberto / / Universal
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「カエターノ・ヴェローゾ」作曲の「Desde Que O Samba E Samba」をうたうジョアン。
「João Gilberto - Desde Que O Samba E Samba」

          

1931年ブラジル北東部バイーア州に生まれ、10歳までそこで育つ。彼もまた父にもらったギターに夢中になり、学校をやめ、リオ・デ・ジャネイロに出て、音楽で生きる決心をするが、まったく売れず、マリファナ中毒になり、友人の家を転々とする苦悩の日々が続く。やがて姉の家に居候生活を始め、一日中バスルームに閉じこもりギターを弾きながら歌を歌い続ける。そんな壮絶な生活の中からサンバのリズムをガットギターだけで表現する、「バチーダ」とよばれる独特の奏法を編み出す。その後、ジョアンと出会ったA.C.ジョビンは、その声とギターに惚れこみ、ジョビンとヴィニシウス・ジ・モラレスの手になるボサノヴァの源流とも言われる名曲、「想いあふれて(Chega de Saudade)」の録音に参加する。まさに、ボサノヴァ胎動の年1957年7月のことであった。(「音楽の誕生 ~ボサノバのルーツを知って~」参照)

かの我が最初のミューズ、「アストラッド・ジルベルト」は、かって彼の奥さんであり、1964年アストラッドが英語で歌った「イパネマの娘」が世界中で大ヒットする。これが原因かどうか知らないが、程なく二人は離婚し、これが契機となってアストラッドは歌手としてひとりだちしていくことになる。

ジョアンも今年もう77歳。2003年に72歳での初来日を始めとして、今までに何回かの来日を果たしているが、多分最後の来日であろうといわれたのが、2006年11月である。来日時のコンサートのライブ盤はそのたびに出ているが、初来日2003年9月12日の東京国際フォーラムでのジョアン・ジルベルト初来日の臨場感たっぷりのライヴ盤をここではあげたい。人生のある極みまたは境地に達し、それが凝縮され、完成された「弾き語り芸術」といってもいいライブが展開される。

ジョアン・ジルベルト・イン・トーキョー
ジョアン・ジルベルト / / ユニバーサルミュージック
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そして「カエターノ・ヴェローゾ/Caetano Veloso」。「ジョアン・ジルベルト」の後継者と目され、2000年にはジョアンのアルバム「声とギター」のプロデュースもした「カエターノ・ヴェローゾ」。実は、そのことを聴かされても、私は「カエターノを聴いてみたい」という思いに駆られることはなかった。「ブラジル音楽界のポップアーティスト」、「エレキギター、サイケデリック・サウンドでブラジル音楽界に革命をもたらした男」などという彼を表わすコピーを見るたびに、かえって足が遠のいていってしまった。それがある映画によって、大きな衝撃を受けた。その映画は、昨年は「ボルベール<帰郷>」で大きな感動を与えた、スペインのペドロ・アルモドバル監督の傑作で、2002年公開の「トーク・トゥ・ハー」であった。主人公の一組の恋人たち、フリーライターと女闘牛士の逢瀬が「カエターノ・ヴェローゾ」のライブであり、画面に流れる悲恋の果ての死の嘆きを、鳩の鳴き声に託す「ククルクク・パロマ」の唄に鳥肌がたつのを覚えたほどである。これが最初の「カエターノ」との出会いであった。

トーク・トゥ・ハー リミテッド・エディション
レオノール・ワトリング / / 日活
ISBN : B00008WJ2F
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「カエターノ・ヴェローゾ」は、1942年8月生まれ、65歳でほぼ私と同世代。彼もまた、ジョアンと同じブラジル・バイーア州に生まれ、ボサノヴァ歌手として音楽キャリアをスタートさせた彼は、やがてビートルズなどの影響を大きく受け、ブラジルのポピュラー音楽と欧米のロックンロール、さらに前衛音楽の要素も取り込んだサイケデリックで前衛的、左翼的メッセージに満ちた音楽スタイルを確立し、推し進めていった。ブラジルの反軍事政権への強烈な敵意を根源とするような音楽は社会主義者からも距離をおかれ、反政府主義活動のかどで投獄され、ロンドンへの国外追放にもあう。1972年ブラジルに帰国してからは、ブラジルの伝統的なスタイルへの回帰、とりわけアフリカにルーツを持つバイーヤ地方の文化に深く傾倒していったという。1980年代人気はヨーロッパ、アフリカ、アメリカなどへ飛び火し、国際的なポップスターとしての賞賛も集め、先述の「トーク・トゥ・ハー」などの映画でも用いられる様になる。
彼の声をなんて表現していいか分からないが、男性的であったり、中性的であったり、時には女性的に聴こえることがあったりする。言葉(この部分はポルトガル語が分からないのでハンデがあるが)、発音、声質、抑揚など「歌う」という行為の要素すべてを動員して歌っているのだ。だから彼の歌は「歌う、唄う、詠う、謡う、謳う・・・」いずれの漢字もあてはまるように聴こえるのかもしれない。

私も実はまだ「カエターノ初心者」。その初心者がおすすめするのが、カエターノの後期~最近の全貌を知ることができる、ベストアルバムといっていい、「CAETANO SINGS」。「トーク・トゥ・ハー」のサントラではないが、ウォン・カーヴァイ監督「ブエノスアイレス」で使われた「ククルクク・パロマ」は勿論収録、影響を受けたビートルズの「レディ・マドンナ」、「ヘルプ」も収録されている。
ほとんどが、ギターの弾き語りで、ジルベルトを継ぐものと称されるゆえんが理解できる。

CAETANO SINGS
カエターノ・ヴェローゾ / / ユニバーサル ミュージック クラシック
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そしてJAZZファンにもきっと気に入るアルバムは、カエターノが初めて全曲英語で吹き込んだ「異国の香り~アメリカン・ソングス」。「ソー・イン・ラヴ」、「煙が目にしみる」、「ボディ・アンド・ソウル」など、JAZZのスタンダードから「ダイアナ」、「ラヴ・ミー・テンダー」まで、アメリカン・ソングがぎっしり詰まっている。かれは、ライナーノートで、このCDに収録されているアメリカのミュージシャン、「シナトラ」、「マイルス・デイヴィス」、「プレスリー」、「ニルバーナ」などについてコメントをし、「ブラジル音楽の発展に影響を与えたのはアメリカの音楽なんだ。・・・・・音楽をより楽しく、豊かにしてくれたアメリカのポピュラー音楽への感謝の方法を見つけたいと思っている。」と述べている。その一つの答えが、まさにこのアルバムである。ブラジル色、カエターノ色に染め上げられたアメリカン・ソング集。

異国の香り~アメリカン・ソングス
カエターノ・ヴェローゾ / / ユニバーサル ミュージック クラシック
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「Caetano Veloso - So In Love」

            


ブラジルの大地で独自の音楽を育んできたジョアンとカエターノ。彼らの唄が、まだ一度も訪れたことのない南米の地に私を誘う・・・。
by knakano0311 | 2008-07-07 20:32 | おやじのジャズ | Trackback(1) | Comments(0)

梅雨の一日に  ~心象音楽としてのBOSSA NOVA ~ 

南米の音楽、とりわけ「フォルクローレ」や「BOSSA NOVA」に惹かれるようになったのはいつ頃からだろうか。たぶん高校時代、インカの吟遊詩人「アタウアルパ・ユパンキ」を聴いてからだろう。日本人のラテン好き、ボサノバ好きは日本人の血に流れる共通のモンゴロイドのDNAがそうさせるかもしれない。

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「梅雨の一日に ~環境音楽としてのBOSSA NOVA(2)~」というタイトルで書き始めましたが、サブタイトルと内容を変更することになってしまいました。というのも、前回「環境音楽としてのBOSSA NOVA」で予告していた、「吉田慶子/コモ・ア・プランタ~ひそやかなボサノヴァ」を聴いてしまったからです。私の好きな長谷川きよしの「別れのサンバ」のカバーが流れてくると、バックの切れのいいギター。もしやと思って、クレジットをみると、長谷川きよしが参加しているのです。すっかりうれしくなってしまいました。それにしても、これほどの「ボサノバ唄い」、まったく知りませんでした。長谷川きよし、小野リサにつづく日本人ボサノバ唄いといっていい。
ライナーノーツによれば、吉田慶子はふとしたことからボサノバと出会い、その魅力にとりつかれ、2000年には単身ブラジルへ渡り、1stアルバム「愛しいひと bem querer」を制作したという。本アルバムに収められている主な曲は、ジョビン、モライス、カルロス・リラ、エデゥ・ロボなどボサノバ黎明期の巨匠の曲、古典的ボサノバである。ボサノバの本質とよくいわれる「サウダージ(郷愁)」。日本語でいえば、「郷愁」、「ふるさと」、「夏祭り」、「ほうずき市」などという言葉から我々の心に湧きあがってくる感情とでもいえばあたっているかもしれない「サウダージ」をこれほど心象風景として、表現できている「ボサノバ唄い」も他にいない。
帯にいわく「ささやき声で始まって、ただ終わる美しいひととき」。


コモ・ア・プランタ~ひそやかなボサノヴァ

吉田慶子 / オーマガトキ



さっそく、1stアルバム「愛しいひと bem querer」も聴いてみました。「プリミティブ」、「サウダージ」。 一つ一つの曲に彼女自身が、対訳と解説をつけていますが、それを読むだけで、彼女がどれほどボサノバに魅せられているか、愛しているかがわかります。アルバムタイトルの「bem querer」は、この上もない愛を意味するポルトガル語。まさしく彼女がボサノバに捧げた言葉か? 

愛しいひと bem querer

吉田慶子 / インポート・ミュージック・サービス



「コモ・ア・プランタ~ひそやかなボサノヴァ」から「」。最後尻切れになっているのが残念ですが ・・・。
「吉田慶子 - Nunca(決して)」

          


「プリミティブ」、「サウダージ」を代表する巨匠「ジョアン・ジルベルト」のアルバムから。「ジョアン 声とギター」。全盛期をすぎ、2000年発表の作品。まさにタイトル通り、ジョアンの声とギターのみで奏でている逸品のアルバム。サウダージとはこのこと、シンプルとはこのこと。


ジョアン 声とギター
ジョアン・ジルベルト / / ユニバーサルクラシック
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「想いあふれて - ジョアンジルベルト」

          
by knakano0311 | 2007-07-08 00:34 | サウダージ | Trackback | Comments(0)